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August 07, 2006

田中康夫知事が落ちたわけ

▼「田中康夫知事が落ちた」と母が喜んで電話をかけてきた。田中の脱ダム宣言は確かに見識がある物だったと思う。しかし与党が少なかった田中にとって政治の世界で不可欠の根回しをする事がなかった、というかできなかった。そしてスタンドプレイが多い事が足を引っ張られる原因になってしまったのだろう。
▼田中が当選したとき、「田中与党」を自認していた政党の機関紙も今朝は「改革を前進させるために積極的に全力でたたかいました」とまったく訳の分からない事を書いている。事前に「田中を応援する」とは一言も言っていなかったので、おそらく「自由投票」だったのだろう。
▼10日ほどまえ入院しているとき見た「週刊SPA」の巻末で田中はあの小林よしのりと旧知の間柄だと言うことで対談をしているのを見て、わたしは仰天した。新党日本党首に就任したときも驚いた。しかし田中はパフォーマンスには優れているが、それらに表出することが長野県民にどんな影響を及ぼすのかまったく計算していないのではないかと思う。
▼もう一言言っておかなければならないことがある。それはマスメディアの田中に対するスタンスである。この2年ほど地元県紙「信濃毎日新聞」は田中の枝葉末節をあげつらい、批判することで終始一貫していた。それに県政記者クラブの記者たちは「俺たちは知事を落とすのも書き方一つでどうにでもなる」とうそぶいていた。社会の木鐸など望むべくもないが、このように国家権力の悪を暴かず、高給を懐にして権力に癒着していくのが、一部特権記者の姿でもある。

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