4連休の出来事

▼連休中は出かける予定もなく、平凡な日々を過ごした。18日は仕事で午前中7千歩は歩いた。その後夜は日比谷野外音楽堂で反原発首都圏集会があったので撮影に出かけた。撮影は最前列がよいので早く並んで、最前列の中央を確保した。歩く距離が長いと三脚は小型にしないと疲れてしまう。しばらくすると後ろにいた、憲法会議のNちゃんに声を掛けられた。「まだそんなデカいマンフロッティ(イタリア製三脚)使っているの?」と言われる。これでも軽い方なのだ。もう一つマンフロッティ持っているけど半年くらい使っていないので、ソフマップに売りに行こう。折り畳みでもいいからアルミの軽いのにしよう。でもずっと固い木製の椅子に座っていたので助かった。銀座デモに行こうという気力は残っていなかった。それでも内幸町の交差点まで行って撮影し、地下鉄都営三田線経由で午後8時半頃には帰宅出来た。

▼翌19日は、前日に1万3千歩あるききまわって疲れたので、自宅待機で休憩。夜の「出没アドマチック天国:習志野編」は仕事で頻繁に行くが知らないことばかりだ。20日はシネマの締め切りが水曜日なので、いろいろ考えた挙句、銀座シネスイッチに行く。前夜ネットで予約しようとしたが、ループになって入れない。翌朝試したら難なく予約が出来た。ここの当日朝から予約開始だったのか?映画は「マーティン・エディ」だ。聞きなれない名前だ。調べたら「野生の呼び声」を執筆したアメリカの作家ジャック・ロンドンの生涯をイタリアに置き換えて作ったものだった。それで外の風景はナポリなのだ。船乗りのエディンは無学で教養もない。船を降りて作家になろうと決意する。自宅もなく、路上生活をしていると、夫を亡くした寡婦が「そんな高い望みを持っているなら。自宅の一部屋が空いているから、安く貸してやる」と言われる。来る日も来る日も出版社に書いて送る。しかしすべて「未開封」で返送されてくるので、意気消沈している。

▼とあるとき、アナーキストの集会に出て、演説をすると絶賛の拍手を浴びる。そこで社会主義擁護の演説をするのだが、それが新聞記事に出て、「あんたはアカかい、出て行っておくれ」宿屋の女将にも知られるところとなり、家を追い出される。結婚を約束した女性もいたが経済力のない彼に惹かれはするが、彼女の家の人々から反対され、結婚はできなかった。やがて苦労の末、待ちに待った「原稿採用」の知らせが届く。同時に分断でも活躍する機会が増えて来る。画面には路上生活者や庶民のくらし、労働者集会が出て来る。そして自由主義、無政府主義、社会主義、ファシズムがぶつかりあって、混沌とした20世紀の様相が浮かび上がってくる。エデンの強烈な社会主義上昇志向をめざす願望にも関わらず、真の自己解放は訪れなかった。しかし様々な思想が、よりよい人生と世界を構想し、あい争った20世紀とはどういう意味があったのか問いかける作品である。

▼休みの間見たTV作品でよかったのはフェデリコ・フェリーニの「道」。何度も見ているはずだが、粗野な大道芸人に拾われ少女の心の変遷が良く描かれていた。次はケネス・プラナーの「ダンケルク」は漁船、ヨット、ボートまで徴発してフランス海岸からナチスに追われた英仏の軍人の人間模様をかなり丹念に描いており、ゲイリー・オールドマンの「チャーチル」よりも良かった。

