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May 31, 2006

機器だけそろえて良い文章が書けるか?

▼月曜午後実家から帰ってくるとき、佐久平と軽井沢で乗り込んで来た2人の客が座るといきなりパソコンを開いた。見ているとデカいノートパソコンを持ったスーツ姿の若い男はメールをうっていた。こういう奴らに限って入力は遅くて見ていてイライラする。もう一人年配の方は小型の東芝リブレかなにかを使って図面のチェックをしていた。たかだか1時間10分くらいの間なのだから、ゆっくり寝ていれば良いと思うが、そうしない。前者は電波が通じないのか15分ほどで止めてしまった。そう、「俺は使い手だ」というような格好だけつけるのはよくない。後者は前屈みになって30分はなにやらやっていた。
▼実は29日のブログは新幹線の中で書いたものだ。FOMAにしてから電池は1日で切れてしまうことがあるので困る。しかしメールは1500字でもその気になれば大丈夫だ。パソコンを使えば5分足らずの量だが、あの長さだけ親指打ちでメールを作るのに30分近くかかる。それに文章の構成とかも多少考えなければならない。むかしi-モード用の折りたたみ式キーボードが売られていたが、結局流行らなかった。だから上記青年も会社あてに報告文書を作るのが目的であれば、FOMAにすれば軽くて移動が楽になるはずだ。
▼先週発売になった「週刊アスキー」6月6日号によると「超モバイラーに大決戦」として電子機器を持ち歩く人々の自慢話が出ている。一番重かったのは週刊アスキー編集長のMが持つ3.95キログラムで一眼デジカメから、バイオの新しい携帯パソコンと携帯電話2台がこの重量になっていた。2位がフリーライターの女性Tさんというで、マックブック、ウィルコムの携帯、携帯電話、ICレコーダーIpodでこの重さである。もうこれは撮影用に考えたバカな企画としか思えない。現実にはノートパソコン一台持ったら長距離は歩くことなどできない。それに田舎道を歩いていたら、電波はおろか電源すらない。最近わたしはバッグの重量を軽減するため工夫をしている。通常の取材は一眼デジカメとノート、それに長時間の取材のばあいは念のためICレコーダーを持参するが、再生して聞くことはほとんどない。さらに最近は携帯カメラ画像保存のために128メガのミニSDカードを入れたので、ノートと携帯さえあれば何もいらない。つまりいつでも取材はできるのだ。もっとフットワーク軽くしなければね。
▼日本のサッカーでもう一つ嫌いなことは、カネに明かして外国人選手を日本に連れてきては改名までさせてしまうことだ。こんなの「創氏改名」と同じだ。これは「広辞苑」によれば植民地支配のため、朝鮮人に日本式の姓名への改名を強制した政策。皇民化政策の一環として1939年公布、40年に施行された。

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May 30, 2006

「自分の感受性くらい」茨木のり子

▼サッカー報道とNHKに続き。例のキャバクラに行き、来ていた他の客に鮨を投げつけて話題になった選手たちはその後「キャバクラ8人衆」と呼ばれた。この名称は大いに受けてスポーツ新聞や夕刊紙に掲載された。ところが日本サッカー連盟はこれに抗議したため、その後紙面から消えてしまった。選手にダーティなイメージが付きまとっては困るのだ。だから遠征には仕立ての良いスーツを着せてTVカメラの前に登場させるが、所詮付け焼き刃で、馬子に衣装ということわざがあるが、馬子は馬子としか見えないのでまったくサマにならない。
▼それにしても文化勲章を受章した某美術史家は授業で、中田ファルージャに行っていたとき、彼を持ち上げることしきりだった。「中田見たさにイタリアに来る人が増えれば嬉しい」とまで言い切っていたのには驚きだ。
▼それでなぜマスメディアがサッカー連盟の脅しに震え上がったかだ。前にも書いたが日本のサッカーは電通が取り仕切っている。だからプロ野球と違って地元開催しても地元にはまったくお金がおちないから、力が入らないというのが地方紙の経営者たちの考えかただ。そしてもしサッカー連盟に睨まれたら電通から広告が入らなくなり、新聞経営は成り立たなくなってしまう。
▼日曜日の日経に1面トップに「サッカー巨大ビジネス」という連載が始まった。その1回目に、「サッカーには世界のトップ企業が資金を惜しげもなく投入する。その背景には巨大なマーケットがある」「だが、ビジネスのサッカーへの傾斜は、サッカーの普遍性を失わせ、ファンをサッカーから遠ざける危険もはらむ」と書いてある。現実にイタリアでは代表選出を巡って大きな汚職事件が摘発された。NHKでは日曜日のニュースでジャワ沖地震の被災者について報道し、日本人は91人全員無事であるという報道する。いまだに鎖国根性が抜けていない。しかも続いて死亡者は4000人を超えたと喋って拠金を訴える。そこまではまあ良いとしよう。それから2本のニュースでサッカー、日本代表を応援する寄せ書きを横浜で集約して、ドイツへ送るというバカなニュースを流す。何かボタンを掛け違えているのではないかと思う。もっとインドネシアの地震被災者を救援するための手段を報道すれば、日本人は拠金を寄せるに違いないのに。
▼数日前に心臓バイパス手術で渡米していた、1歳くらいの少女が感染症で亡くなったという報道があった。それはとてもお気の毒なことだ。しかし少女の顔を見たとき、どうやっても長生きできる顔には見えなかった。母親がサッカー選手らの名前を使って、拠金を集めたらこちらは1億円集まったらしい。先週の「週刊金曜日」で永六輔が書いていたが1億円あればアフリカの幼児が20万人救えるのに、そういう発想にどうしてならないのでしょうと。相変わらず日本は、自分の国の安否だけ心配している情報鎖国国家なのだ。
▼図書館が1週間館内整理になるので、先日茨木のり子の詩集を2冊借りてきた。

もはや
できあいの思想にはよりかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
自分の耳目
自分の二本あしのみでたっていて
なに不都合のことやある
  (よりかからずより)
  
 とてもよかった。もう一つ

自分で守れ
ばかものよ
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
   (自分の感受性くらい)
も良かった。(著作権法の関係で全文はご紹介できない。買うか図書館で借りて読んで欲しい)

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May 29, 2006

ずっと晴れていたので作業終了

▼わたしのように介護帰省する人もいれば、昨日軽井沢で下車した母娘のように、ビトンの大きなボストンバッグを二個とエルメスのショルダーを持ち、電車の中でアウトレットショッピングモールの雑誌と睨めっこしている人もいる。叔母達を車に乗せて父の見舞いに行く。父の妹には、「随分老けたなー」と言ってがっかりさせる。もう一人あの、高遠菜穂子さんの叔母さんにあたる人は、お洒落なので「綺麗だなー」、などといやにはっきり物をいう。前回の病院から、隣の老人健康施設に移されていた。ただ、ずっーと寝ていたので、自立歩行が出来ず、車椅子に座って、リハビリをさせられていた。思考能力は元に戻り、わたしのフルネームもいえた。父は気難しい人なので、照れ隠しなのか、苦虫を噛み潰すような、顔をしつあまり気合いが入った様子には見えなかった。わたしは理学療養師の指導に従って30分手足をしっかり動かしたら、今日はすっかり手足が痛む。車に乗っている人は今からでも遅くないから、すぐにでも車を歩いた方がよい。車は棺桶への近道だからね。
▼実家では母がY新聞の拡販団に無理矢理契約させられていた。しかも来年一月から、半年間もだ。さっそく抗議の電話して解約を申し出る。東京から来た、ナベツネのハイエナ拡販団め。昨夜三タテになって当然だ!
Kouchi(Mobile)

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May 28, 2006

秋葉原駅で水玉さんに偶然会う

▼昨日錦糸町で新幹線の切符を買ってしまった。一区間130円払うのが惜しかったので、20分汗だくになって歩く。秋葉原5番線で東京駅方面の通路を歩いていると、回り込んで私の顔を覗き見する女性がいた。すわ、昔別れた女性がストーカーにでもなったかと緊張したが、な、何と美しく水も滴る水玉文庫さんが、私の名前を呼んで下さったのだ。昨夜も夜中に何度かメールをやりとりしたばかりだ。ロッテは延長の末、二タテで巨人を下した。家には既報の通り熱烈なホークス支持者がいてファンクラブにも入っている。昨晩などロッテファンとは一つ屋根の下には住めないとまでいわれた。変心したAさんとどこが違うのかと問い詰められた。いや私は金権巨人を負かせてくれる球団ならどこでも良いのだと誤魔化した。
Kouchi(Mobile)

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◇「GOAL」を見る

▼2週間ほど前アメリカに住む、移民の人たちを制限しようとする法律を作ろうとしている事に抗議してヒスパニックなどの人たちが全米で1日抗議デモを行った。TVを見ていたらロスアンゼルスでは、何と65万人が行動に立ち上がったと言っていたので多い人驚いた。わたしは球技が嫌いなので実はサッカーとかに興味はまったくない。ゲームのルールさえよく分からない。また素ポコン物かと思ってあまり期待しないでこの映画を錦糸町バージンシネマで見た。
◇「GOAL」主人公はサッカー好きの少年だが、父親に眠っているところをたたき起こされ、生きていくためにメキシコ国境を不法越境するところから始まる。主人公はサンチアゴ・ムネスが労働力として一人前になるのはそれから10年後の事だ。毎日父と一緒に親方のトラックに乗せられてお金持ちの庭清掃に出かけて稼いでいる。父の口癖は人間には二種類いる、豪邸に住むヤツとそれを掃除するヤツ。だが後者になってはいけないと。そして仕事が終わったあと、地元サッカーチームで遊んでいる。持っているのはトランクス、シューズ、それにTシャツくらいだ。脚に防具を付けないと怪我すると言われて、汚物を入れてあった段ボールを割いて靴下の中に入れる。あるとき幼い息子の試合を見に来ていたスカウトから、目を付けられ一枚の名刺を渡される。良かったらトライアルさせてやるからイギリスまでまで来ないか、と言われる。シューズの底にためておいたカネは、父がハーフトラックを買うために使い込まれてしまう。イギリスに行くにはどうしたもあと400ドル必要だ。父からは、そんな夢を追わず地道に仕事をするように、と嫌みを言われる。だがそのとき同居している祖母がそっと手を差し伸べ、虎の子でイギリスまで行く航空券を手渡してくれる。
▼ヒースロー空港について、「どうやってマンチェスターまで行くのだ」と聞くサンチェ。喘息持ちを隠していたことから、噴霧式鎮静剤を踏みつぶされたり、テストの段階で仲間から集中攻撃にあって、入団のチャンスはなくなる。まぁ後は努力と根性でのし上がれといった内容だ。何度となく訪れるピンチ、そして1軍に上ってから父親が脳梗塞で急死してしまうので、これを潮時に帰国しようと思う。だがそれを理由にして帰国したら自分の人生に悔いを残すことになると空港から引き返す。一攫千金をもくろむ怪しいスカウトは、「俺と契約すれば大金持ちにしてやる」と言い寄る。そしてチームリーダーの酒と女の甘い誘惑。おおそうだベッカムなど、ホンモノが最後に出てくる。サンチェはチーム専属の真面目な看護師と恋におちて、やはり俺は遊ばずロスに住む祖母や弟のためにもサッカー一筋で生きて行こうと決意する。
▼ありきたりと言えばそれまでだが、虐げられた移民と、イギリスという厳然たる階級制度が生き残る社会においては実力しなかい、という事を知らされる。監督は何という人なのか分からないが、渋くて格好が良いこと。彼が女遊びと酒を飲んでばかりいるトッププレイヤーに小言を言う。「君はプレイだけでなく生き方、日常生活がチームの見本にならなければならない」と。日本代表の中田たちのように茨城県鹿島のキャバクラに行って、他の客に鮨を投げつけて騒ぐような連中、尊敬の「そ」の字も値しない。

