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December 31, 2007

1年間ブログを読んで下さってありがとう

Teikokuhotel(帝国ホテル夜景)
▼メルマガ送信リストの整備は終わった。夕べプリントアウトしたものをデスクトップに残っていたものと、ノートパソコンのデータと照合を終わったので、先ず大丈夫だと思う。昨日のアクセスの半分は「日比谷のライトアップ」だった。そんなの時間はかからないから行って自分の目で確かめれば済むことなのに、ネットだけで終わらせようという魂胆がどうもおかしいと思う。今年は我が家は喪中なので、おせち料理や餅、屠蘇など一切準備をしないのでとても楽である。
▼年末年始に読むようにとおもっていつもの店から雑誌5冊ほど買い込んだ。もちろん図書館からも4冊ほど借りてあるが、わたしが読書にもっとも集中できるのは電車に乗っている時だ。家でその状態を再現できる訳ではないので、どうしても雑誌になってしまう。その一冊に「AERA」年末年始号がある。34ページに「浩志会の地下人脈」という記事がある。「浩志会」とは表面的には官庁と民間企業の交流を目的とした財団法人で会員は1200名。会員の現職官僚は「会に選ばれることは、出世レースに勝ち残ること」と云い、民間企業の会員は「会社にとって意味のある人材を戦略的に送りこむ」と言い切る。AERAはここは「官僚を口説くサロン」としている。たしかに現OB会員の浩志会天下り先をみると、そのような会員企業にとって利益確保のための先行投資と見られなくもない。そして驚くべき一枚の写真が掲載されている。それは会員が「10周年記念視察旅行」と称して、自衛隊に体験入隊し、全員迷彩服を着て74式戦車に上った姿で記念写真に納まっていることだ。「防衛省の会員に便宜をはかってもらえますが、頼めば誰でも乗れるはす」とコメントが書かれているが、これは誰にもできない筈で、特別扱いである。しかし迷彩服を着て笑顔で戦車に群がっている姿に、浩志会の異常性を感じるのは、わたし一人ではないと思う。
▼30日午前8時からのTBSテレビ「サンデーモーニング」は格差と環境が一つのテーマとなっていた。出席者として金子勝、寺島実郎、浅井信雄らの辛口コメンテーターが出演していて中々説得力のある話をしていた。とくに映画「ダーウィンの悪夢」を紹介しながら、人間が人間を搾取している矛盾を解明していたのは良かった。

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December 30, 2007

◇「迷子になった警察音楽隊」を見る

Teikokuhotel(日比谷交差点夜景)
▼年末休暇に入った昨日は意外とアクセスして下さる方が多かった。検索用語を分析すると「ライトアップ」が一番多かったようである。わたしは都内のライトアップは殆ど撮影してしまった。時間があったらもう一度ミッドタウンだけ撮り直そうとも思っているが分からない。
▼先週の校正・誤植事件の事で、思い出したことが一つある。もう10年以上前の事になるが、最寄りのJRの駅に千葉から東京湾界隈のレジャーマップのようなポスターが張り出されていた。その一つに「中山競馬場」のイラストがあり、そこに一言落書きがあった。イラストの馬と騎手は左回りに走っていたのだ。ところが落書きは「中山は中央競馬会ではないので右回りだ」と書いてあったのである。うーむ校正おそるべしだなー。編集者や校正者はすべてに精通していなければならない。わたしは競馬については何も知らないので、その後ネットで調べて見ると、東京競馬場は左回りである。中央競馬会も7割方は左回りとなっている。その理由とはゴールの位置と見せ場のレイアウトで決まってくるらしい。このイラストレーターは、「競馬」の事をご存知なかったらしい。
▼昨日てんぐささんに先をこされてしまった。いや公開日にも行ったのだが、混雑していて入ることが出来なかった。雨がまだチラホラしていたので、客の出足は遅くなるだろうと思っていたのが正解だった
◇「迷子になった警察音楽隊」イントロで25年前の出来事だとある。エジプトアレキサンドリアの警察音楽隊が、イスラエルからの招請で演奏にやってきたが、指揮者が部下にバス乗り場で行き先を聞かせる。ところが部下の若者の発音が悪くてペタハ・××××と土地なのにベタハ・×××と云ったため飛んでもない田舎に下ろされてしまう。いや25年前という設定なのだが、空港のポスターにはおなじみイスラエルの虎の子「メルカバ戦車」が映っているし、2000年に撮影された作品らしい。楽団の面々は指揮者に連れられて右往左往する。電話もないので近くのレストランに「バスの時刻」を尋ねると、「もう今日はない」と云われて途方にくれる。荷物はキャリーバッグと自分が演奏する楽器という重装備で、部下たちは「今朝から何も喰っていない」と不満を言い出す始末だ。そこで最初に道を聞いたレストランに戻り「この辺に何か食べさせてくれる所はないだろうか?」と恐る恐る尋ねる。
▼店主の女性は「うちは何屋に見える?食堂だよ」と云う返事が返ってきてホッとする。食べ終わって「この近くにホテルはないだろうか?」と尋ねるが、「そんな物ない」と素っ気ない。途方に暮れていると「うちと店員の家に分宿するといいよ」と云ってくれる。それぞれ3人と4人のグループに別れる。女店主はとても気さくな人でレストランに隊長を案内する。そこではイスラエルでもどこでも普通の人の営みが行われている事を知る。そして毛一グループは一般家庭に連れて行かれるが、妻と夫は常に口喧嘩が絶えなくて気まずい思いをする。それでも祖pの家の主人が「サマー・タイム」を口ずさむと、みんな一斉に歌い出す場面は、言語は違っても歌一つで心が通じるという事をしらせてくれる。さらにチェット・ベイカーの作曲した作品では話はどんどん弾んでいく。
▼そして間違った発音をした楽士はその家の青年とアイススケート・リンクに連れていって、恋の手ほどきをする場面は滑稽である。そしてどうやら在イスラエル、エジプト大使館と深夜に連絡が取れて、翌朝迎えの車がやってきて別れを告げる場面では、それぞれがひと夜の想い出が胸に甦り、それは手の振り方となって現れる。シネカノン2で。今年の締めくくりの映画としては最高だった。

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December 29, 2007

▼◇「暗殺・リトビネンコ事件」を見る

Oukantoku(昨日日本橋の日本蕎麦屋Sで見かけたソフトバンク王監督)
▼きょうからお休みの方も多いと思う。普段投稿下さっている方も、そうでない方もお近くにパソコンがない場合は携帯でわたしのパソコン宛投稿してお送りいただけると嬉しい。どうぞ、お正月も投稿が絶えないようお願いしたい。もちろん一番嬉しいのは手書きのハガキや手紙なので、そういう方法での投稿をいただければありがたい。自分もこのブログで誤字を書くことが多い。昨日メール便で届いた新聞に新年会の案内があって、そこに「お越し下さい」と書いてあったが、これは「お来しください」、もしくは「おこしください」ではないだろうかと思った。
▼余談、昨日夕方のNHKラジオを聞いていたら、きれい好きが抵抗力のない人間を作ってしまっているという話をしていた。つまり人間の体内の抵抗力というのは1万年前と変わっていないので、極端に云えば地面に落ちているものを食べても病気になったり、死ぬことはない。ところが昨今、温水洗浄便座、抗菌グッズや、薬用石鹸などが流行っている。しかしそれらを使うと人間が本来身体の中にもっている抵抗力を失ってしまう。温水便座にしても日本は世界で一番普及しているが、昔は新聞紙を使っていた。今は男性が小用をするとき温水便座を使う事があるが、これは肛門が本来もっている周辺をきれいにしようとする自浄能力を失ってしまう。大体杉花粉症というのも出てきたのは1963年頃でそれまでも杉花粉は飛んでいたが、「症状」は出なかった。それは身体を清潔にしようという人間が増えてきたことと比例している。だから手や身体もごしごし洗わない方がよい。
▼それに健康、健康と気をつけている人が長生きするかというと、統計では必ずしもそうならない。お酒を飲んで楽しくやっている人が長生きする場合もある。要するに気持ちを楽しく切り替え「笑う」事を増やすようにした方がストレスを与えないで長生きするという内容だった。良かったね、Maさん。
▼重要なお知らせ2点。
1)昨年中止になってしまた、向島七福神めぐりですが来年は1月4日午前11時JR総武線某駅(昨年と同じ駅の西口改札、参加してくださる方には個別に場所をお知らせするメールをお送りします)集合。歩く時間はおよそ2時間で昼食後3時には解散します。ぜひ大勢の方にご参加お願いします。
2)パソコンデータ移行の作業中『鍵盤乱麻』メルマガの一斉送信アドレスを消去してしまいました。普段メールなどで交流のある方復旧しましたが、1年以上交流のない方はアドレスが分かりません。およそ70%は復旧できています。もし1月6日になってもメルマガが届かない方はお手数ですがご一報下さい。
▼◇「暗殺・リトビネンコ事件(ケース)」1昨日にパキスタンで起きたブット元首相の暗殺事件だが、パキスタン政府はいち早く「アルカイダで盗聴記録を握っている」と発表し、日本の新聞も今朝は右も左もそれを無批判に流している。しかしブットが死んで一番得をするのはムバラクであった筈で、そこにアルカイダの入る余地はない。それと同じ事がロシアのチェチェン侵略で、支配者というのは恣意的に敵を作って、「あれがテロリストだ」、といって国民を騙し、国内を結束させる方法は昔から使われてきた。この1ヶ月ほどのロシア大統領選挙の様子を見ているとなぜあんなに若者がプーチンを支持しているのか不思議でならなかった。考えるに国内政策のまずい点を他国に押しつける。そして映画を見ていると「チェチェンのテロを許さないゾ」というようなデモを組織するのが一番簡単である。そしてチェチェン側は「ここは俺たちの土地だ、一歩も引かない、ロシアは出て行け」と抗議活動をする。
▼殺害されたリトビネンコ氏はかつてFSB(といってもパソコンのFSB=FrontSide Basではなく、旧KGBの後に作られたロシアの秘密警察だ)に入っていて現実に要人暗殺などに関わっていたらしい。それに厭気がさしてイギリスに亡命し、そこで逆にFSBの元同僚に放射物質ポロニウム210を紅茶にいれて飲まされる。つまりリトビネンコはプーチンにとって秘密をバラされるとまずい敵だったのだ。ムービーカメラは夫人やかつての同僚で「毒殺」に関わったアンドレイ・ロゴボイ容疑者にまでインタビューを敢行し丹念に追っていく。リトビネンコは自らの正義と、真実を信じてスパイであることをやめたのだ。彼を殺した黒幕は誰か?そしてなぜ暗殺されなければならなかったのか、この映画を見れば分かってくる。渋谷ユーロスペース。

