July 11, 2009

「フードデザート」の次に来るものは?

▼数日間でかけていた。パソコンを持参しようかと現地のホテルに確認したら館内には全部無線LANが完備されているという。しかしそのためにだけパソコンを担いでいくのも苦痛だったので、ブログはタイマー機能を使ってアップした。その映画紹介について、てんぐささんから丁寧なメールを下さった。「映画の良さが伝わってくる文章ですね。私は、ああゆう風に書けないもので。」とおっしゃって下さった。こういうご意見には力が涌いてくる。あのブログで「もう一度みたい」と書いたのは理由がある。日曜日午後1時半からの回を見るために間違って「ITOCIA」の方に行ってしまった。上映はビックカメラの方だというので急いで駆けつけると、残り4席だった。並んでいる前には既に10人近く並んでいた。しかし残席はスクリーンの直前しか残っていなかったので、みんな敬遠して、わたしは座ることができた。しかし最前列では画像はゆがみ、首が曲がってしまい、とても疲れた。だから「もう一度」と書いたのだ。もし読者のみなさんが休日に良い席でご覧になるのだったら、1時間前に映画館に行くことをオススメする。
▼出張の帰り電車が停車した中野駅前ブロードウェイ通りというのか。その前にJ党の候補者が「オリンピック、パラリンピック誘致」というスローガンを掲げてて演説をしているのだがえ、演説を聴いている聴衆は誰もいなかった。うーむ明日の都議選投票の結果はどうなるのだろうか?「蟹工船ブーム」だけが頼りの革新が急激に伸びるとも思えないが、この駅前の雰囲気からJ党の凋落は間違いなさそうだ。
▼10日夜NHK7時半の「特報首都圏、増加する買い物難民」を見た。わたしの住んでいる近くでも化学工場の土地が売却されて、大型開発が行われた。K中央公園に隣接するその跡地には公団住宅やらマンション、介護施設、それに保育園などが出来た。散歩の途中見ていたのだが買い物をする店が何一つないのだ。近くの商店街まで大人の足で15分はかかるだろう。勝ち鬨のウォーターフロントでも高層マンションは出来たが、店がないので次々退去する人が出ているという話を聞く。一番目の再開発の住宅群には最近ようやくコンビニが一軒出来た。しかしコンビニではようが足りない。
▼NHKの番組では、埼玉や茨城のスーパーが次々撤退して買い物ができない住宅に住む落としよりが紹介されていた。自転車に乗れればまだしも、それが出来ない落としよりはカップ麺か缶詰を食べるしかない。落としよりはあきらめ顔で「しょうがないわね」と呟く。茨城の場合3・8kmをお年よりが自転車で坂道を登る。ママチャリで伴走するNHKの若いアナウンサーの方が先に音を上げてしまっていた。
▼郊外に大型ショッピングモールが出来ると、町中のスーパーや店は潰れてしまう。その結果食べる食材すら手に入らなくなってしまう。この状況は茨城基督大学の教授が分析していたが、世界的な傾向でイギリスでも1990年代から既に始まっていたという。サッチャーリズムの行き着く先はこういうことだったのだ。そして今の日本横浜の公田公団の自治会は店舗を開くように交渉したが、「人口から採算が合わない」と拒否されたという。そこで今は自治会が近くのスーパーまで買い出しに出掛け、ニンジンやピーマンなど5個くらいのパック包装の封を切って一個ずつ日を決めて売る。そしてパンは近くの福祉作業所と交渉をしてお年よりの口に合う焼き方をして貰っている。しかしこれらはすべて利益なしの、自治会の自助努力である。先の茨城の教授は「これはお年よりの問題だけではなく、車に依存している現在は若い世代にも共通した悲劇になりつつある、と指摘する。イギリスではこれを「フードデザート」(食料砂漠)と言われている。最低限の食生活が保証されない未来は病人の続出する世界が待っている。

