酉の市からオスプレイ反対集会までの3日間。

▼金曜日官邸前の、発言者は常連さんの他に3名。Oさんからは「LEONさん昔に比べるとビデオよくなりましたね」とおだてられる。

Oさんとはてつさんの抗議で7年ほど前にお目に掛かった。共通点は映画が漉きという1点で色々教えてもらった。「県警対組織暴力」なんかもその1つである。映画の話をしていくとエンドレスになる。Oさんはスピーチすると興奮し怖いくらいの迫力がある。この金曜日は抗議終了後浅草の鳳神社の酉の市に行こうと思っていた。自宅からならバスで15分、某駅で降りて歩けばそこから15分で到着する。だがこの日は官邸前抗議である。そのため半蔵門線水天宮で、地下鉄の外にでて路上を歩いて日比谷線に乗り換える。そこからM駅に行く。地上に出たが方角が分からないので、子どもを乗せた自転車に乗ったご婦人に聞く。浅草通りを行けばすぐですと教えて下さる。徒歩15分ほど歩いて到着する。しかし参拝客の列は規制されていて並ばねばならない。当然ただ歩く列に並ぶ。ビデオをご覧になれば様子はわかる。ご祝儀の拍手が1本入っている筈だ。

▼さて振り出しのM駅に戻ったが自宅前に停まるバス乗り場が暗くて分からない。仕方なく地下鉄で上野駅に出て、秋葉原周りで時間が大幅に遅れて午後10時45分に帰宅する。イヤー疲れました。それから官邸前の抗議がアップ出来たのは午前0時近くになってしまった。

▼翌土曜日は動く元気もなく自宅から一歩も出なかった。家族の一人は元職場の関係者の通夜があった。わたしより一回り年下の方だが、心筋梗塞症お亡くなりになった。合掌。わたしはその方の食事とアルコール好きが遠因になったと思う。そんな訳で映画を見に行く元気はなかった。

▼きょう10日は午後から船橋の薬園台公園で「11・10習志野、八千代、船橋市民オスプレイはいらない!」集会があった。わたしは取材で、記事を書くのが目的で参加した。ついでにYouTube撮影をした。薬園台の出口で迷っていると、主催者の一人が「一緒にいきましょう」と誘って下さった。公園の入り口で「いつも経産省や東電の前で撮影して下さっている方ですよね」と年配のご婦人が挨拶して下さった。また官邸前にも来て下さる弓場さんと朝、ツイッターで挨拶したら「わたしも行きます」と会場でお会いする事が出来た。また北海同の泊原発再稼働反対行動でしたしくなった、倶知安の宿舎で同室になったXさん(顔は知っているが名前は分からない)ご夫妻ともお会いした。Xさんの高江ヘリパッド反対の行動は小説になるくらいもの凄い話である。

▼主催者は自衛隊習志野駐屯地の、前を回るデモコースを申請したら、「今日は天皇のパレードがある機動隊員が手不足だ」という事で短いコースに変更させられたという。立憲民主党の野田佳彦氏の新築なった住まいも薬園台の近く似あるが、住んでいないようだという。共産党の志位委員長も船橋在住で行動に参加した。警視庁のSPも一人来ていたが、会場の人が挨拶に連帯して拍手すると、その場から浮かないように、SPも拍手していたのには笑えた。終わり近く背中を突く人がいた。振り返るとN台に住んでいる義姉だった。

 

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November 07, 2019

寒い冬がやってきて、復興はままならず。

▼同時代の友人たちが2ヶ月に1度集まって10年ほど「例会」を開いている。先月末はせっかく集まったみんなスマホをもっいるから「グループを作ろう」ということになった。それから喫茶店に入って「フリフリ」したり、仲間に入れる手続きで30分くらい、あれこれはしゃいでいた。その場で上手く行かなかった者は帰宅してから連絡がついて繋がった。しかしかきこみはわたしが映画を見るたびに書くだけで他の人は全く書かない。まぁそれほど必要がない、という事なのだろう。

