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November 30, 2005

「めくら判」は放送禁止用語だと

▼まずは『鍵盤乱麻』大忘年会のお知らせ。
12月10日(土)午後5時からMINさん宅をお借りして行います。出席される方は事前に高地までご一報下さい。今回からはMINさん宅をお借りして行いますので、材料が余ったり、不足したりご迷惑をおかけする訳にはいきません。事前に人数を把握したいと思います。参加条件ですが、1品持ち寄りで会費1000円です。また買い出しなどにご協力いただける方は午後4時に起こし下さい。場所をご存知ない方には事前に地図を添付ファイルでお送りします。
▼昨日午後かかってきた「パソコン相談」M台のSさんで以前に電話を下さったというが、こちらは覚えていない。主旨はAスキー社の年賀状ソフト1500円なりを買った。それを自分で使おうと思った。スミに作者の名前が入ってるが消えない、というものだった。まず、ご自分が使っているパソコンメーカーのF通に電話したが「分からない」と断られる。次にAスキー社に電話したが、分からないけど著作権上の問題で消えないように作ってあるのだろう、という返事だった。そこで諦めていただければ良いのだが、そんな話をわたしに持って来られても困る。腕がよければイラストレーターなどで消せるのだが、そんなソフトはなさそうだ。しかも転送で携帯電話代こちらもちで10分も粘られる。インターネットでプリンターメーカーの無料ソフトがあるはずだから、それをお使いになったらどうですか、とお答えした。
▼てんぐささんのデジカメで撮った奈良の鹿、うーむもっと近寄って欲しかったです。わたしの山羊はかなり寄っていまして、山羊に威嚇されシャッターを押した次の瞬間一歩のけぞりました。しかしてんぐささんのカメラは何をお使いなのでしょう。サイズが普通とは違って横長です。先日渋谷でもらったカメラカタログは実はもう一つあってキャノンのEOS5Dもありました。これはデジカメ一眼レフで画期的な製品なのです。いままでデジカメのCCD受光部は35ミリカメラに比較して3分の2くらいしかありませんでした。だから実際に写るのは広角レンズの14ミリと言っても35ミリの28くらいしかありません。今度は掛け値なしのフルサイズ。しかし値段も張って本体価格で35万円もします。わたしは今写真だけで食っている訳でもありません。ご承知のようにこのトップページにコンパクトデジカメを使っても、一眼デジカメを使っても、お気づきにならないのか反応はまずありません。12月16日にはニコンの新製品も発売になりますが画素数こそ1000を超えますが、CCD部分は変化なさそうです。あと2年も待てばレンズ付きで20万円台になるのは見えていますから、じっと待つかです。それに週刊アスキー12月6日号によると、スパタ斉藤のこのカメラのレポートが載っており、広角を使ったとき周辺部に光量落ちがあると書かれています。もっとも大きく拡大しない限り問題はないでしょうが。わたしは35ミリフィルムのとき、超広角24ミリレンスを使った撮影が得意だったので、これをもう一度やってみたいと思っている。
▼◇「ドア・イン・ザ・フロア」大学教授で児童文学作家の夫テッドと結婚しているマリアンは実は長い間別居生活を送っている。二人の間には4歳くらいの娘ルースがいるが、夏休みの間ベビーシッターを雇って父の元で暮らしている。その夏休みの間テッドは教え子のエディを作文指導と、自分が免停になっているので運手手代わりにアルバイトとして雇用する。妻のマリアンが夫と別居したきっかけには大きな事故があったことが最後に分かる。学生のエディは母と同じくらいの年が違うマリアンに常にあこがれている。一方テッドは挿絵画家でもあり、近くに住む有閑マダムをヌードモデルとして使っているが、その一方浮気相手にもしている。エディは教授のそんな自分勝手な行動をしていながら、一向に自分の書いた作品に手を入れてくれないので、お抱え運転手をしているだけの生活に欲求不満になっている。エディはさらに夜になるとマリアンの写真を手に入れたり、下着を手に入れて妄想に耽る。そんな彼の心の動きを察知したマリアンは、一緒に食事をする。そして彼が自分のことを心から好きだと思っている事が分かり、事故以来固く心を閉ざしていた気分が次第にほぐれて行く。まだ童貞のエディこそが自分の相手ではないかと思い、ベッドを共にする。くり返される愛の行為はやがて夫の知れる所となるが、実はそれは計算しつくされた計画だったのだ。
▼実は夫婦の心が離れていった事件とは数年前の冬17歳と15歳の息子が運転していた乗用車が、除雪車に追突され二人の息子が同時に死亡したことから、トラウマとなってしまった。夫婦の心の絆は固くもあるが、ふとしたきっかけで再びよりが戻らなくなってしまう事もある。その多くは自分の身内とりわけ、息子や娘の死が直結する事が多いようだ。テッドは夏休み中死亡した息子にそっくりのエディをアルバイトとして捜し出し、妻の固く閉ざした心を解きほぐそうと考えていた。テッドは有閑マダムに追い払われ、エディは夏休みが終わって来たときと同じフェリー乗り場へと戻っていく。そしてテッドの家では有閑マダムに解雇されて庭師が、一人娘のルースとともに庭造りに励む。「サイダー・ハウス・ルール」のジョン・アーヴィングの原作。地味だが大人の夫婦のあり方を考えさせる作品。恵比寿ガーデンシネマ。
▼今朝TBSラジオを聞いていたら例の「ヒューザー」事件の国会参考人招致の件で嶌信彦が思わず「めくら判」と言ってしまい。すぐアナウンサーが「不適切な表現でした」と謝罪コメントが出た。こういう別の言い回しって何だろう。

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November 29, 2005

ハシビロコウの取材原稿

▼本当はもう一日寝ていたいところだ。まだ足下はふらつき食欲も戻ってはいない。しかし今朝の仕事は外せない。半日出勤して後は寝ていよう。明日が学校の講義もあるし。まだ集中して原稿を書けないので、以下日曜に頼まれて書いた原稿をご紹介する。
▼ハシビロコウ(クチバシが広いコウノトリという意味)
千葉市動物公園に珍しい鳥がいるという。話によるとジッとして動かないのだそうだ。これは写真を撮る被写体としても絶好ではないか。南門で場所を確認する。するといたいた、一見何かの恐竜のようにも見える。コウノトリ科で誕生したのはウガンダとある。千葉市はウガンダと姉妹都市なのでそこから贈られたという。クチバシが巨大なので重くて歩くのは難しいのではないかと思える。動かないと云う前宣伝を期待して行ったが、結構ちょこまか動き回るので、シャッターを押すタイミングが難しい。金網の穴にレンズを持っていって線がジャマにならないようにした。それにしても何故動かないのか?それは展示室のビデオを見て氷塊した。エサの魚を取る知恵なのだ。動きが速かったり翼が小さな鳥は、上空から水面めがけて突入してパクッと取ることができる。ところがなにせこの図体である。死んだふりというのがあるが、地蔵さんのように水辺でジッと突っ立っている。そして魚影を見た瞬間サッとクチバシを突っ込んで魚をくわえるのだ。この捕食の方法はゴイサギとまったく同じである。そこで分かった、魚がいない動物園の檻にあって、魚は飼育係の人からもらえるからそんなにジッとしている必要はないわけだ。このハシビロコウは最近まで、千葉市動物公園にしかいない貴重な鳥で、愛好家たちからは「自分が死ぬ前に一度は見たかった」というくらいの垂涎の的だった。今まではコウノトリ科と言われていたが、わたしにはどう見てもペリカンのように見える。そして最近のDNA研究では分類群が、異なるペリカン目に近いのではという報告もあるようだ。帰りに風太君の所に立ち寄ってみた。あの人だかりがしていたウソの様に静まりかえっていて、二匹のレッサーパンダはのんきに追いかけっこをしていた。げに人の気持ちとは移ろいやすいものである。

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November 28, 2005

腹痛で寝込んでしまう。

▼更新が遅れたのは体調が悪かったためだ。昨夜は午後11時過ぎにネタのだが、急に腹痛が襲ってきた。いや昼間から身体がだるかったから、どっちが先か分からない。夕方食べた石狩鍋のせいかもしれない。それとも2日連続で大酒を飲んだので、それが体力が弱っていて腸に来てしまったのかも知れない。熱はなかったが、痛む。数え切れないほどトイレに通った。さすがに朝飯の時は起きる気力もなくそのまま昼近くまで寝ていた。起きあがる気力がないのだ。昼には玄米のおかゆと梅干しだけ食べた。それからまた眠った。そうは言ってもこちらの零細企業は、色々な連絡が電話で入ってくる。締めきりのある仕事を終えて郵便局まで書き留めを出しに行く。それから再び眠った。明日朝は先週からの約束の仕事がある。その後夜の会議が入っているが、これはどうもいけそうにない。