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May 27, 2006

ある巨人ファンの心替わり

▼二日連続で飲まないようにしているのだが、月末は何かと会議がかさなっているので、つい飲んでしまう。いつもの編集会議の時元編集長が「交流試合でロッテは巨人を三タテだ」と言ったのには驚いた。なぜなら元編集長は根っからの巨人ファンであったからだ。幼い時は紅梅キャラメルを買って貰って巨人の選手のカードを集めていたという話を聞いていた。それにもう10年以上前になるが、元編集長の企画であの長島茂雄が1面トップにメッセージを寄せてくれたことがある。まだある、会議が終わって飲み会をしている時も片方の耳にトランジスタラジオのイヤフォンを耳に入れていて、その飲む場所にいる会話が身に入らない。さらに極めつけは運転しているとき、ピンチだったが誰か巨人の打者がホームランかヒットを打った。元編集長は「やったー」と車のハンドルから手を離してガッツポーズを取った。それまではいいが動いている車だから、前の車に衝突してしまった。前の車の運転手がまずいことに暴力団関係者だったために、和解するまでに随分時間がかかったということだった。
▼だから昨晩も「三タテってAさん(元編集長)巨人ファンだったんじゃなかったんですか?」と聞くと、「もうとっくの昔に見切りを付けましたよ」とおっしゃる。巨人が勝たない日はずっと機嫌が悪いと聞いていたが、随分変わり身の早い人だと思った。でもまあ昨日は一勝したので、ロッテがあと二勝することを陰ながら祈ることにしよう。
▼今朝7時のNHKTVのトップニュースは一体どうなっているんだ。ワールドカップに選手がドイツに到着して熱烈な日本人バ○サポーターが出迎えたとか言うのだ。バ○の一人は大分の男、もう一人は千葉からきたバ○女性だった。今憲法を変えさせる手続きをするための、国民投票法案が国会に上程されたとき、ドイツにワールカップ応援に行っている時か?NHKもトップニュース意図的に操作している。九条の会とかいろいろあるけど、同じ人が同じところで同じことやっても余り意味はないと思う。わたしの場合、「憲法改悪に反対する戦争オタクの会」会長だからね。サイトを色々見ていると、わたしと同じスタンスの人が結構いることが分かってきた。
▼二番目がライブドア裁判?これって大いにおかしい。国会で重要法案が論議されようとするとき、権力者は何か別の事件を持ってくる。それもさ、ライブドアの株買った男たちが、「粉飾決算をしていたのだから騙された」とか「自己責任ではなく損失として保証されるべきだ」とかおかしな論理を持ち出す。粉飾決算していない会社など、世の中に存在しないよ。監査法人なんてそのためにグルで、今や株を上場するときの必要悪にまでなっているんだから。じゃあ何かい、あんたライブドアの株で個人的に儲かっていたら、福祉施設に寄付するとか国民に還元すること考えていたの?ただ「もうかった」、とホクホク顔していだだけだろう。株なんて儲かるヤツもいればソンするやつもいるんだよ。ソンした分が、儲かった人の方に流れるだけの事なんだから。先物取引だとか未公開株なんてみんな法律で保護されているか、いないかの違いだから、どっちにしても手を出さない方が安心だ。
▼昨日の夕刊を見ても今週公開で面白そうな映画は1本もなかった。来たばかりの「週刊金曜日」を見たら「ゴール」が唯一面白そうだったので行ってきた。これはとても良かったので、明日朝書く。書いたら日・月と一泊で介護帰省となりまする。

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May 26, 2006

手作業のくず餅の作り方?

9joameこれは「憲法9条アメ」
▼昨日昼の「みのカメ」をご覧になっただろうか?またまたわたしの町内が登場した。くず餅の船橋屋である。若社長は後半本社の隣にある工場にカメラを案内した。この船橋屋のくず餅の特徴は、葛ではなく小麦を材料にしていることがその特徴である。岐阜の小麦を発酵させて蒸してから固める。そのとき係の人はペタペタ手のひらで叩いて、固まり具合を確かめる。どのように叩くのかスタジオのみのが聞くと、「20歳前後の女性の内股を叩く感じ」というのには大いに受けた。では工場の担当者はどうやって、20歳の女性をさわっているのだろう、という話になっていた。
▼水曜日定期検診にいつもの病院には、いつものように朝9時の予約で行った。少しでも早く終わらせようと8時半には着いて自分で血圧をチェックする。ところが9時には別の人が呼ばれて、その人だけで15分くらいかかった。わたしの問診はすぐ終わったが、人間ドッグのCEAの数値が納得いかないので、血液採取をしてくれという。これで時間をとられてしまった。通常30分程度で全部終わるのだが、1時間半もかかってしまった。でも受け付けにエビちゃんそっくりの可愛い女性がいたので、待ち時間もさほど苦にはならなかった。
▼先日の「夜よ、こんにちは」の中で赤い旅団の一人が持っているマシンガンはベレッタM12SSが一瞬写った。おー、さすがイタリアだと思った。このマシンガンは銃身前部にフォアグリップが取り付けられ、コントロールしやすくなっており、その後発売されたドイツのH&KのMP5KA4などにも採用されている。昨日の新聞に掲載されていた東チモール政府軍兵士が持っているのはミニミ機関銃だ。ミニミとはミニ ミトライユーズ(フランス語で小型機関銃)の略。写真にはボックスマガジンを付けた上に、首から弾帯を巻いている。通常の戦闘において兵士の前にカメラマンがいることはあり得ない。いかにも勇ましく見える、この写真はプロパガンダ用に撮影されたのだろう。
▼今週月曜日深夜に放映された「コンバット!」を録画して見ていたら、アメリカ人の女性記者が出てきて、ドイツが占領しているフランス人居住地に取材に行くのだ。ところが彼女がクビからぶら下げているカメラ3台が、みんな日本のニコンなのだ。おそらくレンジファインダーのニコンSPかSP3だったのには驚いた。当時35ミリカメラといえばドイツのライカしかないのだが、さすがに使うのはためらったのだろう。しかし上記カメラは戦後開発されたもので、ノルマンディー作戦の頃には生産されていなかった。このTVドラマはリアルなので、結構面白いがこの考証は残念だった。
▼昨夜新宿でHP研究会、討議が長引いて終わったのが遅かった。それで「きょうは遅いから本当に一杯だけだよ」といいながら飲み始めたら、ボトルを入れて遅くまで飲んだ。そして帰宅したら夜の10時半頃だったが、朝の引き続きで仕事のファクスが入って、酔った頭で色々考えるはめになった。

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May 25, 2006

疑うことがつぶされる雰囲気

▼昨日は母からの電話が朝6時にかかってきた。父を見舞いに行ったら、「自宅に帰りたがっているが何とかならないか?」というものだった。母が何でも自主的にできるならともかく、妹夫婦とわたしが貼り付けで援助しなければ、何もできないので、気持ちは分かるし、可愛そうだとも思うが、今の老健施設に入っているのが父にとって一番安全であると返事する。そして今朝は7時台からファクスと電話が入る。その対応をしていたら朝一番でブログを書き上げる時間がなくなってしまった。
▼2週間前に発売になって「週刊アスキー」に作家の倉本聡の話が出ていた。「人は負けたとき、なぜか北に行きたがる。決して南じゃない。北だ。だからほら、敗北って言うだろう」。なるほど、かつては「北帰行」という流行歌があった。朱里エリコの「次の北国行きがー来たら行くのー。スーツケースを胸に…」という「北国行き」というのとか、「津軽海峡冬景色」などキリがない。松山恵子の「お別れ公衆電話」の「♪~何も言わずにこのままそっと、汽車に乗ろうと思ったものを、駅の喫茶の公衆電話、いつかかけてた」にしても上野駅の構内にある薄汚いレストランを連想する。テレサ・テンの「空港/エアポート」も「何も知らずに、あなたは言ったわ、たまには一人の旅もいいねと」これも北という雰囲気だ。
▼いや別に流行歌の事を書こうとしている訳ではなく、先週なぜ秋田に行ったかなのだが、ただ安価で出来るだけ遠くに行きたかったという事以外にない。昨晩某読者からいただいた電話では「青春18切符で日本中を回ろう」というご案内があった。体力的にちょときつそうだが、関西方面に安価で行くにはこれしか方法はなさそうである。
▼それで7色の浴槽がある銭湯に行った話はちょっと書いた。その一番大きな浴槽には「ぬぐだまる湯」(秋田弁の散歩道参照)と書いてあったので驚いた。というのは佐久地方にも「ぬふとまる」という方言があるからだ。意味は同じ「暖まる」で共通している。東北地方の方で同じような用語の使い方をご存知の方がいらしたら教えていただきたい。一体どこが元祖で、長野まで辿り着くまでにどうしてこうなってしまったのか知りたい。
▼わたしが今一番面白いと思っているTV番組はNHK地上波1chの毎週火曜日午後11時からの「サラリーマンNEO爆笑コント!」だ。これは実質20分くらいの番組だが報復絶倒すること間違いない。そして昨晩はパソコンの個人レッスンが遅く終わったので、またまた午後11時に同じ時間帯の番組を見ていた。すると「茨木のり子が見た海」というテーマで近藤サトが朗読していた。そのすばらしさに圧倒され、これも図書館で借りてこなければと思った。
▼そして昨日の朝日夕刊14面で「爆笑問題」の太田光が「私と愛国」で「教育基本法」について発言をしていた。大事だと思った言葉は「日本が厭だと思うのは、何かを疑うことがつぶされる雰囲気です。(中略)誇りに思うのは、しょせん人間は未熟、ダメでいいじゃん、って許してくれる温かさ」。