▼連休だった月曜日は、徒歩で行ける距離にある映画館に行って「閉鎖病棟」を見てきた。エンディングロールを見ていたら、メインの撮影場所は何と小諸高原病院だった。徘徊が酷くなった父も最後の方はこの施設にお世話になった。時々見舞に行くと自分がいる場所を忘れて「今晩一杯やろう」と言い出すのには困った。さらに別の入所者が「この人と話をしたい」と指さすことがあり困った。その時は看護師さんが「話をしたくないって」と取りなしてくれた。真冬になると、1000mの高原なので巨大なつららが出来て驚いた。写真ファイルを探せば出てくる。バスは一日に1本しかないので、自分の車かタクシーでいくかない。

▼母も後年はこの病院に隣接する介護施設でお世話になっていた。この時はタクシーに「30分ほど待っていて」と言って慌ただしく面接をして来た。この病院は戦後まもなく映画の撮影場所にもなった。ラブロマンスだったが、10年ほど前にテレビで放送されたときに見た記憶がある。元々ここは陸軍病院だった。ちょうど市川にある国府台病院と同じで、戦争に従軍した兵士が人を殺すという過酷な体験をしたため、精神に異常を来し、ここで治療をさせられた。戦後もそれを引き継ぎ精神に異常を来した人の治療、高原の空気が奇麗な1000メートルの場所にあるので結核患者の治療を専門にしていた、経緯がある。

▼10月末第3週までは短パンTシャツだったが、さすがに寒くなって来た。反原連の行動に参加していたときの冬は海路やホカロンを入れていても耐え難い寒さだった。9日は銚子のワールド灯台サミットの取材に行く予定をしていた。しかし念のため取り仕切っている銚子市役所に電話したら講演会もネットの申し込みは終わったという。300席は用意したから早くくれば座れるかも、という。東京の自宅から鈍行電車で行ったら、名古屋に行くのと変わらない。もう銚子、館山は前泊の許可が出ないと取材にはいけない。それでなくても腰痛が悪化してしまう。

▼首里城には1度足を運んだ事がある。政府は「復興優先」と叫んでいる。ふるさと納税から数十億の資金を投入するとか。カンパ活動に米軍人や軍属が協力しているとか。私見だが、わたしは台風被害で家をなくしたり、田畑が冠水した人の生活復帰を優先させるべきだと考える。首里城には人間は住んでいない。だから10年かけて復興しても不都合はない。政府が力を入れているのは辺野古埋め立てを隠蔽するための世論誘導であると思う。長野の水害にしても今までの治水対策を見直すべきだ。それなのにJRは北陸新幹線の復旧を優先させた。さらに水没した車両は全部入れ替えるという。それより長野では不通の路線がまだまだ残っている。しかも別所線の落ちた橋は架け替えるのに3年かかるというではないか?

▼この国はいつからカネ優先の国になってしまったのだろうか?日米FTAの第2段階国民健康保険に危機が迫っている事を話してもピンと来ない人が多い。ちょっとした治療でも今は数百から数千円。これが数十万円になったらどれだけの人が生きて行けるだろう。相変わらず自分のタコツボで自分の趣味だけに明け暮れている。夕べは月例の秋葉原原電本社抗議に参加して撮影し、秋葉原東電本店はあらかじめお知らせしたように行かなかった。抗議の参加者が減ってきた事を幸いに原子力マフィアは跋扈跳梁している。

 

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November 02, 2019

1週間はあっという間に過ぎていく。

▼火曜日は中継2ラウンド。1本目は武器輸出抗議する集まりで、「取材に来て欲しい」という招待だった。しかし到着するのが時間ギリギリで既に満席だった。最初の1時間は座る事が出来なかった。腰痛もちにはこれが辛い。会議は録画ビデオの通り。某M新聞の記者は最前列に座るビデオカメラを回してメモはしていなかった。さらに前回来ていれば良いのにダブった質問を繰り返す。どんな記事になったのか。M新聞は読んでいないので分からない。わたしの前には某A新聞記者が座っていた。今日の新聞に4日遅れで記事が載っていたが、内容は上っ面を書いただけ。本質に迫っていない。発言者が交代する度に座席をたってシャッターを切っていた、。

