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July 04, 2006

繁華街、歌舞伎町の学童保育

▼昨夜ある読者から「ある文学賞が廃止されたのはなぜか?」というメールをいただいた。わたしは不勉強で「廃止」になったこと自体知らなかった。わたしはプロレタリア文学とか、うたごえというのはおぼろげながらプロパガンダのように思えて、覚めた眼で見て距離を置いてきた。もし廃止になったのなら、当然の結果なのではないかと思う。▼先日帰省したおり母が「めぐみさんはやっぱり死んでしまったのかね」という。そこでわたしの考えを話す。戦争中朝鮮人を数百万人「拉致」して来て、日本の鉄道敷設や炭坑で無償で働かせ、数十万人を殺害した。また女性は従軍慰安婦として「拉致」して数万人殺してしまった。この事に関し政府として正式に謝罪していないし、個別に謝罪金を払っていない。たしか北朝鮮の拉致は間違っている。しかしこの数万人「めぐみさん」の「拉致」の責任を取らず、一方的に横田夫妻の主張だけを大々的に報道するのは間違っているのではないかと思う。
▼NHK30日夜10時「人間ドキュメント:眠らない街の肝っ玉園長/新宿歌舞伎町の学童保育園の話」メモがないので人の名前は覚えていない。新宿歌舞伎町の繁華街に民家を使った24時間学童保育「風の子クラブ」が開かれている。その園長片野清美さんは50歳後半だと思われる。彼女は九州の生まれで3人の子どもを産んだが、離婚して子どもを残し上京する。保育士として生計を立てているうちに、新宿の歌舞伎町で働く女性たちを目にする。彼女たちは保育をしながら夜の仕事をしなければならない。その間子どもたちはどうするのだろう、という考えて彼女たちを支援する目的で、この地に学童保育を開設する。この日一人の小学生が登場するが、学校が終わって学童保育所にくるのを楽しみにしてすくすくと育っている。ところがホステスをしている母親の支払いが滞りがちだ。何度も様々な連絡を試みてもなしのつぶてだ。最後に子どもにメモを手渡して必ず連絡するようにと念を押す。ようやくやってきた母親は、「借金が多くて払えない」と訴える。片野園長はこの時期何が大切か良く考えてみるように説得する。もちろんこの保育園に通わせる親はホステスさんだけではなく、国家公務員から一般企業までたくさんいる。とくに母親たちは、この片野園長の励ましの言葉と適切なアドバイスにどれだけ助けられたか分からないと語る。
▼不定期な長い残業が多い人たちにとって、この「風の子クラブ」学童はかなり多くの力になってきたに違いない。うろ覚えだが卒園生は既に3000人を超えたということだった。先のホステスをしている母親に片野さんは、「お金が他にも必要なのも分かる、しかし今あなたの子どもに愛情を注いでやらないと将来後悔することになるから」と説得する。そして2週間後に1万3千円の保育料を支払うように約束させる。2週間後の締め切りギリギリの日、「お金を払ってもらえないと、民間の学童保育は経営が成り立たない。そのときは子どもの通園も拒否することになる。約束の時間ギリギリに子どもは母親に託されたお金を学童に届ける。片野園長の気持ちが母親に伝わったのだろう。
▼そして桜が残っている新宿御苑で学童のハイキングが開かれる。片野園長はむかし陸上の選手だったと豪語し、子どもたちと一緒にかけっこをする。そして3人の片野さんの子どものうち、一人男性は母と同じ保育士の道を歩む。幼いとき離れて暮らして寂しい思いをさせたが、自分の苦労が報われたと片野さんはくったくなく語る。彼女はこれからも歌舞伎町の繁華街の一角で学童の灯を絶やさないだろう。

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