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August 31, 2005

「地獄(ヂグク)」沖縄戦終結までの33日

▼チケットプレゼントのお知らせ。9月8日(木)/18:30開演/19:00、場所:めぐろパーシモン大ホール(東急東横線:都立大学駅徒歩7分)、演目:「仲道郁代のゴメン!遊ばせクラシック2005」プログラム:ドビュッシー/月の光、武満徹/雨の樹案猫Ⅱ、田中カレン/風のどうぶつたちより、ショパン/ピアノソナタ第3番です。かなり初心者向けのプログラムですが、ご希望の方3名にチケットを差し上げます。応募条件、8月に『鍵盤乱麻』に投稿してくださった方で、今週中にメールでご連絡下さい。応募者多数の場合は投稿数の多い方を優先させていただきます。
▼NHKBSの再放送「地獄(ヂグク)」沖縄戦終結までの33日を扱った2時間のドキュメント。本土は天皇が8月15日に「終戦」宣言を出したのだが、沖縄の集団的抵抗が終わったのは6月24日になっている。何故か?つまり天皇は戦争を引き延ばして、自分に有利な条件を連合国から引きだそうとした結果、沖縄県民は捨て石にされたのだ。沖縄の日本軍は牛島中将に率いられていた。一方民間人として登場するのは、当時任命制だった沖縄県知事と沖縄警察署長、それに沖縄気象台の臨時所長だ。県知事は県民を安全に誘導するために、中将に面会を求めて、安全な地区を尋ねにいくが、「軍事上の機密」を理由に拒否される。それは警察署長も同じだった。そして敗北が決定的になった時、万座毛が安全だとされるがもうそのときは遅かった。そして軍人たちは住民が避難している自然でできた地下壕に押し入って来て、強制立ち退きさせる。そして気象台がなぜ最後まで残ったかと言えば、鹿児島などの特攻隊基地に気象情報を知らせるのが目的だった。これらはすべて生き残った住民の証言で構成されているので、説得力があった。最後に牛島中将は自決し、軍は組織的抵抗をすることができなくなり、自滅する。そして上記3人の人たちは、職員たちに「自由行動をするよう」指示して自分たちは軍と一緒に行動して行方不明になってしまう。
▼昨日書いた以外に体調が悪い所があった。実家に帰った時から背中が痛む。汗疹を掻き壊してしまったかなと思っていたが、昨日はどうも違うように思えたので皮膚科に行った。すると医師からは一見して帯状疱疹の診断を受けた。忙しくて抵抗力がなくなっている時に、このような症状が出るのだという。そう言えばお盆の前後、締めきりに追われて、ストレスを感じたのを思いだした。今週締めきりがある仕事は二つある。緊急でないかぎり、他の案件は後回しにしても問題なかろう。日曜日は終日仕事が入っているが、それまでは自宅静養することにしました。

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August 30, 2005

禁酒という健康法

▼相変わらずの健康食ブームというか、TVで煽っているだけだと思う。昨晩は体内の毒である、鉛、ヒ素などを排出するというのがテーマだった。最初の鉛ではらっきょう(エシャロットで代用可)が良いというから、今朝から八百屋さんでは、それらが売り切れになるのは必至であろう。もちろんそれらを毎食10個も生で食べることはできないから、調理方法に工夫が凝らされる。しかし注文が殺到して品切れになるのは、せいぜい1週間程度。残されるのは、イナゴの大群が食べ尽くして荒廃したような、畑だけだ。対処療法よりも、そうならないような、食べものに対する普段のこころがけが大切であることは言うまでもない。
▼この数週間右の膝が痛む。すぐ医者に行けば良いのだが、まだ行っていない。いろいろ考えているのだが、飲んだ翌日が痛むような気がする。人間ドッグで調べても別に尿酸値が高い訳ではなく、まったくの正常値だ。別に歩行が困難な訳ではなく、膝を曲げるときだけが痛み、はげしなると足を組むことが困難になる。そんな訳で残暑がきびしいなかで3日間禁酒を試みている。先週Maさんと飲む機会があったのだが、あれだけお酒の好きな方が、何と烏龍茶だけ召し上がっているので、お聞きすると何か忘れっぽくなったとかおっしゃっていた。そうすると、もう永遠に飲まないのかと思っていた。ところが昨晩のメールでは外房の別荘に行って「二日間へべれけ」になっていると言うことであった。実はMaさんの断酒は今始まったことではなく、数ヶ月に1回はおやりになっているような気がする。しかしそれも2日と続かないような気がする。
▼身の回りに、「忘れっぽくなった」とおっしゃる方は数人いる。あまり人の事は云えないが、そうなったら手許に手帳などを置いて、約束など決めたことはすぐ書き留める以外防ぐ方法はない。だが昨日午前中お目にかかった方は本日火曜日の午後1時に時間を記入してあるが、意味が分からなくなって、あちこちにメールや電話をしていた。もうこうなったら、秘書を雇うとかしないと手がつけられない。
▼この間NHKBSの再放送で、沖縄戦を扱った2時間のドキュメント「地獄(ヂグク)」イギリスが作った「チェチェン混迷の11年」を見た。感想はまたそのうち書く。昨日は介護に関するメールをお二人から、電話をお一人からいただいた。みなさんご心配してくださっていることが分かってとても嬉しかった。

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August 29, 2005

「ふたりの5つの分かれ路」を見る

◇「ふたりの5つの分かれ路」家裁だと思われるところで、離婚に関する手続きをして、法律上の義務、一人息子の養育権に関する説明を聞く元夫婦ジルとマリオン。止せばいいのに二人は、お別れの記念にホテルへと向かう。いつもの手順でベッドインする二人、だがそこで昔の関係が復活するはずもない。ジルは「いつも君は自分が正しいと言っている」となじり、身支度をして部屋を出るマリオンに「もう一度やり直さないか」と懇願するが、さっさとドアを閉めて立ち去る元妻だ。実はこれは5つの話の序章で、ここから時代は昔へと逆行していく。「小さなパーティ」、「出産」、「結婚式」、そして恋に落ちてしまった「出会い」篇だ。このように逆転していくので、注意して見ていないと、見終わっても何が何なのか分からない。ちょうど「アレックス」の後半が逆転していたのと同じである。そして場面が転換するたびに挿入されている70年代のポップス。昨日発行になった某新聞では「イタリア音楽」と書いてあったが、この映画記者は耳が悪いのか?「煙が目にしみる」とかプレスリーだって2曲入っていたのに…。
▼70年代の音楽を使ったのは、昨年の「チルソクの夏」がうまかった。下関が舞台で韓国と日本の高校生の、陸上競技選手たちの交流と甘酸っぱい初恋を描いていたっけ。さて本論。別れがあるという事は、いきなりそうなるのではなく、その傷口になるものがどこかにあるはずである。第二話の原題では「ディナー」となっているが、ワインとクラッカーだけだから、わたしは敢えて「小さなパーティ」と書いた。夫の兄とその同性愛の相手であるモロッコあたりの青年が登場する。話はレズビアンの妊娠方法にまで及ぶのだが、マリオンはあきれ顔で話を聞いている。パーティが終わってからも、それほど楽しかったという風もなく、夫の指示で自動皿洗い機に皿をセットして終わる。
▼「出産」ではたまたま検診に行ったマリオンが、胎盤の様子がおかしいので、緊急出産をすることになる。しかも夫が仕事に忙しがって、出産に立ち会えない。マリオンの母が先に云っていて、「難産だったのよ」となじる場面がある。そして夫は優しい言葉をマリオンにかける事もできずに立ち去ってしまう。話は飛ばすが、「出会い」の舞台は海外のどこかのリゾートである。飛行機に乗り遅れたマリオンはホテルへ逆戻りして、ゴーグルをつけて海で泳ぎ始める。偶然そこに取引先のジルが来ていてばったり出会う。ジルはガールフレンドと来ているのだが、彼女は少々嫉妬深い。翌日彼女は一人でハイキングに行ってしまうのだが、二人はヨットが沖に浮かんでいる夕焼けの海で泳ぎ始める。何とこれが二人の絆をつよめるきっかけになったのである。
▼「8人の女たち」、「まぼろし」、「スイミングプール」のフランソワ・オゾン監督の最新作。淡々と描かれる、ごくありふれた夫婦の日常的。絆がつよまるきっかけも、わかれるきっかけも、ごくささいな事から始まるのであろう。見終わると自分にもいくつか思いあたる所があって、「うーむわたしは大丈夫だろうか」と思ってしまう。日比谷シャンテ。

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August 28, 2005

JRの安全はお客様任せ

▼福知山線の脱線衝突事故から3ヵ月、ともすると事件そのものが忘れられそうになるが、JR東日本は大丈夫なのだろうか?そんな疑問を持って全日本建設一般労組(建交労)千葉県本部相木書記長にお聞きした。8月24日つくばエクスプレス開業され、そのフィーバーぶりが連日報道されている早い、無線LANが使えるetc,etc。ところが競合する同じJRの常磐線は戦々恐々しているのである。例えば7月のダイヤ改正で常磐線の快速は三河島と南千住に停車しなくなってしまった。つまりこれはつくばエクスプレスに対抗して、スピードを上げるために取られた措置だと考えられている。西に比べて競合する路線は少ないが、今後事故が起きる可能性としては、この常磐線の上記箇所のカーブでスピードをあげようとした時に、発生する可能性はある。
▼数年前にも、国労千葉の田中書記長インタビューでご紹介したことがあるが、現在の車両は事故でもお分かりのように、全部ステンレスで軽量化されている。それは堅牢な車両を検査修理して使おうという思想ではなく、使い捨てした方が安いという考えに、とくにサイドは弱くなっているので被害は大きくなる。
▼なぜこんな事になったかというと、東証一部に上場して利益の追求が第一義に考えられるようになったからだ。利潤を追求する考え方は鉄道業務本来の所でも儲けをあげようという事になる。つくばエクスプレスも、沿線自治体に第三セクターを作って土地提供などを強いている。今後は沿線の土地開発や住宅建設で、そのつけを払わなければならない。もっと顕著な例はながの新幹線の「安中榛名」だ。当初この駅は乗降客は一日400人とか言われていた。今JRの社内広告を見ていると、jRの不動産土地開発会社が大々的に売り出しをしている。妙義山が一望できるとか、温泉がでるというのがうたい文句だ。しかし買い物は隣の駅の軽井沢だという。若いうちはいいが、歳をとって車で30分もかけて買い物には行けまい。常識的に考えるならば、徒歩でいける範囲に医者か生活日用品を買う店がなければ住めない。
▼公共交通であれば、過疎地での交通弱者に対する配慮、安全確保が第一に考えられて当然である。ところが安全はカネがかかるので後回しにされる。先日の西千葉で架線が切れて復旧までに時間がかかった問題も、保安要員のいる場所が総武線ではたった3ヶ所にされてしまったこと、要員がほとんど外注化されて、専門知識を持った人が極めて少なくなってしまったことだ。さらに7月の地震では、復旧に時間がかかった事だけが問題にされているが、点検ポイントと職員の配置が少なくなった事が重要なのだ。ところがマスメディアは目視の点検に手間がかかるから、もっと簡略化にすべきだというJRに取って、極めて都合のよいような論調がでてくる事は首を傾げたくなる。
▼利益の追求がさらに激しくなった結果の駅構内が、上野駅や秋葉原、西船橋であり、客を商店街に出さず、駅構内でカネを使わせることにある。さらにスイカを使った店の囲い込みがそれである。考えて見ればスイカは客から500円前払いさせるから、総額では莫大なカネになる。しかも定期券スイカは10日前になると、「あと何日で切れる」という表示を出し、客に無言の圧力をかけ、先払いしても割引きもない。100%安全でなければならない公共交通が、「ガードに列車などが衝突したときは下記にご連絡下さい」などと番号だけが記されているケースが多い。TVで流れているSUICAのCMソングはユーミンが荒井由美時代に唄った「やさしさに包まれたなら」だ。この歌詞に「カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の やさしさに包まれたなら きっと 目に写る全てのことは メッセージ」とある。だがJRの実際行っていることからは、お客様にたいする「やさしいメッセージは」伝わってこない。(依頼された原稿に大幅に補筆したものです。実際使われるのは半分以下になります。)