▼左ひざは正座できるようになった。しかし今後転倒して「皿」など割りたくないので、ヨドバシの通販で「ソフト膝当て」を買った。今後の集会では毎回着用する。

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September 17, 2020

「ソニアナチスの女スパイ」を見る。

▼ポーランドを¥占領したナチスドイツは、次に北欧に手を伸ばそうとする。ノルウェイは数年前に見た映画で、国王は緒戦でナチスを見くびっていたため、機動力の劣り、貧弱な兵力では、なすすべもなく、敗退してしまう。次にナチスが狙うのは隣国スウェーデンだった。そんな時、ノルウェイのトップ権力者となったドイツの国家弁務官テアボーフェンは女優のソニア・ヴイーゲットに目をつけ。彼女をドイツのスパイにしようと接近する。実はソニアは出生国スウエーデンでも女優として活躍して人気があった。スウエーデン諜報部はそれに目をつけスゥエーデン国内に潜伏している「マリア」というコードネームのスパイを特定してくれと頼まれる。彼女がスパイをする交換条件とはソニアの父親の治療とナチスに占領される前に家族を安全な国に脱出させることだった。

▼しかし弁務官からもスパイ活動を依頼される。いヤいや引き受けると、ナチスは将来のスウェーデン侵略に備えて地形を撮影して準備をしていたのだ。その協力者をさがしていくと現像所の青年だったがタッチの差で殺害されてしまう。次々追い詰めていくと絶海の孤島で暮らす、ソニアの恋人自身にもナチスの魔手は迫ってくる。ナチスとスゥエーデンの二重スパイのようになっても正しい情報を本国に伝えようと苦悩するソニア。戦後も彼女はスウエーデン市民からの「二重スパイ」ではなかったか?という疑惑を晴らすことはできなかった。しかしこの映画はソニアがスウエーデンのために命を掛けたという名誉回復のための映画となっている。

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September 16, 2020

騙す奴に、騙されやすい人の存在。

▼天気がようやく落ち着いてきた。きょうは「燕が帰る日」らしい。わたしの場合、7月下旬から9月半ば、のお彼岸までお酒が飲めれば、あと10か月は一滴ものまなくても平気だ。猛暑の時だけは暑さを忘れるために飲む。したがってあと1週間で終わりだ。

▼しかし本当に騙されやすい人というのはある。友人に「今後はコロナ禍(わたしは鍋に見えて仕方ない)で月一度の会議もネットの会議になるかもしれないから準備をしておいた方がよい」と話した。その人は大竹しのぶのバ〇携帯を3年半つかっていた。すぐ携帯ショップに駆け込んで「これを顔が見えるようにしてほしい」と頼んだらしい。するとショップは「これは古いからできない。変え買えないとだめだ」と言われてらしい。「でも3年半しか使っていない」というと、ショップは「みなさん3年半で買い替えています」というので1週間後の受け取りを約束して帰宅した。1週間後「聞いたこともない機種を売りつけられた。番号だけは入れ替えてくれた。数日間マニュアルを読んで悪銭苦闘したが、動画機能はまったく動かない。2日後朝9時ジャスト携帯ショップのサービスステーションに電話した。15分くらいかけてようやくつながった。「動画通話ができない」と苦情を申し述べると「それは相手の顔も自分の顔も見えないタイプですよ」と言われたという。「ガーーーん」だな。高いカネ払って、たんなる機種交換だったわけだ。だったらジャパネットの方が「初心者には自宅に指導員を派遣してくれるから、その方がよかった。

▼例の高校時代の友人からハガキをもらった噺。いただいたはがきが行方不明になってしまった。3日間どこを探しても見つからない。病院の名前も忘れてしまった。別の友人にK君から手紙をもらったことを「ライン」で知らせたことを思い出した。そこに病院名が残っていた。それを頼りにネットで調べたら、病院の住所はわかったので手紙を書いて夜ポストに投函してきた。入院号棟はわからないけど大丈夫だろう。

▼わたしはベートーベンのCDは一枚も持っていない。別の仕事の先輩が送ってくれたハガキ通信によれば今年はベートーベンの生誕250周年だという。ではCDはどうしたか?図書館で借りた。5番は小澤征爾、6番はグレン・グールドのピアノ。10番はバーンスタインの演奏を借りてウーオークマンに取り込んだ。わたしがもっているCDのほとんどはカンタータ選集などバッハである。マタイ受難曲はゲオルグ・ショルティ版を持っている。ついでに今回新たに「ベートーヴェン交響曲全集をアマゾンで買った。これは愛読している「週刊金曜日」の植村隆社長が韓国の学校へ授業に行っていた。帰りに羽田でPCR検査で結果がでるまで、出社ノーの自宅監禁になってしまった。2週間もやる事もないのでアマゾンで安いベートーベン全集を買って毎日聴いていたという。演奏者は不明だが「英国ロイヤル・フィルハーモニー管弦化楽団の演奏でCD6枚で2000円を切る価格である。年内はこれで楽しめそうである。

