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April 08, 2007

この目で見たカンボジア(3)

Hotel1夕闇迫るホテルのプール
▼ガイドさんに無事合うことができて、中古ベンツのワンボックスカーでホテルまで10分くらいだ。国道6号線から500mほど奥まった閑静な場所にホテルはあった。フロントには中国に行ったまま帰って来ない、シアヌーク殿下夫妻の大きな写真が掲示してある。さらに別の場所ではフンセン首相らが出席してこのホテルで行われた国際会議の写真も掲示されていた。シアヌークはカンボジア国民にとって不可欠な象徴であるらしい。ガイド氏によればこの、ホテルの日本人資本で、カンボジアでも五つ星の評価があるという。わたしも日本国内でこんな立派なホテルに泊まったことはない。昨年のホーチミン市の風呂が満足に使えないホテルとは大違いだ。ロビーでガイドと明日以降の打合せをする。明日、明後日はアンコールワット。3日目はプノンペンのキリングフィールド跡と、国立美術博物館に行きたいと言うが、あまり気乗りでない返事が返ってきた。契約条件は一人一日ワンボックスカーと運転手、ガソリン代込みで30ドルという事になった。
▼プノンペンの事は二日目もガイドは煮え切らない態度を取り、そこからホーチミンに出国したらどうかと言う。何故なのか、その理由は次第に分かってくる。プノンペンまではシムリアップから350kmもある。ガイドブックには1時間と書いてあったが、あれは飛行機で行った場合の時間なのか。この距離では一日がかりである。地図で見るとなるほどホーチミンで出た方が、こちらに戻るより遙かに近いのだ。そして何よりも現フンセン政府は、ポルポトの大量虐殺をあまり触れたいと思っていないことが分かってくる。昨年ベトナムに行ったとき、「ベトナム戦争証史博物館」というものがあった。あれはちょっと前まで「ベトナム戦争犯罪博物館」と呼称していたのだ。現在住んでいる人の多くには、解放勢力の協力者だけでなく、政府軍の人たちもたくさんいる。その人たちの事を配慮して、名前を変更したのだろう。
▼カンボジアでもガイド氏によると「ポルポトは悪い人ではなく、取り巻きのイエンサリなどが悪かった」という。調べると公開されている8000人ほどの虐殺があったキリンフィールドの跡地も民営である。そしてシムリアップの地雷博物館も、戦争ミュージアムも全くの個人経営だ。さらに人口1500万人の20%が地雷の被害に遭っている人たちに対する、政府の救援や援助も十分でなく、あちこちの遺跡の入り口では、政府の支給する傷痍金だけでは喰っていけない人たちが、日本の終戦直後の傷痍軍人の様に楽器を奏でてCDを売って、募金を訴えている姿を目にする。
▼初日の夜はカンボジアのボトルが1本2ドルという一番安い「アンコールビール」で乾杯して、カンボジア料理のフルコースを食べた。

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