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August 27, 2005

72728でした。

72728
▼今朝8時はこのアクセス数でした。今朝は午前9時から近くの消防署まで行って防災訓練です。わたしは理事長なので空腹ですが率先して行かなければなりません。トホホ。防災体験はH消防署の施設内で行われる。暴風雨、煙、地震などの体験ができ、ポイントで表示される。わたしは遅れて行ったので、煙と地震体験だけした。地震は阪神大震災なみの震度7が来た。もうこれは座っていることもできず、転がり回るしかない。この地震の教訓では、今まで火を消せから、まず身を守ることが第一になったという。地震が収まってから湯沸かし器とガスレンジの火を消して、退路を確保するためにドアに椅子などをつっかえ棒代わりに入れる。とにかく上から色々なものが落下するから、寝ている部屋には何も置かないことだろう。皆さんもぜひどこかで一度体験してみた方が良いと思う。
▼みなさんは「高地のやつまた美人医師の登場か」と呆れているかも知れない。しかし現実はかなり厳しい。父は時々狂った目になるので、そのときはデイサービスの人も近寄れない。母やわたしに時々「土下座をして謝れ」をくり返す。これを一日に何回もくり返すから、正常な神経をしている方が参ってしまう。わたしが実家に泊まる回数を減らしているのは、「夜中に刃物でも持ち出して寝ている間に殺されるのではないか」という恐怖心が先に立つからである。だから地獄にあっても、なるべく楽天的に考えなければやっていけないというのが本音だ。これはみなさんがいずれご家族の介護とか、ご自分が当事者になるわけで、その問題を考える一助になればと思い、差し障りのない部分だけご紹介している。もしすべてを知りたいとおっしゃる方は、直接あって1対1でお話することはできる。
▼「新・仁義なき戦い」2000年に作られた1975年の話。在日朝鮮人の幼い二人の男の子が、父親が日本人のヤクザに顔を踏みにじられたことを、ヤクザの家に放火してしまう。そして20年後布袋寅泰は小さいレーメン店を営み、もう一人の豊川悦司はやくざの幹部になっている。そして大親分が死んで跡目相続問題が起き、最有力候補は佐藤浩市だ。映画の第二シーンは火葬場の骨上げシーンを俯瞰する。さらにその時代を反映する産廃を巡っての利権問題を絡ませる。二人の在日朝鮮人が、大人になるまで何を考えて来たかというのがテーマになっており、今までのシリーズとはちょっとこだわりを持っているように思える。豊川はカッコいいが、あんな事で怒って小指を切っていたら、何本あっても足らないと思う。
▼昨日の森本毅郎スタンバイ世論調査の結果。自衛隊のイラク駐留継続に賛成か反対か?
総数99票
駐留継続11票(11%)
撤退すべき88票(89%)


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August 26, 2005

蝉の鳴き声が雑音に聞こえる時

▼いよいよ明日朝8時はWeb創刊6周年記念アクセス数の発表日です。今朝8時で72695ですから天変地異がない限りプラス50カウント程度になるでしょう。そうすると応募してくださったひつじねぇさん72832、コスモスさん73800。星林さん80021、ハッチーさん73600、水玉文庫さん72330、水衣さん74567となり、ひつじねぇさんが最も近くなりそうです。どうぞ明日朝をご期待下さい。
▼今朝の「TBSラジオ森本毅郎スタンバイ/世論調査」はイラクの自衛隊はどうすべきかという意見を募集していました。何回かお願いしていますが、このラジオ番組の金曜日のアンケート調査は下らないものもありますが、この数週間は、わたしたち意見を反映させた方が良いと思われる設問がかなりあります。このWeb『鍵盤乱麻』に何を書いても、ほとんどご意見をいただけないのが実情です。しかし発言しなければ、現実の政治も世の中も変わらないのも事実です。世論を反映させる、よい機会ですので、ご自分が思っている事をぜひ声に出してください。
▼実家に帰るときは、前日に古本やさんから直近に発行された週刊誌を数冊買って読んでいく。先週は「週刊金曜日」が休刊だったので、物足りなかった。「週刊文春」に「そうはイカン○○」の某党首の生い立ちがでていた。それによると彼は満州から引き上げて千葉の蘇我に幼いとき住んでいた。自分も近くの空き地を借りて野菜を作ったが、どうもうまく作ることができなかった。どうしてもうまく行かなかったのが、西瓜である。あるとき近くの農家の人が作った西瓜を貰って食べたが、本当に美味かった。それ以来西瓜が大好きになったとの事だった。そして父親が自衛隊出身者であるとも書かれていた。なーるほど、彼の自衛隊を容認するルーツはそんな所にあったのだと思った。
▼台風一過の今朝、せわしいミンミン蝉の鳴き声が聞こえる。昨日医者の帰り道、小諸市内を走っていたら、古い和菓子屋さんに川柳らしい張り紙がしてあった。「地元ではうるさく聞こえる蝉の鳴き声も、都会の人にはご馳走らしい」という主旨だった。これを見て考えた。音から何を連想するかだろう。音楽で言えば、自分の過去に聞いた場面を思い出すに違いない。一例がわたしの場合、「乙女の祈り」は再三引用するように、中学校の時下校の音楽としてこれを3年間聞き続けたので、これを聞くと家に帰りたくなる。蝉はうるさいと感じるのはおそらくずーと田舎に住んでいる人ではなかろうか。蝉を聞いて現在都会にいる人たちは、幼いふる里で育った日々を思い起こすに違いないのだ。もしかしたら藤沢周平の「蝉しぐれ」かも知れない。そういえばTVで流れているSUICAのCMソングは荒井由美時代の「やさしさに包まれたなら」で、「魔女の宅急便」にも使われていたっけ。

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August 25, 2005

やってTRY「長谷川式」テスト

cosmosnak
▼台風であさまが止まらないうちに乗車する。知的なビッ、美人精神科医の由美先生に会えて機嫌が良い編集長。ぜひまた会いたい。印鑑を押して父の命を預けてしまったので、今後はずっと月に1,2回付き添ってお話を聞くようになるだろう。Kouchi(Mobile)
▼今回緊急に帰省したのは父の具合の事だった。近くに住んで介護施設の施設長をしている義弟が、ささいな事で父とぶつかり合った。今まで彼は30年つきあってきたがそのような事は一度もなかった。しかも専門家の彼から見て、父の怒り方は尋常ではなかったというのだ。本当は9月になったら別の病院の心療内科という予定だったが、方針を変えて精神的な治療を専門にしている病院にした。その標高1300mくらいの病院まで家から車で30分ほどある。
▼実は昨日午後も父は徘徊でいなくなってしまった。わたしは午前10時に実家に着いた。そのときから何か機嫌が悪そうだった。突如として家の外にでて、部屋を覗き込むようにして、ドアや窓硝子をノックして歩いていた。次に「娘(わたしにとって妹)の家に行くのに手ぶらではいけないから、カネをくれ」と母に頼んでいた。わたしは頼まれた雑草の消毒をしていた。近くを散歩しているのかと安心していたら、見あたらない。きっと妹の家に行ったに違いないと手分けをして探し始めた。歩くと直線距離で7kmくらいあるがルートは二つ考えられる。わたしが車で2kmくらい走ったところ、向こうの方を家に向かって歩いてくる父に出会った。車に乗るように促すと、目を三角にしてもの凄い形相に変わっていて、「自分に構うな」という合図を送ってきた。仕方ないので200mくらい後から車で着かず離れずして、ようやく自宅にたどり着いた。
▼どうしてそうなったかについてはいくつかの原因が考えられる。妹夫妻とのトラブルの原因は、その前に諏訪湖の花火大会に誘ってもらい、珍しく1泊の旅行に出かけた。そこでかなり興奮していた。ところが帰宅して母と二人になってホッとできるかと思ったから、自宅のリフォームのため猫と妹夫妻それと甥と一緒に緊急避難して一人でくつろぐことができなかった。落ち着けなかったので、ついかっとなってしまった。これはわたしが介護帰省していて何か作っても、普段食べつけないものは口に入れようとしない。母と楽しそうに話していると、カッとなる。腕時計一つでも腕にはまっていないと不安になる。
▼心配なのはわたしの車に乗って、病院に行くだろうかという事だ。ケアマネージャーさんには1週間ほど前から相談し、昨日は家まで迎えに来てもらう話をつけ、農協の介護ステーションの車に乗せて貰うことにした。乗る前に「同乗して事故にあった時の免責事項」に関する書類に署名捺印をさせられた。9時の予約だったが、一人の面接にかなり時間を割いているので1時間ほど待たされた。わたしは8月は水曜日は休み安いので、それを希望したが、その日は研修医だというので木曜日の上記裕美先生になった。30代前半と思われる色白ですっぴん、前歯はみそ歯の先生だった。相手は医師だから、ここには書けない事柄も包み隠さず話をする。そして長谷川式認知症スケールという、痴呆や認知症がどこまで進んでいるかという検査がある。
▼正常と思われるわたしもあんな検査をされたら全部満足に答えられないのではと、冷や汗をかく。「さくら、りす、でんしゃ」と言わされてしばらく別の質問に答えていたと思ったら、「さっきの3つ言って見てください」と言われる。佐久地方では「でんしゃ」というときアクセントは前の「ん」にあるが、医師は「で」にあったので、父は意味が理解できず、「あんたはおかしい」と、付き添いのわたしが恥ずかしくなるような医師のアクセントの間違いを指摘する。あと机に「はさみ、スプーン、ペン」など(わたしも忘れた)など6種類くらいを名前を確認して示し、すぐ後で白い紙で覆って、何があるか答えさせるのもあった。あと2つの重なった五角形を描かせる、サイコロ状の立方体(見えない部分は点線で)描かせるのだ。わたしもやったら危ないなーと思った。
▼あとはMRIである。最初20分も我慢できないと言っていたが、付き添って入る所まで言ったら納得して検査を受けてくれた。1時間してフィルムを見ながら説明がある。これはウソはつけないと思う。父の場合海馬も収縮しているが、10年ほど前に梗塞をやっていて、それが脳中心部にかなり広がっていた。病名は梗塞性脳萎縮症だという。そしてわたしたち兄弟とケアマネの話を総合すると脱抑制症状になっているのだという。そこで父とケアマネは外に出されて薬物投与する手順についての説明があった。収縮を遅らせるある薬なのだが最近FDAで副作用が出るとでると忠告がでた薬品であるという。それは使わない場合の死亡率が2・9%使った場合の死亡率はその倍なのだそうだ。これは一番副作用が軽い薬品だが、他の薬でも大同小異であると説明がある。母が通常一人で父の面倒を見なければならない状況のなかで、薬の使用はしかたないと義弟と同意して、その書類に署名捺印をする。このことは母から昨晩と今朝、どのような治療も同意すると言われていた。デイサービスは今後は日曜以外毎日行くことになる。そして新しい薬の効果はどのように出ているか、次回2週間後の診察で報告しなければならない。
▼あとは省略するが、血圧が高いという事は脳内部にもあのような影響を与えてしまうのかと怖くなってきた。祖父も父も同じような梗塞だったから、わたしも一層気をつけないといかんと思ってきた。

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August 24, 2005

道路の歩き方(大会社の場合)