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July 10, 2009

万葉集大迫皇女の歌

▼NHKで火曜日夜に放映されている「知る楽」という番組は一度ご紹介したがかなり面白い。前のシリーズである「お経巡礼」は終わって、今は「裁判員制度への道」という番組で一橋大学の青木人志が今は解説している。日本が近代国家入りをしようとしたとき、獄門さらし首のような事をしているのでは、とうてい近代国家に仲間入りすることは出来対と指摘したのは、フランスの学者だった。彼は人民が裁判に加わるよう提言したが、フランス時代の教え子であった井上毅(こわし)によって反対され、それは実現しなかった。このフランス人学者は同日午後11時からの「爆笑研究」でも刑事訴訟法の研究をしている後藤昭によって紹介されていた。
▼初回の番組を録画し忘れて再放送の7日午前5時からの番組をセット録画した。始まる前に「万葉集」の番組があった。これは毎日5分間放映されている。この日はちょうと大迫皇女の「我が背子を大和へ遣ると小夜更けてあかとき露にわが立ち濡れし」だった。昔読んだ記憶を取り戻してとても懐かしかった。それにその数日前には近代的な短歌を(プロレタリア短歌とでもいおうか)を見ていたので、こちらの方が遥かに新鮮な感じを受けた。この背子とは愛人や夫の事ではなく、実の弟の大津皇子が姉を密かに訪ねてきたのだ。いかし皇子は謀反を企んでいたとして死刑になってしまう。会いに来てくれたのは嬉しいが、先の運命を知って悲しんだのであろう。

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July 09, 2009

◇「レスラー」を見る

▼ミッキー・ローク主演の「ナイン・ハーフ」を見たのは、かれこれ24年ほど前のことになる。彼はこの時主演で最後のスワットの赤外線ドット式の標準機でハチの巣状態になって終わったような気がする。その後彼はずっと泣かず飛ばず状態だったようだ。そしてジャネット・ジャクソン同様に整形手術を何度も繰り替えし、今は元の顔の面影は残っていない。その彼が捨て身で演じたのがこの作品だ。
◇「レスラー」落ちぶれてもう引退しようかと考えている中年レスラーのランディ(ミッキー・ローク)。筆者は現実にもプロレスの中継や実演を見る事はない。しかし映画を見ると控え室で、対決するレスラーたちは実に和やかで、「きょうはどういう技を使って終わらせるか」念入りに話しあっている。おそらく日本の場合もそのように行われているのだろう。
▼とにかくランディは荒技を使うのでファンから絶大な人気がある。ある時は腕のメンディングテープ(というのか正式な名称は不明だ)その中にカミソリの刃を小さく切って仕込む。これで相手を傷つけるのかと思ったら、ちょっとした隙にそれを取り出して自分の額を切って、「流血場面」を過激に演出する。また、リングのコーナーに有刺鉄線を仕込んだり、タッカー(店舗などで使う大方ホチキスで針は普通のホチキスの倍以上ある)を使って相手の身体を傷つけるシーンなど見ているだけで卒倒しそうだ。だが観客はそれに沸く。
▼だがいつもカネの入るマッチがあるわけではない。普段はスーパーの店員として食材売り場で注文されたサラダを量り売りしてサービスに努めている。ところがある試合が終わった直後心筋梗塞で倒れてしまう。気がついた時は病院のベッドにいて、大手術が終わったばかりだ。医者に「リングに上れるか?」と聞くと「そんなことをしたら死ぬような物だ」ときつく注意される。こうなったらもう引退するしかないと腹をくくる。そしてバイト先には休日にも仕事をやらせてくれと頼み込む。
▼ランディの息抜きといえば近くのストリップバーに行って一杯飲むことだ。その中でも一番のお気に入りは、キャシディ(マリサ・トメイ)だ。店の外へ連れだそうとすると「客と店の外で会うことは禁じられている」とすげない返事が返ってくる。もうそうなると昔別れた妻との間に出来た一人娘だけだ。唯一の肉親だと住所を調べて会いにいくが、「見捨てたくせに自分が困ったら、面倒見てというのは勝手すぎる」と追い返される。困ってもう一度キャシディに相談すると、「着るものでも買ってあげたら」と相談に乗ってくれる。日曜日買い物に行こうかと思って街角に突っ立っていると、キャシディが「一度だけよ」と買い物につきあってくれ、若い女性向きの洋服を見立ててくれる。
▼それを持って再び一人娘の所に会いにいくと、一応それを気に入って受け取ってくれる。そして次の日曜日食事をする約束をしてくれる。しかし肝心な約束の日ランディは酔っぱらって、麻薬を使って若い女と遊んで約束をすっかり忘れてしまう。ストーリそのものは目新しい事は何もない。しかし主演の落ちぶれたミッキー演じるレスラーは彼自身のこの20余年間の生き様とオーバーラップしてくる。そしてまた時間をかけてプロレスラーの身体を作ったミッキーの熱意にもほだされる。

