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September 30, 2007

TV「独裁国家で何が悪い」を見る

Katayakisoba島原で食べた皿うどん
▼金曜日から一転して昨日の気温はその半分くらい低くなり、しかも雨降りなので体調が優れず自宅から外出することはなかった。ミャンマーの日本人ジャーナリスト射殺事件でブログの世界は盛り上がっている。「自衛隊や警察を出せ」という極論もある。しかし子どもの喧嘩ではないので、こういう発言をする方は外交とか国際法というものをもっと勉強してほしい。
▼またまたTVの話題で恐縮である。まず昨晩のこと「独裁国家で何が悪い」というタケシの司会する番組があった。わたしはリビアのカダフィー大佐なんかかなり好きな人なのだが、その前に15分ほど紹介されたのが、キューバの医療体制だった。ご存知かも知れないが居住地1km以内にホームドクターの配置が義務づけられていること。基本的には往診であること、医学部へ進学するのも、受診料もすべて無料であることが紹介されていた。これはカストロ議長の基本的な思想が反映された結果であるという。それは一部には外国人医師の養成や、大事故が起きたとき緊急医療チームを派遣することによって、「見返り援助を期待する」といううがった見方もあるが、そうとも言い切れない。何よりもアメリカの医師は人口500人に一人だが、キューバでは165人に一人という医師の配置という数でも、政治がいかに国民を大切にしているか分かる、という結論であった。

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September 29, 2007

ミャンマーの画像で分かること

Simabaraekimae島原駅前
▼おしらせ。10月12日、13日、14日と佐倉の秋祭りが行われます。わたしは佐原、成田の祇園祭など千葉県内のお祭りを色々見学していますが、佐倉の秋祭りが一番優雅で美しいと思っています。某読者からご案内を頂きました。そこで日程を10月13日(土)午後佐倉の秋祭りの見学会を行いたいと思います。まだ一度もご覧になっていない方はぜひ一度いらして下さい。ご希望の方には集合時間、場所を個別にご案内します。そして某読者は本日餘部鉄橋のあたりを移動中のようです。羨ましい。
▼2日前午後11時からNHKで「三畳一間に向かい合う」というドキュメンタリーがあった。これは横浜石川町、「寿町」にある簡易宿泊所を巡回する医師の話だった。ここには昨年12月に取材で訪れたことがある。かつて横浜港は荷役の人たちで賑わっていた。ところがその港町も機械化されさらに肉体労働者たちも今は高齢になっている。見ているとその人たちの楽しみはアルコールであったり、B力団の経営する私設馬券売り場だったりする。少ない年金や生活保護で入居できる宿泊施設といえば、この3畳一間のアパートしかない。そこに山中さんという医師が看護師を同行して巡回診察をしている。動けなくなった人には身寄りを捜出して、寝て死を待つ人をどうすべきか相談する。この日登場した人は熱中症にかかっていた。そして四方手を尽くして息子さんを探し出す。しかし彼は「昔母親に暴力を振るって、わたしたちを見捨てた父には会いたくない」と断る。しかし医師はなおも説得を続け、息子も一度だけ会って帰っていく。
▼別のここに住んでいる男性も「ふる里を見限って出て来てしまったが、向こうで我慢していれば、良いお爺さんになっていただろう」と悔しそうに呟く。高度成長を担ってきたが現在は見捨てられ、ひっそりと暮らす人々に取って家族の愛情は注がれず、この医師のような人たちだけが彼らの心の支えになっている。
▼朝日金曜日の夕刊にご祝儀の脱税でひときわ有名になった林屋正蔵(旧こぶ平)がダイエットについて書いていた。彼がダイエットをしようと思ったきっかけが、ある時歌舞伎の女形と対談したとき、彼は午後9時に芝居が終わってもスープを一口すするだけで後の飲食は一切しないという。それは女形の美しい体型を保つためだという。そして正蔵もマネして酒を止めたら2kg体重が減った。しかし酒を止めると別のモノを食べたくなるという誘惑がわき出てきて困る、という話だった。食欲の秋、どうかみなさんもお気をつけ下さい。
▼時津風部屋のリンチ事件で死亡した斎藤さんの父親がインタビューに応じていた。そのときどこかのバ○記者が「今のお気持ちはどうですか?」とやって父親に「自分の子どもが死んでどういう気持ちになるかあなたは分かりませんか?」とたしなめられていた。こういうのをKY(空気が読めない)バ○記者というのだ。
▼さて本日の目玉ミャンマーだ。鎖国状態のミャンマーではこのインターネット時代において、情報を遮断する事はできない。携帯メールや携帯動画を使って情報が「ビルマ民主の声」や「ビルマ情報ネットワーク」から動画が流れてくる。後者はユーチューブにリンクされており、9月27日の映像をクリックすると5分くらいの映像の最後に発砲場面が映る。これはおそらく携帯の動画を使って記録されている。これらを見ると長井健司さんは5m位の至近距離からライフル銃で撃たれている事が分かる。なぜミャンマーの軍事政権が生き延びているかというと、今朝の朝日によれば、同国の地下資源とパイプライン敷設を狙うインドと中国が後押しして、軍事政権に資金援助をしているからだとされる。

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September 28, 2007

◇「題名のない子守唄」を見る

Simabarako島原港に着く
▼昨日は忙しくて、朝7時から出かけてしまったので、夕刊と朝刊を一緒に読むことになってしまった。今朝のTBSラジオのスタンバイ世論調査は「イラク特措法の延長に賛成か?反対か?」というものだった。当然「大量破壊兵器が見つからない以上、間違った戦争で、アメリカの国家テロである」と反対の意見を送った。反対の方が58%くらいになった。しかしその結果に慌てた森本毅郎は「賛成の意見」だけを意識的に紹介していた。
▼昨日夕方のNHKラジオで作家の井上ひさしさんがゲストで出演していた。彼は今流行りの「場が読めない」という言葉に触れていた。それを略して「BY」というらしいのだが、「場が白けてしまうので、当面成り行きに任せておけばよい」という態度で本当に良いのかどうか?という問題の投げかけだった。日本は今そういう「場が読めない」という安易な気持ちが悪い方向に引きずられていってしまう。だから場が白けようとたとえ一人でも、意見は意見として言わなければならないし、そういう発現の場が保障されなければいけない、という話だった。
▼◇「題名のない子守唄」何やら首実検ならぬ女性の身体実験をしている様子が見えてくる。女を選んでいるのはステージの奥にしつらえた覗き穴から見ている複数の男たちだ。女性たちはすべてブラジャーとTバック1枚の姿である。気に入った女がいると下着をすべて脱いでその場で一回りさせる。そして一人の女性イレーナが採用される。舞台は変わって北イタリアのトリュステ。部屋を探しているイレーナの姿があちこちの物件を見て回る。不動産屋が「もっと綺麗な物件があるのに」と言われても薄汚れて、電車の音がうるさい部屋を選ぶ。そして窓から覗くと彼女イレーナの目的とする家が丸見えになるのだ。この辺は「仕立屋の恋」のように見える。
▼そして不動産屋の男に「メイドの仕事はないか」と頼んで目的の家のメイドになることに成功する。炊事・洗濯から部屋の片付け、ベビーシッター、そして子どもの幼稚園への送り迎えまで得意な彼女は女主人ヴァレリア・アダケルの全幅の信頼を得るようになる。アダケルは彫金師で部屋にこもって仕事に熱中するので、彼女の存在はひじょうに貴重である。イレーナはその家の一人娘テアに強い興味を持っている。娘は「イレーナは言葉が違うけどどこから来たの?」と聞く。イレーナは「ウクライナ」と答える。テアは一人娘で大切に育てられたために、幼稚園では常にいじめられ泣いてばかりいる。イレーナは何とかテアを強く育てなければと思う。クリスマス前後の一週間の子守を頼まれたとき、イレーナはテアをヒモで強く縛って布団やカーペットの上で突き飛ばす訓練をする。そして「自力で立ち上がりなさい」と。何度も何度もくり返しているとテアは泣き出すのだが、「泣いても誰も助けてくれない。自分の力で仕返しするの」とテアに厳しくあたる。
▼それはあたかも自分に対する叱咤激励でもあった。イレーナは実は売春組織に売り飛ばされ、組織の一員「黒カビ」という男から、激しい虐待を受けたために逃げ出した経緯がある。今も彼女は黒カビの存在を恐れている。その不幸が的中するかのように、クリスマスの夜黒カビに見つかり、激しいリンチを受ける。黒カビの目的は「カネ」である。「もって逃げたカネを持ってこい」と暴力と陵辱の限りを尽くして厳しく詮議する黒カビ。イレーナはしかし頑として言うことを拒否する。彼女の目的はテアにあったのだ。売春婦をしているとき最後に妊娠して、黒カビがどこかに連れ去った女の子が「アダケル」という名前だったのだ。イレーナはあちこちに行って「養子でアダケル」という子どもを捜し続けていた。ヴァシリアが不在の時その家の金庫を開けて調べると、養子縁組の書類が見つかり、この子こそ本当の我が子に違いないと確信するのだった。
▼話はこれから二転三転するのだが、激しいバイオレンスにも負けない母親の子を思う気持ちがイヤというほど伝わってくる。監督はあの「ニューシネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレである。「ニューシネマ…」は良かったがわたしにとってはお子様ランチ、「海の上のピアニスト」は駄作。そして「マレーナ」は最近NHKとハイビジョンで再三放映されていたが、モニカ・ベルッチは美しかったが、ただそれだけという気持ちがした。しかし今度は違う。今年度最高の作品だと思うので週末の土日はぜひ銀座シネスイッチに足をお運びいただきたい。1食抜いても見るべき映画だと思う。

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September 27, 2007

高い!素粒子線治療

Oomutako大牟田港を離れる
▼日曜日NHK1ch午前8時25分からの「経済番組」がある。23日は粒子線治療器具を作ったM菱電気の社長が登場した。その日の目玉はM電気だけの技術である、粒子線治療だった。この日の納入先の兵庫粒子治療センターのマシンを紹介していた。ネットで調べると、同じ物は千葉市稲毛の独立行政法人放射線医学総合研究所にもあるようだ。しかしである、金額は100億円で、治療費は300万円で当然保険は利かない。TVでは海外からも治療を受けにやってくるといっていた。
▼ネットで兵庫を見ると、どんな癌にも効くというわけでもないようだ。つまり癌が一ヶ所にあって転移していないことだという。だが自分がそうなったら300万円借金しても払って治療をうけるだろうか?ここで命もカネ次第なのだという事を思い知る。
▼22日朝の「旅サラダ」を見ていたら、岩崎宏美がゲスト出演していた。それは26日に新しいアルバム「プラハ」を発売するといっていた。そしてプラハのオペラハウスでの録音風景も映っていた。その部分だけ見て六本木の映画館に行ってしまった。帰りに秋葉原のI丸電気CD売り場を探したが、該当するものはなかった。こんな大きな売り場にないというのはおかしいとクビを傾げながら帰宅した。TVが放映されたのは22日で発売はその4日後の26日だという事が分かった。しかし26日にYカメラのCD売り場に立ち寄って見たが、まだ店頭にはなかった。
▼この番組ではゲストの行きつけの店を紹介する。元々彼女は木場のS工務店だったかの娘さんでそこに住んでいた人である。お母さんがSの娘さんでお父さんは、そこに婿入りした人だ。(近所の人の話)結婚してしばらく他に行っていたが、再び木場に戻ってきたらしい。それで行きつけの店というのが、押上のLというハワイアン・カフェである。しょっちゅう行くという話なので、家の近くでもあるので今度行ってみてご報告しようと思う。
▼昨日「アクセンチュア社」の事を書いたら、さっそくアメリカ本国から2件のアクセスであった。わたしはアクセスログの分析をいくつか埋め込んであり、国内は県名と海外はアクセス言語と国名が分かる。ああ、こういう事ばかり書くから要注意人物にされてしまう。

