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July 03, 2006

◇「13歳の夏に僕は生まれた」を見る

▼先日の帰省の時も重いカメラを担いで行ったが、この時期梅雨で雲の切れ間がなかったこ。それに蒸し暑くて、水蒸気の発生で遠くが見通せなかったので撮影はできなかった。ただ重い機材を担いで行ってソンをした気持ちになった。そのたびに次回こそ普通のデジカメにしようと思う。昨夜は休日にしてはかなりアクセス数とアクセス国が多かった。やはり自分自身の体験の方が読まれるのかも知れない。ただ検索ワードは何も『鍵盤乱麻』以外なかったので常連のお客様のみだった。『鍵盤乱麻』メルマガ7月1号ですが、都合により送信は一日遅れの6日夕方になります。
▼◇「13歳の夏に僕は生まれた」イタリアの会社経営者の一人息子サンドロは何一つ不自由なく両親の愛情を一身に受けて育っている。春休みにはイギリスへ短期留学、この夏休みには父の親友で会社の顧問弁護士をして、叔父のように慕っている人と3人でコルシカ島あたりにヨットでバカンスにやってくる。ヨットは観光客向けのレンタルだが、マイカーを運転して帰省したり、東南アジアへ「海外」旅行する日本とは休暇のそれとは概念が大いに違う事を感じる。サンドロは夜小用を足そうと思ってヨットのデッキに立つが誤って海に転落してしまう。あいにく父と弁護士はヨットの後部にあるデッキチェアに寝そべっていたため、それに気づかない。大声を上げても気づかないヨットが遠ざかっていく絶望感は「太陽がいっぱい」のそれに酷似している。
▼数時間後父たちは転落に気づくが、もう見つかるはずもない。海に沈んで行こうとしたサンドロは不法難民船に乗っていた青年ラドゥに、危機一髪で救助される。難民船には仕事を求めて大金を払ってイタリアに渡ろうとする10ヶ国以上の人たちがひしめくように乗っていた。海賊のような船長は拾ったサンドロが金持ちならば、誘拐して身代金を要求できるのにと思うが、難民船の少年ラドゥが機転を利かせ「この少年はクルド人」だとウソをついたため、それ以上国籍を追求されなかった。船長と操舵手はイタリアの海岸近くになると不法移民船を乗り捨てて逃げる。そこにやってきたのは、イタリア巡視艇だ。難民は国籍別に分類されるが、自分だけがイタリア国に援助されるのを潔しとせず、難民と一緒に収容される。
▼やがて両親に連絡がいって引き取られる。父親は息子の命の恩人であるラドゥに、サイフのカネを殆ど与え、さらに自分用の携帯すら渡してくる。牧師や入国管理局にラドゥやその妹を養子にする事は出来ないかと相談するが、身元と彼の出身国ルーマニアの犯罪歴が分からないと無理だと答える。そして収容所を脱出して来たラドゥ兄妹はサンドロの家にやってくる。ひと晩泊めてやったのは良かったが、深夜有り金や貴金属を盗み出してどこかに逃げていってしまう。両親は「想い出はある品だが、高価なものではないから」と警察に告発しない。だがサンドロは何か裏切られたような気持ちになって、ラドゥと交わしたミサンガを切り落としてしまう。そしてあるとき渡した父の携帯からサンドロに妹の声で「ある場所に来て」という連絡が入る。そこで必死に探すと、幼いが売春婦に姿をやつした妹の姿だった。子どもがテーマだがあのバ○映画「ある子供」より遙かに優れた作品だと思う。
▼NHK30日夜10時「人間ドキュメント:眠らない街の肝っ玉園長/新宿歌舞伎町の学童保育園の話」これはとっても良かったのでいずれ書く。

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