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July 08, 2009

◇「ディア・ドクター」を見る

▼昨晩のTV番組で飲酒を続ける事の害について特集をしていたようだ。わたしは見ていなかったけど、脳自体が萎縮していくのだ。話していてもう萎縮している人はどんなに努力しても元には戻らない。そういう人はいつも同じ話や、昔話をする事で満足している。そうなったらどんな健康法をしても追いつかない。現状に満足して好きなだけお酒を召し上がる方が幸せだと思う。減量をするにはもちろん昨日書いただけでは十分ではない。どうしても知りたい方は連絡を頂きたい。ただし無料で教えても本人の決意は途中で挫折するのは目に見えている。だからタダではお教えできない。人間カネを払うと元を取ろうと思って一生懸命になるのだ。
▼月曜日夜NHK3chで作家で佐久病院の医師である南木佳士が、「うつとたかかった」経験を話していた。彼は内科医でわたしの友人も彼に看て貰っていたが、「南木は鬱だ」と言っていた。南木がうつになったとき二人の子どもはまだ小学生で、勤務を減らせば収入も激減する。必死に元に戻ろうと努力したが、それは返って逆効果だったという。今は一日2時間CTの結果を分析する仕事を一日2時間だけしているという。そこまで到達するには、自分を育ててくれた「あるがままを受け入れる」という考えていた祖母の力がある。祖母はあの「阿弥陀堂便り」のモデルになった人物だ。それで南木は人に迷惑をかけても仕方ない。人生はなるようにしかならないと考えるようになった。そして夫婦で始めたのは低い山の登山だった。この日も遠くに浅間山がみえたから、八ヶ岳の麓だろうと思った。
▼若いときは登山など歩くだけで何が楽しいだろうと考えていた。しかし今になって人生同様下りに見る景色や動植物を見る事が楽しみになってきた。何か諏訪中央病院の鎌田と共通するところがあるが、「頑張らない」「なるようにしかならない」という考え方に共通するものを感じた。
◇「ディア・ドクター」本当は昨日の薬剤師さんの話から続くはずだった。某大学医学部では「問診」の重要性を認め、開業医でその道の達人を大学に招いて専門の授業を数年前から始めた。人口1600人くらい村の診療所医である伊野(釣瓶)は村人から「センセ、センセ」と絶大の人気がある。伊野は人の話をちゃんと聞くし、村人がどういう状態にあるかちゃんと把握しているので、バイクで診察で回っているときも挨拶を欠かさない。あるとき「爺ちゃんが喉に物を詰まらせた」というので駆けつける。祖父(往年の美青年高橋昌也)はもう呼吸をしていない。蘇生を試みようとすると家長の長男は「先生ありがとうございました」と暗に蘇生を拒否する。長男から二度言われたので伊野もそれを察する、集まっていた村人は「爺ちゃんも先生に看取られて大往生だったわい」と口々に喜びを表す。
▼伊野が「爺ちゃん良く頑張ったね」と祖父を抱きかかえて背中をさすると、祖父は喉に詰まっていた寿司をはき出して蘇生する。それを見て村人は「さすが先生だ」とまた点数を稼いでしまう。工事現場で重機の下敷きになった青年が運び込まれたとき、看護師(余貴美子)はとっさに肺が破裂しているから気管に針を突き刺してエアを抜かないと死んでしまう。「針を挿入できるのは先生だけだから」と針「何と呼ぶ機械か、「ER」の気道確保のあれと似ている)背中を押す。この緊迫感はたいした演出だ。
▼もう一人村人で胃の潰瘍を患っている八千草薫がいる。長い間説得した結果ようやく伊野に胃カメラで看て貰う事を納得する。彼女の娘(井川遙)は東京で医師をしており、帰省したときゴミ箱に捨てられていた薬の錠剤の包みから、伊野の処方に疑問を持つ。一種類炎症を止める薬を処方している理由が分からなかったのだ。伊野と直接やりとりているが彼女はようやく納得する。しかし伊野は「ちょっと用事がある」と胃ってバイクで出掛け行方不明になってしまう。刑事が二人やってきて調べていくとどうやら伊野はニセ医師だったらしい事がわかる。それまで伊野を慕い崇拝していた研修医も村人も手のひらを返した様に伊野の悪口を言い始める。
▼医師とは何か。診察と検査をして薬を処方するだけが医師なのか。医学大学をでて資格を取ったところで、それはあくまでも国が認めた「国家資格」であり、患者が自分の命を預ける事を認めた資格ではないはずだ。今年今まで見たなかで最高の出来といえる邦画だ。できればもう一度見てみたい。シネカノン有楽町(ビッグカメラの上)休日は30分以上前に行かないと入ることはできない。