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September 26, 2007

アクセンチュア社の大いなる野望

Isidutinaibu1いしづち号グリー車内部
▼夕べ帰宅する時、和菓子屋さんの前を通った。この店はかつてTVドラマで浅野温子がが出演した番組で使われていたことがある。そのときもたまたま通りかかって淺野を見かけたが随分細い人だと思った。十五夜なので和菓子屋さんでダンゴを買おうと思ったのだ。小振りなのが350円だったので、「これ下さい」というと店長さんが「これはお彼岸用で十三個ですが、これでも良いですか?」と聞かれた。なるほど十五屋のダンゴは多少大きく作ってあり、十五個で千円とある。こんな大きなダンゴを十五個も食べる事はできないので、十三個を買って帰宅する。不勉強でダンゴにそんな意味があるとは知らなかった。一時間後家族から電話があって、「十五夜用のダンゴを買ったから」という連絡があった。そんな訳で昨晩の我が家は十五夜のダンゴパーティになった。
▼NHKBS1で24日夜に「911・国家があなたを監視する」という番組の再放送をしていた。これは911に関連して確か昨年だったが、アルカイダがアメリカを狙っているというレベル4に警報が出たときの裏話だ。アルカイダが狙っている一つがラスベガスだという事で、NSAからFBIラスベガス支局や警察に連絡が来る。そして主人公は当日ラスベガスで結婚式を挙げた新婚夫妻だ。警察はNSAの指示の元ホテルというホテルを全部チェックして、過去のデータを全部出すように命令する。「過去」とは何か、どこまで含まれるかかなり曖昧である。NSAだけが容疑者を特定する情報を持っていて、現場には知らされないからとにかく「すべて」を出させて持ち帰る。ラスベガスは映画でご存知のようにあらゆる場所で監視カメラを使って全てが監視の対象となり、ホテルの宿泊記録から、スロットル、ルーレットの記録まですべて引き上げられる。NSAは「特定する情報」を握っているからそこから、「怪しい人物」がスキャンされるのだ。そしてその新婚夫婦も、知らない間に「怪しい対象者」にされてしまうのである。
▼なぜこんな事が起きてしまうのか?雑誌『世界』10月号では面白い記事がいくつかあったが、その1番は「戦後の憲法感覚が問われるとき」という日高六郎と衆議院議員の保阪展人の対談の中の出来事だ。外国人がアメリカに入国するとき、USビジットというシステムで指紋と顔写真を撮られる。これはアクセンチュア社という会社が開発したシステムで、日本はそのマシンを直輸入して全ての外国人の記録と集め始めた。とりあえずは800万人の外国人が対象だが、やがては全日本人が対象にされると推測される。
▼それで怪しいと思った保阪氏が調べたところ宮内庁の公式の内廷費や宮内庁予算を計算するコンピュータシステム全部の監督責任者が、外資系であるこのアクセンチュア社が請け負っていることが分かった。葉山の御用邸、京都御所とかにそれぞれ端末があって、ネットワークを繋いでコントロールしているのがアクセンチュア社だ。さらに驚くのは検察庁か集めていた犯罪情報、捜査した内容の情報、押収品情報、公判の情報なども全部、デジタル化してアクセンチュア社が監理している。検察事務情報システム、国税庁の課税情報深索システムについても、すでに同社に頼んでいる事実がある、というのである。国民が知らない間に日本もアメリカの監視システムにがっちり組み込まれてしまっているのである。

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September 25, 2007

NHK「ホームレスたちの再出発」を見る

Yuminagasi義経弓流し跡
▼数日前にA太郎の洋服を作っている北青山のテーラーMの事を書いたら翌日あたりからこれをキーワードにしたアクセス数が増えだした。調べると書いた翌日あたりにgoogleの検索に「きょうの目」が載ってしまっていることがわかる。わたしが固有名詞に○や■、そして×を入れるのはそういうサイトから入った人たちからの悪意を持った炎上防止策なのです。
▼昨日このWeb『鍵盤乱麻』は98000番を達成しましたが、どなたからも画像の申告がありません。1週間以内に申告をお願いします。
▼日曜日夜NHKBSで「ホームレスたちの再出発/アメリカのキッチンビジネス」という番組を放映していた。日本でも横浜石川町にあるさなぎなどで、ローソンと提携してホームレスの人たちの自立支援運動が行われている。この番組で紹介されたのはDCセントラル・キッチンという事業化をした人の話だ。格差社会の広がるアメリカでもおホームレスの人たちは大きな問題になっている。この企業家リッキーの考えたのは11週間ホームレスの人たちを調理が出来るように教育する事だ。放映されたのは確か28人の人たちが調理の技術を習得するまでだった。習得したあとは会社で買って貰ったスーツを着て、企業訪問をする。そして自分を売り込むのだが、うまくいく人もいれば中々就職先が決まらない人もいる。
▼ここで見るとただ施しを与えるだけでは、人々に自立する自信を与えないのではないか、というのがそのポリシーである。だから調理する内容もただ空腹を満たすだけのものではなく、出来上がった内容もリッチな人々の胃袋を満足させる内容にまでレベルアップされた。あるとき経営者がブッシュのパーティにケータリングサービスを売り込むことに成功する。それから「ブッシュも食べてくれた」というキャッチフレーズになる。とうぜんビジネスだから料理の内容もそれなりに水準も高い。付加価値を高めるには、調理する自分たちの技術を高めなければならない事を彼らホームレスの人々は学ぶ。そしてコストを下げるために、基本材料は企業やホテル、レストランの売れ残った材料を無料で貰って、腐敗していないかどうか点検の上、デポの大型冷蔵庫に貯蔵される。
▼経営者リッキーの考え方は歌になっている。「何かしてくれなくていい、ドアさえあけれくれればいい」というのがその運動の基本理念だ。自活する資金を得るために、彼らはきょうも自信に満ちて働いている。

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September 24, 2007

◇「サルバドールの朝」をみる

Fykuokatikatetu福岡の地下鉄
▼◇「サルバドールの朝」みなさんは1959年(89年再編集されて公開)に公開された、トリュフォーの「大人は判ってくれない」をご覧になっているだろうか?これはトリュフォーの自伝的意味を持っているという映画なのだが、盗みをくり返し感化院に入れられた少年が脱走して海まで逃げるまでがテーマとなっている。この「サルバドル」でも主人公の死刑判決が確定して、家族と最後の面会をしているとき、姉たちが昔話をするなかで出てくる。そしてサウンドトラックの一つに「ノッキング・フォー・ヘブンズ・ドア」も入っている。これはわたしが大好きなドイツ映画なのだが、大人が脱獄して海にたどり着くという意味では、「大人…」とそっくりである。
▼1973年のスペインまだフランコが政権を握っている。アナーキストの一団は彼の独裁政権に風穴を開けようとしている。何をするにも資金は必要となり、武器はフランスから手に入れ、資金は「浄財を集める」と称して銀行強盗をくり返す。サルバドールもたんなるシンパから積極的に関わるようになる。そしてある時銀行員に怪我をさせてから、警察にマークされるようになる。武器もエスカレートしてステンマークⅡマシンガンなども手に入れて警察と銃撃戦をくり返す。そして元ガールフレンドの住所を使って、フランスと電報でやり取りしている事を盗聴していた警察に知られてしまう。そして警察の取り調べの結果、ガールフレンドの口から武器を調達していることが漏れる。
▼銀行強盗をした日、銀行は警察に包囲され、護身用にもっていたサルバドールの銃の弾は警察官に当たり、彼もまた警官の撃った弾で瀕死の重傷を負う。警官は死亡し、サルバドールは手術の結果かろうじて一命を取り留める。警察はサルバドールを死刑にしようとし、ノンポリの弁護士はサルバドールが3発撃った弾が、警察官には5発当たっていることに疑問を持って弁護人になる。映画は弁護士の回想という形式を取り、サルバドールがなぜ心情的にアナキストになっていくかが、解明されていく。
▼時あたかも、チリのアジェンデ政権がCIAに後押しされた将軍ピノチェトによって虐殺される場面が出て、彼らアナーキストに危機感を募らせる。そして絶対的な権力を握っているフランコには武力で対決する以外解決する方法しかないと考えるようになる。当時を再現されたデモの迫力はすさまじい。交通を遮断して道路一杯に広がってビラを撒きながら進む。言うことを聞かない車はひっくり返して放火するデモは迫力満点である。そして警察のデモ隊に対する弾圧方法や逮捕術は実際専門家が関与していると思わせるほどうまい。そしてアナーキストはフランコを爆発物で殺害しようと思い詰めるようになる。
▼以上は政治的力学を背景に書いたのだが、サルバドールたちは抑圧のない自由な世界をつくるにはどうしたら良いかという信念に基づいており、それは交友関係からも明らかになっている。しかし国家機構はサルバドールらは抹殺されるべき対象となる。2審でも死刑判決が出て、1974年2月最高裁に持ち込まれる。弁護士はEC加盟直前に死刑にするとスペイン政権にダメージを与えるからと、各国政府、ローマ法王などにジャーナリストなどを使って各地に死刑判決を許さない電話をかけまくる。そして死刑の日がやってくる。サルバドールは姉たちを最後の別れをする。そして最初サルバドールに反感を持っていた一人の刑務官も、彼が父親に出そうとした手紙を検閲した時から、サルバドールの心情が伝わってくる。なぜなら刑務官も障害児をもっており、父に対する気持ちから我が子の愛情のように感じたからだ。
▼最後の望みも絶たれたサルバドールは「刑場」について唖然とする。そこは刑務所の隅に即席で作られた物置小屋のような所だったからだ。そしてさすが闘牛の国スペインの死刑方法も、書くことがおぞましくなるような方法だ。死体が刑務所から返還されると葬儀場には1500人もの市民が集まる。しかし警察は6人の家族しか葬儀場に入れさせなかった。警官隊に蹴散らされ、市民たちが持ってきた赤いバラの花びらが雨の路上に舞う。サルバドールの家族は今なお無実をはらすため再審を求めて戦っている。日比谷シャンテ。