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May 24, 2006

◇「邪魔者は殺せ」を見る

▼連休直前、急に携帯電話のメモリー管理ソフトの具合が悪くなって本体と接続できなくなってしまった。わたしの携帯には約400のメモリーが入っており、携帯で撮影sた画像データも管理する。まぁ画像はどうでも良いが、データは万一の紛失や破損に備えて1ヶ月に一度はバックアップしている。2週間ほどマニュアルに従って接続を試みたがどうやってもダメ。ノートパソコンに替えてやってもダメなので、頭を抱えていた。それでパソコンと、管理ソフトには原因はない、というところまで辿り着いた。日曜日携帯の分厚いマニュアルに目を通していたら、USB接続設定がリセットされていることが分かった。なぜそうなったか分からないが、これで正常に接続したのでホッとしている
▼◇「邪魔者は殺せ」NHKBS先週深夜に放映された。あの「第三の男」(1949年)を撮ったキャロル・リードがそれに先駆け1947年に撮影した出世作だ。アイルランドの独立闘争(IRA)に関わっている男が脱獄して仲間たちのアジトに帰ってくる。仲間たちはおりしも資金稼ぎのために銀行強盗を計画している。だが彼は半年も外出していなかったので、仲間たちは一緒い行くのは無理だ、と言われるが一緒に行かなければ顔が立たないと行動を共にする。しかし逃げるとき警備員を殺害し、自らも左肩を打たれて大けがを負う。アジトで待っている恋人キャサリン・ライアンの美しいことと言ったらない。主人公は密告すれば賞金を提供するという警察の誘惑を、人間としてやってはならないことだと考え直す馭者や酒場のマスターそれにルンペン、最後は教会の牧師に助けられ脱出しようとする。このそれぞれの立場の人の犯罪や、それでも怪我をした人は助けなければならないという倫理観が今の映画とは違って考えさせられる。そして追跡劇の印影の使い方は確実に「第三の男」で生かされている。そして大勢の警官隊に追いつめられた波止場。待っていた船は出港してしまう。恋人は彼が逃げなければ自分の手で決着をつけ、二人一緒に天国に行くと牧師に予告した通りになる。そして二人の亡骸に降り積もる雪。約2時間、ハラハラして息もつかせない。ラストシーンは見事としかいいようがない。

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May 23, 2006

◇「夜よ、こんにちは」を見る

▼人間ドックの結果が送られて来た。明日定期健康診断の日なので、ちょうど良かった。昨年と違い、食事に気をつけて長距離を歩いているので、再検査の項目はない。土曜日の新聞にキャスターの鳥越俊太郎が昨年大腸がんの手術をしてから、かなり健康に留意しているというエッセイを書いていた。止めたものビールなど飲酒一切、肉食、バターを使った料理。やっていることスクワット100回、徒歩だった。わたしの場合昨年同時期より体重が2kgほど増えてしまった。これはバレンタインデーで頂いたチョコを食べたせいではないかと思う。とくに西洋風クリーム系の甘味は厳禁である。食べないことが体重を増やさないコツである。
▼◇「夜よ、こんにちは」1978年3月16日イタリアの「赤い旅団」(日本の連合赤軍のようなもの)は、キリスト教民主党の党首アルド・モロを誘拐する。映画は若い結婚間近の夫婦が不動産屋に新居を案内してもらう場面から始まる。契約が終わると偽装夫婦の他に3人の男たちがやってきて、ある日木製の大きな箱が奥まった、本棚の奥に作られた部屋に運び込まれる。箱から出てきたのは誘拐したモロ首相だった。彼ら赤井旅団がなぜモロを誘拐したのか、それは余り明らかにされていない。おそらくモロは右派と共産党の歴史的な合意の立役者であったため、旅団の憎しみを買ったのだろう。妻を演じるキアラは放送局に勤務するシンパである。彼女の役割は食料の調達と、市販されている新聞を購入して、誘拐の効果を知ることにあった。映画は監禁されている部屋のモロと、赤い旅団のメンバーをめぐる密室劇である。誘拐しても政府から何の譲歩もひきだせないまま旅団は孤立していく。モロが家族やローマ法王に対して手紙を書くのを許されてから、その手紙が新聞に公開される。するとモロの書いた手紙が、読む人たちの心に響くため、逆に赤い集団を追いつめることになる。またローマ法王も跪いてモロの解放を訴えることまでする。イタリアにあって法王の力と影響力は絶大だ。
▼そして赤い旅団の「死刑判決」が下される。現実にはアルド・モロは55日間の監禁の後赤い旅団によって殺害された。映画はシンパの女性キアラが「判決」を出す権利が果たして自分たちにあるのだろうかと疑問を持つようになって動揺する。旅団の男たちの思いは第二次大戦中の実写フィルムによって再現される。ファシストによって手足を縛られて海中に放り込まれるレジスタンス。捕まえたレジスタンスに「逃げろ!」と命令して射殺する。あるいは縛り首になる瞬間のレジスタンスの人々が出てくる。もしかしたら、旅団の彼らは戦前レジスタンスを殺害した右派と共産党が手を組むのが面白くなかったのかも知れない。
▼キアラは自分たちにモロを「死刑」にする権利はないと覚る。そしてモロを死刑にする前夜食事に睡眠剤を入れる。そしてモロには「食べないで」というメッセージをナプキンに書いて差し入れる。みんな眠ってしまった深夜、月明かりに照らされてモロは町を歩き始める。この場面で映画は現実とは違って「救い」がある。そして現実のモロの国葬場面、これはモロの遺体もない。モロの家族もボイコットして参列していないことが明らかにされる。テロによって現実に連合は中止されたのだし、何となく殺害には政治的陰謀があったのでは、と考えさせられる。

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May 22, 2006

◇「隠された記憶」を見る

▼ユーロスペースは移転してしまって古い場所に行ってしまった。新しい場所とは渋谷東急本店の前を文化村の方に行き、渋谷シティホテルの前を左折する。そして50m程歩いた右側にある。1階は若者向けのアニメなど専門映画館になっており、当該映画館は3階にある。
▼◇「隠された記憶」TVで書評家として活躍している夫ジョルジュ(ダニエル・オートゥイユ)と出版社に勤務する妻アン(ジュリエット・ビノシュ)のところに、口から血を吐いている絵と、彼らの家をずっと撮影した1本のビデオテープが送られてくる。テープは「お前の家を監視しているのだ」というメッセージに違いないのだが、絵は何の事かまったく分からない。妻は怯えて警察に届けようというが、警察はまったく相手にしてくれない。妻は夫が何か隠しているのではないかと疑うが、「知らない」とシラを切るばかりだ。ビデオは増え、絵は鶏の首を切り取ったものも入ってくる。
▼3本目のビデオは明かに自分の家まで来るようにという、道案内になっていた。その通りに行き、ドアをノックすると一人の老人が住んでいた。ジョルジュは、明らかに恫喝されていると思い、「何が目当てだ、カネか」といきり立つ。相手の老人は「懐かしい、まさか来てくれるとは思わなかった」とニヤニヤしている。そのジョルジュがいきり立ってる様子もまたビデオに撮影されて、放送局の部長の元に送りつけられる。ジョルジュはその晩、とても怖い夢を見る。まだ小学生の頃、同居しているアルジェリア人が鶏の首をはね、胴体だけで走り回っている姿だ。
▼実は1961年フランスではアルジェリア人が200人ほど溺死する事件が起きて、ジョルジュの父はそのことに責任を感じ、遺児を一人引き取った経緯があった。だがジョルジュはその子が、両親の愛を独り占めしてしまうのではないかと恐れ、アルジェリアの少年が自分に刃物を向けたと偽りの証言をして、家から追い出してしまったのだ。この盗撮ビデオとクビを切られて血を吐く絵は、ジョルジュにたいする仕返しだったのだ。片方はTVに出演して美味い物を食べて、良い家に住む。片方のアルジェリア人親子は仕事もなく貧しい生活をしている。つまりこの貧富の原因は、フランスのアルジェリア支配に出発点があった、と監督は言いたいのだろう。あまり詳しく書くと面白くなくなる。宣伝で言う、「ラストカットに全世界が震撼」とは何か、ご覧いただければ分かる。
▼しかしジョルジュが後半早退して、自宅のベッドに素肌でもぐり込むシーンがあるが、もうブタとしか言いようがない太りようだ。それにジュリエット・ビノシュも体型を隠すためのスカートをはく。フォアグラなど美味い物食って運動しなければみんなこうなってしまう。NHKBSで21日午後4時「米国飽食の苦悩」(再放送)という番組を見た。ほんじゃまかの石ちゃんみたいな体型の子どもから大人までアメリカにはゴロゴロしている。司会は「美しい日本語」の斎藤孝、レポーターは料理研究家の服部幸應だ。飽食の原因を作っているのは、マックやコーラなどメーカーの戦略と責任。そこに行くのは主として低賃金の人たち。何故かといえば、長時間労働で遅くまで仕事をするとお腹を空かせた子どもたちにすぐ満足させるためにファーストフードに頻繁に行くようになる。登場した主婦は離婚して子どもと3人暮らし。収入は日本円で13万円。ファーストフードは4人で行って3000円。自宅で作るより安価で済むという。過食を防ぐために胃を小さくする手術を子どもたちに施す親も増える一方だ。しかし学校教育や給食で野菜を中心にバランス良く食べる事も必要だというプログラムも実践されつつある。日本もアメリカの二の舞にならないようにしなければいかんというのが、この番組の主題であり、中々見応えがあった。

