« 編集会議の夜のバカ騒ぎ | Main | 小栗康平監督の「死の棘」を見る »

June 26, 2005

中村彰彦の「修理さま雪は」を読む

▼金曜日から父の錯乱が始まってしまった。わたしは東京にいてなにもできないが、妹と義弟が一晩引き取ってくれて、昨日は神経系の病院に連れて行って戻ったら、「いつまでもここで世話になっているわけにはいかない」、と言ってフッと出て行って徘徊してしまう。夕方暗くなる直前に見つかったのだが、3時間くらい親戚縁者、近所の人まで巻き込んだ、大捜索になってしまったようだ。
▼パソコントラブルだが、このパソコンは3年ほど前にも一度見たことがある。そのときは応急措置をして、「データーは毎日バックアップして、すぐメーカーに出した方がいい」とアドバイスしたのだが、そのままになっていたらしい。データ救出は前にも書いたが、大塚商会で1ギガ1万円くらい(調査費別)でやってくれる。この場合60ギガあったからパソコンが、軽く3台は買えてしまう計算になる。電話ではHDDのような気がするし、クラッシュしていたら、大塚商会に行っていただくしかない。だがどうしても大事なデータだというので、「とにかくできるかどうか持ってきて」ということになった。メーカー製のパソコンはどうしてこうも、分解がわざと難しくしてあるのだろう。依頼主は「データが救い出せれば壊してもいい」とおっしゃって下さった。HDDに辿り着くまでにかなり時間を要した。ようやくHDDを外して、マスター設定をスレーブにする。そして自分のパソコンに接続して、約2時間でデータを救出することができた。
▼「修理さま雪は」中村彰彦著 新潮社 1300円 先日菅原文太の番組に登場した作家だ。経歴を見ると文藝春秋の編集者で平成2年に作家として独立したとある。本書は表題の神保修理という、会津の家老神保内蔵助の嫡男と、彼に殉じた妻雪子の生き方を描く短編からなる。修理は主君容保から将来を嘱望されて長崎に留学している。ところが大政奉還になって、徳川慶喜に結果として裏切られてしまう。ところが大阪城内に取り残された会津藩士たちからは、修理は内府公に逃亡を囁いた人物として、「刺すべき」対象にされてしまう。結果として2月13日三田の会津屋敷で切腹を命じられて果てる。それは享30の時だった。本書には会津の落城のとき、主君とともに戦った6つの逸話と、実在する女性たちの生き方を紹介している。なぜ会津の人たちが、「負ける」と分かっていても主君とともに戦ったのか?それはおそらく日本人の心に共通している、一度自分の心に誓った事を貫き通すというメンタリティではなかったかと思う。本書で始めて知ったのだが、白虎隊とは(16,7歳)、朱雀隊(18~35歳)、青瀧隊(36~49歳)、玄武隊(50歳以上)となっていて、さらく女性は娘子軍(にょしょうぐん)を組織していたことだ。そう言えば小学校高学年を担当した教師がこういうのが好きだった。歌は「臣子の務めはこれまでと、いで潔く死すべしと、枕並べて、快く、刃に打ちし物語り、これぞ会津の落城に 伝えて 今に 美談とす、 散りたる花のかんばしさ」というのを覚えている。なぜ長野で福島の白虎隊なのか、今ひとつ分からない事もあるのだが、昭和20年代後半は三橋三智也のものとか、古賀政男のとかいろいろ流行していたのは事実である。

|

« 編集会議の夜のバカ騒ぎ | Main | 小栗康平監督の「死の棘」を見る »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 中村彰彦の「修理さま雪は」を読む:

« 編集会議の夜のバカ騒ぎ | Main | 小栗康平監督の「死の棘」を見る »