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September 23, 2007

◇「さらば、ベルリン」を見る

700k福山駅で
▼◇「さらば、ベルリン」1944年7月ナチスドイツが降伏して米英の連合軍は占領統治のためベルリンに乗り込む。そしてポツダム会談の準備が着々として進む。そんな時従軍記者のジェイク(クルーニー)もAPの特派員としてベルリンにやってくる。彼が乗るジープの運転手をしているのはトピー・マグアイヤである。彼はベルリン全域のフリーパスを持っているが、スリの特技を持っている。そしてジェイクの財布から記者証と現金を詐取し、しらばっくれてジョニー・ウォーカーを「プレゼント」して歓迎するフリをする。
▼トピーが情婦にしている女はレーナ(ケイト)なのだが、彼女は戦中にジェイクがドイツで特派員をしていたとき、彼の右腕となって取材の助手を務めていた。ところが戦争が始まってからジェイクは帰国してしまう。働き口をうしなったケイトはゲシュタポに勤務する夫と結婚することによって、ユダヤ人なのだが生き延びる。このテーマはケイトがユダヤ人なのになぜ生き延びることができたかが、解明すべき最大のテーマとなる。ふとケイトと再会したジェイクは、彼女を話をしたがるが、ケイトは逃げ回るばかりだ。
▼そこに登場するロシア軍将校。彼もケイトの後を追う。そして夫の居場所を知りたいとトピーに持ちかける。トピーは20万マルクを出せば連れてくると言い半金の10万マルクだけ先に受け取る。当時アメリカはV2ロケットを開発した技術者を血眼になって探しており、人を見つけることができなかったソ連はモノを運び去っていた。だが必要なのは技術者である。ケイトの夫はナチスがウランを掘ることに従事していたユダヤ人にギリギリの食料を与えて働かせるカロリー計算をしていた。それは1人一日800カロリーだということが分かる。ロシアもアメリカもゲシュタポの秘密を知るためにケイトの夫を捜していたのだ。
▼ところがトピーはドナウ川の川縁で翌日死体で見つかる。そして懐からニセマルクが出てくる。ジェイクは何とか説得してケイトとその夫を逃げさせようと腐心する。そしてニセ書類などを用意して戦勝パレードをして警備が手薄になった時を狙う。廃墟となった映画館に隠れていた夫妻を手引きするのだが、今はアメリカ軍に協力するベルリン警察の男に見つかって夫は殺害される。そしてケイトもアメリカの警備兵が撃った45口径の弾で重症を負う。怪我も癒え飛行場に向かうケイト、ジェイクは「なぜ君だけ無事だったのか?」と長年の疑問を聞くと、ケイトは重い口を開く。それには驚愕すべき秘密があった。
▼飛行場の最後のシーンは「カサブランカ」最後とそっくり、でテーマは「第三の男」に似ている。この映画を作ったのはジョージ・クルーニーである。彼は「グッドナイト・…」とか「シリアナ」などの、自分がどうしても作りたい映画のために不本意な映画にも出演してカネを稼ぐという。この映画はまさに前者にあたる。ベルリンやポツダム会談の実写フィルムを活用して現実感を出している。さらにレンズも当時のモノを利用してさらにモノクロフィルムを使って当時を彷彿させる懲りようである。ただそ登場人物の絡みが複雑で一回見た程度では全てが理解できない。
▼六本木ヒルズあたりにはわたしの口にあうモノはない。六本木交差点に向かって歩いたがやはりラーメンとか中華とか、肉料理、ハンバーグの店ばかりである。土曜日も韓国肉料理だったので体重が増えて落とさなければいけない。来月は血中の脂肪を検査すると言われている。血中脂肪が増えたりしているとまた薬を増やされる。それだけは避けたいので野菜料理の店を探して東京タワー方向に向かって歩き出した。B飯店という店を通り過ぎようとしたら呼び込みをしている店員さんと目があってしまった。「どうぞランチがあります」というので2階に上がった。椎茸と青梗菜の炒め物があったのでそれを頼んだ。スープを啜っているとシェフがカタコトの日本語で「スープタリルカ?」と話しかけてきた。「50才を過ぎたら、暖かい野菜料理を食べると身体に良い」という。わたしが昨年脳出血にあった話をして肉を食べないようにしている、という。シェフは「あなたは何かのドクターか?」というので違うと答える。スープに凍らせた杏仁豆腐がついて980円だった。支払いをして壁の写真付き色紙を見ると有名人がたくさん来ていた。渡哲也、サンマ、森光子、それに極めつけは前小泉首相だった。偶然入ったのだがご希望の方にはお見せの名前をお教えする。大体の場所は東京タワーを背にしてロシア大使館側を歩いて50mくらいの所にあるからすぐ分かる。

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September 22, 2007

ヒルズまでケイトに会いに

Komatateiwa与一の駒立岩
▼昨日は会う人ごとに携帯をさわらせてもらって、「きょうの目」のブログをお気に入りに入れてきた。しかしその割りにはアクセス数は伸びなかった。わたしが勝手に名付けた大陸横断鉄道(三鷹から千葉)を往復したので到着したばかりの「週刊金曜日」と、古本屋さんで買った雑誌『世界』10月号を読むことができた。
▼旧友のNさんの携帯にもブログのアドレスをいれさせていただいた。この方は映画が好きで時間が空くとわたしの携帯に「いま面白い映画は何?」と電話を掛けてくる。先日も博多の大濠公園で休んでいるときに連絡があった。国会にいるという事だったので、有楽町シネシャンテの「オフサイド・ガールズ」をご紹介したら喜ばれた。そしてQRコードをお見せしたら、随分興味を示された。ご自分も何やら花がテーマのブログを作っているが、誰もアクセスしてくれない、と不満の様子だった。アドレスを公開しない限り誰もアクセスするハズはない。それに奥さまと二人で書くことを前提としているらしい。そういう夫婦の愛情表現の一つの手段ならば公開することもなかろうと思う。「ぜひQRコードの作り方を教えて」と言うのでその場でつくってプリントアウトして差し上げたら、これも大いに喜ばれた。
▼新執筆者の歓迎会が某所22階であった。当然初対面なのだが何を突破口にして親しくなるかという事を考える。お一人はわたしより1ヵ月前にお生まれになったという事で握手をしてきた。もう一人はわたしが書いている「シネマ」を欠かさず読んでいるが、新聞に掲載された頃には終わっているのが残念だとおっしゃる。ネットでこのブログをご覧になれば、映画を見た翌日には執筆しているからとお話しした。しかし今はネット接続を止めてしまったという。映画速報を見るならブログをご覧いただく他はないとお話ししたら、近く娘さんに来て貰って接続するということになった。
▼さてきょうはヒルズまでケイトに会いにいってこよう。「さらばベルリン」の初日でケイト・ブランシェットの出る映画はすべて見る。

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September 21, 2007

◇「ミルコのひかり」を見る

Simanamiしまなみ海道をわたるバスの中で、
▼わたしは自民党員ではない。だから総裁選挙の選挙権もない。しかし毎日のテレビ、新聞ではあいつらのにやけた顔を見させられている。福田は官房長官だったとき、発泡酒の値上げ問題が取りざたされた。その記者会見で発泡酒の味を尋ねられた彼は、「飲んだことがないので分からない」と答えて、これでは庶民の気持ちは分からないと思い唖然とした。そして今発売中のAERAで、麻生は北青山のテーラーで1着30万円の特注スーツを年間6着作ると書いている。三浦友和の青山の紳士服ではない、北青山のテーラー森脇である。わたしなど寝るときは800円のTシャツだし、お出かけならびにデートの時は5000円から1万円くらいのTシャツだ。両者とも庶民感覚とは遠い所に住んでいる。
▼2週間前の金曜日のTVで、「給料日の食卓」という特集をしていた。それによると普段は発泡酒なのに、給料日だけはホンモノのビールという人がいた。その他、すき焼きは普段はOGビーフだが、この日だけは国産、魚のお造り、何も代わり映えのしないカレーライスだと思ったら、二人の幼稚園にいっているような子どもさん手作りのものだった。庶民とはこういう楽しみにして生きているのだ。
▼◇「ミルコのひかり」70年代のイタリアトスカーナ地方、ピサの町。子どもたちは無邪気に鬼ごっこをして遊んでいる。主人公の少年ミルコは遊んでいる途中、家に帰って壁に掛けてあった父親の猟銃を落としてしまい、その衝撃で落下物を目に当て、失明してしまう。医師に相談すると目の見えない少年を収容している、ジェノバの修道院に入れるしかないという。両親か通わせる事を考えるが貧しく、しかもフィレンツェからジェノバは通える距離ではない。医師は「目の見えない子どもを修道院に入れることは法律で決まっている」と冷たく言う。うっすらと明暗しか判別できなくなったミルコは、両親と涙の別れをする。そして修道院の生活が始まる。修道院の実体は子どもたちに仕事を覚えさせるとは名目だけで、ヒモを織って椅子を作らせ、それを売って教会は子どもたちを収奪しているのだ。いじめがあったり、喧嘩がありミルコは学友と中々なじめない。
▼しかしミルコは音に興味を持っていく。そして学校にあるオープンリール式のテープレコーダーを使って音を集め、擬音の効果に喜びを見出す。ところが司祭である校長は「勝手な事をする」といって許さず、テープレコーダーを取り上げる。点字の授業も拒否すうるミルコだが、担任の牧師は彼の能力を見出し、こっそりとテープレコーダーを彼に渡す。ミルコは修道院のまかない婦の娘と気心を通じるようになり、目が見えないのに彼女の壊れた自転車を修理して、映画館へと出かける。それからミルコの行動範囲は広がる。そして町をデモしている青年と知り合う。彼もこの修道院の卒業生で近くの製鉄工場の管理部門で働いている。デモはイタリア語が分からないが、鎌のマークやゲバラのマークの旗があるので、おそらくイタリア最大の労働組合CGILでろう。
▼ミルコは親しくなったクラスメイトも巻き込んで録音で物語を作る。それを毎年の学芸会で発表しようとするが、校長の猛反対で拒否される。それどころかテープレコーダーを勝手に使ったとして退学処分を発表する。だが担任は父母を招いた学芸会で、録音したした芝居を影絵と音の物語にして発表して大好評を得る。そしてCGILの労働組合も「ミルコの退学処分を撤回せよ」と修道院に押しかける。テロップでこの要求は受け入れられ、ミルコは復学したとあり、現在彼はイタリア映画の有能な録音技師として活躍していると出る。そして昨日お送りしたメルマガで紹介した、「イタリアの精神病院は廃止された」記事と関連するのだが、1975年からイタリアでは視聴覚障害者の特別な学校は廃止され、普通学校で学ぶ事になったと文字が出る。渋谷シネアミューズで。

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September 20, 2007

人の死にイライラする現実

Kotohira琴平鉄道
▼本日午後8時はメルマガ締め切り日です。まだ投稿されていない方は、時間ギリギリになる前にお送り下さい。
▼福岡で読んでいた新聞と東京で読んでいた新聞の大きな違いがあった。現地では「西日本新聞」と「朝日新聞」だった。現地のトップニュースで面白かったのは自民党の総裁選挙で福岡県連は、最初中央の指示で総裁選の投票用紙を党員に発送する準備を進めていた。ところが1日後に態度を急変させて、投票すると内部分裂をする可能性が出てくるから無投票で福岡県連が持っている3票はすべて麻生に入れるという方針を決めたというのだ。なぜなら麻生はこの福岡の出身なのだという。そして地元出身の古賀とか山崎拓らの国会議員は「国会議員をないがしろにしている」と県議らに圧力の電話を掛けているというのだ。このことは昨日の朝日全国版にようやく掲載されたが、政策そっちのけで、こういう事がメインテーマになっている事が面白い。
▼今朝も全国の地価の事が報道されている。現地で見た新聞では、福岡は世界ではっ呈する可能性のある都市のベスト10に入っているのだという。その理由というのは、中国との交流が今後活発になる。そのアクセスポイントとして福岡は特に便利というのがその理由らしい。だから地元紙によると九州でも福岡の地価だけが上昇している。確かに福岡市内では不動産屋さんの数が目立った。そう思って朝刊を見ると四国では高知県だけが上がっていた。
▼JR九州は新型車両を次々投入してマニア垂涎の的になっている。しかしわたしが乗った限り保線状態が悪いのではないかと推測するのだが、揺れがかなり激しい。とてもゆっくりくつろぐことができる状態ではない。たしか「西日本新聞」だから共同通信の配信だと思うが、柳美里のエッセイが載っていた。それによれば人身事故による列車の遅れが目立つ。しかし自分がそれに該当したときはイライラして、列車が遅れて迷惑だと思うだけだ。しかしそこには厳然たる一人の人の死が横たわっており、日本では年間3万人もの人が、自殺で他界している。もっとそのことを厳粛に受け止めなければいけないという主旨だったように思う。帰ってくるとき機内で読んだ新聞のコラムだったように思うが、筆者がアメリカ暮らしから帰国してエレベーターに最後に乗り込む。すると先に乗った若い人が「チッ」と舌打ちして、「閉じる」ボタンを後ろから手を伸ばして押す、というのだ。そういう事はアメリカでは決してなかったという。冷静に考えて見るとわたしもどうやらその「せっかち」グループに入っているので、気持ちにゆとりを持たなければと思った。

