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February 20, 2007

◇「チョムスキーとメディア」を見る

▼本日午後8時ジャストはメルマガの送信時間です。投稿をお待ちしています。
▼◇「チョムスキーとメディア」ノーム・チョムスキーは「言語生得説」を提唱しているマサチュセッツ工科大学の教授である。本は1冊読んでみたが、わたしのような軟弱な人間には難解で分からなかった。彼は言語学者であると同時に、ベトナム戦争当時から反体制運動に身を投じる。わたしは過去に彼のドキュメンタリーを1本見ているが、今回はメディアとは何かというテーマに絞って彼を追っている。
▼先日日本では、偽造された「納豆ダイエット」の問題クローズアップされた。しかしあれだけではなく他の局は大丈夫なのだろうかという意見が続出している。具体名は書かないが6chも正午の4chもいくつか問題点が出てきている。
▼彼チョムスキーはメディアは権力者に都合のよいことしか取り上げない。取り上げる筈もない。それはとりも直さず政治への無関心、無力感を意識的に作っている。無関心層、無党派層を作っておいて、その間隙をぬって自分たちのやりたい放題をする。この映画で取り上げられるのは、ジェノサイドが行われたカンボジアと、東チモールの比較である。対人口比で言えば東チモールの殺戮の方が激しかった。しかしアメリカのメディアは殆ど報道しない。湾岸戦争「戦勝」パレードを行っている時、街頭で狂喜している3人の青年に「東チモールの殺害知ってる?」と聞くと、一様に「知らない」と答える。つまりこれは新聞やメディアが報道しないからだ。
▼新聞記事はどのように作られるか?「NYタイムス」が要約されて次のメディアに、次はさらにそれが要約されてTVの原稿となる。最初のメディアの紹介の仕方が後のメディアへと影響する。誰が悪いのか?一線にいる記者ではなく、それをどういう比重で掲載していくか判断する人たちの問題だ。そこには「統制」や「規制」はないが自分の身を守る「自己規制」という力学が働く。当然新聞の場合は販売数、TVの場合は視聴率というスケールがモノを云う。東チモールではインドネシアによる侵略を「理解」し、当時のカーターが黙認して武器援助さえした。この部分が明らかにされている。
▼ではわたしたちはどうしたらよいのか?チョムスキーは長くは続かなかったがスペイン人民戦線のカタロニアで労働者による自主的な運営された事があった事の他もう一点を紹介していた。そしてアメリカの、視聴者が出資する独立系ラジオ放送局の役割も評価する。彼は自分一人の力は出来ることは限られている。しかしラジオ局でわたしのテープが流されれば多くの人が関心を持ってくれる。そしてそれがきっかけで講演会が開かれればその輪はもっと広がる可能性はある。諦めないで出来るところからやろう。現実にわたしは毎週20時間を使って、個人に手紙を書いている。テレビを見るなとは言わないが、メディアに出てくるものはバイアスがかけられているから、そのことをきちんと考えなければならない。スポーツ番組などはガス抜きに作られているだけだ。わたしは個人で情報機関をもっている訳ではないので、新聞や雑誌を丹念に読む。するとその行間から、隠されている事実が浮かび上がってくる。アメリカ歴代大統領がやっていることは、ニュルンベルグ裁判にかければ、全員絞首刑になるような事をやっているのに、ご都合主義ではなくそのことをきちんと理解しなくてはならない。ユーロスペース。3時間で途中5分のインターバルが入るドキュメンタリー。

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