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September 30, 2005

足に合うスニーカーに辿り着く

▼わたしが高校時代から苦労しているのは、靴選びだ。足が大きくて幅がとても広い。ご存知のように田舎育ちだったし、みんな貧しかったから、中学時代はゴム草履と下駄、高校あ大体下駄だった。だから学生カバンの必需品は、替えの鼻緒である。鼻緒といってお分かりいただけれるかどうか?もっていたが小説のような出会いはなかった。高校2年くらいになるとみんな革靴をはき始めたが、わたしに合う既製品の革靴など何一つなかった。まだ足も発展途上にあったので、どうやらケミカルシューズの類を騙し騙し履いていた。所が修学旅行のときは革靴をみんな履いていく。だが自分の足には合わないので、無理して足に合う物をあつらえてもらったがデザイン性は無視されて、足を覆うことだけが優先されたので、何か足だけが目立ったので、とても気に入らなかった。
▼その靴探しの苦労は社会人になってからも続いた。つまり長いものはあっても、幅が合わないので窮屈だ。幅に合わせると長すぎてブカブカになってしまった。それでも3E、4Eとかというサイズがようやく作られるようになる。オフィスに座っている事が多い人ならば革靴が似合うというか、それでよいのかも知れない。ところがわたしは歩きまわることが多かったので、革靴はやめてスニーカーに切り替えた。
▼昨今災害時の「帰宅難民」が問題になっているが、大前提として無理して自宅に帰ることが安全化どうかという問題がある。橋など軒並み落ちていることが考えられるから、ちゃんと確認できるまで1日くらい、現在の場所に止まった方がよい。それに革靴では疲れてしまって10kmも歩けないと思う。最近読んだ週刊誌でも、職場のデスクに履き古しのスニーカーとペットボトルを入れておけば良かったという記事があった。路面にガラスが落下していたり、燃えている可能性があるので、ホントを言えば登山靴が一番安全だろうが、普段からそれを準備するのは無理だろう。だからスニーカー。
▼有名メーカーのスニーカーも実はわたしの足には合わなかった。革靴と全く同じ理由で幅が合わない。5000円以下のものは、すぐダメになってしまう。ここ1年ようやく辿り着いたのは「ニューバランス」というメーカーの28cmというサイズだ。行きつけの錦糸町丸井デパートの店員さんがとても親切で、親身になって探してくれた。昨日は夏用のスニーカーも洗って干し、冬用の「ニューバランサー」のスニーカーを2足買ってきた。帰宅して箱に書いてあった生産国名を見たらVietnamとなっていた。

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September 29, 2005

二人のカヨちゃん

▼朝一番でメールチェックをするとDMとアダルト・サイトのお誘いメールが多い。アダルトのは最近個人名を装って送られてくる。「終末はお暇」、「ご無沙汰しています」、「メールが途絶えてごめんなさい」、「緊急の連絡です」、「お世話になっています」とか、果ては「夫が死んで7年目で寂しいの」と言ったものまである。わたしのプロバイダーはニフティなので、Webメールのスパムメールブロックで一つひとつツブして行くので、同じ送信者からのメールは二度と来ないように設定する。それでもなおかつ、週に4,5本はくるのでお互いに根気がいる作業ではある。
▼学校の講師控え室の昼休み、S校長が一枚の卒業写真を見せてくれた。10年くらい前のものだそうだが、向かって左奥に立っている一人の女性を指さして、「これ、さとう玉緒なんですよ、分かりますか?」とおっしゃる。わたしは「女性に最も嫌われているあのタレントですか?」とお聞きすると、「そうです」とおっしゃる。あいにく普段はルーペを持ち歩かないので、はっきり分からなかったが、何となく似ているように思えたし、本人は当時と名前が変わっていないからそうなのだろう。
▼「ふたりのカヨちゃん」一人は森山加代子でわたしいとって高校時代の永遠のアイドルである。歌はほんとうにどうしようもなく下手だが、そんな事はどうでも良い。残念なことに彼女のCDは一枚もでていない。先日NHKBSで「永遠の青春ポップス」というような特集があったとき、たった2曲歌った。しかし2曲目の時東京地方は、またまた雷雨になって声も姿もまったく見えなくなってしまった。残念!もう一人は、4chで正午から放映されている「思いッきりテレビ」でみのもんたのアシスタントをしている、フリーの高橋佳代子アナウンサーである。わたしは毎日この番組を見るほどヒマではないが、家にいるときなど最初の15分程度見ている。Webで検索すると、同姓同名の豊島区のK党区議もでてくるので幻滅するが、岩手県の出身であることがわかる。そして彼女の支援サイトもあって、あの番組は高橋佳代子アナで成り立っているという声が圧倒的に多い。わたしも、みのはどうでも良いが、彼女の立ち振る舞いや、言葉、笑顔に魅力を感じている一人だ。
▼ところが高橋アナは2週間も夏休みで姿見ることができなくて、スイッチを入れるのを止めていたが、今週から休みが終わって出演しているので、ホッとしている。

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September 28, 2005

「Au」は2台もつのが当たり前?

▼急に肌寒くなってきたので、着る物に迷う。と言ってもわたしはそれほどの衣装持ちではないので、Tシャツだけでなく、一枚半袖シャツを一枚もって出かけようか、くらいの事である。しかし先週は学校に講義に行って、帰りは気温が上がったのでそのシャツを学校に置き忘れてしまった。それに気づいたのは翌日だったので、学校に電話して調べてもらったら、教室に忘れっぱなしになっていた。
▼昨日は2週間かなりの集中を要する仕事が一段落して、ほんの一瞬だったが夕方ホッとすることができた。
▼新聞報道によると、やはりJR常磐線の乗客が減ったという。そしてつくばエクスプレス(TX)は、予想よりも乗客が1万少ないという。TXの新線が引かれても沿線の人口が増える訳ではないから、これは当然のことだ。アクアラインができても、交通量は増えないから、先の見通しが何もないまま、料金を毎年下げ続けている二の舞にならなければいいのだが。
▼電車の中に掲示されている「Au」の妻夫木聡の広告を見て不思議だと思うことがある。ドアの右の広告では、「お財布携帯」というので妻夫木はコンビニで支払いに携帯をかざしている。そのときMDのような物をもってヘッドフォンを首からぶら下げている。ところが左側では「ダウンロードできる」というのが売りの「感動携帯」をもって、妻夫木は音楽を聴いている図になっている。つまりこれは両方一度にはできないので、2台の携帯をもてという事らしい。そのためにだけ2台ももって歩くというのは、何ともナンセンスな話である。

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September 27, 2005

「国民保護法案」実は「統制法案」

kyo927
▼日曜日ずっと仕事で疲れて、もう寝ようと思っていた午後11時、長距離電話があって、いつものように「自分が正しい」ことばかり主張する話を聞いていたら、こちらも神経が高ぶってしまって眠れなくなってしまった。そのおかげで月曜日は寝不足で一日具合が悪かった。ホントに困った人だ。それで昨晩は多量の酒を飲み、電話をくれた人には「緊急事態でない限り午後9時半以降は電話をくれるな」書いたハガキを投函した。それで26日のブログはたいした内容にはならなかった。先日医学関係の学会に行ったとき、一人の講演者が発言に先立ち「アメリカ人が講演する時はジョークに始まり、ジョークに終わる。だが日本人は言い訳に始まり、言い訳に終わる」と言って笑わせていた。
▼先日ちょっとご紹介した「国民保護法案」がかなり具体的になってきた。これは「国民を保護法」という呼び方を使ってるが、法案の中身を見ると、「国民を統制する」意図を持った法律であることが分かる。千葉県の場合も「千葉県国民保護計画」を本年度中に策定するとしている。そこでは武力攻撃事態等において県民の生命、身体及び財産を保護し、被害を最小限にとどめられるよう、住民の避難、救援等の措置を実施するとしています。千葉県では素案として取りまとめたものに、県民から意見を募集している(パブリックコメントの募集)。ぜひみなさんもこのような法案は必要がないと言う意見をE-mailやハガキで寄せていただきたい。閉めきりは10月14日。
▼今発売中の「アサヒパソコン」10月1日号でアスキーの社長だった西和彦とマイクロソフトジャパンの社長だった古河亨が対談している。その中で西は「ビル・ゲイツはハンバーガーしかおごってくれなかった」と彼のケチぶりを書いている。また古川は新規事業を立ち上げるために、どれだけ予算が必要かという役員を説得するのが90%が仕事だったと語っている。そして10%が実際の仕事なのだそうだ。だから小さなアパートの一室でパソコンの仕事を立ち上げたばかりの時の方が、はるかに達成感があったという。古川はマイクロソフトを退職するとき株を売却して300億くらい儲けたのでは、と西に聞かれる。だが古川は9割の株は一緒に苦労した社員に渡して来たという。だとしても30億円!ヨドバシでパソコンを買うとき、バイオのパンフレットを指さして、「この列からここまで全部ちょうだい」とまとめ買いをする。現在は保持ポイントは70万ポイントだという。
▼このページのトップの写真ですが、昭和40年の清里駅前です。フートンさんが10代の頃から小海線があこがれだったというメールをいただいたのでご紹介しました。画像をクリックすると大きくなります。

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September 26, 2005

「隊長ブーリバ」を見る

▼「地球博」のバカ騒ぎが終わってホッとしました。地球を愛するならもっと環境に配慮した運営方法もあったのでしょうが、どうも山をきりくずして「環境の配慮した」と言いながら、最大限トヨタに配慮した「地球博」になってしまったようだ。
▼空港のボディ・チェックのとき、持っていた「クリスタル・ガイザー」のペットボトルを持っていたら、係員は「ちょっと調べても良いですか」と了解を求めて持っていった。どうやら成分検査をしたらしい。他の人でそんなことをされた人はいないので、やはり「怪しい」と思われたのだろうか?わたしが乗った飛行機の客室乗務員はみんな年配の人たちだった。おそらく派遣か、再雇用の人たちだろう。観察していると、お茶や、飴毛布のサービスをしているとき、客の動きをさりげなく、かつ注意深く観察していることが分かった。なるほどセキュリティとは、警察官を乗せることではなく、勤務員にさせればことを荒立てることなく、うまくいくのだと思った。
▼実は土日の二日間は机にしがみついて溜まっていた仕事を一生懸命していた。葬儀がはいったりして予定がくるって、押せ押せになってしまったのだ。だから外出して映画を見るどころではなく、昨日午後6時になってようやく散歩をすることができた。夜8時頃になってほぼ一段落して、HDD録画したビデオを何本か見た。NHKBSで放映された、リー・マービンの「特攻大作戦」、スティーブ・マックイーンの「大脱走」、ユル・ブリンナーの「隊長ブーリバ」だ。とくに面白かったのは最後の「ブーリバ」である。タイトルを見ていたアレッと思ったのだが、原題は「Taras Bulba」ということ初めて知った。わたしは30年近くアウトドアメーカーである、この「Taras Bulba」の製品が好きで着続けて来たのだが、語源が「隊長ブーリバ」であったことを初めて知った。きっと原作はもっと面白そうなので図書館で借りて来なければ…。
▼朝刊では陸上自衛隊の防衛計画判明の記事が出ている。それによれば「中国の侵攻」も想定、「米の戦略とも呼応」とある。しかしそんなことをアメリカも自衛隊も本気で考えているとしたら呆れたことだ。アメリカの国債は中国に買い支えられており、二番目が日本のはずだ。中国がアメリカ国債を買い支えているから、国としてなりたっているのだ。相変わらず詭弁を振り回す防衛官僚の言いなりになって軍事費ばかり増やし続けていくと、実質的に経済破綻している日本は取り返しのつかないことになってしまう。