▼その記者会見が終わって、1時間待って首相官邸前に行くと、いつもの九州出身の右翼叔父さんが支離滅裂なスピーチをしていた。わたしが撮影機材一式を路上におくと警察官がやってきた。「いつものとTPPですか?」「そうです。心配するほど大勢集まりませんから」と答える。責任者の名前は?会の名称は?と聞かれるが、「自然発生的に集まるのでありません」と答える。

▼暫くしてツイッターで「地下鉄駅に着いたが官邸前に行く方法側からない」と問い合わせがある。「とにかく上に上がって官邸前と聞いて下さい」と答える。後で分かったが、その方は初めて参加された、とても美しい人だった。発言する人は多く、10分ほど時間オーバーした。カヲルマンの徹夜で抗議の呼び掛けもあったが、老人はつきあえないので帰る。

▼水曜日編集会議なので中継は「コツコツ」さんにお願いする。会議でわたしに遠方の取材が降られた。しかしナー、鈍行で3時間近く掛かる取材は腰痛もちにはつらい。先方に電話するとネットの申し込みは既に終わっているという。座席は300あるから来るなら来いという。老体に鞭打って、鈍行に乗って、向こうでも立つのはゴメンだ。代わりの企画を出さねばならない。うーん。一応提案はしておいた。

▼金曜日某、高校野球が強い自治体に行った。公立高校だから勝ち進むと教育委員会が金集めに苦労するという。元ピッチャーも自治体職員にいて、職場対抗野球に引っ張り出される。もう何十年前の事だからもうダメですよ、という。しかしピッチングスタイルは良いし、スピードもあり、打者は手も足もでないという。

▼今朝近くにお住まいである某M氏と面会した。具体的には一切書けないが、アメリカは人種差別の強い国で、白人が他の色をして人種にたいする蔑視が激しい。それと家を壊してモノを盗んでいくヒスパニック系が多いとも。日本がそういう国にならないよう、頑張らなければ…。

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October 27, 2019

土日の連続行動はさすがに疲れた。

▼金曜日は雨が強くなる一方なので、皆さんと相談の上、アクションと中継は取り止めた。ご存じのように雨足は強くなる一方だった。現場にいらっしゃる事が少ない方にはお分かりにならないかもしれない。雨が降ったら、防水加工をしなければ中継はできない。中継カメラとWifiをビニールで覆わなければならない。さらに夜だと照明の機材、バッテリーも保護しなければ、暗闇のカラスになってしまう。金曜日は条件が悪すぎた。行っても中継無しである。それでは自己満足で終わって仕舞う。3時半頃、相談で中止を決断した。

▼千葉市に住む友人は住んでいる団地のメインロードが川のようになっていて誰も歩いていない。雨傘に雨合羽を着てあるいていたが、下着まで濡れてしまったという。もしも官邸前に行ったら、撮影機材は浸水で大損害を出していた。買い換えるお金はないので3年間くらいツイキャスは中継になってしまう。

▼土曜日は、原宿で[PUMAはイスラエルサッカー協会へのスポンサーをやめて。原宿アクション」があった。今回は席に者と顔見知りなので、前夜に了解が得られた。撮影が事前の撮影許可をとるのに一番時間がかかる。今も11月上旬の撮影交渉をしているが上手くいっていない。誰か撮影交渉のマネージ-やってくれないかな?どっかの誰か見たいに、いきなりおでましになって黙って、いきなり三脚開いて撮影なんてとても出来ない。世間の常識ではとても通じない。

