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November 24, 2006

◇「麦の穂をゆらす風」を見る

▼「麦の穂をゆらす風」わたしが某地方新聞に書かせていただいている。「シネマ紹介」も日曜日締め切り分で4年半で200回になる。今度は読者のみなさんに喜んで貰おうと思って有楽町シネカノン(ビッグカメラの8階)に行った。その前に中央郵便局に立ち寄って昨日の仕事をCDに焼き付けたので、東京中央郵便局からゆうパックで送った。シネカノンは午後1時20分からが初回なのでまず、順番を取りに行ったら、1時間前で残席はたった30だった。それから安心して昼食を食べる。見終わって、ケン・ローチ監督1995年の「大地と自由」にそっくりの作品だと思った。じっくり監督名を見たら、同一人物だった。この作品は公開とうじ、あのY和夫が口を極めてぼろくそにけなしていた映画だった。話はスペイン内戦なのだが、当時のソ連はスペイン人民戦線を支配下に置こうとして、軍事顧問団を派遣する。そして人民戦線にはソ連の支配に反対する勢力もいる。ソ連軍事顧問団は、人民政府の軍隊を使って、彼らをトロツキスト、人民の敵として殺害してしまう事件が多発する。これをケン・ローチは批判していたのだ。それがスターリニスト評論家のY和夫は気に入らなかったらしい。ついでにいうと「紙屋悦子の青春」を撮った黒木和男のことも、「キューバの恋人」の頃はこき下ろしていた。だから当時、Y和夫の映画評が出ている新聞は読みたくないという人が激増した。Yが黒木を評価し始めたのは「父と暮らせば」以降、たった2作品である。
▼さて本題の「麦の穂…」である。原題は「The Wind That Shakes The Barley」(大麦を揺らす風)であるから、日本語タイトルはより文学的な表現になっている。アイルランドを巡る1920年頃の話である。アイルランドの独立運動というのは、わたし流に分かりやすく解釈すれば、日本が傀儡の満州国をつくってそれが100年も続いてしまったとしよう。現地には日本軍が支配して、現地の宗教から全部禁止され、収奪と弾圧がより厳しくなる。当然現地の人たちは、話し合いで解決しないから武装蜂起を始める、というような事である。クリケットを楽しんでいる青年の一団が家に戻ると、イギリス兵がやってきて、不審尋問と称して身体検査を始め、名前を英語で喋らないものは逮捕して殺害してしまう。その中にいる一人の青年デミアンはロンドンに出て、病院に就職しようとしている。駅で汽車に乗車しようとすると、英軍が「乗車させろ」と駅員に強要する。車掌も、機関士も「労働組合の取り決めで兵士の輸送は禁止されている」と拒否する。すると英軍士官は彼らに殴る蹴るの暴行を働いて、捨て台詞を投げ捨て下車する。傷ついた車掌の手当をするとき、彼はアイルランドに残って独立運動に参加する決意をする。
▼彼らは武器が少ないから、散発的英軍をおそって武器を確保する。しかしあるとき密告によって10人ほどの仲間は逮捕されてしまう。そしてリーダーのテディは「武器のありかを言え」とペンチで両手の爪を引き抜かれる拷問を受ける。たの男たちは彼を励ますために「独立軍の行進曲」を歌ってテディを励ます。牢屋の警備を担当しているイギリス軍(正式にはブラック・アンド・タンス:英国治安警察補助部隊)の兵士の中に抵抗勢力と同じ出身地の男がおり、カギを開けてこっそり彼らを逃亡させる。密告者は若い青年だった。デミアンは上級の指示に従って、「こんな事をして何になるだろう」と苦渋の選択で青年を銃殺する。そして戦闘訓練を重ね、英軍とほぼ互角の戦いが出来るように抵抗軍は成長する。
▼だがしかし、英国議会に議席をもっているアイルランド代表と、英国との妥協が成立し、英国軍は撤退し、アイルランド独立軍は自らその治安の責任を追うことになる。彼らにとって、英国皇室に頭を垂れる「マイケル・コリンズは裏切りもの」という事になる。そして拷問を受けたテディは現地治安部隊の責任者になり、それに反対する原理派のデミアンと真っ向から対決する事になる。
▼終わったあと拍手をする一人のバ○がいた。映画そのもの長すぎるて、編集が下手なので後半がだれる。しかも、兄弟が殺し合うラストは暗すぎる。

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