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September 25, 2005

「セービング・ジェシカ・リンチ」を見る

▼またキーボードが壊れてしまったので買い直した。ブログとメルマガでは、みなさんご覧の量を打っている。そのほか仕事でこの数倍の量になるから1年くらいでキーボードが壊れてしまうのは仕方ないことだと思っている。捨てる前にキーボードを分解してみる。するとキーを押して反発する部分はシリコンの筒のようなものでできていた。昔は全部これは針金とスプリングを使っていたので、長持ちしたのだ。ところがシリコンの筒だから頻繁に使うキーほど痛みは早い。もちろんイザという時困るので、スペアのキーボードは一台用意してある。だがキーの配列の間隔が数ミリだが微妙に違うのである。だからあくまでもそれはスペアで誤打率が多くなるから、長くは使えない。今まで一年間使っていたのは数字のテンキーが付いていない、小型のものを使っていた。これだと指が動く範囲が狭くて疲れ方が違うし、そうでなくても狭い机の上が有効に使うことができる。1年ですっかり消えてしまったのは「N」の文字だった。
▼新幹線と航空機の大きな違いは、乗る前のボディチェックや手荷物検査がないことだ。「あさま」は未だにゴミ箱の使用が禁じられている。2日前にデッキに立っていたら、白いガムテープ「使用禁止」と貼ってあるのに、ゴミを捨てようとする人が次々やってきた。テープで口を塞いであるから開かないのだが、それでも押し込もうとする。他の新幹線はどうなっているのだろう。航空機のボディチェックは何が引っかかるか分かっていたので、ハサミやカッターナイフは持っていかなかった。わたしの荷物で問題になるのはシェービング・フォームだ。前に書いたように肌が弱いので、電気カミソリなどは受け付けない。だから上記フォームを使う。この前電話してあらかじめ確認したら、これは大丈夫だと聞いていた。だがキャンプなどのボンベや100円ライターなどはすべて没収されてしまう。往路は手荷物のX線検査で引っかかったので、帰路はあらかじめ見える様に小皿の上に載せておいた。ところが同行した家族は帰路で引っかかって、手荷物やボディチェックを何度もされていた。あとで分かったことは、反応したのは現地で新しく購入したブレスレットらしかった。
▼◆「セービング・ジェシカ・リンチ」WOWOWで放映。2年前にイラクで行方不明になった、リンチ上等兵のアメリカ軍による「救出作戦」の映画化である。まずこれは本人が出版された本に対して「現実と違うウソだ」と言っている。作戦中にイスラム過激派包囲(ターバンを巻いていて、さらに服装がイラク人ではない)され、脱出しようとしているとき、銃撃され交通事故を起こしてしまう。病院に収容されていることを知ったイラク人弁護士がアメリカ軍に通報して、脱出作戦を開始する。だがアメリカ軍がイランの人々を殺害している事実は何一つ描かれていない。病院に収容されているリンチは平手打ちをされて、さらに拷問されていると描かれているが、これはまったく逆だ。現実に彼女は病院で手厚い看護を受けて、アメリカ軍がやって来ると医師や看護師たちに担架で運んで手渡されている。そしてブラック・ホークなどを使って突入。死亡した9人の米兵の死体とともに帰還する。この辺は「ブラック・ホーク・ダウン」とオーバーラップするのだが、上官は「米軍は一人も置き去りにしない」と偉そうに呟く。そしてリンチは帰国を許され大学への進学を許可される、という話になっている。手品というか、現実に起こっていることをすり替え、州兵たちが根こそぎ動員されて、傭兵会社までやとって汚い戦争をしていることは、一行も出てこない恐るべきインチキ映画である。

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September 24, 2005

ガンと闘っていた親友Tの死

▼21日の夕方だったが自宅の電話が鳴った。自宅の電話何かのセールスが圧倒的に多いので平日の昼間は受話器を取らないようにしている。この日何か妙な胸騒ぎがして受話器をあげると、高校時代の友人で大学も一緒だったNからだった。内容な虎ノ門病院に転院してガン治療をしていたTが死亡したという話だった。「お前はTと親しかったから灰寄せにでるように」という。Tのことは今年初めから書いているが、佐久総合病院に7月末まで治療を続けていた。一旦退院するという携帯メールが来て、文末に「首を長くして待っている」とあったので退院した翌日彼のログハウスに会いに行った。それからしばらくして、入院中のお礼として「これから最後の望みをかけて虎ノ門病院い入る」と一枚のCDが送られてきた。
▼22日大黒屋で安売りチケットを買って、「みどりの窓口」の脇にある端末を自分で使って予約したのだが、東京駅で乗ろうとすると、チケットにアル8時19分という列車がない。係の女性に切符を見せるとそれは上りの「佐久平→東京」のチケットだった。うっかり間違えてしまったのだ。係員は8時12分のは全席指定だから、デッキに立っていって下さいと教えてくれた。普段スーツとかネクタイをする習慣のないわたしにはとても辛い、この日は汗ばむ程の佐久平だった。実家に1時間半ほど立ち寄り、母から頼まれていた玄米の精米をして、早い昼食を食べて小海線に乗る。斎場は「JAやすらぎの里」というのだが、電話で確認すると、独立行政法人長野牧場の近くだという。歩いて行くと言ったら、係員は「歩くんですか?」と驚愕していた。歩いても30分はかかるまいと歩き始めた。牧場を過ぎて左折するとトヨタの4WDサーファーが道の途中でエンストを起こしているみたいだった。それを無視して歩いていると、その車がUターンしてわたしを追いかけてきた。
▼窓から首を出したのは同窓生のIだった。「どうも白髪頭だが高地に似ている」と思って間違った道をあるいているわたしを追いかけて車に乗せてくれた。よくぞ見つけてくれたと感謝した。Tの葬儀は神道式だった。同窓生は仏式は戒名にカネがかかるが神道は5000円ですむからやる人が多いということだった。榊を捧げ、二礼、二柏手(音は出さない)そして一礼するだけ。式場の入り口に高校時代の友人七人くらいで撮影した写真が掲示されていたが、そのうち二人はもう存命していなかった。3時20分から「直会会」(なおえかい)とよばれる、仏式の本人をしのぶ集いが開かれる予定だったが、開会はなぜか1時間ほど遅れた。そして「会」そのものも神官の発声による献杯に移るまで1時間ほどあった。田中康夫長野県知事からも原稿用紙3枚くらい約1000字ほどの「弔辞」が寄せられていた。その後飯田市にいる友人が長い挨拶に立ったが、その中でも知事が直接虎ノ門病院の院長に電話して「Tを何とか助けてやってほしい」と言ったことが紹介された。
▼佐久でいう灰寄せと言うのは初めて聞いたが、関東地方でいう所謂「精進払い」であった。わたしはT夫人の姉が中学校の同級生であることを知っていた。食べ葉虐めて落ち着いた時に席順を事前にチェックしていたので、挨拶に行った。わたしのことはすっかり忘れていたらしく、同級生の名前を一人ひとり挙げていくうちに何とか同級生であるこだけは思いだしてくれたらしい。そして15分くらいしてわたしの席にやってきて、「高地さんて色白で無口な方でしたよね」と言ってくれた。みなさんどうです?わたしは女性と話をする機会もなく青春時代を過ごしてきた、色白で無口な男だったことが証明されたでしょう。
▼会葬御礼のハガキととももに現代詩人だったTが8月10日夜に作った最後の手書きの詩が配られた。
「蝶々 小学校の頃ではなかったか 農具小屋だった建物に住んでいた私は本家の庭を舞う揚羽蝶がうらやましかった これは中学に入り立ての頃ではなかったか 冬間近の稲藁を積んだ田んぼで <しじみ蝶>と題する歌詞を書いた事があった これは20歳代後半ではないか 海を渡る蝶々の話を読んで その情景がくっきりと浮かんだのを覚えている こんなことを思いだしているのは 今年の春から夏にかけて 我が家の庭で蝶々を見かけることが多かったからだ モンシロチョウ、モンキ、アゲハ、シジミチョウ山野草の種類が増えてきたからなのか ひらひらと花びらを舞うその姿は 幸福を運んでくれているようなのだ 思わず嬉しくなって<ありがとう>と声に出したくなる程 それは素敵なシーンだった   (2005,8,10 夜)
▼帰り際喪主であった子息に挨拶をした新宿の某デパートに勤務していることが分かったので、「わたしの従兄弟もそこにいる」と名前を告げると「エー僕のすぐ近くに座って人事課の仕事をしています」というので、つくづく世の中は狭いものだと思った。
▼Tがわたしに贈ってくれたのはジョシュワ・ベルの「ツゴイネルワイゼン、ヴァイオリン名曲集」で、今この時間も彼のことを思って聴いている。

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September 23, 2005

これが本当の石鹸シャンプー

▼みなさんがこのブログをお読みになる頃わたしは新幹線あさまに乗っている。緊急事態が生じたので日帰りで佐久まで行くことになった。それが何かは明日、土曜日の朝にでも書こう。
▼先日somejyさんを囲む飲み会をしたおり、再び石鹸シャンプーの話になった。わたしが「石鹸シャンプーでなければならない」と話したら、参加していたAさんも「同じです」とおっしゃった。彼女もまたそれを手に入れるのに苦労しているということだった。普通はちばコープ登戸店にあるのだが、結構歩くと距離があるので、あそこまで買いにいくのが面倒なのだ。
▼博多に行っていた20日朝のNHK番組を見ていたら漫画家の赤星たみこさんが、普通のせっけんで洗髪する方法を紹介していた。これはわたしも30年ほど前に、都内の病院に勤務する看護婦(現看護師さん)さんに聞いてしばらく実行したことがある。コツは赤星さんのサイトをじっくり読んでいただきたい。あとリンスは普通の市販されているお酢を希釈して使えば良いのである。こうすればわざわざ登戸まで買いにいかなくても安価で済ませることができる。以下23日夜に書けるかも知れない。

