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July 31, 2007

管理される事が快感になっていないか

▼ブログに歌手やタレントの名前を入れると、アクセス数は跳ね上がるのである。わたしはタレントやそのファンのご機嫌を取るのが目的でブログを書いているのではない。どうか普段書いているわたしの主張に関心を持っていただきたい。
▼昨日書いたアメリカの広告宣伝会社の続きだ。日本の財界は南米のいくつかの国のように左翼政権が誕生して企業が国営化されるのを一番怖れている。そこでアメリカのような二大政党方式を思いついた。つまり民主党の人気が落ちたら共和党という風に二大政党で政権を盥回ししていれば、安全だ。間違っても左翼政権など誕生しない。民主党がダメなら国民の怒りを共和党に引きつけることでガス抜きをする。共和党がダメになったら民主党に回す。国家の骨組み自体は何も変わらないという、最も「安全」な政権交代の図である。経団連の御手洗会長も昨日の新聞でホッとひと息ついているではないか。首長選挙などでは仲良く一緒で、国政レベルだけ「戦う姿勢」を見せるのは、言行不一致で本気ではない。その二大政党持ち回りという方法を、実証済みのアメリカの広告会社にすべてお任せしてしまったのだ。
▼一部の人が御手洗氏は派遣労働者を二重に搾取して怪しからん。だからキャノンの不買運動をしようとしている人たちがいる。やってみたい方はこちらをどうぞ。わたしの場合プリンターと小型デジカメ、そしてファクスがキャノン製なので思案中である。プリンターは5年使ったからもう買い換え時だ。そのとき考えよう。
▼数日前から本屋さんに立ち寄って気になっていた本を2冊買った。1冊は2日の取材用で一冊は斎藤貴男の「非国民のすすめ」(ちくま文庫)である。これはハードカバーで図書館にあるだろう。しかし読みたい本を図書館にリクエストを出すと、最長で半年ほど待たされる。「ワーキングプアーアメリカの下層階級」など取材の為に借りようとしたのが5月23日で、いま図書館のメニューで確認すると後一人という順番になっている。これは間に合わないので仕方なく、アマゾンの内容要約で確認した。前記「非国民」は知らず知らずのうちに真綿で首を絞められるように、管理・監視されることに快感を感じる人間になっているという内容である。

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July 30, 2007

選挙の結果で見えて来たもの

▼昨日は「きょうの目」に3人の方々Googleからアクセスして下さった。有りがたいことである。わたしはと言えば某市で開かれた50代、から70代の女性がたくさん集まる集会に仕事を依頼されて行っていた。いや本当は当日上映するスライドと音声のデジタル化だけを依頼されていた。金曜日に打合せに行ったのだが2週間前にあらかじめつくって送ったデータも「開く事ができない」と放置されたままだった。そこでその場所でプレゼンをはじめたので遅くなってしまった。さらに土曜日夕方会場で最終打合せがあるからパソコンを担いで持ってきてくれという事で出かけた。わたしは先月高橋真梨子のコンサートがあった場所に行った。ところが約束の時間を過ぎてもそれらしき人は一人もやってこない。そこで責任者の携帯に電話すると駅の海側ではなく、山側の会場だという。重いパソコンを抱えて30分ほど歩く。そこに行ったのはパソコンを使ったプレゼンテーションの操作まで依頼されたからだ。心配なのは会場の音響装置なのでこの目で確認したかったからだ。会場の係員はいかにも○○○といった意地悪い受け答えをする人だった。帰り際に念のためデジタル音声をカセットテープに再変換したものをお渡ししてチェックしていただくようにお願いして別れた。
▼さて当日である日曜日の朝7時に電話があって「余分な会話が入っているから削除してして欲しい」という連絡が入る。出かけようと思っていた矢先なので、再びパソコンを起動してデジタル編集装置で削除して作り替えていたら、到着は機器リハーサルがはじまるギリギリの時間になってしまった。要するにわたしが事前にお送りしたものを2週間前にチェックしていただければ、こういうトラブルは避けられるのである。そのことは集会がはじめる前にお話ししておいた。
▼記念講演はアニメ作家のAさんだった。話の要点は自民党と民主党の広報戦略はともにアメリカの広告宣伝会社にまかされている。それが政治を動かす力にもなってしまっていること。テレビの普及はアメリカの国家戦略によって日本で影響をもたらせて来たこのことはメルマガで「読売新聞とCIA」のところでご紹介した。さらにノーム・チョムスキーの「メディア・コントロール」の話。これもメルマガでご紹介した通りだ。A氏は時間が10分ほど超過してしまい、「子どもにはなるべくテレビを見せるな」というような結論で終わってしまったのは残念だった。
▼選挙の結果でもお分かりのように、新聞TVの「与野党逆転」という表現は間違いである。単に保守系政党の支持者が変わっただけである。「革新」政党が明かな後退をしているのに、「次は頑張る」、「相手の攻撃激しかった」がなど自分の責任を逃れたノーテンキな事を言うのではなく、基本理念、宣伝理論、文化の再構築から考えないと後退の一途をたどる道しか残っていない。まぁそういう自己変革にも期待できそうにもないけど。
▼というわけで人混みの中に行くとひじょうに疲れる。ぐったりした一日でありました。

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July 29, 2007

◇「陸(おか)に上がった軍艦」を見る

Sindokantoku中央新藤監督、右映画監督、左劇中で新藤青年を演じた俳優(28日ユーロスペースで)
▼軍艦は海の上で作戦行動をするものだから、このタイトルはとても不思議に思える。しかし映画を見終わって「なるほど」と思った。つまり海軍にありながら陸で海軍の訓練をして軍艦には乗らなかった新藤監督の事なのだ。シナリオ作家であり映画監督の新藤兼人は妻を失って31歳のとき招集令状を受け取る。配置先は広島県呉にあった日本海軍であったが、まもなく宝塚にあった海軍予科練の訓練場の配置される。そこでの仕事は予備役として軍艦に乗る訓練をしている兵士たちのための下働きである。それは畳干しから、下肥の始末、それに甲板掃除の訓練まで様々である。兵士には志願兵という「戦争好き」で応募した人たちと、新藤のように招集されてイヤイヤやっている人たちがいる。そして班長は10人ほどの部下たちに何かにつけて「気合い」を入れる。気合いとは勇ましいが実態は「制裁」以外の何物でもない。
▼兵舎以外で上官に会ったとき敬礼を欠いた。たるんでいる。甲板の清掃の仕方がまずい、ヘルメットがなくなったという屁理屈を付けられて殴る、蹴る、精神注入棒という野球のバットを二回り大きくしたような棒で尻を思いっきり殴る。新兵はその痛さに失神するほどだ。さらに二人一組にさせられ、「飛行訓練」という苛酷な制裁まで揃っている。新兵たちは上官に抗議する事さえ許さず、ただ「ハイ」と命令を受け入れるしかないその理不尽さ布団に潜ってから何度も涙を流す。しかし考えてみると、スポーツ系のサークルにおける「新人歓迎」風景と同様であることにふと気づく。戦争で人を殺すのは異常な事である。しかし戦闘が始まった瞬間「これは正しい事か?」、「まっとうな事か?」と一瞬たりと躊躇したら殺されてしまう。だから上官の命令一つで何の疑問もなく殺人するマシーンを作り上げるのが、この理不尽な上官による「制裁」なのであろう。
▼先日もこのブログでご紹介したように新藤は第一回目のシナリオを書いたが1億円もかかるというのでシナリオを書き直し、自らが体験を語るというドキュメント風でかつ一部劇を取り入れた創りになっている。シナリオの1ページ目がカメラでクローズアップされ全部で8章ほどの逸話から構成されている。日常生活に上官がいかに監視の目を光らせているか。また2つの訓練の実話が印象に残る。一つは新婚で別れて来た妻あてに「今度は外出できそうもない」という葉書を出したところ、上官に見つかり懲罰として10人の班員が全員外出禁止の連帯責任を取らされる。戦争末期になると食料が不足したとして近くの池に鯉を放つ。そのエサとして蠅を1000匹捕まえたら外出許可を特別にあたえるとして見事成功する話。そして木製の戦車で地雷を持って飛びこむ訓練、さらに最後は突撃だと言って、兵士に靴を逆に履かせて足跡を米兵に歩いている方向を錯覚させるという奇妙な訓練まである。
▼本当に子ども騙しでこれで戦闘するつもりなのだろうかと頭を傾げてしまう。しかし軍隊というのも官僚の一機構なのであり、上官がその上の上官の考えていることを上意下達でやっている限り自分が喰っていくには困らないという発想の延長線上にあるのだと思う。たまたまユーロスペースに初日に行ったので新藤監督の挨拶を聞くことができた。この映画の中で月に一度しか会うことができない新婚夫妻のシーンが挿入されている。それは切なくなるような行為である。しかし監督は「わたしは人間が生きていく、性というのは重大なエネルギーの源であると思って入れた」とおっしゃっていたが、監督の意図は成功していると思う。そして監督は戦争が終わったとき「またシナリオを書くことができる」と思ってホッとした、という一言が印章に残った。挨拶終了後マスメディア向けに写真撮影をしたあとお孫さんの風ちゃんに促され、壇上でペコリと頭をさげて飄々として表情で去っていく監督に会場から拍手がわき起こった。

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July 28, 2007

不在者投票を済ませる

▼土日に仕事が入っているので、時間に間に合わないとまずいので、猛暑の中をK町駅の近くにある体育館に行って不在者投票を済ませてきた。道路も投票所も暑かった。連休中「きょうの目」は7位くらいに下がっていて焦った。今朝は正常な順位に戻っていたので皆さまのアクセスに感謝する。
▼夕方から打合せが2時間ほどあって、編集会議に行ったらもう解散して飲み屋さんに向かうところだった。電車に乗っている車中にもMaさんからメールがあって「走れ」とあおってくるというな、見かけとは違ってせっかちなのだる。もっとも夫君のSちゃんと車に乗ると助手席から、前をゆっくり走る車を見て「トロトロ走るんじゃねえ、このタコ!さっさと走れ」という檄(というか怒鳴る)を飛ばすほどの過激な人でもある。
▼飲み屋でも「力(ちから)ソバ」にこだわるMaさんである。それはメニューに書いてあるソバ屋さんもある。だがあの店にはメニューになかったでしょ。といっても「つくってくれるところもある」と意見を頑固に主張して譲らない。しかし一見(いちげん)の客のためにそんな事はしてくれる店などはない。
▼さらに「取材で聞く項目を事前に準備をしていかなかった」というブログの表現になると、Maさんは目にうっすら涙を浮かべてきた。ヤバイ!準備をそれほどしなくても書ける人の良さというのもある。しかし取材の場ではメモを取るときも相手の顔を見て空気を察知しなければならない、とわたしは思う。事前準備では次のような話がある。10日ほど前の朝日に幻冬社の社長が紹介されていた。彼は角川書店にいたが独立した。独立したとき、幻冬社は無名の会社である。社長は書いて貰いたい有名作家に狙いを定めると、作家の小説や週刊誌、TV出演jしたものは全て読みこなし、作家にお目にかかりたい、という手紙を出す。そして会ったとき作家の文章を暗誦してすらすらと作家の前で淀みなく喋ってみせる。作家はそれに感激して「お宅にお願いしよう」という気持ちにさせる。まあそうやって「口説く」のである。わたしが「口説く」と表現するのは、殆どはそういう意味で99.9%性的なメッセージはない。でもまったくゼロではない。これは過去にこのブログでご紹介した山田詠美と幻冬社の編集者の石原氏の関係と同じである。

