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July 29, 2007

◇「陸(おか)に上がった軍艦」を見る

Sindokantoku中央新藤監督、右映画監督、左劇中で新藤青年を演じた俳優(28日ユーロスペースで)
▼軍艦は海の上で作戦行動をするものだから、このタイトルはとても不思議に思える。しかし映画を見終わって「なるほど」と思った。つまり海軍にありながら陸で海軍の訓練をして軍艦には乗らなかった新藤監督の事なのだ。シナリオ作家であり映画監督の新藤兼人は妻を失って31歳のとき招集令状を受け取る。配置先は広島県呉にあった日本海軍であったが、まもなく宝塚にあった海軍予科練の訓練場の配置される。そこでの仕事は予備役として軍艦に乗る訓練をしている兵士たちのための下働きである。それは畳干しから、下肥の始末、それに甲板掃除の訓練まで様々である。兵士には志願兵という「戦争好き」で応募した人たちと、新藤のように招集されてイヤイヤやっている人たちがいる。そして班長は10人ほどの部下たちに何かにつけて「気合い」を入れる。気合いとは勇ましいが実態は「制裁」以外の何物でもない。
▼兵舎以外で上官に会ったとき敬礼を欠いた。たるんでいる。甲板の清掃の仕方がまずい、ヘルメットがなくなったという屁理屈を付けられて殴る、蹴る、精神注入棒という野球のバットを二回り大きくしたような棒で尻を思いっきり殴る。新兵はその痛さに失神するほどだ。さらに二人一組にさせられ、「飛行訓練」という苛酷な制裁まで揃っている。新兵たちは上官に抗議する事さえ許さず、ただ「ハイ」と命令を受け入れるしかないその理不尽さ布団に潜ってから何度も涙を流す。しかし考えてみると、スポーツ系のサークルにおける「新人歓迎」風景と同様であることにふと気づく。戦争で人を殺すのは異常な事である。しかし戦闘が始まった瞬間「これは正しい事か?」、「まっとうな事か?」と一瞬たりと躊躇したら殺されてしまう。だから上官の命令一つで何の疑問もなく殺人するマシーンを作り上げるのが、この理不尽な上官による「制裁」なのであろう。
▼先日もこのブログでご紹介したように新藤は第一回目のシナリオを書いたが1億円もかかるというのでシナリオを書き直し、自らが体験を語るというドキュメント風でかつ一部劇を取り入れた創りになっている。シナリオの1ページ目がカメラでクローズアップされ全部で8章ほどの逸話から構成されている。日常生活に上官がいかに監視の目を光らせているか。また2つの訓練の実話が印象に残る。一つは新婚で別れて来た妻あてに「今度は外出できそうもない」という葉書を出したところ、上官に見つかり懲罰として10人の班員が全員外出禁止の連帯責任を取らされる。戦争末期になると食料が不足したとして近くの池に鯉を放つ。そのエサとして蠅を1000匹捕まえたら外出許可を特別にあたえるとして見事成功する話。そして木製の戦車で地雷を持って飛びこむ訓練、さらに最後は突撃だと言って、兵士に靴を逆に履かせて足跡を米兵に歩いている方向を錯覚させるという奇妙な訓練まである。
▼本当に子ども騙しでこれで戦闘するつもりなのだろうかと頭を傾げてしまう。しかし軍隊というのも官僚の一機構なのであり、上官がその上の上官の考えていることを上意下達でやっている限り自分が喰っていくには困らないという発想の延長線上にあるのだと思う。たまたまユーロスペースに初日に行ったので新藤監督の挨拶を聞くことができた。この映画の中で月に一度しか会うことができない新婚夫妻のシーンが挿入されている。それは切なくなるような行為である。しかし監督は「わたしは人間が生きていく、性というのは重大なエネルギーの源であると思って入れた」とおっしゃっていたが、監督の意図は成功していると思う。そして監督は戦争が終わったとき「またシナリオを書くことができる」と思ってホッとした、という一言が印章に残った。挨拶終了後マスメディア向けに写真撮影をしたあとお孫さんの風ちゃんに促され、壇上でペコリと頭をさげて飄々として表情で去っていく監督に会場から拍手がわき起こった。

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