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April 30, 2007

◇「セブン」を再び見る

▼昨日NHK午前10時から放映された、「いよっ日本一、元気なお年寄り長野県」という番組をみた。一人どこかで顔を見た男が出ていると思ったら、普段NHK長野放送局でローカルニュースを読み上げているアナウンサーだった。ご存知のように、行政や農協などが一体となって減塩に取り組んだ事が一つ重要なポイントとして知られている。もう一つ後半出てきたのは、タンパク質を虫から摂取する習慣だということが紹介されていた。その3つの虫とはゲンゴロウ、イナゴ、蚕のサナギである。いずれもわたしは食べてきた。動物性タンパク質は血管を詰まらせるが、虫にはその心配がないという訳である。食べていてもわたしのように血管を詰まらせて倒れるという事はある。それはその後動物性タンパク質を食べていた事が原因であろう。だからずーと虫を食べ続けていれば良かったのかもしれない。
▼◇「セブン」昨日に書いた95年の映画である。当時は随分気味の悪い映画だと思って見たし、そのように書いた。しかしあれから12年たってみると別の思いがある。定年間近のサマセット刑事(モーガン・フリーマン)と入り立てで元気のあるミルズ(ブラピ)がいる。あるとき死体が発見されたとう通報で現場に駆けつけると、スパゲッティを喉に詰まらせて死んでいる男が見つかる。どうやら食べることを無理強いした様子がある。なぜこんな事をしたのだろうと思っていると、次々奇妙な死体が発見される。関連を推理するとどうやら犯人は、キリスト教の「七つの大罪」を実行しているように見える。瀕死の状態で1年間も寝かされた現場にスワットと共に踏み込むと、どこからかその現場を写真に撮ろうと聞きつけて来た一人のカメラマンがいた。実はあとでこれが犯人を分かる。そしてこのボロアパートの追跡シーンは吹き替えなしでやっているが、迫力満点でとても良く撮れている。そしてトラックの影で見失うが、逆に反撃されミルズはベレッタの銃口を犯人に突きつけられ絶体絶命のピンチになる。引き金をひく間一髪の差でサマセットに助けられる。
▼そして犯人(ケビン・スペイシーはまだ無名でパッケージに名前も出ていない)は逮捕されるが、7つの大罪のうち2つが残っている。果たして捕まってしまった犯人はどうやってそれを実現させることができるか、というのが最大の見物になる。当時ブラピのガールフレンドだったグウイネス・パルトロウが、彼の口利きで妻役で出演している。だが彼女と別れてから、ブラピの女運は落ちるばかりである。

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April 29, 2007

NHK「アフガン国軍203部隊」を見る

▼先日夜遅く帰宅するとき、近所のビデオレンタルショップで使い回したビデオの安売りをしていた。95年のブラピが出演した「セブン」が、たったの100円だったので買った。映画自体はグロテスクなのだが、DVDだとかなり高値になっているので、100円はとても安いので迷わなかった。
▼28日夜10時NHKBS1で「混迷するアフガン最前線の203部隊に密着」を見た。これはアフガニスタン最強の部隊なのだが、新兵はわたしが見ていてもやる気がない。何故かというと、カネがないから志願兵で入るのだが、とても留守宅をまもる家族を養っていく事などできない金額だ。しかも2ヵ月も遅配しているので脱走兵が後を絶たない。訓練風景から始まるのだが、点呼整列をしていると後からのそのそやってくる兵士がいる。遅刻の理由を聞くと「寝ていて朝食に間に合わなかった」と平然と答える。行進の時も整列して歩かず、歩調を合わせられないので、日本の小学生以下である。さらに「集合」と声をかけるとヘルメットを被らない兵士がいる。指導教官の米兵が「あいつはなぜヘルメットを被らないのだ?」と聞くと「被ると鼻が詰まる」と、理由にならない説明をする。その米兵は吐き捨てるように「とにかく集合と言ってもヘルメットは被らない。防弾チョッキを着けない。銃さえ持ってこない兵士がいるのが当たり前なんですから」と呟く。
▼そして彼らの目的は元タリバン兵の殲滅にあるのだが、殲滅する前に殲滅させられてしまいそうな雰囲気だ。そして射撃訓練は古いAK47を使い、空撃ちから始める。銃身の先にコインを乗せてそれを落とさないように訓練する。つまりガク引きを防ぐ訓練だが、弾をこめていないにもかかわらずコインを落とす。実射訓練は引き金を引く瞬間呼吸を止めなければならないのだが、息をするので25m先の的に当たらない。しかもそれを銃が呼称しているせいだと喚く。米軍の指導教官は標準器とサイトの調整の合わせ方を教えるがちっとも合わない。仕方なく米軍将校は自分で調整して撃って見せて納得させる。アフガン人はプライドが高いから決して叱ったりしてはいけない、と教育されているから、幼い子どもを育てるように文字通り手取足取りだ。
▼銃器も旧軍閥から押収した、2、30年前のものが多く修理をしないと使えない。掃討作戦や米軍アフガン軍と警察それに諜報部隊の合同会議を開くが、検問の方法を巡っても意見は一致しない。会議に出ている米軍将校もときにはとぼけながら、かつアフガンの人たちに敬意をしめすフリをして発言している。アフガンにいる米兵は2万人で、13か月で交代させられる。米兵は何もやることがないから基地のテントの中でTVの戦争ゲームをやって気を紛らしている。だがしかしはっきり「アフガン派遣はまったく無意味なこと」と言い切る。そして米軍車両がアフガンの人を轢殺したことから、反米気運は一気に盛り上がる。イラク同様アフガンでも、米軍が来ない方が遙かに治安は安定していた。カルザイ政権はアメリカの庇護の下にある危うい砂上の楼閣である。このドキュメントはNHKと日本電波ニュース社の作成したものだった。

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April 28, 2007

どこまで信頼できるウィキペディア

▼昨日銀行の待ち時間に女性週刊誌を見ていたら、青田典子が元CCガールズにいた事を初めて知った。そんな事を考えながらインターネットで「CCガールズ」を調べていたら、ウィキペディアにも彼女たちのコーナーがあり、成り立ちと解散、そして二代目の解散までが書かれていて概要がわかった。
▼ところでそのインターネット辞書ウィキペディアの事でである。20日の日経1面にこれに関連した「コピペ思考」が問題になっている。アメリカのバーモント州のミドルペリー大学、歴史学部で1月、試験やリポートでウィキペディアを使うことを禁止したという。その理由というのが、日本の島原の乱に関するリポートで6人の学生がそろって「イエスズ教会が反乱軍を支援した」と誤って書いたからだという。彼ら6人が引用した文献というのはインターネットのウィキペディアだったという。島原の乱については一度このブログでNHKの「そのとき歴史は動いた」の内容をご紹介したことがある。そこではっきりしている事実は、イエスズ教会は島原の乱を、見捨てていたことだ。これは彼らが無精しないで図書館に行って調べればすぐ分かることだ。しかし手間ひまを惜しんでネットで簡単にすませたために起こった失敗だった。
▼この日経の記事は「新たな知を生むネットが、モノをじっくり考える力を衰えさせる」と警告を発している。

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April 27, 2007

南米と目的が異なる日米のバイオ燃料

▼メールをチェックするとS社のソフトの不具合によるダウンロードの案内が一件、ニフティの掲示板の変更の案内が来ていたので、さっそく必要な手続きをした。「読者の広場」(会員制)の見かけは代わらないが、写真などのアップロード出来る筈なのでご利用いただきたい。
▼朝○×連の捜索など、急に問題化された30年前の「拉致」事件はどうやら首相がアメリカ訪問をするに当たっての手みやげという意味合いが強いようである。しかしTVの前で、お年寄りなどが、捜索の模様をくぎ付けになってみている姿を見ると、その「宣伝効果」は抜群であると思う。とくに北海道の場合は、父と一緒に母国に帰国したというだけの話で、言ってみれば夫婦喧嘩の変形のようにも見える。
▼昨日朝日夕刊に掲載された、亀戸天神の藤の写真だが、わたしはあの撮影現場にたまたま居合わせた。普通ではあの高さから撮影はできない。彼(撮った人)は伸縮自在の2mくらいのアームの上に小型デジカメを取り付けていた。そして鏡を2枚使って、仮名手本忠臣蔵のお軽のように、合わせ鏡の要領で手許でフレームを確認する。そしてリモコンでシャッターを切るのだ。すべて自作のようだったが、中々工夫されていた。これがあれば脚立などを持ち歩かなくても、高い角度から撮影することが可能だ。
▼きょうからバイオ燃料が市販されるようだ。マスメディアは、食糧不足、コーンの値上がりなどその否定的側面だけ一生懸命報道する。元々これは南米でエネルギーをアメリカの石油に依存しないで、しかも雇用を増やして独自の経済圏を作ろうという狙いで発展させたものである。最初アメリカが京都議定書に署名を拒否していたように、石油メジャーや穀物メジャーの思惑で動かなかった。ところが、「バイオもカネになる」と判断したそれらの人々が方針を変えただけの事だ。だから南米のアメリカ依存のエネルギー政策からの脱却を目指しているのと、儲けのためのバイオ燃料とは、立脚点が違うのである。

