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February 12, 2005

無言館に行く

▲みなさんこんばんは。昨日もまたネットトラブルに見舞われて、ブログにアクセスするまで3時間ほどかかってしまいました。失敗かと思ったのですが、どうやらアップされていました。しかしHPのほうはトップページの画像のリンクが切れています。それで本日午前中はXpの上書きを再び(これで3回目)やってみましたが、状況は変わりませんでした。それで外出から帰って、夜8時から全フォーマットでデータを全部消して初期値に戻しました。いちおうデータだけはCDRに焼いて保存しましたが、プログラムは持ってきていません。そんなわけでインターネットに接続してみた結果今までのトラブルは解決したように思います。とりあえずメールの送受信とブログの書き込みだけは何とか不自由なくできるようになりました。プログラムの完全復旧は、次回に来る3週間後までお待ちください。
▲今日母を連れてかけたのは上田市です。先日叔父が救急車で連れていかれたというので、その見舞いをかねて、自分が運転する車では始めて出かけました。実家からはちょうど1時間の道のりです。見舞いのことを書いても仕方ありません。実はわたしの目的はその先にある「無言館」を訪れることにありました。従兄弟に道を教えてくれと頼んだら、ややこしいから地図もかけないというので、ワンボックスカーに載せて連れて行ってくれました。無言館とはご存知の方も多いかと思いますが、上田の先に「信濃デッサン館」というのがありますが、その向かい側にできた、戦没美術学生の遺書とも言える、出生する直前に描いた絵の数々です。たしかこの建物ができたのは5年ほど前のことで、それをわたしが知ったのは「筑紫哲也のニュース23」で紹介されてからです。
▲付近の風景画像はたくさん撮影しましたので、帰宅してからご紹介します。画学生が描いた遺作はHPなどでごらんになれるかもしれません。わたしが興味を持ってみたのはガラスケースに展示されていた、スケッチ、はがき、戦死の通告書の類です。戦争とは人命をもっとも軽々しく考える行為だと思います。しかし肉筆の手記、上官が書いた戦死した様子を書いた文書の一字一字からは、明らかに命の尊さがにじみ出ていたことです。そして戦地に送られた学生たちは描くものがなく、仕方なく空襲の米軍機や、日本の戦闘機などを鉛筆画で描いて気を紛らせているように思えました。
▲短い命を燃えつくすように、自分の目に映る景色を短い人生で描きつくしたのか。長生きして画商の餌食となっている人も多い中、絵を書くという行為をいろいろ考えさせられました。この無言館は退出時に500円から1000円の入館料を支払うシステムです。つまり自分が感じた任意の金額を払うわけです。
▲無言館とデッサン館を見学したあとは、別所温泉まで足を伸ばして八角の屋根をした国宝の三重の塔を見てきました。昨晩はNHKBSでネパールの少女たちを人身売買から救出する組織の取り組みを紹介する、スペインの放送局が作った番組を紹介していましたが、すさまじい実態は驚きました。彼女たちはムンバイに売り飛ばされているのです。

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