某市廃棄物処分場を体験する
▼金曜夜も少々飲んでしまったが、約束の時間があいまいだった。MINさんとはたしか午前9時事務所前と約束したとおもう。家族にはカレンダーの予定表に10時だとあるが、何か間違いではないかと言われる。だが10時にトラックが来るから、その前の9時にしたはずだ。このことから今朝、家族からは若年性認知症というのもあるから一度、「脳ドッグ」で見て貰った方が良いと言われた。家族は10時だと思っていたから、朝食は間に合わなかった。これはわたしが金曜日夜に時間を勝手に早めたのに、そのことを家族にしっかり伝えなかったことが原因である。だから認知症ではないと思う。西千葉を下りて駅前のローソンでサンドイッチ牛乳、45リットルのゴミ袋を買って歩きながら食べて事務所に向かう。するとすでにMINさん夫妻、ハマちゃん父子がいるのでびっくり仰天した。ハマちゃんには冷蔵庫とパソコンのデータを消してからお渡しした。
▼しばらくしてこんどはニシさん父子(お嬢さん)が見えたので、またびっくりした。ここに引っ越したのは確か5年ほど前のことだった。轟町のマンションから1kmもない弥生町に引っ越すのに、アート引越センターを使ったが、何と40万円もした。事務所にそんな大金はなかったので、これは何とか自分で立て替えた。しかし今回は原則としてすべてのモノをゼロにしなければならない。色々な方に声を掛けて15年以上使い、減価償却の終わっている什器備品を引き取ってもらう方法を模索した。それにはニシさんが、骨を折ってくださって、わたしが九州に行っているとき長距離電話で、基本的に話がついた。事務所を開設して間もない、N職業スペシャリストがほとんど引き取ってくださることになった。
▼Nさんも見えて車に積み込むまで約1時間半。スチールの机は某所のものと入れ替え、古いものを某所に運ぶ。某所とはスチール製品をプレスするところで、行ったら車なども全部プレスする大型プラントがあって驚いた。ここもF氏の口利きで無料で引き取ってもらえた。さらに残った物はニシさんの口利きで某市、処分場へ運び込んだ。まず新聞、雑誌、布、段ボールに分類するので、係員が見張っているなか4人が手分けして分類する。次がプラスティック、ゴム、次がガラス、瓶類、最後にその他燃えるもの一般だ。大きな処分場の中を大型トラックでグルグル回って4人は汗だくまっ黒になりながら午後4時半頃に作業を終えた。
▼処分場には入り口のトラックごと計る計量器の所でブルーシートをめくって点検されたが、事前に処分したスチール、パソコン類が一切なかったので、申告通り家庭ゴミと認定された。だから最後にすべて終わって計量所で計って支払った金額は、ここに書くことができないものだった。後わたしが負担させていただいたのは2台の車のガソリン代だけだった。これを全部業者に依頼したらおそらく20万円はかかったと思う。友人たち、ご家族の暖かい援助とご協力に本当に頭が下がる一日だった。
▼最後の処分場で残ったものを処理口から放り投げていると、ニシさんが「高地さん寂しくない?」とおっしゃったが、わたしは「いやー、肩の荷が下りてホッとした」というのが率直な感想ですと申し上げた。後は不動産屋さんに「10月末で出たい」と言ったら「1ヶ月早いですね。大家さんと交渉してから返事します」と露骨に嫌な顔をされたので、一戦交えなければならない。さらに退出するときの査定がどうなるか?
▼この3、4日新聞をまったく見なかった。金曜日夜だったが、家族に今起きている特徴的な事柄を、一言で教えてくれと頼んだ。トヨタ、富士重工、GM、村上ファンドの阪神球団上場問題、アメリカの輸入牛肉の解禁問題、ホワイトソックスの井口が逆転3ランホームランを打ったことだという。昨晩は4日分の新聞をじっくり読むことができた。ただ身体の節々はかなり痛い。
Comments