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March 07, 2005

3月10日東京大空襲の事

▼ツーガールさんからサングラスの写真を大きく一面に掲載してはというご意見をいただきました。しかし残念なことにこの携帯の写真はサイズを縮小しないと、メールと一緒に送信できないのです。従ってこのサイズを大きくすることはできません。
▼土曜日夜10時10分からNHKBSでB29に乗って、3月10日の東京大空襲に参加した乗員の証言を放送していました。そして昨晩は9時からNHK地上波で、被災者の記録をたどりながらどのような空襲が行われたか検証していました。まず前者ですが、B29爆撃機に乗っていたパイロットや、爆弾投下係りの兵士たちは、自分のやった行為にまったく責任を感じていなかったことです。それは何故かというと、何をするか分からない凶暴な日本兵を殺すことは、米兵の犠牲者を少なくする。日本は民間の家庭でも兵器を作っているなどの洗脳教育を受けていたために、何のためらいもなかったのです。兵士達は高度2000メートルで飛来したと証言します。しかし300機が2時間かけて次々離陸するのですが、先発隊が爆撃したあとにやってきたため、火災による爆発が高層気流となって舞い上がり、あの重そうなB29がさらに3000メートルまで吹っ飛んだといいます。そして獣や人間の焼ける匂いが漂ったと証言していました。
▼戦争でなぜためらいもなく人を殺せるかというと、キリスト教圏では「敵は憎むべき悪魔」ということになります。飛び立つ飛行場では3つの宗派の牧師が飛行機が飛び立つ2時間の間、ずっと祈り続けたといいます。今も生き残っている特徴的な二人の兵士が登場します。一人は「自分はまったく正しいことをした」と反省しない人。もう一人は次男が日本女性と結婚して浜松に住んで時々日本にやってくる元軍人です。前者は高校くらいの生徒とディスカッションをするために学校に呼ばれる場面がでてきます。生徒たちは彼の話を聞いていて、「道義的な疑問は感じなかったのか」と詰め寄られます。だが後者は銀座を歩いていてふと爆弾が振ってくる錯覚にとらわれます。そして墨田区にある祈念堂に行って空襲の図画が展示されているので、思わず息飲みます。いままで爆弾が投下された下に人がいたことなど考えた事はなかったと。彼はできるだけ現場に足を運んで見聞きしたいと語ります。つまり彼は学校にも行って生徒と対話しますが、この目で確かめる事と、違った価値観のなかに我が身を曝すことの大切さを身を以て感じるのです。
▼わたしが亀戸に住み始めた頃は、当時の国鉄の駅舎はかなり汚い木造の部分のありました。壁などには黒ずんだ汚れが残っていました。聞くとそれは空襲で焼け死んだ人たちの死体の脂だという事でした。昨日のNHKでは3月10日の空襲がいかに計画的に行われたか検証していました。つまり彼らは日本の木材を使った、下町の模造民家をアメリカに作ります。そしていかに効果的に爆撃するか考えるのです。ドイツのドレスデンも戦争末期に壊滅的な爆撃を受けましたが、向こうはコンクリと煉瓦ですから爆薬は多く使います。日本は木と紙でできています。模造民家の中には日本のちゃぶ台から襖まで忠実に作られました。その結果作られたのはM59という、日本向けの特別製焼夷弾でした。それは瓦を貫通して、その後跳ね返った石油ゼリーが唐紙や襖に粘着して家を中から燃やす、「工夫」がされています。この火薬の量などの研究したのがマクナマラであると、彼は昨年の自白映画の中で語っています。昨晩の番組の最後は亀戸駅の近くで数百人の人々が重なり合って焼死した場所を示して終わっていました。画像はがその大量の人々が亡くなった場所です。(上の画像をクリックすると大きくなります。)

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