▼22日から隣の花王石鹸も夏休みが終わって初出勤の日だった。ふといつも行くレンタルビデオ店を見ると見慣れぬ人が腕章をつけて立っていた。そして手にはパウチした紙を持っていた。見ると「1)広がって歩くのは止めましょう2)くわえタバコは止めましょう。3)歩行者通路をあるくようにしましょう」という3つの遵守事項が書いてあった。このGメン歩きの事は前にもわたしは広報担当者に指摘したことがあったのだが、一向に改善されなかった。花王は決算上は、カネボウを買おうというくらい景気がよく、利益を上げているので、おそらく町内会か何かのクレームがあったのだろうと想像する。立っている人は小中学校の風紀委員みたいだが、大企業というのはそういう事にも注意していかないと商売に影響してしまうんである。そのせいかどうか分からないが、今年は町内会を招待しての、夏祭りは中止になったようだ。
▼昨日のHP研究会主として1)選挙報道とマスメディア、2)憲法改悪とマスメディアのスタンス、3)韓国のジャーナリズムについて報告があった。1)では民主党と自民党ばかり持ち上げているが、郵政改革と改憲で民主党は自民党と同じ事を言っているのに、その違いが明確になっていない。2)では通常の手順で「改憲」は無理だろう。やるならばクーデター方式でやるしかない。例えばそれは「北」の日本の原子炉攻撃などの話をでっちあげて、本当らしい話を作る。ナチスドイツの国会放火事件みたいに。そうすれば一気に「改憲」をする世論を作る事ができる。その手順はアニメの押井守の「パトレーバー」とか、先週火曜日のの「海猿」は、その予行演習をしているように見える、などの意見がでた。16日の「海猿第6話/不審船発射」はまさに北朝鮮の不審船をバルカン砲で攻撃する場面が再現され、まさに本当らしく思えてしまう危険性をはらんでいるわけです。そして23日は池澤役の仲村トオルがついに死んでしまう。
▼3)では韓国と日本のジャーナリストの研究会が2泊3日であり、元ジャーナリストで現某大学の教授をしているM氏の報告が中心だった。その中でM氏は韓国で発行されている英字新聞を3種類3日分お持ちになって説明された。わたしはなぜ韓国で英字新聞が発行されているのかとお聞きしたところ、韓国では在韓米軍の兵士が多く10万部くらい発行されているという、レイバーネットのY氏の解説があった。わたしが目に付いたのはその中で、朴大統領の記事が写真入りで載っていたことが気になった。そのことを聞くと、独裁者ではあったが彼の役割は韓国で歴史的に再評価されている最中であるという事だった。うーむ、これは最近の「大統領の理髪師」などでもうすうす感じていたことだ。
▼さらに韓国のメディア「オーマイニュース」の先進的な経験が報告された。わたしも体力・気力があるうちにこういうスタンスのメディアを日本で作りたいと思っている。こういうのこそ「河北新報の寺島さんが書いている『シビック・ジャーナリズムの挑戦』と同じことではないでしょうか?」と言ったら、M教授も「まさに日本のジャーナリズムで欠けているのはその視点である」とおっしゃった。実はわたしが今読んでいるのが『シビック・ジャーナリズムの挑戦/コミュニティとつながる米国の地方紙」寺島英弥著、日本評論社1800円なのだ。東大や早稲田卒業のエリートだけが作る、形だけの公正中立を標榜する大新聞ではなく、住民の立場に立つことで世論を作る作業をする事がジャーナリストの使命であることを示唆している。そして記者の育て方もOTJではなく、大学でジャーナリストを医師を養成するような専門課程がないことを指摘している。
▼日経新聞8月20日号の別刷り「プラス1」で「たまった録画、読者はどうする」という小企画が載っている。「録画したその日のうちに見られずにいる番組の総時間数」」という統計がある。それによればテープ2本、DVD5枚と決めておき、それ以上は録画しないように決めておくというのが現実的のようだ。平均すると録画して保管するのは1週間らしい。わたしは既に書いているように、「見たらすぐ消す」のをモットーにしている。録画保管したものは、まず見ないで眠っている。おそらく生きているうちに見ることはないので、そういう無駄なスペースは作らないようにしている。それは本も同じ事だ。
▼本日24日の投稿はWebサイトにアップできません。「読者の広場」に書いていただくか、25日夕方までお待ち下さい。

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August 23, 2005

「イラク派兵州兵のその後」を見る

▼「イラク派兵州兵のその後」1年ほどまえにNHKで紹介された、アーカンソー州の州兵たちは国内で防災の任務だけしていれば、良いと思った。しかし法律が突如変えられて海外派兵でイラクに行くことになる。前回は50過ぎた親父や高校をでたばかりの青年が特訓を受けるまでで終わっていた。今回は派兵されて任務についている様子と、帰国までの2クールの放映だ。
▼前回は第二次大戦で使ったおんぼろ車両まで引っ張りだして、行く様子もあった。今回は緊張した面持ちで任務についている。紹介されたのは国民議会選挙実施に当たっての警戒と夜間の捜索だった。彼らはプロの海兵隊や特殊部隊ではないから、やっている事は警察のような任務で穏和に見えた。だが迫撃弾が宿営地に打ち込まれたりすると緊張する。そして週一回の休日も危険だから基地の外にでることはできず、TVゲームで遊ぶという退屈なものだ。何故彼らがイラクに来たか、それは州兵に登録することによって日本円で月に3万円の手当が支給されるので、家計の足しになるという理由で何の疑問もなく入隊していた。その条件は年間2週間ほどの訓練に参加することだけだった。
▼しかしイラクに来ると任務は死と隣り合わせだ。前回紹介された、七面鳥農家の夫。牧師だった男は防弾チョッキを着用すると身体に痛みを訴えるようになり、治療を受ける。印刷会社のセールスマンは元兵士だった経歴を買われて、少尉に任命されてみんなを率いる。高校を卒業したばかりの青年は、ハイキング気分だったが、警戒のハマーに乗ってミニミ機関銃を構える狙撃兵の任務に就き、現実の厳しさをしる。彼は任務の成績が良かったため、2週間の休暇で米国に帰って、母校の授業でイラクについて後輩に話をしてくれと頼まれる。牧師も治療のため米国に送り返されるが、仮病の疑いが取れず除隊にはならず、訓練基地内で掃除などをさせられることになる。
▼さて今年3月帰国することになる。その直前子どもが産まれたばかりの男性兵士が死亡する。その荷物を見ると新生児用のおもちゃが散見される。同僚は黙ってそれらを送り返すビニール袋に詰める。前回親子でイラクに行くことになった、父親は爆撃で下あごと右手を失ってしまう。一時期危篤状態になったので、米国に残った家族や息子は心を痛める。そして帰還の日、あと6年延長すれば特別待遇をする、という通達もあるが、「こんな所に一日だって長くいたくない」とみんな吐き捨てるように言う。上記の父親は軌跡の生還を果たす。しかしイラクで任務に就いている時は1ヶ月70万円が支給されたが、なぜかゼロになってしまい生活にことかく有様だ。見ていると死亡一時金は2700万円だという。わたしはこれで傭兵会社や民間軍事会社が存立する理由が分かった。イギリスの傭兵は1ヶ月200万で傷病や死亡手当は一切ない。自分で保険をかけていくしかない。つまり国家がすべての面倒を見るのが兵隊で、コストを下げるためにすべて自腹なのが軍事会社なのである。
▼昨晩のHP研究会で語ったことは、明日朝まで待たれよ。24日、25日は緊急の介護帰省をします。

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August 22, 2005

「真珠湾攻撃隊長の半生」を見る

▼「真珠湾攻撃隊長の半生」NHKBSの特集。その人の名は淵田美津夫中佐であった。彼は真珠湾攻撃の第一次攻撃機に乗って「我真珠湾攻撃に成功せり」で有名な「トラトラトラ」の電報を打った人である。帰国すると凱旋将軍のようにもてはやされる。彼はその後ミッドウェイ作戦などにも参加している。ところが敗戦後毎日自宅でMPがやってきて、戦犯として死刑にされるのではないかと怯えて暮らす日々が続く。そんなとき、一人の牧師に出会い、クリスチャンとなる。それから聖書を集中して読み、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉に惹かれる。同時に自分も熱心に伝道活動をするようになる。
▼ついにはアメリカに渡り、自分の罪をあからさまに語り、敵を憎んでいるだけでは、何も解決する事はできないと訴えて全米を訴えて回る。彼が渡米するきっかけになったのは、米軍機のパイロットで日本を爆撃したとき撃墜され、同じように伝道師となって日本を回っている教師の影響が大であった。そして彼は万年筆で「夏は近い」という手書きの膨大な自伝を書き始める。これは製本され彼の息子さんがアメリカに持ち帰って自宅に保管してあった。「夏は近い」とは何か?おそらく人類の終末は近いという意味ではなかったかと、息子さんはいう。
▼もちろんハワイにも行き、自分が撃沈して戦艦の犠牲者の墓地ももうでる。7月4日建国記念日のパレードをする現代のハワイ。ある軍人は「「パールハーバーでやられたんだから、ヒロシマ、ナガサキでやられたっておあいこさ」とうそぶく。淵田の考え方は憎悪の連鎖では永遠に殺人が続く。どこかでそれを断ち切らなければならないという信念に基づいていたのだろうと考えられる。
▼このような立場にたったのは、攻撃隊員では彼だけであり、周りからは白い目で見られる。しかし淵田は信念を曲げる事はなかった。「神様どうか自伝が書き終わるまで生かしてください」と祈るのだが、膨大な自筆の自伝「夏は近い」は未完のまま終わる。
▼「ERⅩ」シリーズは今晩で終了する。

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August 21, 2005

NHK「アウシュヴィッツ」特集を見る

▼『鍵盤乱麻』メルマガを昨晩午後9時近くにお送りしたが、ご覧になっていただけたであろうか?高校野球も決勝戦が終わると、ああもう夏も終わりという気分になってくる。今朝もシャンテシネで「ふたりの5つの分かれ路」を見に行こうと思って支度をして玄関を一歩でたが、クラクラして暑く、とても外を歩く気分にならなかった。この数日は運動不足を解消すべく、夕方涼しくなってから、1時間ほど歩くようにしている。あちこち用を足さなければならないが、もうちょっと涼しくなるのを待っている。
▼「アウシュヴィッツ」NHK地上波で5回の連続放送。1は見逃してしまったが、後は全部見た。ナチスドイツが侵略を考えたか、以下はわたしの考えだ。国内で失業が増え、国民の不満が高まった。それにはヨーロッパ全域を、自分の経済支配の地域にしてしまうのが手っ取り早い。ドイツは日本同様石油を国内生産できない。最初西に侵略したが、ソ連の石油を狙おうとする。戦争を遂行するには莫大なカネがかかる。そこでユダヤ人が、劣等なものとして位置付けられて「抹殺」の対象になる。
▼戦争そのものが、人間を殺す事を目的としているから、最も人間の倫理観をおとしめてしまう。とくにアウシュヴィッツなどの強制収容所は、抹殺した人々の金品を強奪して本国の金庫に送る事が最大の目的である。当然収容所を管理するSSたちも奪った金品を個人的に着服するなどの腐敗がおきる。腐敗は収容されている囚人を、目的をもって階級別に分けて使役で使うことで、さらに苛酷な競争原理を持ち込む。カポと言われる囚人頭の存在。そしてTVの中で紹介された「カナダ」と呼ばれる、「特区」の存在だ。ここを管理したヘスは、囚人を働かせる競争意識をもたせるためにと、主人用に、囚人を使った売春宿まで作らせる。
▼戦争が終わって収容所は「解放」されるが、囚人たちは帰るべき家は、強奪されてドイツ人が住んでいる。ソ連の捕虜は1万人ほどいたらしいが、スターリンによって「ナチスのスパイ」の嫌疑をかけられ帰国してからも、シベリアに流刑にされてしまう。そしてこの収容所で重要な役割を握ったSSは、全ドイツで7000人いたが、訴追されたのはその一割であるたった800人だけだった。日本は形だけの「東京裁判」で天皇は責任を問われず温存された。ナチスはメンゲレなども、ナチスのネットワークを利用して南米に逃亡し捕らえられることはなかった。わたしたちは戦争が終わって、アウシュヴィッツが片付いたように考えているが、イギリスなどがイスラエルを作っただけで、戦争犯罪そのものは裁かれてはいない。5話の最後に流れる、モーツアルトの「レクイエム」の響きが重くのしかかってくる。