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September 19, 2007

那須与一裏ばなし

Yoitizo源平合戦800年のモニュメントの与一。クリックすると画像は大きくなります。
▼ブログに毎日執筆をはじめてから2日前に1000回を超えた。それまでもWebの日記に書いていたから連続するとその3倍くらいにはなると思う。今朝は薬がなくなる直前なので、いつものクリニックに行く。次回は血液を採取して再度脂質チェックをしましょうということになる。昨日のアクセスを分析するとN県から3件のアクセスがあった。そのまえの日はわたしの実名で検索している人がいた。毎日アクセスを分析しているので、通常とは違う動きがあるとすぐ分かる。何かわたしについて知りたいことがあれば、身分と職責を明かして直接メールを下されば良い。このブログに全部自分の本当の事を書くほどわたしはお人好しでもない。
▼今回旅先でブログとWebを更新することができたのは、ノートパソコンを持参したためだ。ノートを色々使ってみたが、1年前にP社のWシリーズに切り替えた。小型のものはS社など数社で出ている。しかし小さすぎてもキーボードが使いにくかったり、光学式ドライブが別売りだったり、電源の容量が少なかったり、頻繁にモデルチェンジをしたりすると困る。P社のは軽くて頑丈だし、キーボードもそこそこある。これで最低5年は使えるだろう。それに宿泊する施設はすべてLANケーブルが各室で使える事をチェックしてあった。最初に泊まったところはフロントに「パソコンを使いたい」というと「ケーブルが必要」と言われたので、「持参した」というと、「ホテルの独特の形式がある」と言われる。借りたものを見ると確かに、昔のモデムのようなものがついている。それをパソコンにつなげてスイッチオンにすると、最初にホテルの案内が流れる仕組みになっていた。博多では単にLANケーブルを挿すだけで使うことができた。いずれも高速回線で自宅で使っている光と変わらなかった。航空機に乗ったとき、パソコンに衝撃を与えずに運ぶには、それなりのキャリーバッグが必要になり、それも買い替えた。
▼さて那須与一裏話である。平家物語裏面史を牟礼町の「源平まつづくり協議会」がリーフレットにまとめており、地元の歴史家の近藤敬司さんが書いているので抜粋してご紹介する。わたしは「正史」より「裏面史」が好きなのである。那須与一の弓は何メートル飛んだのかという人がいるが、祈り岩から平家の女官である玉虫前の扇まで編集長が見たところ30mくらいだった。与一は扇を落としたあと頼朝から5つの国をもらい、そこの地頭になった。地頭というと今の県知事、税務署長、警察署長と同じ3つの絶大な権力を持つ。しかし地頭制度は頼朝が作ったばかりで、実際与一がどんな良い思いをしたかは不明だ。もう一つの褒美は那須家総代に任命された。しかし彼は11人兄弟の末っ子だったので、兄たちの機嫌は悪くさぞかし居心地が悪かったに違いない。
▼戦いから那須城に戻った与一は、短い期間に寺や墓をたくさん建てる。もらったものはすぐ使ってしまわないと、明日は何が起こるか分からないと考えたに違いない。現実に屋島の合戦が終わったのは3月で、翌年9月には与一の親方義経は追われる身になっていた。といいう訳です。

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September 18, 2007

大牟田から快速船で島原に渡る

Simabarahune高速船で島原に近づく
▼♪「踏み絵おそれぬ、殉教の、戦率いる南国の、天草ー四郎ー、美少年」きょうは島原へと渡る。朝10時の西鉄の特急に乗って大牟田に出る。5分ほど待つと島原に渡る快速船がでる埠頭へとバスが出る。バスで約8分で埠頭に着くが待ち時間もなく船は出る。それから50分、58人乗りの小さな快速船は島原へとひた走る。小さいから喫水から海面までは約1mくらいで走っている事を実感できる。旅情を味わうにはやはり船に乗らなければいかん。波しぶきに手が届く距離は物寂しくて、いかにも旅ーという気分に浸る事ができる。
▼上陸して波止場の前にあるカマボコ屋は倒産しており、そのとなりのレストランに入って長崎チャンポンを食す。650円なり、食べ終わって350円の珈琲を頼んで合計1000円で済む。色々考えたが島原城を見なければという気持ちになる。バスが来るまで30分ほどあったので足湯につかる。そしてバスで170円区間で島原駅に着く。わたしは最初の歌にあるように、今年になってから天草四郎に興味を持っている。本も何冊も読んだが、このめで四郎の足跡を見たいと思っていた。実は四郎が立てこもった島城は南島原市にあり、この島原城とは別である。ところがこの城の1階にはキリシタン史料館があって520円で貴重な「踏み絵」や「マリア観音像」を見ることが出来る。この日島原は猛暑で博物館に入る前に、かき氷のハワイアン250円なりを食した。だがさすがに食べきることはできなくて途中で止めて館内に入って30分くらい見学をして来たが、まだ氷は融けていなかった。
▼これから書く事はわたしの独断と偏見で書いているので、わたしは学者でもないし、歴史的に正しいこととは限らない。あくまでも数冊の本を読んだことと、本日の見学結果で感じて書いた旅行記であることをお断りしておく。中央からの指示で島原に赴任した松平家勝が島原城を建設するために、今までに倍して増税し年貢の取り立てを厳しくした。そこで増税に苦しむ農民たちは信じているキリスト教を旗頭にして農民一揆に立ち上がった。その頭目の一人がある日「お告げ」の夢を見る。そこの登場した青年が、天草四郎とたまたまそっくりだったために、一揆の指導者に祭り上げられる。つまり四郎と一緒にいると弾に当たらない、死なないというカリスマ性を持つことになる。しかし若い四郎に戦闘能力も指揮能力もあるはずがない。幕府軍は体制を守るために17万人を動員する。一方一揆は3万ちょっとだ。幕府は近くにいたオランダ軍に頼んで艦砲射撃するのだが、一揆軍は味方と思っていた外国軍に砲撃され、落胆する。幕府軍からは外国の力を借りるとは怪しからんということになる。
▼キリスト教は一揆の精神的な支柱となった。幕府は阿片戦争に負けた中国の二の舞をしてはならないと決意する。そして鉄砲作成の技術を学んで、戦闘に独自の戦法を組み入れた今、外国から得るものは何もないとしてキリスト教を徹底的なに弾圧をする姿勢に切り替える。
▼そこで起こったのが当時の日本人のキリスト教徒に対する徹底的かつ苛酷な弾圧であった。島原では幕府軍の撃った弾が四郎の護衛を殺害し、四郎の着衣を燃やした。それから四郎は急に求心力を失い、幕府の兵糧攻めの効果も着実に利いてきた。そして城に立てこもった人々は老若男女を問わず、殆どが虐殺されてしまった。つまり幕府は徳川幕府体制を守るために、日本で最初の組織的で大規模な百姓一揆を徹底的な武力弾圧で鎮圧して見せしめとしたのである。そのごこの地域には関西や中国地方から組織的に農民を移植させて、一揆の目を摘もうとした。
▼島原鉄道はJR払い下げの気動車を使っていた。それで有明湾を右手に見て諫早へと1時間20分ほど走る。ところが諫早に着いてみると佐賀で停電があり、予約した特急が間引きされている事が分かる。20分街のはずが1時間待ちとなる。諫早の街は寂れていた。1年前に来たときも台風で列車の脱線などがあって、この諫早では随分またされた。そのときへ駅弁を買い集めてホームで時間を潰した。今回はホームに人は溢れているので、街に出ることにした。しかし駅に隣接するミスド、ケンタ、それにイオンの中にあるマックは、中高生が溢れていて落ち着かない。街を歩いてK-珈琲の看板の店を見つけた。しかし入ろうとすると用品店か、アクセサリー店のようである、覗いて「珈琲やってますか?」と聞くと地元の人のたまり場のようでもあった、しかしヒマそうなマスターが、大きなテーブルかたら立ち上がって席を譲ってくれた。店に座って脇を見ると、「無線LAN」が使える店とあった。事前に調べたら島原にはネットカフェはなかった。諫早の普通の喫茶店でLANが使えるとは進んでいる。そんな事をきっかけに店の人と会話が進んだ。1年前の台風の時は3日間停電していて冷蔵庫のものは全部腐ってしまったという。どうやらここ諫早はわたしに取って鬼門であるようだ。そして1時間後さらに定刻より5分遅れで「しろいかもめ」号はやっと諫早駅に到着した。

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September 17, 2007

高松から博多に移動する

Isdutigoいしづち号
▼♪「今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと、思うまもなくトンネルの、闇を通って広野原」わたしは16日朝午前10時39分にJR高松駅を「いしづち」号に乗って今治に向かった。走るコースはまさに歌詞の通りである。しかし高松が賑わっていたかというと、小豆島にわたる中継点になってはいるがめぼしい産業は見あたらない。駅前に新しく建設された高層ビルは林立しているが、人は来ていない。何年か前から当地に住んでいる人にお聞きすると、こちらにもM越デパートはあったが、今までは品揃えが悪くて「これがあのM越か?」と目を疑いたくなる状態だったという。高松というとわたしが小学生の頃、NHKラジオで花菱アチャコが出演していたドラマの舞台になっていたことを思い出す。屋島も源平合戦の古戦場も観光の目玉にはなっていない。というか現在の若者を引きつける魅力はそれらにはない。
▼今朝当地で見た「四国新聞」には次のようなコラムが載っていた。「日本の観光地三大がっかり」というのだ。それによると1番は沖縄守礼の門、土佐の高知播磨屋橋、そして札幌の時計台というのだ。その主旨は観光の目玉がかけ声だけでなく、中身が充実していなければならないといのだ。いしづちは「瀬戸の花嫁」の曲に見送られて出発する。今治では待ち時間が1時間ほどあったので、駅構内にあった食堂にはいって、750円の讃岐うどんと鯛飯のセットを食べた。店の中には芸能人の色紙が貼ってあり、その一枚に千葉県八千代市在住でクールファイブの一員である宮本氏のものがあった。この今治から福山に向かうしまなみ海道を渡っていくバスの乗車時間は1時間30分で、ここでも「瀬戸の花嫁」が出発時と到着時に流れていた。
▼今治駅前も観察すると北側にはビジネスホテルとバスの発着場がある以外は、寂れているように思える。ロータリーには「造船とタオルの町今治」と書いた表示が寂しく立っていた。さらに南口へ回って見るともっと寂れていた。今年に入ってから朝日新聞で不況にあえぐ「今治」の特集をしていたが、その通りだと思った。そして造船で設けている一部の人たちは投資組合を作って世界的な投資に走る。
▼見ているとTVで頻繁に紹介される歩行できたり、自転車で走ることの出来るコースというのは、しまなみ海道のごく僅かである。しまなみはアクアラインと違って生活必需ラインである。このライナーバスを使っても始発の今治から福山まで2400円である。バスは日曜日という事もあったが8割りの乗車率である。往復で毎日4800円も支払う事ができる人は限られている。通勤などで岡山に通う人は、おそらく敬遠してJRに乗って通うのではないかと思う。こちらは7年ほど前に乗ったので、今回はバス路線にした。
▼福山から山陽新幹線に乗って博多まで一足飛びで5時半にやってきた。到着した頃、てんぐささんから携帯メールが入った。偶然わたしのいた高松の隣にある、讃岐にいらしたらしい。もっと早く知っていれば、お会いする事も出来たかも知れなかった。てんぐささんはおそらく携帯でブログをご覧になったのでわたしの動きを知ったに違いない。アクセス数も土日、祭日は激減するのだが、昨日のアクセス数は平日よりも多かった。関口知宏みたいな旅日記が良かったのか、携帯モードで簡単に見ることができるようになったのか、さらに分析しなければ分からないが嬉しい事である。明日は博多から出て別のところに向かうので、また新しいレポートにご期待いただきたいのである。