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April 26, 2007

NHKのジェンダー感覚を考える

▼昨日から○鮮総連の捜索が大々的に映像で流れている。いま詳しい情報を手に入れる事が出来ない場所にいるので、コメントは後日にする。しかし北朝鮮の軍事パレードの画像と組み合わせて流すのは、不気味さを演出して、その効果を上げている。ちょうど第二次イラク戦争を始める直前、土産の剣をもらったフセインが、それを振り回す画像を執拗に流していた事を思い出す。そうやってNHKは、嫌○○鮮世論を盛り上げる尖兵の役割を果たしている。もうひとつ明らかな差別用語だと思うのは「女工作員」と言う言葉だ。ならば普段「男工作員」と言わないのだろう。こんな所にもNHKのジェンダーに対する姿勢を見ることができる。まぁ毎度の事だけど…。
▼ついでにもう一つ、先日のアメリカバージニア州の銃乱射事件の3日後、容疑者が銃の弾倉をインターネットの通販で購入したという、新聞で言えば3面のベタ記事のような物をNHKラジオニュースは、午後からトップで何度何度も流していた。大体銃の弾倉は買おうと思えば日本国内でも買うことは出来る。銃で輸入できないのは、銃身(バレル)と撃発装置(ハンマーとトリガー)だけのはずだ。M16の弾倉など沖縄に行けば露店で売っている。これはNHKがインターネット=悪という刷り込みをしようとする警○庁の下請け機関に成り下がっていることを示している。

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April 25, 2007

薬が処方できない薬局の話

▼近くの商店街を歩いていると、大資本の出店は続くが、閉鎖もしくはそれ直前の店が多い。一つはN堂という本屋さんだ。ろくな本が置いてないことも事実だ。それに某宗教団体トップの「○○革命」という本だけは手書きのポスターで張り出してあるから、わたしは入らなかった。この店に4月まで閉店して新しく鍼灸治療院が入るという掲示がしてあった。もう一つこの店の数件先(駅に近い場所)に中古書店があることもその原因の一つになっているかも知れない。ここは普通の古書店というよりも、文庫本などが中心で、さらにホームレスの人たちが組織的に持ち込む、マンガ週刊誌や一般週刊誌が全部一冊100円で並べられている。発売後2、3日で並べられるから商売にならない。
▼もう一つ薬局である。先日近くのクリニックに行って、薬の処方箋を書いてもらったので、くだんの店にそれを持参した。いや前回も行ったのだが、平日昼間なのに店は閉まっていて薬の注文はできなかった。店が閉まっている理由も書かれていない。この薬局は60代の夫婦だけで店を守っており、近所にMキヨシなどのドラッグストアがあるのだが頑張っている。しかし外から見たところ薬棚の空白部分が目立つ。それで先日少しでも経営の助けになればと思って処方箋を持参した。奥さんがそれを一瞥して、「うちにある薬ならいいけど」と言って奥へ引っ込み、旦那を連れてきた。「うちにはこの薬はありません」という返事だったので、仕方なく出て、いつもの店に行った。なければ「半日待ってくれ」とか言って取り寄せてくれればいいのだが、どうも商売熱心とは感じる事はできなかった。

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April 24, 2007

アメリカの銃は規制できるのか?

▼今度はフランスの外人部隊に在籍していた日本人が、銃の密輸で捕まった。不思議なのはおもちゃの、ソフトエアーガンなどを規制しても、実銃による殺人事件が後をたたない事だ。何度も言っているが改造モデルガンやソフトエアーガンで今まで殺人事件は起きていない。これは警○庁の某部署の格上げを狙った法規制なのだ。格上げになれば自分の出世につながるという単純な発想から、次々規制をしているが実銃による犯罪は広がるばかり。とても真剣に対策を立てているとは思えない。それで○力団が持っている拳銃提出にしても、警察との裏取引が次々明らかにされている。これも点数を上げるために仕組まれている。
▼先日の朝日「天声人語」では二日間にわたって銃規制について取り上げていた。アメリカには全米ライフル協会という組織があり、積極的なロビー活動をしているから、第三者が言うように簡単にアメリカから銃を廃絶させることはできない。言ってみれば日本でト○タの車は自動車事故で人を殺しているから、国会で法規制をしてト○タの車の規制か生産を禁止せよ、と言っているようなものだ。初日の天声人語では重要な部分が欠落している。つまりブッシュが「国民が銃を持つ権利」を擁護して来た、と書いている。それはとりもなおさず、イラクを始め戦後世界各国で銃を使って支配して来た事と裏腹の関係なのだ。先日ある人が「アメリカは輸出するものがないから、武器や兵力を輸出して世界を支配しようとしている」を裏付けている。
▼翌日の天声人語ではリンカーンを持ち上げている。内田義雄が文春新書で「戦争指揮官リンカーン」という本を出版した。図書館になかったので仕方なく自費で買ったが、リンカーンという男がいかなるイカサマ男なのか書かれている。たとえば「奴隷解放宣言」とは苦境にあった北軍が、南部を内部から崩壊させようとして、南部の奴隷の蜂起を促す目的でぶち上げた。彼は発明されたばかりの電信を戦争に使える事に目を付けて、軍事電信室に入り浸りだったこと。そして指揮官や将軍をさしおいて、「命令」を下していたことが明らかにされている。これはメルマガ次号でご紹介しよう。そして「天声人語」の結論はこうだ。「暴力で人をねじ伏せるテロとは、何があっても相容れない」という。ある意味ではその通りなのだが、ここにはアメリカという「国家テロ」も入れなければならない。

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April 23, 2007

ボディガードとマカロフ、そしてグロックとシグ

▼土日に力を入れて書いてもアクセス数が伸びませんなー。そして検索用語を調べると、どうでも良いような検索用語で来ていらっしゃいます。先週「素粒子」の紹介でたまたま「乱○」シーンがあったので。そう書いたらその言葉を探して来ている方もいました。まったく何を考えているんだろう。
▼SWボディガードとマカロフ、そしてグロックとシグザウエル。最初の銃は長崎市長の襲撃で使われた銃だ。これはハンマーレスで護身用に持って歩くことを目的とて開発された。SW社の写真で一番下に掲載さている。リボルバー(回転式拳銃)の場合はハンマー(撃鉄)が露出していて、内ポケットから引っ張り出すとき、このハンマーを引っかけて一瞬のタイミングを逃して、自分が撃たれてしまう可能性がある。そこでフレームを広げてハンマーを隠してしまった。不格好だがボディカード用の銃として普及した。それの発展したものがSW社の創立100周年記念として発売された、センティニアルである。これはハンマーを内蔵の半月形して引き金が軽くなり、デザインもよくなった。
▼マカロフは自殺した川崎の立てこもり暴力団員が持っていたもの。これはリチャード・ギアが出た97年の「北京のふたり」で出てきた。映画は風景以外はハリウッドで撮影されたのだが、「らしさ」は良くできていた。ただし映画の内容はつまらない。マカロフとかトカレフは旧ソ連軍の使っていた将校用の小型拳銃なのだが、コピーも含めて日本で大量に出回っていると言われている。
▼後の二つはバージニア工科大の銃乱射事件で使われた銃だ。新聞などで発表された銃のシルエットなどから判断するとグロックはハッキリと分かる。しかしドイツ製の22口径の銃というのでは分からない。22口径というのは射撃練習用のもので、もし容疑者が最初から人の殺害を目的としていたなら、22口径の銃は買わない。おそらくシルエットからするとドイツのシグザウエルP220シリーズであろうと推測される。記者はその辺が不勉強なので、22と書いてあったので22口径と錯覚してしまったのだろう。シグは元々スイスの銃器メーカーなのだが、P210とかP280シリーズは生産コストが高いのでドイツでP220シリーズを作り始めた経緯がある。このシリーズは口径はグロックと同じ9ミリである。戦争でも銃器の弾丸の規格を同一にする事が、効率よく戦闘する最大の条件になる。だから一つだけ22口径の銃にする事はあり得ない。
▼きょうはマニア的解説で終わってしまったので明日に続く。

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April 22, 2007

◇「ドレスデン運命の日」を見る

▼◇「ドレスデン運命の日」東京大空襲から一月前の1945年2月13日から14日にかけてドイツのドレスデンは英軍によって無差別爆撃が行われた。それによって3万人とも15万人とも言われる市民が死亡した。都市に対する無差別爆撃は、罪もない一般市民を殺害することになるからと、国際的には戦争の早期終結には効果的でないという意見が多かったが、日本でもドイツでもそれは無視された。このドレスデン爆撃がなぜ強行されたか、歴史的に見るとドイツが破竹の勢いでベルリンに迫っていたため、占領後の英国の発言力を確保しようという狙いがあったのではないかと、わたし(筆者)は思う。そういう話は映画には一切出てこない。
▼ドレスデンの病院の看護婦ハンナが主人公である。彼女の父親は病院の経営者で大金持ち、次女はナチスの将校とつきあっており、権力欲がある。イギリスはようやく長距離爆撃機を開発してようやくドレスデンまで、往復10時間の爆撃ができるようになる。チャーチルの判断でドレスデン爆撃をする決断が下される。爆撃というのはいかに功利的にやるか計算されている。第一次としてまず侵入経路を示す、緑のマーカー弾が投下される。第二次攻撃は爆弾投下位置を示す赤いマーカー弾が投下され、最終的な第三次爆撃隊がそれをめがけて爆弾を投下する。最後に燃えていない部分を第四次爆撃隊が絨毯爆撃をするのだ。
▼第一次に先立つ攻撃でドイツ軍に撃墜されたパイロットはパラシュートで降りると、千葉の九十九里で撃墜されたB29のパイロットたちが戦前行われたように、ドイツ市民によってなぶり殺しにされる。かろうじて生き残った彼を助けようとするのが、ハンナである。ハンナは父親の命令で病院の腕利き医師と結婚を控えている。しかし負傷兵の治療だけに専念している彼をどうも心底好きになる事ができない。たとえば危篤状態にある子どもの治療が優先させるべきと考えるハンナに、彼はもう手当が間に合わないから、重症を負った兵士を助ける。そして腹黒い父親は病院のモルヒネを大量に隠匿して、それをナチスの将校にこっそり回して、大金を貯え外国に逃亡して大きな病院を建設しようとしている。それを手助けしているのが、未來の夫である。
▼負傷したパイロットは母がドイツ人で父がイギリス人だったため、ドイツに少なからぬ親しみを感じている。そのことからハンナと深い関係になってしまう。戦時下なのに!地下室で何をしているのだ、あの「スターリングラード」のジュード・ロウとレイチェル・ワイズみたいだ。そんなことを爆弾が投下される非常時にしてはいかんのだ。しかし色々文献を読みあさって見ると、ヒトラーが立てこもっていたナチスの地下指揮室でも同様な事が行われていたという。つまり人間は死に直面すると種を保存しようとする本能が働くというのだ。閑話休題横道にそれていてはいかん。
▼そして上記の爆撃が始まるハンナ一家が海外逃亡を試みてドレスデン駅に着いたところで爆撃にあう。父親はトランク一杯詰まった札束を空中に舞わす。ハンナは地下室を伝って外に出ようとする。爆撃が長く続くため地下室に保存しておいた、ジャムの瓶が沸騰して「バシッ」と恥じけ散る場面は「ユーボート」のボルトと同じくリアルだ。長い空襲が終わって地上に出るとそこは廃墟になっている。そして人間も東京大空襲の時と同じく炭化して形を留めている。果たして空襲は何をもらたしたか?
▼はっきり言って初日初回の朝9時20分に行ってみたがとてもつまらない映画だ。つまり三角関係のラブロマンスと空襲を無理遣りくっつけたことが問題だ。空襲を受けたドイツ人も何も反省していない。何か神の啓示にあって空襲という試練を受けたというような事を言っている。これは長崎の原爆投下で永井某博士が言っていた論拠と同一になってしまう。2時間半は長いし退屈である。