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November 27, 2005

◇「ドア・インザ・フロア」を見る

▲恵比寿ガーデンシネマで上記「ドア・インザ・フロア」を見て、渋谷で時間調整をする。さくらやで「キャノンEOS5D」のカタログをもらう。カメラ屋さんなのにボージョレヌーボを売っていたので、お土産に買う。さらに東急ハンズの文房具売り場などを歩いた。もう来年の手帳を買わなければならない。売り場には「人生を変える手帳」というキャッチコピーで並べられていた手帳があったが、いまさら人生を変えようとも思わないので、見なかった。今朝は横浜の従姉妹の家で更新している。先日の卒寿祝いであったばかりだが、長野の従弟も泊まるというので、お邪魔した。従弟の娘さんが音楽コンクールに来たのだ。そのご一行に娘さんの友人とおっしゃる女子高校生がいた。コンクールの楽譜をめくる係りだという。話をするとM町中学校の出身だということがわかった。では「某教師を知っていますか」とお聞きしたら、サークルの顧問だったという。早速その場で教師をしていた彼の携帯に電話した。彼とはいつも登場する大学時代の親友である。「なぜお前が教え子である彼女と一緒にいるのだ」と怪訝な顔をすることしきりだ。まあ世の中は狭いものである。
▲昨日ろれつが回らないと書いたら、親切な友人がメールを下さった。九州大学のHPで調べて下さって脳梗塞の可能性もあるか至急医者で調べてもらえ、という。それほどひどいわけではないが、薬のせいではないのかなー。今度別の医者に相談しよう。こんなことを書いている場合ではない。締め切りを過ぎた原稿が3本ある。速く家に帰って仕上げなければならない。映画紹介はまた後で。
▼トップページに一の酉画像をアップしました。ご覧下さい。

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November 26, 2005

担当医が信頼できなくなる

▼定期検診に行く。わたしは待っているのが嫌いなので、なるべく朝一番の予約をする。わたしの名前が呼ばれて「検便」を差し出すと、看護師さんは「ファクス見ました、間違っていたんです」とそれを捨てた。そして「半年ごとの検査なので採血、検尿と心電図」と言われた。やはりX線と検便は間違っていたのだ。検査を終えて担当医の診察が始まる。デスクの上にはわたしが送ったファクスが置かれていたが、彼女から指示された検査だったのにもかかわらず、「お詫びの言葉」は一言もなかった。心なしか担当医は皺が多くやつれて見えた。いつものルーチンワークのような聴診器による検査を数分で終え「お変わりありませんか?」と聞かれた。わたしは薬を飲むと脱力感に襲われると言う。すると「食後の服用とか個人差がありますからね。どうしましょう」というだけだ。わたしは薬剤師でもないし「どうしましょう」と言われても答えようがない。これは頼りにならないと思ったのでそれ以上聞くのは止めた。
▼そして薬局へ行ってから薬剤師さんに上記の事を言ってお聞きした。まだ若く目がクリクリした、そう今年からN市で小学校教員をやっているKちゃんみたいだった。彼女はわたしの相談を真剣に聞いて、一旦室内に戻って先輩と相談していた。そして筋肉痛などはありませんか?(これはその薬の一時症状としてインターネットでも書いてある)というから、「それはない」というと、その原因はこのP5mgという薬の可能性がある。一気に止めると危険なので(これもインターネットに出ている)とりあえず3日間止めて、症状がどうだったか記録しておいて次回担当医にご相談下さい。という指示だった。担当医が心もとないから、薬剤師さんにお聞きしたのだが、これはまずいことになってきた。この病院の看護師さんはもの凄く親切である。薬剤師さんも親切だ。薬を渡されたとき「お大事に」と義務で言っているのが、患者が前を立ち去るまでじっと見つめていてくれるかで、それはある程度分かる。だが看護師さんも薬剤師さんも医師に「こうではないですか?」とは言えないであろうことは、十分想像できる。
▼次回の予約は12月28日だ。だがそれまでに違う別の医者を探そうと思う。勉強して医者にかからないと、薬で殺されかねない。実は薬による影響ではないかと思われる身体の不調がもう一ヶ所あるのだ。ここ数ヶ月舌が回らなくなってきている。自分でも発音が不明瞭になってきたな、と思っている。果たしてこれは何が原因なのだろうか?

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November 25, 2005

地方でも確実に広がる介護ビジネス

▼色々あって今月は毎週実家に帰っている。昨日は緊急の仕事もなかったので、とりあえずの用件を片づけるために、日帰りにした。自宅を出る前に新幹線のチケットで、乗る時間をチェックしてそれを財布にしまった(つもりだった)ところが東京駅の改札口について荷物をひっくり返したがチケットは出てこなかった。しかたなく帰りの回数券を使って通り、帰りのチケットは再び現金を払って買った。どこへ行ってしまったのだろう。帰宅して自宅も探したが出てこなかった。もちろん出てきても指定券は使えないが、普通券としては使える。来週役所と打合せをするために、また帰省しなければならないので探している。
▼父と別にされて母が緊急に入っていたのは、K駅前にできたサービス施設だった。前はTデパートだったが、佐久平ができてから客は来なくなってしまったので、ホテルとこのような長期滞在型の施設になっていた。この佐久地方もあちこち施設探しであるくと、老人介護がビジネスとして成り立っていることがわかる。そしてまた雇用の場ともなっている。義弟に言わせると定年間近の男性が、たかだかヘルパー三級程度の資格をとって、採用広告を見て「応募」してくるのだが使い物にならないので、最初から面接しないと言っていた。つまり企業で人を顎で使っていた人が、20代の若い女性職員に命令されて介護の仕事などすることは勤まらないので、最初から敬遠するというのだ。応募するほうは「元一流企業に勤めていて三級の資格を持っているのだから」という思いがあるらしいが、続かないのですべて書類選考で落とすという。
▼ここの施設長をしているのが、大学時代の友人がかつて中学生の教え子だったという人だ。ご挨拶をしようかと思ったが外出中でお会いすることができなかった。母を退所させて担当者に入所期間に関わる納品書のような書類を貰った。名刺をだして挨拶をしたら「メディアプレイヤーが使えないのでわたしもパソコンを見て欲しい」と言われた。冷蔵庫の食品は妹が全部捨てたというので、1週間分の食料と、薬局へ寄って1週間分の薬の調合を依頼して実家に戻った。施設の人の話では「ご主人が別の所に入所されてから、奥さんは明るくなった」と言っていた。母は実家に戻って「一人になってしまったがこれから何をやったらいいか見当がつかない」と言っていた。これから冬に向かうから草むしりもない。父も世話も当面2ヵ月ほどはしなくていいので、時間をもてあます楽しいひとときがやってきたようだ。わたしは火の元だけ気をつけて自分の好きな事をするように言ってきた。今年の年末は母が寂しくないように、暮れから元旦まではこちらで過ごそうと思っている。

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November 24, 2005

ドイツ映画「青い棘」を見る

▼◇「青い棘」ナチスが台頭し始めた1920年後半のドイツ。学生たちの間には退廃的な空気が漂いはじめている。金持ちの息子であるギュンター・シェラーと貧しい労働者階級出身のバウル・クランツはベルリンにある寄宿舎に住んで学校に通っている。彼らはまもなく卒業試験を控えているが、クランツは詩を作るのが好きで、活動的なギュンターとは対照的な性格にある二人だ。彼らは、「歓喜に満ちた大いなる愛の頂点が一瞬のうちに終わる瞬間」を求めていた。そして二人はその瞬間に自分たちも死ぬという誓約書を交わしていた。同時にそれを二人から奪ったものを道連れにするという自殺同盟とも言える規約を作ったのだ。ギュンターはその瞬間にはこれを使う、と言って一丁の拳銃を見せる。それが何とイギリス製のリボルバー、ウェブリー&スコットなのだがこの意味が分からない。
▼同性愛の傾向にある二人なのだが、バウルはギュンターの妹ヒルデにも恋してもいる。妹は可愛いのでどこでもモテモテだが、その妹の友人はエリはちっとも持てない。この違いは一体何にあるのかと悩み、ヒルデに対して論議をふっかけて気まずい関係になる。やがて親が留守中のギュンターの別荘で、パーティが始まる。地下のワインセラーから、高価なワインが次々振る舞われる。みんなは列車でやってくるが、後から車で遅れてやってきた男は、幻のワイン「緑の妖精」を持参しそれを飲んだ学生たちはやがて恍惚状態となる。地味な性格なエリは実はバウルの事を好きなのだが、うぶなヒルデに夢中なあまりそれに気づかない。そして深夜にエリの誘いにのって山小屋でひと晩を過ごすバウル。明け方別荘に戻ると、ヒルデとその学友が親密な関係になった瞬間をギュンターはこれぞ「意味ある死」だと直感する。つまり妹と一緒にいた学友とはギュンターの同性愛の相手で、ヒルダはバウルの恋する相手だたからだ。寝室に隠れていた学友を捜し出し、ギュンターは4発の銃弾を発射する。そして残った一発は自分の頭に。ギュンターとバウルの耐えられない心の痛みは、死によって報われたのだ。
▼かなり難解な話であるが、実際にあった事件でバウルは禁固3週間の判決を受けている。そしてこの原作者のバウルの著書は1933年ナチスの焚書の対象とされた。
▼映画が終わって渋谷東急の脇で緊急の長距離電話をしていると、長身の青年がわたしを見てニコニコしている。ああ、いつも行っているパン屋さんの職人Tさんだった。電話が終わってから「きょうもう仕事は終わりですか?」と聞くと、「定休日です」とおっしゃた。そして奥さんと仲良く買い物の途中だったようだ。どちらまでと聞くと、「あそこのパン屋さんでパンを買う」というので一緒について行った。休日まで他店のパンを買うとは研究熱心な方である。原材料から全部フランスから取り寄せているのだというこの店の名前は「VIRON」(渋谷東急のはす向かいTel03-5458-1770)で3種類のパンを買ったがクロワッサンは絶品だった。
▼明日検査で行く診療所の担当医には「X線検査だけは拒否します」とファクスを送った。もし何か言われたらもう二度と行かない。
▼これから日帰りで「あさま」に乗る。なぜこんな事をしなければならないか?逆「リア王」のような話が現実にあるからなのです。