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December 28, 2007

日比谷のライトアップを見る

Hibiya(東京ファンタシア2007:日比谷公園で)
▼銀行はどこも混雑しているので、待たされる。家の近くにある某信用金庫は、いつも活気がなくて仕事をしているのかしていないのか分からない。少額の引き出しでも番号札が1番でも10分は待たされる。そんな事にイライラしながらも、午後3時過ぎには支払い関係の一通りの仕事が終わる。午前中分解した前のパソコンの内蔵物を秋葉原に売りに行って、午後その売り上げを照会に行く。ゴミとして出せば5000円は取られる。今回は5年間汚さないで使った液晶モニターも一緒に売却したので、結構な料金になったのでポイントとして積み立てる。物騒な年末だから、みなさんも年越しにも現金は一切手元に置かない方がよい。
▼夜は家族がそれぞれ忘年会で不在である。わたしは愛猫たちに「する帰るから」と挨拶をし、そのうちの最も可愛いロクちゃんには頬ずりして、後ろ髪を引かれる思い(今朝の朝日の生島浩と同じ)で日比谷で撮影するために出かける。日比谷公園では多少早めに着いたので、待ち時間で手紙を書く。これが昨日見た時間の有効活用である。行ってみたら分かったことだが、これはTBSと東京都がオリンピック招致のためのイベントであることが分かった。とにかくその宣伝とグッズ販売にやっきとなっている。ちょっと明るすぎたが、露出を調整して一枚一枚マイナス補正をしてイメージに近づけた。そこを早々に引き上げる。
▼家の近くのコンビニでビールを買った。わたしは飲み過ぎに注意するために、アルコールの買い置きしない。そうすると飲みたくても面倒なので、つい飲むということはない。そしてコンビニが混雑している原因なのだが、どうやら近所の一部上場企業が、部署ごとに打ち上げをしているようだった。普通コンビニというと数点しか買わないのだが、スーパーで買うほど大量に仕入れている。見ているとお買い上げの単価は4000円くらいだった。そしてその買っているものが、唐揚げとか脂っこいものばかりである。その会社で発売しているヘ○シ×を飲んだ方がよいと思った。もちろん一番よいのはそういうものは一切口にしないことだ。
▼そして午後10時過ぎラジオを聞いていたら、パキスタンのブット元首相が爆弾テロにあったという一報である。まさかと思っていたが、朝刊を開くとそれが本当であったことが分かる。これで彼女は暗殺されるために帰国したようなものである。ふとフィリッピンのベニグノ・アキノ氏が空港で暗殺された時の事を思い出す。テロでは何も解決しないのに、パキスタン状勢はこれからもっと混乱していくのだろう。殺されず監禁されている、ミャンマーのアウンサン・スー・チーさんの方がまだ幸せと考えるべきなのか?

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December 27, 2007

静音すなわちファンの音が気にならない

Ooitosen(大糸線/北側)
▼クリスマスの夜は会議があってその後宴会になった。イヴは六本木で写真を撮っていた。前の日は家族全員が夕食に揃うので、自宅でクリスマス会を開く様な案もあったが、○皇誕生日を祝うような形になってしまうので、それは止めた。そして昨日朝マンションのゴミ集積場に行くと、結構クリスマスケーキなどもあって、お子さんが小さいのだろうか、そういう事を祝う風習も残っているのだなと感じた。しかし数年前にはクリスマスの前になるとサンタの服装をした人が、一生懸命ケーキを売っている姿を目にしたが、最近はそういう光景にお目にかからない。わたしの場合餡は食べても良いのだが、クリーム系は食べないようにしているので、あっても食べることはない。
▼昨日昼近くに静音パソコンが届いた。こういう物は届いてからデータを新しいパソコンに移すのに手間がかかるホームページをいくつか作っているので、サーバーのデータが消えたらたいへんなことになる。そして単語登録をたくさんしているのでそのデータ移行しなければならない。それに撮りためたデジカメの画像。最後はメールのデータと住所録を全部きっちり移行しなければならない。これが作業を始めて、終わったのは午前0時頃だった。自分のだから必死にやるが、他人様のはお金を貰ってもやるつもりはない。とりあえず必要なソフトだけインストールも終えたので、こうしてブログも更新することができた。あとは仕事に応じて適宜ソフトは入れていこう。
▼データ移行には大きなHDDが必須になる。現在使っているものを外す?3つついているから一つ外してもよいのだが、USB接続でないから、ケースだけ秋葉原に購入しに行かなければならない。それも面倒なので午後5時になってから勇躍秋葉原に出かけ、中古のUSB250GのHDDを買ってきた。パソコンをはじめた頃たった40メガのHDDを買ったことがあるが、当時はそれだけで10万円した。今の価格はそれで比べると夢のようだ。それで深夜に筐体に耳をくっつけてファンの音を確かめる。これは買う前にT店頭でデモ機で実際にやってみたことだが、自室にあるガス温風ファンの音の方が目立つくらいだ。これで深夜でもブーンという音を聞かないで済むので苦痛なく仕事が出来る。
▼火曜日のNHK午後11時から作家の石田衣良が出演する番組があった。これは録画しておいたのでパソコンのデータ移行作業をしながら見た。彼にNHKが与えたテーマは「自殺を防ぐ童話24時間で作ってくれ」というおものだった。見ていると取材を待つ短い時間でもパソコンに向かって作業をする。ディスプレイがちょっと映っていたけどそれには用紙のトンボがついていて横書きで、ノンブルも出て印刷するそのままのイメージで書いていた。要するに短い時間でも集中力をどう高めるかだと思った。最終仕上げの時は広い作業場で小説にあったCDを選んでかける。この日はグレン・グールドが演奏する、モーツアルトのピアノソナタだった。なぜわかるか?同じCDをわたしも持っているからだ。きょうは夕方日比谷公園の夜景を撮影するぞー。元のパソコン?これは全部解体してきょう中に秋葉原のSマップに部品として売り払ってしまう。

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December 26, 2007

◇「ワンスダブリンの街角で」を見る

Midtown3(ミッドタウン)
▼昨日のニュースでオスカー・ピーターソンの死亡というのがあった。たしかTBSラジオだったと思うが、「A列車で行こう」などの演奏で有名といっていたが、この記事を書いた記者は何考えているのだろうと思った。それデューク・エリントンでピーターソンを一躍有名にしたのは「プリーズ・リクエスト」である。その中でも「ユー・ルック・グッド・トー・ミー」が一番有名だった。誤解とか記憶違いは避けられないもので、それは購読者の数が多いほど責任も出てくる。昨晩もある会議でそんなことがあって、机をドンと叩いて席を立っていった人がいたのには、ただただ驚いてしまった。わたしは、あーぁ彼は普段上司にああやって恫喝されて、仕事をしているのか。可愛そうにと思った。
▼◇「ワンス、ダブリンの街角で」メルマガでてんぐささんがご紹介してくださった1本である。しかしわたしのある仕事関係者がそれより前にご覧になっていて、「思わずCDを購入した」と入れ込んでいるので、次回お目にかかったとき、会話がスムーズに行くようにと思って見てきた。なーるほどてんぐささんはあの女性がタイプだったのかと思って目を凝らす。アイルランドの街角でストリートミュージシャンをやっている主人公の男性がいる。あるとき音楽を聴いた代価の募金をする風を装って、お金の入っているギターのケースを盗もうとする男性がいる。ギター男は必死に彼を追いつめ、それでも相手が必要とする最低限のお金を与えて許してやる。あるとき若い女性が演奏に聴き惚れてじっとたたずんでいる。翌日もやってきて、実は電気掃除機が壊れていると訴える。彼は実は修理技術者で道具があれば直せるというと、果たして彼女は掃除機を飼い犬を散歩させるように引っ張ってくるので驚く。
▼会話が進んでいくと彼女はピアノを弾くことができるという事が分かる。彼はロンドンに出て自分の曲を売り出すためのデモテープを作りたいと彼女や他のストリートミュージシャンに協力を要請する。そして彼女は高い録音スタジオを2000ユーロに値切って借りることに成功する。彼女の交渉力に彼は唖然とする。そして彼女はチェコの移民で夫と別居している事がわかる。そしてオートバイに乗ってドライブしたするうちに次第に距離が縮まっていく。
▼そして録音当日大きな調整卓の前にはやる気のない技術者が座わり、上の空で携帯で連絡をして「わけのわからない連中の録音につきあっている」と電話を切る。そして演奏が始まると、その迫力ある音にどんどん引き込まれていく。そして10枚ほどのデモCDは完成して手渡される。男は父親から餞別を貰い、その一部で彼女にピアノを一台プレゼントしてロンドンへと旅立つ。

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December 25, 2007

ユゴ/大統領有故」を見る

Midtown(イヴのミッドタウン、クリック)
▼組織には主流派と反主流派が必ず存在する。韓国では戦後李大統領のあと朴大統領が軍事独裁政権を握っていた。その情報部を使った暗黒支配の実体は岩波の「K生韓国からの通信」(今の書名)に詳しい。◇「ユゴ/大統領有故」その朴大統領は軍事独裁政権の長く握ってきたが、みんながそれを喜んでいたわけではない。大統領には警護隊と中央情報部が対立していた。大統領の唯一の息抜きは若い女性をはべらせ、一夜を共にすることで、取り巻きからは「お年なのにずいぶんとお盛んな事で」と皮肉を言われている。警護隊長は大統領の言いなりだが、中央情報部はそれを苦々しく思っている。この日も中央情報部の秘密の宴会場で演歌歌手と舞踊家の女性を呼んで、「北の宿」や「悲しい酒」を日本語で歌わせている。そして大統領自身も日本語で口ずさむ。
▼それもそのはず朴は日本の陸軍士官学校を優秀な成績で卒業している。キム中央情報部長はこの日も警護隊隊長から口汚く罵られ、「今日こそは許せない、殺してやる」と部屋を出て部下に指示する。「銃声が聞こえたら身の回りにいる警護隊員を殺せ」と。課長は敬語隊員と家族ぐるみのつき合いがあるから、イヤだというが拳銃に手をかけると容赦なく親友を殺す。これが情報部や軍隊の特質であろう。そして部長が警護隊長に銃を向け、同時に朴大統領も殺害する。部下たちは一斉に部屋に駆け込み、料理人など抵抗するものは全て殺害する。そして北ゲリラの犯行に見せるため、M16を持ち出し乱射する。情報部課長は陸軍参謀長に取り入り、これは米軍も事前に知っていることだと懐柔しようとする。そして閣議を開催するが、「北に知られると南進され大変な事になるから24時間は秘密にしよう、と口裏を合わせる。そして朴を殺害したキム部長を逮捕して陸軍の刑務所に入れてしまう。つまり参謀長もこの機会を利用して実権を握ろうとする方に動いたのだ。
▼そして終息に向かうと中央情報部の面々は殆ど死刑になってしまう。口を割る面倒な奴らはみな消してしまうのが自分の身の安泰に繋がるのだ。そして国葬の実写が写る。実はこの映画は元朴大統領の家族から訴えられ映画の始まりの、おそらく大統領の女遊びの部分と、最後の告白が韓国ではカットされ、まっ黒状態で上映された。所が日本ではそれが交渉の末「許可」になって見ることが出来る。昨日道に迷って見ることが出来なかった映画はこれだ。見終わると口がカラカラの渇いてしまう。今朝急ぐのでこれまで。