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May 21, 2006

過疎地を見捨てる、医療制度

▼メルマガの送信を終えると2、3日はガックリきてディスプレイを見る気はなくなる。午後10時近くジャスミンさんからメールがあって、送ろうと思ったら既に届いていたので、今回はお休みさせていただきますということだった。通常メルマガは午後8時ジャストに送信する計画で作っている。もし1時間程度の遅れで送信してくださる時は、事前に一声かけていただければ、お待ちしている。
▼秋田ではこの土地らしいものを食べようと思い、探していたら稲庭うどんの店が行列をなしていたのでそこに10分ほど並んだら食べることが出来た。1050円だったがかなり美味しかった。以下食べた物と買ったものだ。中央市場というところがあったので立ち寄った。ここは八戸の観光用に出来た市場と違って。市民の胃袋を賄うものが並んでいた。関東ではみかけない野菜や山菜がたくさんあったが食べ方が分からない。わたしは今月初めに帰省したおり、たべて美味しかった、山葵の花をと頼まれてきた、きりたんぽを買った。前者はちょうど菜花のような感じで、茹でて食べるのだが、辛みと苦みがあってとても美味しい。この市場には地酒の量り売りをしていた。詳しくはMINさんがチラシを貰ったので、いずれ報告があると思うが、プラスティックの小さな杯に5ミリほど試飲させてくれる。MINさんとわたしはそれぞれ違う銘柄を買って、列車の中で夕食の駅弁を食べながら飲んできた。今回の旅行で感じた必需品リストは、マイさかづき(登山用のコップでも可)、虫眼鏡、周辺の日本地図だった。
▼昨日の土曜日は先週に続き、結局一日出勤して仕事をした。前日秋田に行っていたから、その代わりといえばそうなる。そこで聞いた驚くべき話。先週女性6人くらいを侍らせて、不法監禁で捕まった男に判決が出た。あのスキンヘッドの男だ。じつはあの男は細木数子の実弟だというのだ。そういえば容貌はそっくりである。それを知っているのに一切書かない芸能誌は一体何をしているんだろう。こんな事を書くとわたしも「地獄に堕とされるのかな?」
▼20日夜10時NHK教育TVETV特集「ある地域医療の挫折/北海道過疎の町で診療所医師が辞任」はとても考えさせられた。北海道の瀬棚町では予防医療を重点項目として診療所と医師を配置してきた。それに小さな診療所では考えられないが、お年寄りのリハビリに作業療養師を配置していた。所長は講演活動も熱心で、お年寄りの骨は強化出来ないが筋肉を付けることが、病気の予防に繋がると積極的に話しかける。牧場を経営する若い夫婦は妻が41歳で高齢出産、夫は人前で話しが出来ないという、自閉症気味の病気にかかっている。問題は牧場を切り盛りしているのは夫と、病弱な妻のたった二人である。彼が担当医に感謝していたのは、「先生が自分の買っている家畜の数から自分の仕事の内容をすべて把握していることだ」と語る。だから本当なら寝ていなければならない病状でも、とりあえず今日は点滴、明日は注射と考えて治療に当たってくれる。そして診療所所長は「かかりつけ医」を持つことの大切さを訴える。普通のお年寄りは脚が痛いと整形外科、胃の具合が悪いと内科、怪我をすると外科というように病院をハシゴする。だからそれぞれのところで、例えば胃薬を3種類もらって飲んで、具合が悪くなったからと自分で適当に薬を減らしていると言う危険な事をしている。だが所長が来てから総合的に診療所で間に合う体制にした。
▼ところが平成の大合併によって、新しい町長はそのような予防医療などという診療所はいらないと言い出したので、所長はじめ看護師さんが次々辞めていってしまう事態が生まれたのだ。1時間半の長い番組だったので書ききれないが、新しい町長はソロバン勘定しかしていない様子が手に取るように見えた。
▼きょうは渋谷ユーロスペースで連休の時から見たかった、フランス映画「隠された記憶」とイタリア映画「夜よ、こんにちは」を見てきた。月と火の二日間に分けてご紹介する。わたしは文部省推薦風の嘘っぱち「アリア」反戦映画などは見たくないので、こういうのに行く。

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May 20, 2006

秋田で本当の銭湯に入る

▼昨日は延べ11時間ほどかけて東北地方を一周した。詳しくは明日でも書くが、それほど疲れは感じなかった。携帯のFOMAは出発前に満充電にして行ったが、新潟を過ぎたらもう目盛りが減ってきた。ドコモの地図を見ると、裏日本側は基地局が少ないので、探し続けているため、電池の消耗が激しいのだろう。秋田駅で特急「いなほ」の前で写真を撮ってFOMAからブログに投稿したが、サイズを間違えて巨大な顔だけがアップしてしまった。新幹線が都内に入ってから湧々さんが「びっくりした」というメールを下さったので、帰宅してサイズを小さくした。
▼出発前に秋田市内の立ち寄りの出来る温泉をチェックしていった。秋田に3年住んでいたという人にも聞いたが分からない。結局インターネットで検索用語を入れて出てきたのは5件くらい。しかも駅から歩いて行ける距離には2件ヒットしただけだった。地図をプリントアウトし、そのうちの一軒「スーパー銭湯亀の湯」というところに行った。秋田駅から歩いて10分ほど、中通り病院の前にその「湯」はあったが、ある程度予想して行ったが、やはり本当の銭湯で入浴料は360円だった。古い作りで番台には、いかにも東北人という年配のおばあちゃんが座っていた。風呂は種類もあってそれなりに面白かった。風呂上がりには、昔のように牛乳を飲んできた。

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May 19, 2006

秋田駅を出発新潟に向かって

Inaho1
秋田駅を出発新潟に向かって出発します。東京駅着は夜22時30分頃です。
Kouchi(Mobile)

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上総国分寺尼寺跡を訪ねる

 昨日の朝は某大学で仕事のクレームに関する打合せをした。それは10分ほどで終わったが、構内の張り紙を見ると19日セパ交流試合がマリンスタジアムで行われる。当大学の学生証か職員の身分証明書を見せればワンコインの500円で試合を見ることが出来るという。しかし19日はかなりの雨が降りそうなので、せっかくの企画が実現するか微妙である。我が家でもきょうは神宮球場へソフトバンクとヤクルトの試合を見に行く人がいるが、まず無理ではないかと思う。
 さてその後袖ヶ浦市にある「東京ドイツ村」へ取材に行くことになっていた。今回もわたしが担当である。先週は国労、今週はドイツ村と結構ただ働きが多くて忙しいのである。国労はすでに新聞にして発行されているので、「読んでみたい」という、奇特なご希望の方がいらしたら声をかけて頂きたい。PDFでご紹介させていただく。
 元へ、それでM編集長の妻Kさんの所有する、ナビ付きの車で無事ドイツ村に着いた。ところが荒天のため設備点検で休業だという。平日に予告することなく、平気でに急に休んだりする変なテーマパークである。何故事前に電話して調べないのだろう、文句を言っても仕方ないので近くのファミレスで、腹いせに豪華な大盛りのカツ煮弁当を食べて作戦を練った。ガイドブックを見て上総国分寺尼寺跡に行くことにした。尼寺とあればどんな遠くでも行かない手はない。カーナビに尼寺跡展示館の電話番号を入れると、あら不思議地図に目的地がセットされる。もうバ○でも運転できるのだ。カーナビは取材の必需品だ。
 20分くらいで場所に着いた。今時いい年をした大人が午後見学にやってくるのは珍しいのだろう。元地元の中学校の校長とおっしゃる係員が手ぐすねを引いて待っていた。別にお願いをした訳ではないが、映画が20分だから見ろ、そして模型が動く、全部で1時間もあれば全部説明できるからというので、断る理由もないのでありがたくご高説を承ることにした。以下その本番原稿の前の下書きだ。
 某電力会社のCMに登場する床暖房・小野妹子(おのの・いもこ)が聖徳太子の命令で,遣隋使として当時の隋へ派遣されたのは西暦607年のことだった。妻夫木聡がCMで言うように彼は男であった。彼が持参して国書には「日がのぼるところの天子が、日がしずむところの天子に手紙を差し上げる」と書いてあった。つまり当時の日本は中国の随の皇帝と対等の立場を強調したかったのだ。これに対して皇帝はたいそう怒ったが、日本と友好関係を築くことは、当時朝鮮半島を支配することを狙っていた隋には好都合だったため、国交は実現した。つまり日本は中国の仏教の権威を利用して国を律令国家にしようして利害が一致したのだろう。
 市原市にある国分寺はそれから140年ほど後の741年に聖武天皇の詔により、国の繁栄を祈るために全国で60ヶ所余りの場所に建てられた。当時中国は僧寺だけだったが、日本は光明皇后の強い意志によって尼寺(法華滅罪之寺)と一緒に作られた国立寺院であった。市原市にある上総国分寺はその中でもかなり大きなものだったという。高さ60mの七重の塔があったというので、現在の鉄筋コンクリート建ての市原市役所よりも高い建物だ。当時の技術でこの高層建築物を立てるのは容易でなかったと想像できる。基礎の石は蛇紋石で統一されている。巨大な石はおそらく鋸山あたりで採掘され、海で市原沖まで運ばれ、そこから川伝いとコロでここまで持ってきたのだろう。動力は人力だけだから時間もかかる。主要な部分は奈良から技術者が来たようだが、あとは地元の労力が徴発された。だから人心を平穏に安静にさせるための建物は人々の反感を買い、支配者のもくろみとは逆に恨みを買ってしまった。
 さて問題の尼寺だが正倉院に見られる貴族文化が花開いた時期に異常気象が続き、天候が不順で作物の不作が続いたので、人々は飢えや疫病に苦しんでいた。さらに蘇我入鹿のクーデターなど政治の争いや国際関係の緊張で人々は苦悩していた。こんな時支配者の考えることはひとつ宗教を利用することだ。聖武天皇と光明皇后は自らを仏の下部として仏教の力を利用して人々の心をひとつにまとめるために、この国分寺を全国各地に作った。
 とくに市原の尼寺は寺域が全国でも一番広く、発掘調査によって付属施設を含めた古代寺院の全貌がはじめた明かになった国分寺尼寺跡として、昭和58年と61年にその遺跡の主要部が国の史跡として指定された。ちょうどバブルの時期ということもあり、回廊と中門が三州瓦を使って見事に復元されている。静かにここに立って未完で終わった草むらを見ていると、思わず1200年も遡ったような気分になってくる。とくに如来像の髪である螺髪や、寺名を土器に墨書したの「法花寺」というやさしい文字には当時の人々の息づかいまで感じることができる。場所:市原市国分寺寺台中央3丁目5番2号 史跡上総国分寺尼寺跡展示館電話0436-21-7633月曜休館、説明をしていただくにはなるべく平日の午後が好ましい。事前の予約をすれば尚可。
 取材を終わったら別の人がわたしのカメラを見て、「一眼デジカメですか?高そうなカメラですね。プロですか?」などと話しかけて来た。ここでつきあっているとまた時間がなくなる、「ええ、本体だけで軽自動車が買えます」と逃げ帰って来た。前にツテを頼って戦争挿絵画家の小松崎茂氏を、柏のご自宅まで訪ねたことがあった。氏も実はカメラマニアであることは承知していた。コレクションもあったのだが火災で殆ど燃やして仕舞われた直後だった。わたしはそれを意識して買ったばかりのニコンF4を、持っていったら、「おお良いカメラを持っていらっしゃる」と話が大いに弾んだことがある。小松崎氏は気むずかしい人だから30分も話を聞く事ができれば大成功と言われたが、そのときはマニア同士で2時間も話が弾んだ。おおいかん、これで予定原稿の文字数を大幅に超えた。
▼昨日のETC必置科に関して某読者からご意見を頂いた。「第一の理由は、パチンコカードの様に、天下り先の確保かも。財団のトップはトヨタの社長ですが、専務理事は元国交相局長、他の役員も半数は元高級官僚で、他は関係業界の代表ばかりです。」
▼本日は終日、東北新幹線と新潟新幹線に乗っていますので、携帯はあまりつながらないと思います。携帯メールでご連絡下さい。