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November 23, 2005

今年最高の◇「灯台守の恋」

▼生命倫理問題はいずれ書くことにしたい。というのは、読む人に分かってもらう文章を飽きずに最後まで読んでいただくというのは、かなり集中しなければならない。休日はそんなに脳みそを集中したくないというのが本音である。
▼家では食べる材料のかなりの部分を東都生活協同組合から共同購入している。「コープときょうもあるではないか」といいう意見をお持ちの方もあるいはいらっしゃるかも知れないが、あそこの商品政策はわたしの考え方と相容れないのである。そのことを何度も言っているのに後者の職員はしつこく勧誘に来る、「お宅はイヤだ」と何度も説明してもよく分かっていないようだ。ある曜日の午後はその生協の配達になっている。その商品を入れるシッパー(魚屋さんなどで使う発泡スチロールの保冷箱)が我が家はかなり多い。狭いベランダに一週間おいておくと他の事ができなくなってしまう。地区担当(配達の職員さん)のH君に相談して、およそ我が家に何時頃に配達に来てくれるか携帯に連絡してもらう事にした。わたしは時間が分かったら可能な限りその時間には自宅にいて箱は持ち帰って貰う事にした。担当H君の配達地域では我が家が一番の大量に買っているのだという事がそのとき分かった。
▼そして某日H君がやってきた。先週は足に怪我をしたと言っていた。そしてその日は財布を職場に忘れてきたが誰も届けてくれないとこぼしていた。すると免許証も持っていないし、「昼もまだなのじゃないか」と聞いたら「まだ」だという返事だった。ちょと待てとわたしは言ってフォションのフランスパンを二切れ大きく切って、生協のマーガリンをたっぷり塗って「ほら食べて元気出してー」と言ったら「ありがとーございますー」と泣き出しそうな声を出して感謝された。
▼金曜日は定期検診である。しかし久しぶりに検査をしましょうとレントゲンから、検便の用具まで渡された。待てよ、わたしは5月に人間ドッグでX線検査をしたばかりである。これはおかしいから拒否しよう。それに通常わたしの検査は血圧だから検尿と採血で十分な筈なのだが、なぜ検便なのだ。担当医はもうろくしてしまったのだろうか?どうも当てにならないなー。
▼◇☆☆☆「灯台守の恋」ブルターニュ地方の小さな島ウエッサンにある小さな灯台に一人の男アントワーヌが赴任して来る。彼はアルジェリア戦線に行っていたが左手を負傷している。今でこそ無人自動化されている灯台になっているが、当時は船で渡りロープとケーブルで荷物と人間を運び上げなければならないので、波が激しい時の作業は一歩間違えば命がなくなるほどだ。小さな島の漁民たちは未熟な新人のよそ者が来た事を快く思わない。それどころか拒否の署名まで集めようとしている。相棒として経験者イヴォンと新人が二組になって灯台に渡船でわたるのだが、狭く小さな灯台という空間でぶっきらぼうにしていては仕事にならないので、次第に心を開いていく。灯台の勤務は2週間やって交代し、空けになる。ヒマなとき漁師の仕事をしたいと希望するが、みんな手に怪我をしているのでそっぽを向かれ、缶詰工場で女性と同じ仕事しかやることがなかった。それでも缶詰の蓋を圧着する仕事に精を出す。イヴォンが灯台に勤務しているとき妻のマベは缶詰工場に働き、夫との絆は唯一無線通話だけになる。村人から疎外されているアントワーヌだが昔時計技術者で器用だったことからマベと親しくなっていく。そして妻のいないアントワーヌにとってマベは自分にとって唯一の女性に思えてくる。波の荒い夜に灯台で勤務していたアントワーヌはイヴォンから二人の間にはどうやっても子どもが産まれないと告白される。フランスの革命記念日の日この地方では花火が打ち上げられる。何発も打ち上げられる花火に狂喜する村人たち。その物陰でアントワーヌとマベは結ばれる。花火が盗難にあったとかで大会は途中で終わりそうになるが、実はイヴォンが灯台に運ばれてそこから打ち上げられ村人から拍手喝采を受けるのだ。そしてイヴォンの誕生日アントワーヌがなぜ左手がないか告白する。そこにはアルジェリアに行っていた職業軍人も来ているのだが、「何俺たちフランス軍はナチと同じだったのか」という言葉が出る。つまりアントワーヌはアルジェリアの農民を捕らえて拷問する任務を押しつけられていた。それはオリーブの種を潰して油を絞り出す器械を使って農民をゲリラの行方を聞き出す拷問していたのだ。指が折れ骨が折れるのを耐えられなくて、拒否したところアントワーヌが上官にその拷問を受け左手が使えなくなってしまったというのだ。
▼自分たちのフランス軍は、アルジェリアでナチと同じだったという告白に驚愕する漁民たち。そしてコーヒーショップの娘から好意を持たれていたが、「ここにはもう自分の居場所はない」と決然と去っていく。そして残されたのは修理が終わった亡き父の残したバンドネオンだけだった。物語は両親が残した、灯台が見えぬ土地を売る契約にやってきた一人娘の回想録という形になっている。その成人した娘カミーユがアントワーヌが残した小説を読むという形で話は語られる。だからつまりカミーユはアントワーヌのマベが過ちをした晩にできた一粒だねだったことを確信する。そして家を売るのは中止するという話になっている。アホなハリウッド映画よりわたしは、こういう狂おしいような愛の映画が大好きなのである。見終わったあとスウッーと涙が一筋伝い落ちる。これ一本だけみれば、もう今年は他の映画など見る必要はない。隣の席に座っていた女性も最後の5分くらいから泣いていた。
▼今度は母がホッと知ったせいか混乱しているので、明日長野まであさまで日帰りで介護帰省してくる。映画はルシネマの「青い棘」を見たが明日書くつもり。

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November 22, 2005

新しい老健施設からも見離される

▼午後だったが先日面接に行った老健施設のケアマネージャーさんから電話があって、「今の状態では、他の入居者への影響も大きいのでお引き受けできない」という事だった。「今の状態」とは何か?母と二人にしてはおけないという事で、緊急の対応である施設に2泊お願いした。職員の方も時々チェックして下さるというので、多少安心していた。ところが父はそこでも職員の方に暴言を吐くのみならず、杖を振り回して暴力を振るったらしい。これ以上は本人の名誉のために書かないが、そうなったら入る場所は一ヶ所しかない。そこに父は今日から収容される筈である。わたしが帰省介護をはじめたのは昨年9月からだった。その直前に母は村の診療所の女医さんから、「このままほおって置いたら大変な事になる」と言われてたらしいが、まさにその通りになってしまった。痴呆の進行を遅らせる薬はあるが、治したり止める薬はない。おそらく一生この施設に収容されてしまうのだろう。
▼ここで医療倫理というか生命倫理の問題を考えさせられることになる。以下夕方に続くかも知れない。

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November 21, 2005

パソコントラブル3連発

▼日曜日は別に高橋尚子選手を撮影するためにデジカメを持っていったのではない。都内の紅葉でも撮ろうとしたのだが折から迎賓館前は、ロシアの首相が来ていて警戒が厳重だったので近づかなかった。コンパクトのデジカメは、思った瞬間にシャッターが下りないと言う弱点がある。事前に何回もテストして、接近してからシャッターを10回くらい押して、もし「写っていたら儲けもの」という気持ちだった。現場で再生してみたが分からなかったが、帰宅してパソコンで取り込んだら小さな画像が浮かび上がってきた。
▼金曜日はパソコンの対応で追われた一日だった。朝9時半は「パーソナル編集長」の個人レッスンだった。初心者は基本課程で3時間を予定しているが、この方はワードを使い慣れていたので1時間10分で講習を終えた、その時間は午前10時40分だ。その後の方は午後1時からを予定していた。電話したがいらっしゃらなかったので、市内まで別の用件を作って出かけた。再び正午に電話したら在宅されていたので、そこで早めに行って持参した弁当を食べさせていただく。パソコンが起動しないというトラブルだ。リカバリーディスクもお持ちでなかったので、自分のXPを持っていって何度もトライしたが、あるファイルが読み込まれず、2時間やっても起動できなかった。事情をお話し、仕事のデータだけを救出してCDに焼いて、ハードの問題らしいのでメーカーサポートに持っていくようにお話しする。3番目の方は電話するといまヘルストロンにいるので、あと30分後にして欲しいとおっしゃる。パソコンの電源が入りにくいという事だった。今までも何度かやったが、うまく行かなかった。買って半年くらいなのでメーカーに持っていって貰うかと思ったが、今回は電源ケーブルを新品にしたら無事作動した。ついでに階段の脇にある電灯が、点かないので交換して欲しいと頼まれた。電球を回したら無事点いた。ねじり方が弱かったのかも知れない。あちこち伺うと電気やテレビまでわたしができるのではと勘違いされて、色々依頼される。しかしわたしはそんなに何でも分かるわけではないので、読者のみなさんにあらかじめお断りしておく。そしてわたしはこれで食っているので、以上すべては有償であることを申し添えておく。

