« 交通博物館には入れなかった | Main | 人間ドッグに行く朝 »

May 07, 2006

◇「三池/終わらない炭鉱の物語」を見る

Kumagaikantoku熊谷博子監督(C)Kouchi
▼◇「三池/終わらない炭鉱の物語」4日朝のTV場組で小倉智昭が「連休中の一押し」というのをやっていた。場所はお台場の映画館で、しかもフジなので一位は「海猿」二位は「戦場のアリア」だったような気がする。小倉は「海猿」に一票入れていたが、「個人的には『三池』だと思うが、こっちはドキュメンタリーだし」と呟いていたのが印象に残った。三池とは大牟田にあった、日本一の炭坑であった。日本の近代化には工業の活性化が不可欠であると考えたのが、当時の支配者であり、そのエネルギー源として欠かせないのが石炭であると考えていた。創立から1998年までは国営だったが、その後三井に下賜され、団琢磨などが経営権を握って運営することになる。
▼現在炭坑はエネルギー政策が石油へと転換されたので閉山され、地元では「負の遺産」とされている。それは出発点の囚人労働や、戦争中の朝鮮人、中国人の他にイギリスなどの戦争捕虜を使役に使っていたことが分かったからだ。だがその施設は厳然として残っており、消えることはない。大牟田市が作った映画だが、熊谷博子監督は「本当に負の遺産なのだろうか?」と疑問を持って6年ほど前に、たまたま講演会の帰りに立ち寄ってから、その魅力に引き込まれていく。
▼話はたくさんあるし、スポンサーは大牟田市なので自ずから限界があるかと思ったが、得に印象に残った三池争議だけに絞って本稿を書くことにする。三池争議は昭和34年から35年の1年間に渡って行われた労働争議である。エネルギー政策の転換で会社側は、労働者を「指名解雇」するのだが、労組はそれに反対し、総評を通じて全国的な支援体制も出来上がる。しかし膠着状態になったのを見た会社側は、狡猾にも第二組合を作って会社の方針を指示させる。会社側はさらに国を使ってロックアウト解除の命令を出させ、封鎖を続ける第一組合を国家権力を使って排除することになる。映画に名前が登場するのは総評と、当時九州大学の教授だった向坂逸郎だ。
▼向坂は第一組合のオルグと一緒に学習会を組織し、「戦うことに突破口がある」と説く。しかし映画に登場する第二組合の婦人は「向坂さんの理論じゃ食って行けないから一度も話を聞いたことがなかった」と断言する。総評も向坂も階級闘争至上主義の論法で資本と対決することしか説かなかったのだろう。だから最後は、機動隊と竹やりを持った素人集団は勝てるはずもなく、玉砕のようになってしまう。歴史は現在に戻って当時の第一組合の幹部の証言、「カンパは22億円集まった」と語る。彼は当時の会社の幹部にその後聞いたら「220億円使った」と言質を得たという。つまり資金力に10隊1の差があったのだ。第一組合はロックアウトしてから1年間1家族1ヶ月一律1万円を支給して生活をするように指示するが、食う物がなければ生きて行くことはできない。
▼わたしは先日ご紹介した的場の「マルクスだったらこう考えた」を思い出した。革命的情勢でもないのに、食わずに戦うことなどできるか?労組の責任と任務は経営陣、第二組合も含めて、どうやったら食うことができるかという事を考えるべきではなかったのだろうか?的場の言うように、ワークシェアリングや、みんなが食っていけるようになるには、豊なものが食えない人のために賃金を下げてもやっていく事考えなければならない。この映画はそれがテーマではないが、三池逃走の部分を見て、階級闘争至上主義の行き着くところを見たような気がした。

|

« 交通博物館には入れなかった | Main | 人間ドッグに行く朝 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 交通博物館には入れなかった | Main | 人間ドッグに行く朝 »