« 「これは暗殺ではない」、とは | Main | トレッドミル検査は疲れる »

June 15, 2006

◇「インサイドマン」を見る

Tokoya
▼この写真は火曜日夜に放映されたTV「ドラマ女たちの危機を救え」に登場する床屋である。舞台は亀戸東警察で、余貴美子は消費者相談センターの相談員で、その夫中村梅雀はこの床屋の亭主という設定である。場所は亀戸3丁目にあるが、ドラマの椅子は置かれていない。
▼ハーグ陸戦条約の補足。戦争は相手国に宣戦布告をしてから、戦闘行為に入らなければならない。従ってアメリカがイラクに戦線布告する前に、特殊部隊を派遣して攪乱工作をするなども「違法行為」となる。
▼忙中閑あり、近くのバージンシネマは夜9時の映画に行くことができる。来週中にメドを付けなければならない仕事は、少し先が見えてきた。全体が8ある仕事量だとすると、3は納品が終わった。土、日曜日に仕事をすれば半分まで行けると思う。遅い?いやそのほかにも、きょう午後はトレッドミルなど、精密検査が2つもあって半日つぶれる。明日土曜日も丸一日、別の定期の仕事があって、手が着けられないのだ。
▼昨日の続き「こびと」の反対語は何なのか、暇つぶしに考えた。そうだ「巨人」か「大人」(中国語の)、「大男」これなども差別語になるのだろうか?そう言えば「巨人」は交流戦になってから調子が悪そうだ。選手全員にファンケルの胚芽米を食わせないと駄目なのではないか?
▼◇「インサイドマン」NYの信託銀行にペンキ屋を装った4人の武装強盗に襲われる。たまたま14万ドルの紛失責任を取られて格下げにされるか、という刑事(デンゼル・ワシントン)が現場に急行することになる。最初要求は明確でないが、銀行の内部にいた人々50人を人質にとり、さらに犯人と同じジャンプ・スーツに覆面、サングラスと同じ格好に着替えさせる。ワシントンは現場の武装攻撃のSWAT指揮官、ウイレム・デフォー(わたしはこの俳優がとても好きだ)と作戦を立てるが、犯人の要求はジャンボ機を用意せよというものだった。だがこれはどうやら時間稼ぎのように感じられる。
▼もう一つ苦渋しているのは、この信託銀行の経営者である。何やら大事な書類が銀行の貸金庫に入っているのだ。そこで腕利きの弁護士ジョディ・フォスターを雇う。彼女は市長に圧力をかけ、現場指揮所に参加させろという。フォスターが警察の許可を得て、犯人たちと直接交渉に臨むと、貸金庫の中身は既に犯人グループの手に渡っていた。それが何かここで書くと面白くなくなってしまう。銀行の社長は「血が流れる場所には常に利権の匂いがする」と言って憚らない人なので、想像していただきたい。
▼映画の半分くらいで犯人グループが持っているAK47突撃銃がアップされるシーンがホンの数秒あるが、わたしはこのシーンですべてが分かってしまった。この答えも後日書くことにする。時々犯人側の要求書を持って人質が解放される。中に一人のイスラム系の男がおり、警察官に「このイスラム野郎」(犯人と同じ格好をさせられているので)と罵声を浴びせられ、さらに彼らにとっては必需品であるターバンも、武器検査と称して脱がされる。かのイスラムの人は、現場の警官が謝罪するまで警察には協力しない。ターバンもすぐ返せと全く正当な要求をする。
▼ここからが今日の本題である。昨日水玉さんが「現代思想」5月号に掲載された千葉大教授栗田禎子氏の「加害者は被害者を恐れる」という論文をおくって下さった。公刊されている本なので、全文をご希望の方にはPDFファイルでお送りする。この論文の最初に「イスーラム嫌悪の背後にあるもの」という項目がある。「このような大状況の中で見ると、近年の欧米における「イスラモファオビア(イスーラム嫌悪)は、基本的に、帝国主義的時代状況にあって、侵略する側の社会が、侵略される側の社会を侮辱し、挑発する、という現象として捉えられるべきであろう。それは表現の自由の問題などでは全くない。侵略や植民地支配をおこなおうとする者は、それを正当化するために、対象となる地域がいかに「遅れて」おり、「野蛮」であるかを宣伝する」。
▼これは正に福沢諭吉がやった手法である。栗田はこの手法が今の日本や、そのメディアがアジア諸国に取られていると指摘する。
▼映画に戻るが、夕方になり犯人グループは食料と水の差し入れを要求する。警察はサンドイッチは分散して食べる。しかしピザならその場所にみんなが集まるので盗聴器が取り付けやすいと考える。だが仕掛けた盗聴器からきこえて来るのは警察官に理解不可能な言語だ。ロシア語かと思って、それが分かる警官に聞かせるが「聴いたことがない」というので困り果てる。ならばNYは人種のるつぼだから、ラウドスピーカーで野次馬に聴かせればいいと考えつく。電気工事の職人が来て「それはアルバニア語に間違いない」と証言する。ならば訳せというが、妻がアルバニア人だっただけで俺は意味など分からないという。仕方なくアルバニア大使館に人の派遣を要請するが、書類を出して1ヶ月かかる。電気工事の男に妻を呼べと頼む。分かれた妻に電話するのはイヤだというが、何とか説得して来て貰う。妻は来たがバッグ一杯の駐車違反の切符を持ってきて、これでチャラにしてくれという。ワシントンは「よし何とかする」と答える。妻は盗聴器から聞こえてくる声を聴いて大笑いする。それはアルバニアの独裁者であった大統領の有名なアジ演説だったのだ。それどころか犯人が渡した要求書の箱に盗聴器が仕掛けられ、こっちの手の内はすべて犯人側に伝わっていたのだ。
▼ワシントンは突入直前のデフォーに「作戦を中止してくれ」と叫ぶが、もうそのときは作戦が始まってしまった。かなり面白い映画だ。
▼昨日のアクセス米国1、南米某国1、不明(おそらくUS)1でした。

|

« 「これは暗殺ではない」、とは | Main | トレッドミル検査は疲れる »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 「これは暗殺ではない」、とは | Main | トレッドミル検査は疲れる »