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May 18, 2006

ETCが義務化されるようで…

▼赤城青年の家は、ここも独立行政法人になっていました。しかしきちんと朝晩の「国旗掲揚」だけはあるようです。ついた時のガイダンスで、最後の注意事項で「不審者に会ったら」というのがありました。係の人は「不審者がでた事は今までありません。しかし先月の末にイノシシが出ました」というのには、一同大笑いしました。もしイノシシが出た時はどう対応すべきか、については説明がありませんでした。
▼もう一つ電話の事で、青年の家では携帯のFOMAの電波は来ているが、ムーバの電波は来ていないという説明がありました。やったね!そんなわけで昨日もブログの更新が出来た訳です。
▼最後にここはISO1400をやっていた。これは環境に負荷を与えないというとり組みだ。その一つに省エネ電力というのがある。一定時間たつと電源スイッチが切れるのだ。困るのはトイレでおよそ3分くらい動かないと、トイレは真っ暗になってしまうのには驚いた。だからトイレに入ったら足踏みするとか、腕をグルグル回さないといけない。その1400のせいではないだろうが、夜は風呂が壊れて沸かなかったのでみんなブーブー言っていた。とにかくとても変な施設であった。
▼最終日伊香保のグリーン牧場というところに立ち寄ってお弁当を食べてきました。牧場のロゴが昔のゲートウェイのようでした。ここはまだ八重桜が咲いており、ベンチで開いた弁当の中に散っていく花びらが入ったので、そのまま食べてしまいました。脚の太い老馬が観光用に馬車を引いていましたが、第二の人生いや馬生を送っているのでしょうが、ちょっと気の毒な感じがして、わたしはとても乗る気にはなりませんでした。ここで採れた牛乳で作った、「さくら味」ソフトクリームというのは美味でした。
▼バスという乗り物は疲れます。記憶をたどると、わたしが生まれて最初に乗ったのは、終戦直後だったので、木炭バスというものでした。バスの後ろに巨大な木炭を燃やして圧力を出す釜がついていました。ちょっとした急勾配の坂に行くと、もう動きません。乗客は全員おりて、坂を登り切ったところで待っていたバスに再び乗りました。石油がなくなってしまったら上記ISO14000で燃料も見直され再び、こんな木炭バスや木炭乗用車が登場するのかな?なんて考えて乗っていました。しかし先日報道された、ETCを付けていないと高速道路を走れなくなるという法律、驚くべき監視国家になりますな。いよいよETCの本質があらわになったという感じがします。わたしは当面実家で高速を走ることはないので、取り付ける必要は感じませんが、そのうちそうも言っていられなくなるのでしょう。悪法は「ポルノ取り締まり」や「利便性」を売り物にしてやってくる。

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May 17, 2006

赤城山の麓はとても寒い。

▼標高500Mだが700Mの実家よりも遥かに寒い。盆地と山の斜面の違いだろうか?バスが現地に附くまでは小雨がパラついていた。屋内の体育館で、競技をさせられのかと思っていた。しかし到着して昼食をすませたら、雨は止んだ。他の講師たちと、ツツジが咲いている高原を散策した。小さな池があって、無数の小さなオタマジャクシが蠢いていた。こんなに沢山いで果たしてどれだけ生き延びる事ができるのだろうか?夜の研修会で、ベトナムはなぜアメリカに勝つ事が出来たか、という話とインターネットを金儲けではなく、民衆のために活用することの大切さについて話した。近くの前橋市には鍵盤乱麻の古い読者である、UFOちゃんが住んでいる。3年前の夏に携帯と、そのメールアドレスを替えた事をわざわざ連絡してくれた律儀な方である。さっそく携帯メールを送ったら、メールは届かなかった。直接電話したら、留守電になっていたが、すぐ返事をくれた。もう四、五年ほど会っていないが、とても懐かしがってくれた。あとで気づいたらお互いに顔が見えるTV携帯電話のようだった。せっかくなので動画で話をすれば良かったことに気づいた。
Kouchi(Mobile)

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May 16, 2006

「聴かせてよ愛の言葉を」

▼今朝は学校行事で、これから赤城山の麓まで1泊2日で出かける。今週は何かと出かけることが多い週だ。たった一泊なのだが、上履きのスニーカーとか、パジャマなどがあるので、ベトナムの4泊5日より荷物が多くなりそうだ。何ということだ。
▼わたしが宮崎駿の作品で一番好きなのは、何と言っても「紅の豚」だ。宮崎駿監督は銃器マニアでもあるが、本当は戦車マニアでもある。それはいくつかの彼のエッセイを読んでみればわかるが、とくに「宮崎駿の雑想ノート」に詳しい。その「紅の豚」の後半に加藤登紀子が吹き替えをしている、マダム・ジーナの歌う「聞かせてよ愛の言葉を」というのがある。いつか彼女の全曲を聴きたいと思っていた。ところが先週12日の朝日の夕刊を見ていたら、加藤登紀子の新しいCDが出ていた。「加藤登紀子シャントゥーズ仏蘭西情歌」というのだ。加藤登紀子自体は好きな歌手でも何でもないが、この歌だけは良い。気に入ってしまって歩く時、眠る前に聴いている。
▼夕食前に一言5分間、何かベトナムの事か何かを生徒に喋って欲しいと言われている。行きのバスの中で考えて行こう。

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May 15, 2006

◇「ウィスキー」を見る

▼朝から天気は良くなる筈だったが、はっきりしなかったので、つい外出しそびれてしまった。それでも一日動かないのは身体に良くないと思って、夕方から歩行コースに出かけた。実はこの旧中川沿いのコースは、2年ほど歩いているうちに飽きてしまっていた。4月から川下のコースが全面開通したようなので、そちらを歩いてみようと思った。まったく新天地を歩く気分である。東大島を超すと小松川公園にたどり着いて、旧中川沿いの道は終わっていた。小松川公園の一角に「風の広場」があって、小松川閘門が保存されていた。江東区の一部にはまだ閘門が残っているが、この閘門は当時の食料や物資を船で、東京まで運ぶための必要不可欠の物だったに違いない。丘の一角に残された巨大な閘門には、ただただ驚かされてしまった。近くにはラジコンを走らせたり、江戸川区のカヌーやカッターの倉庫があったり、河川敷では草花の手入れをしている人たちの姿が見えた。いま一番やってみたいのはカヌーで、いつか挑戦した見たいと思う。昨日はカメラを持参しなかったので、次回撮影したらその風景をご紹介したい。往復1時間半の距離を歩いたら脚はパンパンになっていた。マンションにたどり着くと7階に住むTさんに会った。自転車から降りて、手に釣り道具のケースのような物を持っていらっしゃる。「釣りですか?良いご趣味ですね」と声をかけると、中にはバルサ材とボール紙で作った、手作りの紙飛行機が6機ほど入っていた。70歳くらいの方だが、悠々自適で暮らして行くには、さほどお金はかからず、自己を鍛錬する良い趣味だと思った。
◇「ウィスキー」NHKBS13日夜放映。わたしたちが記念写真を撮るとき、「チーズ」と言って微笑むのは、誰のためにしているのだろう?自分?写真を見てくれる人?作った微笑みは誰のため?ウルグアイの小さな靴下工場を経営するハコボ。従業員は3人で毎朝午前7時半にシャッターは開けるのだが、主任級のマリアはすでにそのときはシャッターの前で彼の出勤を待ってる。電源を入れて機械を動かし、仕事を始めるとマリアがコーヒーを入れてもってきてくれる。最近機械の調子が悪いので修理屋を呼ぼうと思っている。納品先は支払いの小切手はない、というので納品すべき靴下を持って帰ろうとする時もある。ある日1年前になくなった母の納骨式のようなものをすることになる。ブラジルにすむ弟がやってくるのだが、世間体を気にした兄はマリアにアルバイト料を払うから2、3日夫婦を装って欲しいと頼む。マリアは気さくに「お金はいらないからいいですよ」と答える。弟のエルマンがやってきて、兄と10数年ぶりくらいに再会する。
▼だがハコボは相変わらず気むずかしく、弟ともうち解けない。一方マリアは偽の夫婦を装っていること自体、イヤになってくる。弟はせっかくの機会だからブラジルにイグアナの滝を見に行こうと誘う。ハコバは気が進まないがマリアは積極的だったので、2人の偽夫婦も一緒に行くことになる。海辺でゲームで当たったカメラに向かって3人は「ウィスキー」と言って微笑む。だがそれは偽の夫婦と弟を形式的に結びつける儀式でしかなかった。ホテルのバーでカラオケをやっている最中、弟は封筒に入れた金を兄に手渡す。「今まで兄さんがお母さんの面倒を見てくれた期間のお礼と、自分の気持ちだ。靴下編み機をイタリア製の新しいのに買い換えてくれ」と言う。兄は一度断るが、みんな寝てから一人ホテルのカジノに行って、大儲けする。しかしマリアはそんな融通が利かず、冒険もせず判を押したような生活をくり返すハコバに嫌気をさしてしまう。帰国してお礼のお金を手渡してから、マリアは工場に出勤する様子がなかった。ウルグアイの「チーズのポーズ」とは「ウィスキー」だったが、写真の笑顔とは違い3人のうち解けるきっかけにはならなかった。

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May 14, 2006

◇「ナイロビの蜂」を見る

▼昨日出動の準備をしていたら、仕事の連絡があって、「すぐ来て欲しい」という連絡が入った。ここはお得意さんなので電話があれば、大体駆けつけることにしている。それで半日は仕事をしていたので、午後3時から予告通りオリナスで「ナイロビの蜂」を見た。『鍵盤乱麻』メルマガで2年前11月2号でご紹介した、帚木蓬生の冒険小説「アフリカの瞳」というのがあるが、あの話にかなり似ている。小説はアフリカに蔓延しているエイズである。西欧の諸国はエイズ対策のために開発された試薬の被験者を非合法に(本人の了解なく)アフリカに求めている。日本人医師は危険でかつ効き目も分からないような、抗エイズ試薬を診療所などを中心に被験者を募って実験している事実を突き止める。それはアメリカの後発とも言える製薬会社であった。そしてサンプルを集めて製薬会社を追いつめようとする矢先、妻と娘が何者かに誘拐されてしまう。
◇「ナイロビの蜂」(Constant Gardener*直訳すれば「心の変わらない園芸家」なせこれが「ナイロビの蜂」になるのか、後で書く)こちらは結核の抑制する薬を巡る話になっている。国連の職員としてアフリカに派遣されているイギリス人一等書記官ジャスティン(レイフ・ファインズ:こいつもいい男ぶるので、大嫌いな俳優だ)はある記者会見でイギリス外交のアメリカ追随姿勢について、会場にいたフリーのジャーナリストであるテッサ(レイチェル・ワイズ)にかなり突っ込まれる。会見場は気づくと二人しか残っていない。テッサはお詫びにと言って自宅にジャスティンを自宅に招くが、考えられない事だがその場で親密な関係になってしまう。テッサはジャスティンがケニアに赴任するとき連れていってくれと、結婚してついていく。だがパーティの時など、他の外交官に製薬会社の不法な実験の事をしつこく聞き回るので、みんなに「カミさんを何とかしろ」と煙たがられる。ジャスティンは、こういう組織の人間にありがちな、「事なかれ主義」をつらぬくのだが、テッサはなおも取材を続けていくうちに、銃撃を受けた殺害死体となって発見される。ジャスティンの趣味は唯一ガーデニングなのだが、水やりをしているところに、同僚からその連絡を受けて衝撃を受ける。調べて行くと製薬会社と株価つり上げをめぐる、陰謀が仕組まれていたことが分かる。そしてジャスティンは妻の足跡をたどる旅を続ける。情報局長や同僚などから「手を引いて帰国せよ」と警告されるが、外務省を求職して単独で調べて行くと、妻が殺された現場にたどり着く。そして銃を手にした追っ手もやってくる。
▼つまり「蜂」とはロッキード事件の榎本三恵子の名言「蜂の一刺し」から出ているのだろうと思った。映画では「テッサの一刺し」という事でひっかけているのだろう。しかし感傷的な白人のアフリカ感だけが印象に残る。アフリカの人々の立場に立っていない。この映画を撮ったフェルナンド・メイレレス監督の第一作「シティ・オブ・ゴッド」がとても良かっただけに、残念。インチキ占い師の江原啓之がCMで宣伝しているだけに余計怪しい。

