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January 03, 2006

◇「男たちのYAMATO 」は反戦映画か?

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▼ベトナムに滞在している友人夫妻からエアメールで年賀状を送って下さった。これで今年前半にはベトナムにどうしても出かけなければならない。
▼31日から危ない実験をしているせいで、パソコンの電源がいきなり落ちるというトラブルに見舞われています。CPUかメモリーのいずれかに衝撃を与えてしまったのでしょう。Webの不具合が見つかりましたら、そのせいです。解決までしばらく時間を下さい。最悪の場合メーカーのある小松までパソコンを送り返さなければなりません。
▼もう一つお詫びをします。今朝ブログを更新するとき、自分でオール7を踏んでしまいました。急遽7800番ゲットを作りました。みなさんすみません。
▼昨日某読者から映画の結末はどうなったか?という問い合わせをいただいた。「アンナとロッテをビデオに撮ってみたが、最後が切れてしまった」とおっしゃる。「落ち葉にくるまったあとはどうなったか?」というのが質問の内容だ。昨日見た「大和」の結末はどうだと言われたらはっきり言えないのだが、一応記憶に残っている事をお伝えした。
▼◇「男たちのYAMATO」1年ほど前、まだ父も正常に物事が判断できた頃の話。両親が徴兵制の有無を巡って会話をしていた。父は軍隊などはいらないといい、母は今時の若者を鍛えるために軍隊は必要だと主張していた。父が戦争中の体験をつづったいくつかの記録があるが、いずれも運よく生き残ったとしか思えない。父は血の気の多い方なので満州事変が起きたときすぐ、「満州に行きたい」と役場に申し込んだらしい。父は長男なので慌てた祖父母が役場に行って取り下げてもらったらしい。もし満州に行っていたら、いまのわたしの存在はどうなっていたか分からない。父は最初は前橋で後2回は松本連隊に入営している。2回目の時は母が出征前に見送りに行ったのだが、列車を間違えて会えなかったという。この映画は母や恋人が呟く「死んではいけない」一つのキーワードになっている。反戦映画というと左翼監督が得意とする、権力の圧政に転向しないで抵抗する人が一つのテーマになっているように思う。もちろん物理的に抵抗するというのは、大変素晴らしく立派な事であるとは思う。しかしわたしのような軟弱なものには「捕まえる」と脅されただけでペラペラあること無いこと自白してしまうような気がする。
▼戦前の軍国主義下にあって、映画のように国防婦人会などがタスキを掛けて衆目監視のなかで泣きながら手を振って分かれることなどできたのだろうか?わたした見聞きしている範囲では、そのように感情をあからさまにして別れるのは女々しいということで、できなかったとされている。映画で違和感を覚えたのは、西洋映画のようなこの別れの場面が多くあったことだ。
▼さてYAMATOとは日本が世界に誇った巨砲大鑑主義を地で行った軍艦の事である。なぜこんなものを作ったかといえば、当時の軍縮協定で米・英・日の軍艦保持数が数でそれぞれ5.5.3と決められてしまったからだ。日本はそれならばデカイものを作っても問題なかろうという判断になった。しかし当時の戦争は制空権がないものは勝てる見込みはなかった。だからこの大和が沖縄に向かう時も「援護の航空機はゼロ」と聞かされた艦長は、自殺と同じだとがっくり来る。
▼映画では多くの戦闘行為とともに、父母や恋人との別れがいくつか登場する。そして上官による兵への制裁も出てくる。海上自衛隊で麻薬吸引が横行したり、自殺者が多くでているのも、その名残であろう。だが愛するものとの別れが登場したからと言って反戦映画であるとは断じられまい。そして兵士たちは死ぬことが分かっていても、死に向かって突き進んでいかなければならない矛盾を、葉隠れを読んだり禅問答をして自らを納得させようとする。つまるところ上官たちは天皇の意向に逆らう事はできないという事を天皇の言葉の裏から知って沖縄に片道の燃料を積んで行くことになる。確か最後の戦闘場面は「プライベート・ライアン」のそれを凌ぐ程ではあるが、「反戦映画」と言い切っていいかどうかは疑問である。
▼映画には出てこないが、大和を作った海軍工廠はその資金を国から全額もらってソンはしていないはずだ。大和の兵士3千人死んでも武器商人はまったく懲りていないのである。

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