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November 20, 2005

四谷に来たら高橋尚子が先頭を走っていた

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▼義母の七回忌の法要があった。屋外の辛い仕事は昨日終わったので無事参列することができた。寺は四谷から歩いて10分ほどの所にあるマンション寺院である。四谷駅を下りたら交通規制をしていた。まだ出発したばかりだみんな団子状で走っていたので誰が誰なのか分からない。法要は1時間半ほどあった。坊さんが諸行無常とか、無欲になることの大切さ。誰も明日はなく今この瞬間が大切だと思って生きれば、もっと無垢な気持ちで生きることができるという様な他愛のない話をしていた。政治家に聞かせてやればいい。それでまた四谷駅にもどったら女子マラソンがUターンしてくる所だった。10分ほど待ったらQちゃんはトップを走って行った。デジカメで狙ったがシャッター速度が追い付かなかった。かろうじて1面トップのようなショットが撮れた。前のデジカメを持っている人の画像の方がよほど鮮明である。
▼メルマガお送りしました。感想をお寄せ下さい。
Kouchi(Mobile)

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November 19, 2005

お試し入所を拒否される。

▼義弟が先に申し込んだ老健施設に昨日夕方からお試し入所を許可された。ところが夜に徘徊を始め、他の人に迷惑をかけるので、出てくれという通告が今朝10時に来た。午後3時には迎えに行かなければならない。みなさんご存知のように父と母二人きりにしておいたら何が起こるか分からない。わたしは今朝5時起きで、先日面接した老健施設に入所依頼の書類を書き、朝8時から寒空の下で仕事を始めていて動く事ができない。まずわたしが面接してもらった老健施設に電話したが、担当のケアマネさんは土曜日なので休暇を取っていて捕まらない。同姓の課長も同様で月曜日まで出てこないという。それでは間に合わないので、施設長さんとお話をするが、「空いていれば何とかしてあげたいが、空いていないのでどうしようもない。担当のケアマネさんに相談したらどうか」と正論で突き返される。仕方なくいつものデイサービスのケアマネさんに「緊急で困っていることがある」と伝言したらすぐ返事をくれた。「とにかく日本中どこでも良いから父だけでも隔離する所を何とかして下さい」と深々と頭を下げる。このケアマネさんとは1年に及ぶつき合いで人間関係ができているし、数日前にもお目にかかっている。とにかく3時までに何とか助けてください」とお願いした。
▼家族と相談して最悪の場合、仕事が終わってから実家に駆けつけなければならないかも知れないと話をする。そのとき『鍵盤乱麻』元読者のシラクラさんの話を思いだした。彼女の実家はわたしの隣のT市である。彼女の場合、お父さんが先になくなりお母さんが残され、痴呆になってしまった。ケアマネさんはたまたま彼女の息子さんが、一時帰省して農業のまねごとをしていたときなので、「息子に介護を頼むように」と言ったらしい。彼女は「息子には息子の生活があり、そんな事は親の自分から頼めない。頼むならあなたから頼んでくれ。とにかく長野県内どこの施設でも探してくれれば、母を車でその施設まで連れて行く。そうでなければここの相談所に痴呆の母を置いていく、と頼んだという。その結果先方も彼女の熱意が伝わり、近くの老健施設に入れる事ができたという。
▼こうなったら正攻法で「先日も父は母のクビを締めていた。この先二人きりにしておいたら何が起きるか分からないので、何とかしてください」とお願いした。昼に一度電話をくれて、「本来なら高原病院がいいのだが、旧国立病院なので、担当部署は全部休みで対応できない。ただお父さん一人を入れてもそこで徘徊して迷惑を掛けるだろうから、二人で入れる所を当たってみる」という返事だった。さらに父の退所勧告ギリギリの時間になって、最近できた施設に二泊お二人で入って貰うことができた。ここなら二人の様子もチェックできるから心配はないだろう。おとさんは月曜日改めて高原病院と交渉して見ると言ってくださった。
▼みなさんもご両親や配偶者の様子が変だと思ったらすぐ脳のMRIやCTを撮ってもらって専門医に相談する事をお勧めする。それと該当する地元のデイサービスなどに行かせ、ケアマネージャーさんと1年以上の人間関係を築く努力をする。そしてケアマネさん任せにするのではなく、自分でも勉強しかつ分からないことなど勉強したり施設を探す努力をする。わたしもこの先どうなるか分からないが、こちらの熱意が伝われば解決の糸口は見つかるのではないかと思う。
▼屋外の仕事は風が冷たく、かつ寒さで震えが止まらなかった。昼に昼食を食べたちついでにセイユーに行ってフリースのシャツとタイツを買って着たら、どうやら奮えは止まった。Kouchi(Mobile)

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November 18, 2005

老健施設へのお試し入所が決まる

▼なぜ母をあのようにしたのか、父に聞くと「言うことを聞かないから懲らしめる」のだという。何か自分の思いとおりにならない事があるので、不満がつのるとあのような行動に出るのだろうか?3日間拒否していた、翌朝のデイサービスも比較的機嫌よく出迎えの車に乗ってでかけた。
▼わたしは老健施設の面接に出かけなければならない。場所が分からないので助手席に母を乗せて出かける。その施設は隣村で実家から車で10分少々の所にあった。昔はりんご畑で、寺の所有地という所に建てられていた。受け付けに行くと座っていた男性がニコニコ出てきた。母は「あらッ」と驚きの声をあげる。実家と同じ村に住む人の息子さんだという事で名刺を交換すると、同姓だから親戚になろう。そしてここの施設の課長(責任者)をしているという。すでに父の話は彼にも通じていた。そしてケアマネージャーと面接が始まる。先日義弟が申し込んでくれた場所も、近くに妹が住んでいるので「在宅ケア」ができるのではないかと事にされてしまうようだ。これは国が老人介護に予算を使いたくないから、「在宅が基本」というのを押しつけて来る。結論として「空き」があれば入所は可能で、書類を出したら「判定審査の対象」としてくれる、という事になった。父の症状からは当面個室が必要かもしれないが、その場合の費用は月額7万円だ。老健施設なので3ヵ月が限度で、永遠入所することはできない。もし症状が重ければ、延長する事も不可能ではない。それで担当医師の評価の書類が必要だという。
▼それで車でいつもの高原病院へと向かう。途中の唐松林は黄金に輝いて見えた。受け付けで順番を待とうとすると、わたしに声をかけてくれる男がいた。なんと上記施設を紹介してくれた、大学時代の友人であった。改めてお礼に行かなければならないと思っていたが、偶然ここで挨拶をすることができた。必要な用事を済ませて昼飯をかき込み、新幹線に飛び乗る。残して来た案件を片づけなければならない。何せ週末の土日はまたハードワークが待っている。夜8時過ぎに義弟と電話で話したら、先に申し込んでくれた老健施設の判定会で、父のお試し入所が18日から一週間決まったという話があった。ただこれは本人が拒否すると、家に帰されてしまう。その間本当に痴呆としての介護が必要とされているかの観察が続けられる。さらに退所してからのリバウンドが、かなりあるというので、場合によってはその間の対応を考えなければならない。それはいつものケアマネージャーさんから、施設に入った場合、自宅の間取りなどを忘れてしまい、トイレに行けなくなる可能性があるので、それは覚悟しておいてくださいと云われている。入所を拒否されるといけないので、母と妹が施設の入り口まで付きそう。さらに、中途退所した時など、暴れる可能性もあるそのときは妹だけに、親の介護を頼む訳にはいかないので、1週間単位で帰省介護を続けなければならない。

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November 17, 2005

信州は冬の寒さです。

▼午後6時に佐久平に着くとケアマネジャーさんに電話する、明日の面会の約束を取ろうとすると、別の職員の方が担当のケアマネジャーさんは外出中で明日は定休日だという。「これからすぐ会いたい」とお願いして、自宅までタクシーを飛ばす。実家に入ると父が母を羽交い締めにしている。わたしが「可愛そうだから放せ」と言うと目を三角にして「お前はたまに来るくせに。態度がでかい」と怒る。こんな時は警察を呼ぶべきか?義弟に携帯で救いを求めると、「恐ろしい経験をすると、それがトラウマとなり、いざ入所するときフラッシュバックして、逆に困難になるのですべきではない。親しい人を呼んでなだめ、水等を飲ませよ」、という。やがて妹も車で駆けつけて来たが腕の力は弱まらず、母のクビに回る力は強まっているように見える。あたなたならどうするか?隣に住んでいる父の弟の言うことなら聞くから助けを求めようと走っていく。しかし叔父は留守で、代わりに叔母さんが駆けつけてくれた。しばらくは興奮は納まらなかったが、叔母さんの優しい説得で「お茶でも飲もう」という呼び掛けに乗ってきた。
▼それから30分くらいして父の表情は穏やかになり、叔母さんがむいてくれたりんごを食べ始めた。そして「さっきは悪かった」と目に涙を浮かべて、周囲にいる人たちに謝るのだ。思うに母の何かに不満があり、(この年齢の夫婦に多いが、かまってくれない。無視されるetc)などもはや関係を修復するのは難しい多々の問題が横たわっている。叔母はりんごの収穫が終わる来週には、一日2回お茶を飲みに来てくれると言ってくれて、さらに両家の間に緊急警報装置を付けようと言ってくれた。後者は市の補助がでるらしい。母と先日の卒寿の後始末をしていると、再び起きてきたので両親の寝室に注意力を集中し、警戒心を抱いて布団に入る。すると夜中に台所でカタカタかなり高い音がする。時計を見て起きると午後12時近かったが、時計のベルトの穴が気になると言って、和バサミで一生懸命穴を広げようとしていた。そして紙パンツを穿くのがイヤだと呟いて同じ作業をくり返していたので、手伝って広げてやる。どうも正気と狂気が交錯している行動である。
▼ここにご紹介している介護の手記は当事者、関係者のプライバシーを損なわないように配慮しています。やがてこの介護は皆さんのご両親、またご自身に降りかかる問題でもあります。その時のご参考になればと思って書いています。ご質問などありましたら、お寄せ下さい。(明日朝に続く)
Kouchi(Mobile)

