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August 16, 2006

高血圧で血管が切れる家系だった

▼実家に着いたのが午前10時半だった。新幹線の車中にも母から電話がかかってきたが内容は分からなかった。着くと旧盆なので義弟の尽力で父が一時退院してくるということだった。実家から5分ほど離れた森の中(おそらく昔の古墳だ)にある墓参りから戻る途中で義弟が運転する父の乗った車に出会ったので再び墓に戻る。父は車椅子に乗せて担ぎ上げる。もはや自分で何もできず。線香に手を添えるマネをするだけだった。父は感染症に罹っており、老健施設に隣接した病院に入院している。医師の許可を得た外出だが、万一の時は救急車を呼んで戻るようにという指示があった。
▼そのため近くに住む父の弟妹が集まってくれた。点滴の針を付けたままの腕は骨に皮が付いただけの太さになっており痛々しい。眼の光はあるが喋ることは殆ど分からない。かろうじてお粥を食べさせて貰って自分の力で嚥下できるが、噛めなくなったら鼻から栄養を流入させるか、胃に穴をあける方法になろう。もし胃に穴をあける事になったら、それは本人の幸せにならないから拒否しようという話も出た。
▼父の兄妹たちと話をすると驚くべき事が分かった。もう大昔になくなった祖父、祖母、そして叔父、叔母それに父のいずれもが一度脳内出血をしていたことだ。(そのうち脳梗塞が二人)わたしをこよなく大事にしてくれた祖母は、わたしが小学校に上がる年になくなっているが、当時は治療方法がなかったので顔が歪んでしまったままだったという。叔母も一度倒れて近所の医者に通っていたが原因が分からず原因が見つかるまで治療に6年もかかったと言っていた。叔父は60代で経験しており、父は確か70歳くらいのとき、朝食時に箸を落として母が気づいて入院した経緯がある。
▼わたしの場合不整脈がでたりしたことがあった。6年ほどお世話になった担当医は循環器の専門家だったので、三ヶ月に一回の血液検査も1年に一度の検査も心臓機能だけやっていた。だから薬を飲み続けたが一度も血圧が下がったことはなかった。診察に行っても、聴診器で心臓の音を聴き、「お変わりありませんか」とただ体重を減らせ、たべる物を気をつけろというだけだった。
▼今度の医師は前にも書いた脳外科の医長だった。そして2週間の血圧測定結果を見て、上が150を超えない状態に保たないとまずいと言うことでコレステロールを下げるPの錠剤の量を増やした。薬は毒と紙一重だという事は十分承知しているが、わたしはまた2週間も入院したくないのでそれに従った。するとその日から血圧は安定してた。
▼別に今までの医師を信頼していない訳ではないし、感謝の気持ちが変わらないがやるべきことが違っていたのである。月曜日のTVで「主治医が見つかる」という番組があって見ていたが、出席した医師たちは病気が確定する(原因が見つかる)率は30%だという。だから一様に誤診と言われるのは心外である。試行錯誤しならら、この薬がダメならこちらはどうかと探っていて、最短で解決方法が見つかればベストである。たまたま転院したときに、その医師は過去のデータを患者が持参した場合に、探る手順が減っていて、原因解明に到達する手順が減っているので早い場合がある。そのときに「名医」だと言われることがあるのだ、という説には納得できた。わたしも同じような事だろうと思っている。

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