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September 22, 2005

プリンターの調子が悪くて

▼昨晩からプリンターの調子が悪くて調整をしていた。今朝6時半からヘッドを分解してようやく、プリントが綺麗にならない原因を究明でした。それが終わったのが午前8時。もう出勤の時間になってしまった。書きたいことはたくさんあるが、それは午後に書くことにする。
▼今朝の日経に元ダイエーの中内氏の葬式を社葬としては行わないことになったと報っられていた。そして彼が理事長をしていた流通学園葬だけはやるという。中には社葬という意見もあったのだというから恐れ入る。そもそも中内とは身内でガッポリ私服を肥やすなど良い思いをして、行き詰まってしまった。行き着くところは、産業再生機構という国民の税金を使った立て直しである。ところがそれも現実には誰がやってもうまく行くはずもなく、店舗の閉鎖や従業員の解雇を続けることで、何とか乗り切ろうとしている。
▼昨日チャウシェスクと書いたのは中内に余りにも似ているからだ。チャウシェスクは当時ソ連との距離を置いていたので、「自主独立」ともてはやす人たちもいた。しかしそれは鎖国のような実態でチャウシェスクの家父長的国家支配の実態が知られていないだけのことだった。実は20年ほど前のことだが、知人の子弟がルーマニアに行っていて、大統領がどんなに酷いことをやっているか聞かされていた。身内だけを国の要職につけてカミさんは好き勝手をしているというもので、いささか驚かされてた。この子弟はかの国で医師の資格を取り、ルーマニア語を話せる貴重な存在として、日本政府から自民党、果ては共産党にまで通訳として珍重された人であった。子弟の話によれば大統領が市民生活を視察するとき、現実には多額の国際債務の返済で、国民生活は窮乏を極めていたので生活物資など町には無かった。ところが取り巻きは視察する先を先回りして、かき集めた野菜や肉類の生活必需品を視察先の店頭にうずたかく積み上げる。その視察が終わると、それを片づけ次の視察場所に運んでまた並べるというバカげた行為をくり返していたのだという。
▼政権を追われる直前、広場で国民を前に演説していたとき、ブーイングがおきてチャウシェスクがいぶかしい表情をした。あの時、「一体何が不満なのか」分からなかったのだろう。取り巻きはとりあえず自分の身の安泰であれば親分にゴマを擦っていればばよい。だから両者とも裸の王様なのだ。
▼それともう一つ、理想の国も、地上の楽園などありもしない、いやあるはずもないのに追い求める人がいることだ。前者は旧社会主義国がそれで、中国の人民公社などというものがもてはやされた。1㎡で10キロの米が採れる、集団農業の力は凄いなどと驚異の目を持って迎えられた。そんな非現実的なことができる筈はなく、その田んぼは見学者用に、他から持ってきた稲を植えて手品のように見せていたのだ。後者は40年ほど前に云われていた、今の北朝鮮のことで、ご存知の通りである。朝刊の「東証大商い史上最高」などという、バカげた美味しい話はマユにツバをつけて聞かなければならない。

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September 21, 2005

博多もヨドバシ×ビック戦争でした

▼昨日は昼から帰宅して寝るまで書き続けていたので、何のために博多まで行ったのか分からなくなりました。もうちょっと市内の美術館を見学してくれば良かったと悔やんでいます。そんなわけで今朝はあまり書くことはありません。
▼NHKは受信料不払いが増えているので、民事で訴えることも検討していると、何か筋違いのことを言っています。それよりも終戦直後あったような、視聴者代表を、番組編成委員会などに入れて、公正な番組を作ることの方が先でしょう。最近のNHKのニュースは企業とタイアップしたものが多すぎます。先日16日の秋葉原「ヨドバシカメラ」オープンしたときも、「秋葉原に大型家電店がオープン」と口では言わないものの、「ヨドバシカメラ」の文字がデーンと映し出されるので呆れてしまいます。それにしても博多駅前のヨドバシの大きさには驚きました。秋葉原くらいの面積があります。そして福岡市の中心部に天神にはビックカメラがあって張り合っていました。
▼それと九州でデモンストレーション中の自衛隊のヘリAH1が転倒事故を起こしました。この対戦車ヘリAH1とはベトナム戦争当時第一線で投入されましたが、今はいささか旧型過ぎます。大体戦闘ヘリでエンジンが一個というのは、不安定で使われなくなっているのです。それに回転しようとしたとき、主翼が地面に当たってひっくり返ったというのが、この事件の真相らしいのですが、そうなるとパイロットの技量ということになります。
▼ついでにもう一つ、昨日の九州の新聞をいくつか読みましたが、いずれもダイエーの創業者である中内功氏の死去を大々的に取りあげていました。しかしさすが九州というか、彼を批判的に書いてる新聞は一紙もありませんでした。強いて言えばイトーヨーカドーの鈴木敏文氏が朝日で「時代の変化についていけなかった」と言っているくらいでした。偉大な独裁者中内は裸の王様で批判するものを排除して、都合の良い部分だけを見させられていた、ルーマニアのチャウシェスクの様だったのですが…。
▼昨日メルマガでご紹介した「週刊アスキー」と「アエラ」はデータベースに入れました。

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September 20, 2005

小倉の松本清張記念館に行く

seicho
松本清張記念館入り口で
▲わたしは買い物には興味がないので、ガイドブックをみて小倉に行った。ちょうど「黒地の絵」の特別展示をしていた。博多から小倉までは鹿児島本線の快速に乗って約1時間10分ほどだった。なぜ松本清張なのかは、今晩お送りする予定のメルマガとも関連してくる。この記念館は東京杉並にあった松本の書斎と応接室を移転して忠実に再現してある。もちろん建物の中に入ることはできないが、1階と2階の該当する書斎、書庫は手に取るように見ることができる。もうこれは移築したと言った方が早いくらいだ。松本が生きた時代と松本の作品を並行して見ることができるパネル展示もあり、社会情勢も作品に深く影響していることが具体的に説明されている。たとえば八幡では何がやられていたかという説明では、中国から持ってきた(強奪に近いと思う)鉄鉱石をここで溶かして鉄板を作っていたのだ、というような説明だった。
▲上記「黒字の絵」は朝鮮戦争当時敗色が強い戦線に配属されようとして黒人兵が、この地方の祭り太鼓が鳴り響くとき脱走して、民家に押し入った話がテーマだ。当時の新聞はプレスコードで「米兵」と書くことはできなかった。それで「6尺豊かな大男」という表現だった。新聞には載らなかったがうわさは急速に市民の間に広がり、恐怖心を煽った。最近公開されたアメリカの公文書では約200人余が脱走したということになっている。松本はこの事件をモチーフにして、脱走した黒人兵に押し入られ妻を強姦した男の話を創作した。その男は当時秘密の仕事だった。朝鮮戦線で死亡した米兵の死体処理のアルバイトをしていて、その仕事の最中妻を暴行した男に死体に再会するという話だ。そのあとどうなったかは、小説をお読みいただきたい。
▲この執筆の逸話が紹介されていた。それは松本がこの取材をしていることを知った、地元文学サークルの青年数人が押しかけてきて、「自分たちも同じテーマで書こうと思っているから執筆を止めてくれ」というものだった。松本は頭の中の構想でしかないものを、自分に止めろというのはお門違いである。両方で書けばいいのではないかと申し出を断った。その後何年たっても、青年たちがそれをテーマに書いた形跡はなかったという話だ。なんとなくどいうグループかわかっておかしかった。
▲隣の黒崎という駅は八幡製鉄の溶鉱炉を作る耐火レンガを作る黒崎窯業という専門の会社があった。さらにその隣には「スペースワールド」というけったいな遊園地がある。駅前には巨大な実物大スペースシャトルの模型がある。そして大観覧車には人の姿はない。しかも長いジェットコースターにも乗っている人はまばらだった。祭日なのにである。当然ワールドの駅に乗り降りする人はほとんど見当たらなかった。これも八幡製鉄所の遊休地を使って作ったのだが、千葉川鉄の大型ショッピングセンター同様、やがてゴミとなる運命を持っているに違いない。これも昨日と同じ博多駅前のネットカフェで更新しています。
▼午後7時過ぎ帰宅しましたが、メルマガ作るのはかなり遅れます。最悪明朝になります。すみませんお待ち下さい。すみません。お送りしたメルマガ<Mail&E-Mail>の後半「▲働きすぎの時代 森岡孝二著 岩波新書」からは星林さんの投稿でした。うっかりしてしまいました。お詫びして訂正します。

▲Kouchi(Mobile)

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September 19, 2005

ここがどこの野球場か分かる?

fdoom
▲すぐ分かった人は偉い。福岡ドームであります。昨日は大道が代打で指名されると、球場からどよめきがでました。そして期待にたがわぬ仕事をしてくれました。しかしプロ野球選手たちはすぐ移動して明日19日は千葉ロッテと対戦だというから過酷な仕事である。かねがね思ったのだが、野球ドームというのは巨大なテーマパークであると思う。ここ福岡ドームの天井は東京ドームと違って開閉式である。だから室温は自由にコントロールできる。まずビールの売り子さんたちが活躍する。東京ドームに比べてい売り子さんは男性が多い。そしてお客さんの目を見て声をかけないからちょっと下手である。売っているのはアサヒが主で、キリンもあった。そしてソフトドリンクはみなコカコーラ系一本。チュウハイも、ハーゲンダッツも売っている。そして7回ころになると風船を売りにくる。応援団の合図よろしく「イチニのサン」でゴム風船の雨となる。
▲千葉ロッテと違い、観客に歴史のようなものを感じる。わたしの前にいた人はペ・ヨンジュンそっくりで東京から観戦ツアーのようなものでやってきたらしい。だから地元の熱気にさらされることもない。わたしの座ったのは3塁側の前から3列目だったが、左隣の列は地元の人らしく、ヤフーのシャツを着て、応援メガホンを応援団の指揮の元無意識にたたき続ける。たとえばタタタ、タタタ、タッタタタタを繰り返すのである。ピンチになっても騒がない。エキサイトした人の中にはたまにいて、3塁の累審を名指しで「何セーフじゃねぇそ」なんて野次を飛ばすくらいだ。終わっても彼らは淡々として帰路に着く。だが熱狂的なファンはドームスタジアムの前で1時間くらい余韻を楽しむように「ヨサコイ」調の踊りを繰り返していた。
▲タクシーの運転手さんに話しかけて見たが、大道の使い方といい、彼のそれに見事な働きといい、みんな地元の期待にこたえてくれていますよ、とうれしそうだった。そういえば後ろの席の老夫婦はヒーローインタビューで「あれっ王選手は」と頓珍漢なことをいっていた。王さんは選手じゃなくて監督だよ。もうチーム優勝しない限りお立ち台には上らないいんだよ。
▲こっちの新聞は「西日本新聞」である。18日の1面トップの左に嫌いな作家の高樹のぶ子がアメリカの思い上がりについて書いていた。共同通信の配信かもしれないが、アメリカは武力で支配しても、人間の気持ちがわかっていないというような文章でなかなかよかった。
▲そんな風に博多の空気を感じ取っている。それできょうは一人で鹿児島本線に乗って小倉の松本清張記念館に行ってきた。そのことは明日夜書くつもりだ。ああそれに明日は「鍵盤乱麻」メルマガの締め切り日でもありますよ。ちなみにこれは博多駅前のネットカフェで書いています。ホテルにもあったけど30分525円だなんてボルんでやめた。こっちは1時間入会金なしで390円だもの。