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December 24, 2007

道に迷って映画館にたどり着けない日

Aizenkatura(これが愛染カツラの木)
▼昨日はあまりついてない日だった。いや運勢などではない。午後1番に渋谷に出かけてある予約を済ませる。表参道から六本木に向かうのだが、駅員さんに聞くと千代田線で霞ヶ関乗り換えが便利だというのでそれに従って、それまでは良かった。目指すのは六本木ではじめていく映画館なのだが事前の電話で六本木ヒルズとは逆の5番出口で出るようにと云われていた。新聞の切りぬきも持っていって、麻布警察でそれを見せると、警備に立っていた警察官は次のように教えてくれた。「交差点を渡って二つめの角を左に曲がる」と。みなさんこう言われたらどうするだろうか?麻布警察を背にしてアマンドを右手にみているのだ。いやこの地図を事前に見ていけば良かったのだが…。わたしはアマンドを右手に見て交差点をわたり、「左」という事だけ頭にあるから「俳優座劇場」方向に行ってしまった。そこで坂を下りはじめ2本目を左に曲がった。地図を見ないで頭で考えていただきたい。わたしのとった歩き方は間違っていないと思う。もし案内をしてくれた警察官が、交差点をわたってすぐ右折し、二つめを左折すると行ってくれれば間違えずに済んだ。新聞に印刷されていた地図も小さくで虫眼鏡を使わないととても読むことができない文字だったことも、まずかった。
▼上映時間を20分も過ぎて映画館に到着した。しかしわたしは上映途中で映画館に入る事はないので、諦めてかえってきた。そのあとシネカノン2に向かったが、あいにくクリスマス客の出足が多くて30分前に到着したが次々回の5時でないと入れないという。これも断念して秋葉原で仕事で使うものをチェックして、火曜日の実習で使うソフトを買って帰ってきた。暑くてとても疲れてしまった。
▼「大韓航空機爆破事件から20年」を録画してみた。フジTVだから推して計るべしなのだが、なぜこの時期にわざわざこの事件を引っ張り出してきたのか?実在の中東に滞在する外交官の回想という形で演出が進められる。焦眉の的となるのは外交官というのは捜査権も逮捕権も何もない。しかし自衛隊から警察庁、そしてNTTの派遣者からなる外交官は本省の意思と、その意向をおもんばかる上司の軋轢で、何とか「真相」に迫ろうとする。そしてコメンテーターには最も怪しい、警察庁出身であさま山荘の指揮で知られた佐々木淳行がコメンテーターとして出演する。そしてもし日本人が犯人だったら日韓関係は最悪の状態で国交断絶も起きかねない状態だったと「告白」する。だったら金大中事件の決着はどうなるのか?そして結論は外交官も、必要な時は権限を越えた行動をして国家を守らなければならない、と結論される。どうもこの時期盛り上がりに欠ける拉致=北という悪のイメージを増幅させることにあるように思えた。
▼きょうは映画に再チャレンジする。

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December 23, 2007

ビッグバンドの演奏家の話を聞く

Bigband(ビッグバンドのみなさん)
▼昨日はご存知TVで放映された歌手の事を書いたら急にアクセス数が増えてしまって、午前中だけで普段の数を超してしまった。アクセス数が増えることはありがたいことであるが、わたしの目的としている事は芸能人やタレント、歌手の情報を提供することではない。昨日も『鍵盤乱麻』10万ヒット忘年会で出たことだが、それらの方々は「検索方法を知らないのではないか」ということだった。検索は言葉を入れれば出てくるというものでもなく、あらかじめ絞り込み検索をすれば手間が省けると思う。それはそれぞれのサイトで使い方が出ているので、ご自分で勉強していただきた。
▼今朝の検索用語を調べてみると「弟の妻の名前で喪中はがき」という検索用語を使って入って来られる方もいた。こういうのは「冠婚葬祭」スペース「喪中ハガキ」で検索すべきだと思う。また昨日は「亡くなった同僚の実家を訪ねる」という訳の分からないものもあった。徳永英明は近くのレンタルショップに行ったら、シリーズ3枚があったのでさっそく借りてきて、聴きながら眠ってしまった。
▼昨日は忘年会の前に取材が入った。そのため会場を変更し開催時間も2時間ほど遅らせていただいた。取材した方はビッグバンドのリーダーをされている方だった。とても穏和な感じのする方で、ちょうど60歳になったとおっしゃる。若い頃は大学生活の延長で赤阪や神田のクラブに出入りしていた。その頃有名歌手の演奏を数多くこなした。その一人に淡谷のり子もいて、「若い人はいいわねぇー頑張って」と声をかけられたという。家業は肉屋さんだったが、どうしても技術系の仕事をしたくて、また未開発だった衛星放送の受信アンテナの仕事を手がけ、NHKやら家電大手のT社から引く手あまたで、技術力を高める。最初は米軍住宅でCNNを共聴受信したいという要望で、パラボラアンテナを設置していたが、その後NHKでBSを放送するようになってそちらにシフトしていく。仕事の話は省略する。
▼そして仕事の傍ら知人友人たちとバンドを結成して、スーパーの開店売り出しとかで腕を磨く。そして今もその他に老人ホームの慰問や子供会のパーティなどに無料ボランティアとして出かけて演奏する。この日はちょうど子供会のクリスマス・パーティで会長さんの手作り料理が山ほど並んでいた。一部は子どもたちで二部はお年より相手のパーティだった。老人ホームなどに慰問に出かけ、小学校唱歌の「ふるさと」などを演奏すると涙を浮かべて一緒に歌ってくださるという話を聞き、ジーンとなった。評判なのは映画音楽の「エデンの東」や「慕情」だというので、ついわたしはお話しを聴きながら思わず歌ってしまった。♪「ラー、ララララ、ラーララ」と。そして今は冬ソナもレパートリーに入っていた。トランペットの方は「国境の南」でチューニングしていたが、これからもお年よりや子どもたちが、心から楽しんでいただける演奏を元気に続けていただきたいと思った。
▼夕べ誕生日の方にお祝いのメッセージを送ったら2度とも戻ってきてしまった。どうやらわたしは着信拒否の対象になってしまったらしい。こうして友人だと思っていた人ははまた一人去っていく。

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December 22, 2007

B温泉で考えたこと

Uedatetudo(上田電鉄の列車)
▼昨晩「金スマ」で徳永英明が出てきて、人気のカバーバージョンを歌いまくっていた。その中で石川ひとみの「まちぶせ」が出てきて、今朝起きてからあの歌詞が頭を駆けめぐっている。「きっとあなたを振り向かせるー」というフレーズだ
▼さて昨日まで行ってきたB温泉考だ。旅館はとても感じがよく親切にしていただいた。旅館の対応に関しては電話の対応で大体分かる。わたしはネットで探して申しこんだ。24時間たっても返事がないときは電話をくれ、とあったので電話で再度申しこんだのだが、やはりネットを通じての受け付けなどは慣れていなかったのだろう。電話をしたときに「受注したというメールの証明を欲しい」と云ったら、「いやこの電話で大丈夫です」とおっしゃった。しかしそれから4、5日してメールが到着した。
▼数年前に近所に住む方にお聞きしたら、教師をやっていた人が定年退職して、この温泉で布団の上げ下ろしのアルバイトをしている。こんなに楽しい事はない。もっと早くやれば良かったという話を聞いたことがある。しかし昨今はどこの温泉も客が入らないので、改装したりして工夫しているが、客足は伸びないということだ。
▼このB温泉も全体として見た場合。何が特徴あるのかと云えばなにもない。U電鉄の終点に位置するが、東京から新幹線でU駅で降りてU電鉄に乗り換えるのが一般的な方法である。それに町の中の案内を見ると池袋から直行バスも出ているのでアクセス方法は多様である。
▼この1年余あちこちの温泉に行ったが、大体駅前などには「足湯」という物があるが、このB温泉にはそれがない。150円で回ることができるめぐり湯というものが、4つほどあるが、それも値段からすれば仕方ないが、それほどきれいという訳でもない。それにおしゃれなレストランか、カフェがあるかと云えばそれもない。レストランどころかわたしの目に入ったのはそば屋で、玉丼、カツ丼とかそういうものしか置いてない。
▼そして観光である。大きな神社仏閣が4つほどあるが、全部回っても半日もあれば充分である。名物は三重の塔だがあまり手入れがされていないので、あとどれだけ持つのか心配になる。あと「愛染かつらの記念碑」という物がある。しかし大正時代か昭和の初め生まれの人でないとこの歌がどれほど流行ったか、わからないだろうし、今の人には徳永英明すら歌わない、忘れ去れた大昔の歌である。できるならシルバー人材を利用して町を案内する観光ボランティアなどの制度などを作ったらどうかと思った。
▼帰りがけに、またあるところでこの温泉の事を聞いた。すると今は客が減ってしまい、「布団の上げ下ろし」のアルバイトを雇う余力などはない。客を集めようと費用をかけたがそれを取り戻すために料金がアップされそうだと云うことだった。静かでただぼけっとしているのが好みの方にはそれはそれで良いかも知れないが、それにしては料金はそれほど安くはない。くり返していうがわたしが泊まった旅館はとても親切だった。しかし山奥まで来て鮟鱇鍋を食べる事になるとは思わなかった。もっと地元の素材を工夫して出して欲しい。
▼町は坂道が多い、たまたま散歩しているとお年よりがシルバーカーを押してあるいている姿を目にした。わたしは年老いた母を連れていったのだが、平坦な道を歩くのも苦労しているので坂道が多いの歩く事はできない。責めて旅館で車椅子の貸し出しをするとか考えてほしかった。
▼またテレビを見るためにやってきているわけではないが、わたしの実家で写っている地上波と変わらない。実家はBSが写るが旅館は本当の地上波だけだ。せめてBSくらいは写ってほしい。ぜいたく云うなら夜に出かける所は何もないので、WOWOWとかスカパーが写れば退屈しないで済むかもしれない。