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September 16, 2007

屋島の源平合戦古戦場を歩く

Yoitimato_2
那須与一の的のあった場所の再現図
▼昨日夜10時頃携帯メールを下さったかたがいた。現在位置をお知らせすると、「讃岐うどんでも食べに行っているのか」と聞かれた。わたしは麺類が嫌いである。とくに「うどん類」は嫌いだ。これは幼いとき母が頻繁に作ったほうとうのせいである。うどん粉を練って蕎麦状にした佐久から山梨にかけての農家の料理だ。ところがダシをとる煮干しが丸ごと浮かんでいるので、気持ちが悪かった。それから煮込みのような食べ物ば嫌いになる。
▼余談になってしまったが、わたしは高松に来ている。せっかく来たのだから、源平合戦の跡地を訪ねようと思い立った。琴電に乗って約30分もするとガイドブックにある琴電屋島駅に着く。わたしは古典の中で、「日本書紀」の壬申の乱と、「平家物語」の屋島の合戦から壇ノ浦の戦いが大好きである。壬申の乱で言えば、天皇家はこの部分だけ見ても神武天皇からの血筋は絶えている。だから戦争中はこの部分がカットされて教えられていたのだ。
▼さて駅に降りたがあるはずのケーブルーは廃止されていて途方にくれる。駅前には食堂もない。調べると1時間に1本山頂まで行くバスが出ていることが分かる。しかたなく近くのコンビニSでサンドイッチと牛乳を買い求める。300円也、もっと美味しいものを食べたかった。近くの東照宮とやらを参拝してバスを待つ。外国人男性もバスに乗り込んで来て、運転士さんと料金などの事で話をしている。うーん旅行はこうでなければいかんな。お仕着せのコースを歩いていては何も得ることはない。山頂まで10分100円だ。そこには四国88ヶ所めぐりの84番札所の屋島寺が一つあるから、巡礼たちがバスでドッとやってくるが、そうでなければ来る人などまずいない。これでわたしも過去から3つくらいの札所を回っている。
▼山頂には不思議なことに水族館があってイルカのショーをやっていた。わたしはそういうのに興味がないので、海をじっと見つめ、義経の無謀とも思える捨て身の戦法に思いを馳せていた。1時間もいたらもう見るべきものはない。下山するときのバスの運転士さんは女性だった。それが痩せていてキリリとし、キビキビを動く50歳前後の美しい人だった。
▼古戦場を見るためには二つ先の八栗駅まで行かなければならない。駅で年配の女性駅員さんからガイドブックを貰う。ここは牟礼町と言い、近くの八剣山から採れる石で生計を立てる石屋さんが沢山ある。石の奇怪なオブジェで町は埋め尽くされている。平家物語の那須与一の弓を射た場所とか、義経が流された弓を拾ったところとか沢山あるが、町の人はそういう物に頼っていても生計は立てられないから、街角に忘れ去れた遺跡が点在するのみである。「源平合戦案内所」の看板が出ている木工所に立ち寄った、若い人に聞いたら「わからない」という。「わかる人は?」と聞くと「トイレに入っている」という。随分長い間待たされた。70歳近い人が出てきた。「お聞きしたい事がある」というと「俺は場所を貸しているだけで、何も分からない」という答えが返ってきた。
▼別の人に聞くと「町の石加工でやることはもう何もない」という。わたしは「八剣山の石はまだ沢山あるじゃないですか」と言うと「石だけはあるけどね」という返事が返ってきた。かくなる上は町の再興をするにはNHKで、平家物語の大河ドラマでも突くってもらうしかなさそうだ。

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September 15, 2007

◇「厨房で逢いましょう」を見る

▼昨夜の羽田空港はなぜかチェックがいつもより厳しかった。国内の移動なのにパソコンは出して画面を見たり、携帯も画面をチェックされた。911の6周年にあたるせいなのか。
▼◇「厨房で逢いましょう」を見る。ディナーが300ユーロもするレストランのシェフをしている主人公のグレゴア。毎日のように近所の喫茶店に行って、客の観察をしている。そこで働くウェイトレスをじっと見つめているうちに、嫌みを言われたりする。やがて彼女には知的障害を持った娘がいることがわかり、グレゴリが噴水に落ちた彼女の娘を救ったところから親しくなる。グレゴリは森の中の一軒家に住み、常の料理の研究に余念がない。娘の誕生日に美味しいケーキを特別につくって贈る。娘はケーキの上に乗っていた、チョコレートボールに興味を示し、いくつも食べようとする。母親のエデンも一粒食べるのだが、その美味しさに目を回す。「また作って」とせがむが、「料理の条件は材料など条件が一定しないので、それは無理だ」と断る。
▼それがきっかけでエデンは毎晩のようにグレゴリの厨房に通って新しい料理の試食をすることになる。現実にあのような物を食べているからドイツ人は年をとると太ってくるのだろう、と思うが映画のテーマは健康問題とは違うから書かない。美味しい料理は人間を幸せな気分にさせてくれるというのはホントだと思う。エデンの夫は弁護士の資格を取り損なって、村でお年寄りむけの体操のインストラクターをしている。そして唯一の息抜きは火曜日の夜に悪友たちと街のストリップバーに行って、騒いで気張らしをすることだ。実はエデン夫妻の間には多少秋風が吹いていた。そしてエデンが頻繁にグレゴリの家に通っていることに夫が気づいて嫉妬をする。そしてあろうことか、グレゴリの自宅の地下にあるワインセラーを滅茶苦茶に壊してしまう。
▼されらに「この村から出て行け」と言って暴力を振るう。グレゴリは自宅とレストランを再建しようとするが、銀行は「ワインセラーにしか資産価値はないからダメだ」と突き放す。もう店を畳んで引っ越すしかないと気を落とすグレゴリにエデンの夫は執拗に出て行けと暴力で迫る。逃げまどうグレゴリは重症を負う。そして逃げてばかりいた自分の人生を振り返り、生き方を変えようと反撃したとき事件は起きる。原題は「エデン」ドイツ映画。

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September 14, 2007

パソコンのメモリーを2ギガに増設する

Qrcode「きょうの目」のQRコードです。携帯のバーコードリーダーで読みとってお気に入りに入れてください。
▼約2年前に買い替えたKショップパソコンがどうも最近動きが遅くてイライラする。掃除や不要ファイルの削除は時々しているのだが、この際メモリーをもう1ギガ増やすことにした。ドスV機の頃は4メガでも十分だったが、ウィンドウズになってからバージョンを上げるたびに必要なメモリーが増えていく。HDDだった最初は40メガで次が120メガにした。これで一生買い替えは必要ないと安堵したものだ。しかし、現在のメインのHDDは250ギガだ。わたしは動画はやらないので、それで十分に足りている。
▼出かけるついでに秋葉原で途中下車してSマップに立ち寄った。念のため現在使っている1ギガ(512×2)を持参して店員さんに見せる。すると「メーカーはどこですか?」と聞く。K社と言っても分からないようだ。普通はメモリーを見せれば分かるはずだ。それを聞いた店員さんはバルクのメモリーを2組持ってきて見せてくれた。「どちらにします?」とおみくじを引く気分になる。さらに「当たり外れがあっても交換は利きませんよ」と念を押される。そう言われても2枚1ギガで3800円だから仕方ないのだ。新品だとその倍位はするだろう。パソコン本体が2年近く使っているから、メモリーだけ新品にしてもあまり意味はない。1日10時間くらいは電源が入って、ハードな使い方をしているから寿命はあと1年くらいだと思っている。
▼ついでに日曜日、某所に呼ばれて行ったとき、エクセル2007のごく単純な質問に答えられなかったのを反省して、それも購入する。現在は2003を使っているし、学校のパソコンに入っているオフィスも同じ2003なのだ。
▼研究会が終わっていつもの新宿南口にある居酒屋にいこうとしたら、8月末で倒産していて、Yカメラ方向に歩いてチェーン店のTに入った。ベーコンとほうれんそうをニンニクで炒めたものが美味しかった。帰宅してメモリーを取り付ける作業にかかる。狭い場所にメモリーを挿すのはかなり手間取ってしまった。しかし一発でうまく認識して3800円は無駄にならなかった。スロットは4つともふさがってしまったので、これ以上増やすにはマザーボードを代えなければならない。さらに夜中に止せばいいのに、(まぁアベちゃんの辞任騒動を深夜まで見てはいたが…)エクセルをインストールしてさらに実験をくり返す。何だ簡単じゃないか。大体マニュアル本を1冊買って自分で読めば済むことなのだ。読まないで人にすぐ聞く悪い人、だからわたしの商売は成り立つとも言える。

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September 13, 2007

戦後レジームの終焉にはならなかった

▼NHK正午のスイッチを入れたのだが、トップニュースがあの青森の幼児殺害事件をくどくどと法廷の様子を絵入りでやっていたので見るのを止めた。昼食後も休憩をせず、集中してやっていた仕事を続ける。ひと区切りして午後1時のラジオのスイッチを入れると、首相が辞任をすると言って、代表質問を取りやめるという一報が入った。さらに出かける直前の2時にTVのスイッチを入れたら30秒して記者会見が始まった。アベちゃんの目にはうっすら涙がたまっていて、これも驚いた。電車に乗ると隣の席の女性は1分おきにあくびをして携帯の画面をみていて席を変えようかと思う。ついで信濃町で乗り込んで来た女子高生たちは携帯の首相辞任のニュース速報を読み上げてはしゃいでいた。こうでなければいかんな、と思い席の移動は止めた。あくび連発女は原宿で下りていった。
▼夕方からHP研究会があってジャーナリストと意見交換をする。「首相号外」を持参した人がいて1枚もらった。しかし誰も「真相」は分からない。わたしは携帯の毎日新聞速報にアクセスした。すると2番目のヘッドラインに「首相の脱税疑惑」というのがあった。今朝のニュースなど総合すると、父親の遺産相続の手続きで脱税容疑があり、「週刊現代」がスクープして、12日が首相に質問状を出して、この日がその返答の締め切り日だというのだ。しかし真相は分からないままだ。
▼月曜日に校正の協力をしていて、その中に辛淑玉の講演録といのうのがあった。彼女は講演での録音・録画は一切断っている。参加した人のメモによる再現である。その中に「レジューム」という表現があったので、「レジーム」の間違いであると指摘したばかりだった。これで戦後レジームとも終わりだと思うと若干寂しくもある。昨日某ジャーナリストの指摘によると、「改憲路線に対するノーの意思表示」が勝利したと考えるべきだというのがあったが、そうだなと思う。レジームとはこういう事である。ただわたしも全文をしっかり読んでいないので、すべて正しいかどうかは分からない。ざっと見た所では正しい事を言っていると思う。
▼その校正の時、「自分の携帯が行方不明」になって自分の番号にかけたハズが他人の携帯にかかってしまって、困ったという話が出ていた。一般的に普通の人は20個の電話番号をそらんじているという。みなさんメモリーに頼っていて思い出せるかな?ボケ防止で20くらいはすぐに思い出せるように訓練した方が良いと思う。まだ認知症になる年齢ではないと思う。しかし朝日の連載では若年性認知症が出ていて怖くなる。
▼そう言えば月曜日なのだが、わたしは私鉄O駅から某市役所に向かって歩いていた。1年に4,5回は通っている道なのだが、歩き始めてまったく新しい道を歩いている錯覚にとらわれた。歩いていくうちに不安が増して、駅までもう一度戻ろうかと思ったくらいだ。もう少し歩けば教育委員会と郵便局があるはずだ、という記憶だけはあった。そこにいくまでの道が見たことのない風景に思えた。父の認知症が始まったばかりの頃、久しぶりに車で床屋に連れて行った。母も一緒に買い物をする都合もあったので、父には「終わったらここに座って待っているように」と念を押して出かけた。20分くらいして戻ったら、もうそこには座っていないので大いに慌てた。母と警察に届けようかと相談しながら、床屋の周りを車でゆっくり回っていたら、一人で歩いている父を見つけて胸をなで下ろした。聞くと「どこを歩いているか分からなくて困ったなー」と思ったと云うことだった。わたしの症状はそれとどう違うのだろうか、と不安になった。