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September 18, 2005

「ボム・ザ・システム」を見る

▼somejyさんの歓迎会には急な呼び掛けにもかかわらず、義理堅い方々が集まってくださった。なかにはは半年も書いていないAさんとか、毎回何があっても欠かさず出席してくださるTさんの姿もあった。
▼「戦争と人間」は簡単に書いていると思っていらっしゃる方もおいでかも知れないが、全3部で延べ10時間の大作である。見るのも書くのもかなり疲れたが、30年前の感動はしっかりと蘇ってきた。前にもちょっと書いたが、原作は平凡社世界大百科事典20巻くらいはありそうな本であり、映画の土台となった資料集のようなもので、ちょっと太刀打ちできない。その点映画は分かりやすくなっていた。だが資金力の問題もあり、映画は昭和14年で終わってしまった。しかし凄い俳優たちを揃えたと思う。もう二度とあのような映画を作ることはできないだろう。ビデオは9巻くらいでレンタルビデオ店にあるかも知れない。
▼わたしは18日早朝から移動するので『鍵盤乱麻』HPの更新はできなくなります。申し訳ないのですが、執筆される方は20日夜までお待ちいただきたい。行き先にもインターネットカフェくらいはあると思うが、それはあまり当てにしないで欲しい。このブログだけは携帯で更新するつもりである。パソコンは持参しないので、すべての連絡は携帯メールの方へお願いしたい。
▼雨で濡れてしまったソニーのネットワーク・ウォークマン(1ギガ)は、秋葉原のソニーSSから「修理にかなりの金額がかかるから」と返却された。何でも費用は1万7千円程度だと言っていた。それならば中古を買うことができる金額となる。もしご修理して使ってみたいという、ご希望の方がいらっしゃったら取り扱い説明書と、プログラムCDを一緒に無料で差し上げるので、1週間以内にお申し出頂きたい。ただし送料は500円程度で受益者負担となります。
▼昼前から渋谷・シネマ・ソサエティで◇「ボム・ザ・システム」を見た。ニューヨークのブルックリン界隈に住む若者たちの間で、スプレー缶を使って、公共施設や電車などに「グラフティ」と呼ばれる、「アート」を描く事を生きがいにしていることが流行っていた。彼らの流儀とは、スプレー缶を手に入れるのにカネを払わないというのが、まず大前提である。そして誰にも見つからず、「どうやって」という難しい場所を探して、世間の人がアッといわせる場所に「展示」させる事が、また自分たちの存在意識を高める。お本当は腕が良くて美大に行く腕を持っている青年も、ひたすら街頭ペイントの生活に明け暮れる。あたかもそれは世間に対する「ボム=爆弾」のような挑戦状でもある。ところがニューヨーク市警には、ペイント犯罪専門の警察官が存在する。そしてお互い目の敵にしているが、ペインター立ちは警官の昼食時を狙って覆面パトカーに落書きをしてしまう。それを恨みに思った警官は、彼らを逮捕して復讐する事だけが目的になってしまう。以下20日に続くかも知れない。

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September 17, 2005

「戦争と人間」第3部の下を見る

▼昨日目の前で嫌な場面を目撃してしまった。夕方家の前の明治通りと江戸通りの交差点なのだが、犬を抱えた老婦人二人が道路と歩道の草むらに、生後1ヵ月位で身長15センチくらいのノラの茶色の仔猫を見つけて、「キャー可愛い」などと嬌声を上げていた。所がおそらく抱かれている犬に驚いた仔猫は、交通量の多い、道路の方に逃げ出してしまった。わたしも道路に飛び出して車を制止しようと思ったが、ここはよく人のはねられる所だ。そうする間もなく、最初の車はやり過ごしたが、2台目が身体の一部を引き、仔猫が痙攣をしていることろに次々の車は押し寄せて、すぐに動かなくなってしまった。老婦人たちは自分のペットを抱きしめて「もう目を開けて見ていられない」と、言っていたが彼女たちが犬を抱いたまま、仔猫を呼ばなければ助かったのにと思わずにいられない。そしてドライバーもどこに目をつけて走っているのかと思った。動いているものを見たらスピードを下げるか、止まれよな。ペットだって飼い犬だって命の大切さには代わりないじゃないか。
▼それにつけ先日の体長50cmのニシキヘビが逃げたという事のバカ報道。50cmくらいの蛇なんて、ヤマカガシに、シマヘビなどうちの田舎にはいくらでもいるよ。それに人畜無害のニシキヘビだというではないか。サソリが2匹でたというのもおかしい。もっと大事な鳥のインフルエンザ、卵のニセワクチンなど「風評被害が出る」などと腰が引けたこと言わないでちゃんと報道しよろ。こっちの方を隠しておくほうが犯罪だよ。
▼いよいよ3部の下だ。標(しめぎ)耕平(山本圭)は中国の小さな村の掃討作戦に出撃する。ちょうどベトナム戦争のソンミ村の事件そっくりだ。家に火を放ち、動く者全部を殺せという上官の命令。殺された老人のそばで泣き叫ぶ、小さな少女を「撃て」と命令されたとき、標は断固として「撃てません」と拒否したため、上官から半殺しの目に合う。折から八路軍が来たため、日本兵は逆に殲滅され、標は死体同然だったたことと、中国人から上上官に抵抗していた証言があったため助けられる。そして、脱走日本兵で組織された、反日同盟に身を投じることになる。
▼そして北小路は入隊し射撃の腕が良かったため、狙撃兵としてソ満国境に配属される。第一次ノモンハン事件がおきるが、それは軍部の自己中心的なご都合主義の分析と、関東軍の独走を許したため起きた事件だった。司令官たちは参謀たちの責任のなすりつけによって次々自決を強制される。この戦争場面は当時ソ連軍の強力のもと、現地でロケしたからT34戦車群の迫力は大したものだ。もっとも一部のフィルムは「ヨーロッパの解放」からの転用でもある。できうればスターリンオルガンに登場して欲しかったが、それも凄い。生き残った北小路が戦友と一緒に水を求めて戦場をさまよう。そして「あっマキシムだ」と水冷式マキシム機関銃を探して、栓をを抜いて「油くさいなー」と言いながら水を飲む場面は、かなり訴えるものがある。
▼前後するが国内でセツルメント活動をする小百合の所に標耕平の戦死公報が届く、「あれほど生きて返る」と方を落とす彼女。数日後彼女の所に憲兵隊がやってきて有無を言わせずに家宅捜索を始めている。「何か書類や手紙を隠していないか」と詰問する隊長、探し当てた一枚の手紙は、戦争に参加したことを悔いた告白が書いてあり、憲兵が読み上げるまでもなく、彼女はその文面をそらんじていた。このシーンは涙が止まらなかったです。そして小百合は憲兵隊の捜索は耕平が中国で生きているから、彼らが来たのだと直感する。
▼映画は昭和14年でノモンハン事件で死亡した兵士たちが業火のような荼毘に付され、軍人勅諭の朗読がながれる場面で終わる。

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September 16, 2005

「戦争と人間」第3部の上を見る

▼肌が弱いのでシャンプーなどは、「せっけんシャンプー」を使っている。最初はMUJI、次は生協の物を使っていたが、前者は発売中止、後者は近所では手に入らない。正確に言うと、わたしの取引している生協では扱っていない。共同購入で扱う予定があるのかどうか調べたが、どうもはっきりした返事が来なかった。仕方なく注文書にあったMというメーカーの物を買って数日試したが、どうやら大丈夫だった。
▼昨夜からようやく「戦争と人間」の第三部に入った。3部の上だ。昭和13年頃の日本と中国、浅丘ルリ子は、高橋英樹と別れ、政略結婚で銀行家の長男と結婚することになる。次女の吉永小百合は、自分の良心に忠実に生きる決意をする。そして左翼活動家で前線に送られ、死んでしまった伊藤孝雄の弟である山本圭と結婚する。当然五代家の当主である滝沢修からは猛反発をされるが、駆け落ち同然に家を飛び出す。その祝宴はボロアパートで実兄の北小路欣也だけだ。姉の豪華な祝宴とは大違いで3人で「妻をめとらば、見目麗しく」を唄う。(以下、定期検診で早出のため昼頃に続く)
▼本当はもっと早く書こうと努力はしたつもりだ。しかし時間が無駄にならないように、医者は常に朝一番を予約するから、通常は30分から40分で診察から薬局まで終える事ができる。所がきょうは締めきりの仕事を3つ抱えていて、昼食を食べている最中もガンガン電話がかかるので、休憩は取れなかった。だからブログを書く時間さえ取れなかった。そのくせ夕方は秋葉原に行ったら、ヨドバシ秋葉原オープンには徹夜で5000人が並んだというので、またびっくりした。
▼上記「戦争と人間」の続きだ。圭は内務班でしこたましごかれて中国戦線に派兵される。そして上海上陸作戦や、南京虐殺は実写フィルムと共にでてくる。北小路は親の威光で徴兵は免れるが、満鉄調査部に入る。満鉄調査部は当時日本最大のシンクタンクだった。支配層と軍部は最も合理的な満州支配を考えた。それが左翼経済学者や運動家を満鉄調査部で使う事だった。マルクス主義者は計画経済、軍部は統制経済をめざしたので弾圧の対象となった連中をここで使う事を企んだ。軍部にも中々頭の良い人はいたのだ。映画では鈴木瑞穂が演じたのがその経済アナリストだ。軍部で説明を求められるが、「数字は正直でアメリカやソ連に勝てる筈はない」と率直に発言すると、憲兵隊に引っ張られて厳しい拷問を受ける。軍部は彼らマルキスト使うだけ使うとポイして、徹底的に弾圧した。そして圭は妻と別れ中国戦線で、生きた捕虜を連れてきて「肝試し」と称して銃剣術で刺突を命じられる。圭はどうしても刺し殺せないので、これまたもの凄いリンチを受ける。ああー自分だったら小心者の情けないヤツだから、上官たちのリンチが怖いから、中国人捕虜を刺し殺してしまったかも知れないと思って、手に汗を握って見た。

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September 15, 2005

大型家電店に未來はあるか?

▼いよいよ明日16日秋葉原ヨドバシがオープンする。最初のヨドバシは新宿西口の2階建ての小さな店だった。新宿西口だって上京した当時は土でできていて急な坂になっていた。ところが今や秋葉原の巨大ビルである。わたしは仕事の撮影機材をここで買ってきたから、50平方センチくらいのフロア分の代金は払っていると思う。今まで総武沿線では、駅と直結している錦糸町が売り上げ一位だったという。しかしはっきり言ってヨドバシは安くない。わたしが最近ここで買う物は、詰め替えのインクとかが多かった。
▼今朝の新聞折り込みでヨドバシ秋葉原店のチラシが入ってきた。レストランから、ゴルフレッスン場までテナントとして入っていて、もはや総合デパートになってしまった感がする。オープン記念の目玉商品もでている。例えばシンクパットR50eが59800円とあるがオープン記念の限定数50台としては少ない。同じ折り込みで、有楽町のビッグカメラも折り込みチラシを入れてきた。値段はそれほど違わないと思うが、ビッグの7階にはあの、シネカノンが入っている。ヨドバシもせっかくだからどこかのシネコンでも入れれば良かったのに、もったいない。
▼秋葉原がかつてなぜ、安売りができたか?それは店員さんが若くて人件費を安く抑える事ができたこと。建物が小さいうちはバブル前という事もあって、物件費が安くできたからだ。ところが今の秋葉原は家電店の巨大ビルが林立して、みんな高値安定っだ。安いのは小さな店でやっている組み立てパソコン関連の店だけとなっている。安売りのダイエーが潰れたのもそう言うこと。家電店は今や郊外の大型店舗になっている所が元気だ。というのは地方なら平屋で大型店舗にできる。駐車スペースも広く取れる。そして店員さんはみんな年齢が若い。安い商品を提供するには、この原則を守らなければ、決してやっていけない。だから都心に大型店舗を出店した時から、もう先は見えているのである。