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July 27, 2007

サイドカーに少佐

▼「サイドカーに少佐」昨日の朝、WOWOWで山本薩夫監督の「戦争と人間」の最終章を放映していた。この作品は日活提供でつくっていたが、最後は資金力がなくなってこのノモンハン事件で終わってしまった。迫力あるのは実際にモスフィルムの力を借りてノモンハンで実際のソ連軍戦車を使って撮影したから迫力満点である。わたしがこの日見たのは最後の10分くらいだった。五代の長男(北小路欣也)がその反戦思想から前線に引っ張り出される。水も食料のなくなってしまうが、壊れた水冷式マキシム機関銃の油っぽい冷却水を飲んで生き延びる。そこでやはり兵士になっていた反戦画家の江原慎二郎に偶然出会う。しかも彼はソ連軍の砲撃で右手を失っている。彼を担いで南下しているとサイドカーに乗り、「少佐」の階級章をつけた男に出会う。少佐はサイドカーを降りて「おい兵隊、お前はどこから脱出してきた。お前のようなヤツがいるから戦争に負けるのだ。原隊に戻れ」と命令する。五代はおもむろ38式小銃を少佐に向け、「原隊は全滅しました。原隊とはどこにあるのです。教えて下さい」と今にも銃を発射しそうな五代の勢いに押されて、サイドカーに飛び乗る。そしてオートバイの運転手は後ろを向いたまま敬礼をして、水筒を五代に放って去っていく。
▼そして木材を積んだ火葬シーンに移り「軍人勅語」の朗読が聞こえてくる。そして戦火はヨーロッパでも広がっていく事を暗示させて終わる。サイドカーとは当時でも将校など一部特権階級にある兵士の乗るものだったのだ。
▼3日前に河川敷で暮らすホームレスが西瓜を育てているという事を書いたら、某読者が同じような話がJ・M・クッカーの「マイケル・K」に出ているというのでさっそく借りてきて読んでいる。

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July 26, 2007

新藤兼人は今も25歳の青年

▼昨晩NHKの「クローズアップ現代」で映画監督の新藤兼人が登場していた。わたしが見たのはBS夜9時半の再放送の方だ。これは週末に渋谷ユーロスペースで公開が予定されている「陸に上がった軍艦」の宣伝も兼ねており、今監督がなぜこの映画を作ろうという気持ちになったか語っていた。新藤は現在95歳で一人住まいである。時々孫の風(かぜ、30歳くらいに見えた)さんが食事を作るため通ってきている。だが頭脳は明晰で夜になるとTVを見てシナリオを作る努力を怠らない。それに新しい事に挑戦しなければいけないと、通ってくる親戚の人に頼んで英語の勉強も怠らないのである。
▼そして鉛筆を削って原稿用紙のマス目を埋めていく。「陸に上がった軍艦」のシナリオは10年ほど前に完成していた。ところが予算を計上すると1億円はかかるというので、見送りになっていた。しかしどうしても作りたいという気持ちが捨てきれず、シナリオを予算がかからない回想形式に変更する。そして自らも語り部として登場するように書き換えた。良く知られているのが木造戦車に地雷を持って飛びこむシーンである。わたしは今年の1月に、この木造戦車の撮影風景の写真を目にして驚いた。日本の戦車にしては格好良すぎるが、新藤の記憶を便りに絵を描き、それを元に作ったらしい。木造だから当然動かない。両脇にロープを付けて20人ほどの兵士が引っ張る。そして体当たりをする兵士も木の板を地雷に見立ててキャタピラーの間に投げ込むというものだ。
▼果たしてこんな訓練をして実際に役立つかどうか?おそらく役に立つまい。新藤は「戦争は指揮官の命令で動かなければ成り立たないから、個を破壊する事をまずやる」と語る。これは今の自衛隊だけではなく、全世界の軍隊の訓練風景を見ていると同じ、「個を捨てる訓練」が基本になっている。「持てる力を敵の弱い一ヶ所に集中させる」というのが戦争の基本だからそうなる。新藤は位が上の人が書いた小説や映画はあるが、二等兵が見た戦記というものが今までなかったので、映画化したというが貴重な作品となるだろう。さらに新藤は「今でも自分は無限の可能性のある25歳の青年だと思いたい」と語っていたが、見習いたいものだ。部屋には15年ほど前に亡くなった妻、音羽信子の遺影が新藤を見つめていた。

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July 25, 2007

朝日が「権力を監視」しているとは知らなかった

▼1年前の一番暑いときは入院していたので快適だったが、今年は違う。きょうも三四郎池で打合せがあって出かける。わたしはそこに行くとき聖橋からバスに乗る。みんな地下鉄で行けばよいのにと勧めてくださるが、「地下鉄は嫌い」でなるべく乗りたくない。バス停に行くと先客は1人しかいない、一体どうしたのだろう。ところがバスが近づいてきて分かった。バスを待つ人は暑いので近くの木陰に10人ほど身を隠していたのだ。バスが到着したら続々出てきて納得した。そういえばわたしの住んでいるマンションの隣の一部上場企業で働く人たちも観察していると、人間も動物だなと思う発見がある。というのはここは近くのJR駅からちょうど1kmで殆どの人たちは歩いている。朝の歩き方を見ていると夏は明治通りの東側を歩き、冬は西側を歩いているのだ。つまり夏は陽を避け、冬は陽を求めて歩いているのだ。
▼打合せが長引くことも考えて弁当を持参したが、早く終わったのでまっすぐ帰ってきた。今週末の土日の仕事に使う道具をチェックする必要もあったのだが、この猛暑には体調を崩してしまいそうだ。
▼事情があって自宅の荷物を整理する必要が出てきた。わたしは現在本は図書館で借りて買わない事にしている。原稿を書く必要があって買ったものは読み終わると、興味を持っていそうな方に差し上げてしまう。しかしわたしの読む本はかなり特殊なので貰ってくれる人は少ない。それで本を整理していたら高校時代に読んでいた、政治がかった雑誌も続々と出てきた。ああこんな本を読まなければ別の人生を歩いていたかも知れないと(先日の来世での人生の伴侶の選択同様、冗談だが)思ってしまう。それらは惜しくはないのでヒモで縛って捨ててしまった。
▼今朝の朝日で船橋洋一が主筆になった弁を述べている。それによれば、1つ目が「権力監視」。2つ目は、朝日は質の高い新聞であり、それは読者の質の高さに支えられているという。そして3つ目は時には読者のそれほど知りたくない記事も書かなければならない、という。主な論点はこの3つに思える。朝日が「権力を監視している」なんて初めて知ったな。警察発表から政府発表を何も疑わないで書いているのは、殆どの「売文・情報売買ジャーナリズム」(本多勝一の指摘)に共通している。2つ目の質が高いというのはどういう意味だろう。確かに一部記者に文章のうまい人はいる。しかし取材もしていないのに記者会見をねつ造してしまうような記者がいるのはなぜだろう。3つ目は国民の知りたい情報を、政府と一緒に隠しているのは柏崎刈羽原発事故で明かである。それほど期待していないが、船橋氏がどういう人かは、過去の記事で承知済みだ。まぁお手並み拝見というところである。

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July 24, 2007

河川敷の生活の方が精神的に豊だ

▼ひと月前に定期検診に行ったとき、人間ドッグの結果を持参して「再検査」の項目があったので相談した。すると「この数値は心配いらないが、念のため検査するから空腹で来るように」と言われた。今朝がその日だった。前日電話で確認すると朝8時から開くというので、早めに着いた。ところがビルのシャッターが下りている。清掃のおばさんが気を利かせて脇のドアを開けてくださったので、3番目に診察を受けることが出来た。空腹で暑い中1kmも歩くのは辛いのでパンを一個持参し、採血が終わった直後看護師さんに了解を得てパクついた。やれやれ空腹検査は何とかならないものかな…。
▼昨日書いた「五代産業」の事だが若干勘違いをしていたことに気づいた。正式には日産グループの一つだった鮎川財閥で、中心になっていたのは鮎川義介で戦争中満州に「満業」(満州重工業開発株式会社)を作った。戦後は戦犯に指定されて公職を追放された。国会議員にもなるが、親子して大規模な選挙違反をしてそろって議員辞職したことがある。そして日産傘下の企業の出資をさせて中小企業助成会(現在の:テクノベンチャー)でその現社長鮎川純太で杉田かおると結婚したことで知られている。
▼昨日夕方テレビを見ていたら荒川河川敷で生活をしている男性を紹介していた。葛飾区だったかの職員は「河川敷で生活することは、法律でできなくなった」と通告に行く。しかし彼は定期収入がないのでアパートを借りる事ができないし、勤める自信もないと呟く。彼の生活とは河川敷にナス、ピーマンなどの野菜を作り、さらに西瓜までかなり大きく育っていて、大きくして食べるのを楽しみにしている。さらにタンパク質は釣りをして獲った鰻なのだ。七輪で蒲焼きにして食べていたが、自然の鰻はとても美味しそうだった。電気やガス、TVはなくても彼の方がわたしたちより遙かに豊な精神生活を謳歌しているように思えた。

