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August 13, 2006

◇「太陽」を見る

▼マッカーサーと昭和天皇が並んだ写真が新聞に掲載されたときの、人々の驚きはどうだっただろう。それを契機に彼、天皇(イッセー・尾形)は「人間」であることが周知されたのだ。おそらくそれはは占領軍の緻密な計算の一つとして演出されたのだろう。「太陽」は天皇裕仁が「現人神」から白日の下に晒されたという意味でつけられたのであろう。場面は皇居の地下壕で身なりを整えて御前会議に向かう彼が映し出させる。妻である皇后も皇太子も租界させてしまい、彼は孤独である。身の回りの事は執事(佐野史郎)たちが行い。彼がするのは二本の足で自分の身体を動かすだけ。かれはチックであり、言葉を一つはき出す前に唇をブルブル小刻みに振るわせる。軍服で正装してサーベルをつけて会議に望む。陸軍大臣の「物資はないが戦争継続」の主張に彼はクビを振らずに戻ってくる。空襲場面はこのロシア人監督アレクサンドル・ソクーロフの腕の見せ所である。池に泳ぐ魚をB29に見立て、あくまでも幻想的なタッチで表現する。
▼敗戦でGIたちは彼の住居へとやってくる。そして米本国から15時間もかけて取材のカメラマンも到着する。彼はバラの咲く庭園でチャップリンのポーズを取ってみせる。彼は洋画ファンで執務室の引き出しにはハリウッド女優や男優の2冊のアルバムがあり、時折それをじっと眺める。そう、もう一冊家族のアルバムもあり、妻の写真にキスをするのが微笑ましい。そしてマッカーサーとの対面。最初通訳がいるが、彼が英語をできることが分かると、将軍の希望で二人だけの会話になる。
▼マッカーサー(演技が下手でどうしようもない)はヒトラーのような人物を予想してきたが、平凡な男なので拍子抜けしてしまう。さらに彼はヒトラーに会ったこともないと語る。マッカーサーはこの時彼をどのように処遇しようかと考えていたに違いない。これほど影響力のある人間なら、戦争責任は軍人などに被せて、生かしておいたほうがずっと価値があると考えたに違いない。
▼焼け野原を二重橋を通って宮城に帰る場面も、監督の手にかかるとファンタスティックに描かれる。そしてマッカーサーから数箱の段ボールに入った贈り物が届けられる。侍従たちは一様に慌てふためくが、入っていたのは「ハーシー」のチョコレートだった。彼が口に入れようとすると侍従たちは、食したことがないので「毒かもしれない」とそれを制止し、「毒味役」を引き受けるが、その甘さに恍惚となる。
▼やがて疎開先から妻(桃井かおり)と子が帰り、日常生活へと戻っていくところで終わる。敗戦時の天皇と宮内庁の動きはダワー著の「敗北を抱きしめて」上下巻の方がずっと詳しいが、彼の日常や癖については監督ですら知る立場になく、おそらく内部の協力者があってできたものだろうと推測される。天皇の敗戦時における心理状態を描いた作品として評価できる。それにしても、なぜこのような映画が日本で作ることができなかったか?1年前の2月ベルリン映画祭で大評判になったら、「おそらく日本では陽の目をみないだろう」といわれていた。しかし勇気ある元新聞記者が個人で買い付けをして、またダミーの配給会社が介入し、正規の配給会社に権利を譲るという形で上映にこぎ着けた。わたしは、「右翼の妨害」などで上映禁止にならないうちに駆けつけた。銀座シネパトスのみ。座席は140席で立ち見はできないから、見ようとする1本前にすら和ないと見ることは出来ない。

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