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August 03, 2007

A青龍の事で考える

▼梅雨明けで猛暑なのである。思わず松田聖子の「夏の扉」を口ずさんでしまう。「♪髪を切ったわたしにー(セイコ!)、違う人みたいと、あなたは少しテレタよう」コンサートに行くとこの場面で観客は総立ちになるのである。それなのにわたしは昨日館山方面に行っていた。富山町の大房岬にある戦前の軍事要塞の取材である。これは明日締め切りの原稿なのだ。直前の取材はいかにも付け焼き刃だが、それは仕方ない。今朝一番で書けばよいのだが、朝から会議があるのでこれから出かける。明朝にご期待いただきたいのである。
▼折から話題になっているA青龍の事。彼の叔父さんはモンゴルの社会主義が崩壊するまで秘密警察のトップの地位にあった。このことは佐藤優の「国家の罠」の中に出てくる逸話である。それで彼が今やっていることは母国に対する投資である。この事は「ダカーポ」609号の24ページにスポーツライターの武田頼政氏が「A青龍の八百長疑惑」書いている。曰く「A青龍が外貨獲得のための経済装置として存在し、日本の文化の継承などは配慮されていなっているからです。」「彼は休みの度にモンゴルに帰り、ビジネスにいそしんでいます。A青龍、H鳳、K鷲山などモンゴル人力…」と続く。つまり彼は旧ソ連の目先の利く共産党幹部は経済マフィアになったようにモンゴルのマフィアにつながっているのである。
▼多忙のため今朝は以上。

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