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December 21, 2007

学徒戦没慰霊碑に参拝する

Chikonih(鎮魂之碑)
▼今朝の呪いの曲は午前6時35分頃に聞こえてきた。昨日午後はこの付近の神社仏閣はすべて廻ってみた。3年前は雪が深くて足下が悪かったので一つだけで終わってしまった。その一つの寺を注意深く見ると、奥まったところに「鎮魂之碑」というのがあって近づいてみた。すると学徒動員で死亡した、地元の現信州大学繊維学部の学生だった30名ほどの名前が刻まれていた。この近くには、みなさんもご存知の「無言館」もあるが、別に絵を描かなくてもこのように戦争の犠牲になって亡くなったかたが、これほど大勢いらっしゃるのを知って驚いた。さらに山本宣治とタカクラ・テルの記念碑も建てられていた。タカクラはこの地で活躍した人なのだが、山本はこの地に演説にやってきて、そのとき地元の農民組合がその聴衆の動員などをしたしい。そして山本は京都に帰って白色テロにあって殺害される。
▼食事はとても良かった。しかし毎回何かの形で必ず卵が付いてくることだった。先日飲み友だちのHと会った時、毎日卵を5個も召し上がっていたため、高コレステロールになってしまったという。それまで朝食にも目玉焼きを3個召し上がっていたとおっしゃる。これでは三目玉であるし、身体に良いはずがない。昨晩も当地でTVを見ていたら某男性俳優はご飯に塩をかけて食べていて、医師から警告されてた。さらに女性タレントはキャベツ健康法だと称してキャベツを沢山たべて主食を採らず、スナック菓子ばかりで、夜はアルコールを痛飲していた。これで身体に良いはずはない。
▼わたしも来月血液採取をされるので、2日間毎食卵を食べさせられたのは、ちょっとまずいと思う。
▼消音パソコンを買う決意をして、ネットで申しこむまで、パスワードを忘れてしまい、再発行してもらうまで5日ほど無駄になってしまった。振り込みをきょう21日中にしてくれれば、27日納品が可能だ。そうでなければ1月6日になってしまう、というメールが来た。地元の郵便局に行ったが、指定の市中銀行は送金することが出来ない。またまが困って家族に指定口座などのメールを送り、きょう代わりに振り込んでもらう手続きを頼んだ。
▼昨夜夕食をたべているときMaさんから携帯メールが来たので、飲んでいる冷酒とか鮟鱇鍋の画像を貼り付けて送ったら、「クー!!」という返事が来た。今まで使ってきた高性能パソコン本体は調整後、フォーマットして引き取りに来られる方に差し上げます。ただしタワー型なので車でないと運ぶ事はできません。送って欲しいという方にはパソコンポなどの梱包台と送料実費をお支払い下さい。ただし対象者は『鍵盤乱麻』メルマガ正規読者とそのお友達のみ。締め切り期限は来年1月10日。スペックを知りたい方はメールでお問い合わせ下さい。

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December 20, 2007

予約をした旅館の名前を忘れてしまう。

▼わたしは今年最後の旅行になるであろう、某B温泉に来ている、いや別に観光とかそういう楽しい事で来ているわけではない。ネットで予約するときもパソコンが使えるかどうかが、最も重要な選択肢となる。別に温泉の質などはさほど重要ではない。それでネットで予約したのは良いが、プリントアウトしてくるのを忘れてしまった。それに気づいたのは東京駅に来てからだ。出発直前までブログを書いていたのがいけなかったのかも知れない。
▼東京駅で会社勤務をしている家族に電話をする。○万○千円の旅館を予約したが該当するところを探してくれと頼んだ。新幹線が発車するまえに2件のデータが携帯メールで送られてきた。まずは安心と新幹線に乗り込んだ。ところが車に乗り換えて1時間余、当該のB温泉の入り口で、電話をすると片方から「ウチでは予約をお受けしていません」と言われる。観光案内所で聞いたもう一軒に行くと改装中で年末までお休みとある。困った、困った再び家族の会社に電話をする。「とにか○万○千円で、トップページに無線LANが使える旅館を片端から電話してくれ」と頼むと、呆れられ電話をガチャンと切られる。待つこと約10分間、それは旅館N松だった。果たして「予約を承っています」と答えてくれたという。
▼やれやれフロントで無線LANのキーを書いたマニュアルを受け取る。例え電話がなくても無線LANがないと困る。緊急な仕事の連絡も取り合えず、インターネットにつながったパソコンと携帯があれば何とかなる。近所に有名な神社仏閣はあるが、今年は喪中なので参拝する事は出来ない。前回来たときは雪に埋もれていたが、今年はまだ大丈夫だ。部屋には饅頭と漬け物が、サービスとして置かれていた。パソコンを開き、メールで送られて来ていた投稿二つをHPにアップする。
▼今朝6時半に風呂に行く。風呂は男女とも3つ湯船がある。そして午前0時を期して男女の風呂が入れ替わる。6時45分になると塩○平のどこからか、「海ゆかば」という旧海軍の行進曲が聞こえてきたのには驚いた。元々これは大伴家持が万葉集に詠った曲に曲を付けたものがが、戦争中は「玉砕」の報道がされる前に必ず流されたので、「玉砕行進曲」などと陰口をたたかれていたようだ。曲が2,3分ほど流れた後、「農協のお知らせ」とかいうメッセージが聞こえてきた。しかし毎朝6時半過ぎにこんな曲を聴かされて、住民から苦情は出ないのだろうか?
▼旅館名も忘れたが、準備しておいたデジカメを持ってくることを忘れてしまった。それでも携帯には1ギガのメモリーを搭載してあるので、何とか撮ることはできるだろう。でもアダプターがないので、パソコンに取り込むことはできない。
▼重要なお知らせ。本日はメルマガの送信日です。しかし試験的に送信すると、なぜか返ってきてしまうメールがあります。昨日から今朝まで複数の方に投稿していただいています。申し訳ないのですが、一斉送信は明日21日午後8時までお待ち下さい。
▼おぉ、きょうは何故か米軍関係者からのアクセスがあったぞ。

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December 19, 2007

羽子板市に行く。猟銃事件再考

Hagoitaiti(羽子板市18日夜)
▼仕事は先週でひと区切りできる筈だった。しかしその後次々と取材依頼や、飛び込みの仕事が入ってきた。月曜日に入った仕事も昨日午後4時には終えて送信する。旅先に重い機材を担いでいくのはイヤだったのでこれだけはどうしても終わらせたかった。
▼夜Y々木で打合せがあった。終わってから浅草で羽子板市があったので、出かける前からD40Xを準備していった。秋葉原→上野→浅草と行って現地浅草寺裏についたのは午後9時頃だった。いやここへはご紹介しているように毎年来ている。しかし忙しくで忘れていたのだが、ネットでお近づきになりつつあるMさんが、ご家族と浅草に行ってきたという事を、写真入りで紹介していたので、時間をやりくりして行こうという気持ちになった。実はわたしの家から急いで歩けば、30分で言問橋の東側まで辿り着くことは可能だ。この日は出かけていたので、上記の路線を使った。時間が遅かったせいか人出は少なかった。
▼ハワイ沖でイージス艦「こんごう」から発射されたミサイルが「目標を撃ち落とした」と大騒ぎしている。昨日のラジオではNHKがトップで紹介していたのには驚いた。システムを完成させるカネは、一体どうするのだろう。アメリカでレーガン時代地上で同じような実験がレーザーを使って行われたが、実は標的の中に爆薬が仕掛けてあった事があった。今回もあくまでも、「当たった」とされるのはサーモグラフの表示だけである。持ち上げた記事を書いたのは、数週間前に石破防衛省長官から六本木のカラオケダイニングに誘われた記者たちであることは想像に難くない。「ミサイル防衛」に気の遠くなるようなカネを使うなら、「善隣友好」のために投資した方が遙かに安価に済む。▼佐世保の銃乱射事件も記者は実証できないから、警察の発表だけをたよりにして原稿を書いている。昨日の「先台」を外せば弾が発射できない、という記事は何だ?銃器マニアのわたしでも「先台」などという言葉は聞いたことがない。発射不能にするならば、撃針か撃鉄を取り外す以外にない。先台とはおそらくフォア・グリップのことだろうが、それは単に銃身を直接持つしかないという意味だ。撃針や撃鉄を外すにはかなり力を必要とするから、特別の工具がないと出来ない。
▼それと特別の標準機がつけてあったといい、これは射撃性能を高めるためだという。おそらくこれはレーザーのドットサイトの事だろう。よく映画などを見ると犯人が警察隊やSWATに包囲され、自分の身体に赤い点が照射される場目があるがアレだ。エイムポイントなどの商品が有名だが今は多数の会社で発売されている。しかしあれは本来撃つ人の腕が問題で、しかもライフル用に使用される。ショットガンにレーザーサイトなどお笑いものである。ショットガンは、下手な人でも多くの標的に弾が広範囲に広がる事を目的としている。かつて「西部警察」というTVドラマがあったとき、渡哲也演じる大門団長のショットガンに望遠レンズが取り付けられた事があって、マニアの間では冷笑されていた。しかしモデルガンでは望遠レンズ付きのショットガンが飛ぶように売れた。
▼さらにスラッグ弾の事。これは大物の獲物を撃つ場合に使う。新聞では殺傷力が強いと書いていた。佐世保で月の輪熊や鹿、猪が大量に発生しているかどうかわたしは知らない。実はそのような大物を撃つときに使うのがスラッグ弾で、必要もないのにそのような弾丸を店頭で販売していることの方が問題なのである。