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November 16, 2005

結婚をありがたいと言う人ばかりではない

▼きょうは学校の講習が終わってから、東京駅まで大急ぎで戻って、「あさま」に飛び乗って帰省する。HPをご覧になっている何人かの方から、励ましのお便りを頂いている。今のところわたしは精神的にも肉体的にも全く参ってはいない。父は14日夜4時間に渡って母をベッドに押さえつけていたのだという。そのため母の両手は内出血して黒くなっている。そういう場面にあっても、犯罪の現行犯のように現場を確認でいないと、病院では収容してくれないのだそうだ。老人でもそのような力があって危険だし、実家には農薬から農機具では鎌、鉈、鉞などその気になると死に直結する道具は有り余っている。さすがに昨夜は心配なので妹が泊まってくれた。そして今朝通院を一日早めて、義弟が小諸高原病院に父を連れて行ってくれる。そして緊急検査入院でも何でも、一時的に母から離して入院させることができないか、医師に訴えることになっている。
▼昨日の結婚のバカ騒ぎは何だ。だいたい「代表撮影」などというのは、もう宮内庁にコントロールされていることだ。マスメディアの「一部」ジャーナリストは事故などで、死んだ人などがいると、家族の意向をまったく無視して、取材に該当する家に押しかけ、チャイムを鳴らす。あるいは家族に無断でどこかから手に入れた「遺影」を掲載するなど、勝手しほうだい。今朝の新聞には麗々しく撮影したカメラマンの氏名が掲載されている。取材させてくれなかったり、何か制限事項があったら、無視すれば良いと思うのだが、もしかしたら「読者」もそのような記事を待っているのだろうか?帝国ホテルの中で営業しているある業者は、一般人の出入りが禁止されているので、商売はあがったりだとこぼしていた。ジャーナリズムはこういう、皇室の結婚による負の話を何故書かないのだろうか。
▼明日朝は更新できません。夜までお待ち下さい。

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November 15, 2005

インフルエンザ対策は戒厳令の予行演習

▼インフルエンザが大流行しそうな気配である。それと鳥のインフルエンザに関連して自衛隊が感染した鳥の処分のため、茨城だったか地元知事の要請で出動している事だ。前者で言えば大流行を理由に「戒厳令」なみの厚生労働省は外出禁止令を計画している。国民保護法の準備は着々と進行している。「九条改悪反対」を叫んでいるうちに、気がついたら抵抗できない事件を口実に政府の国民包囲網は広げられていく。
▼父の卒寿祝いの日まで、正常な状態が持つだろうか、というのが最大の懸念だった。祝い会の席で暴れ出したらどうするか、様々な対応を考えて臨んだが、それは無事終えた。ところがそれ以後父の具合が、急に悪化してしまっている。もう薬も効かずに母の止めるのも聞き入れず薄着で徘徊している。昨日朝は母から着衣の交換もさせず暴れて手が付けられないという連絡があった。担当のケアマネージャーさんと上司に来てもらったが、もう最終判断をしなければならないようだ。母とは父がどのような状態になったら施設送りを決断するか、前回帰省したとき話して来てある。それから緊急入所の施設を探すため、ずっと電話をしまくっていた。こういうのは暴力を振るう、裸体で出歩くなどの緊急事態でないと入れてくれない。
▼友人のツテを頼って連絡をした所、一ヶ所だけ「申し込みに来て書類を出してくれれば検討する」と言ってくれた施設があった。入れるかどうかはわたしの面接と、先方の施設のケアマネージャーさんがどう判断するかにかかっている。木曜日朝はいつもの小諸高原病院に父を連れて行く日なので、担当医に頼んで最悪の場合は、短期でもここに収容してもらうしかないと思っている。そして今朝昨夜の状況を聞くと、母が「暴力を振るい、母を長時間押さえつけた」(正常な時は暴力を振るうことなど一度もなかった)というので、明後日医師と会ったとき判断をすることになる。

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November 14, 2005

パソコンのトラブルが今週は3件

▼しばらく医学用語が必要になるので、先週末に「医療用語辞典」を買った。先月の仕事で解剖用語がでてきて、「あくいき」というのは見当がつかなかった。「悪域」である筈がなく「亜区域」が正しかった。あとでレジュメを貰って正しい表記の仕方が分かった。医学用語は「ER」を見ていても多少は分かるが、せいぜい「クロスマッチ○単位」とか「酸素飽和度」くらいだ。今後はおそらく大丈夫だろう。だからといっても、英語で早口で言われると見当がつかない。
▼金、土、日は普段とはかなり違う仕事をした。土曜日は8人の専門家に手伝ってもらったので、意外と早く終わった。今回は高所作業車を使った。4mの作業ができるのだが、ゲームのジョイステックのようなものが、ハンドル代わりに使う。そしてゴムの無限軌道になっているが、この左右に曲がる仕組みはじっと見ていても不思議である。大勢の方々の力で昨日は夜中の終了予定が昼には終わった。だれか近くに住んでいる友人を誘って昼飯でも食べようと思ったが、急に誘っても迷惑だろうと思い直し、大学の正門脇にある、インドのカレー料理店「ガガル」に入った。前回気がつかなかったが、ガンジー親子の写真が2枚かかげてあるので、ガンジーファンはいって見る価値はあるだろう。
▼さて実は先週パソコン相談が3件もあった。月曜日のお宅は知人からの紹介で、インターネットが繋がらなくなってしまった、という相談だった。いってチェックするとLANカードが認識しなくなっていたので、「使用可」に設定しなおしたらすぐ動いた。終わってからお話すると、大学の後輩であることが分かった。世の中はずいぶん狭いものだと感じた。金曜日の午後は別の方から「パソコンが立ち上がらない」というSOSの電話相談だった。「立ち上がるまで何回か電源を入れ直してください」とお話すると4回目に立ち上がったという連絡を頂いた。そして3人目が「ある年賀状ソフトの操作が分からない」という相談なのだが、わたしが持っているソフトとは違うので、電話ではお答えできない。スラスラと答えられるのは「パーソナル編集長」、「ワード」くらいだ。それで日曜日午後にお伺いすることにしていた。
▼昼食が終わってから約束の時間まで1時間ほどあった。そこで西登戸のコープ店まで、石鹸シャンプーを買いに行くことにした。共同購入で小さなボトルを買ったのだが、それも終わりに近づいている。うまい具合に一組残っていた詰め替え用のシャンプーとリンスを買った。店員さんが若くて美人なので、こういう場所には珍しいので驚いた。それで約束の時間になったので、お伺いして1時間半ほどお話をして調整をした。ところがその最中に金曜日電話があった方から「動かなくてどうしようもない」というご連絡をいた頂いた。もう土日の仕事で疲れ切っているが、歩いて30分ほどあるお宅に伺う。状態からすると最悪でHDDのクラッシュか、うまくいってOSの入れ替えをすれば治るか?という所だ。修理パックは持参していないので、金曜日午後お伺いすることにして帰ってきた。

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November 13, 2005

◇「親切なクムジャさん」を見る

▼◇「親切なクムジャさん」幼児誘拐殺人犯のクムジャは13年の懲役を終えて出所する。刑務所の外には救世軍のような一団が賛美歌を歌って出迎える。しかし豆腐を載せた皿をひっくり返して(この韓国の風習の意味は不明)「宗旨替え」したのよ、と敢然と立ち去るクムジャであった。刑務所に入ると、いかにも悪という表情をした牢名主たちが跋扈跳梁しているが、彼女は先輩たちの嫌がらせを物ともせず、セッセと奉仕を続ける。彼女には、もっと大切な「復讐を果たす」という目的が残されているからだ。復讐の一つは彼女を辱めた女囚であり、次は妻に食事中にでも執拗な性的暴行をくり返す、英語学校の教師だ。この教師には二つの顔がある。一つは妻に対する態度に見られる蔑視であり、元妻のクムジャさんを妊娠させて育児の義務を放棄して、オーストラリア人夫妻に里子に出したことだ。そしてもう一つは5人もの子どもたちを誘拐殺害した事だ。出所したクムジャ実の子に面会に行く。その次は夫に標的を当てる。彼女の手に握られているのはデリンジャーとオートマグを合体させた、ボルトアクション2連拳銃である。彼女は夫に復讐するだけの目的でこの銃を作らせた。その巨大さ故に彼女の憎しみが、増幅して見える。元夫を気絶させてどこか山の中の雪が降り積もる廃校のような所に監禁する。そして子どもを殺害された両親や残された家族に、殺害ビデオを見せる。そして「オリエント急行殺人事件」のような提案をする。この男を司直の手に委ねるか。それともこの場で自分たちの手で裁きを下すか?「裁判などやっても決着するまでに時間がかかるから、自分たちの手で殺めよう」と言う事で全員の挙手で決まる。そのあと「ロックストック」の一シリーズのように、全員と場で肉加工の処理をするように全身をビニールスーツで固める。部屋を出ると、むかしクムジャを追っていた元刑事が、包丁を使った殺害の方法を事細かに伝授しているのもおかしい。孫を殺された老婆は武器は何も持っていかないように見えたが、男のクビには孫が学校で使った学習バサミが刺さっていた。元刑事を先頭に男の死体を山に埋めようとする。クムジャはみんなに「ちょと下がってわたしがやりたいことがある」と、男の死体に最後の2発の弾丸を撃ち込む。そして親たちには「営利目的の児童誘拐」なのでお金は犯人に使われず残っていることが分かると、親たちは「振り込みで返して」と銀行口座を次々書いて、クムジャと分かれていく。つまりクムジャは死んだ子どもたちだけではなく、親たちにも「親切」にしてやったのだ。だが復讐をして気持ちが満たされたかと言えば、拠り所のないむなしさだけが残っているばかりだった。実はこの映画はパク・チャヌク監督の復讐三部作の最後の作品となった。韓国映画独特のどぎつい表現方法には目を背けたくなる。それでもなおかつ、女性や子どもたちの人格を認めない男に対する復讐は、心のなかで快哉を叫びたくなるくらいだ。そしてわたしにはこの復讐劇のむなしさが、アメリカの911に対する「復讐の根拠」という理不尽なむなしさのように見えたのだが…。