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April 21, 2007

◇「ロッキー・ザ・ファイナル」を見る

▼◇「ロッキー・ザ・ファイナル」わたしが「ロッキー1」を見たのは大分昔になる。渋谷の道玄坂にあり、いまはもうなくなってしまった映画館だ。「幸せの黄色いハンカチ」と「ロッキー」の二本立てだった。友人が「『幸せの黄色いハンカチ』は良い」と推薦してくれたのでわざわざ足を運んだのだが、「黄色いハンカチ」はちっとも良いと思わなかったが、「ロッキー」には痺れた。帰宅してさっそくあの腕立て伏せをやってみたが、手をパチンを叩くのとか、片腕だけを使った腕立て伏せはどうやってもマネができなかった。今回のロッキーのエンディング・ロールが終わってから一般人がトレーニングをしたあの階段を駆け上がって雄叫びを上げたり、腕立て伏せをして見せる場面があるから、席を立たずにじっくりご覧いただきたい。
▼引退して早還暦を迎えたロッキーは、ふるさとの町で小さなイタリア料理店を経営している。ロッキー5に出た息子も自立してビジネスマンとして独立している。ロッキーは仕事の合間に、毎日妻エイドリアンの墓地を詣でて昔を懐かしんでいる。そんな彼を暖かく見つめているのは妻の兄や、昔の対戦相手だ。そんなあるとき、TVで若手ヘビー級チャンピオンのアントニオ・ターヴァーとロッキーがもし戦ったらどうなるか、という過去のデータを使ったコンピューターグラフィックを使った対戦が実現する。その結果は僅差で現チャンピオンが負ける。面白くないのは現チャンプだ。色々仕掛けを考える男たちがいて、ラスベガスでエキシビジョンをやろうという計画が持ち上がる。義兄や息子たちからも「もう年だからやめろ」一様に反対される。だがロッキーは「俺は過去の栄光にすがったり過去の勝負を振り返えって生きたくない」と出場する決意を固める。しかしライセンスには年齢の壁がある。日本でも長野県上田市出身のボクサー西沢ヨシノリさんが40歳になるが毎年ライセンスを申請して認められている。日本の年齢制限は37歳なのである。当然アメリカも同じくらいだと想像できる。
▼そこはエキシビジョンで一儲けしようという男たちの思惑が通ってライセンスが付与される。それからロッキーは練習に励む。いかにも身体は重そうだ。トレーナーは足腰は弱っているから足で試合をリードするという無理はできない。そこでパンチ力を強化しようとうアドバイスをする。そしてあの1と同じような苛酷な練習に明け暮れる。片腕だけの腕立て伏せ、食肉倉庫でのパンチ、そして生卵をごっそりコップに入れての一気のみ。これはもう見ているだけで気持ち悪い。その甲斐があって懸垂も数が多くでき、ベンチプレスの数も増えていく。
▼エキシビジョンの日程が決まると、息子が「俺にはあの会社は合わなかった」と言って退職してきた事を明かす。そしてロッキーは人生はどんな事があっても振り返らず前を向いて挑戦を続けなければならない、と誓った通りリングに上がることになる。しかし相手はマイク・タイソンも応援に来ている程の実力者。方やロッキーは現役の試合から遠ざかっている期間が長すぎる。果たしてあの強烈なパンチは炸裂するのだろうか?

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April 20, 2007

◇「パラダイス・ナウ」を見る

▼本日午後8時はメルマガ送信日です。殆どの原稿は集まっていますが、まだの方はお急ぎお送り下さるようお願いいたします。
▼携帯を替えたのは、家族に「どこに旅行してもいいが必ず連絡の付く海外携帯を持参してくれ」と言われた事も一因となっている。先日も現地のホテルに電話したのだが、英語で応答されたので切ってしまったという話だった。あそこは「japanes staff preas」と言えば良かったのだ。
▼◇「パラダイス・ナウ」先日深夜放映された「イラクの米軍ER」(NHKBS1)を見た。これは元フセイン大統領の専用病院だったものを米軍が接収して、米兵専用の救急病院にしたものだ。運び込まれて来る兵士たちや、病院関係者は口々に「酷い」を連発する。しかし彼らが空爆したり、銃撃して殺しているイラクの人々をここでは手当したり介護したりすることはない。あくまでも米占領軍の為の施設なのだ。殺す側を正当化し殺される側を無視する立場を貫いている番組だった。
▼さて映画の舞台はパレスチナである。このブログをお読みのみなさんはご説明しなくてもイスラエルという国の成り立ちをご存知のはずだから、それは省略する。つまり一言で言えばパレスチナという国があったところに、いきなりイスラエルという国を占領して作った。そして前から住んでいたパレスチナの人々の土地を取り上げ、世界中に住んでいる裕福なユダヤ人の金持ちから集めた資金で、この国は反映している。そしてその国を維持するため、連日のようにパレスチナを空爆して殺害を続けている。さらにイスラエルを通行するパレスチナの人々を「検問」によって苦しめる。舞台はヨルダン川西岸の町ナブルス。時々イスラエル軍の発射するロケット弾が飛んでくる。幼なじみのサイードとナブルスは自動車修理工場で働いているが、客の対応が悪かったという理由でナブルスは解雇される。この地域は貧しい人々が爪の先に灯りをともすようなつましい暮らしをしている。父がいないサイード一家も母が何とかやりくりして、兄弟を育ててきたのだ。仕事がなくなったら喰う手段を失うことになる。つまるところこの絶望的な苦しさの根元はイスラエルの占領にある、と彼らはずっと考えてきた。
▼あるとき自爆志願者をつのるパレスチナ人の組織と接触する。熟慮のすえ、二人はこの自爆に自分たちも参加しようと意思を伝える。そして家族にはいつもと同じように接触するように命令される。そして気が変わらないように監視員も24時間ついている。実行の前夜彼らは髭を剃り、全身を清められる。そして結婚式に出席するというスーツ姿で、ビデオカメラに向かいM16を構えて最後の決意を語る。わたしはこれから「神と同じところに行くのだ。だから悔いはない」と。
▼隔絶されたコンクリートの壁を越え、網を切ってイスラエル人の手引きで占領地に向かおうとしたとき、連絡の手違いで二人はちりぢりバラバラになってにげかえってくる。彼らの胴体には大きな爆発物がテープで留められており、自分で外そうとすると爆発してしまう。ナブルスはアジトに逃げ帰るが、サイードは道に迷ってしまう。組織はサードが裏切ったとしてアジトを撤収してしまう。必死で探すとサイードは実家や修理工場に立ち寄った事がわかる。その間サイードはガールフレンドの言った言葉を反芻する。道はこれしかないのか?他に方法はないのか?自爆は報復を招くだけなのか?サイードはバス停やバスの中で何度も自爆装置のヒモを引こうとするが、子どもたちや老人がいるのでそのたびにためらう。神との同化は美しいが犠牲者を出すことが人間の幸せにつながることなのかを自問する。
▼新しいアジトに戻り、再び爆弾を身体に巻き付けてテルアビブに潜行させられる二人。果たして二人の運命はどうなるのか?単に自爆攻撃を美化するのでもなく、人間の尊厳を守ることとは何なのかを考えさせられる。サイードはガールフレンドに「俺は死んで天国に行くんだ」というと、彼女は「バカね天国なんかありゃしないわ。もしあるとするなら、ここよ」と言ってサイードの頭を突く。つまり「パラダイス・ナウ」なのである。恵比寿東京都写真美術館で。27日まで。

