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September 24, 2005

ガンと闘っていた親友Tの死

▼21日の夕方だったが自宅の電話が鳴った。自宅の電話何かのセールスが圧倒的に多いので平日の昼間は受話器を取らないようにしている。この日何か妙な胸騒ぎがして受話器をあげると、高校時代の友人で大学も一緒だったNからだった。内容な虎ノ門病院に転院してガン治療をしていたTが死亡したという話だった。「お前はTと親しかったから灰寄せにでるように」という。Tのことは今年初めから書いているが、佐久総合病院に7月末まで治療を続けていた。一旦退院するという携帯メールが来て、文末に「首を長くして待っている」とあったので退院した翌日彼のログハウスに会いに行った。それからしばらくして、入院中のお礼として「これから最後の望みをかけて虎ノ門病院い入る」と一枚のCDが送られてきた。
▼22日大黒屋で安売りチケットを買って、「みどりの窓口」の脇にある端末を自分で使って予約したのだが、東京駅で乗ろうとすると、チケットにアル8時19分という列車がない。係の女性に切符を見せるとそれは上りの「佐久平→東京」のチケットだった。うっかり間違えてしまったのだ。係員は8時12分のは全席指定だから、デッキに立っていって下さいと教えてくれた。普段スーツとかネクタイをする習慣のないわたしにはとても辛い、この日は汗ばむ程の佐久平だった。実家に1時間半ほど立ち寄り、母から頼まれていた玄米の精米をして、早い昼食を食べて小海線に乗る。斎場は「JAやすらぎの里」というのだが、電話で確認すると、独立行政法人長野牧場の近くだという。歩いて行くと言ったら、係員は「歩くんですか?」と驚愕していた。歩いても30分はかかるまいと歩き始めた。牧場を過ぎて左折するとトヨタの4WDサーファーが道の途中でエンストを起こしているみたいだった。それを無視して歩いていると、その車がUターンしてわたしを追いかけてきた。
▼窓から首を出したのは同窓生のIだった。「どうも白髪頭だが高地に似ている」と思って間違った道をあるいているわたしを追いかけて車に乗せてくれた。よくぞ見つけてくれたと感謝した。Tの葬儀は神道式だった。同窓生は仏式は戒名にカネがかかるが神道は5000円ですむからやる人が多いということだった。榊を捧げ、二礼、二柏手(音は出さない)そして一礼するだけ。式場の入り口に高校時代の友人七人くらいで撮影した写真が掲示されていたが、そのうち二人はもう存命していなかった。3時20分から「直会会」(なおえかい)とよばれる、仏式の本人をしのぶ集いが開かれる予定だったが、開会はなぜか1時間ほど遅れた。そして「会」そのものも神官の発声による献杯に移るまで1時間ほどあった。田中康夫長野県知事からも原稿用紙3枚くらい約1000字ほどの「弔辞」が寄せられていた。その後飯田市にいる友人が長い挨拶に立ったが、その中でも知事が直接虎ノ門病院の院長に電話して「Tを何とか助けてやってほしい」と言ったことが紹介された。
▼佐久でいう灰寄せと言うのは初めて聞いたが、関東地方でいう所謂「精進払い」であった。わたしはT夫人の姉が中学校の同級生であることを知っていた。食べ葉虐めて落ち着いた時に席順を事前にチェックしていたので、挨拶に行った。わたしのことはすっかり忘れていたらしく、同級生の名前を一人ひとり挙げていくうちに何とか同級生であるこだけは思いだしてくれたらしい。そして15分くらいしてわたしの席にやってきて、「高地さんて色白で無口な方でしたよね」と言ってくれた。みなさんどうです?わたしは女性と話をする機会もなく青春時代を過ごしてきた、色白で無口な男だったことが証明されたでしょう。
▼会葬御礼のハガキととももに現代詩人だったTが8月10日夜に作った最後の手書きの詩が配られた。
「蝶々 小学校の頃ではなかったか 農具小屋だった建物に住んでいた私は本家の庭を舞う揚羽蝶がうらやましかった これは中学に入り立ての頃ではなかったか 冬間近の稲藁を積んだ田んぼで <しじみ蝶>と題する歌詞を書いた事があった これは20歳代後半ではないか 海を渡る蝶々の話を読んで その情景がくっきりと浮かんだのを覚えている こんなことを思いだしているのは 今年の春から夏にかけて 我が家の庭で蝶々を見かけることが多かったからだ モンシロチョウ、モンキ、アゲハ、シジミチョウ山野草の種類が増えてきたからなのか ひらひらと花びらを舞うその姿は 幸福を運んでくれているようなのだ 思わず嬉しくなって<ありがとう>と声に出したくなる程 それは素敵なシーンだった   (2005,8,10 夜)
▼帰り際喪主であった子息に挨拶をした新宿の某デパートに勤務していることが分かったので、「わたしの従兄弟もそこにいる」と名前を告げると「エー僕のすぐ近くに座って人事課の仕事をしています」というので、つくづく世の中は狭いものだと思った。
▼Tがわたしに贈ってくれたのはジョシュワ・ベルの「ツゴイネルワイゼン、ヴァイオリン名曲集」で、今この時間も彼のことを思って聴いている。

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