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November 12, 2005

原稿締め切りと早朝からの仕事

▼午前七時には電車に乗って八時から仕事開始。しかも映画の原稿締切日を過ぎている。ハードワークは終る時間が見当付かない。だから断って抜け出す。今朝の朝日別刷り「be」の別刷りに千葉のパート労働者を組織する「なのはなユニオン」の事がでていた。登場しているのは、元千葉市の保母さんだった鴨桃代さん(57歳)静岡で保母さんになるが2年年上の先輩に「資格は進学しなくても、学ぶことが大事」と言われ淑徳大学にいって保母の資格を取る。そして習志野市議の夫の影響を受けて労働組合先住になり、今年の連合会長選挙、会場で急に立候補することが決まりでて高木剛候補の3分の1も得票する。最近電話相談があって心を痛めた話がある。それはパートの保母さんから、ボーナスの支給日が一番辛かったと言われた事だ。彼女もまた、自分が正規職員の時はそのことに気づかなかった。同じ仕事をしているのに、方や正規職員というだけで数十万円のボーナスが出て片一方はゼロ。「未組織の組織化」と言うより役に立つ事をしなければ意味がない。また嫌味を書いて憎まれる。
▼オギノメちゃんのサイトを見たら、育児の話が書いてあった。彼女もまたそういう年齢になっていたのだ。
▼映画はシャンテシネで韓国映画「親切なクジャムさん」を見た。明日朝までに原稿に仕上げなければならない。刮目して明日の朝午前6時を待て。Kouchi(Mobile)

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November 11, 2005

なぜ沖縄に犠牲を押しつけるのか

▼「読者の広場」に今朝書いた事だが、ビデオカメラのシャッターの位置だ。かつては子どもの運動会や七五三にやってくるお父さんお母さんは、ビデオカメラとスチルカメラの二台を抱えていた。「ああこれが一台になれば楽なのに」と思ってきたが、キヤノンが率先してシャラポアの「ダブルOK]というのを作った。それから各社で同様の方式を定着させて今日になった。しかし使い勝手なのだが、シャッターの位置が悪い。写真を撮るときは構図もそうだが、カメラをブレさせないというのが最大のポイントになる。だからもしみなさんもそれに自信がなかったら、どんな写真でも三脚に載せて撮れば見違えるほど腕が上がって見えるはずだ。スチルカメラでは試して見れば分かるが右手の角度が全く違っているので、ちゃんと保持できない。ブレ補正デジカメというのがパナソニックで発売されて、その機構が今朝の新聞によれば携帯電話内蔵カメラにも採用されるのだという。
▼今朝のTBSラジオ「スタンバイ世論調査」は沖縄の米軍基地移転をどう考えるか」というものだったので、さっそく応募した。おそらくアメリカは今後の紛争の火種を東南アジアに作るのだろう。アメリカはマッチポンプ戦争を世界中に繰り広げ、その戦争会社(軍産複合体)の幹部を、閣僚に入れているという恐るべき国だ。だから常に「敵」を作っておく必要がある。今は石油の利権がらみでイラクだが、次が核開発を口実にイランを狙っている。中東が「平定」できれば、その矛先はアジア、中国、北朝鮮に向かう。戦争をする側で言えば、基地はテロ攻撃などがなく安定して「紛争当事国」により近い所にあることが望ましい。日本人は米兵による婦女子暴行事件が起きても大人しい。先日のフィリッピンで22歳の女性を暴行した米兵6人は逮捕され、起訴されようとしている。数年前の韓国でも女子高校生が米軍の戦闘車両に轢殺され抗議行動は韓国中に広がった。これらは事件を報道するマスメディアの姿勢にも責任があるとわたしは思う。
▼翻ってわが日本は沖縄の海兵隊がグアムに移転する2400億円まで、負担してやるという気前の良さだ。最近号の「週刊金曜日」で本多勝一が「最近読売と同じになってしまった」と朝日を嘆いていたが、その朝日でさえ、「支出の法的根拠は苦しい」と書いている。
▼片一方で「お年寄りが長生きして本当に良かったという世の中にしたい」などと政治家は口を揃えていう。だが実際は老人医療費を切り下げる一方で、初診料すら値上げする。こういうのは病院に行ってみればすぐ分かる。値上げになった直後の待合室はガラガラなのだから。ひと月ほど前もある病院に行ったら、ガラガラで前の予約した人がいないので、診察時間が繰り上げられた。そしてそんなに必要はないと思うのに、レントゲン写真撮影など予約させられた。わたしは貧乏人なのだから、そういう検査漬けにするのはお金持ちにやってほしい。そのクセ、カネが足りないカネが足りないと消費税の増税をはじめ次々と、弱い者に犠牲を強いてくるのが我が国の特徴です。
▼本日午後から2週間、金土日3日間連続のハードワークが始まります。

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November 10, 2005

本田美奈子は教え子だったという人

▼酉年にあたる、今年の酉の市は12年に一度のありがたい、魔よけのお札がいただける(千円)のだそうだ。何でも12年間使っている幟旗を小さく切って袋に入れて信徒に配ることになっているという。それでわたしは学校が終わって早めに行ったのだが、残念な事に午前9時半には終わってしまったという。次回は二の酉で配るという事なので、希望される方は市が始まる、午前零時頃に参拝すれば、手に入る事ができるだろう。それだけ、世の中を不安に思っている人が多いということか。
▼学校の講師控え室の余談。S校長が「若い教え子が先日死んでしまった」とおっしゃる。「知っている人ですか?一体誰です」とお聞きすると、「本田美奈子」だとおっしゃる。さらに同期には「長山洋子」も、「井森美幸」も同じクラスにいた。「長山洋子は演歌にイメージチェンジして成功した」、とおっしゃるのである。もしかして先生は「堀越ですか?」とお聞きすると、「堀越の芸能学科だった」とのこと。さらに18歳で自殺した岡田有希子もいたが出席を取るときは、本名の「佐藤佳代」だったとか、さらに荻野目洋子もいたという。姉さんの慶子は好きではないが、洋子かー、いーなー。「♪振り向いたら 泣き出しそうなのー who are you 恋人たちの 六本木」って。彼女は一時期佐倉市に住んでいた事もあって。知人にあそこが彼女の住んでいたマンションだ、と教えてもらったことがあった。
▼ついでに先日NHKBSで放映された裕次郎の「世界を賭ける恋」に話を持っていった。新しき村にお住まいのK先生に話を振る。「あの原作は武者小路実篤なんだそうですね?」「そうです、『愛と死』ともう一つ別の小説を合わせて作ったのが、この映画です」と教えて下さった。わたしはさらに先生あの映画の主題歌ご存知ですか?とお聞きする。「出だしを唄って下されば分かります」とおっしゃるので小声で歌った。「♪世界を賭ける 恋なぜ悲し 泣いて待ってた 羽田の海よ 愛のカレンダー 消しかねて 寂しさ故に 君に書く 便り切ない 旅の宿」。まあわたしもどうでも良いことだけは、はっきり覚えている。K先生もそれにつられて小声で歌っていらした。
▼昨日一番嬉しかったこと。都内の某大学で医学の研究をされている方から久しぶりにメールを頂いた。覚えていらっしゃるだろうか?2年程前に「バカが風邪を引かない、というのは本当の話です」という投稿をして下さった方である。その医師をしていらっしゃる恩師の方に『鍵盤乱麻』メルマガを転送したところ、大意次のようなメールを下さったというのだ。「高地さんの読書・映画評の方がはるかに私のよりものより、優っています、できるなら高地さんの了解を得て、私のほうに転送してください、私も本を買わず、映画も見なくて済みます」もちろん転送ではなく、次号から直接お送りさせていただくことをご連絡差し上げた。