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August 20, 2005

「ベトナムの元日本兵」を見る

▼「新・仁義なきい/謀殺」暴力団も麻薬取引だけでは生きていく事ができなくなり、組織を政治結社などに変え、土地開発や株取引などの経済活動で生き延びようとする。場所は名古屋、登場する一人は株をやる頭脳派の高橋克典、一人は武闘派の渡辺謙。二人はお互いに惹かれる兄弟分である。そしてそれぞれが所属する組の次期組長最有力候補だ。これまでお互いに協力して組の勢力拡大してきた。所が現組長の小林稔侍が上部から引導を渡されたにもかかわらず、トップの座にしがみつき、陰謀を使って、二人を仇同士として対立させるように追い込んで行く。最初の方で小林がグラブで和服を着たままタンゴを踊るところが良かった。組織は近代化しても、底辺にあるのは利権争いだから、死闘はますます激化して凄惨になっていく。もう1本「その後の仁義なき…」を録画したが後半切れてしまったので、「仁義なきシリーズ」のご紹介は一応これで終わり。
▼午後見慣れない番号が携帯に表示された。応答するといきなり「EKBさんですか?」と言うのでびっくりした。携帯を持っていて、かつわたしのアマチュア無線のコールサインを知っている人はあまりいない筈である。話して言ったら前日猫のエサをゆうパックでお送りした、某大学厚生施設のなかにある理髪店の親父さんだった。わたしは過去3年間ほど既報のように週に一回くらい、自宅の猫が食べ残した乾燥エサを背負って、ここの管理者である理髪店に届けている。届けてみ店が夏休みだったりすると困ってしまうので送る事を思いついた。問題は店の名前が分からないことだ。名前はネットで調べても大学の組織ではないから出てこない。生協で聞いてもいいが、休みだし、仕事と関係ないことでご迷惑はかけたくない。元大学生たちに聞いても良いが、今は1000円の床屋さんに行く時代だから、分からないだろう。ふと厚生施設の中にあるもう一軒、書店があることを思いだした。そうしたらISO14000のコーナーがヒットして、その2軒の一つにこの理髪店が出てきて、親父さんの顔写真もでていたので間違いないと思った。だが電話は104で調べても出てこないので、大学の代表番号をいれた。たしか親父さんの車にアマチュア無線のアンテナが付いていた事を思いだして、自分のコールサインも、ゆうパックの伝票の脇に書き添えたのだ。
▼NHK戦後60周年特集の一つ「ベトナムの日本兵」。第二次大戦が終わってベトナムに「平和」が訪れる。ベトナム側は治安維持に、連合軍を依頼するが「手がないので現地にいた敗北した日本軍に依頼せよ」と言ってくる。それで2万人いた日本兵を頼りにするのだが、残ったのは700名くらいの元日本軍兵士だ。そしてフランスとの戦いに挑む事になったベトミンは、幹部となる将校の不足ことで頭を抱えていた。元日本人将校はもちろん彼らの独立闘争を意気に感じて、帰国を断って援助をするのだ。そして将校を養成する幹部中学校を作り、70名ほどの日本兵が基本動作などを教える。3ヵ月くらいの即製養成学校だったが、基本教育が終わると、ベトナム幹部たちは、部下の兵士を養成するため全国各地に散っていく。元将校の一人加茂徳治氏は陸軍将校だった人で、たしか日本ベトナム友好協会の役員をやっていたと思う。彼らの活動はベトナム労働党の党史でもきちんと評価されている。彼らは現地の女性と結婚して子どもまで持った。ところが7,8年ほどすると元日本兵は全員が呼び出され数ヶ月間による「教育」が施され、暗に帰国せよと諭される。そしてそれは家族にも一切しゃべってはならぬという事になる。なぜ帰国させられるか記録にも残っていないし、理由の説明もなかった。「教育」と前後してベトナムには中国とソ連の軍事顧問団がやってきて、近代戦の作戦思想で将校たちに実施される。以下はわたしの想像だが、在留した日本人将兵らが700人もいただけ、彼らが冷遇されて将来反中国、反ソ連の組織になることを恐れたのではないだろうか?妻子たちには「帰国」することを一切伏せたままで日本に帰国する。ある人は3年たって帰国しなかったら、別の人と結婚してくれと言い残してくる。今回NHKが取材を初めて、元妻の存在が分かった人はたった7人で、一人だけが取材に応じて、スタッフが日本から持っていった元夫のビデオメッセージ(顔はモザイク処理されていた)を「病気をしたと言っていたが太っているから、きっと今の奥さんに大事にされているに違いない」と微笑んでいた。彼女は今も夫が教えてくれた、高峰美枝子の「湖畔の宿」をたどたどしい日本語で歌う。政治と戦争に個人の幸せを踏みにじられた二人の無念さを思って、「湖畔の宿」を聴きながら、わたしは涙が止まらなかった。
▼NHK「アウシュビッツ」も2~5まで見ているが明日書く。「フォークランド戦争」も見ているが軍事オタク向けなので、時間があった書こうと思う。」

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August 19, 2005

「サイゴン解放の58日」を見る

▼「新 仁義なき戦い 組長最後の日」 これも前作との関連はあまりない。大阪の坂本組が九州進攻を計画する。九州の岩木組若頭菅原文太は妹の松原智恵子が坂本組系ヒットマンの和田浩二の妻になっているので、派手にうごけない。菅原は尾藤イサオと一緒にドン小沢栄太郎を襲うも失敗してしまう。しかも、和田からも命を狙われる羽目になる。菅原が小沢を狙うとき過去を独白する。自分の親父は炭坑夫で、落盤事故で坑底に閉じこめられてしまう。助けてくれと言ったのに、会社側は生死を確認しないまま火災で石炭の延焼を防ぐために水を注いで殺してしまう。こんな酷い話があるかというのだ。現実にあった会社のやり方は説得力がある。そして和田と結婚しながらも妹が身体を張って兄を守ろうとする所など、見せ場は多い。しかしヤクザは血の濃さというのは建前で、結局義理とカネいうしがらみを利用して人間を堕落させていくものだという事が分かる。「仁義なきシリーズ」で深作監督がメガホンを取るのはこれで終わった。
▼このところNHKでは戦争特集をやっているので、自宅にある4台の録画機器を動員しては録画している。しかし見る時間がないのが困ったことだ。とくに面白かったのは「サイゴン解放までの58日」上下だった。上ではホーチミンルートの説明があったが。我々が知る人海戦術で工事は行われるが、ブルドーザーなどの大型機械も使われ、サイゴン向けに戦車の燃料を輸送するパイプラインまで引かれていたことだ。そしてパ和平交渉はあったが、北ベトナムはそれに縛られず、時間稼ぎとして積極的に利用していた。下はベトナム映画「コウノトリの歌」でも一部紹介されていた、サイゴン攻略のための北特殊部隊の存在。TVではベトナム労働党の秘密党員として、南ベトナム軍のジェット戦闘機のパイロットとなってアメリカに行って訓練し、最終段階で寝返ってに傀儡軍を空爆して脱出した人。彼は現在ベトナム航空の副社長をしている。彼は両親とも解放戦線のシンパだったが、幼いとき資質を見抜かれて改名し、スパイとなる目的で育てられている。もう一人はサイゴンで最後に任命された警察署長で、彼もまた秘密党員であった。北ベトナム軍がサイゴンに迫ると、部下たちに「抵抗するな」「自宅に帰って家族を守れ」と命令して、侵攻をしやすくしているのだ。
▼明日20日午後8時はメルマガの締め切り日です。お忘れなく。

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August 18, 2005

「新・仁義なき戦い/組長の首」を見る

sinbunroren

▼船橋から鎌ヶ谷大仏に行くバスに乗ったら、途中から乗客はわたし一人になってしまった。普段渋滞する道路もガラガラで20分で目的地に着くことができた。そう言えば隣の花王も、まだ一斉夏休みのようでガランとしている。
▼「新仁義なき戦い/組長の首」昭和43年の北九州。覚醒剤を主とする密輸品は、昔から関門海峡の近くにある密輸基地に陸揚げされ、日本全国の暴力団に仕分け販売されていた。その莫大な利権をめぐって二つの組織が対立する。菅原文太は組長(西村晃)殺害は自分が単独でやった事だとして刑務所へ収監され、10年の刑を受け、仮出獄した所から始まる。ずっと見ていると、このシリーズは女性は単なる添え物の存在だったが、「新シリーズ」になってちゃんとその存在を描いている。中原早苗の組長夫人、そして梶芽衣子などだ。想像だが、それはヤクザの抗争だけでは観客を呼ぶことができないと判断した、東映の会社側の思惑だろう。野原だか河原のカーチェイスシーンはロイ・シャイダーが出演した73年のアメリカ映画、「セブンアップス」の模倣である。
▼日本新聞産業労働組合連合(新聞労連)新聞研究部会では8月トップ画像のような「しんけん平和新聞」を発行した。ブランケット版(通常の新聞の大きさ)12ページで敗戦後の日本の姿を、当時報道できなかった記者の目で取材して、独自の新聞スタイルで作り上げたものだ。1面がご紹介したような「日本が無条件降伏」で、見えない部分に「陸軍が皇居占拠、6時間で鎮圧、首謀者は自殺」なる記事もある。2、3面が「おきなわ新聞」4、5面が「ヒロシマ新聞」6,7面が「ナガサキ新聞」8、9面が「各地の戦禍」10、11面が「再出発を誓う社説、社告」12面が「再刊の辞、特別インタビュー」となっている。本当は各面の詳細をPDFでご紹介したいところだが、大きすぎてスキャナーで読み取れない。一般の読者には1部100円(送料別実費)のカンパでわけてくれるという事なので、希望者は新聞労連本部(03-3265-8641番)にお申込いただきたい。

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August 17, 2005

「新・仁義なき戦い」を見る

sisousen
▼昨日昼前の地震はみなさんいかがでしたでしょうか?前回の時は4階にいて、1階まで一気に駆け下りて、周りから「それが一番危険だ」と注意された方もいらっしゃったようだ。何はともあれ落ち着いて行動していただきたい。わたしは千葉地震の経験でドコモの災害通信に登録したこと、毎朝携帯を充電しておくことに心がけている。
▼「新仁義なき戦い」今までの5部作から時代をさかのぼらせた昭和25年の広島になっている。山森組の若衆である菅原文太は敵対する土田組組長を暗殺し、11年の刑を宣告されて出所してくる。出迎えに来ているのは渡瀬恒彦らたった二人という寂しさである。菅原の服役中、山森組は田中邦衛と若山富三郎それに中谷一郎の3派に分かれてしまっている。そしてずっと続いているしたかな金子信夫だ。菅原が出所して以降、金子は田中をそそのかして若山を殺害させようとしている。そして彼らの三巴の抗争はエスカレートしていく。前回まで文太は7年の懲役刑は長かったとぼやいている。とすると合計17年、これではいくら何でも長すぎると思ったら、別の物語になっていた。しかも若山を殺そうとした段階で、杯を返そうとする。さらに指を切ってその決意をしめそうとする。渡瀬に「出刃もってこい」というのだが、出てきたのは「文化包丁」であった。あれでほんとに切れるのだろうかと、余計な心配をしてしまう。出入りや銃撃戦のシーンの撮影技術は進歩しているが、深作監督が会社から正月映画の目玉をと言って作らされただけに、話そのものに新味はない。
▼ただし金子信夫の姐さんを演じた 木村俊恵と情婦を演じた渚まゆみの描き方は、ヤクザが女を利用している姿。後者は自分が朝鮮人だからそのような弾よけとして使うのかという詰問するシーンは説得力があった。
▼てんぐささんが「靖国ではなぜ若者が多いのか?」という疑問はわたしも感じた。たしかに、明かに勝共連合の影響下にある若者たちもいるように感じたが、それだけでは片づけられない問題があろう。これはいずれ時間をかけて検証して見たい。写真は遊就館入り口で無料で配布されていた自費出版の本である。本文250頁の売り出したら1000円くらいはしそうな本だ。ただ本書著者の吉武氏の論文紹介という事になっているが、ほとんどは「世界日報」である事が分かる。
▼「週刊金曜日」最新号で東大大学院教授の姜尚中はトップ企画のインタビューに答えて次のような指摘をしている。
「戦後、日本の左翼は吉田茂の作った、この大きな舞台の上で動いてました。しかし、いまこの現実主義自体も変わらざるをえない状況になっています。この上で踊ってきた左翼たちは、舞台装置自体作れていなかったことに、今になって気づき始めました。これは社民党の低迷、共産党の弱小化という形で表れています」
 この問題も時間をかけて考えて見たいと思う。