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July 07, 2009

青木宗昭の言う「デモと公共」

▼先週土曜日の朝日ニュースター「ニュースにだまされるな」で出演者が後半に「一言」として「3つの提言」をフリップボードで説明するコーナーがあった。いやわたしも忙しくてこれと、「愛川欣也のパックインジャーナル」を録画して見終わったのは昨晩だ。土曜昼間に放映された先週の「愛川…」の方は大した内容ではなかった。「それぞれ2時間番組だ)そこで青木宗昭氏は(神奈川大学教授)は三つめの提言で「デモと公共」という言葉をあげた。青木はフランス財政学が専門であり、1、2年前にフランスに研究をしに行っていた。そのとき200万人規模のデモが起きた。フランス人は自分たちの生活が苦しいのは、政府の政策が悪いと考え政策の変更を迫るためにデモを行う。公共とは日本は「デモやストをやると迷惑になる」と言う考え方があるが、フランスではデモやストをすることが公共のためなるのであって、文句を言う人はひとりもいない、という事だった。ご覧になっていないかたは朝日ニュースターで明日水曜日の午後9時から再放送があるのでどうぞ。
▼それにつけ考えるのは昨年の秋葉原大量殺人事件と、先日の大阪パチンコ店放火殺人事件のことだ。どうして怒りが権力者に向かわず、自分より弱い者にだけ向いていく。これも教育で国民の権利が正しく教えられていないこと。弱い者ならば自分は怪我をしない有利な立場にあると考えるからなのだろう。
▼昨日首都圏は雨が断続的に降り続いていた。仕事が一段落した夕方医者に行くことにした。薬はあと2日分残っているが週末には出張なども控えている。雨の日は足下が悪いので大体医者は空いているのだ。午後4時からの一番目に並んだつもりだったが、先約の人がいたのだろうか?わたしは10番目以下になり、結局1時間以上待たされた。1ヶ月前に血液検査をした結果を教えてくれた。目標の数値をめでたく下回ってある薬は数値が低い物に変えてくれる。いやこうなるまでには色々苦労した。肉や鶏卵は一切排除していたのはご存知の通りだ。そのご間食は一切止めた。そして好きなアイスクリームも一切止めた。デスクの脇には自分で「間食禁止、アイスは喰うな、腹が減ったら麦茶を飲め」と張り紙をした。さらに実は自宅からアルコールを追放した。自宅にあるアルコールは消毒様の無水アルコールと、料理酒だけ。1月頃から家では一切飲まないことにした。外で飲むのは月に一回か多くても2回だ。
▼さらに体温よりも低い飲食物は食べないことにした。この時期冷やした西瓜など最高に美味いが食べないことにした。元もと冷やした麦茶やアイスコーヒーも飲む習慣はなかったから問題はない。
▼しかし映画館に行くと、「アイアム・パワフル」というカップ麺のCMやら、サンドイッチを頬張った福山雅治の「カロリー2分の1ということは倍食べても良いのかな」などというものがあるが、マヨネーズなどわたしにとっては最悪なので一切口にしない。上記の事を3ヶ月も続けると、夜は熟睡できるし、朝は午前6時に目覚めて一日快適に過ごす事ができる。(これは編集長本人の感想で個人差があります。)
▼担当医とはいつも30秒か1分もお話しして終わり。階下の薬局にいく。始めたお目にかかる可愛い薬剤師さんで、こちらの云う事とをメモをとったり親切に聞いて下さった。そして「うまく行くと薬を止める事ができるかも知れませんね」と励まして下さった。診察とは人の話を聞く事が大切だと思う。映画の話を書こうと思ったが、ここまでで、すでに1600字になってしまった。続きは明日にご期待を頂きたい。