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September 12, 2020

高校の旧友から突如手紙が届く。

▼昨日金曜日、高校時代のクラスメイトからハガキが届いた。彼とは親しい付き合いをしていなかった。それに彼は秀才で三田の大学を出て交通関連会社に勤務していた。一方わたしは成績は学年でも終わりに近い鈍才だった。もう一人同じ苗字のクラスメイトは1年前になくなり、遺体は本人の希望で献体になっていると聞いている。だからまだ実家には戻っていないはずだ。そのハガキの彼の住所は長野県第3の都市にある病院になっていた。とすると病気で入院中と推測される。文面は高校の社会科の教師の思い出話だった。話によれば授業を休んでベートーベンの第五と第六のLPを聞かせてくれたというが、わたしはまったく記憶に残っていない。当時からわたしは本を読むのが好きで社会科教師の所に読めない文字があると聞きに行った。たとえば「輔弼」(ほひつ)が読めなかったの聞いた。あと数人の教師の名前が出ていたが、分からない教師もいた。年賀状のやりとりすらなかったので「見舞いに来てくれ」というのかどうかわからない。それにわたしの実家よりも遠方にある。従弟も住んでいるので、ハガキの返事はすぐ出すが、いずれ見舞いに行こうと思っている。

▼10日ほど前に買い物の帰りに振り返った瞬間、路上で転倒してしまった。手足とも擦過傷だけで済んだ。医者に相談したら頭を打っていなければ心配いらないというので湿布薬だけ貼っていた。しかし1週間たったら内出血が出てきて腫れて来た。木曜日当たりは一番腫れてしまい、サンダルで行こうかと思ったが、みっともないでスニーカーに足を無理やり押し込んで出かけた。足の甲だけは腫れが残っているが靴はけ。医者によれば涼しくなった歩行練習をかねてせっせと外を歩きまわれ、とい指導をされている。そして体重を減らすには炭水化物を摂らないことだといわれた。1年前より3kgくらい増えている。一応正月までに5kg減らす計画を立て、夕食からは淡水化物を一切排除している。

 

 

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September 09, 2020

9月10日は何の日?

▼昨日は久しぶりに首相官邸前に出かけた、それは「敵基地先制攻撃を置き土産にして安倍が官邸を去ろうとしているからだ。昼間は猛暑だったが涼しい恰好をしてポカリスエットを持参した。しかし夜の撮影はライトが増えて重くなるのがつらい。主催はNAJATさんで、前日責任者に連絡して撮影許可を頂いた。この団体の撮影は3年くらい前にプーチンが外務省にやってきて、正門前で100人くらいの抗議集会の撮影を依頼されて以来だ。今回もSさんはすぐOKしてくれた。顔パスや飛び込みはルール違反である。わたしはすべて事前に主宰者を探して了解を得ている。

▼その前に前日のNHK録画で「街録」を撮っておいたものを見た。この通称ガイロクは有楽町駅前で通行人を捕まえて「あなたの人生の最大ピンチを聞かせて下さい」というテーマで聞いている。この日もう一つの場所は巣鴨だった。この日ある年配の女性は「詩吟」をやっていると言い、9月10日をやって見せてくれた。9月10日都はご存じの方もいるかもしれない。菅原道真がある事件の容疑を受け、九州に流されたいたとき、作ったものだ。結局彼は再び江戸には戻れなかった。その恨みを歌にしたのがこれだ。道真の恨みは嵐となってその地を荒れ狂った。その怒りを鎮めるために「大宰府の天満宮」が作られた。わたしはそちらも参拝したことがある。亀戸のそれよりはるかに大規模である。

九月十日 菅原道真

去年今夜待清涼
秋思詩篇獨斷腸
恩賜御衣今在此
捧持毎日拜餘香

去年の今夜 清涼に待す
秋思の詩篇 獨り斷腸
恩賜の御衣は今此こに在り
捧持して 毎日餘香を拝す

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September 07, 2020

こんなはずではなかったが、、、 こんなはずではなかったが?

