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August 19, 2007

◇映画「Tokko(特攻)」を見る

▼ニューヨークに住む30歳くらいの日系二世女性リサ・モリモトは、20年前に死んだ叔父が特攻隊員であった事を最近知った。生前彼は一度も「特攻隊員」であった事を明かさなかった。特攻はイラクの自爆テロとどう違うのか?アメリカ兵は生きる為に戦争をするが、特攻は死が目的となっている。それは彼らの自主的願望であったのか?
▼リサは叔父がなぜ自分が特攻の生き残りだったかを話さなかったのか疑問に思う。そして5人ほどの生き残りの隊員を捜し出して訪ねる。「自分から進んで「特攻」を志願したのか?」「怖くなかったか?」日本人ならばおそらく聞きにくい事も、二世の彼女ならではの聞き出す事に成功している。生き残った隊員たちは、少年兵くらいから志願している。きちんとした学問を受けている大学生ならば、「聖戦」などはあり得ないだろうと考えるだろう。しかし陸軍よりの制服が格好良い、海軍を志願した彼らにとって、「軍艦」は力強さを感じ、また所属する戦闘機も陸軍よりも数段に格好よく見えた。
▼もう戦争の終盤になると、ひたすら体当たりの特攻訓練だけが行われた。そして特攻は自らの意思とは関係なく「順番」がやってくる。心の中では生きたいと思っても、建前のお国のために、あるいは陛下のためにが優先される。これは映画「清作の妻」においても同じ状況が出てくる。妻と一緒にいるよりも、村の人たちの「愛国行進曲」と日の丸の旗で送り出される方を9選ぶのが、「正しく」、「名誉」なことなのである。だから選ばれたら、本心はどうであれ「断ること」、「家族との泣きの別れ」などは女々しいこと烙印を押される。村という監視社会が機能しているのではなく、「建前で生きること」が美化されてしまう。もうそこには「抵抗」などという言葉は存在しない。
▼「戦前・戦後一貫して戦争に反対した」という人々がいるが、それは組織的な抵抗ではなかった。牢獄に閉じこめられている一部の人の頭の中に存在した。外で命がけでレジスタンスをした、フランスやイタリアより、極端に言えば牢獄の中の方が遙かに安全であろう。「抵抗し得ない」雰囲気というのは、絶対主義天皇制の中で真綿で首を絞めるように作られてしまった。「お国のため」「陛下のため」という言葉がいきなり出てくるわけではない。これが今日的状況と極めて似ている。水島朝穂のHPをご覧頂きたい。今は外堀を埋められ、学生やフリーターには「レンタル軍隊派遣業」すら出来上がろうとしているのだ。
▼特攻隊の生き残りの人たちは「沖縄戦が始まる前に、なぜ降伏する事できなかったか」と語る。それは昨日来書いている事で、戦局を有利に導いて、自分が戦犯として処刑されない道を探っていたのだ。これはNHKBSで16日(金)、18日(土)と二夜連続でジョン・フォードの「ニュルンベルグ裁判実録」が放映されたが、の日本の東京裁判と全く違った構造で驚いた。ナチスドイツの残党にはかなり公正な裁判をしているように見えた。とろこが東京裁判は、戦争責任者の「処刑」だけが先行した。だから後者では「戦争を命令した責任者の解明」なおざりにしただけではく、温存されたままだった。
▼特攻隊員は、水杯で乾杯し美しく死んで行くことを強要された。そしてそれを讃える「陛下のお言葉」も出てくる。「特攻兵器」とは、産業と資源が戦争を支えている事を見ることが出来なかった、絶対主義天皇制の当然の帰結である。特攻隊で死んだ兵士は4000人で、アメリカの統計によれば沈んだ戦艦は40隻だという。その確率100分の1。人間を生きていている人間と見ず、単に鉄砲玉と見た人たちはこれをどう思うだろう。丸山眞男的に戦争に積極的に協力せざるを得なかった精神構造を解明するドキュメンタリー。渋谷シネ・アミューズで。

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