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July 15, 2006

◇「胡同の向日葵」を見る

▼都内で会議が終わったあと居酒屋に行った。いつもの店は満員で断られた。前回ワールカップのサービスをしていたところだ。この店には「ER」に出ているインド系のインターン、ニーラそっくりの店員さんがいる。ただしこの酒場の店員さんはバングラデッシュ出身のようだ。仕方なく別の店に行く。この日新しい人であるCさんとあった。都内のX国立大学で哲学を教えているとおっしゃる。飲み始めてから「何がご専門か」とお聞きした。すると指導教官がM系だったので必然的にその方面になったと言う。その何が専門なのかお聞きする。わたしはY大学で哲学を教えているZ教授と知り合いだとお話したら、「Z教授とはA研の関係で知り合いで、彼の紹介で今年からB大で哲学講師をしている」とおっしゃる。最初B大で若手哲学講師を探しているというので、Z教授を紹介したのは、実はこのわたしなのである。回り回ってその仕事がCさんに行ったというのは、世の中というのは狭いことがわかり驚いた。
▼◇「胡同の向日葵」昔からの住宅が密集した路地裏通りを胡同と呼ぶ。北京の胡同に一人の母親が一人息子シャンヤンを育てている。選択をしていると一人の男が後ろに立っている。それは6年前に別れた夫だった。夫は文革で反革命分子として農村に下放されていた。息子は小学生になっていたが、いきなりやってきた男に馴染もうとはしなかった。父は画家だったが、下放されていたとき指を潰され絵筆を握ることはできなくなっていた。そして遊ぶことが好きな一人息子に外出を許さず、監視しながらデッサンの勉強をさせる。ある日町に解放軍の成果を報じる劇映画が上映される。父はそれにも行かせず絵を描かせる。息子は「行きたい」と泣き叫ぶので母は父が寝たスキにそっと息子を出してやるのだが、上映会は「終了」の文字しか見ることができなかった。この頃から息子は父親に敵意すら抱くようになる。
▼そしてシャンヤンの青春時代になる。彼はまた父親の指示でデッサンを続けさせられている。冬の野外スケートリンク(池に氷が張ったもの)で一人の美しい娘に恋をし、彼女がリンクで滑る姿を描き続ける。シャンヤンはリンクの側で絵を描くと同時に何やら怪しげなものを売っていた。あるとき公安の手入れがあり、売っているものを畳んで逃げようとするが捕まりそうになる。それを持ってスケートを使って逃げてくれたのが恋している娘だった。あるとき氷が割れて、二人一緒に池に落ちてしまう。全身ずぶ濡れになって彼女の家で着衣を乾かすのだが、当然の結果になる。このことは後ほどわかる。シャンヤンは親友と一緒に地方へ行って勉強しようと誘われる。するとかの娘さんも「一緒に連れていって」とせがまれる。家族に内緒で家をでて駅まで来るが、父親に列車から無理遣り引きずり降ろされてしまう。父親に襟首を掴まれて涙ながら動き出す列車を見送るシャンヤン。しばらくして娘からシャンヤンに一通の手紙が来る。しかし母親はそれをこっそり封を開けて読む。どうやら妊娠してしまったので、産婦人科に一緒に付き添って欲しいという内容のようだった。駅についてホームを見渡す娘の目に入ったのは、苦虫をかみつぶしたシャンヤンの父親だった。父は「父親の責任だ」と言って産婦人科に付き添って「手術の同意書」にサインをする。
▼それから数年後シャンヤンは結婚している。母は国立アパートに入りたい胡同を出て偽装離婚している。単身の方が当たる確率が高いというのが彼女の論理だ。両親は若夫婦に「一日も早く孫の顔が見たい」と急かす。胡同は取り壊しが始まり。解体すべき建物には「伐」という中国文字で印が付けられる。だがなお父親は胡同に住むのを止めようとしない。あるとき息子の個展が開かれ、重い足を運ぶと自分の作風とは全く違うタッチで、自分の誕生から両親に育てられていく過程が描かれている。ふと父親はシャンヤンに絵画を強制したことはどんな意味があったのだろうと気づく。そして家族に内緒で旅にでてしまう。胡同の家に残されたテープレコーダには、「自分を見つめる旅にでる」とメッセージが吹き込まれている。そして窓際には一鉢の向日葵が咲いていた。
▼昨日も書きましたが、これは関東では渋谷ルシネマだけの上映です。見るためには上映開始の1時間以上前に並ぶ必要があります。当然土日はもっと早く並ばなければなりません。

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