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September 14, 2005

高い辞書を買えば作家になれるか

▼朝6時頃にパソコンのスイッチを入れる。そしてメールチェックをするのだが、今朝は中々繋がらない。再起動をくり返し、メインのパソコンのとなりに設置してある緊急用のバックアップのパソコンを作動させるが同じだ。気になってテプコの電柱から我が家に引き込んでいる光ファイバーのケーブルに異常がないか見たが何ともない。最終的にルーターの電源を切ったら作動するようになった。原因はこっちにあったのだ。メールは昨晩1本届いていて、「17日にお会いしましょう」というものだった。時間は調整中なので、集まる事ができる方だけでも事務所にお出かけいただきたい。
▼「アエラ」9月12日号に「IT経営者のネット活用術」という特集があった。3人がうんちくを傾けているのだが、みんないかがわしい。というのは最初のHさんは小型のノートパソコンを前にメガネのつるに手を当てている。だがパソコンはネットに繋がっていないし、無線LANすら見えない。どうやってネットを活用するのだろう。2番目のMさんは机の上にディスプレイとマウスはある。だがキーボードがない。ご本人はウェブデザイナーとか言っているが、どうやって文章を作るのだろう。3番目のTさんはディスプレイが2台デンとおいてあるが、キーボードはかなり奥まった位置にあり、マウスは手前にある。これも作業はしづらいと思うのだ。いずれもパソコンを使ってデータを整理するというのだが、こういう使いにくい環境は眉唾ものである。
▼そういえば最近買ったパソコン雑誌「PCmode」9月号では「紙を捨てる技術」という特集だ。こういうバカな企画に惑わされてはならない。全部スキャナーで読みとってHDDに保存したら1枚当たりのコストはかなり高くなる。安いのは紙の状態で時系列でパンチの穴を空けてバインダーに入れるのが一番簡単である。雑誌の中に「名刺の整理」というのがあるのだが、その名刺を読みとり、パソコン上の「ローローインデックス」に取り込むソフトが何と2万8千円である。名刺なんて、普通仕事で頻繁に使うのは50枚もありはしない。頻繁に使うのは手帳にでも鋏み、他のはカードケースにでもしまっておけば良いのだ。第一実際机の上に置く「ローローインデックス」ですら6500円位で買うことはできる。
▼最近一太郎のジャストシステムで「文芸」という作家用の辞書というものを売り出した。これは何と41100円もする。わたしはこの会社の「記者ハンドブック」なるものを騙されて買ったが、例えば「バカ」などと入力すると、一々「使用禁止用語」の警告がでてくる。もうとてもつきあっていられないので、もったいないが削除してしまった。41100円出したからと言って作家になれるはずがない。6090円出しても記者のような文章が書けるわけではない。作家の五木寛之は旅行が多いので駅のベンチで万年筆を使って原稿を書いていると言う。そしてそのとき漢字を忘れた時に使う辞書は、携帯電話に付属しているメール用辞書を使っていると書いていた。作家になるには、ジャストの辞書を買うことではなくて、感性を養うことの方が大切だと思う。しかし10710円の「医療辞書」だけは仕事に必須なので買おうと思っている。

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September 13, 2005

これ以上伸びることも減ることもない

▼夜HP研究会。会場に出かける前に秋葉原のソニーサービスステーションに行った。前にも一度書いたがこのオフィスの女性たちは立ち机だけで椅子がないのでとても可愛そうだ。経営者はなぜこんな酷い事を考えるのだろう。日曜日の豪雨でネットワークウォークマンが全く作動しなくなってしまった。ドアイヤーで乾かしたり、直射日光の当たらない軒下にぶら下げていたがまったく、起動しない。朝10時のオープンと同時に電話して聞いたが、「持ってきていただかないと分からない」とおっしゃるので来た。雨に当たっても、水没と変わらないので保障期間中ではあるが、故障ではないので修理は全部自費である。調査だけで6500円だという。さらに部品代がかかる。金額が決まったら電話を頂いて判断することにして預けて来た。
▼HP研究会ではまず総選挙の結果の分析を行った。民主党があんなに負けてしまったのは、政策が明確でなかったことがある。むしろ自衛隊をイラクから撤退させる、という1本に絞ればもっとのばせる可能性はあっただろう。自民党があれほど伸びてしまった原因は、小泉の「郵政改革」が単純明快で分かりやすいことだ。TVではバラエティ番組でも社会保険庁や特権官僚の無駄遣いが、これでもかこれでもかと報道されている。それがみのもんた風のバナナのたたき売りの様な口上で、無駄=郵政と短絡的に結びついてしまった。2chのスレッドなどを見てもそういう盛り上がり方をしている。社民党も共産党も選挙制度が改悪されないかぎり、この数よりも伸びはしないが、落ちることもないという線が明確になった。両党とも硬直した宣伝政策を根本的に見直さない限り、飛躍はありえない。一応公表できる部分はそんな討論だった。参加者も多く飲み会はかなり盛り上がった。一次会は8時39分に終わった。さらに二次会にも誘われた。だがこの2ヵ月ほど、たいして飲まないのに酔いが早い。という事は体力が低下しているからだと思う。帯状疱疹もそれが原因であることははっきりしている。1時間に1本のバスも、乗り遅れると遠回りしなければならない。つらいところだがお誘いを後ろ髪引かれるおもいで振り切って41分のバスに乗ることができた。
▼先日防衛庁がロシア製武器(RPG-7,AK47,AK-74,SVDドラグノフ)を正式に輸入するというニュースがでていました。その理由としては海外派遣先で使用される武器類を研究するという事になっています。普通に考えれば、例えばボディアーマーの性能や、戦闘車両の装甲をどの程度にしたらいいか、実際撃って確かめるということでしょう。しかし公表している事がくせ者です。これらはテポドン同様、北朝鮮人民軍対策の研究を、本格的にやっている事を国内にアピールすることが目的だろうと思われます。しかし北が日本まで海を渡って侵攻すること自体、非現実的です。もしそうだしても戦車を運んでくる輸送手段はありません。だとすると空輸で投下できるジープくらいを持ち込めるのがせいぜいです。だとすると日本国内である重機関銃くらいで対応できるのです。
▼同時に政府は対戦争マニュアルをWebで発表しました。外国から侵略されたら、日本国民はどう対応するか、具体的に書かれています。今朝はまだサイトが見つかりませんが、あとで具体的に正しいかどうか検証することにしましょう。

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September 12, 2005

森喜郎と小泉の缶ビールを握りつぶす猿芝居

▼先週発売になった「サンデー毎日」9月11日号に、森前首相が小泉首相と会ったとして、缶ビールにひからびたチーズを出されたのは、芝居だったという記事が出ていた。それによれば「会談」が終わった後どうやっって外に出ようかと云う森に対して「怒ったふりをして出てくれ」と首相が缶ビールを握りつぶして手渡したという。その猿芝居が効果が絶大だったのか、今回の選挙は自民党圧勝に終わった。その会見の模様を取材もせずに森が言うままに、面白おかしく報道したマスメディアの責任も問われなければならない。
▼昨日911セプテンバー平和コンサートなるものが開かれた。実はわたしも知人から「賛同人になって欲しい」というお誘いを受けた。Webにも運営の主旨が紹介されていたので拝見したのだが、わたしはあの4年前の911はアメリカの謀略であって、実行犯はビン・ラディンではない。根本はアメリカによる資源の収奪をなくすことが平和につながるという考えなので、そのことをお話しして賛同人にはならなかった。土曜日のNHKTVには呼び掛け人の一人庄野真代が登場し、昨日午後7時のTVにはメイン会場である葛西臨海公園の模様が放映されていたが、そこに挨拶で立っていたのは何と駐日アメリカ大使の姿だった。おお危ないところだった。わたしは呼び掛け人が、例え知人であっても自分で確認しないかぎり、知らない集会に名前を出したりすることはない。
▼「週刊ポスト」で最近始まった連載で「戦争と新聞」という企画がある。執筆しているのは、ノンフィクションライターの黒岩比佐子さんである。黒岩さんは「古書の森」というブログを持っている。わたしが読んだのは2回目と3回目だけだが、「日露戦争」「日比谷焼き討ち事件」報道を検証する内容になっている。それによれば当時の新聞でロシアに対して強硬な姿勢だったのが「東京朝日」と「大阪朝日」であった。その中で渡辺三山は対外硬の人々の先頭に立って積極的に言論活動を行っていた。三山は日清戦争の時にも欧州各地の新聞を研究し、北清事変の翌年には、朝鮮半島や中国に視察を行っている。そして大連でロシアの大規模な軍港工事をみた三山は、ロシアとの衝突は避けがたいと感じていた。三山はその後対露強硬策を主張し、政府首脳に開戦の決断を促すことまでしている。そして「朝日」はその経緯の中で部数を倍増近く延ばしている。先日明かになった日韓会談の外交秘密文書のなかで、当時一記者であった読売の渡辺恒雄が政府の政策に口を出すなど暗躍していた事が記されている。それを知るにつけ、当時と現在の共通している点を思わずにいられない。

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September 11, 2005

「南極日誌」を見る

▼表参道の改札をでて地上に出ようとしたら、人がぎっしり並んでいて表に上れない。人をかき分けるようにして地上に出たら、雷雨と暴風雨のようになっていた。それでもパン屋さんと約束をしてあるから、約10分足らずの道を歩いているうちに全身が濡れ鼠のようになってしまった。この横殴りの雨は、常にデイバッグの脇に指してある小さな傘ではほとんど役に立たなかった。気分は悪いし、風邪でもひいてはまずいので、寄り道をせずにまっすぐ帰宅した。ああこんな事なら朝一番で投票所に行っておけば良かった、と思った。それにリュックにに入れておいたネットワークウォークマンが水没状態で使えなくなってしまった。
▼昨夜午後11時10ch「スマステ4」を見ていたら、稲垣吾郎が出ていて、今月の映画ベスト5というのを紹介していて、彼の推薦する一位が昨日書いた「理想の女(ひと)」だった。稲垣曰く「木村拓哉君や香取君は違うと思うけど…」と言っていたが、彼らは「ルパン」とか「チョコレート」だった。うっかりしていたのだが、上記映画は初日の初回だったので、長蛇の列でわたしは通路に座る羽目になってしまったのだ。その代わり、初日サービスで大瓶に入ってケチャップをいただく事ができ、それは本日の昼のパスタの材料に使わせていただいた。
▼◇「南極日誌」南極の到達不能点(文末に説明あり)できない地点をめざす韓国の6人の隊員からなる、探検グループ。ソン・ガンホ隊長指揮のもと、45日分の食料やテントなど生活必需品を橇に積んで黙々とひたすら、目標地点めざして歩く。頼りになるのは六分儀と近代兵器のGPSだけだ。見渡す限り南極は真っ白な世界で、CG等を使っていなかからホワイトアウトというのは、どんなに恐ろしい世界か分かる。一瞬でも気を緩めるとクレバスが待っている。最初意気軒昂な隊員たちも、同じ所を歩き回っているのではという錯覚や、事故が起きるたびに次々と疑惑が涌いてくる。最初の事故で一人の隊員がクレバスに落ちるが、冷静沈着な対応で全員の力を使って穴から引き上げる事に成功する。だが体調が悪くて先に進んでしまったため、行方不明になってから、隊員の隊長に対する不信感が高まってくる。実は隊長はかつて高層住宅に住んでいたとき、一人息子が「寂しいから帰ってきて」という電話を無視して切ってしまったため、飛び降り自殺をしたという苦い体験を持っていた。さらにそれをきっかけににして妻と離婚したという過去を背負っていたのだ。その過去を清算するために、何が何でも未到達点を制覇しなければならなかった。隊員が一人や二人欠落しても、どんな手段を取っても地点にたたなければならないという事を宿命のように感じている。だがその先を急ぐ考え方が隊員の意見を排除し、「ELT非常位置発信装置を使った救助信号を出そう」という嘆願もすべて却下する。たまたま見つかったのは60年前にノルウェイ隊が自滅したミイラのような死体だ。さらに彼らの残した不可解な「南極日誌」であり、そこに描かれている絵が、孤立して滅亡しようとする自分たちの姿と余りにも似通っている事だった。果たして彼ら韓国の探検隊は未到達地点に到着する事ができるのか?到達不能点とは(P.O.L=Pole of Inaccessibility)南緯82度08分東経54度58分に位置し、どの海岸線からも最も遠い地点にある南極の一地点。海抜3,700m、氷の厚さ3,000m、地球最低気温80度をしばしば記録する、地球上で最も自然条件の過酷な場所。ソ連探険隊が1958年にただ一度だけ征服している。

