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August 25, 2007

特攻艇「震洋」の事

▼「半島を出でよ」下巻は電車の中で読み終わった。うーむあのプータローのような集団になぜビルを内部から爆破解体するような技術があったか不明であるな。あと銃に関して明かな間違いがいくつかある。たとえば「コンバットでサンダース軍曹がもっていたマシンガン」」という一節で口径が45口径11.25とあるのは11.43ミリの間違いである。チェコのスコルピオンはマシンガンと分類されているが、拳銃の発展系である。それと銃弾の説明でたとえば「9ミリかける45」と表記されているが、これは村上氏をして理解していないのではないかと思われる。最初の9ミリとは口径であって「かける」以降は銃弾のリムから弾丸の先端までの長さである。「かける」では一般の人は何を云っているのか理解できない。ま、エンターテイメントとしては面白いが、底の浅い本だった。今朝のNHKでは新訳のドストエフスキーがもの凄い人気であるという。30代の頃に読んだが、新訳のこれを買って今度はもう一度読み直してみるかな。
▼今朝の朝日「夕陽妄語」で加藤周一が房総半島にあった海軍特攻艇の基地で、終戦間近に働いていた武藤勝美氏の「声」に乗った投稿のことで書いている。海軍特攻艇とは館山にあった「震洋」の事である。震洋の事は鳥尾敏雄の「死の棘日記」に詳しいのでごらんいただきたい。鳥尾は小さな島で特攻艇の責任者をしていた。特攻艇「震洋」と言えば勇ましいが、実際にはベニアで作った舟に爆弾を乗せた簡単なもので、来るであろうアメリカ軍の上陸用舟艇に体当たりする仕組みだ。だがこれは現実の作戦では使われなかったと思う。
▼ではその「震洋」の乗組員たちは終戦後どうなったかというと、もちろん武藤氏のように逃げ帰った人たちもいた。しかし幹部らはその技術やノウハウを生かして「競艇」という道を選ぶのである。そしてその最高責任者はご存知笹川良一になった経緯があるのだ。
▼本日朝から仕事なのでこれまで…。

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