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July 23, 2007

イラクの祝サッカー4強進出と発砲事故

▼昨日の新幹線日帰り往復はかなり疲れてしまった。
▼昨夜「うるるん」を見ていたら大西麻恵がパラグアイを訪ねてボトルダンスの特訓をしていた。普通は4年くらいかかるらしいのだが、彼女はたった1週間でボトル7個まで挑戦することができた。これはワインボトルの下の部分に穴を空けて、いわばだるま落としのような感じでボトルを積み重ねて行って踊るというものだ。もっとも高く積み重ねた人がその年のクイーンになることが出来るらしい。コーヒーでも飲むのかと見ていたら薬草を使ったテレレというお茶のようなものを飲んでいた。コーヒーがそれほど身体に良いとは思えないが、この薬草はどんな効果があるのだろう。
▼昨日の検索用語を見ていたら「五代財閥」というのがあっておかしかった。これは昨日からWOWOWで放映されている五味川純平の小説「戦争と人間」の中に登場する、滝沢修トップを演じるコンツェルンの名称である。こんな映画の名前を信じて検索するというのも滑稽である。そういう方はまず五味川の原作をお読みになることをお勧めする。これは資料の塊のような10数巻の本である。五代のモデルとなっているのは、当時の中国や満州で幅を利かせていた日産コンツェルンである。そちらを調べた方が真相に近づく事ができよう。
▼今朝のニュースでイラクがベトナムを破ってサッカーの4強に進出して、祝砲に溢れその流れ弾で3人が死亡したというものがあった。その説明として「イラクには銃砲が溢れているため」としている。しかしイラクの銃砲は伝統であり、日本でもし秀吉の「刀狩り」がなかったら、刀剣が日本国中に溢れていたかも知れないと同じレベルである。イラクにおいて最も危険なのは、アメリカ軍など多国籍軍の持っている銃砲である。これを取り締まることがまず第一である。日本では夏休み最初の日曜日で水難事故で2人死亡したというニュースがある。それを同じレベルで考えるなら、「日本は夏休みになったから水難事故が起きた」、「日本は四方を海に囲まれているから事故が起きた」と同じ事になる。

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July 22, 2007

映画◇「魔笛」を見たが…

▼昨夜の「土曜ワイド劇場」はご覧になっただろか?あまり面白くはなかったのである。それに森口瑶子さんも一時期に比べて容色が衰えていた。
▼◇「魔笛」わたしは今週末は土日も仕事を抱えていて忙しいので、時間をやりくりして映画館に2度いかなければならない。それで選んだ1本がこれだ。モーツアルトのオペラで一番好きなのはこの「魔笛」であり、中でも夜の女王が大好きである。映画でも夜の女王がうまかった。オペラをご存知の方には一々説明する必要はない。これは第一次世界大戦に置き換えられており、大蛇がこのばあい「戦争」という事になっている。
▼兵士タミーノが戦争で負傷した時、3人の従軍看護婦が登場し救出する。3人はタミーノのことを夜の女王に報告に行く。そこへオペラ同様鳥を捕まえて女王に献上して暮らすパパゲーノがやってくる。戦争の状況を聞かれ、ウソをつくが看護師が戻ってきた見つかり口に鍵をかけられてしまう。看護師たちはタミーノに女王の娘パミーナの写真を見せたとたん彼女に一目惚れする。夜の女王が登場し、敵軍ザラストロにさらわれて娘を失った事を語り、ザラストラに娘の救出を依頼する。カギを開けて貰ったタミーノは、パパゲーノとともに姫の救出に向かう。二人にはお供の三人の子どもの導きに従って行けば必ず目的地に着くと諭され、タミーノには魔笛をあたえ、、パパゲーノにはオルゴールのようなベルが渡される。
▼一々書いているとオペラの内容を書くことになるから省略する。監督のケネス・ブラナーな良いテーマを選んで脚色したのだが、何と言っても力不足である。戦争の悲惨さも悲しみも人間の感情が何一つ伝わってこない。夜の女王の娘という俳優が、これまた下手である。セリーヌ・ディオンのように馬面という印象以外残っていない。つまりわたしの基準で命を賭けても救い出したい気持ちにならない娘なのだ。オペラでもそうなのだが、悪の象徴である、夜の女王とザラストラが途中から善人に変わってしまうのも、この場合何故なのか説明がされていない。見たのは時間の関係で新宿のタイムズスクエアにした。しかしここの観客マナーは極めて悪い。映画が10分も進んでところでどこかの老夫婦が席を先に取って食事でもしていたのだろうか、途中でざわざわ入ってくる。同じ夫婦と別の老婦人の携帯が上映中に鳴り出すなど。こんなことなら日比谷シャンテにすれば良かった。まぁそんなところで宣伝の割には、新聞の映画評で書かれているより遙かにつまらない作品でありました。本日これから新幹線に乗車しますので、これまで。

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July 21, 2007

Z動物園取材余話

▼今朝の星占いは全部良いのである。とくに映画に行くと良いと出ているので「魔笛」にでも行ってこようと思っている。これは運勢に関係なく、来週末の締め切りのために行かなければならない。
▼昨日の取材は某Z動物園である。数年前に行った人の話によると女性園長さんはとても怖そうな人である。写真からもそれはうかがえるので、二の足を踏んでいたが出かける。待ち合わせの場所にM編集長の車は止まっていた。車に近づくと中から「ヤクザのような人には用はありません」というMaさんの声が聞こえてきた。そう、わたしはまっ黒なTシャツを着てサングラスをかけていたからだ。途中M編集長は小休止で何か買いましょうと言う。わたしは単なる水を、Maさんは「大きなプリン」を所望した。朝からプリン喰うか?「朝飯喰ったの?」とわたし。「Sちゃんが午前4時に起きて仕事に行った」とかで食べないまま来たらしい。そのプリンも全部食べきれなくて、わたしが残ったのをお裾分けで頂いた。
▼Z動物園では広報担当者ではなく、園長自ら対応してくれた。園長室の中にはルームランナーが置いてあり、Maさんの話によれば4年ほど前のときよりも痩せて、美しくなり今朝の機嫌は良好のようであるという。園長さんは50半ばの年齢に見え、実に妖艶である。話の内容はMaさんが書くことになっているから省略する。わたしたちには缶入りのお茶をご馳走してくださった。部屋で園長の背中の壁にはあの「星になった」息子さんの大きな写真が貼ってある。Maさんはインタビューする項目を前日用意していなかったのだろうか、おずおずと聞いてゆっくり書き留めて間が空くので心配だ。また園長にかんしゃくを起こされるとまずいので、こちらも合いの手を入れて、取材は40分ほどの短めで切り上げる。動物園にはレッサーパンダいたので、「こちらにもいたのですね」と話をすると、「うちには10年前からいます。このレッサーパンダはみんな二足で立ち上がるんですよ」という答えが返ってきた。わたしは手真似で口からラッパを吹く様子をして「T動物公園はパブリッシングがうまいですからね」。園長「パブリッシングがうまいのはT動物公園と旭山動物園でそういうのならわたしも負けません」と気の強いところを見せる。
▼園長室を辞去して午後1時からはじまるという夏休み向けのショーを見させてもらう。象が一匹出てきて、バケツの水を吸い込んで背中や観客向けにシャワーをやってみせる。その次は白いTシャツを観客に着させて、象が絵の具を使ってその場でお絵かきをさせて、1枚3000円で売るというものだ。なにせここは民間の動物園なので、図体の大きな象のエサを買うにしても全部自前で稼ぎ出さなければならないのだ。
▼わたしは医師から食べるものが指定されているので、弁当を持参して取材前に食べてしまった。M編集長とMaさんは取材が終わってからだ。Maさんは食事が遅いことで有名である。あるとき同じ団地に住む人たちと新宿に来て、集まりが終わってみんなで食事をした。みんなが終わってもなお遅々として食事が終わらない。ようやく終わって電車に乗ったら千葉までの終電は終わっていて、電車は御茶ノ水で止まってしまった。それで乗り合いタクシーで千葉まで戻ったという事で、一緒に行った人たちからタクシー代を負担しろと文句を言われたらしい。
▼Maさんは気の合う飲み友だちである。飲んだときわたしは「5年か10年に一度くらい来世で結婚したいと思う人が出てくる」と話したところ、「わたしはどうぉ?」と聞かれた。わたしは「冗談止めてくれよ、あんたと結婚したら破産してしまう。絶対飲み友だち以上の関係にはなりたくない」、とお答えしたら吹き出した。その後、携帯メールの最後の部分に「単なる飲み友だちより」と書かれている。何をしても「しょーがねーなー」とやさしく許してしまう夫のSさんほどわたしは優しくない。この日も和食が食べたいという事で日本そば屋に入った。メニューを見ても中々決心がつかない。店の人に「エビの天ぷらソバを野菜にしていただくことはできませんか?」と勝手な事を言う。お店の人からは「お客さんのわがままを聞いていたらメニューが無限に広がって対応できなくなるので、そいうのはお断りしている」とピシャリと言われた。それはそうだ。5分以上かかって「力(ちから)うどん」に決まった。出てきたのは当然「力うどん」だったので、また「力(ちから)ソバ」はないのかとブツブツいう。「メニューにも書いてあるけど、力はうどんと決まっている」とわたし。今度は餅が2個も入っていて食べきれないと、再びお裾分けに預かる。今回も食べ物ではじまって食べ物で終わった取材なのでありました。昨日の画像はデータベース欄「zou01からzou06に入れてあります。