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December 18, 2007

見栄を張らない生き方

Katuragawa2(京都桂川ライトアップ、クリック)
▼宝くじで今まで最高だったのは、1万円だったかと思うが、DVDを買っておしまいだった。夜景はあとミッドタウンに行ってみたいが、年末までスケジュールが一杯でどうなるか分からない。明日からまた、ひなびた温泉へ旅である。朝刊によると丸の内のライトアップが美しそうである。しょせん町のライトアップは虚飾に満ちていて、あまり面白くはない。
▼日曜日のTVを見ていたら、島田洋七がお婆ちゃんに云われた注意事項二つというのを紹介していた。一つめは「見栄を張ってはいけない」というものだった。先日も観光地に行くと高いカメラを持っている人がいて面白い。例えばニコンのD200に外付けの電池ボックスをつけて、一見D2Xに見える。しかしD200がストラップに書いてあるので誤魔化しはきかない。わたしも旅に色々なカメラを持って歩いたが、軽いに限るという結論に達してD40Xにした。昨年の九州にはD2Xを持っていったが、重いだけであまり意味はない。カンボジアに行ったとき予想を立ててみた。1日50枚撮影して正味5日間で250枚撮ったが充電は必要なかった。1日50枚というのはかなり意識して撮影しての話である。
▼軽さが原則となると、三脚など持って歩くのは論外だ。京都に行ったときもノートパソコンや着替えなどの荷物はホテルに預けて、カメラと財布だけという身軽さだ。だから増感でブレをしないように工夫する。それで重い高いカメラを持った人は、家族を並べるまではいいのだが、あれこれ文句を言って中々シャッターを切らない。ジャマにならないように待っていても、シャッターを切る様子がないから、通り過ぎてしまう。シャッターなど並んだらすぐ押さないとダメだ。モデルではないのだから、家族が一斉に同じ表情になることなど到底不可能だ。たくさんシャッターを押した中から一枚良いのを選べばよい。このようにした観光地に高いカメラを持ってくる人は、おそらく本来の機能の1割くらいしか使っていないのだろうな、と思ってみている。これぞ、見栄張りは宝の持ち腐れ。
▼朝のニュースによればN県の男性が一番長寿だという。うーむN県出身のわたしとしては、それが喜ばしい事なのかどうか疑問だ。父の晩年もみなさんに親切にしていただいたが、あれが人間として本当に幸せなのかどうかは分からない。本当にコロッと死ねれば幸せなのだが、こればかりはどうなるか分からない。
▼佐世保の猟銃乱射事件でまたまた銃規制が強化されようとしている。何度も書いているが、「銃はたんなる物」で自分で動く事はできない。あくまでも銃を持っている人の問題である。殺人で一番多いのは年間即死だけで1万人近い人を殺す車は、経営者が殺人罪で告発されないし、スピードがでないようにする対策や規制もない。人を殺す道具はミステリードラマを見ていても、1週間に包丁、花器、ロープが使われているが、これは現実に近いと思われるが、これも一切規制されない。わたしは銃を使って小動物や小鳥を殺そうとは思わない。銃を持つことが好きな人は銃だけ持てばよい。そして弾丸はすべて警察に預ける。そして狩猟や射撃場に行くときだけ必要な数だけ貰って、使わない分は返納する。自衛隊では撃った後の空薬莢まで管理されているらしい。もし心配ならば同じようにすれば、一般の人の心配は減るかも知れない。もっともそんな事をしたら警察の余計な仕事が増えて困るかな。

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December 17, 2007

水島朝穂の「国際協力」を読む

Ruminarie(神戸三宮ルミナリエ、クリック)
▼相変わらず都内の方が寒く感じる。今朝の朝日に早稲田の憲法学者水島朝穂氏が「国際協力/21世紀型の小国主義めざせ」という論文を書いている。その中で「憲法前文・九条に基づく非軍事の活動を多様な形で展開すること、それに徹することが肝要だろう」と書いているが、その通りだと思う。詳しくは4面トップに出ているのでお読みいただきたい。先週の水島氏のブログはナチスのグッズを集めている内容紹介でとても面白かった。「わが歴史グッズの話(24)ナチス 2007年12月10日」(バックナンバー、ドイツの項目にある)
▼そして余談になるが、25面に「記入例でなぜ山田太郎さんが多いか?」という記事がある。それによると現実の世界で多い苗字は1位佐藤、2位鈴木、3位高橋、4位田中、5位渡辺だそうだ。そして一番多い名前は「実」で2位は「清」だそうな。するとわがMINさんはどうなるのかと思ってしまった。
▼昨日京都で時間があったので、西本願寺に寄ってきた。いま「親鸞をよむ」山折哲雄(岩波新書)を読んでいるのだが、果たしてこのような寺を造ることを親鸞は望んでいたのだろうかと首を傾げた。今年は親鸞の生誕750周年になるとかで寄進を呼び掛けていた。説明によると一時期新撰組に使用された部分もあると解説にあって、大砲などの試射をして嫌がられて2年くらいで追放されたらしい。そして差別の問題もここでは扱っているとあって、ちょうどスモン病で差別された人々の写真が特別展示されていた。
▼先日喪中のハガキをお出ししたのだが、このきょうの目をご覧になっていない(と思われる)方にはサイトをQRコードで貼り付けてお送りした。そのうちMさんは「携帯でちゃんと読んでいる」というハガキを下さった。こういうご意見を頂くと励まされ元気が出てくる。
▼22日の忘年会ですが午後5時に急に取材の予定が入ってしまいました。MINさんが取材でわたしが撮影で同行することになっていたので、断れません。それで申し訳ないのですが、開始時間をl2時間遅らせて午後7時から、千葉市内の快速が止まる駅前集合に変更します。出席を予定してくださった方には個別にメールをお送りします。それならば参加出来るという方は、ご一報下さい。
▼そろそろ年末ジャンボ宝くじの発売が終わりになる。今朝も出勤した家族から電話があった。「買わないと当たらない。もし自分が当たっても、買っておかないと分け前はない」と云う。当たらないとは思うが、当たった場合の分け前がないという脅しには、欲の深いわたしは弱い。それで出かけたついでに買ってきた。昼のみのもんたの番組で「当たる売り場」と紹介された、最寄りの駅の売り場である。

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December 16, 2007

三宮のルミナリエに向かう

Katuragawa_2
(桂川渡月橋のライトアップ、クリック)
▼ことしは各地のクリスマスイルミネーションを見ることが出来た。汐留めのシオサイト、小諸駅前、金沢香林坊、松本駅前だったかな。都内にもキラキラするのがいくつかあるので時間があったら行ってみたいと思っている。しかし元祖は神戸三宮のルミナリエであると思う。京都にいくついでに時間を調整して神戸まで足を伸ばしてみようと時刻表を見てプランを練った。
▼京都の嵐山と隣の竹林のライトアップも最近有名になってきた。まずそれを見てから向かおうと思った。しかし嵐山が点灯開始になるのは午後5時である。それを撮影してから阪急電車に乗り、十三で乗り換えると1時間半くらいで三宮に着くことができるはずである。トロッコ列車の嵐山駅は時間近くになると人がゾロゾロ降りてくる。竹林のライトアップを見るためだ。規模も千葉市稲毛のライトアップとは、失礼ながら比べものにはならない。
▼竹林と嵐山を見てから電車に飛び乗る。見物客は東京の大晦日のようは人出だ。掲載した写真は、ニコンの一眼デジカメ40Xで感度を1600に上げて写している。そして自分の目で見た明るさを基準に、時間帯によってプラスあるいはマイナスに補正している。だから普通のデジカメでただシャッターを押しただけでは、このようには写らない。神戸に向かう電車は、土曜日なのに通勤電車の帰宅時のような混雑だった。
▼そして三宮に着いたのが6時半ころだった。並び始めたら警備の警察官が「ルミナリエまで120分です」と言っていたが、まさかと思った。しかし花火大会の教訓からか、迂回に迂回をさせる、ちょっと見えたと思ったらまた迂回で、ルミナリエ下に到着したのは8時半頃でそれだけで、立ちっぱなしで水一滴口にできなかった。規模で言えば丸の内の方が東京駅から有楽町までだから、東京の方が長い。それに比べて三宮は長さは300mくらいかな。しかしカラフルという点では、こちらが勝っているように思えた。しかしカラーは毎年異なるらしいから、何とも云えない。(Webトップページに画像あり)
▼見終わったら神戸の南京街で夕食を食べようと思ったがおそくなってしまった。私鉄に乗り換えて戻る気力も残っていなかったので、9時06分の新幹線700系で京都に戻った。
▼佐世保の猟銃乱射事件で、スポーツクラブ本社の対応が凄く早かったが、経営陣は初期段階ですべてを承知して動いているように思えた。

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December 15, 2007

静音パソコンに魅入る

Raichougo(雷鳥号)
▼昨日は「姜尚中」をキーワードに熱心に見てくださった方がいて、アクセス数が普段の倍以上に上がった。休日はアクセス数が減るので、昨日の方はきょうもぜひお願いしたい。しかし姜尚中氏の事を詳しく知りたかったら、氏の公式サイトがあるので、そちらをご覧になった方が良いと思う。
▼共通一次試験の問題が入ったUSBメモリーを紛失したというニュースがあった。しかし大事な情報が入ったUSBメモリーにパスワードをかけるのは常識だと思う。そういう手順はパソコン雑誌をでているので、ぜひやっていただきたい。それともわたしのように携帯と一緒に首からぶら下げるかだ。さらにパソコンにパスワードがかけてあるから大丈夫だとも云っている。おそらくネットワークパスワードか、XPプロフェッショナルなどのパスワードかと思われるが、それはHDDを取り出せばかなり簡単に情報は取り出せる。重要な情報はノートパソコン本体には保存しないで、USBにいれて保存し金庫などにしまっておくことが望ましい。
▼ちなみにわたしの場合USBメモリーは顧客とのデータの受け渡しにだけ使用する。データはデスクトップパソコンに取り込むか、CDに焼いて必要とする部署に渡して終わり。持ち運ぶUSBメモリーは常に空にしておく。
▼昨日夕方起きた佐世保の猟銃乱射事件の被害者には、お気の毒というしかない。事件がおきたスポーツクラブの本社は、わたしが住んでいる区と同じところにあるので結構騒がしかったようだ。事件後ネットには色々無責任な書き込みがあったようだ。犯人は米軍人で基地に逃げ込んだ。射殺された女性は変な外人につけ回されていた。etc,etc。今朝容疑者は自殺したようなので、あとはなぜあのスポーツクラブが標的になって、女性アルバイトの方が被害に遭ったか解明されていくだろう。しかしなぜ事件を起こすような人に、猟銃が3丁も販売されてしまうのか。公安委員会の事前調査がおざなりになっていないか、解明されなければならない。銃は銃だけで犯罪を起こすのではなく、持っている人が引き金を引くことによっておきるのだから。
▼パソコンのデータ移行でお悩みの読者がいらっしゃるようだ。わたしも実はパソコンのファンとHDDの音がうるさくて、最近気になってしかたない。ところが秋葉原のT電気で画期的な製品を発売した。デスクトップで小型辞書2冊分くらいの厚さ、しかも電源はノートパソコンのように外付け。先日秋葉原に行ってみて実際マシンに耳をつけて騒音チェックをしてみた。うーん良いなー。250GのHDDでメモリー2GでXPぶスペック変更しても12万円くらいだ。仕事に夢中になっているときは音も気にならないが、気になり出すとどうしようもない。しかし耳栓を買えばたった200円で済む。来年は色々購入しなければならないものもあるので当面200円の耳栓で我慢することにしよう。