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September 10, 2005

◇「理想の女性(ひと)」を見る

▼昨夜は急に飲み会を開いた。MINさん、それにてんぐささんを携帯で無理やり呼び出した。Maさんも来たいと言っていたので「打合せは仮病だといってさぼり、飲みに来るよう」にお話しした。ところが仮病どころか本病の風邪でたおれてしまったようだ。だが気になって仕方ないらしく、何度も電話があった。1週間ぶりくらいで飲んだのでかなり酩酊してしまった。かなり足下がふらついているのを心配したてんぐささんは西千葉駅改札までわざわざ送って来てくださった。ありがとうございます。ゆっくり寝ていたいところだが、映画の締め切りを過ぎてしまって本数が足りないので、ハシゴで2本見てこようと思っている。明日はマンションの管理組合の会議に自転車駐輪場の使用料金の徴収で、一日つぶれてしまう。
◇「理想の女性(ひと)」1930年の南イタリアのリゾート地アマルフィ。そには名士が次々と避暑にやってきている。その中に新婚ロバートとメグもいた。二人は年老いても会話のない食事などをする夫婦にはなりたくないと誓い合っている。そんなときアメリカ社交界で浮き名を流していたミセス・アーリン(ヘレン・ハント)がやってくる。どうやら女詐欺師としてアメリカで活躍していたのだが、資金も底をついて当地にやってきたらしい。社交界の婦人たちは「今度は誰をたぶらかそうとしているのかしら?」と口さがない。そして男性たちはしきりにアプローチを試みる。ある貴金属店で妻のプレゼントを買おうとしている時、偶然ロバートはアーリンに豪華な扇子をプレゼントすることになる。そして妻メグの誕生パーティの準備が始まる。その後何故か夫はしきりとアーリンを訪ねている。妻は誕生日の準備の支払いをしようと小切手帳を見ると、巨額のカネを何度もアーリンに渡していることが発覚する。永遠を誓った筈なのに、哀しみにくれるメグ。そこにプレイボーイが、ヨットで駆け落ちしようと口説く。腹いせに駆け落ちのヨットに乗り込むメグ。だがそこにはアーリンも乗り込んで来て、メグが男に騙されているのだから戻れと諭す。そしてアーリンの手にはメグと同じ扇子が握られていたことから、盗んだのではという疑いがかかり、金持ちとの婚約も破棄されてしまう。メグはアーリンに「自分の過ちをすべて夫に告白すべきか」と相談する。だがアーリンは「本当の事を告白しても、夫を悩ませるだけだ。愛を大切にしたければ黙っていることだ」と諭す。そして「あなたの理想の女性は?」と尋ねると、「まだあったこともない母親です」しっかりとした口調で答え、アーリンはニッコリ微笑む。実はアーリンこそメグの本当の母で、事情があって、そのことを話せずにいたのだった。ロバートはそのことをすべて知り、母親に資金援助をしていたのだ。原作を読んでいないので映画としては抑揚に欠けて退屈ではある。しかし本当の事を告白することが、どんな結果を呼び起こすのかそれは自分の胸の中に秘めておくことだという一言は示唆に富んでいた。オスカー・ワイルドの戯曲『ウィンダミア卿夫人の扇』をリメイク。またまた通路に座って見る羽目になった。銀座シネスイッチ。
▼ソン・ガンポの「南極日誌」も見たが明日書く、夕方の更新を待たれよ。

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September 09, 2005

懐かしの省エネ半袖ルックを見た

▼長野ではコスモスは終わりに近づいていました。ススキの穂といえばまだちょっと青みがかかっていました。しかし昨日は台風が過ぎ去ったあとの暑さがぶり返し、前日の涼しさにくらべてかなり太陽が照りつけて来た。帰省している時、TVを見ていたら珍しい人が登場していた。わたしの実家のある部分は選挙区でいうと、東信地域と呼ばれ(上田、小諸、佐久・略して上小佐久)長野3区と呼ばれる。そこには歴史的に最も短かった、羽田孜短命首相の出身地でもある。TVにはいまや時の流れの主流となりつつある、クールビズいや懐の紺の半袖ルックで演説していた。そして奇妙な事に詰め襟で前の部分が少し開いていて、下には白いタートルネックらしいシャツがのぞいている。だから一見すると牧師が半袖ルックで登場したような格好になっていた。クールというなら襟を開かないと涼しくはならないと思う。この人の場合中身はともかく、流行に乗り遅れていないという事だけアピールできれば良いのだろうと思った。
▼「戦争と人間」は第一部に戻って見始めた。「千葉の軍事鉄道」を執筆するときこの原書というは元本にあたる必要に迫られて図書館に行った。ところが昔の平凡社百科事典くらいの大きさで20冊くらいの膨大なものだった。そして映画とは違ってどちらかというと資料集のような物だった。何冊か見たが、必要な部分は見あたらなかった。一部ではまず陸軍士官学校での講演が登場し、日本を豊にするには満州の鉱物資源を手に入れるしかないと言う話が出てくる。ついで五代財閥が満州で、軍隊とコネクションをつけて権益をどうやって広げて行くか。そして国内では経済的な貧困化が進み、資本家を倒せという社会主義運動が広がりつつあるが、弾圧の手段も厳しい。軍部は日本の言うことを聞かない張作霖をなきものにしようとする。さらに中国軍を制圧するために奉勅命令が出るかどうかが最大の焦点になる。しかしCGなど存在しなかった35年前の映画でどうやってあの巨大なセットを作ったのだろう。かなり資金力を必要としたに違いない。ちなみにあとで分かったことだが、あの「満州」は北海道中標津でロケをしたと言うことだった。

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September 08, 2005

台風一過猛暑が復活した佐久平

newsungla
▼ついに実家のパソコンのモデムが反応しなくなってしまった。USBのアナログモデムを至急探さなければ。今時そんなものがあるだろうか?少なくともインターネットでは出てこない。トップの写真は父が通っている小諸高原病院。昔は陸軍の結核治療機関の病院だった。もしいま入院させられると、この門を出るのは死ぬときという曰く付きの病院でもある。
▼そんな訳で昨晩はメールの送受信もネットの閲覧もできなくなってしまった。そこで持参した「戦争と人間」第2部の後半を見た。この山場は226事件から軍部が政治に発言力を持ってくる場面が描かれる。そして国内は左翼、とりわけ天皇制に反対した共産党に対する熾烈な弾圧が行われる。左翼学生の山本圭も特高に引っ張られ拷問を受ける。そして五代家の次女吉永小百合と彼は恋仲である。父に圭の助命を願いでるが、「覚悟の上だろう」と拒否される。そして小百合は圭の薄汚い下宿に行って「今晩は帰らなくても良いの」、二人はそういう仲になる。しかし…小百合は当時と現在の演技とちっとも変わっていない下手さだ。これほどセリフに抑揚がない人も珍しい。そして浅丘ルリ子と高橋英樹演じる柘植中尉の恋。この時本当に浅丘ルリ子は美しかった。いまもわたしは日本の女優では一番好きだ。昔そのことを知り合いの芸能プロダクションの専務に話したら、「浅丘さんは実生活でも、恋多き女ですよ」と言われた。別に浅丘とわたしは結婚しようと言うわけじゃないから、そんな事はどうでもいいんだよ。そして最後は八路軍に身を投じる中国人女性を演じる栗原小巻。このときはふっくらしていて水も滴る美女だった。ただし栗原は、わたしの好みではない。
▼今回、由美先生との面談は10分足らずで終わった。先生は処方している「ルーラン」という薬が、効き過ぎて副作用が出ていないかどうかが、一番心配していたようだった。この二週間の出来事を自宅の様子と、昨日担当のケアマネージャーから詳しく聞いていたので、それを報告したら、次回から1ヶ月に1回で良いということになった。という事なのでわたしも助かる。前回は往復とも喫煙席だったが、今回はうまい具合に往復とも禁煙席なので助かった。長野新幹線は来年から全面禁煙になるようだ。というのは最長1時間半くらい禁煙できなくてどうするということなのだそうだ。まあ良かった良かった。
Kouchi(Mobile)