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July 20, 2007

4つの「ハゲタカ」たち

▼昨日から今朝の新聞報道を見ると随分人が亡くなっている。これは季節が梅雨から夏に切り替わるときで、体調をもっともコントロールしにくいのだろう。家族の会社の取引関係の人も1昨日仕事で自宅から個人事務所に行って原稿を書く出かけた。いつまでも帰って来ないので奥さんが行ってみると、脳梗塞で倒れて亡くなっていたという。享年46歳の働き盛りである。ただ体型は石ちゃんのようでかなりのストレスを抱えていたということだった。別の読者との電話でお話ししたのだが、彼は健康診断が大嫌いな人で10年くらい行っていないと思う。しかし歯科医だけは1年半に一度は通って歯石を取ってもらっているということだ。わたしは歯科医が嫌いで虫歯は1本あるが20年くらい行っていない。
▼Maさんに本日の取材の打合せで電話する。パソコンにロックがかかっていて開けない。「金魚のマークがでているだけだがどうしたらよいか?」と聞かれる。そんな事をわたしが知る筈がない。夫のSちゃんがわたしとMaさんがメールをやり取りするのを嫌ってロックしてしまったのではないかと話しておいた。
▼本日メルマガ締め切りです。わたしは図書館からこの2週間1冊も届かなかったので書くべき本がない。
▼「ハゲタカ1」。村上ファンドの責任者の実刑判決が出た。この時期に判決を出すというのも、参議院選挙を意識した「検察はしっかりしている」というアピールだと思う。「ハゲタカ2」中越沖地震が起きて日本の経済活動がマイナスになるというので、17日から日本の株価がガクンと下がったという。困った人たちへの援助ではなく、下がるという考えは自分だけよければ良い、というまさに弱肉強食の資本の論理でしかない。「ハゲタカ3」そして経済活動でもっとも被害が出ているのは、新潟の自動車のベアリングなどを作っているメーカーである。ご存知のように自動車メーカーは「ジャスト・イン・タイム」という看板方式で在庫をおかないで作り置きはしない。必要な朝に現場に届ける方式だ。昨日の「森本毅郎スタンバイ」では「カンバン方式というのだそうです」と初めて聞くようなフリをしていた。スポンサーにトヨタが入っているのでこうなるのだろう。鎌田慧の「自動車絶望工場」を読めば30年以上前から、この方式でやっている事が分かる。批判されるべきはカンバン方式を、中小企業に押しつけているトヨタなどの自動車メーカーなのである。「ハゲタカ4」刈崎原発の事故は日本国内ではコントロールされているが、海外の方が真剣に報道しているようだ。IAEAも調査したいと言っている。IAEAは北朝鮮にだけ監視の目を向けている訳ではない。日本でも使用済みのプルトニウムが核兵器に転用されていないか、1年に数回チェックされているのだ。事故を隠蔽して利益追求だけを考えている東電、それらを作っている東芝などもまたハゲタカの一味である。

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July 19, 2007

倒れて1年目を迎える。

▼思えば一年前の今日わたしは脳幹出血で倒れてしまった。あれは夕方5時頃だったが急に喋ることができなくなってしまった。一人でいたので、電話もかける事が出来ない。なすすべもなく、午後7時j半頃の家族の帰宅を待っていた。パソコンメールも打つことが出来ず「このまま死んでしまうのかな?」という思いが頭をよぎる。タクシーでERに行くと医師からは言語障害が残るかも知れないと言われたが、今ではゆっくり喋れば何とかなる。右手の麻痺も少しは改善され、ペットボトルの栓を自力で開けることができるようにまでになった。あと寒いところに出入りを気をつけること、重いものを持たないことなどが注意事項だった。その他にもストレスを避ける、パソコンの仕事は規定通りにインターバルを取ることなど細々ある。私的なストレスはたまる一方だが、一人で背負い混むことなく、分散させ大勢の人の力をかりでなんとか解決してきた。後は医師の忠告を守って3年、5年、7年の節目を気をつければ、平均寿命くらいまでは何とかなるだろう。
▼今週の21日土曜日10ch午後9時から「土曜ワイド劇場/温泉マル秘大作戦」というミステリー番組が放映される。これは先日行った能登半島和倉温泉のわたしちが泊まって高洲(こうしゅう)ホテル(近くの「こうしゅうざん」、に因んでいる)で昨年末にロケされたものだ。行ったとき出演者一同の写真が掲載されていた。お暇な方はぜひご覧頂きたい。わたしの好きな森口瑶子が出演しているから…。本日も朝から忙しいのでこれまで。

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July 18, 2007

中越沖地震でやはり放射性物質漏れ

▼読者のみなさんにあられてはお元気であろうか?連休中はメールはゼロ、アクセス数もいつもの半分くらいに減る。そしてグーグルでも4位くらいに転落してしまう。まぁ「連休までお前の戯言につきあっていられないよ」、と言うのではないかと思うので、それは仕方なかろう。日曜日の中越地震が会ったときもS区の堅牢な建物の中にいたので気づかなかった。ところが帰宅途中Maさんからメールが入って「お母様は大丈夫ですか?」という。わたしは地震の事など知らないから、「何を寝ぼけたことを云っているのですか?わたしは東京にいます」と送ったら「地震があった」という事を教えて下さった。帰宅して母に電話したら、「揺れが激しいので逃げようかどうしようか」と思っているうちに揺れは止まったということだった。
▼渋谷公園通りの映画館で来月末公開される、マイケル・ムーアの最新作の予告をやっていた。アメリカの医療費にかかる費用は世界で37位と随分低い。その下にスロバキアがある。そこでアメリカで医療費が安くなるところはないかと探したら、キューバのグアンタナモ米軍基地に収容されているアルカイダとタリバンの容疑者だったことが分かる。マイケル・ムーアはクルーザーでグアンタナモに近づき、「医療費が無料のそこの収容所に入れてくれ、入る手続きはどうすればよいのだ?」とラウドスピーカーで叫ぶシーンが紹介されていた。これは公開が期待できそうである。
▼おかしな話その1。今回の中越沖地震でTVなどはいち早く「柏崎刈羽原発で放射能漏れはないと言っています」とニュースを読んでいた。誰が「言っている」のだ?記者は自分の目で確かめないで記事を書いて原発のスポークスマンか?測定器を持参して、あるいは専門家を同行して自分で測定してそれを発表しろよ。東電が言っている事をオウム返しに言うだけなら記者はいらない。ファクスを設置して記事を流して貰えば記者会見すら不要になる。もっとも記者の実態はそれに近い事をやっている。だから1日、2日たつと放射性物質の流出が50ヶ所もあった事が出てきている。経産省の大臣が夜中に東電の責任者を呼びつけて「警告」した裏には、政府がその実態をかなり詳しく把握していたのだろうと推測される。
▼その2。日曜日TBS「うるるん」では俳優の武田真司がカンボジアのプノンペン郊外の農村に井戸掘りに行っていた。しかし彼にそのような土木作業をする体力があろうはずはない。しかし掘削する場所の位置決めから、7mも掘る実際の作業はカンボジアの人たちがやっていた。最終のヒューム管を通して井戸の崩壊予防をする仕上げの場面になったら日本のTV出演があるからあと3日したらまた来るといって日本に帰国してしまう。そして完成したらまたノコノコやって来る。武田がわたしたちのような安い座席の飛行機に乗るはずはなく、ファーストクラスだろう。しかも撮影スタッフは10人近く引き連れて行くはずである。本当の援助をするのなら武田一人を派遣するのではなく、お金をわたした方が現地の人たちは喜ぶだろうと思い、とても後味の悪い番組だった。

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July 17, 2007

◇「レッスン!」を見る

▼昨日書いた作家のS氏と12年前に「ホワイト・バッジ」で偶然一緒になったとき、彼は「Kさん(わたし)セント・オブ・ウーマン」をみましたか?作りは乱暴だけど面白かったですね」と話かけてきた。アル・パチーノが盲目の元軍人を演じていて、ホテルのロビーでコンチネンタル・タンゴを踊る場面が印象的だった。タンゴとはセックス以上にセクシーでかつエロティックである。もっともこれは美しくかつ流麗な男女が踊ることが条件で、「仁義なきシリーズ」で、やくざの親分を演じる小林稔侍がクラブで踊るシーンはいただけない。アメリカ映画ではこういう歌やダンスをテーマにした手に負えない学生たちを「善良な学生」に改革するがテーマになった作品がいくつかある。「陽の当たる教室」、「スクール・オブ・ロック」、名前は忘れたがメルリ・ストリープヴァイオリンを弾く作品などに共通する。
▼この映画の主人公アントニオ・バンデラスはダンス教師である。自分の持っているダンスの力を何とかボランティアとして役立てたいとして高校に乗り込む。この荒れた学校では日本の東京某区の教育委員会ではないが、管理教育がまかり通っていて、生徒たちはそれに反発している。アントニオに任されたのは週に一度の自習の時間だった。生徒は勉強せず、ラップをやっているだけ。アントニオは彼らに礼儀とマナーをきちんとすれば女性にもてるようになるかも知れないと説得する。少々分かりずらいのだが、生徒たちの中にも家族関係や、致死事件で兄弟が殺されたりして反目が蔓延している。だれも生徒が聞いていなくてもアントニオは授業をし、ダンス音楽の基礎を興味を深く説明していくと生徒たちは目を輝かせる。その一つがアントニオ・バンデラスと美女のめくるめくようなタンゴの実習を見せることだ。生徒ならずも観客も息を呑んで見とれてします。この2,3分のダンスは凄い。これを見るだけでも価値がある。ちょうど「タンゴレッスン」のイントロみたいだ。
▼それで近くダンスのコンテストがあるから応募しようとたきつける。参加費は200ドル必要だが、それはアントニオが「ボクが何とかしよう」と言い切る。それから猛レッスンがはじまり、頑固頭の教師は「そんな事をしても学力は上がらないから授業にすべきだ」と言う。さらにPTAからのクレームの出るが何とか解決する。
▼そして晴れの舞台のコンテスト当日。みんな兄弟や仮衣装で着飾って登場する。5000ドルの賞金がかかっているから、プロまがいの大人たちも登場する。採点ではその大人の方が優位に立つ。それは生徒たちが、3人一組で踊ったためルール違反ということで減点失格になってしまったのだ。当然と言えば当然なのだが、優勝した女性は点数を半分に分けて引き分けにしようと提案が入る。生徒たちは大喜びで、会場で即興のラップで踊り狂うというもの。エンディングロールでこれは実際にあった事にヒントを得た作品だと出てくる。そして同じ教育指導方法はアメリカ120の学校で実践されているという。しかしストーリーの中に出てくる、複雑な家族関係やかっぱらいの見張りをしてカネを稼ぐ生徒。売春をして生活している母などの問題はそのまま放置されている。つまるところアントニオの個人的な努力は評価されるが、なぜ貧困なのかにまったくメスが入れられていない。この辺は最初い書いたアメリカのダンスや音楽を使った教育実践がどのような成果を上げているのか、分からないので、「結構ですね。良かったね」としか言いようがない。枝葉の部分が多かったので、ダラダラしてせっかく良いテーマだったのに盛り上がりに欠ける。