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April 19, 2007

「白ロム」携帯に交換する

▼携帯を替えて1年近くになったら電池の保ちが急に落ちてきた。午前8時にスイッチを入れて、一日合計10分くらいの通話と数本のメールをやり取りしていると、午後4時頃に電池の残量の目盛りが一つ減ってくる。わたしの場合携帯を使い始めて今年で11年目になるのが、料金プランが高いのか安いのか分からない。FOMAにして毎月8千円から9千円くらいだ。いつも買っている店に行って、機種交換でいくらになるか聞いた。901を902に変更し、貯まっているポイントを使って2万5千円くらいだ。、さらに最低3ヵ月は何とかいうプランに2つ入らなければならない。903やTV付きにしたら3万円を軽く超してしまう。そう言えば家族が某野球チームの携帯にしたが、新規なのに6万円もした。お気に入りのチームが戦っているときの経過が、リアルタイムで送られてくるなどの特典はあるが、携帯もパソコンを買うことができるくらいの値段になってしまった。
▼わたしはふと「白ロム」という物があることを思い出してサイトを探し出した。白ロムとはドコモで言うとFOMAのような機種には、携帯の裏側に「ICチップ」が入っている。ここに使用している人の、個人情報などが記録されている。その「ICチップ」の入っていない物を「白ロム」(つまり記録が書き込んでいないという意味)という。サイトで最初に出てきたのは、京都や北海道の販売店だったが、都内にも店が一つあった。そこで903を申しこんだ。翌日の午前中にはゆうパックの代引きで商品が到着した。さっそく「ICチップ」を入れ替える。作業をしている最中に電話がかかってきて慌てた。それでも新しい携帯にちゃんと着信した。後はおサイフ携帯の残金を移すのと、メモリーを新しい機種に移す作業があった。これもパソコンさえあれば簡単に自分でできる。合計2時間くらいの作業だ。あとはリモートメールの移し替えだが、パスワードを忘れてしまったので問い合わせ中だ。
▼いや忘れたというのは正確ではない。パスワードの入ったメールは「仕事」という分類のフォルダーに入れて置いたのだが、何かの手違いで削除してしまった、というのが正しい。こうしてわたしは、かなり安く自分で機種交換をすることに成功したのである。

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April 18, 2007

軽いがイチバン

▼マンションの前に建設中だった4階だてのビルの外壁の塗装が終わって、内装に移っている。1階はバイクショップで2階から上はパーツの倉庫だという事で、こちら側に面した窓はあまりない。ところが外壁の色がオレンジ色というか、黄土色色でハデハデなのだ。デスクに座っているととても落ち着けない。これから夏場は窓に簾でも下げて強烈な色が目に入るのを緩和しなければならない。
▼夕方都内で打合せをしていたら、M編集長から携帯メールが届いた。連休が入るので編集の都合で締め切りを一週間早めるというのだ。と言うことは来週だと安心していたシネマの締め切りが繰り上がる。1本は一昨日書いた「オール・ザ・キングスメン」で良い。あともう一本は恵比寿の写真美術館ホールで上映している、イスラムの自爆テロの「パラダイス・ナウ」にしようかと思っている。
▼ipodの80Gを半年使ってみた。形はとても美しい。それに裏面は手鏡になるようにピカピカに磨かれている。研磨は日本の某中小企業の技術だと聞いたことがある。それに駆動装置のHDDの日本のものだ。しかし、しかしだ半年使ってみた感想はまず重い。首からぶら下げて見たが、一日もやっていたら猫背になってしまう。ポッドキャストは画期的なものである。東大の公開講座とか宮台真司のトーク番組はとても刺激的で面白かった。ビデオ映画の転送装置もサードパーティから出ている2万円の物を取り寄せた。だが転送に、つまるところ再生するのと同じだけ時間がかかる。操作が慣れている人には良いのかも知れないが、誤操作も多い。今までデータを使うにはIチューンに全部変換しないと使えない。
▼うだうだ言ったが、重量が157gもあるので弁当のおかずの箱のように重い。昨日はついに手放す決意をして、昼休みに秋葉原のSマップに行って売却してきた。丁寧に使っていたので結構高く引き取って貰えた。ポイントでS社のAシリーズを買ったが、それでもまだおつりが来た。こっちはフラッシュメモリー8Gで、たったの45グラムと携帯よりも遙かに軽い。

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April 17, 2007

◇「素粒子」を見る

▼◇「素粒子」ヨーロッパでもの凄い人気を博したというミシェル・ウエルベックの同名のベストセラーの映画化。原作を読まないと、小説がどのように表現されているか分からない。一言で言うとかなり難解である。だからいくらヨーロッパのベストセラーといえども渋谷のユーロスペースの片隅の単館上映になってしまう。中心となる二人に「ラン・ローラ・ラン」の二人が出ている。そしてもう一人「善き人のためのソナタ」の女優役のマルティナ・ケデックがセクシーな役柄を演じている。話はドイツの異父兄弟の二人が主人公である。兄のブルーノは国語教師でまだ10代の女子生徒に宿題の感想を求められるが、上の空でその少女との妄想に耽っている。もう一人大学で数学者をしている弟ミヒャエルに会いに行くが、彼は指導教授が舌を巻くほどの実力を持っているが、思うところあって教授の職を辞してフィンランドか何かに行ってしまう。二人の母は60年代にヒッピーをして、ドイツをさまよい歩いていたため、別の男性と知り合って父が異なる子どもを産んだ経緯があった。
▼従ってその遺伝子は二人も持っている訳だ。兄は学校が夏休みのとき、ヌーディスト・クラブのキャンプに出かけていく。そこの露天風呂で一人の魅力的な女性に出会う。ここからがこの作家のテーマになると思われるが、性の快楽と、生殖行為は切り放して考える事ができるかどうか、という実験を兄が行うことになる。そして弟は幼なじみの女性と昔から好きだったという告白をして、親交を復活させる。ところが彼とは物理的な距離が彼女を不安にさせ、自殺未遂を計ってしまう。兄はこれこそ理想の女性だと信じていた彼女が乱交パーティの最中、大腿部に大けがをして半身不随になってしまう。入院して、「セックスをする事ができなくなっても、私を好きになっていてくれるか」と問われ、一瞬返事を躊躇する。だがそれが思わぬ結果をもたらす。心の安らぎ場所を見いだせない現代人はとても不幸である、と作者は言っているように思える。

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April 16, 2007

◇「オール・ザ・キングスメン」を見る

▼◇「オール・ザ・キングスメン」人が権力を握るとその居心地の良さにいかに腐敗して行くか描かれた作品だ。1949年のルイジアナ州、新聞記者のジャック(ジュード・ロウ)が執政官であるウィリー(ショーン・ペン)と出会う。それはウィリーが郡で起きている汚職の摘発を一生懸命にやろうとしていたときだった。ウィリーは職を辞めて州知事に立候補しようとする。だが無名の彼の人気は全くない。ある時スタッフが書いた原稿を読むのを止めて、裕福な金持ちの政治から貧乏人が病気になっても心配ないような病院を作る。富める人を有利な政治でなく、貧乏人に冨を回すように訴えると聴衆が次第に集まってくる。彼はこれこそ選挙のコツだと確かな手応えを感じる。
▼一方新聞記者のジャックは社の方針とは違うウィリーの活躍を執筆している。上司にそれを咎められると、「辞める」と思い切って退社してしまう。するとウィリーは彼を自分の参謀として雇用する。それからジャックはウィリーのイメージアップの記事を書いたり、人脈を最大限に利用しようとする。ある時はジャックの親友の父が医者であったのを利用して、病院を建設するための世論作りをする。ある時はジャックの幼なじみの女性を口説くなどだ。そして歴代のアメリカ大統領同様女ぐせの悪さも目立ってくる。弱者のための病院は建設するが、病院に集まってくる資金は知事に環流する仕組みが出来ている。
▼次第にウィリーの周りには利権の匂いを嗅ぎつけた怪しい連中が集まってくる。気になるのは郡の高等裁判所の判事が、知事を訴追しようとしている事だけだ。またまたウィリーは判事と親しかった事を知り、圧力をかけたり、昔の悪行や失敗を探すように命じる。しかし清廉潔白な判事からは、昔の傷は何一つ出てこない。ジャックが最後に判事に会うと、「君は僕を傷つけたが、僕は君を傷つけるような事を知っているが絶対言わない」と言って、その晩自殺してしまう。実は判事は彼の父親だった事を知り愕然とする。そして議会では17対21で、知事は訴追されない事が決まる。しかし病院の院長となった彼の幼なじみは、知事の不正を知り、「議会で訴追を逃れても自分は許さない」とウィリーを銃で撃つ。
▼権力を握ったものは決してその地位を自ら離すことはない。なぜなら彼だけでなく、取り巻きたちもまた、彼のお陰で喰っていく事ができるからだ。権力を握るものはみな腐敗の道を歩み事をこの映画は教えてくれる。

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April 15, 2007

◇「ツォツィ」とカンボジア(10)