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August 16, 2005

「仁義なき戦い」代理戦争を見る

▼13日からWOWOWで「仁義なき戦い」シリーズを放映している。1日目は録画に失敗してしまったが、2日目と3日目は録画できたので、2日目の「代理戦争」から「頂上作戦」、「完結編」まで、のべ6時間を一気に見た。描かれているのは広島を中心にした関西の組織暴力団の興亡だ。感じたことは現実の世界もヤクザの世界もいかに似通った世界であるかということだ。もちろん現実の社会ではハジキや刃物を持った殺傷事件は起きない。しかしそこにあるのは、資本力による市場拡大である。先日近くの青果店が倒産した話をしたが、もう一軒比較的大きな公設文花市場というのが倒産していることが分かった。ここは図書館に行く途中にあって、引っ越して来てからお酒だけは安かったが、品揃えは悪く、店員さんの私語が多かった。すぐ200mくらい先に大型スーパーのオリンピックができてから、その影響は決定的だった。先日通ったら、真っ暗でネオンサインなどが外されていたので、改装と思ったら倒産だった。
▼現実に殺し合いはないが、有無を言わさぬ資本の論理だ。面白いと思ったのは「手打ち式」だった。よく現実の社会で欲の皮の突っ張ったIT経営者が寄り集まって、新規事業を始めたり合併するとき、手のひらを寄り合わせて写真に納まる。ヤクザの手打ちはこれとまったっく同じことをやっているのだ。強いものが集まって市場の寡占状態作るというのは、中身はさして代わりがないのだろう。そして手打ちをやっても、腹の底はまったく見せずに、それは表面的な時間稼ぎにすぎないのも同じだ。そして冠婚葬祭があると、分厚い祝儀袋、不祝儀袋を手渡し、あえて「敵意がない」ことを示す。これも同じだと思った。通に言わせると録画し損なったこの前のシリーズが面白いらしい。あとこのあとのシリーズが4本録画してあるので、じっくり見ることにしよう。感想はまた書く。
▼14日NHKBS午後2時からの「テロとの戦いの真相/イスラム過激派とネオコンの抗争」3回シリーズの再放送を見た。第二次大戦後ソ連の軍事技術は、実態がそぐわないのに意図的に過大評価されて、アメリカの軍備は強化されていく。30年ほど前にエジプト人だった男がテロ実行犯ということで処刑される。その後かれは神格化されてしまう。そして原理主義が台頭する一方で、アメリカ国内でもキリスト教原理主義という右翼が台頭して、レーガンあたりから政府、CIAに影響を与え始める。クリントンのとき彼のモニカ不倫を煽ったのも彼らであった。しかしそれでは影響力を強めることができず、ブッシュジュニアでネオコンという形で影響力を政権内に確固たる地位を築く。ほんとうにビンラディン、アルカイダは実態があるかと言えば、かなり緩やかなネットワークであり、911にしてもそれほどのテロを行う力はなかった。それはアメリカ・イギリスの世界的覇権を狙う目的で、フレームアップされているだけだ。たしかビンラディン一家は金持ちだったから一時期資金提供者になったことはあったかも知れないが、それは現在まで続いている訳ではない。ネオコンと結びついた軍産共同体、キリスト教原理主義が欲しがっている「敵」にされているだけだ、というイギリスで制作された優れた内容のドキュメントでした。
▼永年の『鍵盤乱麻』読者の岡目即石氏の力作「グースよ、黙れ あるいは ムーサよ、笑えー滑稽文への招待」をご紹介します。本来ならば分割してメルマガかHPでご紹介したいのです。しかし原文がワードで書かれており、各ページに脚注がついております。HTMLやテキストファイルにしますと、これが崩れてしまいます。そこで一挙データベースにご紹介させていただくことにしました。お読みになった感想などをお聞かせ下さい。

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August 15, 2005

「千葉の軍事鉄道」下

▼昨日は「きょうの目」にもう一本書くべく、データを漁っていた。それは9日にフィリッピン沖をリムパックかなにかの演習で参加していた、海上自衛隊の護衛艦「しらね」で、12・7ミリ機関銃の実弾射撃訓練中に銃が暴発して、薬きょうが破裂し金属片が男性二等海曹の左胸に刺さり、けがをしていた事件が起きた。ネットには流れたが、記事にした新聞社はわたしが知る限りたった1社だった。隊員はシーホークでマニラ市内の病院に運ばれたという。このキャリバー50ブローニングの重機関銃について書こうと思って資料を探しているうちに、インターネットの隘路にはいってしまった。一度書き上げたが自分の思う方向に行かなかったので。削除してしまった。
▼一閣僚が参拝したのと同じ14日午後わたしは靖国神社に出かけた。ここに来る度ににわたしはタイムスリップしたような気分になる。ギターで軍歌を演奏する老人、零戦Tシャツを売る青年。集団で上京して参拝する遺族会の面々…。それを待ちかまえている新聞社、通信社、TV局のクルー。あんなのを取材して報道するのは、わたしは犯罪ではないかと思う。ドイツだってイタリアだってそんな侵略戦争を賛美する宗教行事など無いはずだ。一切報道しなければ、良いと思うのだが、ふと参拝を報道されることによって、遺族会の「票」が取れるのだろう、というのではないかと思えて来た。脇のTVクルーのハンディ・トーキーが鳴った。「警視庁から遊就館」「遊就館です、どうぞ」とSW(所轄警無線)を使ってTVクルーがこたえる。おやおやTV局はいつから警視庁の手先になったのだろうと思って見た。よく見るとTVクルーは「警視庁」の腕章を巻いた内部専属のカメラマンたちだった。一体なにを撮ろうというのだろう。わたしの目的は遊就館(宝物遺品館と言っているが、実態は軍事博物館である)、のなかにあるC56蒸気機関車を撮影することである。
▼遊就館1階の無料で入れるところには、零戦やら野砲が2門並べられて、そっちは人だかりがしている。しかし零戦の後ろにあるC56は見向きもされない。じつは筆者はC56に限りない懐かしさを覚える。というのはふる里の小海線を走っていたのはこのC56であるからだ。ただこの遊就館に展示されているC56は曰く付きのものである。みなさんは1957年の「戦場にかける橋」という映画はご存知であろうか?1943年のビルマ戦線で日本軍は捕虜にしたイギリス兵を使って、この軍事鉄道を敷設した。捕虜の数4万6千名、そのうち1万6千名が飢えや、伝染病、劣悪な労働条件のため死亡している。それが故にこの泰緬鉄道は「死の鉄道」と言われている。だが遊就館の説明では「1年3ヵ月という驚異的なスピードで建設された」と記されているだけだ。そしてに遊就館展示されている31号は泰緬鉄道の開通式に走ったと書かれている。
▼さて、軍事鉄道のうち千葉→千葉公園の間は昭和59年までは国鉄レールセンターの専用線として使用されていた。千葉公園内を散策すると架橋演習に使用した橋脚の一部やトンネルが残っている。千葉公園の野球場がある場所は鉄道第一連隊の広大な演習所があったところで、大きな車庫や引き込み線が多数あった。そして上記の泰緬鉄道と鉄道連隊の関わりであるが、第五、第九鉄道連隊が従事したと記録されている。また綿打池のボート管埋事務所先の高台一帯は、荒木山と呼ばれていた。これは昭和7年9月日本軍の満州占領に反対する張学良軍らと戦った鉄道第一連隊の荒木大尉が、任務遂行中に戦死したことを讃えた記念碑が建っていた場所であった。しかし歴史的に見ると彼のとった行動は、中国の独立解放闘争を否定するものだっため、今は碑だけが残されている。
▼今回の千葉の軍事鉄道の最後は小湊鐵道構内にある機関車である。これは前回ご紹介した千葉経済短期大学にあった陸軍兵器補給廠に残されていたものである。小湊鐵道の機関車保管場所は係の人に頼むと誰でも見ることができるが、入って一番手前にあるのがB104鉄道省がイギリスピーコック社から購入した550型テンダー機関車である。その後タンク機関車として改造されB10型となった。その後陸軍の千葉鉄道連隊に譲渡され、戦後国鉄へ移り小湊鉄道へ譲渡されたもので、昭和55年千葉県文化財に指定されている。千葉の軍事鉄道は奥が深く、今回2回の連載でご紹介できたのは、その入り口で全体の2割くらいではないかと思う。また来年度以降機会を見て取材してご紹介したいと思う。(関連画像はデータベースにあります。)
▼さて昨日夜中にM編集長とメールで意見交換をしたら、これを900字にせよという。一体どこを残したらいいものやら、頭を抱えている。

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August 14, 2005

首相より一日早く?靖国神社に来た

もちろん参拝ではなく、遊就館に展示してある、泰緬鉄道を走っていた、C型56蒸気機関車を撮影するためであります。あじー。Kouchi(Mobile)

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日航機部品脱落事故はなぜ起きる

beersi
▼おりしも日航機が御巣鷹山に墜落した20年後、同じ日に福岡空港を離陸直後に起きたJALウェイズ機の部品落下事故が起きた。今朝の新聞によると、エンジンだけの問題だからら、「事故扱いしない」と国土交通省はいち早く発表をして、幕引きを始めた。本当にそうなのか?この背景には整備のアウトソーシングが考えられる。整備のコストを下げるには中国とか東南アジアに外注するしかない。その結果何がおこるかと言えば、手抜き整備やら、中国でやった飛行機は大事な部品がなくなったり、粗悪なものに交換されてしまうものまで出てきているという。この根本問題を解決しない限り、日航の事故はまだまだ頻発するに違いない。
▼昨日はまずアサヒビールの本社工場の下にある、麦酒肆という店に行った。ここは1年前にも行ったところだが、参加者が小洒落た店という注文があったので、思案したあげくがここだった。この店でしか飲めないというビールが1種類あったので、商品名は忘れたが、何やらアルファベットDSTの記号が付いていた黒ビールだった。もう一つはバイツェンというビールだった。説明によればフィルーティとあったが、まさに甘酸っぱく果物の味のするビールでありました。画像はそのバイツェン。当然ここだけでは飲み足りず、開店の5時を待っていつもの店へと繰り出しました。

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August 13, 2005

「半藤一利がつづる戦争」を読んで

▼午前中確認のファクスを送ったり、速達を送ったりしていた。午後はさすがにぐったりしてしまう。図書館から催促が来ているので、手持ちの6冊を全部読み終えて、感想を書く。今回いちばん面白かったのは「週刊金曜日」の書評欄で紹介された、菅野稔人の「国家とはなにか」だった。国家に対するマルクスの規定とも違うし、アーレントの限界と誤謬も指摘する快作だった。
▼今週頭が痛いのは20日絞めきり「千葉県の軍事鉄道」の(下)である。実はまだ、はっきりとした構想が決まっていない。いろいろ読んで考えたのだが、書き出しに迷っていた。軍事鉄道は満鉄だけでなくサハリンにも走っていた。ふと気がついたのは「戦場にかける橋」の泰麺鉄道である。靖国神社にその一両が展示してあるというので、今週行ってこなければと思う。今朝の朝日の朝刊で半藤一利が13面を使った特集で、日中戦争は張作霖暗殺および満州侵略で始まったと語っている。そのときの論拠は「暴支膺懲}(ぼうししょうちょう・悪い中国を懲らしめる)と言っていたが、それが通用しなくなると「聖戦」という無意味な言葉を使い始める。
▼それもうまくいかなくなると、軍部はマスメディアを巻き込むことを考える。軍部の満鉄爆破事件を覆い隠すばかりでなく、「反撃は正当防衛」と言って戦争誘導の世論を扇動していく。参謀本部のマスメディアを巻き込んだ世論対策については千田夏光の著作に詳しい。
▼お盆の最中は見るべき新作映画がない。困ったことだ。
▼10ch午前9時半の渡辺篤志「建物訪問」でヴィオラ奏者の徳沢姫代さんの軽井沢の別荘というものが紹介されていた。しかし場所は群馬県甘楽村とある。甘楽が軽井沢なら小諸だって軽井沢になる。見栄っ張りなのはご本人か、それとも放送局なのか。確かに家は山中に不時着したUFOの様でユニークだった。