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July 16, 2007

「ホワイト・バッジ」と白馬師団のこと

▼パキスタンの事は15日付朝日朝刊に脱出した女子学生の手記というのが掲載されているが、それから類推されるのは立てこもり学生側には武器などなかったという事だ。それは昨日のブログに書いた「残された武器の分析」で分かる。
▼風雨が強くなりそうだったので、雨が小降りになってから図書館に行く以外殆ど家から出なかった。見たDVDは1)「ホワイト・バッジ」、2)「鷲は舞い降りた」、カウリスマキの3)「過去のない男」、パトリシア・ルコント4)「列車に乗った男」、今年公開されたばかりの5)「トリスタンとイゾルデ」などだった。1)は米軍によって無償経済援助と引き替えにベトナム戦争に参戦させられた韓国軍の悲劇だ。韓国からは当時「白馬師団」と「猛虎師団」が派遣されていた。「ホワイト・バッジ」は前者白馬を模したものだ。白馬の連隊長は全斗煥で猛虎の大隊長は盧泰愚だった。これは公開された92年新宿の映画館で見ている。最終日に行ったらガラガラの客席に「東京大空襲」を書いた作家のSがいて「月光の夏」を「困った映画を作ってくれた」と非難していた。この映画には今は「MUSA」や「シルミド」で大人気のアン・ソンギが小隊長と復員してからの新聞記者役で出ている。先日K駅近くの中古DVDショップで買ったのだが、パッケージには日本語だったが、再生して見ると韓国語だけで喋っていることはさっぱり分からない。だが過去に映画館で見たので意味は理解できた。昨日我が家で朝刊を見ていた家族が「投書欄にあなたがよく言っている韓国人で東大教授の事が書いてある」という。「ああ姜尚中(わたしのパソコンは単語登録で「か1」で出てくる)だろう」と聞くとそうだった。正しくは彼は「朝鮮」の国籍なのだが意味は通じる。
▼「過去のない男」はカウリスマキの傑作だと思う。細部にわたって台詞一つから、小物の配置まで熟慮している。その他の作品も全部映画館で見ているのだが、細部は忘れてしまっている。「列車…」も映画館で見ているが、そのときよりも良かった。「トリスタン…」は映画館で見逃した。画風と撮影方法から見るとおそらく、先日WOWOWでやった「ジークフリート」とかなり似通っているので、同じ監督であろう。しかし消化不良である。それに映画なのだからイゾルデを演じる女優は、もうちょっと「ジークフリート」なみの美しい女優にして欲しかった。

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July 15, 2007

パキスタンの寺院の画像で分かった事

▼台風4号が接近中の関東圏にお住まいのみなさんはお元気であろうか?昨夜から千葉中央と勝浦では随分雨が強いようである。わたしも朝イチでアントニオ・バンデラスの「レッスン!」とケネス・ブラナーの「魔笛」に行こうと思っていたが、レインスーツを持っていないので、着衣が濡れたまま映画を見るのは気分が悪いので外出は止めた。
▼昨日まず一番に書こうと思っていたのはパキスタンの寺院に立てこもった過激派のことである。しかし「1944」に集中してしまい、書き忘れてしまった。立てこもり事件が「決着」したあと、記者団に立てこもりの「武器庫」が公開され、その写真が新聞やTVに紹介されている。それを見ると右側に閃光弾、スモーク弾が見える。その上にこれは第二次世界大戦でナチスが使ったような古い木の枝がついたM24型が山積みになっていた。今時こういう旧式の手榴弾を探すのはかなり困難である。その下に積んであるのがロケット弾と、迫撃砲弾だが、それを発射する筒状発射ケースが見あたらない。さらにその下に手製の火炎瓶がある。
▼さらにTVの画像を見ると黒光りしたピカピカのAK47が30丁ばかり映っている。そして警備の兵士からこの場所以外には地雷などが仕掛けてある可能性があるから、立ち入りが禁止されていると言われたと云う。これらを検証すると1週間ほど前から、「強行突破する。抵抗するものはすべて殺害する」とラウドスピーカーで流されていたのだから、もし学生側に徹底抗戦するつもりがあるならば、銃は武器庫に置くのではなく、各自が握っているはずだ。手榴弾も同じく各自に配られていたはずだ。狭い建物の中でロケット砲や迫撃砲など使い道がない。ましてや地雷などは屋外で、敵が入ってくる可能性のある通り道に敷設するもので、屋内に敷設したら危なくて歩くことが出来ない。それに突入に当たって何も爆発は起きていない。
▼という事は閃光弾やスモーク弾は政府軍が突入するときに使用したものだ。狭い建物の中でAK47を撃つというのも跳弾の可能性があるので極めて危険である。それに汚れがないので政府軍が持ち込んだものである。記者やレポーターはこういう分析ができないので、政府軍のスポークスマンの言いなりになって、オウム返しに画像を見せてコメントを言うだけ。この報道姿勢は記者クラブに依存した、日本の記者に共通している取材姿勢である。
▼という訳で体調を崩してはいけないので、家にこもって体力を温存して、旧ソ連のDVDを見ていた。「スターリングラード大攻防戦」、「バトル・フォー・スターリングラード」1、2巻、「レニングラード大攻防1941」を見た。合計7時間ほどだが、1・5倍から2倍速で見ないと時間がもったいない。いずれも前日の作品に比べるとそれほど面白くはなかった。しかしナチスドイツの動くタイガー1号戦車やヤクート戦車はとてもよく出来ていた。タイガーはナチスが大戦に負けたとき工場ごと破壊されてしまったので、地球上に現存するのはイギリスとフランスが持っている2両くらいだ。だから昨日書いたようにソ連のT34戦車を改良して作ったのだろうが、特徴がよくでていた。

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July 14, 2007

◇「東部戦線1944」のDVDを見る

▼◇「東部戦線1944」東部戦線とはヨーロッパから見た、東、つまりソ連方面の事だ。1944年5月、実際の戦争はナチスドイツは這々の体でソ連から逃げだそうとしていた。映画はまだ元気なドイツという事になっている。ソ連軍は総攻撃の前にナチスドイツ軍の戦車の配置や装備を知るために、今まで何度か斥候隊を出しているが殆ど全滅してしまっている。孫子の兵法を引用するまでもなく、戦争にあっては敵を知ることが勝利につながる。最後に選ばれた9人ほどの斥候部隊は、グリーンモンスターと名付けられる。そしてソ連軍の春用迷彩服(これがリアル)に身を包み、「戦闘や発砲はしてはならない」という厳命の下出発する。その時装備をしてから全員でピョンピョン跳ねて、音がしないか点検するところはリアルである。基地の暗号名はアース、そして最後の望みを託された彼らはスターだ。「君たちの無線報告を受けて、赤い信号弾が上がったら攻撃の合図だ」と告げられる。基地の無線担当者は赴任したばかりの若い女性カーチャだ。
▼虫に刺され、敵に遭遇しながら沼地に潜み、武器の集積所に近づく。この辺のリアルさは西側にはない。そして味方の斥候部隊は一人また一人と命を落としていく。そして最初の目的地に着くと、戦車は木製のダミーでソ連の攻撃を分散させようとしている事が分かる。だが不手際があって味方の2人がナチスのトラックに乗ったまま移動してしまったり、次第に少なくなってしまう。困ったことに連絡すべき無線機まで壊れてしまう。一刻も早く連絡をしなければならないのにどうしたら良いか?そうだ「ウィンドー・トーカーズ」のように敵の無線機を奪えば良いのだ。どうやら無線室を襲って盗み出すが、その使い方が分からない。すでに発砲しているので自分たちの位置は敵に知られ追撃されている。ここから革命的英雄精神が発揮されることとなる。つまり一人はおとりとなって陽動作戦で発砲しながら逃げ、他の3人は無線連絡をするために逃がすという作戦だ。ではこの英雄的行動と、日本の「特攻精神」はどう違うか?となると難しい。現象面は一緒である。しかしソ連は祖国解放という大義名分があった。日本は大東亜という大義があったが、こちらの実態はアジア各国からの資源収奪が目的の侵略戦争であった。だからソ連がポーランド国境までナチスドイツを押し戻せば、その部分までは正しかった。
▼しかしスターリンはナチスの息の根を止めるためという口実でポーランドを侵略し、そのまえにカチンの森で、ポーランド軍の将校3万人を虐殺して弱体化させている。つまりソ連国境を突破する時点で衛星国化(「ヨーロッパの解放」という大義名分)を考えていたからベルリンまで行ったのだ。そして本隊の3人は小屋に立てこもって無線操作をしようとするが、無線手は撃たれてしまう。しかし最後の力を振り絞って「ダイアルを左に回すんだ」と呟く。「スターからアース」の声は基地のカーチャに受信される。しかしその発信と同時に斥候部隊はナチスに包囲されてしまう。小屋の二階に潜んでいるところにハシゴが架けられ、ナチスがそれを使って登ってくる。このハシゴのたわみと揺れが恐怖感を増長する。その無線の一報でナチスの集積所はソ連軍砲兵隊と軍用機の猛爆を受ける。ここにいるタイガー戦車も小振りだがリアルである。おそらくT34を改造して作っているのだろう。カメラワークといい、撮影技術といい、わたしが今まで見た旧ソ連映画の中では卓越しており、西側やハリウッドには出来ない力作である。最後のこの作戦により50万人のロシア人の命が守られたという、メッセージはウソっぽいけどね。そして戦争が終わったあとカーチャは教師になり、一生独身で過ごしたとテロップに出る。レンタルビデオで。

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July 13, 2007

知らなかった言葉「譫妄」

▼ケアマネージャーの話の中に現在の母の症状に「せんもう」状態である、という言葉が出てきた。その場で質問しようかと思ったが、夕方帰宅してもう疲れ切ったので今朝辞書を引いてみた。「譫妄」がケアマネの言った言葉だと思う。譫妄とは電子辞書によると「錯覚や幻覚が多く、軽度の意識障害を伴う状態。アルコールやモルヒネの中毒、脳の疾患、高熱状態、全身衰弱、老齢などに見られる」とある。これで母がこの1年くらいわたしに言ってきた事の内容がある程度理解出来てきた。
▼帰りしなに参議院選挙東京地方区のポスターが貼ってあった。ポスター写真だけで選ぶなら誰かな?やっぱり男はバカだから「泣きぼくろ候補」という事になるのだろう。先日図書館から借りてきた1冊の本は太宰治の「ヴィヨンの妻」である。なぜこの本を借りたかというと、「サイドカーに犬」の中で竹内結子演じるヨーコさんが映画の中で読んでいた本であるからだ。終戦直後の新宿あたりにある居酒屋店主とそこに通ってくる不思議な男と愛人そしてその妻の話である。言ってみれば映画「サイドカー…」の話と若干のダブりがあるのだ。このようにわたしは映画の女優に恋してしまうことがある。先日も某読者にかつて「○○○が好きだと言ったことがある」と言われた。しかしわたしはそのことをどうもはっきり覚えていない。映画を見るたびに、「ああこの女優」「ああ彼女は美しい」と変わっていく。ならば今は誰かと聞かれると日本映画は上記の映画の中の竹内であるが、外国映画となるとかなり混沌としてしまう。
▼今ふと思いだしたのだが、昔新宿の映画館「スネマクエアとうきゅう」で見たフランチェスカ・ネリの「愛よりも非情」はとてもよかった。ネリはサーカスの女性射撃の名手で、相手はアントニオ・バンデラス演じる新聞記者。こlれはもう廃盤でビデオなどでも手に入らない。ああ明日は彼の出演する「ダンス映画」を見に行かなければ。あと「アナとオットー」に出演する透明感溢れる女優。これもまず手に入らない。これは「オープン・ユア・アイズを撮った監督の作品で3つともなぜかスペイン映画である。「オープン…」には」帰郷」のベネロペ・クルスが出ていた。このリメイク版が「バニラ・スカイ」という、トム・クルーズとキャメロン・ディアスの出たつまらない映画になっていた。
▼ムーンライトのコーナーにMINさんのお母さんの「介護日記」の連載が近日中にはじまります。ご期待下さい。

