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September 17, 2005

「戦争と人間」第3部の下を見る

▼昨日目の前で嫌な場面を目撃してしまった。夕方家の前の明治通りと江戸通りの交差点なのだが、犬を抱えた老婦人二人が道路と歩道の草むらに、生後1ヵ月位で身長15センチくらいのノラの茶色の仔猫を見つけて、「キャー可愛い」などと嬌声を上げていた。所がおそらく抱かれている犬に驚いた仔猫は、交通量の多い、道路の方に逃げ出してしまった。わたしも道路に飛び出して車を制止しようと思ったが、ここはよく人のはねられる所だ。そうする間もなく、最初の車はやり過ごしたが、2台目が身体の一部を引き、仔猫が痙攣をしていることろに次々の車は押し寄せて、すぐに動かなくなってしまった。老婦人たちは自分のペットを抱きしめて「もう目を開けて見ていられない」と、言っていたが彼女たちが犬を抱いたまま、仔猫を呼ばなければ助かったのにと思わずにいられない。そしてドライバーもどこに目をつけて走っているのかと思った。動いているものを見たらスピードを下げるか、止まれよな。ペットだって飼い犬だって命の大切さには代わりないじゃないか。
▼それにつけ先日の体長50cmのニシキヘビが逃げたという事のバカ報道。50cmくらいの蛇なんて、ヤマカガシに、シマヘビなどうちの田舎にはいくらでもいるよ。それに人畜無害のニシキヘビだというではないか。サソリが2匹でたというのもおかしい。もっと大事な鳥のインフルエンザ、卵のニセワクチンなど「風評被害が出る」などと腰が引けたこと言わないでちゃんと報道しよろ。こっちの方を隠しておくほうが犯罪だよ。
▼いよいよ3部の下だ。標(しめぎ)耕平(山本圭)は中国の小さな村の掃討作戦に出撃する。ちょうどベトナム戦争のソンミ村の事件そっくりだ。家に火を放ち、動く者全部を殺せという上官の命令。殺された老人のそばで泣き叫ぶ、小さな少女を「撃て」と命令されたとき、標は断固として「撃てません」と拒否したため、上官から半殺しの目に合う。折から八路軍が来たため、日本兵は逆に殲滅され、標は死体同然だったたことと、中国人から上上官に抵抗していた証言があったため助けられる。そして、脱走日本兵で組織された、反日同盟に身を投じることになる。
▼そして北小路は入隊し射撃の腕が良かったため、狙撃兵としてソ満国境に配属される。第一次ノモンハン事件がおきるが、それは軍部の自己中心的なご都合主義の分析と、関東軍の独走を許したため起きた事件だった。司令官たちは参謀たちの責任のなすりつけによって次々自決を強制される。この戦争場面は当時ソ連軍の強力のもと、現地でロケしたからT34戦車群の迫力は大したものだ。もっとも一部のフィルムは「ヨーロッパの解放」からの転用でもある。できうればスターリンオルガンに登場して欲しかったが、それも凄い。生き残った北小路が戦友と一緒に水を求めて戦場をさまよう。そして「あっマキシムだ」と水冷式マキシム機関銃を探して、栓をを抜いて「油くさいなー」と言いながら水を飲む場面は、かなり訴えるものがある。
▼前後するが国内でセツルメント活動をする小百合の所に標耕平の戦死公報が届く、「あれほど生きて返る」と方を落とす彼女。数日後彼女の所に憲兵隊がやってきて有無を言わせずに家宅捜索を始めている。「何か書類や手紙を隠していないか」と詰問する隊長、探し当てた一枚の手紙は、戦争に参加したことを悔いた告白が書いてあり、憲兵が読み上げるまでもなく、彼女はその文面をそらんじていた。このシーンは涙が止まらなかったです。そして小百合は憲兵隊の捜索は耕平が中国で生きているから、彼らが来たのだと直感する。
▼映画は昭和14年でノモンハン事件で死亡した兵士たちが業火のような荼毘に付され、軍人勅諭の朗読がながれる場面で終わる。

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