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September 05, 2007

山岡部隊の分かったこと

▼数日前に家族の誕生日があって、久しぶり(おおよそ半年)にケーキという物を少しだけ食べた。饅頭などの餡が入った物は大豆が主原料で、繊維質だから食べても良いのだが、ケーキのクリームは血管を詰まらせるので、原則食べないようにしている。先日の研究会の折、昼飯はM軒の高い幕の内弁当が出た。昨年から某製薬会社がスポンサーになったためだと思う。それまではサンドイッチにコーヒーだけだった。幕の内には海老の天ぷらが2匹載っている。わたしが天ぷらの衣を外して食べていると、隣に座っていたDr.が「そんな無理しないで、時々禁を破った方が長続きしますよ」とおっしゃる。しかしわたしは隣に座っているDr.のアドバイスで肉料理、チーズ、タマゴなどを止めてコレステロールを落としたのである。今更そんな事を言われても困る。カツ丼なども大好きだったが、これは完全に一切やめた。天ぷらは上記のように衣を外す。「苦痛ではないですか?」と聞かれるので、「全然苦痛じゃないです」と答える。Dr.は「僕は月に一度くらい禁を破る方法を続けている」という事だった。
▼昨日電話した某読者の場合は、毎日禁を破っているがその結果は10年も経たずに、レインボーで「うさこさん」が書いている「おむつ」となって現れるだろう。
▼山岡部隊の事だがこのブログの「検索用語」でかなりの人が、コレで来ている事が分かる。山岡部隊とは正式名称は館山警備隊の中にあった、呉鎮101特別陸戦隊の山岡部隊のことである。呉鎮だから海軍所属になって350名が所属していた。以下インターネットで検索したので、歴史的に絶対正しいかどうかは証明できないが、何かの参考になるだろうと思うのでご覧頂きたい。「google」で検索すると、わたしが先日書いた大房岬要塞も含めて30個くらいの「山岡部隊」出てくる。「教えてgoo」にある「原爆奪取作戦」の3番目に書いている「通称S特」の解説が一番詳しい。また旧日本軍の作戦名一覧の中に「剣号作戦」というものがあるが、上記のものと同一である。また「小田原理髪店」の中にも生き残りの人が登場して、8つめのパラグラフの中に、訓練の様子が出てくる。
▼さらに山岡部隊を詳しく知るには「特攻S特、海軍特別陸戦隊山岡部隊史」(1978年刊)という本があるが、中々手に入らないようだ。手に入る本で唯一詳しく書かれているのは「第二次大戦航空史話」下巻 秦郁彦著 光風出版の第13章「幻のS特なぐりこみ作戦/アメリカ西岸からマリアナへ」だろう。

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