▼土曜日は原宿。で皆さんは改札から移動していた。責任者を見つけて「顔出しノーの方はいませんか?」と聞くと一人いらして、その方はお面を被っていただいた。しばらくして旧知のX嬢が偶然やってきた。モンサント以来である。具体的なイニシアルを書くと叱られるので書けない。駅前からPuMA前に移動して暫くすると警察がやってきて「煩い」という住民の苦情が来たという。中継見ているだけでは分からない苦労がたくさんあるんです。ツイキャスをご覧のみなさんにお願い。きょうの日米合同委員会反対行動には沢山の公安私腹刑事がやってきた。彼等もまた現場でツイキャスを見ている。だから個人情報が分かる書き込みは一切止めて欲しい。

▼日曜日は、日米合同委員会反対、ニューサンノーホテル前行動 があった。前回迷ったので地図で詳しく調べた。中途は省くが、新橋から6晩の都バスにのって天現寺で降りればいいのだ。現実に朝は家から1時間で行けた。11時には現地に着いていた。しかし抗議が終わって停留所で新橋行きのバスを待っていたが渋谷ハローウィンのためか、2本間引きされてして40分待たされた。もうダメだと思って途中駅の赤羽橋行きのバスに乗った。ところが途中で似非右○の人たちが「竹島を帰せ」とかで信号を無視して街宣車で信号無視して大暴れ。これでかなり遅延した。赤羽橋は原子力規制委員会に行く時使う駅である。大江戸線にのって無事帰宅出来た。明日は東電抗議があるが、土日お休みした方は是非お運び頂きたい。東電抗議は実際に人は減りつづけている。リツイートして満足して終わらないで、現場に抗議においで下さい。わたしはほぼ同じ時間、日米FTA審議入り反対の首相官邸前で抗議だ。

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October 21, 2019

亀戸団結まつりであった人たち

▼忙しさに追われているから、メルマガの誤字が多いと、家族からクレームが付く。途中まで作りかけて「亀戸団結まつり」に出かけてしまった。会場の最前列は既に埋まっていた。出発する時間を10分ほど間違えてしまったからだ。ちょうど福島瑞穂さんの挨拶が終わったところだった。最前列には横浜のSさんがすわっていらして、「随分ご活躍のようですね」と言って下さる。Sさんは反原連国会前の常連さんで、知りあって5~6年になる。かつてノスピーチで「俺は北海道のA高専出身で、当時全共闘をやっていた。俺と同じ年代の連中は何をやっているんだ。家で孫の顔見て酒でも飲んでいるんじゃないか?国会前に出て来いよ」とハッパを掛けていた事があった。その後松山の公園伊方原発再稼働反対の集会があったとき、集団でいくと洗脳されると嫌だと思い、単独で参加した。そのとき、会場でご挨拶したら、「どこかで聞いた声だ。ああ、反原連国会正門前だ」と気づいて下さった。

▼Sさんとは雨の警視庁前で、「不当逮捕されたテントのFさんを釈放背よ」抗議したときのツイキャス中継でもお会いした。暫くして経産省の脇で毎週金曜日演奏をしている方が見えた。「団結まつりに出演を依頼されたが、どういうものか見当がつかなかった。そしてYouTubeを検索したらわたしが過去に撮影した「まつり」が出て来て助かった、というのだ。この方はTさんとおっしゃる。1度名刺をお渡ししたら、新宿の大成建設の前で埋め立てに抗議する集会をしているが、ある日の朝は早いのでいつものKさんが撮影できない。代わりに来てくれないかというメールがあった。これがわたしの沖縄問題の関わりの出発点である。不思議なご縁である。それがMXTV抗議へと繋がっていく。

▼木製の椅子に座っての4時間半はけっこう消耗する。過去の経験からコンビニでおにぎりとサンドイッチを一個づつ買っていく。そして会場で争議団の豚汁を買って食べた。ツイキャス中継をしていたら、「きょう団結まつりとは知らなかった」という方がご自宅から駆けつけて、親切にも挨拶に見えて下さった。ネットでいくら「会話」しても絶対親しくはならない。頼まないのに「来て下さる」という行為が重大なのだ。