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July 12, 2007

久しぶりに「ER」でカーターさん

▼冬に向かって母の介護をどうするかケアマネや行政担当者と話しあうため、日帰りで帰省する。暴風雨とか台風の影響が懸念されて新幹線が動くか心配したが、往復の時間帯では問題なさそうだ。
▼昨晩HP研究会。パキスタン報道から、護憲の意思表示をしている団体には、会場を貸さないという方針が出ていることなど話題になる。前者で言えばムバラクはもう政権を維持できる力はなくなっている。暴力で反体制勢力を威圧するしか先は見えてこない、という考えから武装弾圧をした。しかし一部新聞にでている、神学生の中にアルカイダがいるとかいう報道は正確ではない。だいたいアルカイダという実態は存在するのか?もしかするとアメリカが作り上げた架空の「敵」という事すらありうる。後者では、国民投票法の実施まで3年あるからその間に、準備をして護憲勢力の支持拡大をすればよい、という考え方がある。しかし「会場を貸さない」ということは、「投票法」の先取りで、「投票日」までにがんじがらめになってしまう可能性だってある、ということも考えられる。
▼映画紹介では「コマンダンテ」を紹介したブログが良かった、というご意見を伺った。すでにこの記事を読んで複数の方が渋谷まで足を運んでいただいている。とても嬉しいことだ。
▼今週月曜日の「ER」には久しぶりにアフリカに行っているカーターが登場した。自分たちが医療支援に行っている部族の責任者が対立する勢力に拉致されて殺害されてしまう。救出にいくのだが指導者は銃殺にあってしまう。もう3時間もかかって救急医療施設まで生きたまま連れてくることはできない。「ER」が描くイラクもアフリカも白人のお涙頂戴という域をl一歩も出ていないことがわかる。これがアメリカが描く他民族への「憐れみ」の限界であろう。

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July 11, 2007

上半期のスクープ大賞とメディア

▼梅雨は憂鬱ですな。先日お手紙を下さった某読者は「雨が楽しめるよう、すごしているこのごろです」と書いてくださった。他の読者の皆さまは梅雨を楽しく過ごすどんな工夫をしていらっしゃるかお聞かせいただきたい。わたしは梅雨で蒸れるのが一番憂鬱になる。昨年までは雨が強い日は格好は悪いがゴム長を履いていた。これも家族から「あまりみっともない格好はしてくれるな」というので少しいたんで水が漏れてくるのを機会に捨てた。本当に男物の雨天用の通勤靴というのはない。いや靴売り場に並んではいるが、説明書をじっくり読むと、「縫い目から漏れるので完全な意味での防水ではありません」と書いてある。そんなある日日経の広告を見ていたら、松岡修造夫妻がアシックスの靴を履いてCMに出ていた。ゴアテックスで蒸れないし、水も入ってこないというのでさっそく買い求めた。ちょっと高価ではあったが、履き心地は良い。あと2週間前後続くであろう梅雨もこれで楽しく過ごせそうだ。
▼先日ご紹介した「ダ・カーポ」なのだが、それには憲法マトリックスという図解があって新聞社の論調と憲法に対するスタンスが書いてある。著作権もあると思うので文章で書くとこうなる。十字架の真ん中に「毎日」がある。そして磁石の北が「9条改正」南が「非武装」、東が「改憲」、西が「護憲」だ。北東の方向にある新聞が想像できると思うが、新聞社で「産経」、「読売」でやや中央よりに「日経」が配置される。産経と読売につながる政党が「自民」で、日経とくっつくのが「民主」。東の十字架の直下に「公明」が来る。そして南西方向に「朝日」があり、そこにはいるのは「社民」、「共産」が入る。かならずしもこの図が正しいとは思わないが、結構的を射ていると思う。
▼そして上半期「ダカーポ」スクープ大賞が発表されている。それによると一位が「松岡農水省追及の流れをつくった『赤旗』の事務所費報道。2位は最高裁主催のフォーラムの不正を暴いた毎日放送、3位は安倍首相が訴訟を起こした『週刊朝日』の勇気ある報道、4位は松岡自殺前に疑惑の本丸を指摘していた『選択』の記事、5位は情報紙『FACTA』が続ける石原慎太郎の疑惑追及となっている。マガジンハウスが発行している「ダカーポ」だから特定の政党に肩入れしているはずはない。その対談のなかで「マニアックなメディアばかり評価している気がするな。大新聞やテレビが政官の不正を追及したスクープってないの?」「最近の新聞・テレビって政権与党が絡む疑惑はほとんどやらなくなっているからね」という事になる。
▼「週刊金曜日」7月6日号でジャーナリストの山口正紀は佐藤優との対談でノームチョムスキーの「ファクチャリング・コンセプト」の発言をつぎのように紹介している。「全体主義国家において暴力装置が果たす役割を民主主義国家ではメディアが果たしている。それがメディアの基本的機能であって、メディアが民衆を操作し、支配権力に従わせている」と。まさに日本の現状はそれに当てはまる。

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July 10, 2007

便利な曖昧検索

▼「まちの明かり」と言えば、いしだあゆみの「ブルー・ライトヨコハマ」を思い浮かべる方が多いかも知れない。「♪まちのあかりがとても綺麗ねヨコハマー、ブルー・ライトヨコハマー、あなとふたぁり、幸せねー」というのだ。ところが映画「街のあかり」はロシア民謡「ともしび」がテーマになっている。「♪夜霧の彼方へ別れを告げ雄々しきますらお出でてゆく」という。旧ソ連がチェコを戦車で蹂躙してからというもの、わたしはロシア民謡というのは嫌いになったので、それ以降一切聞かない。その点Maさんなどは、ほろ酔い機嫌になると青春時代のノスタルジーであるロシア民謡が、目に涙を浮かべて透き通るような声で次々と出てくる。あとこの映画には、ヴェルディの「トスカ」の一節が登場している。
▼歌詞とか歌手の名前を忘れてしまったときはどうするか?今はインターネットでもかなり出てくる。例えば昨日一小節だけ想い出した歌詞の「映画に連れていって、どうのこうの」&「沢田」で調べたらグーグルの7番目に出てきた「沢田知可子」「会いたい」というのが出てきた。例えばこの場合「沢田」が分かっていればかなりの確率で上位に出てくる。しかし歌手の名前が出てこないときは、家族の記憶に頼るしかない。実は昨夜夜11時頃ふとこの歌詞を想い出して聞くと「言っている内容と違うと思うが…」ということで沢田の「会いたい」であることが分かった。こういう調子で我が家の曖昧検索ははじまる。質問1「あの亀戸の葬儀屋の男、一世風靡にいた、京都迷宮案内の遊軍長は?」、「『田園』でパチンコ屋の店員やったV6の歌手」、「亀戸の床屋」、と「その妻」手な具合である。全部分かった方はご連絡いただければ記念品をお送りする。ちなみに締め切りは本日午後10時まで。
▼今朝は急いでいるのでこれまで。頭をひねって1時間もかけて書いた時はアクセス数が少なく、こういう15分足らずで書いた日はアクセス数が異常に上がる。

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July 09, 2007

メイドに群がるカメラ小僧たち

▼久しぶりに秋葉原に行った。といっても今週2回目である。駅前からメイドカフェの格好をした若い女性たちがセッセとビラを配っている。大通りの方に向かうと店の宣伝もあってその姿を写真に撮らせるメイドが道路上でポーズを取る。するとカメラ小僧、いやそれだけでなく、カメラ叔父さんも少しは混じっているが、高いカメラのレンズを向けている。そして彼女たちが動くと周りのカメラ小僧たちも雪崩を打つように、どよめきと鈍い足音をさせて移動していく。もっと他にやらなければならない事があるのじゃないだろうか、とふと思ってしまう。この日カメラは持っていなかったが、「可愛い」というだけでレンズを向けたくはならない。何と言うか、両方とも、もぅちょっと問題意識を持った顔をして欲しい。朝顔市をやっている鶯谷まで歩こうと思ったが、熱で倒れても仕方ないので、石○電気の歌劇CD売り場だけ眺めて帰ってきた。
▼途中K町で下車する。すると駅前で○翼の人たちが演説をしていた。テーマは少○法改正問題だ。これは渋谷などでも一環して行っているテーマだ。朝刊にも弁護士に銃弾が送りつけられたという話が出ている。光○で起きた母子殺害事件の弁護をしている、○田弁護士を名指しで攻撃している。弁護士は頼まれれば相手が政治家であろうが、○力団であろうが、殺○者であろうがそれを弁護するのが仕事である。加害者の権利も被害者の権利も同様に守ることが出来なければ、法治国家ではなく、西部劇に登場する私刑「縛り首の木」と同じ無法がまかり通ることになる。わたしはその専門家ではないが、陪審員制度とか、裁判の場所に被害関係者を出廷させて論告に参加させるなど、ある筋書きが見えてくる。
▼さらに問題なのは、それらをマスメディアが一貫して肯定的に書いていることだ。「ダ・カーポ」7月上旬号は「メディアは真実を伝えたか?」という特集である。いくつか重要なテーマがあるが、「実名報道」に関しては昨日の○翼も演説のテーマだった。上記の雑誌では同志社の淺野健一教授が一環して問題提起を投げかけているのだが、「ジャーナリズムが最も力を入れて実態を究明すべきは公人の公的な事件・疑惑」「日本ほど、犯罪報道が野蛮な国はほとんどない」と指摘しているが、その通りだと思う。
▼昨晩夜遅くになってから、金曜日に届いていた「週刊金曜日」の封を切った。「街のあかり」の映画批評の見出しは「従順な馬鹿は半殺しになる」だったので、とてもおかしかった。