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July 06, 2009

井上ひさし「日本の平和と世界の平和」を語る

▼確定原稿を書く前に、4日千葉市のピースフェスティバルで井上ひさしさんが話した内容をご紹介する。なにせこれを含め会議の全体で900字にしなければならない。12項目のポツダム宣言を受諾し戦争に負けてから、その後6年間は占領軍状態にあっため、独自の外交が出来ない、主権がない、輸出ができないなどすべてが米軍の管理下にあった。昭和23年当時は国家予算は8千億円だった。しかもそのうち3分の1がたばこ税の収入だった。だから「その1本、その1本が国を築く」というスローガンが町に溢れていた。自分も成人してから迷わずタバコを吸い続けて来たが、今年の4月から駅構内で吸えないなど片身が狭くなってきた。わたしはセブンスターというかなりきついタバコを吸っているが20本入りで300円。そのうち180円が税金なのだからかなり貢献している事になる。
▼昭和23年に講和条約が結ばれ、世界各国と国交を回復していく。現在世界に220の国があり、日本が国交を回復していないのは北朝鮮くらいだ。まず国交を回復してから交渉をするのが筋である。朝鮮は36年間日本の支配下にあり、昭和20年に敗戦するまで三井、三菱などで働かせるため170万人の朝鮮人などを拉致して来た。まず国交を回復して、このことを謝罪しないと、今の拉致問題は解決するはずはない。とにかくこの間、小泉が北を訪問してから帰国させた拉致家族に引きずり回されすぎた。
▼昭和31年極地探検という事で世界中で南極観測をしようとした。ところが疑心暗鬼や米ソ対立、それに8ヶ国が領有権を主張したため揉めに揉め、観測が中止になりそうになった。そのとき日本代表で参加していた人は木田宏というまだ若い外交官だった。彼はこのままでは観測事態が中止に追い込まれてしまうと考えた。そしてひと晩徹夜して日本国憲法を独力で翻訳して全員に配布した。それは「日本国憲法は紛争はあくまでも話しあいによって解決する」と書いてある事を参加者に知らせた。そして全員にその考え方が指示され1956年から南極観測が実施されることになった。
▼その基本的な考え方は南極はどこの国にも所属しない。核の持ち込みもしない。核実験もしないという事である。その考え方はその後も南米全域に核は持ちこませない、宇宙空間にも核は持ちこませない、南太平洋でも全地球の海底でも核は使わないという思想として結実している。こうして見ると地球の南半分からは完全に核は無くなっている。核があるのはアメリカとロシアの両国が90%を保有して、残りが中国、イスラエル、イギリス、フランスが持っている。無茶をしているのは北半球の国家だけになっている。
▼1907年にハーグ陸戦条約が締結され、第二回のハーグ条約では「中立国」の存在を認めるようになった。日本は第二次大戦のとき44ヶ国と戦った。そのときの中立国とアフガン、アイルランド、ポルトガル、スイス、スウェーデンだった。原爆が投下されたときにも日本はスイスを通じて抗議をしていた。戦争が始まってアメリカのカリフォルニアに住んでいた日本人は12万人いた。日本はここに上陸するとアメリカは考えたため、真珠湾攻撃から3週間後のクリスマスに全員財産を捨てさせられ、石ころだらけの収容所に放り込まれた。とにかく急な事で手荷物一個持つのが精一杯だった。収容所の中でどうやら豆腐を作る事は出来たが、納豆菌までは持ち出せなかった。
▼アメリカはスペインの監視団に収容所の内部を見せるのを拒否していた。納豆菌はサンフランシスコのスイス領事館から、スイス本国に伝わり、そこから海運国で中立のスエーデンによって日本本国からカリフォルニアの日本人収容所に届けられた。戦いませんとうのは中立国の権利である。1999年国連が主体となって800人と700のNGOが公正な世界のための10原則を採択した。
▼イタリアのサンマリノ市国のレストランに行ったら日本国憲法が貼ってあった。口先で唯一の被爆国というのだけではいけない。現実に地球の3分の2が非核世界になっている。21世紀には地球の平和のために各国が「非核の原則」を採択する以外にない。今は人類の歴史始まって以来の決心をするときに来ている。かなり大まかですが、井上ひさしさんの話はこのような内容でした。メモを見て40分で1600字ほど書き上げた。これを約3分の1にしなければならない。