▼この日の最大の目的はジョニーHさんの演奏を撮影することだ。というのは弁護士会で「憲法ビデオコンクール」を開催したが、あまり応募がないという。有楽町駅前街宣で、2度も「是非応募してくれ」と弁護士さんから頼まれていた。その趣旨をジョニーHさんにお話ししてご協力を頂いていた。だから演奏時間のズレが刻々お知らせくださった。最初は2時半だったが、最終的には3時過ぎるという。ビデオの方は何時間、保つか分からない。予備の電池もカードも持って来なかった。後半全録画を止めて時間とバッテリーを節約した。大漁節を演じたあすなろちゃんは素晴らしいかった。

▼演説することが何よりも楽しみという人びとが多く、最後は3時半を回った。わたしは近道で帰宅する。東武亀戸線の脇を歩く。工事のためか近道は封鎖されている。やむなく緊急避難で、かなり危ない部分を無事渡りきる。

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October 19, 2019

司馬遼太郎の「街道をゆく9巻信州佐久平みち」を読む。

▼今朝NHKの「ガイロク」の録画を見て涙を流していた。長野県出身の女性なのだが、父親がベッドに寝たきりになるのを知り。職場を辞め実家に帰り介護をし、最後に婚約していた男性と結婚するまでの話。バージンロードを歩行補助器具を使って歩く父親には涙が止まらなかった。

▼昨日のNHKラジオ「きょうは何の日」というコーナーがあった。昨日は「伊勢湾台風60周年」だった。そのときわたしは中学3年生だった。実家の隣りには「お宮」(ブログでご紹介した日露戦争の慰霊碑があるある場所)、そこには直径3mくらいで樹齢300年の欅(かやき~があったが、根本からポッキリ折れて大騒ぎになった。そして隣りには叔父の家があった。しかし余りにも風が強いので、我が家に避難していた。そしてあるとき叔父は自分の家を振り返って見たら、「あ、おれの家の屋根がない」と叫ぶ。屋根がすっ飛んでしまった事に気づいた。それほどの暴風雨だった。それからは我が家が潰れては大変だ、とみんなで二階の雨戸を抑えていた。母は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と呟いて心をおちつかせていた。わたしには、その母の呟く「南無阿弥陀仏」の声が不気味に聞こえた。

▼そのちょっと前にわたしは外の様子を見に行った。すると雨が当たった腕がブツブツに腫れ上がって締まった。雨の力もそのように強かったのだ。わたしが雨が止んでから親戚を周り状況を話し、復旧の手伝いに来て欲しいと自転車で回った。全て回ると10kmはあるが山に近いところでは俺が巨木が道路をふさいでいて、容易には走れなかった。

▼ひと月前の高校の同級会の時、T大工学部を出て造船会社で原発の部品を作っていた男がいた。彼は日本の電力不足を原発で解決出来ると、当時は信じていたのだ。彼がわたしに「司馬遼太郎が小諸を書いた本を読んだことがあるか?」と聞かれた。司馬は「坂の上の雲」しか読んでいない。図書館に注文したら文庫本「街道をゆく9巻信州佐久平みち」だとヤマカンを付けて借りたが正解だった。わたしの大好きな武将、木曾義仲も佐久が馬の産地であることを知り、ここを一時期根城にしていたようだ。肝心の部分は小諸の懐古園のなかにあるソバ屋がとてもまずい。という話だ。「とにかく大衆食堂の一軒にはいると、こういう店における時代の象徴ともいうべき仏頂面の女の子がデコラのテーブルを拭いていて、声をかけてもふりむきもしなかった。定年を過ぎた編集部のHさんが辞を低くして女の子に何かはなしかけているのだが、背を向けたまま顔も見てもらえない。やがて女の子が不機嫌そうに背をのばして、「何か注文するのかね」というようにHさんを見た。アウシュビッツのナチの下士官というのはこういう具合だったろうと思われた。」後は本を借りて読んで頂きたい。