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August 12, 2005

目の回るような2日間

▼今週は特に忙しかった。火曜日で仕事は一段落する筈だった。ところが預かった仕事の袋の上書きを見たら「至急で」と書いてあったので大いに慌てた。先方も13日から休みのはずであるから、11日には仕上げてゆうパックに持ち込まなければならない。普通だと4日かける分量だったが、もうそんなことは言っていられない。深夜までインターバルなし。ディスプレイとにらめっこ。医者から貰った湿布薬を右半身に7枚貼ってキーボードを打つ。さすがに昨日の午後あたりは右手が痺れて、誤打率が増えてくる。午後一番で楽勝かと思ったが、難儀して最終点検が終わったのは午後5時過ぎだった。近くの郵便局やコンビニのゆうパックは午後4時までに持ち込まないと、配達は翌日の午後扱いにされてしまう。本局へ電話したら、午後6時までに持ってくれば、明日午前の配達ができるというので、競歩で12分の本局まで駆け込んで滑り込みセーフ。自業自得と言えばそれまでだが、メモは注意して気をつけて見なければなければ、と思った。
▼夜は管理組合の理事会。またまた理事長を引き受けているのだが、そんなときに限ってカネを使う事業がある。前回は5年ほど前で2500万円ほどかけた大規模修繕。そして今回は180万円で鉄部塗装が案件になっている。ついでに居住者からCATVの回線をデジタル対応型にして欲しいという要望が出された。地元さくらケーブルTVに見積もりを出してもらったら、ブースター3個を入れて、キャンペーン価格で約8万円。これは好きこのみの問題があって、全所帯が必要とする訳でもないので、来年度の総会での検討事項にした。
▼会議が終わってもう一つ、今朝までにファクスで送らなければ仕事があった。これも郵送で頼まれていた仕事だが、事務所のポストを毎日ちきんと覗いていなかったために、確認が遅れてしまった。10日に電話の確認があって、すぐ作るからとご返事をしたので、フラフラになりながら11時半に完成した。やれやれ、もう限界ですわ。
▼図書館からは7冊の本がとどいているというご連絡をいただく。もうちょっと少しずつ届けて欲しいぞ。手持ちで読み終わったものが3冊だから、新着を全部引き取るにはあと2冊今日中に読み終えなければならない。
▼今朝の森本毅郎スタンバイ、金曜恒例のスタンバイ世論調査。先週に続いて小泉を支持するかどうかのアンケート調査だったので、当然応募した。その結果、支持が91票、支持しないが97票だった。今までこのラジオで世論調査をしたうちで一番反対数が多かったのは喜ばしいことだ。新聞も郵政法案に反対した自民党議員の選挙区に対立候補を立てることだけを、九の一戦法、刺客だとかと言って興味本位で報道するだけ。対立点を明確にすればいいのに、目くらましのタマだけを、国民に投げつける。
緊急のご連絡。13日の東京湾周遊ツアーは荒天が予想されますので、企画を変更します。13日午後3時JR亀戸駅北口改札集合に変更します。朝日ビール本社か両国駅の地ビールを堪能します。お間違いなく。飛び入り参加者も大歓迎です。

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August 11, 2005

社説がいう信頼できないブログとは

sakamoto

▼昨日ご紹介したどこかの会社経営者が自費で作った演歌のカセットテープだが、時間を作って聞いてみた。増井山みたいなよい声をしているが。こぶしの部分になると、やはり素人だなという感じがもろに出てきてしまう。この感想は本人を傷つけないように書き直して、S氏にメールで送っておこう。
▼最近いいなと思って聞いているCM音楽だが、カラオケの第一興商のものだ。どこかのビルの屋上で5、6人の西欧美女が「セビリアの理髪師」の序曲を演奏しているものだ。
▼わたしの住まいと江東区の境に、江東区最古の神社と云われている、香取神社がある。先に書いたが、1年ほど前、この小さな門前町の脇にカズンという食品を販売する小型スーパーマーケットができた。いずれ小売店に何らかの影響がでるだろうと思っていた。最初にコロッケを販売するチェーン店が潰れたように思う。そして先日歩いていたら、青果店が潰れた。これは「坂本」という店なのだが、V6の坂本君の実家である。店には坂本のブロマイドやポスターがところ狭しと張ってあった。自衛隊出身という親父さんと、お母さん、そして小柄なお兄ちゃんの家族3人で切り盛りしていた。だがカズンの扱っている青果とこの店で売っているものがモロにぶつかってしまったようだ。この他にも個人経営の青果店が2軒ほどあるが、閉店になるのは時間の問題ではないだろうか。この香取神社門前町も、ガレージ通りになってしまうのだろうか。(上記画像は坂本宅の張り紙)
▼6日から300人劇場で上映が始まった「戦争と人間」のプログラムはデータベースに入れてあります。まだご覧になっていないかたは、時間を確認の上お出かけください。19日まで、ただし1部の上映時間が3時間ありますので、覚悟が必要です。
▼今朝の朝日の社説に、「ホリエモンに予言」というのが1本目にあった。ここではブログのことを懸念している。「インターネットは世界最大の口コミ網だ」これはいい、問題は次の「市民からの発信が盛んになるのは悪いことではない。しかし、である。報道の専門集団のいない社会では、だれが情報を発掘し、真偽を見分けるのだろう」と息巻いていることだ。わたしに言わせれば「ウソばかり書きゃあがって、今更何を」と云いたくなる。サマワの自衛隊宿営地に記者を配置しないで、自衛隊のいいなり報道をしているのはどこの誰だ。新しい教科書採択へのスタンス、靖国問題、イギリスの同時テロなど。一番最後のテロ問題は、田中宇氏のブログでロンドン警察がいかにウソを云っているか書いている。先月号の朝日の雑誌「論座」をお読みになった、わたしの行っている学校のK先生だが靖国に対する朝日のスタンスに疑問を感じて、編集部に電話して「朝日は一体どっちの立場なんだ」聞いたのだそうだ。出てきたのは薬師寺という編集長で「どっちの立場でもなく中立だ」とかのたまわったという。まあそういうスタンスだから、大新聞はマユにツバをつけて、自分で判断しながら読んで欲しい。

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August 10, 2005

「特攻花」のこと

hutaribeya
▼パソコンのスイッチを入れると、いつの間にかヤフーのツールバーが増えていた。自分ではやった覚えがないのだが、昨日アクロバットリーダーをバージョン7にしたとき、入ってしまったのかも知れない。わたしはずっとグーグルだけなので、使いにくくて仕方ないので、今朝さっそく削除した。頼みもしないのに、いつの間にか居座っているなど、エイリアンのようだ。
▼例年だと10日から13日まではお盆休みで帰省し、14日15日を東京で過ごしていた。今年はお盆までに仕上げなければならない仕事を抱えているので、ずっとこちらにいる。13日は東京湾一周ツアー、14日は深川不動尊の大祭なので、午後から友人とそれを見学する予定。それと休み中300人劇場で「戦争と人間」を1,2本見てこなければならない。DVDもでているが、3枚セットで2万6千円とかなり高いし、買っても見ることはまずない、というのがわたしの考えだ。
▼定期検診の日、前日から色々な方から「検査の結果はどうした?」というメールや電話をいただいていた。まず3ヵ月に一度の血液検査から始まる。きょうの看護師さんの注射は失神するほと痛かった。こんな痛みは数年ぶりだ。そして心電図、これも異常はなかった。一通り通常の聴診器による検査が終わって、CTで撮ったフィルムが引き出され、「ER」なんかにでてくる透視板(写真業界ではライトスタンド)とでもいうのかあそこにはさんで説明が始まる。腎臓の方は8ミリくらいのイボで特別心配はないという。そして専門医の所見も説明があったが、「問題ない」という事だった。わたしはどうも人間ドッグをしたあと、胃カメラだとか、精密検査だ、CTだなとというのは、かなり怪しい検査・医療行為だと思っている。まあそんなわけで内臓はどこも問題がないという事だった。ご心配いただいたみなさん、ありがとうございました。体重さえ増やさないようにしていれば、これで安心してお酒を飲むことができます。
▼それが終わってから幕張本郷にある、S氏の事務所に行った。帰り際に友人が作ったという演歌のカセットテープを貰った。どこかの会社の経営者だというのだが、聞いたら感想を聞かせて欲しいと言われて1本貰ってきた。それが画像のテープだ。わたしはまったく知らない人なのだが、実物よりかなり若い頃の写真だということだ。
▼月曜日の森本毅郎スタンバイで紹介されていた写真集「特攻花」のこと。大阪出身の写真家仲田千穂さん(23)が、短大に通っていた19歳の時、担任写真の先生から、喜界島(鹿児島県喜界町)に咲く「特攻花」の存在を聞かされたという。彼女はどんな花なのかと思って撮影のために通い始める。奄美大島の東にあるこの島は特攻機の中継基地になっていた。そこに住んでいる人たちは、特攻機に乗る彼らに、この花を捧げたのだが、隊員たちは自分と一緒に花まで殺すのは忍びないと、花を空中から地上に投げて、片道切符の旅に立って行った。その花が種子を残していつの間にか繁殖し、本当の名前は「テンニンギク」というのだが、地元の人からはいつの間にか「特攻花」と呼ばれるようになったという。仲田さんはこの写真集を自費出版して、9月10日(土)まで六本木ヒルズの近くにある港区の「カフェ フランジパニ」で個展を開いているので、時間のある人はぜひ行ってみていただきたい。会場:カフェ・フランジパニ(六本木ヒルズTSUTAYAで店内表示) (六本木ヒルズ・TSUTAYA歩1分) TEL 03-3478-2966 AM11:30~AM2:00

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August 09, 2005

TVキャプチャーボードを付ける

▼土曜日に安いIOデータのTVチャプターボードを買ってきて、パソコンに取り付けた。いや自分の部屋に15インチのTVはあるのだが、わたしの机の左後ろにあって、ベッドに寝転がって見るようにしてある。だが当然のことながら作業中は見ることができない。ヨドバシカメラでハコの説明書を見ると、出先から携帯で録画予約ができるという。もっともそれをするには電源を入れっぱなしにしなければならないのだが…。わたしのメインのパソコンはセレロンの1・6だからCPUは非力である。そのせいかどうかは分からないがコマ落ちはしたり、チャンネルを切り替えるとき安定するまでちょっと時間がかかる。でも、「国会はどうなったかな」などという時に窓を小さくしておけば、確認できる。タイマー録画も問題なかった。まだ出先からは試してないがIDとパスワードの設定は終わった。もちろん設置にはパソコンのそばにアンテナが来ていることが条件である。それて地上波しか録画できない。1万円弱だったが、中々便利であります。
▼国会もさることながら、わたしはコロンビアの地球帰還の方が興味がある。前にも書いたがわたしは中学に入ったばかりの頃、海野十三の少年向けのSF小説を何冊か読んだ。たしか「30年後の世界」と「宇宙兵団」だったような気がする。とくに前者から受けた影響は強烈だった。これは青空文庫にも入っているので、興味のある方はお読みいただきたい。少年が30年後の世界を見たいと言って冷凍にされて、30年後の世界に生還する。そして念願の地球から人工衛星に乗って地球を見るのだが、その壮絶さにショックを受ける場面が印象に残っている。
▼そしてコロンビア、果たして帰還できるのだろうか?たまたま図書館の新刊コーナーにあったアーサー・C・クラークの「渇きの海」を読み始めたところだ。乗客20人を乗せた月世界観光宇宙船が渇きの海に沈んでしまう。残った酸素や食料はあと1週間分だけ、いかにして救助するかという1960年頃に書かれた話だ。ロシアの潜水艦はかろうじてイギリスに救助されたが、科学技術の過信は人命軽視につながる。もともとロシアの戦車は技術を優先したため、脱出装置などなく機械をぎゅうぎゅう詰めにしたものだった。だから戦車兵は、狭い中で動ける小柄な人が選ばれた。さらにロシアの戦車兵の奇妙なヘルメット。狭い戦車の中で頭を傷つけないように、縦の何条もの太いラインには、ショックを緩衝する綿などが詰められているのである。コロンビアが今晩無事帰還できるよう祈っていよう。

