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August 01, 2005

「ライフ・イズ・ミラクル」を見る

▼◇☆☆「ライフ・イズ・ミラクル 」1992年頃のボスニア・ヘルツェゴビナ。息子がサッカー選手になることをyめみている一家がいる。ある大会で優勝しパルチザンというチームから招請されるが、同時に召集令状が舞い込んでくる。主人公の鉄道技師ルカは親友の軍人である大尉に聞くと、「戦争なんかおきっこない。すぐに終わる」というので安心するが戦争は勃発して爆弾が落ち始める。そしてオペラ歌手の妻は、こんな田舎で一生を終えるのはゴメンだと、トンネル開通儀式のやってきた指揮者と駆け落ちして都会に行ってしまう。そんなとき息子は「敵」」に捕虜となってしまう。大尉は病院の看護師を連れてきて、彼女はセルビア側の金持ちの娘だから息子と捕虜交換に利用するから預かれという。
▼砲弾が激しく落ちてくるなか、怖さのあまり父と看護師は一つのベッドに潜り込んで一夜を過ごす。戦争は進み、せっかく掘ったトンネルも封鎖しなければならなくなる。鉄道技師の唯一の楽しみと言えば自宅2階に作った巨大なジオラマで、そこで模型列車を走らせることだ。娘と話をしていくうちに彼女は、金持ちの娘ではなく、たんなる普通の家の出身だと分かる。しかし父子とも年齢差のある二人はすでに恋に落ちていた。二人は戦争のないオーストリアに移住して暮らすことだと夢を語る。しかし現実はそれを許さない。雨あられのように降り注ぐ爆弾。駆け落ちしていた妻の帰宅など。彼女た戸惑う場面で10年ほど前に葉月里緒菜と緒形拳が出演したNHKTVのドラマの一シーンを思いだした。しかし妻が帰宅しても二人は決してたじろがない。
▼逃亡しているとき娘は狙撃され瀕死の重症を負う。軍隊に運ばれて手術をするが、輸血の準備もないのでルカは自分の腕から直接輸血を申し出る。そうするうちに内戦は終わり、捕虜交換が始まり、息子は帰国できるがルカと娘は離ればなれになってしまう。声高ではないが、戦争というもものの矛盾が静かなメッセージとして伝わってくる。彼らは「ヒロシマ以後戦争の大義名分などなくなってしまった」と叫ぶ。「アンダーグラウンド」の名監督エミール・クストリッツァの最新作。銀座シネスイッチ。

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