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November 09, 2005

やってきた騙しのペンキ屋

▼実家で帰り支度をしていると、「N(地名)のペンキやです」という若い男がやってきた。「もうそろそろ壁のペンキを塗り替えた方がいいです」と言いながら父と話をして、埒があかないので母の所にやってきた。「いらない。息子が来ているから聞いてくれ」と言ってもしつこい。わたしが出て行って「いらないと言ったら、いらない」と言って追い返した。こんな村にもお年寄りを騙してペンキを塗って儲けようという奴らがいる。目つきも悪いし、飛びこみ営業をするには名刺や会社案内一枚も持っていない。
▼月曜日旧事務所の近くにあったFさんの事務所を訪ねた。Fさんのお母さんはわたしの母と年齢は同じだが、もう14、5年自宅に寝たきりで、Fさんご夫婦や色々な公的援助を使った自宅介護をなさっている。Fさんは「親の介護で疲れ切っているのに、まごまごしていたら、自分に介護が必要な年齢になってしまう」とおっしゃっていたが、これは全国で共通する現象である。わたしなど両親が寝込んでいないから、まだ楽なほうであろう。そこで働いている某有名外科医夫人は「わたしも先日夫に健康診断でドックを受けるように言われて受けた。診察結果を夫が見て「”お前の脳も萎縮が始まっている”と喜んでいた」という。わたしは「薬をもられないように気をつけなければね」と言うと、「薬は抗生物質を使うだけで飲み薬は一切飲まないようにしている」とおっしゃっていた。
▼月曜夕方いつもの青山のパン屋さんに立ち寄る。店員さんが「高地さんは土曜か日曜日いいらっしゃるのに、月曜とは珍しいですね」とおっしゃる。この間の事情をお話すると納得されたようだ。するとイケメン店長さんが、「僕は祖母の将来が心配で介護ヘルパー2級の資格をとりました。しかしばあちゃんは元気で、使う機会はまだやってこない」という事だった。このように優しくて祖母思いの青年もこの世の中にはいる事を知って嬉しかった。
▼メルマガの<編集後記>で書いた花王のヘルシアに発ガン物質が含まれている事を書いた。今朝の某新聞ではその事が触れられている。さて隣の花王はその疑問にどう答えるだろうか?

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November 08, 2005

他人の惚けを見る事は切ないものだ

▼卒寿祝い会の夜、深夜2時か3時頃だったと思うが、誰かの携帯がいきなり鳴り出した。ほとんどはツインの部屋に入っていただいたのだが、男性だけは二次会をする都合で大部屋にしていただいた。誰の携帯かと思っていたら義弟のだった。彼は特養ホームの施設長をしている。話の内容からすると入居者のどなかたが亡くなった連絡らしい。家にいるときは午後9時半に携帯の電源を切るが、そのような連絡は時間に容赦なく固定電話で連絡が来る。だが外出しているときは24時間電源はオンにしておくという。これなどとうていわたし等には勤まりそうもない、かなり苛酷な仕事である。
▼パワーポイントでスライドを作っている最中、1本の携帯メールが入った。本欄で一度ご紹介した中学教師を定年退職した大学時代の友人からだった。近くのスーパーに隣接したそば屋で写真展を開いているから来ないかというお誘いだった。「スライドを作り終えて時間があったら立ち寄る」という連絡をした。早めの昼を食べて主催者側は2時の集合にしておいたので、立ち寄る。母は道を間違えて迷ってしまったので、彼の携帯に助けを求め誘導してもらった。わたしは写真を見せてもらったが、父は車をおりようとしなかった。車を出発させようとすると「トイレに行きたい」と言い出したので、降ろして道を手を引きながら誘導すると、見慣れない場所なのでトイレは覗いたが「いかなくてもいい」と言い出す。車に乗り降りさせている様子を見た彼は、「高地お前こんな事をしていたら、自分やお母さんが参ってしまうぞ」という。実は彼のお父さんも奥さんのお母さんも施設に入っている。父も実は先月M町の痴呆施設に申し込んだが、100番待ちだというから、入るまで10年近く待たなければならない。彼は続けて「K町にあるK病院に付属している施設で、一人なら俺の力で何とか入れるから、必要だったら言ってくれ」と申し出てくれた。この病院はわたしの高校時代のクラスメイトが長男で病院を引き継ごうとしていたが、30くらいの時肝臓がんでなくなってしまった。その後紆余曲折があったが、お姉さんが施設の方の運営を、家庭菜園を大きくした農作業療法をして、人気があるらしい。「そのときはお願いするかも知れないから」とお願いして会場へと、10分余の鑑賞を切り上げて会場に向かった。
▼それに先立ち金曜日の夕方は両親がお世話になっているデイサービスのケアマネージャーにお目にかかった。50歳くらいの方だが、お嬢さんは看護師さんをなさっていること以外は何も知らない。しかし忙しいにもかかわらず、夕方仕事が終わって1時間ほど相談に乗ってくれた。というかいくつかの問題提起を投げかけられた。一つはお母さんがお父さんをどうしたいのか、本音が分からない。将来どのようなケアを必要とするかがだった。父の日常の動きや様子がどうなっているか、内部の日報のようなものを見せてもらったが、父の痴呆の進行がかなり早まっている様子が手に取るように分かった。そして食べる時も、自分で判断できず、周囲の人の手順を観ながら食べている。衣服の着脱はもはや一つひとつ順番を言いながら、手を添えてやらないと分からない。これは風呂に入れた時に分かった。上着も足から穿こうとしていたくらいだった。それに最近は施設で働く若い女性の手をひいてあちこちに行こうとするようだ。ケアマネさんは「わたしたちは仕事だと割り切っていますが…」と言っていたが、明かに迷惑そうな様子だった。
▼母の父に対する態度は体面を重んじるから、父に対して迷惑そうな様子をするのか。今のまま続けていたら老老介護で共倒れになってしまうから、どこで完全介護の施設に切り替えるかのどこで見極めるのか。そしてそれで本当に良いのか母の本音を聞いておいて欲しいそしてわたしの意向も気にしているようなので、「息子さんであるあなたの考えはどうなのか?」という。今はみんなと遊戯をして遊んでいるのと同時に、2階にあるデイサービスの事務所に上がってきて書類を眺める様子をしている。おそらく仕事をしていた時代を思いだしている様子なのだが、書類を破ったりしないかぎりは、そのままにしていると言ってくれた。先の大学時代の友人の話では、英語を教えていた元東大教授も入っているけど、惚けてしまえばみんな同じだよ、と言っていた。話はまだまだ続くのだが、きょうはこの辺でやめておく。

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November 07, 2005

墨田区の図書館のシステムが変わる

▼今週週末の金、土、日それに来週の同じ曜日は朝から深夜までかなりハードな仕事がある。いつもとはまったく違う仕事なので、着衣がかなり汚れることも予想される。それで家族に「作業用の服を買うべきか?」相談した。するとただちに否定され、「今既着ているものが汚れたら、新しいものを買うのがよい」という意見だった。言われてみればその通りで無理もない。いやわたしもかつてはスーツなどを着て仕事をしていたことはある。しかし例えば、印刷や製本の現場などに行ったとする。だが色々な機械が雑然と置かれていて、歩いたり仕事を手伝っているとき、買ったばかりのスーツやスラックスなどをかぎ裂きにしてしまったことが、何回もあった。それ以降現実路線を取ることにしたのである。
▼しかしニューバランスの靴だけは、汚れるともったいないので作業に適したものを購入することにした。
▼昨日『鍵盤乱麻』メルマガの作成を終えて図書館に行ったら、11月14日から二週間お休みになるとあって、さらにシステムが全面的に改変しインターネットと携帯からも墨田区にあるものなら全部予約ができるとあった。リクエストが届いたという連絡もメールでくれるとあった。これでリクエストが早くとどけば問題ないのだが、今は半年待ちの本まである。

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November 06, 2005

「万歳」とか「日本一」と言う言葉

は大嫌いだが、佐久の奇習、最後は何事も万歳で締め括られる。昨日の宴会で芝居をやる家族ががいた。入場するとき、水戸黄門のテーマ曲をカラオケでかけて欲しい、という要望があった。さて探したが分からない。「水戸黄門」ではないかとか「人生楽あり」ではないかとか、様々なキーワードで検索したが出てこない。仕方ないから違う曲を代わりにかけようと言う案まで登場した。困った挙げ句ホテルの係りの人に助けを求めたら里見浩太郎の「ああ人生」だと教えて下さって、事なきをえた。さすがプロだと思った。午後6時から始まった宴会は午後10時に一旦お開きになって、大部屋へ移動した。大量の酒類を買い込んであったので、かなり飲んだのだが半分は余って、お酒が好きな一家に全部持ち帰ってもらった。温泉なのだが、あらゆる事に気を使って接待をしなければならないので、昨夜は風呂に入ることはできなかった。今朝は父を洗髪したりして風呂に連れていかなければならない。ゆっくり食べた気にも風呂に入った気分にもならなかった。解散してから佐久市野沢町にあり、TV等で最近知られている「ピンコロ地蔵」という所に立ち寄った。地蔵は新しいからできて数年だと思うが、成田山の分院と書いてある寺にはピンピン生きてコロリと死ぬという御利益を求めてあちこちからお参りに来る人で大人気だと言う。今回昨日の長野牧場の紅葉とか、この寺を撮影したデジカメを車のダッシュボードに忘れて来てしまったので、次回介護帰省して戻ってくる18日までお待ちいただきたい。先ほど『鍵盤乱麻』メルマガを1日遅れで送信しました。
▼昨日はNHKBSで懐かしの「ローハイド」と「コンバット」が放映されることが分かった。自宅のDVD録画をセットしてこなかったので、ハッチーさんにメールと電話して急遽録画を依頼した。
Kouchi(Mobile)

