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November 28, 2006

「ソフィの選択」と「猫の選択」

▼ウィリアム・スタイロンの「ソフィーの選択」という小説がある。新潮文庫で上下2巻になっている。映画化もされていて、わたしは銀座シネスイッチで見た記憶がある。あらすじは、父をコミュニストに持つ、女性主人公はポーランドに住んでいて、戦争になり、アウシュビッツ強制収容所に送られる。入り口で選別に当たっているゲシュタポの将校は、「お前は良い女だから、情婦になれば命だけは助けてやる。しかし子どもを二人連れているが、どちらか一人だけ助けてやる。自分で選別しろ」と命令される。ソフィーは数分逡巡するが、次の瞬間長女をゲシュタポに渡し、長男の手を握りしめる。長女の泣き叫ぶ声がずーと耳の奥にこだまして、生涯決して離れない。これが物語の入り口だ。映画はまだDVD化されていない。年に一度くらいは深夜に放映されいるので、機会があったらぜひご覧いただきたい。それと小説も素晴らしいので読んでいただきたい。
▼なぜ朝からこんな話題をふったかと言えば、家の飼い猫の事である。わたしも仔猫のもらい手を探して奔走している。先日はツーガールさんにお願いして4枚ほどポスターを貼って貰った。また懇意にしている外科医夫人にも5枚ほど送って貼って貰った。今晩は足下暗しで、住んでいるマンションの個別配布をする。それでもし「2匹一緒に欲しい」と言う方が現れれば万々歳で問題ない。どちらか一匹と言われたらどうしようかと迷う。オスのハチちゃんはわたしにとてもなついて、膝の上で居眠りをするくらいだ。メスのナナちゃん(大河内奈々子が結婚したそうだ)の方が遙かに賢い。そして目の奥が白濁して、治りつつはあるが少しだけ障害が残っている。自分としてはナナちゃんを残しておきたいが、家族は「ハチの方がなついているでしょう」と責められる。まあそうなったら、貰ってくれる人の選択に任せるしかない。そういう間も、主人の悩みを知らないハチは、わたしの肩に乗って遊んでいる。

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