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July 05, 2009

講演会で声を掛けて下さった人

▼昨日の取材はほぼ一日かかったのでかなり疲れてしまった。会場では顔見知りの人達に大勢であった。中でもSさんは「新聞でトルコ読んでいますよ」と声を掛けて下さった。さらに「顔を見ると輝いていて青春しているのが手に取るように分かる」ともおっしゃって下さった。また近いうちにお会いしましょうというご挨拶して別れた。取材は写真も撮らねばならないので開場の1時間半前に会館前に並んだ。ところが入り口を入って、第二の扉の前に「会場内は撮影。録画禁止」と書いてあるではないか。もともと録音はするつもりが無かったので良い。ところが撮影が出来ないとなると編集上困るのではないかと思って、編集長に電話を入れる。すると「会場の看板でも入れて撮ってきて」というのでそのようにした。わたしも素人ではないから、「禁止」と言われると余計撮りたくなる。使えるかどうかは別にして会場内部も数枚撮影してきた。しかし疲れたのは議事の進行から挨拶などを全部手書きで記録しなければならないことだった。つまり3時間メモをとり続けて疲れたのだ。
▼記念講演の井上ひさしの話の内容を書こうと思ったがメルマガ発行の準備があるので止めた。
▼2日ほど前の夕刊を読んでいたら映画「ブラジルから来たおじいちゃん」の主人公紺野堅一さんが亡くなったという記事が出ていた。この監督の栗原奈名子さんとは立ち話をしただけだが、紺野さんのご冥福をお祈りしたい。
▼疲れていて迷ったが映画だけは這ってでも見に行く。まず先週恵比寿ガーデンシネマに帽子を忘れたのでそれを引き取ってから映画館に出勤する。「レスラー」と「ディア・ドクター」を見た。感想はそのうち書く。

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July 04, 2009

捜査とは相手と共通の話題を見つける事

9manban(これが9万番、午後6時自分で踏んでしまった)
▼午後から取材が入っている。会議の時、誰も「行く」と手を挙げなかった。取材担当者が決まらないと、いつまでたっても会議は終わりそうになかったので、わたしが挙手をして取材に行くことにした。わたしはどちらかと言えば人混みは嫌いだ。きょうはそういう場所で、人が大勢集まる。一番いいのは1対1で話を聞くのが一番だ。
▼今朝の朝日に元警視庁刑事の飯田裕久さんという人が、「安定志向で警察官を志望するな」と書いているが中々面白い。聞き込み捜査とは完全にアナロ捜査の世界だ。警察手帳を見せて藪から棒に「怪しい人、みませんでしたか」なんて聞いて、良い情報は取れない。聞き込みの相手と共通の話題を見つけるための豊富な雑学知識が必要だ、と語っている。取材もまさにその通りで、インタビューする相手の目の前でノートを広げて「さあしゃべってくれ」といって、自分の思い通りに話してくれる筈はない。
▼1時間くらいだったらノートなど広げず、頭のなかに全部入れてこなければ…。そういう訳できょうは取材、明日はメルマガの締め切り日なので、映画を見る時間をどう作るかだ。すでにお二人の方から原稿を頂いている。ブログのカウンターは午後早い時間に9万番になりそうだ。
▼昨日発行された「週刊金曜日」を電車の中で読み終えた。「中国文化大革命の大宣伝」という書評が面白かった。タイトルは「革命の弁証法の悲惨と可能性」とあり、文末でこう言っている。「官僚のみならず自民から××まで政党幹部の多くが東大出身という日本で、安易に"文革の「悲惨と滑稽"を嗤うことがいかに愚かな思い上がりであるか、人は考えてみてよい」。