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May 13, 2006

錦糸町の南北格差を見る

▼先週発行された「週刊新潮」に「錦糸町駅の南北格差」について書いてあった。かつて錦糸町駅というと場外馬券売り場と簡易交通裁判所が名物だったと思う。今でも休日になると駅はそれらしい、横縞のポロシャツにダークグレイのズボンとつっかけを履きを、眼を血走らせた男たちで賑わう。夜になると新宿歌舞伎町と似た雰囲気になってきて、世界各国の女性と目つきの鋭い男性がたむろし、ちょっと近寄りがたい。その点北口は再開発が順調に進み、新宿西口とおなじような高層ビルが5、6本立ちはじめた。その一角、元精工舎本社工場の跡に出来たのが、オリナスというショッピングモールだ。先日行ってみたが、天井の高いゆったりとした作りで、若者向けの店が入っている。またスーパーマーケットは東急ストアが入っていた。
▼このすぐ近くにアマチュア無線時代の友人の実家があって、同じ業種のスーパーを開いていたので、倒産しないかと心配した。しかし取材の折通って見たら、店の半分はコンビニになって、残り半分はこざっぱりとした調剤薬局になっていた。彼は薬剤師の資格もあるので、これで心配はいらないだろう。しかしわたしが数十年通っている眼鏡店は、精工舎の指定店になっていたが会社そのものがなくなった上に、このショッピングモールの中にも眼鏡店は出来たのでかなり苦戦が予想される。
▼昨日某読者がメールを下さった。「うちの車はニッサンで、カメラはニコンだ」という。わたしは一瞬??となって、この人頭がおかしくなってしまったのかと5分ほど考えた。そして、そうか1日前の軍需産業の事かと思いついた。さっそく電話したが、いつまで立っても話し中なので、「長話を止めてすぐ電話を切れ!」と携帯メールを送った。事情を聞くとブログを読んだ夜に、自分の事を思いついて書こうと思ったが忘れて寝てしまい、翌朝(つまり12日朝)に思いついたのだそうだ。「何の事か分かるまでに時間がかかる」と言ったら「編集長の方が惚けているのでは」というつっこみが返ってきた。いや、わたしはブログを書いた瞬間何を書いたか忘れて、翌朝何を書こうと必死に考えるようにしている、とお答えした。すると「もう泥沼だね」という返事が返ってきた。最初の一行だけ書けばもうしめたものだ。雨が強いようだから渋谷は止めて、オリナスの中のバージシネマに「ナイロビの蜂」でも見に行こうかと思案している。

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May 12, 2006

時代錯誤の「祝・新タワー」宣言

▼我が家にいる二匹の猫のうち知能犯のロクちゃんは、毎朝夜が白々と明ける頃、わたしを起こしにやって来る。今は大体午前4時頃で、「ニャン、ニャン」と鳴いて窓ガラスを開けてくれと催促する。こっちも毎朝のことで眠くてたまらない。無視して寝たふりをしていると、最近は机の上の物を蹴って床にバタンと落とす。昨日はメガネを、今朝はCDをけ落とされた。仕方なく起きあがって雀のエサを隣家の屋根をめがけてばらまく。落とされたCDはフランスのピアノトリオ「giovanni mirabassi,piano」とう頂き物だ。もうジャック・ルーシェの時代ではなくなったのだろうか。
▼昨日は両国駅に国労の取材に行った。対応してくれたのは国労千葉地方本部のS副委員長さんだった。主たるテーマは、4月から窓口が千葉支社内で7駅無人化された話だった。ついでにレール破損のことなどもお聞きすることができた。最後に「いつも対応してくれていたT副委員長を最近お見かけしませんが?」と聞くと、「2年前に脳梗塞で倒れて入院し、今年入院したまま定年を迎えました」という返事が返ってきたので大いに驚いた。みなさんも、食事とコレステロール値、それに運動不足にお気をつけ頂きたい。
▼墨田区内を歩いていると、「祝・新タワー」の張り紙が目立つようになった。朝日で日曜日から昨日まで5回連載で、しまなみ海道とそれで取り残された老人たちと、大儲けして造船バブルのように、投資会社を作って造船主たちのカネが、東京のマンションや世界を駆けめぐっている話が出ていた。この取材記事は「さすが朝日」と思わせる力作だった。つまるところ本四架橋が出来て地元が潤うと思っていたが、現実には人も車も素通りするだけで、地元にはお金は落ちなかった。そして平成の大合併でますます取り残されるようになった。とくに島に住むお年寄りが病院に通うことができなくなって、村を捨てなくてはならなくなった。というお金のない普通の人と、カネが余っている人たちの格差がますます広がっていることを、鋭く描いたルポだった。
▼東京タワーが出来たから、芝公園付近の人たちが豊になったという話など聞いたことはない。ヒルズだって同じことが言えよう。例え業平橋に高さ500mの新タワーが建ったところで、地元などは何も潤う筈がないのだ。

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May 11, 2006

軍需産業と不買運動

▼9日久しぶりに更新した、「戦争は許さない」のコーナーに書いたパナソニックの戦場仕様のヘビーデュティに使うことができるパソコンの件。実はこのメールは4月に受信していたものだが、転載するのがおそくなっていた。ところが昨日某サイトを見たら、パナソニックがこのパソコンを回収することを決めたらしい。最初に問題提起をしたのは杉原浩司さんという方である。ところが昨日「杉原浩司」の名前で検索してみると、杉原氏が色々な人に批判されていることが分かった。
▼杉原氏を批判している人は、「パソコンを兵器というなら、自転車やラーメンだって軍人が使えば兵器ではないか。だからみんなボーダーレスで、パソコンだけを攻撃するのはお門違いだ」というのがその主旨である。わたしの考えでは、軍事転用技術はすべて武器であるし、それが直接・間接に殺人に使われればそれは「兵器」であると思う。では「反戦運動」といいう立場でどうすべきか?例えばベトナム戦争中にベ平連(ベトナムに平和を、市民連合の略)は、麒麟麦酒は軍需産業の三菱の関連会社だから、飲むのは止めようという運動をしていた。だが近年ではアサヒビールの会長が、日本兵器工業界の会長になっているから、こっちもその対象になるのではないかと思った。その論法で行くと、わたしが使っているカメラは殆どニコンだった。日本光学は自衛隊の測定観測機器を作っているから使えなくなる。
▼もし資本主義に反対する政党があって、資本主義が作ったものはすべて否定する、という事になったらこれは実質的に生きていくことはできなくなる。イラク反戦運動の中に「ハリウッド映画は見ない」というのもあったが、これも徹底することはかなり難しい。イラクの画像を見ていると、政府軍や攻撃する側トヨタのランクルを多用している。反政府勢力はと言えばトヨタやニッサントラックを使っている。しかしトヨタやニッサンの車を抜きにした生活は考えられない。それに日本の大企業は何らかの形で、軍需産業に深く関わっている。問題は軍産複合体になると、産業構造が転換してしまい、軍需産業が国の経済の根幹を占めてしまうことなのだ。そのためには、目標を絞って運動をしないと「効果」は上がらないのではないかと思う。

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May 10, 2006

エンカの花道の事

▼授業は順調に進み始めた。今年は自分とほぼ同年代の人たちで、しかも4時間目で疲れ切っている頃なので、パソコンの楽しさのような物を組み入れている。例えばインターネットの活用だ。先週は辞書サイトと、翻訳サイトの紹介をした。何故かと言えば「プロパティ」と話した時に、「その意味は何か?」と聞かれたからだ。普段何気なく使っている言葉なのに、いきなりそんな質問が出てくるとは思わなかった。通常「属性」とでも言うのだが、パソコンの場合「属性に関する情報」とでもなる。わたしが普段使っているのは「gooの辞書サイト」で「三省堂」が提供する「英和」、「和英」、「国語」、「辞書すべて」それに「百科事典」というい項目がある。わたしは岩波の辞書は嫌いなので、この三省堂のは気に入っている。「百科事典」については、先日「三池」を見終わった後も話になったが、「 『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2005/12/14 21:00) 」の事だ。これはかつてあった平凡社のものとは違い、インターネットの世界で、専門知識を持った人たちが力を寄せ合って書き加えているユニークな辞書である。
▼おりしも今朝の朝日に「ブロードバンドの普及とともに、パソコン雑誌が売れなくなって、廃刊に追い込まれている」という記事が掲載されている。現実にわたし自身、パソコン雑誌は買わなくなってしまった。それに例えば「ペーパーレスの保存方」とかいう同じ内容の連載が、何度も何度も登場するので嫌気をさしている。スキャナーで読み込むよりも、必要なページを引きちぎってバインダーに保存しておくのが、コスト的に一番合理的なのだ。そんな事を手間ひまかけてパソコンに取り込む人の気が知れない。パソコン雑誌は言うまでもなく、広告収入で成り立っている。だから記事もメーカーに「よいしょ」する記事ばかりである。そういう雑誌は読者に嫌われ、批判的な記事を書く雑誌は存続できなくなる。
▼最初の話に戻る。受講者の一人が「娘がエンカの花道」をしているという話題をふった。「演歌の花道」とは日曜日の夜12chで放映していた番組だったが、すでに数年前に廃止されているはずだと思った。すると「演歌」ではなく「煙火」であることが分かった。検索すると出てきた、「煙火の花道」が。娘さんは女花火師だったのだ。