 

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October 18, 2019

雨の日の抗議撮影は辛いよ。

▼夕べは前半かなり雨が強かった。完全装備で出かけたが、カメラのセッティングで身体は濡れる。ビデオだけでも良かったのだが、サービス精神旺盛なので、ツイッターの機器も持参した。全てに一つ一つスーパーで貰う薄いビニール袋をかけた。一番重要なのはWifi。次がカメラの役割りをするスマホ。これはiPhone3で可成り古い。iPhone以降は完全防水になっているが、これは通話とメールチェックのメインに使っている。あとカメラの電源である。

▼この日いつも参加している皆さんにお土産があった。実はこれが重量があった。雨の日運ばなくても良いのだが、自分の部屋を早く片付けたかった。完全防水のレインスーツだが少しは雨水が身体に入ってくる。リュックも三脚ケースもずぶ濡れだ。これは大きなゴミ袋を持って来るのを忘れたからだ。ま、抗議は一時間余で終わったが、全身濡れているので帰途の電車のシートには座れない。YouTubeのアップロードはマウスでクリックして完成ではない。データの映像への変換作業が撮影したのと同じ時間がかかる。せっつかれてもこれは、自分の力ではどうしようもない。食事も風呂も我慢して、作業をしているが、視聴者からは矢のような催促がくる。今後ツイキャスをご覧になっている方は翌朝まで待って頂きたい。こちらも夕食ぐらいはゆっくりしたい。次回から翌朝作業完成と割り切ることにした。重い荷物をリュックで運んで立ちっぱなしで撮影ははっきり言って疲れます。わたしは放送局の社員ではありません。ツイキャス中継を見たみなさんはYouTubeのアップを翌日まで待って下さい。普通のツイキャス中継をしている方は、ビデオ撮影の動画を同時並行してやっていません。そこを理解して下さい。帰宅して機材は全部ぬぐって水滴を取り、可能なモノだけ外に干した。三脚も1本1本、水滴をぬぐうのだ。YouTubeあくまでも仕事で参加出来なかった人のために記録用と、妨害者の防衛用して撮影しています。

▼ネットをみていると、原宿辺りの高級マンションの広告がでている。15階くらいで最上階が1LDKで7000万円。良い値段だ。付近の店を見るとコンビニが2軒だけ。災害が起きたら徒歩で上下に歩くか?しかも災害時にはコンビニは食料はゼロになるぞ。とてもこんな所に住めない。わたしにはお金もないけどね。夜は地下鉄とバスで移動する事にしている。しかし老いも若きもみんなスマホを夢中になっていじっているな。マンガやライン、それにゲームが一番多い。このままでは政府のコントロールで動く人間ばかりになるな。何故って自分のアタマで考えないからさ。荻手にスマホを持ったまま歩く人もあるが転倒すると大けがするぞ。

▼昨日首相官邸前で話した小海線は「小諸→中込」だけ再開したようだ。ここだけ動かないと新幹線にものれなくなってしまう。

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October 16, 2019

糞詰まりのタワーマンションは当然のなりゆき。

▼また。30行書いて消えて仕舞った。気を取り直して書き直す。昨日昼間は仕事で1万歩あるいた。夕方生協の宅配を整理して、時間ギリギリでバスに乗る。Bさんから先週、短パン、Tシャツは止めた方が良い、というご忠告を頂いたので、薄いコートを羽織って出かける。しかし時間が立つにつれて寒くなる。金曜から、冬支度だな。麹町警察署の刑事(公安か)が官邸前でプラカードを拡げるのは困るという。皆さんにプラカードは記者会館側にして貰っているという。そういえば「沖縄辺野古基地建設反対」のみなさんもそうだ。それは納得して実行する。