Hune1水上生活者(手前)と遊覧船
▼最後に向かったのはカンボジアで最も大きなトンレサップ湖である。この湖はメコン川の源流ともなり、伸縮する湖として知られている、つまりカンボジアの雨季は7月から11月でこの時期になると湖の水位は高いところで約6mもあがるので、面積も増える。カンボジアの米の二毛作はごく限られた川縁の地区だけだ。この時期田んぼは干上がって畑のようになっている。わたしたちが湖水に向かっているとき、茶色に濁った河の両脇の地域では既に稲が刈られて干してあった。見ていると耕作には牛や水牛を使っており、干す方法なども昔の日本と全く同じであった。2日間走った首都シムリアップと違い、ゴミがうち捨てられた郊外のスラム街から、湖に向かうと2歳くらいまでの子どもたちは素っ裸で育てられていた。
▼カンボジアの家の最も安い建築方法はニッパ椰子で屋根を葺く。次はトタンだがこれは夏は暑い。そして最も快適なのは素焼きの瓦でこれはベトナムと同じだ。さらに車を進めていくとニッパ椰子に高床式の家が両脇に並んでいる。つまり水位が上がると、この湖の近くに住む家々は移動する仕組みだ。水上生活者も多く、彼らの子どもが通う学校は各国の援助によって水上校舎が建てられていた。体育館も図書館も棟ごとに水上に浮かんでいた。
▼船外機の船にガイドさんと船長と操舵手とわたしたち2人が乗り込む。自動車のエンジンを取り外したものを使い、推進器のスクリューも梶も手作りだった。船を使って観光案内や漁をできる人はまだ恵まれており。川縁に生活している少なからぬ人は素潜りや首まで泥水に浸かって網ややななどで湖水に生息数ナマズや鯉をとって生計を立てているようだった。やがて対岸も見えない湖の中央に出ると水上の家が集合している村がある。そこでは水上で豚などが飼育されていたり、台湾に輸出用するためワニも飼育されている。さらに村の中央部には韓国資本による休憩所兼観光客用のおみやげ物屋さんがある。ガイドさんが「寄りますか?」と船首を向けると、手こぎの親子数人で漕ぐ舟が数隻あっという間にレガッタレースのように近づいてきた。観光客は重要な現金収入の道なのだろう。
▼漁で取った魚の多くはタイに出荷されるという。またこの湖で暮らす人たちはカンボジア人だけでなく、戦争に来て帰らなくなってしまったベトナム人、それにタイから来て住み着いてしまった人たちも多くいるという話だった。海が殆どないカンボジアにあって、見たところ港に面した町はその機能を果たしていないように思える。このレサップはボーダーレスの湖となって、3ヶ国の人々の生活を潤しているのかも知れない。(終わり)ご意見、感想をお寄せ下さい。カンボジアでは写真を520枚ほど撮りましたので、いずれかの機会にお見せします。
▼◇「ツォツィ」
タイトルは「不良」という意味だ。一見不良のような人に暴力行為を働く人たちはどうしたら優しくなることが出来るのだろうか?南アフリカのスラム街に住む5人組みの若者ギャングはお金を持っている人たちを探し、現金を強奪することで生計を立てている。ある時富裕層の住む高級住宅街で車を運転する主婦に銃を発砲し車を強奪する。ところが車を交通標識にぶつけて逃げだそうとすると、後部座席に赤ちゃんが入るのを発見する。置いてそのまま逃げようとした、主人公のツォツィはつい心を引かれて、紙の手提げ袋に入れて自分のバラックに逃げてくる。赤ちゃんが泣くのでその辺にあった菓子のかけらを与えるがそれでも泣き止まないので、コンデンスミルクの封を切って、飲ませそのまま放っておく。そしておむつが汚れているのに気づき、新聞紙を切り裂いてその代わりにする。
▼「仕事」に出て帰宅すると、赤ちゃんの口にあてがったコンデンスミルクのめがけて蟻が寄ってきて赤ちゃんは蟻まみれになって驚く。困った彼は近くの乳児を抱えている女性を銃で脅して授乳するように命じる。実は彼の夫も鉱山で働く労働者だったが、ある時襲われて命を落としている。今はミシン一つを使って仕立てと、モビールを手作りして生計を立てている。彼女は授乳が終わると汚れきった赤ちゃんの身体を丁寧にふいてやる。そしてツォツィに「赤ちゃんを育てるから預からせて」と申し出る。彼は彼女が授乳する姿を見て自分の幼い時を思い出す。瀕死の病の床にあった母が「近くに来て」と声をかけられ近寄ると、父がツォツィに行かせまいと暴力を振るう。それどころかツォツィが愛していた犬を撲殺してしまう。彼はそれを見て二度と家に戻るまいとして、土管でストリートチルドレンの生活を始める。授乳している姿を見て、ふとそんな母の優しさを思い出す。そしてくだんの女性が、犯罪がらみで奪った子どもであることを知り「赤ちゃんをわたしが両親に返して来るか、あなたが返してきて」と迫られ、ツォツィは自分で育てられる筈もないことを知る。そして赤ちゃんは親の元で暮らすことが一番幸せなのだと考える。それを思ったとき彼の目からは凶暴な輝きは失っていたい。そして紙袋に赤ちゃんを入れて、高級住宅の両親の元に近づくと銃を構えた警官隊に包囲されてしまう。
▼昨日の報道によるとアムネスティの試写会で小学生が招かれた。ところがアイスピックによる殺人シーンがあったので、配給会社に映倫にR12指定にして欲しいと依頼したが、「一度決めたものはダメ」と断られたという。あの程度で残虐ならば、TVのサスペンス劇場だった見ることができなくなるだろう。映画の中のあちこちの場面では「エイズとHIVの被害」を訴える公告が南アフリカの町に溢れている。初日六本木ヒルズに行ったら、ハーブティと男性用避妊具が一個プレゼントとして配られた。後者はわたしには必要ないので欲しい方に差し上げる。

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April 14, 2007

◇「パフューム」と「カンボジア(9)」

PpshPPShを持つ
▼地雷ミュージアムから戦争ミュージアムに向かう。地図で言うとホテルの近くである。合理的に回るには最初にこちらに回って方が良いと思うが、ガイド氏は融通を利かせることはなく、あくまでもこちらの言った順番である。それは3ヘクタールほどのマンゴー畑と共存していた。入り口で3ドルを支払う。もっとまともなものを見ることが出来るかと期待していたら、スコールで展示物はすべて錆びて赤茶けていたが、個人マニアのコレクションだから仕方ない。そこには榴弾砲から始まって対空機関銃、それにカチューシャ砲(スターリンオルガン)まであった。もちろん昨年ホーチミン市で出会ったT54戦車もあったし、飛行機では朝鮮戦争で使われた様な大昔のミグ19、それにランボー4「怒りのアフガン」に出てきたような旧ソ連のミルMiー8もあったのにはいささか驚いた。
▼そしておなじみ銃器コーナーには日本のモデルガンではないかと思えるような小振りで機関部が動かない錆び付いた銃器が展示してあった。トミーガンが実物より遙かに小さいこと。AK47の銃剣には、不思議な事にSKSライフルの折り畳み式で細見の銃剣がそれが取り付けられていた。そして他では見ることが出来なかったPPSh41マシンガンがあった事だ。これは通称マンドリンと言われてソ連が日本が占領している満州に押し寄せた時活躍した機関銃だ。
▼まあいずれにしても、みんな錆び付いていてがっかりした。この一角には矮鶏が数匹いた。カンボジアのスポーツは何ですかとガイド氏に聞いたら、キックボクシングと闘鶏だという。闘鶏など日本では博打と同じだと思うが、もの凄い人気なのだそうだ。昨年カンボジアに来た人に聞いたら、カンボジアにには「音楽」という授業科目がないということだったが、これも意外だ。その数匹の矮鶏の脇に猫が一匹いた。わたしはどんな猫とも会話できる特技を持っている。しかしカンボジア語は通じなかったと見え、何度声をかけても心を開くことなく、逃げ去ってしまった。
▼もう一つ驚いた事はカンボジアでは、ただの一人も銃器を持っている人に会うことはなかった。交通パトロールも観光専門のツーリストポリスもそうだった。それだけ治安が安定しているという反映でもあるのかと感心した。
▼◇「パフューム、ある人殺しの物語」フランスでなぜこのように香水が発達したのか?おそらくそれはベルサイユ宮殿でさえトイレがなかったという不衛生が蔓延していたからかも知れない。そして映画に登場するのは18世紀になったばかりの市場だ。ここには腐った魚や、切り刻まれた動物の肉が散乱している。その魚を売る女が一人の男の子を産み落とし、育てる自信がない彼女は逃亡してしまう。赤ん坊の泣き声に気づいた市場の人々は彼を孤児院に届ける。虐められながら成長するグルヌイユは、皮鞣し職人の家へと売られていく。時折汚い市場の付近を行列して通り過ぎる貴族の娘たちは香しい匂いを振りまいていく。
▼グルヌイユはその匂いの虜になっていく。ある時毛皮の配達をしているとき、前を歩いていたパーム売りの赤毛の少女の匂いに引かれて後を追いかける。驚いて振り向いたとき、声を立てないようにと口を塞いだ力が大きかったので、彼女を窒息しさせてしまい、それが病みつきになる。毛皮の配達途中香水職人の店に興味を持っている事を知られ、高いカネで彼は売られていく。その調香師バルディーニはもはや峠を越して客はあまり寄りつかなくなっている。ところがグルヌイユは高価な香水を計量器を使わず匂いの感覚だけで再現したためバルティーニは驚愕して、彼にすべてを任せるようになる。それとともに、店は大繁盛し始めるが店主は死んでしまう。
▼グルヌイユは脂肪に香りを移す方法に成功する。ただしその材料になる脂は美しく若い女性のものでなければならないため、彼は次々殺人を犯すことになる。あるときその標的はグラースの大金持ちの一人娘に絞られる。父は誰かに娘が狙われていると気づき、離れ小島にある僧院に預けようとするのだが、彼の魔手にかかってしまう。香水店から女性たちの髪の毛や着衣が発見され、グルヌイユは極刑にされることになる。それは鉄の棒で叩かれ、さらに十字架に磔になることだった。刑場に引き出されたグルヌイユは持っている最大の美しい天使のような格好をしていた。公開刑場には多くの一般市民から裁判長、それにいかめしい格好をした法皇、さらに娘を殺された大金持ちも、刑の執行はまだかまだかと待っていた。しかしグルヌイユの天使のような姿を見ると、みんな一斉にひれ伏してしまう。そして自作の香水を持っていたハンカチに付けて振りまくとどよめきさえ起こる。
▼時の権力者によってもたされた、「権威」はいかに脆いか。そしてまた見せかけの美しさや匂いもいかに人々を惑わせるか。思わず身震いをするほどの力作だった。

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April 13, 2007

「この目で見たカンボジア」(8)