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September 12, 2007

◇「ユナイテッド93」を見る

▼911から6年目の昨日。国会ではイラク特措法の「海上自衛隊による米軍へ給油」が問題になっている。無料で気前よく給油した金額は何と7600万ドル相当の燃料が、注ぎ込まれている。東京のガソリンはハイオクで140円以上で150円近いものもある。さらに朝刊ではイカ釣り船の集魚灯が燃料高騰で点灯できず、夜間の釣りは止めて昼間に釣りをしているという報道が出ている。米軍の燃料費は大盤振る舞いで、国民のガソリンは大幅値上げ。これにも怒らない人はとても「善き人」である。
▼元はといえば911事件が起きたときブッシュは「これは戦争だ」と言ったことから、アルカイダ=ビンラディンが、貿易センタービルを破壊した犯人だと決めつけた事に始まる。そして1ヶ月後某政党幹部は大衆集会で「あれはアルカイダの仕業だ」と決めつける。そのとき自民党の一部の人からも、「そんなに断定して大丈夫か?」と聞かれたという。この部分に関する限り当時の小泉首相=某政党という論理が成り立つ。そして多国籍軍のアフガン攻撃から米英軍によるイラク攻撃とエスカレートしていく。
▼日曜日のWOWOWで◇「ユナイテッド93」が放映された。これは911の貿易センター爆破事件はイスラム過激派が米軍の旅客機を乗っ取って、攻撃したものだ、と断定する前提で作られている。映画によると4機の旅客機が乗っ取られ、2機は貿易センター、1機はペンタゴン、そして残りが目的を果たさず墜落したという事になっていて、その残りの1機の機内の模様がいかにもという風に描かれている、2年前に公開されたとき、「週刊金曜日」の成沢記者をして「現実とは違うが、映画としてはよく作られている」と評価されていた。しかしカッターナイフで飛行機をハイジャックしたり、たとえニセでも爆発物をどうやって空港のチェックを逃れたのか。10年ほど前に折りたたんだ工具をバッグの手荷物に入れて搭乗しようとしたら、某地方空港のチェックにあって、「何か尖ったものをお持ちではないですか?」と手荷物では通過することが出来なかった。
▼だからカッターナイフもチェックされるはずである。そしてセスナ機の操縦訓練をしている最中だ、と断定された容疑者が機長を殺害して大型旅客機の操縦桿を取って代わることが出来たのか。それも不可能である。よく知らないけれどアメリカの航空機の座席には、地上と交信できる電話機がたくさんおいてあるのか?さらにおかしいのは客の一部は持っている携帯で地上の家族とお別れの挨拶をしている事だ。
▼現実には、きくちゆみさんが指摘していることなのだが、「不可能な事が可能」になっていることがこの911には多すぎる。この「ユナイテッド93」も実際に飛行していたという記録も旅客との通話記録さえ存在しない。きくちさんの911に関するお話しは近く茨城県の各地で催されるようなので、お近くの方は一度お聞きになるとよいと思う。「ユナイテッド93」?見終わったあとで気持ちが悪くなる映画である。

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September 11, 2007

ハイビジョンカメラより監督の問題意識

▼昨日は「きょうの目」で大勢の方がアクセスして下さった。多謝。「ミリキタニの猫」の割引券を1枚もっています。これを持って窓口に行くと1000円でご覧になれます。ご希望の方は編集長までご一報下さい。条件は『鍵盤乱麻』メルマガ読者で最低月に1本以上原稿を書いている方です。応募者多数の場合過去1ヶ月の数で評価させていただきます。
▼一週間ほど前にさる高貴な方のお子様の動く姿がTVで放映されていた。うーむどうも家庭で自分の子どもや孫のビデオを見て喜んでいるのと、あまり変わらないなー。公共放送を使ってこのような映像を流す意味がどれだけあるのだろう。画質はTV局だから当然ハイビジョンである。だがそれだけ画質が良いと、子どもの賢さ加減も伝わってくるように思える。さてこの間ご紹介した「TOKKO」も「ミリキタニの猫」もホームビデオの多少高い機材を使って撮られている。撮って監督をしているのはいずれも30代前半の女性たちである。同じ機材を使っても、これだか説得あるビデオを作る事が出来るというのは、監督の問題意識に対する態度である。高い機材を買うよりも余分なお金は取材や編集スタッフの費用に使うというスタンスが伝わる。
▼とくに「ミリキタニの猫」は画質を問うよりも、監督のミリキタニ氏への迫り方である。映像は素人よりもちょっと良いかな、という程度だがそれはまったく気にならない。何よりも編集力が優れている。昨日は書かなかったが、本編中で実姉とは電話で数十年ぶりに話すだけで終わる。見る者に対しては「姉さんとは会うことができたのかなー」という気持ちで引っ張る。そして最後エンディング・ロールで孫も含めて再開している映像が流れて、ホッとさせられる。だからこの映画は最後の字幕が出たとたん席を立ってしまっては結末は分からないのだ。
▼わたしが使っているカメラメーカーの新製品が11月に発売になるというので、雑誌ではCMが流れ、カメラ店にも「予約受付中」という文字が出ている。買うか?うーむ機械類は1年待って安定してからだな。それにD3は50万円以上もする。わたしの考えはこうだ。例えばパソコンは10万円以上のものは買わないことにしている。もちろんソフトとか特別に取り付ける周辺機器は別である。なぜかというと20万円するパソコンを買ったら仕事の効率が2倍になるかと言うとそんな事はない。わたしは文字の入力が主体なので、文字変換機能のATOKとエディターだけあれば済むことだ。ではカメラはどうか。わたしに芸術写真を要求する人はあまりいない。必要な時にきちんと撮影出来ているかだ。だから壊れにくい、ピントが合わせやすいだかが必要な機能となる。F3Pで仕事をしていたときは、1日撮影しているとピント合わせだけでかなり疲れた。新しいカメラでその辺がどれだけ改善されているか。そしてどれだけ需要があって元が取れるかだけが買い替えの基準となる。
▼「ER12」は昨晩で終わった。どうも最近次回が待ち遠しいという気持ちがしなくなった。同じ職場でくっついた離れたが多すぎる。昔つきあっていた相手と別れて、別の相手とつきあうなど現実には気まずくなって勤務を続けることは出来ないと思う。

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September 10, 2007

◇「ミリキタニの猫」を見る

▼◇「ミリキタニの猫」ちょうど6年前の911事件が起きた日。貿易センターが崩壊するのを横目に見て、その間近の路上で黙々と絵を描き続ける男がいた。彼が80才になる日本人の路上画家ジミー・ミリキタニ氏である。彼は親切な韓国人のスーパーの経営者のおかげで、寒いときや雨の時は店の脇にあるビニールの囲いでひと息ついている。そして日常は段ボールを机にして猫の絵を中心にセッセと描き続けて本当に糊口を凌いでいる。ところが毎日ここを通る娘のような年齢の女性リンダ・ハッテンドーフと会話をするようになる。ある時は買い物を頼んだり、色エンピツなどを頼むようになる。そして「写真を一枚撮ってくれないか」というようになる。路上画家ではあるが、猫の姿やデッサンの力はただ者ではないという雰囲気を持っている。
▼だが911以降空中にまうアスベストなどの影響で喘息が出て苦しむので、リンダは「うちへ来ない?」と自宅アパートに来るように誘う。当然そうなるにはムービーカメラを回すようになっているのだから、お互いに心を開き、人間関係を築いていくプロセスがあったのだろう。そしてリンダに分かってきたことはミリキタニはカリフォルニアで生まれて、一度広島に帰る。だがやはり親兄弟と一緒に暮らしたいという気持ちで再び米国に渡る。しかし日米開戦となりアメリカに住む日系人は収容所に強制収容される。ミリキタニの描くテーマは収容所と非戦そして愛すべき猫だ。
▼収容所とはカリフォルニアのツールドレークだ。日系人はここで市民権を剥奪されるのと引き替えに収容所を出すことで取引する。殆どの人はそれに応じざるを得なかったのだが、希望を失って自殺した人もいた。砂漠の中の収容所にいれば、食と住はなんとかなるが出たら食べていくアテがない。最後に収容所跡も訪ねるのだが、英文のそういう落書きも残っている。リンダは辛抱強くミリキタニの歩んだ道を聞き出す。そして社会保障番号を調べて「生活も楽になるから貰えばいいのに」というのだが、ミリキタニは「ガンとして受け入れない」それは「米国から市民権を剥奪された怒り」の意思表示でもあるのだ。そうしているうちに同姓のミリキタニという日系の女性がいることがわかり詩集を送ってくれる。さらに実姉が生きていることまで分かり、「生きているうちに会いたい」と会話をする。
▼今まで米国政府と連絡を絶っていたために、「復権」したことが分からなかった。しかし文書を取り寄せるとそのことが明記してあったので、ミリキタニは「施設の人」と面会する気持ちになる。そして大きは広い冷蔵庫キッチン付きの部屋を与えられる事がわかり、リンダの部屋を出ようという気持ちなる。そして「ボクは大アーチストだ」と売り込む事も忘れない。担当者は「じゃさっそく絵画教室の先生をお願いしようかしら」とミリキタニの特技を生かす工夫をする。施設にあるお年寄り向けの絵画教室で墨を筆をつかって「平和の大切さ」をアピールして拍手喝采を浴びて気をよくするミリキタニ。誕生日パーティーには今までの友人たちが来て祝ってくれる。真っ白だった部屋の壁にはミリキタニの描いた絵と様々は記念写真で埋められていた。そしてカリフォルニアの収容所でみんなが集まるメモリアル集会があるというのでカンパが寄せられバスで現地まで旅する。廃墟のようになった砂漠の収容所、幼くしてなくなった人たち、自殺した人たちの墓地の前で「不戦の祈り」を捧げるミリキタニの姿がそこにはあり、あの「収容所を見下ろす山」のスケッチに余念がなかった。渋谷ユーロスペース。9日付朝日の2面「人」欄に出ていた人である。その記事を知ったのは帰宅してからの事だった。
▼映画を見るときはわたしの携帯は「公共モード」にして電源を切ってある。終わってスイッチを入れると留守番電話メッセージが入っていた。2年ぶりくらいにAさんからだった。わたしは交流が切れたと思っても、仕事関係者は一応3年くらいはメモリーから消さないでおく。コールバックすると「エクセルで困っている。あすの記者発表で使うデータが保護違反だとか、リンクが出来ないと出る。助けて!お願い」と訳の分からない事を言って、もうパニックになっている。わたしより3,4才年下の女性なのだが、すがるような声で助けを求められる。事務所の場所を聞くと地下鉄M線のX駅近くだという。これから昼食を食べるから1時間待つように答えて駆けつけた。先週に続き日曜日の仕事だ。しかも日曜日の緊急応援要請は無料ではなく高くつくが、無事解決して感謝されて帰ってきた。