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August 08, 2005

本多勝一が高く評価したNHKアフリカ特集

▼図書館に行ってリクエストしてようやく届いた本を2冊借りた。もうオーダーを出して4ヵ月くらい来ない本もあるのだが、さらに新着本から4冊借りた。だから今年のお盆休みは読む本に困ることはない。
▼「週刊金曜日」最新号に二つ面白い記事があった。一つは佐高信と鈴木宗男の対談だ。そこに「国家の罠」の紹介で読者から質問があった部分だ。2月20日の参考人招致です。このとき外務省から共産党と民主党にマル秘文書のリークがあるんです。その後、意図的に改ざん文書も出てきました」という部分だ。さらに石油エネルギーをアメリカだけに頼るのではなく、ロシアとアメリカの両方から依存するようにすればいい。こうすればバランスがとれ、日本がときにはキャスティングボートを握れる。しかしそうするとアメリカの石油会社の影がチラホラしてくる。中国との国交をはたし、共産主義と友好路線をとった田中角栄は危険だとロッキード事件でツブされてしまった。反対にアメリカと仲良くした、中曽根、小泉政権は長期政権なのです。この辺は本当かなと思わせるが、納得できる。
▼さらに本多勝一は連載コラム「貧困なる精神」の中で、このブログでもご紹介したアフリカシリーズNHKスペシャルの事を高く評価し、敬意を表して受信料支払い再開をしようかと思ったと書いている。
▼昨晩の8ch情報ライブEZ!テレビでトップニュースが自殺サイト殺人事件だった。2週間の夏休みが終わって登場したキャスターの森本毅郎や、記者は競技者の「異常性」をことさらに強調した。近所の人は「とくに変わったことはない人だ」と証言するのに対して、どこから聞き込んで来たのか、「インターネットカフェに出入りしていた」、「自宅に閉じこもってインターネットをしていた」さらに驚くべきことに「性的に特別な嗜好を持っていた」というのがあった。聞いていると首を絞められて絶叫するようなマンガが好きだった、としてマゾヒズムだと断定するのである。だから何だと言いたくなる。誤解されることを承知で極論を言えば「殺さないで!」と哀願する人を殺したのではなく、「死にたい」という人を殺したのだから、罪の程度はちょっと違うと思う。それをネットを使って自殺を募った、などとという事を強調するのは、警察庁のネット=犯罪の温床=帰省の対象という世論づくりの手を貸している事に他ならない。この番組のコメンテーターも、ネット証券会社の社長など訳の分からない人がでてくるのだ。

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August 07, 2005

◇「リンダ、リンダ、リンダ」を見る

▼昨日は映画を2本見てしまったので、今月に書くべき本数は揃ってしまった。したがって跡は義務で見るべきものはないので、気楽に自分の好きなものを見ることができる。そんな事もあって、今朝は一日中自宅で仕事をする。図書館からは今頃になって「2冊来ている」という連絡があったので暑い中行ってこなければならない。
▼◇「リンダ、リンダ、リンダ」群馬県高崎市近くにある高校生たちのお話。偶然集まった4人の女子高生が学園祭の音楽フェスティバルに出演してバンド演奏をしようと考える。主人公はTVドラマ「女系家族」に四女雛子役で出ている美少女系の恵(香椎由宇)。メンバーはその他ドラムスの響子、ベースの望がいる。実はそのまえに一度バンドは結成されるのだが、学園祭まであと日に迫ったとき、メンバーが指を折ったり、抜けてしまって空中分解してしまう。恵は韓国人学生のソンをボーカルに誘う。彼女はまだ日本語が得意ではないので、カラオケボックスに一人で行って、楽譜を読んで猛特訓をする。そして恵はキーボードからギターに転向するもののうまく行かないので、モトカレの手を借りてスタジオQという場所で特訓を続ける。なにせあと三日という事で、練習する場所がない。挫折しようになったりする。ある時など夜間の部室に忍び込んで、音を出さずに練習をするのだが、小山先生(「踊る大捜査線シリーズ」の巡査役・甲本雅裕、)はそれをそっと見守り、「遠慮しないでしっかり練習しろ」と言って励ましてくれる。そして学園祭三日目のバンド発表の当日、彼女たちは練習に疲れ果ててスタジオQで居眠りをしてしまう。担当者は携帯で呼び出すが、バイブモードで聞こえない。そして折からの大雨、時間がすぐ迫ったことに気付いた彼女たちは進退窮まってしまう。この辺の描き方は「スウィング・ガール」風であります。そして予算がないので肝心の場面でないところはデジタルビデオカメラに変わったり、映像はあわただしく三種類のフィルムを使い回します。そしてタクシーをつかまえて、びしょ濡れになって体育館に駆けつけるのでした。ステージに立ったとき、ボーカルのソンは会場の興奮のため一瞬絶句して声が出ません。挫折と希望が入り交じるなか、学友たちの友情に支えられて「リンダリンダリンダ」を歌うことができるのでした。

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August 06, 2005

◇「アイランド」を見る

▼メルマガお読み下さいましたか?読後感想文などをおよせいただければ嬉しいです。朝は原稿を多数かかえてそれに取り組まなければなりません。更新は夕方までお待ち下さい。
▼◇☆☆「アイランド」人の欲望の最たるものは、どうやら不老長寿であるらしい。ある管理された施設では目覚めで、トイレに行って小用を足すと、その分析が直ちに行われ「カリウムが多い」などの処方がなされる。それは直ちに食堂に伝えられ、盛りつけ係は当人に適さない塩分の多いものは一切食べることができなくなる。その食事制限にあっているのはリンカーン(ユアン・マグレガー)だ。だが知り合いのガールフレンド(「真珠の首飾りの少女」のスカーレット・ヨハンソン、今回はでくの坊であまり良くなかった)は彼のベーコンを物欲しそうな様子を見て、自分が代わりに貰って彼に分け与える。ここにいる人々は全部白衣を着て、何やら血液製剤を作る作業に従事されている。そして下界は汚染されていてここだけが、生き残れる場所だと信じさせられている。ところがリンカーンの部屋に一匹の蛾が迷い込んで来る。一度は捕獲するが逃がしてやると「出口」の方に行くのでリンカーンも偶然その出口を知ることになる。
▼この工場で働く人々に取って抽選日こそが唯一の楽しみである。それは「アイランド」という理想の国に行く切符の抽選日であるからだ。何百人もの人から週に一回一人が当選して理想の国へと旅立つ。みんなアイランドに行くことを夢見ているのだが、リンカーンは出口を探している途中偶然その「島」の秘密を知ってしまう。それは選ばれた人たちが植物人間にされ、臓器工場として生かされいる場所だったのだ。リンカーンはガールフレンドとともに脱出口に向かう。それを知った博士は民間の特殊部隊に依頼して二人を追う。なぜならここは莫大な資金を投じて作られた金持ちのための、秘密の臓器補給工場だったらだ。つまり契約した本人をスキャンしてクローンを作ってここで生かしておく。そして契約者本人が具合が悪くなったら、クローンを殺して臓器を抜いて契約者に移植するのだ。こういう生命倫理に反することが許されるかという提起もある。特殊部隊の隊長は博士の命令を受けて二人を殺害すべく必死に、近未来のロスアンゼルスの町を追いかける。このカーチェイスの場面は凄い、「バッドボーイ2」のCGテクニックを使っていることが分かる。
▼リンカーンは契約主である、自分とうり二つ(二役)のリンカーンに助けを求める。だがよこしまなリンカーン本人はクローン工場にクレームを付ける。そのときクローンのリンカーンは本人の陰謀に気付き、格闘の末すり替わってしまう。必死に追いつめる特殊部隊の隊長は、ふと自分のやっている事に疑問を抱く。手のひらに焼き印を押されてアフリカの奴隷海岸から強制的に連れて来られた自分の過去に、逃げまどうクローンたちの姿は余りにも似ていないかと…。あとは見てのお楽しみ。ネットではあまり評価されていないがわたしは☆二つの評価である。
▼きょうは時間をうまく配分できたので、渋谷の「リンダリンダリンダ」に1時間の余裕で回ることができた。それは明日書く。今朝も早起きして原稿を3本書いてから午前10時の錦糸町の映画館に出かけた。映画が始まる直前に相談事の電話がかかってきて切ることができなかったが、もう上映が始まるからと断って切った。映画を見ている最中も見知らぬ人から「パソコントラブルの相談をしたい」と留守番電話に入っているが、わたしは平日午後1時から5時までと広告を出しているので、そういう土日に電話してくる手前勝手な人は、可愛そうだが無視をする。昼は何を食べたかというメールが来た。渋谷に行くときは西武デパートの裏側にある、行列のできる有名な回転寿司の反対側にある「佐賀屋」という居酒屋で昼定食を食べる事にしている。ここは任意の3品を選ぶことができてサラダ付、コーヒーきで700円である。きょうは納豆、かき揚げ、肉じゃがの組み合わせにした。渋谷の映画が終わって東急ハンズに行って竹の枕カバーを探したら3階のリネンコーナーに490円で売っていたので迷わず買ってきた。以下明日を待て。

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August 05, 2005

またまた総武線が「不通」になる

▼磯辺で午後の仕事が終わって、バスで新検見川に向かった。すると先々週の地震の時と同じ改札口が閉鎖されている。駅員さんに聞くと、要領を得ないが西千葉あたりで吊架線切断か脱線事故がおきて快速・鈍行とも不通になって復旧の見込みが立っていないという。検見川に来る度こんなんじゃかなわない。駅員さんに「この間も幕張で4時間待たされたんだよ」と、ついグチを言ってしまったら、彼は「すみません」と呟いた。ここから京成を使って幕張までいくのも結構面倒だ。しかたなくまたバスに乗って検見川浜に戻った。おおそうだ、前回の地震のときわたしの身を案じてくれた読者が一人いた。さっそくメールで「不通」になっている事をご連絡する。やはりご存知なく迂回する方法を選ばれたようだった。わたしの方は西船橋の乗り換えで、ちょっと待たされたが、午後6時半には自宅に着くことができた。
▼四国の明徳義塾の不祥事。新聞報道によると上級生の下級生に対する暴力制裁、喫煙だという。高校球児というと、健康的、さわやかというイメージがあるが、それはメディアに載る場合だけで、現実は違う。現役時代高校球児を取材した某記者によると、生意気、態度マナーが悪い、記者をどなりつける、などやり放題だったという。だが社命による「健全な高校球児」をイメージを作らなければならないから、そういう事は一切書くことができなかったという事だった。そういう視点で朝日を読むと、「意外」という事だけが強調されているので、これはやはりスポンサーの「配慮」か「親心」なのかも知れない。
▼夜になってからの蒸し暑さには閉口する。そういえば自宅にはイ草の枕と、竹片で作った枕カバーがあった筈だ。前者はどこでも売っているが、後者は数年前渋谷東急ハンズの人気商品で品薄になり、ようやく手に入れた逸品である。これは普段使っている枕をグルッと覆って使う。家族にアレはどうしたのだろう、と聞くと「ジャマだから全部捨てた」という返事が返ってきた。1個2000円くらいだったかとても、気に入っていた。出かけたついでに近所のスーパーで、竹片でできた枕を買ってきたが、高さが調整できないので具合が悪い。明日渋谷まで映画を見に行く予定なので、ついでに東急ハンズに寄ってこようと思っている。
▼本日5日午後8時は『鍵盤乱麻』メルマガの締め切り日です。お忘れなく。