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December 14, 2007

イージスの機密漏洩と「軍規」の壁

Hakuchogo(白鳥号)
▼昨日『鍵盤乱麻』10万ヒット記念忘年会の開催予定日のアンケートを、近隣の方にメールでお送りした。交通費の方が飲み代より高くなりそうな方にはご案内していない。また音信不通、ご連絡をしても一切ご返事がない方にもお送りしていない。決して無理をなさらなくても構わないので、出席可能な方だけ16日中にご返事いただきたい。出席希望者が一定人数になったら、正式案内をお送りする。
▼28日ごとに定期検診に行く。そのとき28日分しか薬を調合してくれないのは何故だろう。男性の身体のリズムが28日周期で動いているためなのだろうか?昨日書いた通り雨天は患者の数が少ない。8時40分に行ったら、3人目で薬局で薬をもらうまで30分で済んでしまい、いささかあっけなかった。薬局に行くと、「先生に何か云われませんでしたか?」と云う。薬を飲んで1時間もすると血圧は正常値になるので、特に問題ないと云われた。そして来月またまた血液採取だと云われる。わたしは朝起きると寝たまま血圧を測る。今年カンボジアに行ったときは血圧計も持参した。目覚めたばかりの時はほんのちょっとばかり高い。薬剤師さんは「それはモーニング・サージ」といわれる症状で仕方ない。薬を飲んで正常値に戻っていれば問題ない」と云う。ただし来月血液検査だとすると、ケーキなどの甘いものは一切採らないように気をつけなければならない。
▼葛飾区の僧侶が政党ビラを配布して東京地裁で6万円の罰金刑の判決が出た。その中で一番まともな記事を書いていたのは、12日の日経朝刊だった。いわゆる識者のコメントだが、奥平康弘東大名誉教授は「法の適用範囲広がりを危惧」として「マンションでのビラまきなど、いかなるPR活動も禁じることがいいのか疑問だ」としている。もう一人愛敬浩二名古屋大学教授は「政党のみ排除整合性取れず」として「第三者が立ち入ることで生じる財産権の侵害の程度も低い。刑事罰を適用すれば表現の自由が過度に抑制されてしまう」と指摘している。これが常識的な法学者の感覚だろう。
▼イージス艦の機密漏洩事件だが、いささか大騒ぎしすぎると思う。今朝のTBSラジオは「34歳の三佐などそんな重要な物をそんな階級の低い人に預けて、情報管理は大丈夫なのだろうか」と云っていた。それも30分ほどあとに訂正が出て「三佐とは昔の少佐だそうで、失礼しました」と云っていた。自衛隊の階級の分からないのか。森本毅郎さんは…。階級の上下よりも、守屋など内局で事務方のトップにある人が平気で職権濫用をしているので、制服組にもそういう安易な情報漏洩が出てくる。
▼それよりも問題なのは自衛隊には昔の陸軍にあった「軍法会議」がないのだ。軍規とは戦争が起きたとき敵前逃亡したときには、「即銃殺だ」と云って戦争遂行を義務化させる軍隊専門の規約である。だから今の警務隊は昔の憲兵と違って逮捕権はなく、それは警察に委ねている。防衛省の真の狙いはこういう事件をきっかけに憲兵と軍規を作り、監視を国民全体に広げようということにあるのだ。だから「イージスの機密が漏れた」と云っても本当にどれだけ重要な内容なのか、我々一般国民は知るべくもない。それを逆手にとって防衛省は一気に「軍規」を作ろうと狙っている。

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December 13, 2007

◇「サラエボの花」を見る

Myoukougo(妙高号、直江津駅で)
▼ある温泉をネットで予約した。24時間以内に返事がなかったらサーバーのトラブルかも知れないから電話をくれと書いてある。予想通り返事がなかったので電話すると、「メールをチェックしていなかった」という正直は返事が返ってきた。Webも充実はしているのだが、旅館組合が主導してやったのだろう。メールを一日一回チェックするなどの指導はしていなかったに違いない。わたしがホテルや旅館を選ぶ選択肢は、LANが使えるかどうかだ。そこは無線LANだと書いてあったので、電話で再確認した。
▼地元のJ民党の広報誌を駅で配っていた。すると地元出身のMみどり代議士がK通省副大臣になったという。2面を見るとA篠宮とちゃっかり一緒に写っている写真を利用している。こういうの皇室の政治利用だと思うけど、どこかからクレームがつかないか。彼女の経歴はT大を出てA新聞記者から国会議員に転身しているのだが、最高学府を出た人も知的水準もこの程度なのかと呆れる。
▼ついでに大嘘つきのM添大臣のこと。彼は過去に自分の母親の介護を「母に襁褓(むつき)を当てるとき」という本にして出版した。それが某政党機関紙の1面に大々的に紹介された事があった。M添をこういう人だと知っていたのだろうか?また当時は学者だったらから大目にみたのだろうか?それとも国会議員になるとは思ってもいなかったというのが正直なところなのかも知れない。
▼◇「サラエボの花」ボスニア・ヘルツェゴビナの民族浄化を扱った映画はたくさん見ているので、もう見たくはないというのが正直な気持ちだった。しかし新聞で依頼されている映画紹介は今週締め切りで今年の執筆分は終わりなので、「カルラのリスト」をセットで紹介することにして見に行った。サラエボは新しいビルの建設も進んでいるが、民間住宅には弾痕が残っている。そんな一軒の家に12歳になる愛娘のサラと一緒に住んでいるエスマ(推定40歳くらい)の親子がいる。エスマは毎日履き物工場に通い、裁縫の腕を生かして友人のドレスを縫ってあげて糊口を凌いでいる。いまの問題は娘の修学旅行に行くお金がないことだ。費用は200ユーロだが、友人に頼んでも断られる。そこで夜のナイトクラブでアルバイトをする。
▼そこでは男女のじゃれ合う姿、胸毛のギラギラした男達の姿で思わず嫌悪感で吐き気を催してしまう。サラは先生からお父さんがシャヒード(殉教者)ならば遠足のお金は全額免除されると聞かされてホッとする。サラは父親がいないことで友だちから喧嘩を売られるが、「わたしのお父さんはシャヒードなのよ」と胸を張っている。しかし「殉教者証明書を出して」というが、母は言を左右にしていつまでたっても出してくれない。(以下通院のため中断、薬を一月分もらいにいくのだが、雨天はクリニックが空いている。やはり30分ですべて終わった)サラはある日喧嘩相手のボーイフレンドに92年の砲撃で廃墟となったビルに連れていってもらう。彼はそこで缶にしまってあった一丁のトカレフ拳銃を撃たせてくれる。ユマはそれを貸してくれと家に持ち帰る。
▼娘の修学旅行資金が得られずに落胆していると、縫製工場の仲間達がカンパで資金を集めてくれる。それを学校に納付にいくが納まらないのはサラだ。父のシャヒードだった証明を見せろと拳銃を突きつける。エスマは意を決して強姦されたときの様子を告白する。そして妊娠して出産間近になっても犯され続けたという。そして出産しても、子どもの顔も見ないと誓った。産声を聞いたら看護師さんが赤ちゃんを連れてきたので、おっぱいを一口だけ含ませて里子に出そうと思った。しかし母乳を一口吸われると愛おしくなってどんな苦労をしてもこの子を育てようと決心したという。サラは母の告白にこことを打たれ、今までの母に辛く当たって来た自分を恥じる。そして心を入れ替えるように丸刈りにして、修学旅行のバスに乗り込む。いつまでも後部座席に座るサラに手を振り続けるエスマ。そしてサラも涙を流しながら窓ガラスに手の平を押しつける。女性監督らしく極力暴力描写は避けなおかつ、重い十字架を背負って、逞しく生きて行かざるを得ないボスニアの女たちを描く。岩波ホールで。

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December 12, 2007

松本城を見学する

Matumotojo←(冬の松本城)
Harumatumotojo←(春の松本城)