Jiraimu地雷ミュージアム入り口
▼地雷ミュージアムには様々な対人地雷が展示してあった。中国で開発されたものの中には、プラスティックで出来た物もあり、これは地雷探知機を使っても発見できない。ガイド氏が言うには、地雷は埋設されて8年たつと、信管や起爆薬が腐食して無力化してしまうという事だった。まして雨季が毎年6月から11月まで続き、水位が6も上がってしまうカンボジアにあっては、余計そうなのだろう。ガイド氏は地雷を人力によって発見する方法を教えてくれた。地雷原があるとお思われる土地をを裸足で歩くのだ。地雷は踏んだとたん安全ピンが外れる。そして足を上げた主観に爆発する。足の裏は敏感だからピンが弾けた瞬間を感じ取れる。そのとき一緒にいる同行者に合図して、重い石を持ってきてもらう。そして足にかかっている体重を石に置き換えるのだ。するとかなりの確率で命を救うことができる。ただしそれは両者にとっても命がけである。それと同じような場面が韓国映画「JSA」の非武装地帯が出てくるトップシーンにあった。
▼さらにそこには迫撃砲が展示してあった。50mmくらいの火薬を抜いたものだった。迫撃砲とは歩兵用の可搬兵器である。簡単に説明すると打ち上げ花火のような仕掛けで筒の底に撃針がある。飛ばせる距離を測って砲身に角度を付けて地面に置く。弾薬は上から滑り落とす。するとパンという軽い発射音でニトログリセリンの起爆薬が点火して、ライフルの刻んでいない砲身から放物線状に弾は飛んでいく。弾の後ろには回転を安定させるために回転翼が付いていて、ピュルピュルという音がする。これが住民に取っては恐怖の音だ。ガイド氏に言わせると女性と一緒にいると発射音を聞いただけで恐怖にかられて、ギャアギャア騒ぎ立てるので、砲弾がどのように飛んでくるか分からない。ところが男性だけだと発射音とピュルピュル音でどちらの方に飛んでいくか分かるので、冷静に判断して逃げる方向を決めることが出来るという事だった。
▼展示物の地雷はニッパ椰子でふいた屋根で、壁のない小屋に雑然と置かれていた。わたしたちが見学を終えると、10歳くらいの健常者(手足を地雷で失っていない)少女たちが「1ダラー、1ダラー」と車を取り囲んだが、それを無視して車は発車した。

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April 12, 2007

この目で見たカンボジア(7)

Baloon1巨大なバルーン
▼滞在3日目にして見学先にようやく自分たちの希望が入れて貰えることになった。苔生したアンコールワットの寺院ではなく、現在の坊さんが生活をしている寺院だ。ホテルの近くの寺に連れて行って貰ったが、民衆が大勢押しかけて来ていた。どうやら国連などから寄付された、米の分配の日であったようだ。貧しい市民たちがカードを持って寺院に集まる。坊さんと言っても日本の枯れたような人ではなく、目がぎらついた周りに威圧感を与えるようなまだ若い坊さんだ。彼らは日本で指紋を採るときのような黒いスタンプで、食料を受け取ったという証拠に市民の指印を押させていた。どうやら行政の一端を担っているように見えた。
▼シムリアップに付くと巨大なアドバルーンが見える。これはアンコールバルーンと呼ばれるもので、政府の運営になるものだ。アドバルーンはタワーを建設するよりも遙かに安価で、環境を破壊しない。高い建築物がないこの町でアンコールワットを一望できる目玉となっている。バルーンには一度に20人ほど乗ることが出来る籠が付いている。滞空時間は10分くらいでお一人様15ドルと、結構実入りの良い政府の財源となる。
▼その後はいよいよ期待の「地雷博物館」に向かった。まったくの個人経営で、日本人カメラマンが協力してお金を集め、現地のAKIRAさんが運営に当たっている。ここはとても狭く、50㎡くらいの市内から外れた辺鄙な敷地にあった。施設の内外には手足を地雷で無くした少年少女が、たむろしていた。わたしたちが見学をしていると、韓国人団体客がドヤドヤと大勢でやってきた。そして10分くらいのビデオを鑑賞して説明を聞き、トータルで20分の見学で大急ぎで去っていった。地雷博物館には強く希望すれが連れてきて貰えるが、黙っているとわざわざ来てはくれないようで、わたしたちが見学している間、日本人は誰も来なかった。
▼本日からMINさんの「あたふたカンボジア訪問記」の連載が始まりました。Webトップページからご覧下さい。

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April 11, 2007

この目で見たカンボジア(6)

Yuuhi夕日の絶景ポイントで
▼夕日の絶景ポイントには各国から来た大勢の観光客で賑わっていた。手に手にデジカメを持っていたが、中にはニコンの初期一眼デジカメD1Hなどというゴツイカメラを持っていたドイツ人がいた。もはやこれは画素数は300万くらいで時代遅れ、しかももの凄く重い。わたしたちが夕日と待っていると、すぐ前にいた日本人が話しかけてきた。聞くと3週間休みを取って東南アジアを回っている。そしてここにはタイからバスでやってきたという旅のベテランである。
▼なぜこんなに長期休暇が取れるか聞いたら、携帯のアプリケーションソフトを開発する仕事をしていたが、倒産して次の仕事が見つかる前にひと息付いている事が分かった。タイはどうなのか聞くと、日本のホストクラブでカネを払うことができなくなった女性たちがタイに来て、現地のホストクラブの男性にお金を使っている。かつてのように盗難はなくなったが、そういう女性たちで煩わしい。アジアで最もアジアらしいところはどこになるだろうか?と聞くと、「おそらくこれからはプノンペンになる」という返事が返ってきた。これから素朴さを求めるならプノンペンなのだ。彼とは色々情報交換をしたが、タイには韓国製某メーカーのロックを密かに解除する仕事も存在する。そして一稼ぎするなら日本からその携帯を持ち込んで転売すれば3倍にはなろうという。
▼夕日が灌漑用の大きな湖に影を落とし始めた時、観光客のカメラが一斉にシャッターを切る。しかしマイナス補正をしない状態ではロクな画像にはなっていないだろう。陽が沈んで真っ暗になってからでは山道を下山するのは危険なので、少し早めに歩き始めて正解だった。途中には物乞いをする少女が二人、手には菓子類が載っていた。さらに登山口には地雷で手足を失った6人ほどの楽器を演奏する集団がいた。(この連載は全10回の予定です)

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April 10, 2007

◇「ラストキング・オブ…」と、カンボジア(5)

Ankortom1アンコールトムで
▼今公開中の「ブラック・ブック」をご覧になった方から、「重い映画だ」という感想をお聞きした。なぜ重いかというと、今までのこの手の映画はナチス=悪、レジスタンス=善というパターンで描かれていた。ところがこの映画ではナチスの中にも無益な処刑をやめさせ、レジスタンスの犠牲をなるべく少なくさせようと考えているナチスの情報将校がいる。レジスタンスの中にも自分の命惜しさに味方をナチスに売り、敗戦が確定的になると、自分を正義のシンボルとして正当化する男がいる。人間だから当然のことなのだが、この辺がしっかり描かれている。それをカンボジアに当てはめて考えると、ポルポトの残党は生き残っている。だから彼らの行動を「犯罪」としていつまでも断罪し続けることは新しい政府を作る上で得策にはならない、と考える。
▼ガイド氏はポルポトの強制収容所から逃れてタイ国境にある、難民キャンプに10年間滞在した。その数300万人。向上心がある彼はそこlで、日本語を覚え、さらに英語を覚えたため、国連UNTACの目に止まる。その仕事を5年ほどしたときに、国連軍監視下で民主化の選挙が行われる。ガイド氏の言葉によれば、彼に課せられたのは1000票を集める事だったという。国の秩序がなくなったとき、そういう方法で民衆を結集していくのかと思った。
▼昨晩NHK「クローズアップ現代」をご覧になっただろうか?「インドシナロード」という特集だった。タイからベトナムのダナンに行く横断道路が完成した。そしてもう一本雲南省からタイまで行く縦断道路が建設が予定されている。カンボジアを通過する道は一つもない。カンボジアは工業化からますます立ち後れてしまう。アンコールトムにある夕焼けの絶景ポイントで日没を待っているとき、関西から来た一人の日本人男性に出会った。
▼◇「ラストキング・オブ・スコットランド」スコットランドの医大を卒業した青年ニコラスはどこかで自分の実力を試して見ようと思い、「もしツアー」のように地球儀をグルグル回して指の止まった国に行こうとする。最初はカナダに指が止まるが、魅力を感じなかった彼はもう一度やり直してウガンダに指が止まる。遙々やってきたものの、彼の仕事は現地人の皮膚病の治療とかであまり魅力を感じない。診療所には40代の医師と魅力的な妻と二人で仕事をしていた。ある時責任者の医師が往診に行っていたとき、アミン大統領(フォレスト・ウィッテカー「スモーク」とか「パニックルーム」に出ていたが、今まで線が細く本当の悪役を演じきれなかった)の車が牛と衝突して大統領は怪我をした、という連絡がはいる。駆けつけると大統領は青ざめていたがねんざだった。包帯を巻いて手厚い看護をし、喚いていた牛を治療の妨げになると射殺したところ、大統領のお気に入りとして主治医になるように招かれる。89%はまじないに頼っている村人よりも、権力に近い地位は若者に取って魅力的であるので二つ返事でOkする。
▼アミンと言えば「人を喰う」という逸話が残っている。本当のところは分からないが、どこの独裁者もイエスマンを必要とする。これは「裸の王様」から何も変わっていない。自堕落な生活を送っているアミンはニコラスを次第に気に入っていく。そして大統領の顧問になってくれと依頼される。顧問とは医療だけでなく、政権争いに巻き込まれる事になる。つまり大統領の耳となって、怪しい人物を密告していく。それと共にアミンはニコラスに自分の妹さてあてがえる。二人は当然男女の間柄になり、妊娠が発覚したときから、のっぴきならない立場に追い込まれる。任務を解いて欲しいと訴えるニコラスのスコットランド国籍のパスポートを留守中に奪い、ウガンダのパスポートを持たせ、国外脱出をさせまいとする。大統領の側近はみんな反アミン勢力に見えてくるので、密告合戦を繰り広げる。アミンを見限ったニコラスは毒を盛ろうとする。だが別の側近はそれを見抜きニコラスを捕らえ、素肌の家畜のフックを2本引っかけて逆さ釣りのリンチにかける。
▼実際に人を喰わなかったかも知れないが、イエスマンに囲まれたアミンは自分と自分の身内が豊になることにしか目は行かなかった。そして権力欲にとりつかれたニコラスは重いツケを払うことになる。

