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April 11, 2006

戦争証跡博物館に行く-VSJ4

M48
▼本多勝一と石川文洋の本を読んだのは、現実に行われた作戦と、実際踏査した部分をシンクロさせて考えることにある。例えば石川の「ベトナム南北縦断2300キロ」によると、ドンコイ通りは邦訳で「蜂起」であり、当時は米兵相手の酒場が沢山あったとある。フランスとの戦いに勝利してからこの名称になったという。町に「COM」という看板がたくさんあった。はたしてこれはインターネット関係の仕事かと思っていたが、かなりの田舎に行っても看板がでていた。これは「米」とか「小さく砕けた」などの意味であることがわかった。また「CA」とは小さな魚であるという。昨日某読者がメールをくださって、「戦争オタクの編集長と一緒にベトナムにいかなくてよかった」と呟いていたのはおかしかった。昨日は不在中ご不便をおかけした各方面にブログの存在をお知らせしたので、アクセス数が普段の倍くらいになった。ありがたいことである。さらに別のサイトで連載しないか、というお誘いもあった。
ベトナム・センチメンタル・ジャーニー4(VSJ4)次に向かったのは戦争証跡博物館である。ちょっと道を迷ったがフランス領事館の少し先にあった。途中MINさんが喉が乾いたというので、露店でなく普通の小売店に入ったが8千ドンも取られた。やがてミネラル・ウォーターの適正価格は5千ドンであることが分かる。水の値段が分かれば、他の物の高低が分かってくる。石川の著書によれば93年当時ホテルで飲んだハイネケンが3万ドン、タイガービールが1万ドンとある。戦争証跡博物館は文字通り戦争、兵器のオンパレードである。博物館正面入り口から右にかけてまず一番ゴツイのがM48パットン戦車、次が日本の74戦車に似ているM60、そしてベトナム戦争であまりも有名になったM113ACP兵員輸送車があった。本多勝一の「戦場の村」ではM113戦車という記述があるが、12.7mmの機関銃が2丁装備されているだけで、大砲が装備されていないので戦車とは言えない。ホーチミン作戦博物館の方に展示されていたのは米軍から奪ったもので、ベトナム正規軍のマークが付いていた。証跡博物館の方には米軍の☆マークがついていた。ついでに云うと今NHKBSで再放送されている「コンバット」を見ると、ドイツ軍戦車はこのM60にナチスドイツのマークを付けたものなのでとても変だ。
▼さらにこの中はベトナム戦争で使われた銃器の展示室があった。マニアが見たら狂喜乱舞しそうな展示物である。みなさんに一々ご説明しても興味がないだろうから、これは遠景写真で済ませる。ただオール金属製の銃器には防錆のためラッカーた塗ってあり、ピカピカしておもちゃのように見えたのは残念だった。そして正面にはどこもホーチミンの像がデンと控えている。会場を出て左にはあの「地獄の黙示録」でも有名になったUH-1ガンシップが展示してあった。映画そのまま窓脇にはバルカン砲が設置してあり、アメリカ人見学客など喜んで記念写真を撮っていた。
▼そして左の建物には世界のベトナム戦争に反対する運動の展示コーナーがあった。その一角にわたしの仕事上の先輩Kが単身行っていた「ベトナム戦争反対ゼッケン」と著書の展示があったので懐かしく見て来た。帰国してそこで撮った写真をメールでお送りしたら奥さまからご返事をいただいた。ご本人は体調を崩しており、「4月9日はゼッケン開始の日だ」と意気軒昂であるとの事だった。さらにその先には政治犯を収容していたコンソン島のトラの檻が再現されていた。暗闇に檻の中には拷問でやせ細った人形が展示してあって、一瞬ギョッとする。さらに死刑に使われたギロチンの実物模型もあって、早々に退出してきた。

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