▼先日の猟銃事故の続報が昨日の夕刊に出ていた。それによると猟銃はブローニングで父親はかなり多くの猟銃を所有していた。記者が猟銃店に聞いたところ、弾が装填されているかどうかは外見からはわからない、ということだったと書いている。ドイツの拳銃のワルサー・シリーズはスライド後部に「残弾指示ピン」というものがついていて、弾が薬室に残っていればピンが出て、ない場合はひっこんでいる。しかし猟銃や小銃などでは構造が複雑になるので、そういうものは付属していない。映画やドキュメンタリーを見ていると銃を分解する前に操作レバーを引いて薬室に残弾がないか確かめる。
▼かつて市ヶ谷に自衛隊を見学に行ったとき、64式小銃があったので、「写真撮っていいですか?」と聞いたら隊員は、展示してあった小銃を手に取りレバーを引き、空に向けて引き金を一回引いてから「どうぞ」と言ってくれた。韓国の場合分解する前にその操作を3回くり返して空に向けて3回空撃ちをしていた。
▼本当の銃を扱うにはこれだけの慎重さを必要とするのだが、猟銃マニアの父親は残弾をそのままにして放置しておいたのだろう。自動ライフルの場合も、初弾を薬室に送りこむ場合は、自分でかなりの力を必要とするから、子どもには絶対できない動作である。
▼旅行の3日目松本城に行った。前日は兼六園が朝8時からオープンしているというので、7時の朝食もそこそこに出かけたが、きょうは多少ゆっくりしている。地図で確認すると徒歩10分くらいである。2日間パンを食べていないので、無性に食べたくなって、開店していたパン屋さんに入って「栗あんパン」なる物を1個買って牛乳とともに食べる。久しぶりのパンは美味だった。途中野麦峠方向という石で出来た表示板があった。松本城は3年ほど前の桜の開花時期に実家から車で来た事がある。そのとき道は結構混雑していたが、実家からは車で1時間15分で着いた。城には入場料600円なりを払って入る。兼六園は庭園だけで300円で、城は無料だった。松本は小さいのに600円とは高すぎると思った。しかし加賀は100万石、松本は7万石だからその経済力に負うところが多いのだろう。
▼靴は各自ビニールの袋に入れて持ち歩く。管理・案内しているのは観光協会のような所に所属している人たちである。近くで見ると他の城と違ってコンクリートで再建された物ではなく、木造だからそれなりの価値がある。しかし展示してあるのは殆ど火縄銃だけで、さながら「火縄銃展示館」の様相を呈している。それにしては9月に立ち寄った島原城にくらべ解説がちょっと不親切で、果たして学芸員はいるのだろうか?と思ってしまう。一度城は売却しようとする動きがあったらしいが、二人の篤志家がお金を出してそれを免れた経過があるという。一度天守閣に上ってもいいが2度とは上りたくない。それにこんな高くて寒いところに籠もっていた殿様も、アルプスの風はさぞかし寒かっただろうと思う。解説者は「浅間下ろしが飛んでくるので寒い」と言っていた。しかしそれは佐久地方なら地理的に理解できるが、松本まで「浅間下ろし」は飛んでいかないと思う。随分いい加減な事を言っていると思った。
▼日曜日のCATV「旅チャンネル」を見ていたら、歌手の上条恒彦が故郷である松本を9月に訪ね、町を歩きわたしたちが行った松本城に登城して見学していた。

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December 11, 2007

◇「フライボーイーズ」を見る

Ikabento(直江津のイカ弁当)
▼昨日午後7時のNHKで放映された、船場吉兆取締役の記者会見は面白かったですね。湯木取締役が一々息子か?の謝罪に口をだしていて、それが全部マイクで拾っていた。「頭が真っ白に…」という言葉まで言わされているのには大いに驚いた。彼は元々わたしと同様頭は白いので、正しくは「頭の中が真っ白」と言わねばならない。いずれにしてもあの年で、母親の言いなりになっていることが分かってしまったので、相当なマザコンであるという事だけは内外に知らしめた。
▼◇「フライボーイーズ」1916年のフランス、第一次大戦でドイツ軍にかなり追いつめられている。そして同盟国であるはずのアメリカもまだ正式に参戦は決めかねている。そのフランス空軍部隊に、アメリカの青年達が入隊してくる。主人公の青年はテキサスだったかの農場が父親が死亡して借金が返せなくなり、銀行の手に渡ってしまう。イラク戦争同様、このパイロットに応募してきた青年はアメリカでも貧しくて、銀行強盗の過去を持っているものもいる。つまりイラクのアメリカ兵士同様、仕事がないから兵隊になるしかないのだ。この飛行隊はアメリカ人が組織された物としては史上初であった。
▼つい先日ライト兄弟が飛行機を発明したと思ったら、最新技術は戦争に動員され、複葉機としてドイツ軍と戦っている。まず入隊して酒場に行こうとするが、「敵機を落としてからでないと飲めない」と先輩面した兵士から追い返される。そして訓練は地上に駐まった操縦席で椅子をグルグル回転させ、どれだけまっすぐ歩くことができるか試したり、飛行機の操縦桿を動かす事から始まる。なにせ入隊して6週間生き残れば、ベテランと呼ばれる苛酷な世界である。アメリカ人の先輩の同期に入隊した男達は、「みんな死んでしまった」とこともなげに語る。
▼そして初出動の日、戦闘機隊の責任者フランス人大尉(ジャン・レノ)は、弾は全部地上に持ち帰らずすべて撃ち尽くしてこいと命令する。戦闘機は今もそうだが、敵機の後ろに回り込む事が勝敗を決する。そして載る前に整備士から金槌と拳銃を渡される。「?」と言うと、「金槌は機関銃の弾が出なくなったら銃身と機関部を叩けば出るようになるときがある」と言う。拳銃はパラシュートなどまだない時代だから、万策尽きたときの自殺用である。飛び立っていくと地上で飛行機の数を数えている少女が一人いる。生き返りでその戦闘で犠牲になった数を確認しているのだ。最初の戦闘で二人ほどが撃墜されてしまう。
▼敵機はひよこの様なアメリカ兵が乗った戦闘機に容赦なく襲いかかる。それでも着実に腕を上げていくパイロットたち。上記のフランス人少女との恋物語から、出撃しても一機も落とすことが出来ないので、スパイ容疑をかけられるパイロットも出てくる。味方のリーダーも撃墜されたので、ドイツの黒い鷲のリーダーを落とそうするが、中々チャンスがやってこない。そして後ろに回って並んだとき、若いアメリカ兵は拳銃で敵機のリーダーを撃つ。複葉機と三葉機機の時代だったからこんなことも出来たのだろう。
▼同様の映画ではイギリスの「空軍大戦略」、「メンフィス・ベル」、そして第二次大戦でイギリス軍に入った悲劇のチェコ軍のパイロットを描いた「ダーク・ブルー」などがあるが、実寸機で撮影した飛行は迫力満点である。そして実話で構成されているので、若者を死に追いやる戦争こそは最大の消耗で最大の無駄であることも、いくつかの逸話で教えてくれる。シアターN渋谷(昔のユーロスペース)で。21日まで、惜しい事にガラガラ状態。

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December 10, 2007

子どもの猟銃「発射」事故考

Bukeyasiki(金沢武家屋敷の冬支度)
▼東京に戻って家の外に出ると、北陸、松本よりも肌寒く感じる。おそらく都内にいる今の方が薄着をしているためだろう。昨日のニュースで医師の6歳になる長男がライフル銃を発砲して次男を射殺してしまった事件は痛ましい。TVやラジオのニュースでは「暴発」と言っているが、無意識に発射してしまったのが「暴発」だから、この場合「発射」である。気の毒なのは長男で一生このことがトラウマとなってしまうに違いない。
▼ご存知ないかたのために言うと、猟銃の所持免許は当該の公安委員会が発行する。公安委員会と言っても実体は警察で、銃砲店で購入許可申請を出すと、警察が身辺調査にやって来る。だから隣近所と仲良くしておかないと、変な噂を立てられて「不許可」になってしまう可能性も全くなくはない。そこでOKになると買うことができる。そして散弾銃を10年間所持して無事故ならば、晴れて「ライフル銃」を買う資格ができる。39歳の医師が持っていたのはライフルなので、かなり前から猟銃を所有しはじめたのだろう。そして一番問題なのは弾丸と銃をカギのかかった別々のケースに保管しておかなかった事だ。このわたしが持っているおもちゃのソフト・エア・ガンだってガスとBB弾、それにエアガンだって3つとも別々に保管して、マガジンのガスは常に空にしてある。
▼その辺の基本をわきまえていれば絶対「暴発」事故などは起きえない。この場合ライフル銃に弾丸を装弾したまま放置しておいたと考えられる。というのは弾倉に弾丸を1発ずつ装弾するにはかなりの力を必要とする。だから5歳の幼児にはあらたに弾を込めるのは絶対無理だ。父親の医師がずっと装弾したまま放置しておいたのだろう。
▼さらにここで問題なのは、警察庁がこれらの事件を良いことにして、猟銃はすべて警察などに保管しておき、必要な時に所有者に貸し出す制度を作ろうとしていることだ。これこそ本末転倒というのだ。つまり民間人の銃事故は数えるほどで、なくなっている人は数えられるほどだ。ところが暴力団の所有す非合法の拳銃による事件や事故は後を絶たない。優先してやらなければならないのは、それらの銃の取締を徹底する事であり、民間人の所有する銃を規制し警察が保管しようとする発想は、秀吉の「刀狩り」と同じ思想に繋がる。
▼松本の居酒屋は駅前にかなり多くあったが、現地で食べられるものをという選択肢でとある酒場を選んだ。そこにはイナゴとか蜂の子を食べさせてくれた。MINさんは喜んで召し上がっていた。しかしイナゴは小振りで普通の4分の1くらいの大きさだった。それに蜂の子も小豆のように小さかった。ここでもビールの中ジョッキ1杯、焼酎のお湯割りを1杯、それに売り出しになったばかりの佐久の地酒を1杯頂いた。さらに仕上げに信州ソバの小ザルを1枚いただいた。駅に近いこともあり、色々食べたこともあってこの日の費用は一人5000円ちょっとだった。

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December 09, 2007

金沢市近江市場の居酒屋にて

Higasichaya(東茶屋夜景)
▼MINさんもわたしも健脚なので金沢市内は全部歩いて回った。現地に着いたのは列車が人身事故で40分くらい遅れたので午後4時頃だった。ホテルはいつものTインチェーンだ。泊まるところは普通に寝ることが出来れば良い、その分夜に美味しいものをという合理的な考え方である。MINさんのご家族も、出かける前に「もっと良いところに泊まれば良いのに」といって下さったという。冬の準備をしている武家屋敷を見学してから、東茶屋まで30分ほど歩いた。随分店の閉まる時間が早い。5時半ころだったが殆ど店をしめていた。
▼再び歩いて近江町市場の付近の飲み屋さんを探す。ゆきついたのは「おでん」を赤い提灯が出ている店にした。というのは、つまみが新鮮な魚介類だけだと飽きてしまうことが予想されるからだ。店には一人の先客がいて、他は貸し切りで一杯になる予定なので、二人だけなら入れるという事で端の席に座らせてもらう。話して行くと先客は昔銀行員だった人で、当時は窓際族をしていた。女将に言わせると「きょうは15年ぶりくらいにやってきてくれた」という。それにしても「お客さん(私たちの事)は一見なのによく入ってくれましたね」と話かけてくれた。
▼旅の楽しみというのは、このように土地の人と会話が弾む時だ。2日前に書いたように、とりつく島がない扱いをされると「何のために商売をしているのか?」と情けなくなる。そんな訳でおでんの飲み屋さんでは、昭和20年代の歌手の懐かしい歌をきっかけに話が随分弾んだ。ビール中ジョッキ1杯と、焼酎お湯割りを2杯のんでかなり食べたが3500円とかなり格安で済んだ。

