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January 15, 2007

イラク帰還自衛隊員の自殺

▼葬儀の疲れがどっと出てきて、いくら眠っても睡眠が充足することがない。土曜日は近所のコンビニにコピーに行った帰りに右膝をねじってしまい、歩けなくなってしまった。きっと立ち放しだった疲れが今頃でてきたのだろう。それも2日間湿布薬を貼っていたらようやく45度よりも深い角度に曲がるようになった。足が動かなくなったときはさすがに落ち込んだ。
▼昨日この新聞のサイトを見ていたら「イラクから帰還した自衛隊員5500人のうち自殺者が7人もいた」という記事を見て驚いた。サマワの自衛隊基地は一般記者には公開されていなかった。わたしが知る限り、立ち読みで愛読している銃器愛好家向けの雑誌「コンバットマガジン」で、銃器レポーターの長田一郎が書いているだけだった。同誌のことだから防衛庁のお墨付きで「好意的な記事を書く」という前提で特別許可になったのだろう。その中には結構大勢の女性隊員もいて驚いた。イラク・シンドロームは実戦に携わっている米兵だけではなく、「支援」に携わっていた自衛隊員にも数多く出ていたのだ。ちなみにこの自殺数から何が分かるかというと、昨年の統計で日本の人口は1億2千万人で自殺者が34000人である。自殺率は0.0002833となる。自衛隊のイラク派遣部隊のそれは0.0012727となってかなり高い事がわかろう。
▼東京大学公開講座の一つ原洋之助「経済を軸に見るアジア経済」全5回をiPodで聞いた。東大の1年生が受講者のようだが驚く事ばかりたった。『鍵盤乱麻』読者にはイスラムの研究者もいらっしゃるのでいい加減な事は書けないが、原氏の講演で印象に残ったのは、中世西アジアの経済の中心はバクダッドであった。チンギスハーンなどもイスラムの人々も交易が広まっていくとともに、「為替」の仕組みを考え出し、それを実行している。現金の決済は中国でも行われていた。コーランは訳したものを読んだが、ここには「アッラーの思し召しによるカネの取引に関わる約束ごと」がきめ細かく書かれている。中国にあった銀市場にはメキシコと日本の銀がかなり多く使われていた。ところが日本の銀の埋蔵量が秀吉以降分かってしまったので、鎖国にした。というような内容でした。2,3時間もあれば全部聞くことができるので、お試し下さい。

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