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June 27, 2005

小栗康平監督の「死の棘」を見る

▼◆小栗康平監督の「死の棘」を見る。90年に作られた映画。外出ついでにTSUTAYAに寄ったらあったので借りた。本では著者は新小岩の跨線橋近くに住んでおり、出版社は水道橋という設定になっている。映画で愛人を演じた木内みどりは柴又の辺に住んでいるようだった。妻を演じる松坂慶子は岸辺一徳を執拗に責める。通常の会話をしていたと思ったら、急に「愛人に何をプレゼントしたか答えろ」と迫ってくる。もしそれにまともに答えたら、次々と質問を繰り出して収拾がつかなくなる。見舞いに訪れた愛人に、「本当に憎ければ目の前で殴って見せろ」と夫に迫るのは、もう狂っているとしか言いようがない。時々回想場面で制服を着た部下や、特攻ボート、少女時代の別れが登場するが、これは原作だけ読んでいても分かるまい。最後は松坂は精神病院に入退院をくり返し、「本当に治るのだろうか」と夫に語りかけるところで終わった。単に一途に愛しすぎるとこういうことになるのか?そうとも思えないのだが、松坂も岸辺も体当たりの演技だった。
▼◇「大いなる休暇」カナダのケベック州沖にある小さな島は人口122人。本当は漁師町なのだが、大した収穫もないので、島民たちは生活保護でかろうじて暮らしている。だがそれも半月ばかりで食いつぶしてしまう。そんな時プラスティックの処理工場の建設話が持ち上がる。ただしその条件というのは、島に医者がいることが最大の条件だった。町長が本島に警察官となって就職してしまって、空席は別の人間が変わることになる。新町長はケベック州の医者にDMを送りつける。しかし誰も相手にしてくれない。たまたま警察官をしている元町長の検問にスピード違反で捕まった医師を言い含めて、試しに一ヶ月間だけ島に行くように手配する。それからというもの島民たちは、医師の機嫌をとるために躍起となって、電話の盗聴からレストラン若い女性の手配、やったことのないクリケットまでやってみせる。しかしプラスティックさらに難問が突きつけられる。それは誘致資金5万ドルと、島の人口が250人以上が必要だというのだ。島民はそれらを解決するために、さらにない知恵を絞る。人間にとって大切なのは自分の力でカネを稼ぎ出して食べて行くという事が、人間の尊厳を守ることにとってとても重要なことであると思う。銀座シネスイッチ。
▼「ハンガリー動乱」NHKBS25日夜9時。ハンガリー動乱は一部に「反ソ暴動」であると何十年も云われ続けてきた。しかしこの50年代に起きた「動乱」というのは、ソ連に追随した新政権に自由を奪われた人々が、元首相のナジを全面にたてて、自由の復活を願って行動したものであることが分かる。動乱を見たソ連政治局フルシチョフやジューコフ元帥らは即弾圧すべきだという方針をだす。ただ一人ミコヤン副首相は現場に行って確認すべきだと主張し、政治局の会議でそれが受け入れられ、彼が現地に赴く。ところがナジを全面にたてた事で、国民の要求は最初戸惑っていた首相は、一つひとつ要求を受け入れようとする。ここからは映像を見ていたわたしの推測だ。秘密警察はそれまで、言論の自由を要求していた人たちを拘束しては拷問や殺害をくり返していた。首都の国会前広場に集まって要求を叫んでいた市民に屋上から、何者かによる機関銃の一斉射撃がくり返される。おそらくそれは危険を感じた秘密警察であろう。かれらはソ連と裏で繋がっていて、ソ連介入のきっかけを作ったのだ。市民は秘密警察の本部に押し寄せる。包囲して手を挙げてきた警察官たちに、いままで不満が高まっていた市民らはリンチや殺害をくり返す。(おそらく市民の中にも秘密警察が紛れ込んでいた)そこでソ連は危機感を募らせて数百台の戦車と2万人の兵員を投入する。当時大学生だった男性の証言は最後に「今ソ連は崩壊して一応自由になったようだが、わたしたちが求めていた物とはなにか違うように思う」と呟く。もう一人まだ未成年だった女子学生はPPSh(シュパーギンマシンガン)を持って腕に負傷しながらも勇敢にソ連軍と戦い、死刑判決を受ける。一緒にいた女子学生は死刑になるが、彼女は未成年だったため12年の投獄の後釈放となる。現在67歳の彼女は「誠実に生きたて死刑にさせられた、彼女の事は忘れないし、その気持ちを大切に生きたい」と意志の強さの片鱗を伺わせる顔でしゃべっていた。ちなみにナジ首相はソ連に拘束されて連行され、死刑にされる。
▼昨日コーヒーメーカーが壊れてしまい、予約しておいた秋葉原の店まで行った。長いつき合いになるUさんが最後に「高地さん実はわたししばらく店を休むことになりました」という。聞くとご両親の介護をしていた弟さんが倒れてしまい、彼が仕事を休んで(先見えないので実質退職)家族を残してふる里山梨県韮崎に帰るのだという。おそらく彼は50歳ちょっと前くらいだと思うのだが、子どもさんが学校に行っているので単身帰るのだという。どこも最後は結局家族の身にかかってくる。わたしが時々介護日誌を書いているのも、読者のみなさんもいずれやれねばならない事である。老衰したり介護が必要になってくる過程は千差万別である。一つの実践例として参考にしていただければ幸いである。
▼「戦争請負人」NHK26日夜9時も見ているが時間がないので明日書く。

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