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November 05, 2005

朝は冷え込んだ。

前に借りていた、部屋の退出で不動産会社とうまく話がついた。まずホテルとの打合せに行き、昨日からの懸案事項を直接確認した。それはパワーポイントがホテルのパソコンにはインストールされていないこと。わたしが実家においてあるパソコンには液晶プロジェクターを接続するコムポートがないことだった。前夜ホテルと打合せをして千葉のヨドバシカメラで変換アダプターを買って、それが果たして使う事ができるか事前にチェックする事だった。アダプターをホテルに預けて、近くにあるいつもの長野牧場の撮影に足を伸ばした。夕べ父は落ち着かず午前三時頃まで家の回りを回り窓やドアを叩いてまわった。挙げ句の果てに電話のモジュラー端子のメスのボックスを引き千切って使えなくしてしまった。パソコンは、モデムを削除して再起動したら、認識してメールチェックだけは出来るようになった。夕べは父が興奮していたので、息を潜めて寝てしまう。今朝から上映するスライドをパワーポイントで完成させた。
Kouchi(Mobile)

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November 04, 2005

休みがあるとかえって忙しい

▼余計な休日があると、その間通常勤務の中でやらなければならない事を、濃縮した時間でやらなければならない。朝8時からはじめた仕事は、点検してファクスで送ったのは午後11時になっていた。
▼静岡の女子高校生による母親の毒物投与容疑事件で、今度はブログが悪者扱いされている。犯罪はかねてから指摘しているように、人間の心が起こすのだが、またブログに対する新しい規制が始まりそうな気配である。
▼水曜日の授業ではエクセルの関数をはじめた。テキストにある通りにROUNDをやっても、その答が出てこない。子細に検討するとテキストの「答」が間違っていることが分かった。「10」と書いてあるのだが、正しくは「8」だった。もう発行されてかなりたつのに「訂正」が出された気配はない。もしこのテキストで独習している人がいたら、行き詰まってしまうだろう。もう一つは「VLOOKUP]だったが、こちらは問題なかった。
▼午後から実家に帰省しますので、更新は日曜日夜までできません。ご了承下さい。

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November 03, 2005

企業の味方さすが「日本経済新聞」

▼今日中に仕上げなければならない仕事が二つある。朝の頭がすっきりしているうちに片づけようと思う。昨日日経を読んでいたら、他紙でトップニュースになっていた東証のシステムダウンが、虫眼鏡で探さないと気づかない程の大きさになっていた。さすが日経、やはり日経だと思った。1面で気づいた大きなニュースは高速道路の料金体系の見直し記事だ。一例が錦糸町から京葉道路が、今まで700円プラス200円(篠崎)だったが、この案によると450円になるというから、もしわたしが車で通勤していれば楽になる。しかし問題なのはGPSが全車両に取り付ける事が義務化されるというニュースだ。やったね。これで車に乗っている人は、ナンバー読み取り機を経由しなくても位置情報が国家にすべて握られることになる。どおりで、昨日通った錦糸町の交通裁判所は全面改築していた。
▼企業情報の所を見ていたら、米国産の牛肉が12月から「解禁」になることで、、外食産業、特に牛丼チェーンの対応がでていた。さすが吉野家は、自分のために解禁にして貰った手前「すぐ使う」とある。ところが見出しは「すきやでは、すぐには使わない」とあった。実に傑作な見出しで、日経はすきやのためにわざわざ見出しをつけてあげたみたいだ。
▼火曜のおもいっきりTVでは、椅子を使って腰痛や膝の痛みをなくすというのがテーマだった。わたしもこの2ヵ月ほど右膝に痛みが出てきた。一時期足を組むことも正座もできなかったが、その部分は治ったが、歩き始めがかなり痛む。電車に乗っていたら「歩きながら膝痛をなおす」という本をよんでいるお年寄りがいた。やはり寒さと同時にそのような痛みで苦労している人が出てくるものだ。以下夜に続くかも知れない。土曜日の投稿はアップできません。『鍵盤乱麻』メルマガも発行は6日の夜になります。

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November 02, 2005

小泉内閣の支持率はなぜ高い

▼プリンターの事を書いたら、レーザーにしてはというご提案をいただいた。実は今の前の機種は同じメーカーの455Jという、モノクロの名機(?)で、かなり長く使った。一方事務所ではトナーの730を長く使ってきたが、先日友人の方に新品のトナー代だけで引き取っていただいた経緯がある。わたしが個人的にトナーを使わない理由は、一度使用した裏紙を使えないからだ。一度ドラムの熱が加わった用紙は、二度使おうとするとドラムで巻き込んで引っかかってしまう。もしかして今の製品ならば大丈夫かも知れないが、730の場合はダメだった。
▼というのもテスト印字は全部この、一度印刷した裏紙を利用している。ファクスやメモも同様にしている。テスト印字で確認してから、納品など必要なものだけ、新品の紙にプリントアウトする。実はこの一度使用した紙は、あちこちから頂いて自宅に1000枚くらいストックがあるので、年内はこれで十分間に合う計算になる。
▼水曜日は毎週朝から午後3時過ぎまで三鷹まで、講義に行っている。たった二コマの授業だが、それはかなりのエネルギーを使う。本当は終わったらまっすぐ帰宅したいところだ。所がそんな水曜日に限って、「すぐ来てくれ」という連絡が入る。それできょうもまた総武各駅停車の始発から終点まで「大陸横断」電車に乗ることになる。
▼昨晩ちょっとだけ「プロジェクトX」を見たがやはりという気持ちになった。学校の講師控え室でも数ヶ月前に「なぜ宮里藍」だけがもてはやされるのかという論議になって、「カネがまつわり付いている」ということで決着したが、昨晩のTVが正にその通りだという事が証明された。彼女が幼い時からの練習の成果、それに持ち前の度胸や実力はあることは認める。しかし彼女を取り巻くメーカーの凄いことと言ったらない。サングラス・メーカーに始まり、クラブにウエアなどが登場した。彼女が身につけてTV、新聞、雑誌に登場することによってファンは、あのクラブを買えば飛距離が伸びる、ギラつかないで打球がよく見える。などという気持ちにさせる。従って、「あのサングラスはどこで売っているの?」とか問い合わせがメーカーに殺到する。
▼先日隣の花王墨田事業所を見学したとき、広報担当者が言っていた。チャン・ツィー・イーが出るシャンプーのCMをながすと、製品の内容よりも「彼女が着ているドレスはどこへ行ったら買えるか」という問い合わせが圧倒的に多いと言っていた事でも分かる。朝刊各紙では第三次小泉内閣の支持率が、いずれも6割を超えたと発表している。その一方で、同じ回答者が「医療制度や年金が心配だ」とこたえている。わたしはどうもこの矛盾に納得がいかない。これもTVに登場する小泉「何か改革をやりそうだ」というイメージだけが先行している結果だと思うのだが…。

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November 01, 2005

黒インクのみのプリンターはないのか

▼ソフトバンクの名捕手城島がFAになってから、ある程度予想されていたが、大リーグへの挑戦が決まった。『鍵盤乱麻』読者にも熱心な城島ファンがいるので、さぞかしがっかりされているのではないかと思う。記者会見の様子をTVで見ていたら、正捕手として雇ってくれる所を探していると言っていた。野手や打者ならばそのまま通じるかも知れないが、サインとか言語の問題があるので、今後どうなるのだろう。しかしわたしが福岡ドームに行った時、城島はヒットが出なかったが、その後事故で出場できなくなってしまったので、良い時見たと思った。
▼今日中に終わらせなければならない、急ぎの仕事を抱えている。実はパソコンを入れ替えてからプリンターをよく認識しなくなってしまった。OSを入れ替えたり、ドライバーの削除とインストール、USBケーブルやポートを入れ替えたりした。最後はパソコンをノートにしたりしたが、同じ結果だ。そして夜動いていたのに翌朝になると、認識しなくなってしまうことすらあった。今のプリンターは年賀状用に3年前に買い替えたものだ。いろいろやったが解決しないので、御徒町にあるキヤノンのサービスセンターに電話した。すると「パソコンが悪いのではありませか?」という。色々試しがんだからバカ言うなよ、と持ち込む事で話をつけた。このセンターは即応で直してくれるので助かる。エラーの原因を調べるべく、わたしたちがやるのとは違う印字のコードをチェックして「ああなるほどエラーが4回ほどでていますねー」という。その場でヘッドを交換して、テスト印字をしてOKとなった。ヘッドは2年半から3年で交換する必要があるのです、というから正にその交換時期になっていたのだ。
▼わたしの場合サービスセンターに近いから助かるが、遠いとこうはいかない。これで今日の大量プリントも大丈夫だ。そこで言われたのは、「純正インクを使ってください、目詰まりの原因になりますから」だった。純正が安ければ買うが、詰め替えインクは約半額で買うことができる。今回の場合ヘッドとプリンターの接点に当たる金属部分の接触不良が原因だったから、直接は関係ないように思う。
▼先日どこかの雑誌に投書があったが、プリンターの詰め替えインクのコストの高さだ。最初は4色くらいだったが、今は6色、9色とタンクが別になっていて、それぞれ交換しないとプリンターが作動しない仕組みになっている。はっきり言えばわたしは黒インク以外必要はない。だが普及型で黒インクのみのプリンターはなくなってしまった。これだけ多色化しているのは、家庭でデジカメプリントを流行らせようという、プリンターメーカーの陰謀であろう。どうでも良いから安い黒インクのみのプリンターを出して欲しいものだ。
▼それと時々わたしの所にプリンターの故障を言って来られる方がいらっしゃるが、それはメーカーに持っていって欲しい。

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