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August 08, 2007

NHKアメリカの秘密尋問所を見る

▼先日大房岬を取材したとき、案内の相沢氏から次のような話しがあった。房総捕鯨の祖・醍醐新兵衛は江戸時代から捕鯨を営んで来た。明治になると関澤明清がアメリカ式捕鯨や缶詰工場等を導入し、館山を近代水産業のに発展するため貢献した。明治時代になると小谷源之助など房総の鮑漁師(海士)たちはアメリカのモントレーに渡り、機械式潜水漁や、あわびのステーキの缶詰などを普及させた。ところが戦争が始まると日本人強制収容所に入れられ、上陸地点になった館山の地形などを情報収集に協力させられたというのだ。
▼昨晩NHK1ch午後10時から「アメリカ秘密尋問所/日本人2000人が語った機密情報」を見て、この話が現実味を帯びてきた。アメリカは日本侵攻にあたって米軍の被害を最小限に押さえようと考えていた。そこで考えたのは捕虜を尋問して情報を詳しく聞き出す事だった。それは東部ワシントンにも、イタリア、ドイツ軍向けの尋問所があった。日本の場合は地理的な理由でカリフォルニアにあり、その名は「TRACY」と名付けられた。まずやったことは撃沈した戦艦「飛龍」の乗組員を救助して聞き出す。これは「陸(おか)に上がった軍艦」の初日に新藤監督が語った事で「戦艦は沈没しても1割の人は何らかの理由で助かる」というのだ。その飛龍は他の多くの戦艦の設計思想と一致したので、主砲の性能、装甲や魚雷、燃料の位置などが聞き出される。そしてそれはその後の海戦に生かされることになる。米軍が最も知りたかったのは電探(レーダー)の性能、酸素を燃料にした魚雷の性能だった。日本のレーダーは実用化していなかったが、魚雷は酸素を使うと航跡が見えないので米軍には脅威だったに違いない。
▼その後空爆がはじまると、日本の航空機の作成方法が、部品を地方で作って一ヶ所に集めて組み立てる事が分かる。尋問の結果、名古屋の三菱でエンジンを作っていることが分かり精密爆撃の資料となる。アメリカの公立文書館にある尋問資料には「備蓄燃料の位置や量まで書かれている。尋問は二世が担当し、聞き取る項目はマニュアル化され、英文には日本語も書き添えられていて、それを日本兵に見せるようになっている。「生きて捕虜の辱めを受けない」という自縛で中々喋らない日本兵に手こずるが「暗号解読の方法から、日時によって数字をプラスマイナスさせる手口までアメリカは把握している。アメリカが航空機で知りたかったのは日本軍の「雷電」であり、これはB29に対抗出来ると言われていた。だがアメリカは尋問でこの詳細を掴み、雷電の弱点を把握して対抗に成功する。戦争末期尋問の焦点は「日本人の戦意」を重点的に行われる。多くの尋問調書は「空爆だけでは戦意を失わないだろう」という結論だった。それが作戦にどう生かされたか分からない。アメリカのスパイは日本に上陸はしていなかったかも知れない。しかしそれ以上に日本人の心理や地形、武器の配備を詳細に把握していたのだ。これによって戦局をアメリカに有利に導いていった。
▼日曜日の朝日2面に、携帯を使いこなす自民党の小林温IT議員の「活躍ぶり」が大々的に紹介されていた。しかし昨晩出納責任者が、選挙アルバイトに現金を払ったとして逮捕された。これで小林の運命も連座制の責任を問われるのでj風前の灯火となる。

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