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July 03, 2009

◇「それでも恋するバルセロナ」を見る

▼昨日は資料をひっくり返しながらブログを書いているうちに、最初に自分が考えていた方向から段々変わってしまった。このブログはいつものペースで行くと、今晩遅くか明日の午前中に9万番になると思われます。明日は午後から取材がはいって、明後日はメルマガの締めきりです。みなさん催促はしませんので締めきり日をおわすれなく。
▼NHKクローズアップ現代は昨日書いた部分は前半で、後半があるのだ。それはP3Cを現地に持ちこんでいるのはアメリカと日本だけ。現地の指揮戦闘所に海賊対策に派遣されている20ヶ国とともに自衛隊は、アメリカ軍から良い部屋を一つあてがわれている。そしてアメリカから「とても頼りになる。今後も期待している」と謝辞を述べられ、良い気になっている自衛隊の係官。しかし問題は「海賊」が終わったあともしアメリカから「次はこの戦闘地に行ってくれ」と頼まれたとき、きちんと「ノー」と言えるかが問題なのだ。ゲスト2人の問題提起は「イヤなとき本当にノーと言えるか」だった。
▼火曜日の爆笑研究は慶應湘南キャンパスに勤務する阿川尚之だった。名前から分かる通り、阿川弘之の息子で阿川佐和子の兄だ。研究室に入るとアポロキャップが10個以上並べられている。アポロキャップは元もと宇宙飛行士たちが、地球に帰還したときに被っていた帽子だ。ところが現在はアメリカの戦艦や海上自衛隊の護衛艦に乗った時、記念品として渡される。ただし民間人の場合は3000円位で買わされる。この趣味からして阿川がどんな人物か想像できよう。太田が「アメリカは建国いらい、殺戮の歴史だった」というと阿川は「いつどこで大量殺人をしたかいってみろ」とくってかかる始末。元米国公使とか肩書きの紹介があったが、こういう人物が外交官をしているのだから、日本の対米政策が想像できると言う物だ。一方アメリカの建国記念日に、初めて招待されたとはしゃいでいる党首がいるかと思うと情けなくなってくる。これは阿川があまりにも酷かったので見るのは半分で中止した。
◇「それでも恋するバルセロナ」わたしはウディ・アレンの作品は一応全部見るようにしているので今回も出掛けた。アメリカからバルセロナにいる親戚の家で夏休みを過ごそうとしてやってきた二人の女子大生。一人はヴィッキー(スカーレット・ヨハンソン)でもう一人はクリスティーナ(レベッカ・ホール)だ。たまたまパーティで怪しい画家に「これから飛行機でバカンスに行って一緒に楽しもう」と声を掛けられる。画家は昨年のコーエン監督の「ノーカントリー」で怪演したアントニオ(ハビエル・バルデム)だ。クリスティーナは勉強熱心でアントニオに興味を示さなかった。しかし最初に恋に落ちたのは結婚式を間近に控えたクリスティーナだった。
▼しかし夢中になったのはヴィッキーで、バルセロナの観光名所を旅しき画家と親密な関係を続ける。しかしそこに突如として画家の元妻エレナ(ペネロペ・クルス)が現れたことから4角関係の事態は混沌としてくる。とにかくカッとなると何をしでかすか分からないエレナに別れた元夫もオタオタするくらいだ。だがヴィッキーの婚約者がバルセロナに来てから表面的に関係は元通りに納まったようにみえる。
▼短い会話の中に一度結婚したらそれを固定観念化することへのジレンマ。好きになったらそれでいいじゃないという考え方の葛藤が面白く描かれている。それにイタリアの郊外を自転車で走らせながら、短い台詞で「物質を所持することが最優先するアメリカ文明」への批判が言葉として一言だけ出てくる。バルセロナの観光地を見ながら肩の凝らない1時間半の「ゆたかな人間性の回帰」とは何かを考えさせてくれる映画でした。久しぶりに本領を発揮したウディ・アレンはとても良かった。それにマリアを演じたベネロペ・クルスの演技も絵の描きっぷりも良い。