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May 09, 2006

健康診断が嫌いな人たちへ

▼わたしの友人たちは、人間ドッグや健康診断が嫌いだという人が多いように思う。中には大酒飲みで5年以上医者に行ったことがない、という方もいらっしゃる。他人の事ながら心配になるが、そこは自己責任だから仕方あるまい。わたしはあのバリウムと発泡剤を飲まされて、大きな機械に載せられグルグル回るのが苦手である。ゲップをしてはいけないとか、言わせて天地左右グルグル回って胃の検査をする。とくに逆立ちまがいの時、これから歳を取ったらハンドルで自分の身体を支えている事が出来なくなるのではないかと心配になる。
▼最後の問診は女医さんだった。毎年顔見知りの男性医師なので、診察は住所、氏名を聞いて申し訳程度に首の回りをちょっとさわってみるだけだ。今年の女医さんは触診を丁寧にしてくださって、血圧のはかり方の指導もあった。一日3回計って、いかもそれぞれ3回計って、一番低い値を書くようにという指導である。そうすれば担当医が薬の調合などの参考にする事ができるという話だった。本当にこれをやろうと思ったら、血圧計という荷物がまた増えてしまう。やれやれ…。
▼朝刊ではおりからメタボリック・シンドロームの報道がされている。これはわたしは4年間ほど、研究発表会に呼ばれて記録を担当させていただいているものだ。みなさんどうぞ内臓脂肪の付着にお気をつけ頂きたい。
▼今読み始めたのは「ヒットラー・コード」という560ページほどの分厚い本だ。これはスターリンが本当にヒトラーが死んだのかと猜疑心を抱き、彼の副官二人を数年に渡って取り調べて記録である。巷では「ダヴィンチ・コード」という映画が上映れようとしている。先日あるところで、この映画を見に行くかどうか?という話になった。わたしは「本の内容が訳が分からなかったし、主演のトム・ハンクスが大嫌いだから、彼の映画は見ない」とお話しした。すると相手の同僚の方もトム・ハンクスが大嫌いだという。そうあの貧乏くさいわざとらしい演技が目を背けたくなる。同じような人が他にもいることが分かって嬉しかった。
▼日曜日夜10時からNHKBSで「ケネディを殺した真犯人」という2時間番組をしていた。それはキューバのカストロがオズワルドにケネディ殺害を指示したという、今時誰も信じないような、ねつ造番組だった。制作したのはドイツの会社だった。ケネディが死んで一番得したのはアメリカ南部の石油資本なのだから、今時こんな番組を放映するNHKの見識が問われよう。

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May 08, 2006

人間ドッグに行く朝

▼本日1年ぶりの人間ドッグ。絶食で朝8時半には病院に入らなければならない。あのバリウムを飲んでグルグル回転させられると、その後約1日ほど具合が悪い。軽装をして来るようにという指示なので、いつもと同じ格好で出かけることにする。だからきょうは、午前中は全く仕事にならない。午後も食べていないので力がでない。そんなわけで昨日中に本日納品の仕事を完成させなければならなかった。あちこち不義理をしてしまったが、それはどうやら午後10時近くに終える事ができた。
▼ウィーン少年合唱団のコンサートには星林さんに来ていただいた。星林さんとお会いするのは1年ぶりになろうか?お互いに「白髪が増えた」という挨拶をした。また「介護ブログは人ごとでなく、読んで」下さっているという。80歳過ぎると20%の確率で、アルツハイマーが始まるので、健康に留意して生活しなければ、という話になった。日曜日午後というせいか、他に3、4人の希望者がいたが、確定しなかった。「鱒」をはじめ聞き慣れた曲を歌ってくれたが、わたしは時間の制約があって半分で出てきた。
▼そう言えば先日父を見舞ったあと、病院の入り口のところに何種類かのパンフレットが置いてあった。そのひとつが「血圧降下剤を飲んでもガンになるという因果関係はない」というものだった。これは何度か『鍵盤乱麻』でご紹介しているものだが。コレステロールを無理して減らすと、免疫力がなくなってガンにかかりやすい、という某医師の主張が「週刊金曜日」などで紹介されてから、心配する人が増えているのだろうと予測される。パンフレットの内容は、Web『鍵盤乱麻』の投稿欄にご紹介した、某医師の考え方とほぼ同じだった。
▼昨晩WOWOWで「亡国のイージス」を見た。映画館に行かなくて良かったわいと思う。小説自体のよく分からないが、96年の「ザ・ロック」とそっくりだった。以下夜に続くかも知れない。

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May 07, 2006

◇「三池/終わらない炭鉱の物語」を見る

Kumagaikantoku熊谷博子監督(C)Kouchi
▼◇「三池/終わらない炭鉱の物語」4日朝のTV場組で小倉智昭が「連休中の一押し」というのをやっていた。場所はお台場の映画館で、しかもフジなので一位は「海猿」二位は「戦場のアリア」だったような気がする。小倉は「海猿」に一票入れていたが、「個人的には『三池』だと思うが、こっちはドキュメンタリーだし」と呟いていたのが印象に残った。三池とは大牟田にあった、日本一の炭坑であった。日本の近代化には工業の活性化が不可欠であると考えたのが、当時の支配者であり、そのエネルギー源として欠かせないのが石炭であると考えていた。創立から1998年までは国営だったが、その後三井に下賜され、団琢磨などが経営権を握って運営することになる。
▼現在炭坑はエネルギー政策が石油へと転換されたので閉山され、地元では「負の遺産」とされている。それは出発点の囚人労働や、戦争中の朝鮮人、中国人の他にイギリスなどの戦争捕虜を使役に使っていたことが分かったからだ。だがその施設は厳然として残っており、消えることはない。大牟田市が作った映画だが、熊谷博子監督は「本当に負の遺産なのだろうか?」と疑問を持って6年ほど前に、たまたま講演会の帰りに立ち寄ってから、その魅力に引き込まれていく。
▼話はたくさんあるし、スポンサーは大牟田市なので自ずから限界があるかと思ったが、得に印象に残った三池争議だけに絞って本稿を書くことにする。三池争議は昭和34年から35年の1年間に渡って行われた労働争議である。エネルギー政策の転換で会社側は、労働者を「指名解雇」するのだが、労組はそれに反対し、総評を通じて全国的な支援体制も出来上がる。しかし膠着状態になったのを見た会社側は、狡猾にも第二組合を作って会社の方針を指示させる。会社側はさらに国を使ってロックアウト解除の命令を出させ、封鎖を続ける第一組合を国家権力を使って排除することになる。映画に名前が登場するのは総評と、当時九州大学の教授だった向坂逸郎だ。
▼向坂は第一組合のオルグと一緒に学習会を組織し、「戦うことに突破口がある」と説く。しかし映画に登場する第二組合の婦人は「向坂さんの理論じゃ食って行けないから一度も話を聞いたことがなかった」と断言する。総評も向坂も階級闘争至上主義の論法で資本と対決することしか説かなかったのだろう。だから最後は、機動隊と竹やりを持った素人集団は勝てるはずもなく、玉砕のようになってしまう。歴史は現在に戻って当時の第一組合の幹部の証言、「カンパは22億円集まった」と語る。彼は当時の会社の幹部にその後聞いたら「220億円使った」と言質を得たという。つまり資金力に10隊1の差があったのだ。第一組合はロックアウトしてから1年間1家族1ヶ月一律1万円を支給して生活をするように指示するが、食う物がなければ生きて行くことはできない。
▼わたしは先日ご紹介した的場の「マルクスだったらこう考えた」を思い出した。革命的情勢でもないのに、食わずに戦うことなどできるか?労組の責任と任務は経営陣、第二組合も含めて、どうやったら食うことができるかという事を考えるべきではなかったのだろうか?的場の言うように、ワークシェアリングや、みんなが食っていけるようになるには、豊なものが食えない人のために賃金を下げてもやっていく事考えなければならない。この映画はそれがテーマではないが、三池逃走の部分を見て、階級闘争至上主義の行き着くところを見たような気がした。

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May 06, 2006

交通博物館には入れなかった

▼今回メルマガをお送りしてから、感想は3通頂いた。感想の数が多いと、それだけ大勢のみなさんが読んで下さっているという事が分かるが、感想が少ないと、果たしてこのまま続けて行って良いのだろうか、と言う疑問が頭をもたげてくる。メルマガを発行すると、いつもより返ってWebのアクセス数が減ってくるのも滅入る原因となる。ただし「マルクスだったらこう考える」的場明弘著に関しては3人の読者の方々から「読んで見たい」というご意見を頂いた事を報告する。
▼「三池」には3人の読者のみなさんと行くことが出来た。その感想は明日に掲載する事にする。映画が終わってから、秋葉原の交通博物館に行ったが、超満員で入る気力は失せてしまった。それで急きょ予定を変更して、御茶ノ水の湯島聖堂、神田明神、そして脈絡はないが、ニコライ堂の見学、参拝をしてきた。そのあと最後は小岩の居酒屋をハシゴして帰ってきた。明日の朝の原稿を待て!