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September 07, 2005

TV占いが見事に当たった日

▼昨日の朝は台風情報を知るためにTVのスイッチを入れていた。そのもう一つの理由なのだが、いつも聞いているラジオ番組の遠藤泰子アナウンサーが2週間の夏休みで、名前は言わないが本当に下手な若いKアナウンサーに変わっているので、聴くにたえないというのが本音だ。ついでにいうと最近聞き始めたNHKラジオ午後11時頃から始まっている番組で登場するアナウンサーも実に下手だ。驚いた事に句点の位置を勝手に変えている。インタビューが下手で気まずい程、間が空いてしまう人が多い。毎週登場する地方の人で、方言を売り物にしている人がいるが、これが嫌み。
▼おおそうだTVを見ていたら、「きょうの運勢」をやっていて、水瓶座のわたしは「思いもかけない高価なプレゼントがある」とでた。実は前日からGさんから何かプレゼントをいただけるという事になっていて、約束の昼前に事務所に伺ったら、ニコニコして待っていて下さった。プレゼントを「もしや」と思って開けて見たら、実は7月末に発売になったデジタルリマスター版、「戦争と人間」3枚組だった。最近楽天のオークションで定価26000円のものが1万円引きの16000円ででているが、中々売れない。延長に延長を重ねているが、興味がないのだろうが、買い手が付かない。この件もGさんに相談したのだが、「ネットショッピングで絶対安全はない」とおっしゃる。相手が代引きに応じれば買ってもいいかと思ったが、そのままになっていた。これは先日Gさんのご覧になっているCATVで3日間に渡って放映されたものだ。居間にあるCATVを自室に引っ張って、3日間も根気よくHDDビデオに録画され、さらにそれをDVDに焼いて下さった。
▼こんな高価なものをいただいてお礼をどうしようかと思ってご相談した。「今度シュマイザーお送りしますよ」(シュマイザーが、お分からない方は読み飛ばして欲しい)とお話しする。「そんなもの貰ってもうちはIRAの武器庫と間違えられるからいらない」とおっしゃる。深く感謝して食堂で一緒に昼食を食べて辞去する。夜2巻から見始めた。この山場は相澤中佐による、永田軍務局長の惨殺事件だ。この殺害方法のリアルさは「仁義なきシリーズ」を遙かに凌ぎ、実に見事な刀裁きだ。2巻の前半である、山本学演じる八路軍のゲリラと、地井武男演じる朝鮮パルチザンの確執の挙げ句、地井は決別して根拠地を脱出するのだが、恋人が蒋介石軍の凶弾に倒れ、雪の中に恋人を葬る場面な涙なく見ることができない。つまりTV占いは正に当たったのだった。
▼そこで朝日の松本仁一編集委員の書いている「AK密造の村」第3話は知識不足であるという話になった。3回ほどまえに22口径のAKを発見して驚く話が、もっともらしく書かれている。22口径のAKはAKMというのだが、もう15年以上前に雑誌にも登場していて、マニアなら誰でも知っていることなのだが、松本は自分の凄い発見であるかのように書いていて情けない。そういえばアメリカの州兵は災害出動なのにM16を持っているのは、いかに治安が悪いかを示す証拠になろう。しかしそのM16をよく見ていると9パラの弾倉をつけている(仕様が根本から異なるのだが…)ものが散見される。「敵をやっつける」訳ではないので、性能をセーブしているのだろうと思った。
▼Gさんとは今度秋葉原のシューティングレンジで、撃ちましょうよという話をしてきた。どうも大人一人で入るには気恥ずかしいので二人なら心強い。そしてHさんとは今度つくばエクスプレスに乗りましょうと約束して来た。となると秋葉原で軽く撃って、つくばに行くというプランが俄然現実味を帯びてくるのだ。
▼そして最近自民党側から干されている森田実のHPの事を教わって来た。それによれば11日の投票日を前にして自民党のTV局に対する圧力は大変なもので、民主党のマイナス要因になるものは何でも取りあげろと言っているそうだ。
▼ついでにいうと早稲田大学の憲法学者水島朝穂の今週のHPは特に面白い。
▼父を医者に連れて行くため、夕方から一泊で介護帰省です。例のサングラスも早々と出来上がって来たので、近日中に画像をご紹介する。

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September 06, 2005

ニューヨーカーは義経OK

▼数ヶ月前に本の紹介はブログでと書きました。しかしブログに書いてしまうと、通常の読者とメルマガの読者に対するサービスの違いはなくなってしまいます。読書感想も読んだあとすぐ書けば良いのですが、怠けものため、締め切り日に一気に書くことになります。昨日のあの量だけでほぼ4時間もかかってしまいました。そして夜9時過ぎに図書館のブックポストに返却に行きました。ということはもう手持ちの図書館の本は1冊もありません。
▼チケットプレゼントですが、遠慮の塊のような読者からはほとんどお申込がありません。あと数枚ありますので、ご希望の方はこれをご覧になったら今すぐ高地の携帯メールでご連絡下さい。本日中に速達で投函すれば間に合うと思います。メルマガの感想もお待ちしています。
▼昨日昼頃ですが某役所まで出かけました。道路を歩いていると昼休みなので、旧知のGさんが弁当をぶら下げて歩いていました。あとでお聞きすると、食堂の昼食の味は飽きてしまったので、コンビニ弁当か、オリジン弁当を食べる。たまに妻の機嫌が良いと1ヶ月に1回くらい弁当を作ってくれる。とのことでした。わたしは、だとするならば、「どうしたら奥さんの機嫌がよいか学習して、毎日機嫌がよくなる方法を探り出したらどうですか」とお話したが、Gさんは「うーん」と言ったきりでした。さらにOさんは成東の落雷事故は俺の隣村だ、とおっしゃる。「今も向こうから通っていらっしゃるんですか?」と聞くと、「いやこっちに住んでいる」とのころ。それから落雷を防ぐ方法に話題は移った。じゃあ海に入っている時はどうするか?ずっと潜っていれば良いらしい。どうやって息を継ぐの?口だけ海から出すの?いや出した部分に落ちるらしいというバカげた話になってしまった。この場合の対策の正解は、カミナリが近づいたら即、海から出ること以外にない。
▼朝刊(朝日10面)でシャラポアの談話がでていた。「ニューヨークのファンは判官びいき。それは分かっている」。ニューヨークやアメリカに判官はいたのか?判官の理由は分かるのだろうか、と心配になった。その意味はみなさんご存知のように「〔源義経が兄頼朝に滅ぼされたのに人々が同情したことから〕弱者や薄幸の者に同情し味方すること。また、その気持ち。はんがんびいき。」(goo電子辞書)だ。アメリカ映画を見ていると日本語訳はかなりいい加減なのがあることは事実だ。例えばたしか「シン・デッド・ライン」でショーン・ペンは、「これで日本軍のオダブツだ」というのがあった。いつからアメリカは仏教国になったのだろうと思った。シャラポアは「double OK」ではなく、この場合「New Yorker is yoshitsune OK」と言ったとか。
▼NHKBS6ch日曜夜10「アメリカはなぜ戦うのか」(why we figth)上下2回シリーズの再放送)があった。1部は「巨大化する軍産共同体」だったが、録画の失敗で音声は入らなかった。2部は午後11時からだったが、おりからの東京地方の大雨でBSはノイズだけでまったく録画にならなかった。いずれ再々放送を見たらご報告したい。

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September 05, 2005

NHK「沖縄・よみがえる戦場」を見る

▼昨日はある医学関係の学会に出席する事だった。専門用語がたくさんでてくるので出席させていただいてパワーポイントで図示されるものなどを全部書き留めておかないとあとで困る。日本語は当然ことながら何とか分かるが、英語は早口でしゃべられるともう見当がつかない。それでもドイツ語がでないだけ、よしとすべきかもしれない。ある病気がなぜ起きるかという、臨床における数々の実験と、肥満の因果関係を確立しようとして、今年で5年目になる。結論を一言だけいうと、「食べ過ぎは寿命を縮める」という事だ。
▼わたしの住んでいるのは墨田区だが、通勤するには200mほど歩くと、もうほとんど江東区を歩くことになる。すると衆議院議員選挙のポスターの掲示板が目に入る。江東区の場合、掲示板には3枚のポスターが貼ってある。さすがに今回はあのカメレオンマンは立候補していない。以前川柳で「いは俺はどこの党だと秘書に聞き」というのがあったが、これはこの人のことを詠んだと言われていた。それでポスターであるが有力2候補はいずれもこぶしを胸の辺で握って見せる。現職の一人はいつも安っぽい素人写真で、こぶしに加齢によるシミが浮き出ている。もう一人は撮影にもかなりカネのかかったポスターで、こぶしはちゃんと修正されている。そして残る圏外の一人はと言えばちょっと自信なさそうな顔が映っている。そこでわたしは考えたのだが、最後の一人はじゃんけんの「パー」のポーズで登場したらどうかと思った。他の二人がグーだから、パーは絶対勝つのだ。
▼NHK地上波3日夜「沖縄・よみがえる戦場、地上戦の苛酷な体験」日本ジャーナリスト会議賞受賞を見た。登場するのは45年6月の沖縄読谷村だ。米軍はここにある日本軍の飛行場を狙っていた。つまりここを占領して本土爆撃の基地にしようとしていたのだ。最初に登場したのはサトウキビ畑で働く86歳の老婆だ。彼女は壕に非難していて、日本軍の命令で5歳の我が子を絞め殺した。そのほかたまたま米軍が残していった食料を食べていたら、日本兵が来て「俺たちより美味いものを食っている」として男性を子どもたちの目の前で刺し殺す。それを見ていて妹に、父の死んでいく場面を告白した途端、精神に異常を来して40年も治らない男性。読谷村ではこの戦闘の記録を風化させてはならないとして、17年かかって聞き語りをテープに記録したりしてようやく出版にこぎつける。日本軍の極秘文書も発見されるが、沖縄を捨て石にする方針がはっきり書かれている。サトウキビ畑の葉がざわざわ音を立てるなか、最初に登場した老婆は悲しみを忘れようとするかのように、きょうもセッセと草むしりをする。日本軍によってい自決を余儀なくされ、身体と心に多くの傷を持ちながら生き残った人々による告発の記録であった。
▼住民を敵視するというのは日本軍の伝統なのだろか?イラクに復興支援に行っている米軍も、よその国の支援どころではなく、ルイジアナ州の復興支援するために州兵を呼び戻さないと、ブッシュ政権の足下も危なくなってきた。

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September 04, 2005

スーツよりもサングラス

tokkoubana
家の近くに咲いていた特攻花、ことオオキンケイギク
▼昨日仙台から来た旧友と会うのは7,8年ぶりである。前回はわたしが仙台に行った時駅まで迎えに来てくれた。この時、居酒屋を2軒ほどハシゴした。彼は楽天球場と同じ駅に居住しているが、まだ一度も見に行ったことはないという。何か消化試合のときは半額で見ることができるらしい。しかし最下位のチームにも野球にもあまり興味がないという。家でちょっと話てから、せっかく亀戸まで来たので、「亀戸でなければ食べられないもの」を食べていただくべく、近くの小料理屋に行った。何?あなたも行きたい?連れていくかどうかは友情の度合い、『鍵盤乱麻』への貢献度によって異なる。何年も年賀状はおろかメールも来ない人は無視する。年に一度年賀状をいただける人は場所をメールか手紙でお教えする。あと貢献度によって、店の入り口まで連れていくだけ。一緒に食べて割り勘、ご馳走とランクが異なってくる。昨日の場合は最後になる。実はここ、亀戸でしか食べられない「亀戸ダイコン」というものがある。
▼蔵前通りと十三間通りがクロスする千葉より10mの位置にその小料理屋「升本」はある。昼定食はアサリを主体にした丼、せいろ飯、など三種類があり、辛みがある亀戸大根はみそ汁の他漬物、野菜スティックで食べる事ができる。お土産に「大根饅頭」を持っていって貰おうと思ったが、時間的にまだできていないので間に合わなかった。彼はその後赤阪に行きたいという。どこ?と聞いたらホテルニューオータニの中にある、何かとても美味しいケーキのようなものがあって(甘い物は好きだが、食べられないのでちゃんと聞かなかった、残念)インターネットで調べると、ここオータニのものが最高に美味しいのだという。彼にはJR四谷で降りるように話してそこで別れた。わたしはまず、新宿東急ハンズに行った。先日銀行の待ち時間に女性週刊誌を見ていたら、バッグの整理グッズというものがでていた。インターネットで調べたら、東急ハンズにあるというので、一番小振りな安価な物を買ったが、単なる袋でも代用できるような気がする。そして南青山のいつものパン屋さん。店長さんに「きょうはどうしたのですか?」と聞かれる。通常は日曜日の午後映画を一本見終わってから行くので、不思議な顔をされた。「日曜日仕事があるので」とお話ししたら納得された。
▼一週間ぶりに秋葉原に立ち寄った。定期券を持たないという事は無駄にあちこち立ち寄りすることがなくなって、とても良い。後期授業が始まるのが21日だからその週になったら定期券は買おうと思っている。仙台の友人はSuicaを使ってキヨスクで買い物をしたら、消費税の半端な数字が消えないので気持ち悪くて仕方ないと言っていた。何か几帳面な人なのである。最近は秋葉原で1000円代の掘り出し物DVDを買うのが楽しみだ。メル・ギプソンの「フォーエバー・ヤング」が980円だったので買った。これは海野十三の「30年後の世界」に似ている話なので好きだ。
▼そして錦糸町で下車して自分用のパンを買う。南青山のパンは普通の3倍はするので、とてもわたしの口には入らない。そこで駅構内にある、神戸屋キッチンのを買う。だが一つだけの店のパンを何年も食べていると飽きる。最近は船橋東武デパートの地下にある、ポンパドールにも行くようにしている。船橋西武デパート地下にあるアンデルセンにも行ったが、あのパンはゴテゴテしていてあまりわたしの口には合わない。そしてついでにもう40年近く通っている眼鏡屋さんに行く。実はこの夏に入る前からサングラスを新調しようと考えていたが決心が付かなかった。わたしはコンタクトレンズは目に悪いと思うから使った事はない。したがってサングラスも度付きでなければならない。今も2個持っているが、一つは型がいかにも旧式で、実家の車のダッシュボードに放り込んである。こっちにあるのは実は二焦点レンズのフレームで使っていたものだ。二焦点レンズは頭がクラクラするから、外してサングラスにした。だからデザインが平凡というかおとなしく、怪しい雰囲気がない。マトリックスのネオのようなのがいいのだが、極端なカーブフレームに度はつけられない。レイバンなどで1万5千円も出せば格好が良い物はたくさんあるのだが、度はつかないのだ。あれこれメガネやさんと相談して、かなり気に入ったデザインのフレームにレンズは特注で大きくカーブをつけて貰うことにした。それだけ払うなら、もっとマシなスーツでも作れ、と言われそうだが、わたしにはサングラスの方が大切なのである。まぁ土日はこんな話でカンベンして下さい。
▼明日『鍵盤乱麻』メルマガ締め切り日です。