▼もう一つ「原発事故避難者の借り上げ住宅の追い出し反対する集会」もあった。最近は多少顔見知りも増えたので、素通りして貴宅しようと思っても、中々簡単にはいかない。その中に某紙記者やKさんもいた。Kさんも体調は悪いはずなのに「反原発集会」には無理して出て来られる。反TPP、日米FTAがドレンドで反原発集会に背を向けている人に聞かせたい。再稼働阻止ネットの月一回の東電本店合同抗議くらいには、いらして欲しい。わたし一人では手(足)がまわりません。

▼例のタワーマンション事故。一時期「他人もうらやむ」ステータスシンボルになっていた。わたしは貧乏で大金もないが、こうなる事は分かっていたので清閑していた。取水口は消防署の管轄で1階に設置しなければならない。電源も屋上に水を汲み上げてから下の各階に下ろす。そんな事は自分が住んでいる小さいマンションの役員を何度も経験しているから承知済だ。しかしタワーマンションの住民は窓からの景色しか見ない。それに価値があると勘違いしているが、所詮砂上の楼閣である。晴海に建設中の選手村タワーマンションも怖い話だ。

▼今回の水害で大きな屋敷、田地田畑、車を持っていた中産階級ほど被害は多い。昔の快適な生活を取り戻すには容易ではない。それも過去300年、400年前の出水事故の経験を生かしてこなかった行政に生かしてこなかった政府、自治体の責任は大きいと言わざるを得ない。細かい事は昨日官邸前で喋った通りである。

▼友人の一人は箱根駅伝を生き甲斐に1年生きている。しかし箱根登山鉄道はひん曲がって、いつ復旧出来るかメドがつかない。どうやら中止になるらしい。その人は「自分の生き甲斐を奪ってどうしてくれる」と叫んでいる。復旧作業にボランティアで行くか。億単位の資金をカンパするか?

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October 14, 2019

台風19号一過で考えた。

▼読者の皆さんの地域では、台風19号の影響はありませんでしたか?わたしの生まれ故郷の長野でも甚大な被害がでました。そもそも千曲川はン欄するような河川ではありませんでした。少なくとも佐久地域までは流れは穏やかな河川でした。ところが上田では別所電鉄の橋が流され、事実上不通になってしまいました。従兄弟は一駅目の所に住まいがあります。しかし低地なので夜中に避難命令が出て、家族で一時避難しました。ブログとメールによれば、避難所がいずれも満員でたらい回しされたようです。長野市は悲惨な事になっています。放送を見ていると「林檎の収穫時期」で心配と言っています。わたしが心配なのは、米の収穫取り入れが終わっていないことです。これは千葉県もそうです。今回は米所が一様に被害にあっています。ということは来年、日本人が食べる米がない、という事です。まさにアメリカの思惑通りに事は進んで行きます。この点が報道には欠けています。

▼わたしの場合、荒川の決壊がいちばん心配でした。これが決壊すると東京の江戸川、江東、墨田区など下町一帯が冠水します。荒川は元々荒川放水路と呼ばれていました。これは江戸時代末期から明治にかけて、氾濫が多かったので掘削され、新しい放水路が計画され、昭和5年に完成したものです。今まで手直し、手直しで何とか保ってきました。しかし氾濫したら、わたしの住んでいるマンションの4階まで浸水すると、ハザードマップに書かれています。

▼19号台風が接近するに従い、自宅の浸水の心配を考えました。まず火曜日に完成しなければならない仕事は片づけました。PCのデータは外付けHDDにバックアップしてこれだけ持てば逃げられるようにしました。次ぎは連休明けネットが不通になる事を考えて、「送るべき情報は送信を終えました」。燃料と水、若干の食料はありましたので3日程度は何とかなります。そして最後に友人宛、浸水があった場合、火曜日の官邸前行動には参加できないとメールしました。しかし20日起きると浸水は免れましたが、食欲はありません。しかも下痢気味で、頭がふらつくので血圧計で計測すると上が160ありました。それからは横になっていました。薬を飲んで3時間もすると血圧は落ち着きました。