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September 09, 2007

◇「長江哀歌」を見る

▼朝日新聞の土日には「Be」というカラー別刷りの特集がついてくる。土曜日のを見たら、「日曜日」の「Be」がついていて変だなと思っていたら夕刊配達時に「土日を間違えた」というお詫びのコピーが入っていた。それで日曜日のを見ると某アメリカスピーカーメーカーの日本部門の経営者が出ている。わたしはこのB社で出しているノイズキャンセラーヘッドフォンに前から興味を持っていた。これは位相反転という方式をスピーカーの中に内蔵し、外部の雑音はカットして音楽だけを聞きやすくするというものだ。雑誌などでは2,3年前からアメリカのジェット戦闘機のパイロットまたは戦車兵の耳を、騒音から守るために開発されたと銘打っている。果たしてどれほど効果があるのか知りたかった。わたしはこういうキャッチコピーに弱い。何しろこのB社のヘッドフォンは4万円以上もする。宣伝文句に騙されたら取り返しがつかない。いちおうCMではお気に召さなかったら返品に応じるとは言っている。電車の中などで同品を使っている人がいるので、思い切って声を掛けて効能を聞いてみようと思った事も、1度や2度ではない。
▼たまたま日比谷で映画を見た後、秋葉原を歩いていたらそのB社のショウルームがあったので、買うようなフリをして迷わず飛び込んだ。試して見るとノイズキャンセルにすると道路を走っている車の雑音は3分の1くらいは消える。だが完全ではない。電池で作動する訳でその電力消費も考えなければならない。5分くらい色々試したが、あれば便利だが4万円だすようなものではないと納得した。なぜわたしがこれを買おうかと思ったか?それは耳と目は、わたしの商売上必要不可欠の肉体的パーツである。ところでヘッドフォンで音楽を聴くとき音量を調べて見ると、深夜のベッドではボリュームは6位ですむのだが、満員電車の中ではその倍くらいのボリュームになっている。さらに航空機や地下鉄の中では同じ音楽を聴くのにさらに増える。つまり耳にはそれだけ負担がかかっており、難聴になる危険に曝されているのだ。それを考えると騒音がするところでヘッドフォンステレオを聴くのは止めた方が賢明である、という事になる。
▼◇「長江哀歌」長江を下るフェリーの中には筋肉質の男たちがひしめいている。あるものはタバコを吸い。ある物は賭博をしている。中にはインチキなマジックを乗客に見せて、種明かしをしたのだからカネを出せと迫る。山西省から16年前に行方不明になった妻を捜し求めてやってきたサンミンは文無しだったため、無事にフェリーを下りることが出来た。そのサンミンは船着き場にオートバイを止めてたむろしている青年に、住所を見せて「ここまで連れていってくれ」と頼む。しかしついてみるとそこは河の底になっていた。「騙したな」と息巻くが、実は山峡ダムをつくって水位が150mも上がってためにバイクを運転していた男の家も河の底になっていてしまったのだ。
▼妻がすぐ見つからない以上長期戦で粘らなければならない。イカサママジックの呼び込みをしていた若い男に名前を聞くとマークだという。その由来はチョウ・ユンファが主演した「男たちの挽歌」の主人公の名前から来ている。その若い男は何故かサンミンとウマあい、義兄弟のチギリを結ぶ。マークはタバコを吸う仕草もユンファそっくりで、何かとサンミンの身の上を気にしている。サンミンは彼の紹介で、これからダムの底に沈むアパート群の取り壊しの仕事をするようになる。壊される対象の家には「折」と白く大きな文字が書かれ、家主や店子の意見など聞くことなくたたき壊される。マークはサンミンと酒を飲んでいるとき、彼が妻を大金を出して買ったのではないかと見抜く。当時この土地では女性の数が多く、そうして妻を買うことは一般的に行われていたのだ。▼取り壊し作業をして休憩時間になったとき、マークの姿がないことに気づくサンミン。さっそく携帯の着メロを鳴らしてみると、果たしてガレキの下から聞こえてマークは帰らぬ人となってしまった。そうしているうちに妻の消息も分かる。会いに行くと老人とその老妻の面倒を見ていることが分かる。戻ってくれないかと頼むが「なぜ16年間も放っておいたの?」というだけ。老人に交渉すると、「俺はかまわないが女次第だ。それに女の弟に3万元貸してあるので、それを返すことが条件だ」という。3万元は大金である。1年待ってくれと頼み、カネを稼ぐためもう山西省に帰ろうと思う。
▼一緒に働いていた仲間に「山西省には非合法の炭坑があってその気になればひと月200元は稼げる」と誘う。みんな今は4、50元しか稼げないから、その大金は魅力だ。しかし年間10年も死亡する危険な炭坑であると告げると、みんな考え込んでしまう。夜は乾杯をくり返し、翌朝は元気よく仲間と別れていく。山峡ダムを作ることは毛沢東からずっと国を治めるトップの長年の夢であった。しかしそれは人間の古い伝統を壊し、カネで縛るというぎすぎすした人間関係を作り出していったのだ。テーマにはもう一組の若い夫婦の別離も描いているが、それを紹介すると長くなるので省く。
▼1週間前、開映30分前に着いたが満員で入れなかった。そこで今回は45分前に行った。すると1番で入ることができた。やはり「映画の日」が原因だったと思う。

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September 08, 2007

ネコの水遊び

▼先週日曜日からの仕事は、あと半日くらいで終わるメドがついた。月曜午前中は外出の仕事が入っているので、火曜日かけて最終チェックを終えれば納品できる。1年前は病み上がりでかなり苦労したが、今年は頭がすっきりしていたので、それほど苦労せずに済んだ。
▼昨日午後は学校の講義があった。授業もさることながら、次々とパソコンのトラブルが持ち込まれる。わたしは授業をすることで契約しているので、トラブルは1人10分以内で相談にのることができるとお話ししてある。トラブル解決には買ったときのリカバリーCDが必要なので持ってくるように言ってあるが、だれも守らない。リカバリーしたらソフトも消えてしまうのだが、それも何とかして欲しいなどと泣き言を言うが、そういう話には一切対応できない。行きの電車は線路内に人の立ち入りがあったとかで各駅に3分ずつ停車して行った。授業開始時間に間に合うかどうか危ぶまれたが、どうやら20分前に着いた。それから気温がグングン上がってきたので、具合が悪くなる。家に帰ってシャワーを浴びたがそれで、ベッドに倒れ込んでしまった。血圧を測ったが3度目には平常値の上が120に戻っていた。
▼一年前に風呂場とトイレを改装しようとして業者に見積もりを依頼した。ところが依頼したその日の夕方に倒れてしまった。だから改装計画はそのまま中止になった。1年後ようやく体調がある程度回復した(立ちくらみは治らない)ので、友人を介して見積もりを取って8月上旬に一週間ほどかけて改装した。風呂など快適なので、読者のみなさんを3人単位でご招待したいところだが、まだ日程があわないので実現していない。お好みの入浴剤があればそれを持参して、あと人に飲ませたいお酒を一人1000円分くらい持ってきていただければ、つまみくらいは用意させていただく。
▼トイレも自動になった。つまり用を足して便座から立ち上がると、その量を機械が判定して水が流れる。それをネコのナナちゃんが気づいて利用している。ナナちゃんは風呂場などに行って、水を流れるのを見るのが好きなのだ。それでトイレでは便座に一度のって飛び降りると水が流れることに気づいた。誰もいないのにトイレで水が流れていると思うと、ナナちゃんがトイレで遊んでいるのでつまみ出すのだ。
▼今朝の朝日に諸官庁が、ウィキペディアの内容を自分の都合の良いように、勝手に書き換えているという話が出ている。たたが民間団体がボランティアでやっている電子百科事典なのだが、官庁もその影響を無視できなくなったのか?その辺の所はよく分からない。悔しかったら、電子辞書の書き換えをするのではなく、政策を実行することにエネルギーを注げば良いのだ。情けない話ではある。
▼昨日の天声人語はよかったな。土佐日記から始まって、武道教育の義務化を批判した話だ。

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September 07, 2007

サビが浮いてきた南部鉄のタマゴ

▼台風9号は皆さまお住まいの近くでは、どんな影響を残したであろうか?現在は、わたしたちが1週間前にバス旅行をした後をたどって、東北地方に向かって北上しているようだ。旅行で唯一「いいな」と思ったのは、南部鉄瓶である。しかしその価格をみると、「0」が一つか二つ多いのではないか、と思うほど高価である。仕方なくアルミのヤカンに入れる、南部鉄のタマゴというのを買った。一個800円から1000円くらいなのだが、当然一番安価なモノを買う。帰宅してヤカンに入れてみたが、水だけでも重いのに、さらに250グラムもある鉄タマゴを入れたら持ち上がらない、という苦情が家族からでた。それでコーヒー用の小さなヤカンに入れた。しかし観察すると錆びが浮いてきた。このまま飲んでいて大丈夫だろうか?もしかしてこの錆びが身体良いのかナ?いや酸化物を体内に入れて良いはずなどない。ガンの遠因になる。
▼アルミの鍋やヤカンは、アルミ物質が溶け流れ、それを飲み続けるとアルツハイマーになる、という話がある。それで鍋やヤカンを買い替えるという人もいるくらいだ。さらに一説にはアルミ缶のビールも危ないという話もあるだからA社はアルミ缶だからK社の缶ビールしか飲まないという人もいる。それよりもアルコールの過剰摂取に気をつけた方が良いとわたしは思う。アルミと鉄の錆びとどちらが危ないか分からない。わたしには、どうも鉄の錆びの方が危ないように思えて、ヤカンから引き上げて文鎮代わりにする事にした。
▼あれほど警告が出ているにもかかわらず、台風が来てから屋根に登って落ちたりする事故が後を絶たないのは何故だろうか。
▼瀬島龍三のことだが「ウィキペディア」では、半藤一利が「瀬島は日本兵をソ連に引き渡す事で取引を否定している」と書いてあるが、これは間違っている。半藤の著書を見ると「直接インタビューを試みたが、話してくれなかった」とある。巷間言われているように、ウィキペディアは執筆者の読解力と読書力によるところが多い訳で、その間違いを見抜く力も必要になる。
▼パバロッティが膵臓癌で死亡した。彼を始め3大テノールを7、8年前にウィーンで聴いた人の話によると、「3人とも既に峠を越している」という評価だった。それなのに何故歌うのか?それはカネが目当てのプロデューサーの考えである。使えきれないほどの冨を貯えて、悠々自適の生活をする事ができる身分にあっても、老醜をさらして歌わなければならないテノール歌手もさぞかし辛いだろうと思う。

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September 06, 2007

函館の9条に乾杯する会

▼メルマガはお読み下さっただろうか?2日前に「瀬島龍三」の事を書いたが、昨日の当ブログのアクセス用語を解析したところ、「瀬島」が50件もあった。ネットで分かる内容は限られているし、正確ではないので、是非図書館に行くとかして勉強していただきたい。
▼2日前にケーブルTVで旅番組の再放送を見ていたら、辰巳琢郎がゲストで出ていて温泉につかっていた。そして画面では「下弦の月」が映っているのに「ああ上弦の月だね」と言っていたのには大いに驚いた。そう言えばひと月ほど前に盆で実家に帰省していたときTVのクイズ番組で、元毎日の鳥越俊太郎がゲストの一人で出演していた。クイズは歴史物で顔をグループに分ける内容だったと思う。みんな最終問題が答えられない。似顔を見ると「魯迅」以外の何物でもないのだが、5分ほどしてようやく、彼だけが答えられた。うーん二人とも京大だが、授業にはちゃんと出席していたのだろうか?と思った。
▼1週間前に十和田湖のホテルに泊まっていたときNHKTVでたまたま「ためしてガッテン」をやっていた。中味は「集中力を高める方法」だった。結論として音楽CDとか色々試したのだが、脳が一番集中力を発揮するのは、「自然の音」だという事になった。家にはそういうCDはないので家族に話したところ、「会社に一枚それらしき物がある」というので借りてきた。昨日さっそく再生したのだが、中身は鳥の鳴き声と音楽だった。鳥の声が聞こえた途端、家で眠っていたネコが全員聞き耳を立てて興奮してしまった。人間には優しいCDだったのかも知れないが、ネコたちには「自然本能を刺激」する音だったようで、再生は一回だけで終わってしまった。
▼今朝の朝日に出ていた函館の市民団体で9月9日9時9分に「9条に乾杯」する運動をしている。サイトは以下の通り。