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July 08, 2007

カウリスマキ「街のあかり」を見る

▼アキ・カウリスマキの「街のあかり」初日第一回を見るために、朝8時半にユーロスペース前に着く。もちろんそんな早い映画などあるはずがない。もう一本レイトショーで見たかったキューバの「低開発の記憶」がモーニングショーで上映されていると思ったからだ。前夜ネットで確認すると、9時0分と出ていた。それで早く来たのだ。しかし建物にはチェーンがかかっていて開く様子がまったくない。携帯で再度確認すると朝は10時半で夜の部が9時10分と見間違えていた。「低開発…」を先に見ると「街のあかり」を見ることが出来なくなってしまう。仕方なくBunkamuraまで戻って硬い石の上に腰を下ろして時間まで持参した本を2時間も読んでいた。
▼映画が終わってからいつも行く寿司屋に入った。あのシエスパ爆発現場から直線距離にして30mくらいだ。客と寿司屋の親父の話ではドカンと突き上げる、地震のような感じがして客はみんな一斉に逃げ出してしまった。残ったのは自分一人だった。その後町会などでは事故の直接被害や休業補償問題をどうするのか、初めての経験なので時間がかかったと言っていた。ここのちらし寿司丼は土日の昼時に行くと、630円が525円のサービス料金になっている。そして付いてくるアサリのみそ汁がとても美味しい。
▼◇「街のあかり」カウリスマキは常にフィンランドのヘルシンキが舞台だ。主人公の男はビルの警備会社に勤めており、毎日同じ巡回をこなして、終わると帰宅するという平凡な日々を送っている。仲間にみんな仕事が終わると一杯ひっかけに行くが、彼はそれには一切つきあわない。仲間に「もう女でもできたかい」と冷やかされ、一回だけカッとなってつかみかかろうとしたことがあった。そんな彼の友人は、毎日顔を出すトレーラーで軽食を扱っている女店員だけだった。それも一言口を開くだけだ。もう一人犬を散歩させている黒人少年が彼を見守る。ある日彼に目を付けたギャングがいる。いかにもカウリスマキ好みの美女を警備員の男に接近させる。デートをすること数回、いかにも思わせぶりに、警備員を呼び出し喫茶店に誘う。コーヒーを注文するが「水が飲みたい」と女は言い、その好きに睡眠薬をコーヒーに入れる。
▼そして車に戻った彼が眠ったスキにカギの束を盗み、ギャングは警備していたビルの宝石店に忍び入ってごっそり盗み出す。当然彼は逮捕、解雇されてしまう。状況証拠は一つもなかったので釈放されるが、陰湿なギャング団は女に数個の宝石とカギを彼に見つからないように返却させ、警察に密告する。今度は証拠があったので2年の実刑を食らう。だが初犯なので2ヵ月で出所することだできる。ようやくレストランの皿洗いの仕事を見つけるが再びギャングが、彼の「過去」を密告したことからすぐ解雇される。怒った彼は果物ナイフと研いでギャングの親玉を狙うが、逆にボディガードから袋だたきにされてしまう。工事現場で瀕死の状態になっているところを少女に発見され、トレーラーの女に「知り合いの人が大変だよ」と知らされる。駆けつけると血にまみれた男が横たわっている。トレーラーの女が「もう諦めるの?」と尋ねる。男は首を振って恩なの手を借りて立ち上がろう、とするときの手首のアップで映画は終わる・
▼カウリスマキ敗者3部作の最終章と言われている。とうぜんタイトルからチャップリンの「街の灯」がモチーフになっている。とても地味が映画だが希望を捨てないラストが見る者ホッとさせる。渋谷ユーロスペースで。

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July 07, 2007

◇「ライムンダ/帰郷」を見る。

▼三姉妹がぼけかかった伯母を見舞う。末妹のライムンダ(ベネロペ・クルス)は叔母のボケに衝撃を受け夜も眠れず、夫の要求を拒んで寝てしまう。しかしそれが引き金となって翌日、夫は自分の娘を襲おうとする。娘はなおも襲いかかろうとする父から自分の身を守るため、包丁で刺殺してしまう。パートの仕事から帰宅した母に相談すると、閉店した隣の冷凍庫に入れて忘れてはしまえと諭す。失業していた夫は死に、収入が無くなって途方に暮れている。撮影スタッフが、ロケ隊の食事を作ってくれる所を探していると言うので2つ返事で引き受ける。お金はないが友達の力を借りて、それをやりとげる。そうしているうちに、見舞ったばかりの伯母が死んだという連絡が入る。自分は夫の死体の始末などがあるので、行くことができない。
▼しかしそこで、昔火災が原因で亡くなった、母の亡霊を見たという人がでてくる。ライムンダは今まで母の事は絶対許せなかったのだ。実は…これ以上は映画館でみて欲しい。許せなかったはずの母が、自分とその娘が同じ環境にあったとき、母の苦しみを知ることができた。ユーロスペースの前で、「街のあかり」の順番待ちをしながら書く。

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July 06, 2007

◇「ベルリン陥落」を見る

Shiespaこれがシエスパ、わたしは渋谷に行くとこの近くで昼食を食べる。
▼昨晩はそれほど遅くならずにメルマガを送信することができた。ちょっと出かけていたのだが、そこでカウリスマキの映画が話題なった。わたしは彼の映画は何本見ているんだろうか?「マッチ工場の少女」、「愛しのタチアナ」、「浮き雲」、「白い花びら」、「過去のない男」くらいだろうか?とくに最近作の「過去のない男」は気に入ってしまいDVDも買ってしまった。
▼昨今のクールビズ下での国会議員の格好はなんであれほど無様なのだろう。逮捕されるとネクタイを自殺予防に取り上げられるが、その姿をした容疑者にそっくりだ。多くの国会議員が刑務所の塀の上を綱渡り状態で渡っているから、似ていないこともないが、センスがまったくない。いつぞやの半袖サファリ・ルック姿の首相もおかしかったが、コーディネイトが出来ていない。つまり背広は着たままで、Yシャツを着ているから、襟がダランとしておかしいのだ。国会議員なのだからジャケットも買い替えて、シャツもヘンリーネックにするとか、Tシャツでも昨今は格好の良いモノにすれば多少しまって見えると思う。
▼◇「ベルリン陥落」1949年のソ連時代に作られた、ギンギンのプロパガンダ映画。常に出てくる平凡な名前、ナターシャはヒロインで小学校の教師をしています。そしてお相手は鉄鋼労働者で優秀な生産量を成し遂げ、スターリン自ら勲章を与えます。しかし突如ナチスドイツが攻めてきて、ナターシャは捕虜として連行されてしまいます。労働者は兵士に志願し、ナターシャを取り戻そうとします。彼女の入れられている収容所は中々見つかりません。そして労働者はカチューシャ砲支援の下、T34-85を先頭にベルリンを目指します。こんなに撃たれては人間生きていけません。そして慌てふためくヒトラー(ブルーノ・ガンツもうまかったがこの役者もそっくりだ)。愛人エバに迫られて地下壕で結婚式を挙げて毒をあおる。ヒトラーはそのまえに地下鉄に川の水を流し込んで避難していた人を溺死させてしまうが、これは歴史的に見るとソ連がやった筈だ。ベルリンの国会の屋上に赤旗を立てるまでの闘いはすさまじい。赤旗が翻る時になると、スターリンがベルリンに降り立ち、めでたしめでたしと史実とはまったくないでっち上げの幕引きとなる。ああ忘れていた、その恋愛中の二人ナターシャもベルリンで再会を果たし、スターリンに祝福されるのであります。

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July 05, 2007

地方公務員の調理員さんは高給か?

96000_196000番はてんぐささんがゲット
▼昨日朝のTBSラジオ「森本毅郎スタンバイ」で後半森本毅郎とゲストの嶌信彦は一緒になって「地方公務員の調理員さんの給料は民間に比べて高い」ということで、二人の論議は盛り上がっていた。わたしが思うのに、具体的資料が手許にないが、民間が安すぎるのではないかと思う。日本の未來を背負う少年少女たちが健康な状態で成長するためには、無添加で美味しい給食を食べて貰う。そのためにコストが増えても良いのではないかと思う。民間はコストを下げることが経営者の収入増となるのだが、それと比較する事自体間違っている。
▼先週日曜日NHK「経済羅針盤」は企業向け配達弁当会社の「玉子屋」を紹介していた。この会社の弁当はただの1種類で、それを正午までに企業に届ける。驚いたその数を確定するまでの手法だ。担当者は前日から気象予報と予約電話から大まかな数字を策定する。午前3時頃から仕込みが始まるが、9時には一斉にコールセンターから電話をかける。この日作り始めたのは最初6万5千食だった。そして10時半頃にプラス300食。最終的には11時頃でプラス100食となる。それから10台くらいのトラックで地域別に配送をはじめる。それからも微調整は進む。そして携帯でトラック毎の連絡をして不足のトラックには待ち合わせて数を持たせる。
▼コンビニ弁当の場合返却率はどのくらいになるのだろう。昨晩専門家にメールでおたずねしたが返事はなかった。しかしインターネットで調べるとおよそ10%か、20%の間になるのではないかと推測される。だがこの玉子屋のばあい、余ったのはたった6食である。これは凄いことだ。社長は過不足なく作ってお金は素材に還元させると言っていた。この会社でも損益表を見ると一番多いのは人件費だった。人件費はこれ以上カットできないから、材料費でどう無駄を出さないかという発想だ。そして弁当の容器が返却されると残っている食材をカウンターでチェックして翌日に生かす。例えばカツは大振りなのを入れたが残ったので2ピースに切って入れたら残らない。彩りでオレンジをカットして入れたら、それも残ったので別の野菜に変更する。このように地道な工夫をしているのである。
▼話は若干それてしまったが、地方公務員の調理員さんの給料よりも、高級官僚の退職金、防衛省も含めて天下りが根絶しない原因を解明することの方が重要であると思う。
▼昨日「森昌子」の言葉を入れたらアクセス数が異常に増えていた。最近の彼女のことは全く知らない。バラエティ番組で韓流ビデオに凝っているという話をしていた。しかし復活後はどうしたことか声がまったくでないではないか。どうでもいいが、本気で復活するなら半年とか1年間は専門のボイストレーナーについて発声練習をしてからにして欲しいものだ。