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July 02, 2009

函館山の戦争遺跡

▼昨晩某地デジ局で女優のとよた真帆が「夏の函館に行く」という番組を放映していたのでつい見てしまった。通常函館というと放映されるのは朝市と函館山の夜景だ。昨晩の番組に朝市は出て来なかった。その代わりわたしがひと月前に行った倉庫街とか、谷地頭から歩いていた。市電の片方の終点である谷地頭駅前には昔から続いている、金物屋(雑貨店)があった。看板の隅に「酒保(しゅほ)」という文字が残っている。酒保とは昔軍隊の内務班にあった購買で、米軍風に言えばPXとなる。
▼ご存知の方もいらっしゃるかと思うが、明治になってから日本全体を外国から守るために要塞化計画が立てられた。そのもっとも重要な一つの拠点が、この函館山だった。店の人の話ではこの函館山の要塞に勤務する兵隊に許された唯一の売店が、この店だったという。だからかすれた文字で「酒保」という名前が残っているのだろう。そこでとよたは急にその要塞跡に向かう。普通の人は(わたしも含めて)ロープウェイのある函館山にだけ登って満足してしまう。いや、わたしもその要塞の存在は竹内正浩の「戦争遺跡探訪」などの書籍を読んで知っていたが、まだ行っていない。
▼遺跡の一つ御殿山砲台跡には、ロープウェイの終点から歩いて30分ほどで行けるらしい。ここには砲台2門の跡が残っていた。当時はたしか28CMの榴弾砲が据え付けられていた。しかし現実には何の役にも立たず終戦を迎え、米軍に解体されてしまったという。
だがこの短い時間でも函館要塞の様子は伝わってきて十分満足できた。次回函館を訪問すす祭にはぜひ行って見たいと思った。
▼昨日の朝日朝刊に韓国海洋警察庁の特殊部隊の対ゲリラ訓練の写真が掲載されていた。北の侵攻作戦に対抗するためとキャプションがつけられているが、現実にはこの程度の物では何も役に立たないと思う。しかし持っているサブマシンガン類に興味があった。まるでマシンガンの展示会の様だが、手前からいずれもドイツ製のH&KMP7A1、H&KMP5A4、MP5A4SD、さらに右端の兵士は小さすぎて分からないが、ベレッタ9Fの様な拳銃を構えている。
▼そして昨晩NHK「クローズアップ現代」で「変貌する自衛隊派遣、最前線」も見た。いわゆる海賊対策として、近海で機関銃の実弾射撃訓練をしている様子が出てきた。上官が「警告だから的に当ててはいかん」と、「射撃中止命令」を出される。しかし当該の隊員は「動揺(船が揺れる)するので当たってしまう」と言い訳をしていた。一つはブローニングM2機関銃だったが、果たして海賊にこのような重火器が本当に必要なのか頭をひねりたくなる。もう一丁はミニミ機関銃だが、この程度ならば搭載するのも理解出来る。しかし隊員たちにとって任務は死と直結しているという問題だ。普通の生命保険は「戦争」などは免責事項になる。だが隊員の一人は「自分に万一の事があって死亡することなどを考えると入らざるを得ない」と静かに語る。一方で実体のないソマリア海賊に対して「イケイケ」と煽って既成事実を作ろうとする人達。だが現場に派遣させられる隊員にとっては、「死」は避けて通ることが出来ない。

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