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August 04, 2005

羽田空港の「テロ」事件

▼暑さのせいか、それとも勉学・お仕事でお忙しいせいか、連載コーナーの投稿がめっきり減っています。明日5日は『鍵盤乱麻』メルマガの締め切り日です。執筆される方はお忘れないようお願いします。ただし一斉送信の時間は6日早朝になる予定です。
▼羽田空港の非常用電源がシャットダウンした事件で第一報が「テロか」には笑ってしまいました。TVいや映画の見過ぎかと思いました。というのは同じシチュエーションが「ダイハード2」に出てくるからです。テロリストが非常用電源を切ってしまい、その瞬間に密かに作った、自分たちの管制塔に指示命令系統を切り替えてしまうのです。「テロだ」などというのは、自分のミスを覆い隠すとき、他人のせいにする人たちの常套手段です。
▼朝刊によればイギリスでテロ事件が起きてから、アラブ系の住民に対する嫌がらせが多発していると報道されています。あの事件の容疑者だって当局が一方的に発表されただけで、物的証拠は何もないと思います。それだけで嫌がらせが起きているとするならば、イギリス人は何と単純な人たちなのだろうと思います。もっとももっとうがった見方をすれば、関東大震災の時の「朝鮮人暴動」説自体が、国民の不満が国家に行かないように、軍隊が流した謀略だと言われています。これもイギリスのイラク派兵が問題にならないようにする、謀略だとも考えられます。以下この間見たビデオの数々。図書館から本が来ないのでその穴埋めとしてご紹介します。
▼◆「リクルート」主人公コリル・ファレルはマサチュセッツ工科大学に優秀な成績で在籍しているのだが、そんな彼に怪しい男(アル・パチーノ)が近づいてくる。実は彼はCIAのリクルーターだった。ファレルの父親も実は工作員だったが、任務遂行中に殺害されてしまい、その償いとして彼を採用するという事を言って接近してくる。一度は断るがCIAに採用され、尾行からウソ発見器による取り調べ、最後は拷問に耐える訓練まで終えて、脱落者が多い中無事実戦配備される。ところが最初の任務というのは、同級生で恋仲にある女性が二重スパイらしいので、その相手を突き止めろというものだった。人間とは、相手を信じる事で何事かを成し遂げられると思う。しかし信じる者が何もないと、これは想像を絶する孤独な世界へと突き落とされる事になる。訓練まではかなり面白い。
◆「ゴシカ」心理学博士ハル・ベリーは、女子刑務所精神科病棟で患者の調査研究を行っている。ある雨の夜、バリーは仕事帰りに運転する車の前方に、少女が現れたので驚いて急ハンドルを切るが気がつくと、車は大破していた。しかも彼女は自分が、精神科病棟の個室に拘束され、愛する夫の殺害容疑をかけられていた。今まで協力者だった同僚は敵になり、彼女の訴えを信じてくれる人は誰もいなかった。2転、3転してとても分かりにくい映画でした。
◆「バッドボーイ2」麻薬を取引するグループを追っていた二人(「1」は映画館で見た)組織に潜入しようとするが、バレてしまい。秘密捜査官の妹は人質になってしまう。彼らの手口は葬儀屋を装って、棺の死体の中にコカインやカネを隠して運び出すというものだった。しかもその場所とはキューバで、そこにヘロイン加工工場を作っている。それを突き止めた二人は警察のSWATの組織を動員して、キューバに乗り込み「敵」をやっつけるという、国際法も無視したはちゃめちゃな映画。こんな話が通用するとしたらアメリカ人はノーテンキである。

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August 03, 2005

千葉の軍事鉄道遺跡を訪ねて(上)

▼千葉の軍事鉄道遺跡を訪ねて(上)
▼五味川純平原作の超大作小説「戦争と人間」は、山本薩夫監督によって35年前に第一部が映画化された。ことしは戦後60周年を記念して8月6日(土)8月19日(金)から東京白山の300人劇場(03-3994-5451)でデジタルリマスター版で公開される。また7月末にはブルーレイのDVDで3巻セット価格26250円で発売になった。わたしはあの中で張作霖林爆殺事件が記憶に残っている。日中戦争と満鉄は切っても切れない関係にある。満州国をでっちあげた日本はそこに満州鉄道を作りその鉄道を守るという目的で、関東軍を配置した。
▼以下筆者は戦争を批判的に考える立場に立って考察するもので、誤解のないようお願いしたい。戦争を遂行するために必要なのは当時も現在の湾岸戦争まで、兵站技術(トランスポート・必要な時に必要なものが現地にある)が戦争の正否を左右する。ところが日本は食料だけは現地調達主義を取っていたため、現地の人々から収奪・強奪するなどし、敵を作ってきた。そのため日本軍の戦死者は、戦闘中の死者より餓死者が上回った。
▼鉄道に超特急列車を走らせるためには、単レールに列車を乗せただけでは走らない。満鉄は超特急列車のためにどんな工夫をしたか?経費を抑えるため新たに路線を敷設するのではなく、現在使用している路線使って走らせるようとした。そのため全路線に大型の機関車を走らせる事が可能かどうか、強度の調査をする仕事からはじめらた。具体的には保線係がミリ単位の路線改良が始まった。さて、それを支えた技術がどこにあったかというと軍隊であった。
▼日本陸軍の鉄道部隊は明治29年に東京牛込河田町の陸軍士官学校で発足し、鉄道大隊となった。この大隊は日露戦争で活躍し、軍事物資・機材を確保する上で必要不可欠の戦力として位置付けられる。その後鉄道部隊は日露戦争でも出動し、朝鮮の京義線、満州で安奉線などを建設している。そして明治41年に鉄道連隊となり、東京から当時の千葉町都賀村と津田沼村に移転して来た。千葉には連隊本部、第一大隊、第二大隊、材料廠、津田滑に第三大隊が創設されました。その任務とは軌道の施設だけではなく、路盤構築、鉄橋の爆破・架橋等の多岐に渡ったという。それで最初にご紹介した事件と連隊の任務が一致することがお分かりになろう。
▼軍用実験線は千葉県内各地に存在する。最も重要なものは千葉→津田沼間で総武本線の北側を走っていた。また軍用線の津田沼→松戸間は現在新京成線としてそのまま残されて運用されている。
▼ではこの鉄道連隊の遺跡がどれだけ残っているか、実地に調査してみることにした。まず津田沼の現在の千葉工業大学通用門が残っているが、これは当時の鉄道第二連隊の入り口がそのまま残っている。(写真1)さらに習志野市役所脇にハミングロード(写真2)としてがあり、両脇に木が植えられてうっそうとした遊歩道になっているが、これは実は鉄道連隊軍用線の跡なのだ。
▼次は千葉市内に移動して見る。穴川の千葉経済短期大学は陸軍兵器補給廠のあったところだ。ここに赤煉瓦(写真3)の建物があるが、見学するには手前の高校の受け付けに行って許可を貰う。当時の機関車組み立て工場が残されている。赤煉瓦の建物は現在は千葉県の有形文化財に指定されている。カギを開けて中に入れていただいたが、現在は劇団の大道具置き場になっていた。それでも内部からみる煉瓦のカーブは見事だ。外部は少々加工されているが、よく探すと鉄道のレールが一本残っているのを発見する事ができた。(写真4)敗戦当時たまたま奥まった位置に隠してあった蒸気機関車は、軍の接収対象とはならず、運良く小湊鐵道五井駅に保管されることとなった。(以下8月中旬執筆の下に続く)
画像はデータベースにあります。
参考文献「満州特急あじあ物語」林青梧著 講談社学術文庫
    「ちばの鉄道一世紀」白土貞夫 侖書房
    「房総の廃線」ホームページ
    「虚構の大義 関東軍私記 」五味川純平 文藝春秋

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August 02, 2005

ナベツネの座右の書はカントとニーチェ

▼昨日の暑さと言ったらなかった。帰宅してシャワーを浴びてしばらく動くことができなかった。そして朝日の夕刊を見たら「ニッポン人脈記」に読売の本社会長渡辺恒雄が出ていたので、再び驚いた。その記事によると彼は戦後東大に復学して、天皇制と軍隊に反対して共産党に入るが、「鉄の規律」という党のあり方は軍隊と同じだ、として「人間の主体性を重んじよ」という論争を挑んで党を去る。「やっぱりカントの人格主義がぼくの原点なんだよ」。と言っている。そして現在も会社の自分の部屋に「座右の書」としてカントやニーチェの赤茶けた原書が置いてあったという。わたしはそれらの原書は読んだことはない。翻訳書すらもロクの読んでいない。「言葉がひらく哲学の扉」という哲学の解説書によれば、ニーチェは「文化史的には後期ロマン派とリヒャルト・ヴァーグナーの楽劇の運動に影響を受けた『悲劇の誕生』の出版から出発し、その後、宗教や近代的な価値・文化を批判する方向へ向かう。後期は『科学的立場』で宗教を人間的な現象として客観的に分析しようとした」とある。カントは「経験的なものと理性的なものが結びつくことによって我々の認識や実践うあ趣味判断などが成立する事を強調し、英国経験論と大陸合理主義という大きな哲学的流れを統合してドイツ観念論の基礎を築いた哲学者」という。
▼朝日による渡辺の批判は、一部分もっともらしく聞こえるところもあるが、彼が現実にやっていることは、カントやニーチェから一体なにを学んだのだろうと首を傾げたくなる。結局彼は権力と結びつき権力を動かすことに、最大の生きがいを見つけたのだから…。
▼図書館に20冊くらい本をオーダーしてあるが、この1週間ほど一冊も来ない。図書館まで夏休みに入ってしまったのだろうか。一昨日ご紹介した『現代思想』八月号のなかで巻頭論文高祖岩三郎の「赤(アナーキー)と赤(ボルシェビキ)と、そして」はニューヨークの労働運動を掘り下げた連載でとても面白い。ここまで岩波「哲学・思想事典」などをの資料をひっくり返し、書くのにかなり時間がかかったのでこれで終わり。

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August 01, 2005

「ライフ・イズ・ミラクル」を見る

▼◇☆☆「ライフ・イズ・ミラクル 」1992年頃のボスニア・ヘルツェゴビナ。息子がサッカー選手になることをyめみている一家がいる。ある大会で優勝しパルチザンというチームから招請されるが、同時に召集令状が舞い込んでくる。主人公の鉄道技師ルカは親友の軍人である大尉に聞くと、「戦争なんかおきっこない。すぐに終わる」というので安心するが戦争は勃発して爆弾が落ち始める。そしてオペラ歌手の妻は、こんな田舎で一生を終えるのはゴメンだと、トンネル開通儀式のやってきた指揮者と駆け落ちして都会に行ってしまう。そんなとき息子は「敵」」に捕虜となってしまう。大尉は病院の看護師を連れてきて、彼女はセルビア側の金持ちの娘だから息子と捕虜交換に利用するから預かれという。
▼砲弾が激しく落ちてくるなか、怖さのあまり父と看護師は一つのベッドに潜り込んで一夜を過ごす。戦争は進み、せっかく掘ったトンネルも封鎖しなければならなくなる。鉄道技師の唯一の楽しみと言えば自宅2階に作った巨大なジオラマで、そこで模型列車を走らせることだ。娘と話をしていくうちに彼女は、金持ちの娘ではなく、たんなる普通の家の出身だと分かる。しかし父子とも年齢差のある二人はすでに恋に落ちていた。二人は戦争のないオーストリアに移住して暮らすことだと夢を語る。しかし現実はそれを許さない。雨あられのように降り注ぐ爆弾。駆け落ちしていた妻の帰宅など。彼女た戸惑う場面で10年ほど前に葉月里緒菜と緒形拳が出演したNHKTVのドラマの一シーンを思いだした。しかし妻が帰宅しても二人は決してたじろがない。
▼逃亡しているとき娘は狙撃され瀕死の重症を負う。軍隊に運ばれて手術をするが、輸血の準備もないのでルカは自分の腕から直接輸血を申し出る。そうするうちに内戦は終わり、捕虜交換が始まり、息子は帰国できるがルカと娘は離ればなれになってしまう。声高ではないが、戦争というもものの矛盾が静かなメッセージとして伝わってくる。彼らは「ヒロシマ以後戦争の大義名分などなくなってしまった」と叫ぶ。「アンダーグラウンド」の名監督エミール・クストリッツァの最新作。銀座シネスイッチ。

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