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July 04, 2007

偽装食肉は昔から作ることが出来た

▼昨日は三四郎池のある場所に行っていましたが、暑かったですな。持参した弁当を生協食堂で食べて、割り箸だけは仕分けボックスに入れて帰ってきました。これだけで汗だくになりますので、午後の部はシャワーを浴びて着替えをしないと仕事になりません。
▼それにしても次々「ぐるみ」の悪事が発覚します。まず食肉のことで言えば、もう20年くらい前のことですが、某ハムメーカーに勤務していた人の話を聞いたことがあります。そのときすでに北海道の某メーカーの社長のように「食肉に注射して水増しすることができるから、値段だけでは絶対負けないものが作れる」、とおっしゃっていました。まさに、それを実行していたのが、北海道の食肉メーカーだったのです。
▼昨日のNHK「プロフェッショナル」は肝臓癌の手術をする外科医幕内雅敏だった。彼が手術中にかける演歌のCDがあった。紹介されたものだけで、石川さゆり、森昌子、八代亜紀、ちあきなおみだった。これが幕内の手術中集中力を高める曲なのだという。そのとき手術は10時間にわたっており、CDは10枚くらい用意されており、かける順番も決まっているのだという。人それぞれ集中力を高める方法は様々なのだろうが、この場面で今60歳の幕内に親しみを覚えた。さらに彼が言うには「女が耐える曲」を聞くことで自分が長時間の難しい手術に耐えることと共通点があるのだという。
▼明日はメルマガの締め切り日です。原稿はすでに2本集まっています。送信時間は編集長の都合により夜10時頃になるかも知れません。キリ番は本日あたあり96000番になります。ふるってご参加下さい。

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July 03, 2007

耐久消費財が売れない理由

▼毎日きょうは多少楽なスケジュールで仕事ができるかと、淡い期待などを抱いてパソコンに向かう。この日は自分の脳みそを絞る仕事だった。自分自身に時間の縛りをかける。もうダメかなと思ったら、自分が決めた時間内には終わらない。何としても終えるのだという意気込みで昼食を遅らせて完成。チェック部門に回す。昼食をしていると「急ぎの仕事ですぐ会えないか」という連絡が入る。電車を乗り継いで指定場所に行く。駅頭で待つこと10分。わたしは約束の時間通りに着いたのだが、「場所を間違えたかな」と思っていたら先方は10分遅れて来たので、安心した。ここから都電とバスを乗り継いで帰ることもできるのだが、時間がかかりそうで、別の用事もあるのでJRにしたら、これが人身事故で遅れていた。Yカメラに用事があったのだ。もうこれ以上一眼デジカメを買う必要はない。
▼壊れつつある家電である。担当者のところに行く。傘を持っていたら、50前後の店員さんが「雨が降っているのですか」と聞く。「今は大丈夫だけど、夕方は降るという予報でしたよ」という。今朝傘を持って出るのを忘れたのだという。「Yカメラは高給だから、帰りにコンビニで500円の傘を買えばいいんですよ」と答える。すると店員さんは「高給なのは社長だけ、我々社員は薄給ですよ」という返事が返ってきた。
▼今朝のラジオを聞いていたら、車が売れない、小型車すら売れない。若者は車に興味がなくなってしまったのだろうか?という論議をしていた。1日の日経を見ると雇用統計で若者の正規雇用が減っているのに、車どころではないというのが正直なところだろうと思う。経営者がもし、自分だけ高給でいれば良いと考えているならば、こういう売れないというしっぺ返しを受けるのだ。
▼さらに1日の日経では「買い替えサイクル延びる」という記事がある。「大幅な機能向上頭打ち」主な耐久消費財の平均使用年数がいずれも延びていることが分かる。携帯2年から2.7年、デジカメ2.9年から3.5年、パソコン4.1年から4.6年、エアコン8.3年から10.4年、乗用車9.3年から11.1年だという。短くなっているのはビデオカメラ、電気掃除機、電気冷蔵庫だけだ。実はわたしが買いに立ち寄ったのはエアコンで平均的な使用年数よりも長く使っている。さらに記事ではパソコンはビスタに変わったけれども、まったく売り上げ増にはつながっていないという。それはパソコン雑誌の特集を見れば今頃になって「ビスタ」の特集に躍起になっていることでも分かる。
▼日経最終面の「わたしの履歴書」は長島茂雄の伝記の連載が始まった。2日彼のお母さんが3角ベースの野球をするためのボールを、夜なべ仕事で布を使い血豆を作って縫ってくれた、という話にはジーンとなった。

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July 02, 2007

村山由佳、岐阜県千光院の体験

▼日帰り帰省でかなり疲れが残っていた。本当は六本木に「帰郷」を見に行くつもりだったが、今週末の原稿締め切りはないので、急遽取りやめた。その代わりというのもおかしいが、家族の体調も優れなかったので、わたしが京橋の画廊で開かれている、展覧会に出かけた。この日が最終日だったが、10人くらいの女性が一年に一度描いてきた花の絵を様々なモチーフで表現している。毎年ハガキで案内を頂いているのだが、わたしが足を運ぶのは初めてだ。出展している人は娘の中学時代のクラスメイトのお母さんで。面識だけはある。今年はチベットに咲いている花で曼荼羅を描いていた。お話しを聞くと7、8年前にラサにいらしたという。当然当時は車しか移動の手段はない。まず成都まで飛行機で行ってそこから車でラサに入る方法と、昆明から入る方法があった。
▼道路も建設中の1本道なので、途中何度もラサに向かう車を2時間ほど通すと、今度は逆の方向を2時間通すという方法でかなり時間がかかった。しかし物は考えようで時間をかけていくから高山病にもなりにくい。一方昆明から入った欧米人は高山病で出血して病院で応急処置をして再び飛行機でそのまま見学もせずに戻ってしまった。病院というのも1階は現地の人向けで2階が外国人や鉄道の建設に関わっている労働者向けだった。現地の人たちは例えば夫が、病気でこの病院に入院すると夜になると一家が病院に押しかけて来てそこで煮炊きから洗濯をするなど生活を初めてしまうので、異様な匂いが立ちこめていたという。
▼Aさんの絵はチベットでスケッチした花で、この絵画のサークルの師匠にお見せしたところ「完成を楽しみにした」がなくなってしまい、それを見ることができなかった。Aさんは師匠の死を悼みチベットで見つけた花を使った曼荼羅を描くことを思いついたということであった。
▼1日夜7時NHKハイビジョンで色々な分野で活躍している女性たちが、一泊2日で宿坊に泊まって修行を行う姿を紹介していた。題して「宿坊ココロとカラダで満つる旅」。5人か登場した中で作家の村山由佳は特によかった。彼女は最近まで千葉県鴨川で農業をして、食べる物はすべて自分で作りながら、創作活動をしていた。そしてそのアドバイサーは常に夫であった。これを自分の力で何とかしなければならないと、鴨川を引き払ったらしい。そこで今まで協力をしてもらったパートナーに対する後ろめたさが残っていた。岐阜県の千光院に行った彼女は、参加者と一体になり手を繋いで輪を作る。そして隣にいた人と自分が何をしたいのか話し合う。そして夜になると住職と1対1で会話が始まり、パートナーとの関係を一時的に断ち切ることがマイナスだけとして考えていて良いのかという、問題提起を突きつけられる。彼女は「うーん」その思考は自分にはなかったことに気づく。そして深夜死後の四十九日の体験をすることになる。自分の心臓を模したロウソクを一本持たされただけで暗い通路をグルグル、そしてビクビクしながら廻る。そして自分の姿がガラス戸に映った姿を見て悲鳴を上げる。
▼四十九日の行が終わって住職の穏やかな顔をしている部屋に辿り着く。そして「怖いとおもう気持ちは自分自身の中にあるのだ」ということを悟るのだ。

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July 01, 2007

◇「サイドカーに犬」を見る

◇「サイドカーに犬」質問を投げかけられて言いよどんでいる人は善良であろうという人だ、というのはこの映画に登場する洋子さんの考えである。不動産屋に勤めている主人公薫は小学校4年、20年前のことを想い出す。それは中古車販売をしている父と、父に愛人がいることが分かって家出する直前の母がいる。台所をせっせと磨き上げ母はいなくなってしまう。それと引き替えに妙齢の女性ヨーコ(竹内結子)が、緑色のドイツ製ドロップハンドルの自転車に乗ってやって来る。夕飯を作りに来るという約束らしいのだが、冷蔵庫に何もないことを知ったヨーコは薫を連れてスーパーに行く。「何で好きな物を買って良いよ」というヨーコに薫は「麦チョコ」という。家に帰ってヨーコは薫とその弟にカレー皿に「ほれエサ」と言って買ってきた麦チョコを与える。
▼ヨーコの開けっぴろげの態度に薫は次第に心を開く。薫が自転車に乗れないことを知ると、「自転車に乗れると世界が変わるから」と神社の空き地に連れて行って自転車の乗り方を教えてやる。父の仕事は盗難プレートを付け替えて車を売る仕事で、警察に睨まれたり、資金力不足で次第に立ちゆかなくなる。父はヨーコに一枚の当たり馬券を渡す。薫はそれが手切れ金であると感じる。薫はふと以前家族でおんぼろ車に乗ってドライブしたとき、後ろから追い抜いて行ったサイドカーに犬が乗っていた事を想い出す。あの犬には自由な意思があったのだろうか?それともただ買い主の意思で隣に座らせられていただけなのだろうか?
▼馬券は彼女が立て替えていた10万円以上の23万円にもなる。ヨーコはそれを軍資金にして伊豆に夏休みに行こうと薫を誘う。降り立った海水浴場はどこも満員だ。たまたまソフトクリーム屋の家に1泊3000円で泊めて貰うことになる。そこのお婆は足が不自由だが、ヨーコが愛人で薫がその子どもであることを鋭く見抜く。酒の肴は海岸で取ってきて亀の手だ。ヨーコは幼いとき、この薄気味悪い亀の手を食べることができなかったことを薫に語り聞かせる。一泊の伊豆旅行を終えて自宅に戻ると家出していった妻が戻ってきて修羅場を迎える。父は廃業し、薫は山形の実家に帰る妻が引き取ることになる。薫の耳には「嫌いなものを好きになるのは簡単だけど、好きなものを嫌いになるのは難しいこと」という言葉と、緑のドロップハンドルの自転車だけが、鮮やかな記憶として残っている。
▼竹内結子が演じるヨーコのまぶしいくらいの美しさに、わたしはスクリーンに目がくぎ付けになってしまった。銀座シネスイッチ。

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