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January 12, 2006

近松門左衛門とモーツアルト

▼昨日迷彩服のサイトを見ていたら、自衛隊の冬期迷彩服は、TVなどにでている隊員が着ているものしかないようだった。しかし世界の軍隊の迷彩服などというサイトがあって、わたし以上に物好きな方がいらっしゃるようだ。
▼朝刊にどこかのビルの地下で稲刈りをしている様子が紹介されている。たしかどこかの金庫のスペースを使ってやっている実験だと思う。過疎地の田舎にいけば休耕田などいくらでもあるし、現実にイネを作ることが禁止されている。そうでなくても都会の地下の水田などコストの割にあう話ではなかろう。この記事を書いている記者はそういうことをどう考えているのだろう。
▼昨晩のNHK歴史が動いたは「近松門左衛門」だった。武士だった人が、当時職業としてはまったく認知されていなかった義太夫作家に弟子入りして、苦節6年独り立ちする。さらにそれから「曾根崎心中」を書くまでに12年。原稿の片隅に作者・近松門左衛門と書くことができるようになる。原作に登場する九平次は近松の創作上の人物であり、現実の心中話にどうやって味付けをするかが、作者の腕であるという。シェイクスピアも同時代の作家であるが、彼はエリザベス女王などのスポンサーがたくさんいた。だが近松は自分の腕一本で、それこそお針子さんの一日の賃金の木戸銭を払って見に来る人が絶えないほどの人気になったのである。この事件をきっかけにあまりにも心中が増えたので、「曾根崎」は上演が禁止されてしまう。
▼筆一本で食べて行くという西洋での先達はモーツアルトである。今年はモーツアルト生誕200周年とやらで、10日のNHK「クローズアップ現代」でもモーツアルト特集だった。ある新聞にも「モーツアルトでもきいてみようか」ということを書いてる人がいた。彼を知るには岩波文庫の「モーツアルトの手紙」上下巻が分かりやすいと思う。これをお読みになると、あなたが持っているモーツアルト観が一変するであろう。それを一つのベースにしたのが、映画「アマデウス」だ。こちらはサリエリによるモーツアルト毒殺事件という話になっている。
▼古くから『鍵盤乱麻』メルマガをお読みの方ならば5年ほど前に1年間ウィーンからレポートを送ってくださった方をご存じかも知れない。彼女に「ザルツブルグに行ってみたい」と言ったら、「あら高地さんも?オーストリアに来て、ザルツブルグというのはアメリカ人と日本人だけなんですよ」と言われてがっくりしたことがある。その頃まではモーツアルトが好きで150枚くらいCDを持っていたかと思う。少数派が好きなわたしはそれからモーツアルトのCDを減らして、今では20枚くらいになっている。彼を好きなのは同時代の他の作曲家と違い、貴族のお抱え作曲家の道を選ばなかったことだ。大変な貧乏をして冬も暖房費用がなかったので妻とダンスを踊って寒さをしのいだという記録も残っているくらいだ。
▼では手元に残っているおすすめのモーツアルト。「トルコ行進曲付き」は何と言ってもグレン・グールドの演奏だ。「ピアノソナタ全曲」は内田光子の全集、「魔笛」はゲオルグ・ショルティ、「レクイエム」はレコードの頃から聞いている、カール・ベームのものだ。なぜこれらの演奏でなければならないかは、いずれそのうちヒマがあったら書こうと思う。

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