▼土曜日午後、フジテレビで水前寺清子が司会をする番組で「中村吉右衛門一代記」をやっていたので、彼とわたしは同じ年齢ということもあったので見ていた。大体知っていることだったが、彼が成長する過程では「おばあちゃん」の影響、指導が大きかったようだ。6時頃自宅の電話がなり、家族はなにかブツブツいいながら出て行った。しばらくして猫を抱いて戻ってきた。もう一人の家族の説明によると、隣にある一部上場会社の植栽のなかで2日間,雨に打たれうずくまっていたので保護したのだという。私は昨年5月22日深夜に最後の飼い猫Rちゃんが息を引き取ってからもう二度と猫はかうまいと思っていた。実はわたしは3匹の猫の死に目にあっている。後期高齢者のわたしが新しく飼育して、わたしが先に死んでしまったら猫は、保健所に連れて薬殺されるかどうなるか考えると心配である。

▼とりあえず迷いネコを保護していることを周知しなければならない。近くの大型スーパーに行ってスマホの写真を2枚プリントした。1枚は手書きポスターに張り出す。もう一枚はいつもお世話になっている動物病院に持参し、美人看護師さんにお聞きすると「見覚えはないかどうか?」聞いたが「見覚えはない」という。それからが大変だった。何故か猫はおじさんのわたしになつく。夜は布団に潜り込んできたので一緒に眠る。

▼日曜日は朝いちばんで向かいの動物病院の診察を受ける。病気を持っていないか?寄生虫はいないか検査をしてもらう。病院のHPを見ると懇意にしていた、美人動物医師はいなかった。その代り大柄で若い動物医師が親切に担当してくれた。まだ名前は付けていなかったので、診察カードには黒猫なので仮名「くろ」で登録しておいた。1週間ほどして飼い主が現れなければ、再度ていねいな診察を受けることにした。大きな異常は見つからなかった。あとは我がもの顔で家の中を走り回っている。女医さんにお聞きすると年齢は1歳くらいと思われる、とのことだ。しかしオス猫なのでいずれ去勢手術をしなければならない。

▼今朝一部上場企業の懇意にしている担当者に写真入りのメールを送った。1)御社の植栽で見つけた。2)御社で猫は飼育していないか?返事は概要以下のようなものだ。ブランド猫のように美しい、社内で猫は飼育していない。縁があったと思って可愛がってくれ。

▼昨日バスに乗っていたら飼育していたツシマヤマネコが腎臓が弱って18歳4か月で死んだと報道されていた。前のRちゃんも後半2年は甲状腺異常で、腎臓が悪化しないよう毎晩200㏄のリンゲル液を注射していたが、それでも19歳ちょっとで寿命が尽きた。これからまた20年ほどの猫との付き合いが始まる。

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September 01, 2020

歌舞伎座とわたし。

▼先日WOWOWで「老人性痴ほう症」を扱った、映画が放映された。これはポルポレ東中野で上映されたとき見ているが、兵庫県あたりに住む、90歳代の老夫婦のぼけていく様子を娘さんが10年以上撮影している。娘さんは東京の映像制作会社で働き、年に数回帰省している。最初は普通の生活をして奥さんは家事、炊事をしている。一方夫は本が好きで日課は新聞の切り抜きだ。最初は仲睦まじいが、きれい好きの妻が調理ができなくなってくる。デイサービスを使うようになるが、ある時から迎えに来るのを嫌がる。誰にでも来る老いをストレートに描いて考えさせられる、映画だった。

