« メコン川を渡る(VSJ6) | Main | クチトンネルの入り口で(VSJ8) »

April 14, 2006

サンパンに乗る(VSJ7)

Nisikis

▼ベトナム・センチメンタル・ジャーニー7(VSJ7)
▼本多勝一の「戦場の村」を読んでいても、メコン川の解放地区の場所がどこであったか、戦争中なので秘密である。そこで昨晩「本多勝一集13/ベトナムの戦後を行く」を借りてきた。現在のメコンクルーズの船着き場があるのはミトー(表記はガイドブック、本多はミイトーと呼ぶ)で、本多が行ったのはさらにその下流にあるフンミイ村のラスグアといところであることが明記されていた。
▼最初の休憩所には何やら犬小屋に金網が貼ったものがあった。「あれは何か?」と聞いて覗くと、体長3m周囲の一番太いところは20cmくらいのニシキヘビがいた。写真撮影用に飼育されているようなので、「噛まない?」と聞いたら「ウン」とこっくりするので安心してクビに巻いて写真を撮ってもらった。この休憩所は沢山の試食や試飲が用意されていた。次の休憩所は楽器演奏と民族歌謡の紹介があったが、詳しくはMINさんの手記をご期待いただきたい。それが終わると手こぎのサンパン(さっぱ舟のようなもの)に乗り移る。この日の舟は乗客4名、漕ぎ手の女性は2名だった。ニッパ椰子の生い茂った細い水路を巧みに1本の櫓を操る。もっとびっくりしたのは梶は足で操る。だから彼女たちの右足の親指は異常に大きく発達していた。果樹を育て、サンパンを操り、生涯おそらくこのニッパ椰子の島から出ることなく暮らすのだろう。10分ほどたつと島の船着き場に戻り、大きなエンジン付きの舟に乗り換える。再び対岸に着くと別の船がいたので、義経の八艘飛びのように陸地に着いた。
▼後の大きなレストランの食事は象耳魚と呼ばれる大きな魚の唐揚げが出た。別に瓶入りのハイネケンのビールを注文したが美味しかった。ホーチミン市の大衆的なビールは「タイガー」(現地ではナチスの戦車同様、ティガーと呼ぶところもある)と呼ばれるもので、シンガポールとの合弁会社で作っている。ハイネケンはデンマークの会社との合弁だ。この詳細も夜の食事のことも省略し、いよいよ翌日はクチトンネルツアーに参加することになる。この日の夜はホテルの日本語デスクに「良い店を紹介してくれ」と頼んだら、結構高いベトナム料理のコースだった上に、酒のつまみのような辛いものが多かった。わたしたちは無駄遣いをしなくてよいように、近くのデパートでタイガービールの6本パックとウィスキーを買い込んで、ホテルの冷蔵庫で冷やして飲んで行ったので、レストランでは一滴も飲まずに帰ってきた。
▼3日目迎えの車は朝7時半に迎えに来ることになっていたので、朝食は朝6時半には済ませてまっていた。ふたたび別のメルセデスのワンボックスカーで迎えに来てくれたガイドさんはタンさんだ。乗っていたのは近くのキムドンホテルに泊まっているという、20代後半の青年が一人だった。ガイドブックにはトンネルに潜るので、汚れても良い格好で参加するようにと注意書きがある。今時こういうツアーには人気がないのだろう。もう一つの見学場所であるカオダイ教総本山は、カンボジア国境にあり、今日の走行数は片道220kmだと云われる。わたしの実家が東京から直線距離で190kだからそれにほぼ匹敵する距離だ。運転手さんは前日よりも上手い(より一層神風運転だ)。身体を固くして手すりにつかまる。市内を抜けると運転手さんは行き交う車に、パーとかチョキの日本のじゃんけんと同じ動作をくり返す。これは一体何なのだ?
▼「MINさんの訪越記」連載が始まりました。トップページからご覧下さい。

|

« メコン川を渡る(VSJ6) | Main | クチトンネルの入り口で(VSJ8) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« メコン川を渡る(VSJ6) | Main | クチトンネルの入り口で(VSJ8) »