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May 05, 2006

変わった精神科医の事

▼連休なのでメールも少なくなっている。明日予定していた某編集会議の六本木ツアーも参加希望者が一人だったので、急きょ中止にした。飲んだときはかなり盛り上がったのだが、肝心の当事者にメールを再三送っているが、何の意思表示もないので仕方ない。別にわたしは六本木ヒルズなど珍しくはなので、行きたくはない。明日はまもなく閉館する、秋葉原の交通博物館にでも、一人で行こうかと考えている。一緒に行きたい人います?
▼2週間前に帰省した目的は、母が介護保険を受けるための診察を受ける事だった。まずここでは予約するときに気分を害した。3ヶ所たらい回しにして、同じ事を言わせた。そして行った日は、看護師さんに「どの先生に予約されましたか?」と聞かれた。そんな事は知らない。初診ではないから再診の先生を予約する、だから月曜日午後にしてくれと言われたのだ。わたしは午後は困るので午前の最後でも構わないから入れて欲しいという事で、12時半になったのであり、そのとき名前は告げられなかった。とにかく診察カードだけ持参してくれと言われたのだ。そして待っていると産休のK医師(この医師もまともでないところがある)に代わって、わたしと同年配の男性医師が出てきた。しばらく問診をして「一体何をして欲しいのですか?」と聞かれた時には仰天した。わたしは普通だとカッとなるのだが、落ち着いて今までの経過を話して、介護保険の診断書を書いて欲しいと頼んだ。「お母さんいつ頃から変だと思いますか?」というから、「1年くらい前からです」と答える。すると「そんな筈はない」と言う。あなたにそれが分かればわたしに聞く事はないでしょう、と言いたかったが「同居していませんから分かりません。もしかしたらもっと前かも知れません」と答える。まぁ事々左様に一々口答えをする変な精神科医だった。
▼そして2日帰省したときいつものケアマネージャさんに会って、4月切り替えのための印鑑をたくさん押した。今度4月からの介護保険法が改悪されて、自宅でレンタルしていた自動で起きあがりできるベッドも使えなくなる。それは返却して別の木製の家具調のものに変更される。これだとレンタル料が1ヶ月1000円で、もう少し体調が悪くなったら3000円の角度に変化が付けられるものにする。そして先日診察を受けた高原病院の医師の事を話した。ああ言うところに勤務していると、最初の頃は若い女医さんのように、すれていなくてまともに応対できる。しかしが長くいると患者さんに適応した、独特の受け答えをする医師になってしまうんでしょうかね、と大笑いした。やはりケアマネージャさんも同じ事を感じていらしたようだった。
▼あとケアマネジャーさんが感じている母の日常の変化、介護の考え方を聞いて意思統一をして来た。
▼シラクラさんの事。彼女は世界44ヶ国を周り、中国だけで30数回パスポートも余白がなくなってしまったという。そして昨年11月にカンボジアのアンコールワットに行ってきたという。一声かけて欲しかったのだが現地のNPOを訪問したという。アンコールワットを見学するには、外国人からは1週間40ドル払って顔写真つきの証明書を発行してもらう。一緒に行ったメンバーで誰ならば現地人と間違えられて、40ドル払わなくて済むかという実験をした。一緒にいったネプチューンの名倉潤だけは現地人として通用したという。ああいう手の顔をした人はアンコールワットで得をするので、安心されたい。それでアンコールワットでは夜になると、独特の照明を使って民族舞踊を見せてくれた。日本語の説明もされるがそれは何と日本人が演出をしていたという事だった。
明日6日東中野駅前の映画館東中野ポルポレで「三池」を見ることにした。鵜の目さんもいらっしゃるというので、ご希望の方は午前10時45分までに映画館前においで下さい。

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May 04, 2006

東御市の友人宅に泊まる。

▼父が入院している病院に見舞いに行く。いつもとは違う顔ぶれだったせいか、愛想を崩して笑顔を見せた。前の日と余りにも違うので母も驚いていた。15分程いたら、不自由な口調で「余りに遅くならないうちに帰るように」と話すので、さらに驚く。
▼夕方から、東御市にある鍵盤乱麻の最初頃からの読者であるシラクラさんの実家にきた。夕食は庭にある、蓬、ウド、アスパラ、韮、土筆などを採って天麩羅にしてくださった。夜八時すぎてから近くの湯楽里館(ゆらりかん)という所に連れて行ってもらう。ここはわたしが今まで行った立ち寄り湯で、一番立派なところだった。ここには、「おらほのビール」(長野佐久地方の方言で、俺の地方のと言う意味)。というものを売っていた。この近くにあの、玉村豊男がワイナリーを開いている。彼のやっていることはユニークで、画期的だが、地元との融合をしていないので評判は良くない。帰りに地酒と地ワインを買って来て、秘蔵のチーズを頂いて夜遅くまで宴会をひらいた。
Kouchi(Mobile)

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May 03, 2006

佐久平は桃源境のよう。

▼こちらは桃の花が満開です。昨晩NHKBS夜10時35分からサイードの生き方を描いた映画が日本人の佐藤真の手によって完成、試写会をした事を紹介した。タイトルは「ジャスト・オプ・プレース」。サイードの事は鍵盤乱麻でも、何回か紹介した。グローバル化した今日にあって地球上のどこにあっても、他者との関連は免れない。それはますます多様化し、複雑化して来ている。差別と分断からは何も生まれない。どう共生する事ができるかの道をさぐらなければならない。というのが、この映像でたどるサイードの足跡を紹介していた。映画の完成を記念して妻のマリアム・サイードさんがスタジオに出演、多くの支持者に取り囲まれても無力感を感じていた。だが楽観的である事は忘れなかった、と語った。映画は16日から一般公開される。
▼昨日書いた女婿はお役所用語では、子の配偶者がt正しいと、湧々さんからご指摘をいただいた。
Kouchi(Mobile)

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May 02, 2006

ナタリー・ポートマンの見たい映画

▼5月は計5泊も出歩く事が続くので、キャリーバッグを買ってきた。普通のキャリーバッグで困るのは駅のコインロッカーに入らない事だ。買ったのは前から目を付けていたのだがカメラ売り場にあったボストンバッグに、折り畳みのキャスターが付いた布製のバッグだ。キャリーバッグでもう一つ困るのは階段の上り下りで、重いのを必死に持っているのはさぞかし大変だと思う。はっきり言ってコンパクトデジカメの時は、デイバッグでも十分だ。しかしこの一眼デジカメは本体が107g(バッテリー別)レンズを数本持ち歩くので背負うのは辛いものがある。それに肩から背負う事も出来るので、田舎道を歩くのは引っ張らなくても良い。これならノートパソコンと一眼デジカメが入る。わたしの場合衣服は少ないが、道具の重さがこたえる。
▼昨日のパソコントラブル。1週間前に伺ってデータを持ち帰ってテストしたところだ。実験をくり返していたが、これはFTPソフトを変えるべきだと考えた。わたしも使っている「NextFTP」というシェアウエアのソフトをインストールして完成。するとホームページの更新方法を教えて欲しいとおっしゃる。おやおや「マニュアル読んでいないんですか?」と聞くと、「読むのは面倒だ」と言う。困った人だと思ったが一応お話してきた。
▼先週金曜日の朝日夕刊にナタリー・ポートマンが来日してインタビューに答えていた。最後に「日本のどの監督の作品を見るべきか」と記者は聞かれている。記者は「三池崇史」と答えはじめるが、彼女の真剣な目にたじたじとなっている様子が出ている。ウィキペディアで調べて見たが、彼の作品は映画館では1本も見ていない事が分かった。とかく外国人巨匠だけを有り難がる傾向がある、日本映画マニアにあって、ナタリー・ポートマンは見上げたものだと思った。
▼昨晩小学校の先生をしている古い友人からメールが来た。アドレス変更のついでに近況を書いてくださった。彼女は年賀状でも近況を知らせてくださるのと同時に、わたしの生まれ故郷をご存知なので、車で通りかかった時の様子などを書いてくださっていた。一番嬉しかったのはメルマガの感想が書いてあった事だ。これでまた次号を作る元気が出てきた。
▼昨日父が入っている老健施設に提出する書類を書いていた。その中に緊急連絡先というのがあった。第一連絡先は近所の方が良いから義弟に電話して頼んだ。しかしその書類を書く段になって困った。父から見て妹の夫は何と書くのだろう。はてと、数時間考えていた。ネット上の電子辞書を引こうと考えて文字を打ち込む。義理の夫はおかしい。妹の夫だから…。ついに女婿で有ることを思い出した。ボケてしまったのか随分時間がかかった。
▼メルマガの原稿と、連休中の桜最前線画像の投稿をお待ちしています。4日夕方までWebの更新は出来ません。ブログの更新だけでご容赦下さい。

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May 01, 2006

◇「ブロークン・フラワーズ」を見る

▼連休前半をいかがお過ごしであろうか?わたしは全くのカレンダー通りなのである。しかし病院との契約や打合せ、ケアマネさんとの打合せは平日でないと出来ないので、そのために明日朝から再度帰省する。従って4日夕方まで更新はできないので、了解いただきたい。7日の「ウィーン少年合唱団」にはぜひご応募いただきたい。応募資格は4月に執筆、投稿、かき込みをされた方々である。応募者がゼロだった場合範囲を広げる。それ以外の方もダメモトで応募いただきたい。ご承知のように「レインボー」と「ムーンライト」の執筆者はなぜか連絡のないまま虫食い状態になっている。こちらも1年間執筆のなかった曜日は、新たな執筆者に交代させていただくので、ご了承いただきたい。
▼昨日書いた「グッドナイト&グッドラック」の事で、お一人の方からメールをいたたいた。エド・マローについてはいくつかのサイトで紹介されている。先週発売された「週刊金曜日」で宮台真司が、この映画を批判している。マローはそんなに凄い人なのか?CBSはそんなに讃えられる事をしたのか?というような主旨だった。朝の1時間足らずの間に調べて書くのは難しい。このマッカーシズムに関する映画はデニーロの「真実の瞬間」という作品がある。多くの良心的な人が、これで仕事を失うのだが、友人の名前を非米委員会で「告白」して裏切ったのが脚本家のエリア・カザンであり、彼の行為は今も非難の的となっている。
▼調べる時間はないが、赤狩りをすることで東西対立を強め、儲かったのは軍事産業である。アイゼンハウワー大統領は軍産複合体の登場を一貫して批判していた人であった。だから軍備を強めることが国の、国際的な経済的な競争力弱めて行くという視点で、CBSは反対したのでないかと思う。
▼◇「ブロークン・フラワーズ」昔パソコン関連の仕事で大儲けした、元プレイボーイのドン(ビル・マーレイ)のところに一通のピンクの封筒に入った手紙が届く。その差し出し人不明の手紙には、19歳の息子がいると書いてある。実は今はジュリー・テルビーと同棲しているのだが、「いつまでたっても結婚してくれないのね。どうせ手紙は昔の恋人からでしょ」と愛想を尽かされて出て行ってしまう。困ったドンは近くに住む友人に相談する。すると昔の恋人の名前を全部書き出せと云われる。数日後4人ほどのの元女友だちの住所と地図をプリントアウトして持ってくるので、大いに驚くドン。地図を頼りに、飛行機に乗って最初の女性のところに行く。友人は手紙の手がかりは、タイプライターを使っているかどうかで、できればその機種を調べてこいという。さらに訪問する時はピンクの花束を持参せよとという。最初の女性はシャロン・ストーンで天真爛漫の女の子と二人で住んでいる。夕食をたべてふと気がつくと二人は絡み合って寝ている。翌朝慌てて辞去する。不動産屋を経営する女性、動物と会話する仕事をするジェシカ・ラングそして牧場の片隅でひとりで暮らす女性と会うが、後の二人には歓迎されず、花束もろとも這々の体で追い返される。
▼そして1週間ぶりくらいで自宅に戻ると飛行場の片隅に、ヒッピーのような若い男がデイバッグにピンクのリボンを付けて座っている。もしかしたらこいつが俺の子どもかと思う。自宅に帰ってからも彼は近所をうろついているので、ファースト・フードでベジタリアンの彼に野菜サンドをおごって話しかける。しかし瞬間的に出会っても、心を開いて語り合えるというものではない。結局距離と時間は何も親密な関係を復活させることはできなかったという話。出会いと別れが絶妙な取り合わせになっている。カンヌ映画祭でグランプリを受章した作品。日比谷シャンテ。

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