▼図書館から連絡あり、本を返して受け取りに行く。借りたのは1年以上前に予約した恩田陸著「蜂蜜と遠雷」でもう映画になりそれはTVで数回放映されている。現在小説だけで「女帝小池百合子」が22番目まで来た。高木のぶ子の「業平-小説伊勢物語-は33番目となっている。そのほかの小説以外の政治者はご紹介できない。猛暑の午後だったが、バス電車は使わず、徒歩で帰宅する。

▼千葉大学建築学科東京オフィスはこの徒歩沿線で工事が始まった。自治体や町内会では学生の学習環境を壊さないようにと、特殊サービス業関連の出店を規制している。私鉄踏切の脇に小さなネパール料理店が出来たが今まですべて潰れている。理由は天井が低い、小さいことと線路と踏切に近すぎることだと思う。昨日見たが日本食のテイクアウトの店が出来ていた。

▼わたしが歌舞伎座の脇を通ることは前回書いた。実は30歳台から映画に入る前は毎週歌舞伎座に通っていた。仮名手本忠臣蔵の通し狂言も見ている。生前の中村歌右衛門も中村雀右衛門も見ている。娘は歌右衛門の大ファンで、死後の形見分けの恩恵にもあずかっている。今40台の若手歌舞伎役者も当時は下手で下手で歌舞伎はつぶれるのではと心配していたが、どうやら続きそうである。

▼ちなみに私は、中村吉右衛門と松島屋の片岡我當(旧秀太郎)と同じ年齢である。永谷園のCMの女性は彼の娘さんである。

▼仕事がらいろいろな人に会う機会が多いので「非接地式体温兼」を注文し、本日届く。屋内で会う場合はみなさん検温の対象になる。

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August 30, 2020

土曜日の朝は東銀座歌舞伎座前から映画館に行く。

▼土曜日映画を見に行くときは都営バスで本所吾妻橋まで行き、そのあと都営地下鉄で東銀座に出る。そうすると日比谷と銀座の映画館にまっすぐ行ける。それに歌舞伎座の前から晴海通りを歩くのが好きだ。町の変化が一目でわかる。数年前までは銀座シネパトスというあまり清潔でない映画館もあったが、ここで見た映画も多い。中国の731部隊の一連の作品もここだった。人体実験シーンなど正視に耐えなかった。「HEAT」もここで見た。そのときロードショウで見れば良かったのにと悔やんだ。これはDVDも買ったのでどこか大きなTVがあるところか小型スクリーンを貸し出しているところで上映してみたい。

▼「ウルトラ・シークレット」主演主演のキーファー・サザーランドは15年くらい前だったか、「ベッカムに恋して」というコメディ映画で初めて見た。これがキーファーを見た最初だった。その後ぐいぐい頭角を表し。イギリスを代表する美人女優になってしまった。見た映画の数も覚えていない。この映画はブレアイギリス首相が「イラクに大量破壊兵器がなかった」にも関わらず、国連決議を待たずイラク攻撃に踏み切る。キーファーは「オブザーバー紙に勤める職員だ。、記者ではないがイギリスとアメリカの国レベルの盗聴された電話データを分析し文字お越しをしている。あるとき「大量科学兵器の存在」を捏造している会話を耳にした。担当の記者にも知らせるが、同時に平和活動家にも知らせる。新聞にリークしたことがわかると社員全員の聞き取り調査が始まり、うそ発見器にかけられる記者も出る。それを目の前にして「自分がしました」と名乗り出る。そこから取り調べは警察の手に委ねられる。さらに脅しも入る。最初登板の女性弁護士を頼むが、彼女は「わたしは軽微なすりかっぱらいが専門だから。ちゃんとした弁護士に頼め」と言われ分かれる。