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April 09, 2007

◇「ブラッド・ダイアモンド」とカンボジア(4)

Ankorl2アンコールワットの内部
▼現首相のフンセン氏も元々はポルポト軍の兵士だった過去を持っている人である。そしてガイド氏は首相と、ベトナムとのつながりを嫌っている様子だった。ガイドブックには「政治の話をしてはいけない。ベトナムを評価するような話はダメ」とあったので、なるべくそのことには触れなかった。
▼日程は毎朝8時半に迎えに来て、午前の部は11時過ぎに終わってホテルに戻る。そして午後の部は昼寝を鋏んで午後3時から、午後6時頃までだった。アンコールワットについては、宗教問題に詳しいMINさんが書いてくださると思う。しかし一言でいってみればガレキの山。12世紀から何も手が入っていないから、崩壊の度合いはかなり深刻である。王妃の争奪戦から兄妹喧嘩、そして異宗教がやってくるたびに建築物や彫刻は破壊されている。あちこち案内してもらったが、わたしにはどれも同じガレキの山に見える。
▼フンセン政権は、カンボジア国民を喰わせるために色々考えて、国際遺産のアンコールワットをその目玉にした。だからこのシムリアップから遠く離れたプノンペンは、単なる首都としてのイメージになってしまう。そしてシムリアップ空港を新しく建設する。そうすれば観光客も呼べる。ホテルを建設する事で外資も導入できる。遺跡を保護したり、ガイドを養成したり、ツーリストポリスを配置する事で雇用も拡大できる、と考えた.その証拠に外国人観光客がアンコールワットなどの区域に立ち入るためには、顔写真入りのIDカードを購入する必要がある。顔写真を持参しない人には、チェックポイントのWebカメラで即製カードを作ってくれる。この3日間有効のパスは何と40ドルもする。そしてあちこちで提示を求められる。
▼◇「ブラッド・ダイアモンド」今から10年ほど前のアフリカ西海岸にある小さな国シエラレオ。ダイアモンドのブラックマーケットに流すダイアの産出国として知られていた。ダイアは表で取引されるものと、世界の3分の1ほど流通する裏ダイアが存在する。裏ダイアはイギリスで換金され、インドのブラックマーケットでダイアロンダリングされる。主人公のソロモン(「サハラの白い羽根」のジャイモン・フンスー)は妻と二人の子どもとつましい暮らしをしている。彼の夢は息子を医者にすることだ。ある日学校からの帰り道反政府軍であるRUFの襲撃にあい家族は離散する。そして息子は少年兵にされ、ソロモンはダイア発掘現場へと連れて行かれる。
▼苛酷な労働現場で、ソロモンはピンクの大きな原石を発見する。それを監視兵に見つからない様に足の指に鋏んで、小さな木の下にこっそり埋める。ところが監視兵の一人がそれをこっそり見ていて、後々までソロモンを脅迫し続ける。一方キンバリー出身の白人アーチャー(ディカプリオ)は両親を8歳の時に殺害され、親代わりに自分をダイヤ取引人として育ててくれた男に、「アフリカの土地が血の色をしているのは、黒人が流した血で染まっているからだ」と教育されている。そしてシエラレオに来て、ピンクの大きなダイアの原石があることを知る。
▼そこにフリーのジャーナリストマディー(ジャニファー・コネリー、今までになくダイエットが効果を上げていて、演技もシャープで見直した)だが発掘現場に行くには困難が伴う。ある時は敵と手を組み、ある時は傭兵にRUFの陣地を空爆させる。
▼ようやくダイアを埋めてある現場を発見したとき、イリジウム携帯を使って、ダイアのシンジケートのセスナ機を呼び寄せる。だがアーチャーは左胸に銃創を受けていた。重症でとうてい飛行機に乗れないと判断したアーチャーは、シンジケートを暴こうとしているマディの携帯の番号と、シンジケートの秘密を暴く方法を教えて一人アフリカの土に還る決意をする。
▼イギリス議会でのソロモンの証言と、マディーの雑誌の記事で裏ダイアは一定の規制を受けることになる。そしてソロモンの息子が強制的に参加させられていた、少年兵がアフリカに現在もまだ30万人いることが告発される。

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April 08, 2007

この目で見たカンボジア(3)

Hotel1夕闇迫るホテルのプール
▼ガイドさんに無事合うことができて、中古ベンツのワンボックスカーでホテルまで10分くらいだ。国道6号線から500mほど奥まった閑静な場所にホテルはあった。フロントには中国に行ったまま帰って来ない、シアヌーク殿下夫妻の大きな写真が掲示してある。さらに別の場所ではフンセン首相らが出席してこのホテルで行われた国際会議の写真も掲示されていた。シアヌークはカンボジア国民にとって不可欠な象徴であるらしい。ガイド氏によればこの、ホテルの日本人資本で、カンボジアでも五つ星の評価があるという。わたしも日本国内でこんな立派なホテルに泊まったことはない。昨年のホーチミン市の風呂が満足に使えないホテルとは大違いだ。ロビーでガイドと明日以降の打合せをする。明日、明後日はアンコールワット。3日目はプノンペンのキリングフィールド跡と、国立美術博物館に行きたいと言うが、あまり気乗りでない返事が返ってきた。契約条件は一人一日ワンボックスカーと運転手、ガソリン代込みで30ドルという事になった。
▼プノンペンの事は二日目もガイドは煮え切らない態度を取り、そこからホーチミンに出国したらどうかと言う。何故なのか、その理由は次第に分かってくる。プノンペンまではシムリアップから350kmもある。ガイドブックには1時間と書いてあったが、あれは飛行機で行った場合の時間なのか。この距離では一日がかりである。地図で見るとなるほどホーチミンで出た方が、こちらに戻るより遙かに近いのだ。そして何よりも現フンセン政府は、ポルポトの大量虐殺をあまり触れたいと思っていないことが分かってくる。昨年ベトナムに行ったとき、「ベトナム戦争証史博物館」というものがあった。あれはちょっと前まで「ベトナム戦争犯罪博物館」と呼称していたのだ。現在住んでいる人の多くには、解放勢力の協力者だけでなく、政府軍の人たちもたくさんいる。その人たちの事を配慮して、名前を変更したのだろう。
▼カンボジアでもガイド氏によると「ポルポトは悪い人ではなく、取り巻きのイエンサリなどが悪かった」という。調べると公開されている8000人ほどの虐殺があったキリンフィールドの跡地も民営である。そしてシムリアップの地雷博物館も、戦争ミュージアムも全くの個人経営だ。さらに人口1500万人の20%が地雷の被害に遭っている人たちに対する、政府の救援や援助も十分でなく、あちこちの遺跡の入り口では、政府の支給する傷痍金だけでは喰っていけない人たちが、日本の終戦直後の傷痍軍人の様に楽器を奏でてCDを売って、募金を訴えている姿を目にする。
▼初日の夜はカンボジアのボトルが1本2ドルという一番安い「アンコールビール」で乾杯して、カンボジア料理のフルコースを食べた。

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April 07, 2007

この目で見たカンボジア(2)

Simkukou到着時のシムリアップ空港
▼武力闘争に勝利したとき、一番難しいのは明日から全国民をどうやって喰わせていくかだ?戦いの最中は味方だけ喰わせるだけでよい。ところが勝利して瞬間、敵陣営にあった人々も喰わせなければならない。つまり倍の生産量が必要になる。ベトナムの場合、当時南北併せて3000万人の人口が南北に住んでいた。だから北の工業力と南の華僑を中心とする貿易力で国を発展することを考えたのだろう。
▼ところがカンボジアをポルポトが支配したとき、工業力や輸出するものは何もなかった。農業だけで国民を喰わせなければならなかった。だから国民を強制キャンプに入れ、ポルポトに反対する人たちを、棍棒で大量虐殺したり、食料を必要とする大人を殺害したのだろう。実は今回のガイドを務めてくださった、D・P氏もかつて強制キャンプに4年間入れられていた経験をもっていた。そして長時間の強制労働と、与えられたのは一日一食の一握りの食料だけだったと語っていた。
▼シムリアップ空港に到着した日、まず空港の小さいことに驚いた。わたしが行ったことのある空港で言えば、利尻空港の規模だ。ゲートを出ると通常出迎えのガイドさんが、客の氏名を書いた紙切れを持って待っている筈だ。ところがガイドさんはいくら探してもいない。客引きのタクシー運転手が寄ってきて「どこに行くのか?」と聞く。10分ほどして、わたしの名前と同行したMINさんの名前をローマ字で書いた紙を持って現れた。しかもMINさんの名前をMONとスペルを間違えている。聞くと「到着掲示ボード」に「到着」という記録が無かったのだという。しかし一日何便もない飛行場なのだから、空を見上げれば分かるのではないかと思う。

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April 06, 2007

この目で見たカンボジア(1)

Watto1アンコールワット遠景
▼夜9時すぎ、カンボジアのシムリアップ空港を飛び立った、ベトナム航空の双発ボンバル機が高度を上げていく。夜景で光って見えるのは、昨日までベンツのワンボックスカーで走っていた国道6号線だけだ。後は飛んでも飛んでも真っ暗なジャングルの海だけが広がる。それから約1時間15分後ホーチミン市上空にさしかかる。午後10時過ぎ、この町は東京と同じように、輝いて見える。この違いは一体何なのだろうか?
▼そこでガイドさんが言った言葉を思い出した。カンボジアは内戦前は国土の75%が森林だった。しかし戦争が終わってから木材の輸出が急ピッチで進んだ。その材木はお隣のタイやベトナムのホテルを建設するために使われた。その結果森林はたった25%になり、カンボジアの環境破壊は進み、気温も高くなってしまった、というものだ。
▼今回の取材旅行は成田からの往復、ベトナムからのトランジットも全部ベトナム・エアラインだった。その座席には英文のベトナム紹介記事が載った雑誌が各席におかれていた。雑誌は主として「アイ・ラブpho」(フォー、ベトナムの麺)の紹介記事だったが、わたしは一枚の写真に目が行った。それは1975年の北ベトナムにキューバのカストロ首相が訪問した時のものだった。カストロの隣にはファン・バンドン首相が写って、右端にはボー・グエン・ザップ国防相が並んでいた。彼らは果たして抗米救国の戦い(いわゆるベトナム戦争)に勝つ事だけが目的だったのだろうか?その設計図には勝った後の国の青写真もあった筈だ。
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April 05, 2007