▼しかし家の浸水は恐れていましたが、最悪N市の義姉の家に厄介になろうと決めていました。義姉は夫君に先立たれ今は単身で公団住宅にクラしています。しかし友人からは「一部屋あいているから、いつでもどうぞ」という連絡を頂いた時は、催促やお願いをしたわけでもないのにと、涙がでるほど感動しました。

▼今までの治水事業は上流に堤防を作るだけで、下流の事を考えて来ませんでした。いわば土建屋優先の治水事業だったのです。これを見直す時に来ているように思えてなりません。

▼さあ、明日リツイートだけで全く動く気配のない人たちは、何人国会前に来て下さるのだろうか?リツイートだけでいかにも「参加」したつもりになって終わりだろうか?日本の参加型民主主義の道は遙か遠い。

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October 11, 2019

武器見本市に反対するママの院内集会に参加する

▼水曜日の官邸前アクションが終わって、貴宅し、これで今週は終わりだとホッとしていた。わたしは情報収集のため、幾つかのメールマガジンに入っている。その一つに「明日10日武器見本市に反対するママの会が明日、省庁に申し入れをして、午後から院内集会を開く」と告知されていた。ツイートするとすぐ「ママの会」からリツイートされた。これは何とか取材しなければと思って。「編集長の取材提案メール」を送って寝た。翌朝、午前9時に「ぜひ取材したい」と電話が掛かってきた。「わたしが何とか行ける」という事で早ひるめしを食べて機材一式を担いで出かける事になる。もちろん事前にママの会NAJATの杉原さんに撮影許可を取り付けた。参院議員会館に入ると顔見知りの人数人にお会いする。三輪さんの顔を暫くお見かけしなかったので、病気かと心配していたら、「ヨーロッパに行っていた」とのことだった。舞台左手前から3列目に陣取る。入ったらK夫人から挨拶をされる。夫君とは仕事のお付き合いがあるが、奥様とはこういう場所でしかお会いしない。三脚を組み立てていると、ビデオカメラを忘れたことに気づく。まぁ今日はツイキャスが出来れば良いと、自分を納得させる。しかし良い画像を撮影しようと思って「ライブシェル」だけは持って来たのだから、間抜けな話である。

▼会議が始まり、わたしの隣りに座っていたのが、メインの講師の西川純子さんだった。テーマは「軍需産業と武器輸出、アメリカと日本の関係を中心に」だった。「軍産複合体」のお話が中心だったが、声が小さく殆どの人は聞き取れなかったと思う。わたしは仕事になった取材が出来なくては仕方ないので、ICレコーダー同時に回しておいたので大丈夫。2時間の会議が終わったら集合写真を撮る時間が残っていなかった。それでも顔見知りの元議員たちがいたので撮影を頼まれる。名刺をわたされ、「後で送ってくれ」とも頼まれる。会議をしている間にも「校正を早く戻してくれ」というメールがはいる。わたしがどこで何をしているか、分かっているはずなのに…。「5時半以降に戻す」と返事をした。しかし帰宅途中足もとがふらつく。かなり荷物が重く感じた。疲れているのかな-。家族から「帰りにバナナを買って来て欲しい」というメールがはいる。家の近くの大型スーパーに行ったがバナナは全部売り切れだった。入荷ストップしたのか?熟成倉庫の事故か?

▼帰宅してツイキャスの書き込み記録を見ると「字幕を入れて欲しい」というのを見て驚愕する。おいおい、わたしがどんな思いをして15kgのリュックと三脚を持って行っているとおもっているんだい。字幕には専属の人とPCを配置しなければならない。あなたが機材一式を持って無料で参加してくれるなら考えないこともない。テレビの見過ぎだよ。あの高田純次の「じゅん散歩」ですら30人くらいのスタッフ連れて撮影しているんだからね。わたしは近所で撮影している様子をこの目で実際見ている。画質が悪いとか、音声が悪いとか色々要求して来る人は元日を知らなすぎる。こっちは後期高齢者がたった、一人なんだよね。

▼昨晩、ツイッターのフォロワーが2700人を突破しました。

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