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September 05, 2007

山岡部隊の分かったこと

▼数日前に家族の誕生日があって、久しぶり(おおよそ半年)にケーキという物を少しだけ食べた。饅頭などの餡が入った物は大豆が主原料で、繊維質だから食べても良いのだが、ケーキのクリームは血管を詰まらせるので、原則食べないようにしている。先日の研究会の折、昼飯はM軒の高い幕の内弁当が出た。昨年から某製薬会社がスポンサーになったためだと思う。それまではサンドイッチにコーヒーだけだった。幕の内には海老の天ぷらが2匹載っている。わたしが天ぷらの衣を外して食べていると、隣に座っていたDr.が「そんな無理しないで、時々禁を破った方が長続きしますよ」とおっしゃる。しかしわたしは隣に座っているDr.のアドバイスで肉料理、チーズ、タマゴなどを止めてコレステロールを落としたのである。今更そんな事を言われても困る。カツ丼なども大好きだったが、これは完全に一切やめた。天ぷらは上記のように衣を外す。「苦痛ではないですか?」と聞かれるので、「全然苦痛じゃないです」と答える。Dr.は「僕は月に一度くらい禁を破る方法を続けている」という事だった。
▼昨日電話した某読者の場合は、毎日禁を破っているがその結果は10年も経たずに、レインボーで「うさこさん」が書いている「おむつ」となって現れるだろう。
▼山岡部隊の事だがこのブログの「検索用語」でかなりの人が、コレで来ている事が分かる。山岡部隊とは正式名称は館山警備隊の中にあった、呉鎮101特別陸戦隊の山岡部隊のことである。呉鎮だから海軍所属になって350名が所属していた。以下インターネットで検索したので、歴史的に絶対正しいかどうかは証明できないが、何かの参考になるだろうと思うのでご覧頂きたい。「google」で検索すると、わたしが先日書いた大房岬要塞も含めて30個くらいの「山岡部隊」出てくる。「教えてgoo」にある「原爆奪取作戦」の3番目に書いている「通称S特」の解説が一番詳しい。また旧日本軍の作戦名一覧の中に「剣号作戦」というものがあるが、上記のものと同一である。また「小田原理髪店」の中にも生き残りの人が登場して、8つめのパラグラフの中に、訓練の様子が出てくる。
▼さらに山岡部隊を詳しく知るには「特攻S特、海軍特別陸戦隊山岡部隊史」(1978年刊)という本があるが、中々手に入らないようだ。手に入る本で唯一詳しく書かれているのは「第二次大戦航空史話」下巻 秦郁彦著 光風出版の第13章「幻のS特なぐりこみ作戦/アメリカ西岸からマリアナへ」だろう。

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September 04, 2007

瀬島龍三とは何だったか?

▼本日未明、瀬島龍三が老衰でなくなったという報道があった。TBSラジオでは森本毅郎が、「こういう政界お目付役がいないから、日本はダメになるのだ」と持ち上げる。瀬島の行状についてややもするとマスメディアは持ち上げているが、実際は違う。興味のある方は共同通信社から「沈黙のファイル/瀬島龍三とは何だったのか」が出ているからご覧頂きたい。ラジオでも中曽根内閣のときに行革で国鉄、NTTを民営化することで辣腕を振るったとされる。「辣腕」の中身が何だったかは、汐留の国有地払い下げなど「民営化」で格差がますます広がるきっかけを作った事だ。
▼また敗戦の停戦交渉の時に日本側とソ連の間で捕虜抑留問題で密約をして、日本側の捕虜を抑留してシベリア鉄道建設などの使役につくことを自ら申し出た、という疑惑もあることは周知の事実である。
▼今「山岡部隊」の事で夢中になっている。色々分かってきてとても面白い。本日多忙、以下時間があったら書く。
▼明日はメルマガの締め切り日です。午後8時をお忘れなく。すでにお二人の方から原稿を頂いています。なるべく一日前には投稿するよう、締め切り時間ギリギリではなく余裕をもってお願い致します。

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September 03, 2007

PAC3は守護神か?貧乏神か?

▼昨日は医学関係の研究会だった。パワポで図示される画面と発言者の専門用語である英語を書き留めるのだが、こちらは専門分野ではないから悪戦苦闘する。隣に座ってくださった方は旧知の間柄である。前夜遅くまで読書していたせいか、右目が真っ赤に出血してしまった。2年ほど前にもそんな事があって、近くの眼科医に行ったら表面の出血は心配いらない。と言われた。昨日も隣に座った方は専門ではないが、「心配いらない。本の読み過ぎではありませんか?」と言われる。発表する人も「体重を5kg減らした」などと減量自慢の前置きをして発表するので、会場から失笑が出る。隣に座った方も夜9時には寝て、朝4時には起きる健康的な生活をしている。しかし食欲が旺盛で自分に「病気の症状が出てしまった」とこぼしていた。
▼帰宅途中某読者に偶然出会う。この方はメルマガ読者で、最も近い距離に住んでいる。直線距離にして4mくらい。マンションの上と下の関係である。彼はアメリカ映画好きなのだが、最近は投稿していただいていない。「メルマガ読んでいます。近く投稿します」というお言葉を頂いた。
▼PAC3の事で考えた。射程距離は20kmという事は、コンパスで円を描くと分かるが東京23区を守るには4発のPAC3が必要になる。もっとも軍隊というのは国民を守ってはくれないから、霞ヶ関と防衛庁だけ守ることが目的となろう。米軍基地は守らなくても大丈夫か?それは村上龍の「北を出でよ」を見ると分かる。米軍は自分が攻撃されないかぎり絶対出ない。つまり日本は見殺しにされる。日米安保条約があるではないか?それは甘い考えである。日米安保はアメリカ本土を守るのが目的で、ミサイル攻撃がもし現実に起きたら、家族もろともアメリカ本国に逃げ帰る。その辺は「北」も計算済みだから在日米軍基地は攻撃しない。そんな話が「北を出でよ」にも出ている。現実にアメリカは5年ほど前に第二次朝鮮戦争が起きたらというシュミレーションをやっている。それによれば米軍は緒戦で5万人の死者がでるという結果になっている。緒戦だけでその数だ。イラクの他に第二戦線を作る事など不可能である。
▼だからもし第二次朝鮮戦争が出来たら、当事者にお任せという事になる。PAC3も首都圏に網の目のように配備する事などできない。さらに多弾頭ミサイルだったらどうするか?「北」から10分足らずで日本の上空に飛んでくる。PAC3の首都圏展開は数年前の「防災記念の日」に石原都知事が自衛隊の装甲車を銀座に走らせたのと同様、国民の「武器アレルギー」をなくすのが目的なのである。日本のような資源のない国はすべての隣国と友好関係を保たない限り生き残る道はない。そのことは第二次大戦が如実に示しているではないか。ミサイルや武器で潤うのは軍事産業だけだ。
▼今朝のTBSラジオで映画「シッコ」で明らかになったキューバの医療費が無料であることを、現地に滞在していた人が紹介していた。最近ではアメリカ人がこっそりキューバに渡って治療する例も多いのだという。森本毅郎はキューバのGNPは低いのに、なぜそんなことが出来るのか?と疑問を投げかけていた。日本はGNPが高くてもそれは裕福な人や大企業に廻ってしまっている。GNPは低くてもキューバは街の一ブロックに一ヶ所の診療所を作って、誰もが老後や医療費の心配がいらない国になっているのだ。

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September 02, 2007

毎月1日は映画の日だった。

▼占いは大外れで、「長年の夢」など何一つも解決しなかった。午後からプロ野球のTV中継が旭川スタルヒン球場で始まり、1台はそれを見る人が占有する。もう一台はCATVのミステリーチャンネルになる。わたしが見たい番組はどこにもなかったので、日比谷の映画館に勇躍でかける。ところが映画館に30分前に着いたにもかかわらず、「売り切れ」の札が下がっている。「長江哀歌」に来たのだが、どうしたことか?よく考えて見たらきょうは1日で「映画の日」だという事が分かった。失敗したなー。首都圏の映画は毎週土曜日に新しい映画に代わる。しかし1日は「映画の日」なので、第一週は面白い映画になるこことは先ずない。というのは映画館も商売だから1000円で新作を見られてはたまらない、と考えるのだろう。2週以降にならないと「これ」という作品にはならない。銀座もあちこと見たが見たい映画はなかった。強いていうならシネパトスの「夕凪の街、桜の国」なのだが、麻生久美子は好きだが、主演の田中麗奈が意地悪そうで大嫌いなんである。だから行かない。結局渋谷まで行って所用を済ませ、Yカメラで本日の仕事で使う道具を買って帰ってきた。
▼1面の十和田湖のおとめの像のことだ。バスの観光客は添乗員さんの「夕日が沈みます」のかけ声で一斉に湖の畔まで走った。数分で大陽は沈んだので見ることができたのは数人だと思う。おとめの像まではそこから約10分くらいある。像は想像していたよりもかなり大きかった。バスに乗っていた同世代の女性たちは一様に「骨盤が大きくて体型が今の8等身の娘たちとは明らかに違う。自分の姿を見ているようでおぞましい、というのが共通した意見だった。
▼夕方図書館で面白い本を引き取りに行って、それを読むのに夢中になって中々寝付く事ができなかった。先日の映画「TOKKOU」を見てわたしは「絶対主義天皇制」とは何だったのか考えている。この本はそれにかなり明確に答えを出している。本のタイトルは佐藤忠男の「草の根軍国主義」平凡社だ。

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September 01, 2007

役に立つのか?PAC3の展開訓練

▼夕刊の占いによるとわたしの本日の運勢は「長年の夢が叶う」という。今朝のTV占いもかなり良かった。今朝9時最寄りの駅で某読者にお会いした以外とくに変わった事は現時点では起きていない。夕方まではまだ時間があるので期待しよう。だがわたしはそれほどの野望・野心があるわけではないし、会いたいと思っていた人と会える程度で、望みなどたかが知れている。映画?は行かない。なぜなら明日は重要な仕事を抱えているので、自宅休養にするつもりだ。30日の夜はバスに長時間乗っていたせいでさすがに体中が痛かった。
▼もっと驚いたのは昨日朝日朝刊の1面2番目にあった記事だ。「迎撃ミサイル展開先代々木公園や晴海埠頭」という記事だ。一体日本はどうなってしまうのだ。この迎撃ミサイルはアメリカのMD(ミサイル防衛網)計画の一環で配備されるPAC3(パトリオット3)という迎撃ミサイルだ。PAC3というミサイルPAC3は「敵国」がミサイルを発射したのを察知して打ち上げられる。最初は航空自衛隊入間基地に初めて配備された。そのミサイルの最大射程距離は20kmだ。となると東京全域をこのミサイル1発で網羅することは不可能である。飛んできそうなところ全体に配備するか、あちこちに移動させて常に訓練を怠らないようにしなければならない。ミサイルにはレーダーがつきもので一体となることで効力を発する。ところがそのミサイルはビルの谷間にあっては照射範囲が狭まるので、見通しのよい広い空き地が必要になる。ということで広い空き地が確保できる、代々木公園、明治公園、晴海埠頭などが候補に上がっているらしい。
▼今飛んでくる可能性のあるミサイルと言えばNドン、Tポドンだろうが相手はこっちのスキを狙うだろうから、どこにPAC3を配備しても「万全」という事は考えられない。防衛省は実際は役に立たないミサイルの迎撃演習をする「効果」を狙っている。つまり「飛んでくるハズもない」ミサイルを演習をすることによって、恰も現実に飛んでくるがごとく、規定概念として国民にすりこむことが今回の配備と演習であろう。「宣戦布告」も映画のうちはお笑いで済むが、今回のような展開訓練をすることによってますます国民の権利が規制されていくように思う。

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