◇「あかね空」を見る

▼本日は『鍵盤乱麻』メルマガの締め切り日であります。かなり疲れているので、果たして本日中に必ず発行できるか自信はないが、常連の投稿される皆さんは締め切り時間を守って欲しい。
◇「あかね空」山本一力の原作だ。どうもこの作家は苦手で、映画もそれほど見たかった訳ではないが、消化試合で行ってきた。江戸時代深川不動尊の近くにある(かつて山本が住んでいたところだ)の蛤長屋。近所に昔から豆腐屋をやっている石橋蓮司と岩下志麻夫婦がいる。ある時大橋(両国橋)で、知人と話しに夢中になっているとき、人形遣いに気を取られて付いていった一人息子を行方不明にしてしまう。それから20年後京都南禅寺の近所からやってきた青年が、近くの蛤長屋で豆腐屋を始める。柔らかい豆腐は江戸では人気がなかった。石橋夫妻は、京都から来た男(内野聖陽)を生き別れになってしまった。我が息子の再来のように信じて、表だっては気に入らないフリをしているが、寺院などの豆腐を紹介してやる。内野を江戸の町を紹介して歩くのは、近所に住む中谷美紀だ。そして数年後二人は祝言を挙げる。別に着飾ってはいないが、黄八丈で近所の人たちの木遣りで嫁いで行く場面はホロッとくる。
▼二人は段々店を大きくし、岩下の口添えで石橋亡き後、その店を借りて表通りに店を出しますます繁盛する。それから20年後、内野はそろそろ隠居しようかと考えている。そして長男は営業、次男は豆腐製造、長女もそれを手伝っている。ところが長男は、父に代わって近所の寄り合いに出ているうちに、組合長である中村梅雀の陰謀で賭場に出入りするようになる。中村は内野の店を狙っていたのだ。賭場で大負けさせて、長男に証文を書かせる中村。長男を借金で絶体絶命の身動きできない状態にさせて、店を乗っ取計画をする。一方内野は賭場に出入りしていた長男を、心なくも勘当してしまう。妻の中谷はどこにでもありがちな、長男にべったり状態になり、夫の内野に反目して、どんな金遣いが荒くなっても長男をかばい続ける。勘当した長男を見たような気分になったとき、お上の早馬が町人を蹴散らして町中を駈けぬける。放心状態になった内野は早馬を避けきれるのか?
▼中谷は後半夫婦喧嘩をするところなど、ヒステリーを演じるところが中々良かった。内野はさすが善人と悪人の二役を見事演じきっていた。

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April 04, 2007

「攻殻機動隊SAC2」「暴走の証明」を見る

▼わたしがこよなく好きなアニメが「攻殻機動隊シリーズ」である。これは地上波では放映されていないが、以前はスカパーで神山健二監督の「SAC(スタンド・アローン・コンプレックス」シリーズ2が放映されていた。先日NHKBSでアニメ監督特集があり神山監督が出演していた。彼は今度NHKで新しアニメを放映するので、登場するのは2度目で同じフィルムも使っていた。「心の錆びは砥石で落とせ、心の錆びは会話で落とせ」という座右の銘がデスクの脇に貼ってある。
▼人間分かり合うためには徹底した論議しかない、というのが神山の持論である。映画「攻殻機動隊」は押井守監督の独壇場である。彼も最初はこれに加わって押井塾で背景画をひたすら描いていた。そしてアニメの原案を1週間に6本出題するのが、監督の宿題だったが、神山はさぼらず完全に課題をこなして、完全に押井の舌を巻かせた。TVに登場した押井はアナウンサーの「当時の神山さんはどうでした?」の問いに「こんなに才能があるのだったら、あのとき完全に潰しておけば良かった」と冗談を言っていた。
▼登場人物は押井作品と同じ、草薙、バトー、トグサ、それに荒巻公安9課長だ。放映された「暴走の証明」は軍事産業である四菱重工の作った特殊な戦車が警戒網を潜ってどこかに暴走を始める。最初は武装警察、次は自衛隊、最後は攻殻機動隊が出動して阻止に当たる。フチコマなどもぶっ飛ばしながら、ある小さな町に向かう。実は戦車の頭脳には、戦車を設計した技術者の頭脳が組み込まれていて、不運だった自分を育てた両親に復讐しようとしていたのだ。わたしは書くよりも、アニメの緻密さをご覧にならないと分からないだろう。マニアックなレンタルビデオショップにはあると思う。シリーズ1は全12巻(各巻2話)くらいの筈だ。

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April 03, 2007

「内職」とはなんぞや

▼学校の講師団会議があった。いろいろ話し合いの材料があったのだが、公開して構わない話を一つ。生徒に「授業を受ける基本的な心構えの基準」を渡そうという論議になった。その中の注意事項に「内職をしてはいけない」という文言があった。事前に説明したら外国人生徒から、「この内職とは何か?」という質問が担当者に出たらしい。かの国には「内職」という物がないらしい。我が国では江戸時代の失業した武士が傘貼りの内職という場面がピンと来る。担当者によると「むかし母が裸電球の下でやっていた」という。そう言えばわたしも大昔ふる里にいたこと、何か造花を作る内職があったように記憶している。布製の花びらがあって、その中に雄しべとめしべを接着剤を使って貼り付ける、細かい作業だった。そのほかに果樹にかける新聞紙の袋をのり付けする内職もあった。
▼電子辞書によれば「(1)本来の職務のほかに,お金を得るためにする仕事。アルバイト。(2)主に主婦が,家事の合間にする賃仕事。(3)俗に,授業・会議の席で,隠れて行う他の作業。
▼つまり授業を受けるのが学生の本分であるのに、それをしないでそれをしないことという事になろう。「内職」などと書かずに「学生は授業に集中すること」だけで良かったのではないかと思っている。

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April 02, 2007

おサイフケータイは難しい

▼「週刊アスキー」最新号によると、漫画家のいしかわじゅんが、おさいふケータイの事を書いている。わたしがこの週刊誌を読む理由は、彼のエッセイを読むことにあり、他の記事は最近面白くない。最近になって「投資コーナー」なども出てきてますます、「投資」関係会社との密接度が強まっているように思う。これも同誌のCMからも読み取れる。
▼いしかわは先に連載で妻とお揃いでSニーの携帯に変えたばかりである。それでイベントに行くために、説明書を読んで、おサイフケータイのサイトに接続して見たが、さっぱり分からなかった。イベントの開場で教わりながらやってみたが、やはり分からなくて頓挫したという。わたしも最初は分からなくて苦労した。住所などの登録はパソコンでインターネットで済ませておけば、後は楽なように思う。
▼わたしより若い、いしかわが苦労している、という話を読んで、「わたしだけが頭が悪いのか」と悩まなくて済んだ。しかし家族に言わせるとリスクは分散させた方が良いので、おサイフケータイは持たない方がベストだという。
▼先日NHKハイビジョンを見ていたら、いよいよ行き場の無くなった関口知宏は中国鉄道の旅に挑戦するという。中国の鉄道は全部で10万キロを越すが、今度は国内同様一筆書きで3万6千キロに乗る。出発は来年行こうと思っていた、チベット「ラサ」(オリンピックで混むことが予想されるから後回しにする)からである。アナウンサーから「止めるなら、いまですよ」と脅されていた。さらに終了したと思っていた「ER12」が4月から始まるという。これで4月からまた楽しめそうである。

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April 01, 2007

宮崎駿は「ワルキューレ」がお好き

▼先週放映された、NHK「プロフェッショナル」では、アニメ監督の宮崎駿が登場していた。新しい「アニメ」を作る為に、アトリエに籠もって呻吟する100日間を撮影する。監督の許可を得てハイビジョンカメラを持った記者が一人アトリエに入る。最初は余裕があった監督も、四国の旅館まで出かけて苦悩する時にはピリピリして、カメラの接近や同行を拒否する。自分自身を追い込んで「危機感を持ったときに、人間は力を発揮する」という言葉は重みがあった。さらに、原画を固めるときワーグナーの「ワルキューレ」をずっと聞いていた事だ。
▼わたしもワーグナーの「ニーベルングの指輪」全4部作シリーズを持っている。思い出せば最初に買ったのは、東芝から出ていたフルトベングラーの、レコードモノラル全曲盤だった。シリーズ1巻ごとにレコードが3~4枚あるので、聞くのが面倒だった。CDになっても「ワルキューレ」は3時間はあるから、これも入れ替えが面倒だ。
▼今持っているのは、ゲオルグ・ショルティの演奏だ。色々聞いてみたが彼の音が一番人間味を感じるのでそれにしただけだ。CDの入れ替えは面倒なので、ネットワーク・ウォークマンに取り込んだ。久しぶりにCDを開いて見て驚いたのだが、CDが傷つかないように、パッキング材として使われている、ウレタンのようなものが溶けてCDと癒着してしまった事だ。水で濡らしたり、無水アルコールを使って剥離した。だがレーベル文字は残念な事に、殆ど見えなくなってしまった。
▼後はこれを聴いて、宮崎駿監督のように、何か力作が出来るかどうかは甚だ疑問ではある。

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