▼警察も国も容赦しない取り調べを始める。驚くのは夫がアフリカのナイジェリア出身だったのを良いことに。拉致同然の方法強制送還してしまうことだ。わずか一瞬の差で飛び立つ飛行機を止め、夫を救出する。だが国家はじわじわとキーファーを有罪にしてしまおうとする。実際あった噺の映画化なので、訴求力はある。しかしこのインチキ多国籍軍の引き起こした戦争は30万人もの死者を作ったのだ。わたしはこのイラク戦争反対の日比谷公会堂やデモにも参加した。そして高藤さんらが拘束されたとき、官邸前に「釈放するため、国は力を発揮せよ」T抗議にも行った。証拠の毎日新聞に掲載された写真もあります。

▼先週「憲法寄席」の最後に右田春夫さんがみんなの要望に応えて「安倍晋三音戸」を歌った。9月には歌えなくなるかも知れないと、みんな大声で調子を合わせて。果たして4日後「安倍退陣」は現実になってしまった。ユーチュブ2の最後にあります。https://www.youtube.com/watch?v=9cjNhjz6PR8

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August 27, 2020

シリアの場所はどこにあったのだろう?

▼昨日は編集会議があったが、前日の憲法寄席の中継で疲れていたので欠席した。シネマの締め切り日の原稿は朝いちばんで送ってあるから問題ない。

▼また「緊急事態宣言」が出はしないとと、ちょっとビビっている。というのは映画館の封鎖である。頼まれているシネマの原稿は映画館が開いているときは問題ない。しかし映画が見られないとどうしようもない。幸い窮状をさっして友人がコレクションDVDをたくさん貸して下さったので助かった。最後に日本橋TOHOシネマで見た、イギリス映画「斥候兵」の映画が最後だった。映画が終ってから外に出ると、日本橋三越周辺では桜のつぼみが開き始めていた。再開して2か月後に最初に見たのは、リュック・ベッソンの「女スパイ」映画、次が「三島と東大全共闘」だった。

▼そして先週土曜日、岩波ホールで「シリアにて」を見た。初日初回に行ったホールは安全対策が他よりもさらに厳密だった。つまり不要な座席は取り外し、3つ置きだった。さらにチケットの半券の裏に氏名。電話番号をかかされた。つまり陽性者が出た時の連絡準備である。映画の舞台はシリアである。しかし不勉強なわたしは場所が特定出来ない。帰宅して中東の地図を見る。ちょうど先日農薬倉庫が大爆発して問題になったベイルートの隣だ。ベイルートは海に面しているが、シリアは海なし国だ。ベイルートも「11年前アラブの春」事件が起きた。ところが国家元首サダトはロシアの力を借りて抵抗派に徹底的な弾圧をおこなった。つまり空爆で民衆を徹底的に痛めつけたのだ。そのためイラクはいま無政府状態の大混乱になっている。そして火事場泥棒が大手をふって、住民が逃げて空になった住宅を荒らしまわっている。そのある一軒のアパートに一室が映画のぶたいになっている。映画の照会は別途書く。

▼実は数日前の夜、NHKBSプレミアムで凄いドキュメンタリー映画があった。「ザ・ケープ」1時間半の作品だった。主人公は30歳の女医さん。破壊されつくされた病院の地下に籠って救急治療を行っている。血達磨になった大人や子供が次々運び込まれる。困っているのはベッドもない、血清も足りない、薬品もない。食料すらない。最初の場面で女医さんが対応すると。患者が「男の医者はいないのか?男を出せ」と差別の深さを知らされる。爆撃は動くものを狙う。親が殺害されて、残された幼子はどうなるのだろうと思わわせる。子供は自分の怪我よりも親はどうしたか気になる。痛さをどう我慢してこらえるかも分からない。なぜ幼子を狙うのか?ある時子どもたちの誕生祝いをする。集められる材料でケーキを作って喜ばせる。飾りの風船はないから、手術用手袋を膨らませ奇妙な風船になっている。

▼後半治療法がわからない爆弾が落とされる。子供たちは泣き叫ぶ元気もなくグッタリしている。地下病院は爆撃が激しいこと、薬品も手に入らないので撤去することが決まる。トラックに乗った女医さんもとりあえず親の隠れ家を探して避難するという。子供たちも将来大きくなったら病院の事は忘れてしまうが、優しいしい女医さんがいたことだけは覚えていてくれるに違いない、と自分を納得させトラックに乗る。

