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October 29, 2006

◇「父親たちの星条旗」を見る

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◇「父親たちの星条旗」戦争の英雄は日本の場合、肉弾三勇士など死んで靖国に祀られる事が多い。ところがアメリカの英雄は生還する事が至上課題となる。似たような映画「プライベート・ライアン」の時もそうだった。舞台は硫黄島の日米対決戦である。米軍はここに飛行場を作り、日本本土の爆撃の中継基地にすること目論んだ。有名なのがあのすり鉢山の星条旗掲揚写真である。実はそれには裏話があったというのが、この映画を作ったクリント・イーストウッドの発見である。大勢の両国兵士が壮絶な戦いに挑む。戦争は通常高い位置を占めた方が有利になる。米軍も経済的に疲弊し、国内でも死者が増え続けるので厭戦気分が高まりつつあった。国防省担当者が目にした新聞の写真を見て「これは使える」と膝を叩く。写真には顔が写っていないので、現場にいて生き残った兵士3名を探し出し、「英雄」として仕立てる事を考えた。そして戦時国債を国民の買わせようとしたのだ。第七次戦時国債は140億ドル必要とされていた。選ばれた3人の英雄は全国各地を「時の英雄」として引っ張り回され、張りぼてのすり鉢山の上で、星条旗を掲揚するセレモニーをくり返させられる。その成果があって戦時国債は急速に集まり出す。ところが戦闘に参加した3人の兵士は、自分たちがこんなセレモニーに出たくはない。本当に英雄だったのは、戦死した戦友だったのではないかと疑問を持ち始める。とくにネイティブインディアンだった兵士はその想いが強く、国内でも蔑視されることから、前線に復帰する希望が入れられる。常に彼らの頭の中にあるのは、爆弾で手足をもがれて死んでいった戦友や、銃剣で突き刺し殺した日本兵の顔である。国債が集まり始めると国民は彼らを見向きもしなくなる。普通の人に戻った彼らに声をかけてくれる人はいなくなってしまった。それにすり鉢山は「やらせ」だったのではないか、という疑惑が国民のマスメディアの中で流れ出した事だ。それは星条旗が揚がったときも戦闘は続いていた。それにあの旗を自分の下ににおきたいとした海軍の司令官の気持ちに反発した現地の指揮官が、そうはさせまいと旗を現地ですり替えてしまったのだ。戦死した兵士も星条旗を掲揚した兵士もただ政治的に利用されただけだったのだ。

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