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September 16, 2007

屋島の源平合戦古戦場を歩く

Yoitimato_2
那須与一の的のあった場所の再現図
▼昨日夜10時頃携帯メールを下さったかたがいた。現在位置をお知らせすると、「讃岐うどんでも食べに行っているのか」と聞かれた。わたしは麺類が嫌いである。とくに「うどん類」は嫌いだ。これは幼いとき母が頻繁に作ったほうとうのせいである。うどん粉を練って蕎麦状にした佐久から山梨にかけての農家の料理だ。ところがダシをとる煮干しが丸ごと浮かんでいるので、気持ちが悪かった。それから煮込みのような食べ物ば嫌いになる。
▼余談になってしまったが、わたしは高松に来ている。せっかく来たのだから、源平合戦の跡地を訪ねようと思い立った。琴電に乗って約30分もするとガイドブックにある琴電屋島駅に着く。わたしは古典の中で、「日本書紀」の壬申の乱と、「平家物語」の屋島の合戦から壇ノ浦の戦いが大好きである。壬申の乱で言えば、天皇家はこの部分だけ見ても神武天皇からの血筋は絶えている。だから戦争中はこの部分がカットされて教えられていたのだ。
▼さて駅に降りたがあるはずのケーブルーは廃止されていて途方にくれる。駅前には食堂もない。調べると1時間に1本山頂まで行くバスが出ていることが分かる。しかたなく近くのコンビニSでサンドイッチと牛乳を買い求める。300円也、もっと美味しいものを食べたかった。近くの東照宮とやらを参拝してバスを待つ。外国人男性もバスに乗り込んで来て、運転士さんと料金などの事で話をしている。うーん旅行はこうでなければいかんな。お仕着せのコースを歩いていては何も得ることはない。山頂まで10分100円だ。そこには四国88ヶ所めぐりの84番札所の屋島寺が一つあるから、巡礼たちがバスでドッとやってくるが、そうでなければ来る人などまずいない。これでわたしも過去から3つくらいの札所を回っている。
▼山頂には不思議なことに水族館があってイルカのショーをやっていた。わたしはそういうのに興味がないので、海をじっと見つめ、義経の無謀とも思える捨て身の戦法に思いを馳せていた。1時間もいたらもう見るべきものはない。下山するときのバスの運転士さんは女性だった。それが痩せていてキリリとし、キビキビを動く50歳前後の美しい人だった。
▼古戦場を見るためには二つ先の八栗駅まで行かなければならない。駅で年配の女性駅員さんからガイドブックを貰う。ここは牟礼町と言い、近くの八剣山から採れる石で生計を立てる石屋さんが沢山ある。石の奇怪なオブジェで町は埋め尽くされている。平家物語の那須与一の弓を射た場所とか、義経が流された弓を拾ったところとか沢山あるが、町の人はそういう物に頼っていても生計は立てられないから、街角に忘れ去れた遺跡が点在するのみである。「源平合戦案内所」の看板が出ている木工所に立ち寄った、若い人に聞いたら「わからない」という。「わかる人は?」と聞くと「トイレに入っている」という。随分長い間待たされた。70歳近い人が出てきた。「お聞きしたい事がある」というと「俺は場所を貸しているだけで、何も分からない」という答えが返ってきた。
▼別の人に聞くと「町の石加工でやることはもう何もない」という。わたしは「八剣山の石はまだ沢山あるじゃないですか」と言うと「石だけはあるけどね」という返事が返ってきた。かくなる上は町の再興をするにはNHKで、平家物語の大河ドラマでも突くってもらうしかなさそうだ。

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