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July 16, 2006

シルクロードの話を聞く

Tokihahen楼蘭から持ち出した陶器の破片
▼猛暑の土曜日みなさんご苦労されたようだ。わたしもMINさん宅に行こうと思って駅まで行ったら、落雷で電車がかなり遅れているという情報が流れていた。待っていてもどうなるか分からなかったので、錦糸町まで戻って快速に乗って稲毛まで行った。
▼さて西沢さんによるシルクロードの旅の報告会である。西沢さんの友人の友人がどこかの大学で染色を極めていらっしゃるという。染色の原点は中国にある。さらにその原点を遡るとシルクロードになる。それでツアーではなく、その研究調査グループに加わらせていただいて15日間、現地を回ったのだそうだ。クルーはパジェロ3台に分乗して3千メートルから4千メートルを超す高地を走破する。さすがに4千メートルを超すと高山病になって頭痛が止まらないらしい。わたしの友人の登山家もヨーロッパアルプスに遠征するときは、富士山で高所訓練をしたり、新宿にある高圧の訓練所で身体を慣らしてから行くと言っていた。だから素人がいきなり行って具合が悪くなるのは当然のことであろう。
▼現地にはガソリンスタンドも、修理する工場もありはしない。パジェロの一台が故障したとき、調べるとオイル漏れか何かだったらしい。ガイドさんはとにかく手持ちの材料で直してしまう。いや「ココシリ」を見るまでもなく自力で直すしかないのだ。デジカメで撮った写真を見せていただいたが、全部で1200枚ほど撮ったようだ。しかし一枚でも枚数を多く撮ろうとして画質を落としてしまった。そのためパソコン画面で見せていただいたが、色が飛んでしまって残念だった。だがこれから現地に行こうとする場合、電池や充電が問題になるだろう。乾電池で動くデジカメは少ない。充電など現地では期待できない。となると昨日の話では、電池で作動する普通のカメラとフィルムを持参したほうが賢明かも知れない。デジカメを2週間作動させるには、充電池を4本くらい持っていけば大丈夫かも知れない。行くとしても再来年だからそれまでに考えておこう。
▼ガイドさんは日本語を勉強しようと熱心だったそうだ。西沢さんは帰国してからも彼らとメールで交流している。そして現地で日本語のガイドブックを作るアドバイスのような事をしているらしい。次回行けば国賓待遇をしてもらえるかも知れない、と言っていたので期待しよう。敦煌だったか楼蘭ではカメラの撮影も禁止されていた。ところが300元(日本円でおよそ4500円)払うと撮影させてくれる。高いと思ったが同行の人たちと相談して、二度とない機会だからと払って撮影をしてきた。すると落ちていた陶器のカケラ(写真参照:おそらく門外不出)、紀元前2000年以上のものを一個だけ持っていっても構わないと貰ってきたという。それもカネ次第でどうにもなるアバウトなところが面白かった。

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