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September 03, 2005

ヘンリー・フォンダ最後の「黄昏」見る

▼昨日「戦艦ポチョムキン」を見たと書いたら、某読者から「編集長はポチョムキンが嫌いの筈だったのでは。疱疹で頭がおかしくなってしまったんでは…」という携帯メールをいただいた。そこで多少言い訳(ご本人にはすでにお送りした)を書かせていただく。「戦艦ポチョムキン」は今まで最後まで通して見たことは一度もなかった。あの階段を乳母車が落ちていくシーンでイヤになってしまったらだ。今回はハリウッドが、エイゼンシュタインをどう学んだのか知りたかったからだ。ポチョムキンは艦長をやっつけて、市民との連帯を果たす。それがポチョムキンに食料が運び込まれる場面で記号的に表される。さらにロシアの駆逐艦が向かって来て、あわや一戦を交える所まで来る。お互いに相手の位置を確認する計測を始める。そして主砲を相手に向け、「味方になれ」と手旗信号を送る。まぁここら辺まではセオリー通りなのだが、コミュニケーションも取る手段もないのに、駆逐艦がポチョムキンの味方になってしまうのが、どうも納得いかないと思った。心理描写というより、動きだけを強調するアジテーションの手法に思えた。
▼昼間はヘンリー・フォンダ最後の映画「黄昏」、ライザ・ミネリーの「キャバレー」、そしてケビン・スペイシーの「ギャングスター・ナンバー1」を見た。最後の「…ナンバー1」にはギャングの手下の運転手役に今をときめく、コリン・ファレルがでていた。時間がないので「黄昏」だけ書く。この映画は公開当時たしか日比谷のみゆき座で見た覚えがある。当時はそれほど感じなかったけど、この歳になって来ると年老いたフォンダの心境がよく分かってくる。湖の畔の別荘で妻のキャサリン・ヘップバーンと二人で暮らすフォンダ。ここからは現実のフォンダの生き方とオーバーラップするのだが、娘のジェーンとしっくり行っていない。それは大学教授を辞めたあと、気むずかしく、何かと怒りっぽく、思いこみが激しく自己中心の行動をするので、妻以外からは嫌われている。そんなところに再婚しようとしている歯科医とその息子がやって来る。そして1ヵ月息子を預かって欲しいと頼んでいく。最初はうまく行かなかった元教授と孫のような二人だったが、湖でレインボートラウトの釣りをするうちに、本音をぶつけ合って心を開いていくという話。だれでも体力がなくなると行動する事に自信がなくなり、自分中心に動き回りたくなる。だがそこを行動的な妻の献身的な努力で、一歩一歩困難を乗り越えて、人生の終末を迎えようとしている。そして長い間真っ正面から向かい合って話すことができなかった娘とも、ようやくコミュニケーションができるようになる。
▼これを見てふと「八月の鯨」を見たくなった。しかしこれはDVDどころかもうビデオでも発売されていない。
▼きょうは仙台から旧友が訪ねて来るので、一日接待をするので、これで終わり。身体は痒くなってきたので、かなり疱疹のかさぶたが固まって来ていると思う。

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September 02, 2005

「カッティング・エッジ」を見る

▼薬剤師さんがおっしゃる一粒150ほどの「高い薬」を毎食後2粒も飲んでいるので、痛みはかなり納まってきた。昨日も多少出歩いたり、電話で来週の仕事の日程の確定をしていた。31日はわたしより2つ年上の人が亡くなったというファクスが入った。そして朝、共通の知人から「どうする」という電話が入ったので、「遠いのでちょっといけそうにないから、弔電で失礼する」とお話しした。ガンだったそうだが、それにしても早すぎる死である。
▼先週木曜日午後だったが、NHKBSで「カッティング・エッジ/映画編集者の仕事とは」という1時間半のアメリカのドキュメンタリーを再放映していたので、録画して見た。とくにお断りしない限り、すでにご紹介したように、4台の録画機器を総動員して面白いドキュメンタリーはすべて記録し、1週間以内に見終わるようにしている。だがはっきり言って、4台も一斉に作動すると部屋の温度はかなり上がる。映画というのは監督が全部作業をするのではない。監督は言ってみれば、現場監督のようなもので、手順によって俳優を使って予算内で映画を撮影する能力が要求される。それよりも映画の出来不出来は、その後ののフィルムを切り貼りする編集者の力に左右される。
▼歴史的に見れば、このようなフィルムに実際ハサミを入れて切ったり貼ったりする、緻密な根気のいる作業は女性に向いている仕事と言われていた。ところが編集によって営業成績に大きな影響が出てくることに、経営者は気づいて男性に編集をさせるようになる。ある女性は「例えば性の表現に関して言えば、イマジネーションで表すのが映画で、直接的な表現はポルノ」と指摘する。「俺たちに明日はない」で、最初の二人の出会いシーンを使って説明していたが、なるほどと思わせる。そして現代はデジタル編集で、他のシーンから一人抜き出して貼り付けるなども自由自在であり、「コールド・マウンテン」を使って説明していた。番組では、このようなモンタージュ手法は、元々ソ連で研究されたという。それはレーニンなどがロシア革命を起こしたあと、学校で学ぶ機会がなかった農民などに、「革命の正しさ」を教える目的で徹底的に研究された。とくにエイゼンシュタインは、その技術を極めた人である、と「戦艦ポチョムキン」を使って説明した。
▼そのエイゼンシュタインの手法を徹底的に研究したのが、ハリウッドで現在の映画作りに活用されている。「戦艦ポチョムキン」と「アンタッチャブル」のボルティモア駅の階段シーンの近似というかはっきりあれはパクリ。最近ヒチコックの「見知らぬ乗客」(米国版)を見ていたら、同じ階段が出てきたので驚いた。まぁそんな訳で自宅では、上記「戦艦ポチョムキン」と、「マグノリアの花たち」、92年トム・ハンクスの「プリティー・リーグ」を見ていました。きょうは溜まっている本を読まなければ。昨日の朝日夕刊に大阪府立大の細見和之助教授が「中島みゆきデビュー30周年/困難な時代導く『誕生』ハンナ・アーレントに共鳴」という面白い論文を書いていたが、難解だった。

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September 01, 2005

水冷式機関銃かパソコンか?

▼月末なので寝ている訳にもいかず、昨日から引き続きの仕事の点検をしてから、いくつかの金融機関に行った。暑かったが、これを全部徒歩で回ると4kmくらいにはなる。「読者のたより」欄に鵜の目さんから「録画をがんがん」見ない方が良いとアドバイスをいただいた。だが見た1本、78年にアカデミー賞を受けた◆「帰郷」は、先日来書いている「アーカンソー州兵」に登場する人物の運命と酷似しているので考えさせられる。サリー(ジェーン・フォンダ)は夫がいま正にベトナムへ職業軍人の大尉として、出征するところだ。彼は手柄を立てて「少尉」になることを夢見ている。夫の出征中は軍人の官舎を出され民間のアパートに移る。そしてヒマなので基地のなかにある病院にボランティアに行く。そこで高校時代のクラスメイト、ルークが下半身不随になって、やけくそになって治療をしている。親身になって世話をしていくうちにルークは次第に心を開いていく。そして休暇になった夫は香港まで来るように言われ、出かけていくが、現地の人々に対する蔑視に違和感を覚える。そしてベトナム反戦に目覚めていくルークとはより親密さを増していく。そして夫の帰郷、夫はサリーが自分とはすっかり価値観が違っていることに気づく。
▼おりからアメリカではイラクでの息子の戦死に抗議して、大統領に面会を求めている母、シンディ・シーハンさんの事が話題になっている。TVを見ていたら、シーハンさんに賛成する集会が開かれていた。するとその近くでブッシュを支持するやつらの集会があり、「もし敵がアメリカに上陸してきたらどうするのか」と気勢を上げていた。しかし、日本の北朝鮮の「侵攻」説もそうなのだが、それらは全部非現実的なのだ。上陸するためには、多数の人員輸送用の船、護衛艦から潜水艦、そして空からも戦闘機を使ってそれらを護衛しなければならない。そんな事ができるのは、今地球上ではアメリカとイギリスしかない。
▼海上自衛隊の重機関銃の暴発事故の原因が発表された。銃身を交換するとききちんとセットされなかったことが理由だとされる。つまり重機関銃は4000発くらい撃つと、銃身が過熱して弾が撃てなくなってしまう。そこで銃身を交換することが考えられた。それを最初に始めたのはナチスドイツのMG34という重機関銃だ。それまではチェコのマキシムとか、水冷式のものが主流を占めていたが、それも現実的ではなく、この銃身交換という画期的な方法が考えられた。海上自衛隊の12.7mm重機関銃 はM2と呼ばれ50口径なので、通称キャリバー50(フィフティー)と呼ばれる。 これは何と価格:約547万円もする高価なおもちゃである。FNなど外国の同等品を買えば、5分の1で済むのだ。
▼ところで今使っているメインの自作パソコンはもうすぐ3年目になる。HDDも壊れる目安は3年だというから、そろそろ買い換え時かと思って色々考えている。自作のは仕事に熱中しているときは、まったく音など気にならないが、もう夜は音がうるさくて、電源を入れるのがイヤになってしまう。そこで思案している次期トップの製品はNECの水冷式パソコンである。CPUをファンではなく、水冷するので音はしない。今度こそこれが良いかも知れない。

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