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August 25, 2020

NHKBSの優れた番組

▼土曜日は暑かった。午前9時に家を出て、久しぶりに岩波ホールに出かけた。ホールはコロナで一般公開はしていなかった。10時前には会場に着く。順番は10位くらいだ。この時間に行けば最前列の中央に座ることができる。座席は一つ置きに座れるようになっていた。さらに不必要は椅子は外されていた。後で分かったことだが、9月末から来年3月までリニューアル工事で閉館になるという。はっきり言ってここの椅子はギンレイホール同様、ワーストから数えた方が早い。上映されていた映画「シリアにて」は内容も確認しないままチケットを買った。シリアの場所は、先日大爆発事故が起きたレバノンの東隣の国で、海なし国である。国は内乱で廃墟となっている。その廃墟の建物の3階に避難して、息を潜めて暮らしている一家の室内劇である。あとは映画館にお運び頂きたい。どうやら猛暑のピークは過ぎて、自室はエアコンなし、サーキュレーターだけで猛暑は乗り切った。

▼映画が終っていつものルートで神保町周辺を探索しながら小川町に向かって歩き。交差点の近くにある和食の見せて昼食を摂る。映画館を出て秋葉原まで歩くが、外は皮膚がやけどしそうな暑さだった。もう外を歩くのは苦痛なので、一軒のPCショップだけ覗いて帰る。うっかり買い物袋をもってくるのを忘れ、1枚買う。買い物リストにメロン一個というのがあったが、小さな袋には入らないのでカットメロンを買ったが、これが家族の指定したものと違い、もちかえったら、クレームになる。

▼本当は月曜日納品の仕事がある。ブツは一週間前に完成しているが、寝かせてある。夢中になって作業をしていると間違いに気づかないことがあるので、頭が冷えるのを待つのだ。納品は24日と相手に伝えてあるので、最終点検は日曜日23日にした。この間はNHK戦争関係のドキュメンタリーを数本見た。「名もなきアフリカの地で」だった。ドイツに住んでいた一家が自分たちはユダヤ人であったため、ナチスの台頭を恐れケニアに逃げる。ドイツに残っていた祖父母は行方不明になってしまう。しかし彼ら親子3人は習慣も食料もないアフリカで差別と偏見と闘いながら生き延びるストーリー。ちょっと甘ったるいが、後半イナゴの大群がトウモロコシを襲う場面はすごかった。彼らはそれを佃煮にして食べてしまった。わたしは食べられるから生き延びることができる。みなさんはどうだろう。

▼NHKBSで再放送だが「巨大戦艦大和〈再)は初めて見たが、村の代表として選ばれて戦地に行くのは名誉だ。というプレッシャーで戦後も悩み続ける。土曜日のNHKBSスペシャル、「少年たちの連合艦隊、風雪の少年水平」も良い作品だった。要するに日本は将来の戦争に備え、国際条約の網を潜り15歳以下の少年たちをリクルートし、実施的に水兵として育成する。この話もすごかった。母親に入営するとき挨拶をすると「生きて帰ってこい」と言われる。彼は大和沈没の時近くの海域にいて何度か水没するがかろうじて生き残る。これも村の名誉を傷つけないようにというプレッシャーが故郷への帰国を遅らせる。

▼この間数冊の本を読んだが、一番面白かったのは吉田裕「日本軍兵士」-アジア太平洋戦争の現実。中公新書820円だった。軍刀と38式歩兵銃。食料は飯盒炊爨で戦争に勝てる筈はない。しかも軍靴の糸がなかった。一番良質の亜麻糸は北海道産だが少ししかなかった。輸入もできず他の糸で代用するすると水に浸っていると糸が溶けて靴でなくなってしまうのだ。小型無線機、サブマシンガンの開発が行われなかったのも決定的だった。後半はまったく落語を読んでいる気分になった。

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«盆の間に見たTVドキュメンタリー等の感想。