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December 08, 2007

21世紀美術館に行く

Kaisendon_2
(近江町市場の海鮮丼、クリック)
▼せっかく金沢に来たのだから、兼六園だけではなく、金沢21世紀美術館にも寄りたいと思っていた。兼六園は2度目だったが、隣の金沢城は始めてだった。しかも入場料は無料だ。わたしにはむしろこちらの方が見応えがあった。それに戦前の第六旅団の建物にも出会えた。いまWOWOWでやっている、「戦争と人間」で高橋英樹が、最後に赴任して浅丘ルリ子で、ラブシーンを演じるのが、金沢だった。兼六園は朝8時からオープンしていると言うので各1時間ゆっくり見ることができた。
▼次は途中にある、金沢21世紀美術館である。特別展示を見ると100円だと言われたが、通常展示の300円分だけみた。空間があるせいか、言葉には言い表せない奇抜な展示が多く、驚かされた。今は日比野克彦アートプロジェクトも行われている。テレビのコメントだけ見ていると分からないが、彼の能力の高さを示している。
▼終わって預けておいた荷物をホテルで引き取り、近江町市場の食堂に行って、海鮮丼1570円を食した(写真参照)新鮮な魚介類は特別美味しかった。昨日はのべ6時間電車に乗っていたが、この時間があれば、ベトナムまで行くことができる。そしてきょうは糸魚川から大糸線に乗り換えて信濃大町まで出る。わたしが小学生の頃は「大糸北線」と「大糸南線」と教わって全通していなかった。乗ってみてその理由が分かったが、北線は難所ばかりである。そして線路のかなりの部分が雪避けのシェルターで覆われていた。途中の南小谷で気動車を乗り換えるが、こちらは座席も快適だった。ホームで見たら今年は大糸線全通50周年であると出ていた。
▼ホテルからはニフティのサーバーにつながりません。投稿いただいている皆さんすみません。

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December 07, 2007

兼六園に向かう

Kenrokuen金沢城の紅葉(クリック)
▼昨日は武家屋敷とひがし茶屋蓋を歩いた。武家屋敷では塀の冬支度が進んでいた。そのあとひがし茶屋街まで歩いていった。もう5時を過ぎていたので殆どの店は閉まっていた。ようやく一軒のあいている店に入ったが、」バッグ専門店だった。店員さんは無愛想で話しかけても、その受け答えが単純で続かない。1杯525円の大吟醸の日本酒をいただく。

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December 06, 2007

金沢市に来ています。

Korinbo金沢の銀座か六本木とも言える法輪功ではない、香林坊の夜景(クリック)何故か1面の更新が出来ないので、ご容赦いただきたい。
▼夕べお送りしたメルマガはお読み下さっただろうか?まだ感想はお寄せいただいていないので、次号には今年のベスト10を投稿をお願いしたい。本日超多忙のため、朝は書くことができない。時間があったら夕方に執筆する予定なのでお待ちいただきたい。
▼東京駅発午前8時40分の長野新幹線に乗って長野市まで来ました。途中の佐久平まではこの1年間で20回くらいは通っていますが、それから先には、実は余り来たことがありません。まぁ色々あって「大人の休日」は今年は十和田湖には9月に行ってしまったので、吉永小百合は見習う必要がないので、この選択になりました。厚着をするとまずいと思って薄着で集合地点の東京駅に行きました。昨年同様同行して下さるのはMINさんです。
▼しかし驚くべきことにMINさんはせっかく購入した、座席券を持ってくるのを忘れてしまいました。原因はバッグを直前に替えてしまったことが原因だったようです。しかしどうなるかわかりませんが、とりあえずチケットを買い直して列車に乗り込みました。長野市を過ぎると風景は一変して胸に迫ってくるような戸隠や黒姫の山が見えてきます。まさに感動の一瞬ですね。

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December 05, 2007

ショートステイ介護施設の人たち

Sinanotetudoしなの鉄道、軽井沢駅
▼本日メルマガの締め切り日です。すでにお伝えしたように10万番ヒット達成のメッセージを募集していますが、想像通りメルマガの読者は余り関心をお持ちではないようです。キリ番ですがこの「ブログ」でも行います。右下にカウンターがありますが、脇の記事も分かるように切り取ってお送り下さい。1000番のキリ番の方に粗品を差し上げます。
▼わたしはあちこちのサイトで別の名前を使って書き込みをしている。そのためわたしの正体を知ろうとして色々苦心して調べようとしている方がいる。住んでいる場所も最寄りの駅も架空の場所で書いている。いいセンで検索の環を狭めて来ているが、正体を突き止めるのは無理だと思う。
▼介護施設での事。ショートで入所している人は様々な人がいる。ある紳士は恰幅がよく着ているブレザーも中々のものだ。だがカバンを二つ抱えて家に帰ろうとして、「俺は会社の社長をしているのだ。どうしてもきょう帰らねばならない。出口はどこだ」「俺が何故こんな所に入っているのか分からない」をくり返してヘルパーさんに頼み込んでは困らせている。さらに「俺は大学院をでている」高飛車な事までいう。聞くとこの方は毎日この言動をくり返しているのだという。また別の人はT大を出てA新聞の記者をしていたらしい。この施設に来て何かと言うと名刺を配って歩き、正常な人から「もう何枚も名刺をもらいました」と言われていたという。最近では歩き回ることもなくなり、大人しくしていた。もう一人は中学校の教師をしていたという人だが、自力では食事をとることもできなくなってジッとしている。
▼これは入所者の一例だが、いずれも80歳前後の人たちである。わたしも個包装になっているコーヒーを買ってきてポットでお湯を入れていると「どうしましたか?」と詰問されてしまった。日曜日はパートさんが多いので見かけで入所者と勘違いされたのだろう。わたしは慌てて「入所者ではありません。入所している家族の付添で、コーヒーを自分で煎れています」と否定した。つまり見ただけでは認知症かどうか分からないのだ。そしてその予防にはどうするか?飲酒を連続しないことは言うまでもないが、もう手遅れの人もいる。何か新しい事に興味を持たないというのもダメ。先日のTVによればレンタルビデオなどはダメで映画館は自分でスケジュールを立てて出かけ、外の空気に触れて、着ているものにも気をつけるから良いのだそうだ。しかしわたしは映画館には出かけるが、着ているものに気をつける必要がありそうだ。

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December 04, 2007

モーツアルトK.626が聞こえてきた

Karuizawaeki軽井沢駅前からアルプスをのぞむ
▼2日長野新幹線軽井沢駅から、しなの鉄道に乗り換えると、駅構内からいきなりモーツアルトニ短調 K.626の第四楽章が聞こえてきた。軽井沢駅には3月にも来たがそんな音楽は聞こえていなかった。音の出てくる方向を見ると、何と缶コーヒーの自動販売機だった。そのごこの佐久地方のあちこちの販売機から、この曲が聞こえてきた。良いのか悪いのか、どうもわたしのイメージとかけ離れているように思えた。
▼10万号達成は本当にみなさんがわたしの駄文(駄文とはわたしの原稿だけで、投稿執筆してくださるみなさんは玉稿であります)に毎日アクセスして下さったからだと、感謝しています。そのメッセージの一つ湧々さんからは「次は123456号ゲットを目指します」と書いてくださった。うーんそれまで続けなければならないということか。Webが8年かかって10万番になったので、12万にはあと2年くらいかな、とも思う。しかし出発したときは一日10件にも満たなかったので、それほどかからないかも知れない。ブログは1年間で2万件にたっしている。現在の表示は昨年5月からの累計なので、その差はますます開いていくだろう。
▼日曜日の日経の広告にサントリーの健康飲料が出ていた。登場するのは「ゴルゴ13」の作者さいとうたかをで「39年間一度も休まずに、「ゴルゴ13を連載、男71歳、パワーの秘密」はこのドリンク剤だとある。わたしは一切ドリンク剤とか健康補助薬品は飲んでいない。さいとう氏は「休みたいと思ったことが一度もない」と言っているが、書かなくなるとボケが早まる可能性もあるので、ずっと書き続けるだろう。
▼本日朝から忙しいのでこれでとりあえずおしまい。

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December 03, 2007

◇「キンキー・プーツ」を見る。

100000湧々さんが見事ゲットした10万番!
▼昨年日比谷シャンテで上映されていたが見逃した作品で、実際にあった話がテーマとなっている。イギリスのある田舎町の小さな製靴工場。一生履ける丈夫な靴を作っているが、クロアチア当たりから輸入される、安い靴が市場を席巻して、倒産寸前である。二世社長のチャーリーは旧友に何とか200足だけ引き取ってもらう。しかし友人の目当ては会社の所有する土地だ。
▼チャーリーは帰り道ロンドンのパブに立ち寄り、女装した男たちのドラッグクイーンのローラに惹かれる。そしてローラたちが身につけていた、ハイヒールに目をつける。これを男性の体重にも耐える靴として作れば、新しいニッチ産業として生き残る事ができるのではと、思い付く。
▼社員を一度15人をクビにしたが、一人だけ再雇用して、ネットキンキー・ブーツの需要を市場調査をさせる。更に試作品にクレームを付けたローラをデザイナーにして本格的に、ミラノのショーに出展しようとする。しかしそのためには、今まで正統派の靴を一生懸命作ってきた、従業員たちの理解を得なければならない。さらにその資金を作るために、結婚を控えているのに、婚約者に無断で、自宅を借金の抵当に入れなければならない。難問が山のようにあるが、果たしてミラノにたどり着く事が出来るかという話。時代に取り残されないためには、自分が変わらなければならない、というテーマでも、かなり説得力があった。
▼昨日の98はハッチーさん、99はてんぐささん、10万番ジャストは湧々さんでした。おめでとうございます。祝賀会の時に記念品をお渡しします。
Kouchi(mobile)

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December 02, 2007

◇「ある愛の風景」を見る

▼日本の戦争中も出征している夫の戦死公報が届き、家族は家を守るために、未亡人を残っている次男と結婚させるというケースが多かった。そして妻が再婚してから夫が生還して不幸な結末を辿る。そのような小説もあった。
◇「ある愛の風景」アフガンの戦後復興作戦の国連軍に参加しているベルギー部隊の話。次男が任務を終わって帰国するのと同時に、職業軍人(地位は少佐)である長男が入れ替わってアフガンに向かう。二人の可愛い娘たちと、美しい妻とも別れを告げる。現地に着くと、先任者が偵察の任務についていた通信兵が、行方不明になっているという。復興はあまり進んでいないのだと思わせる一言だ。そしてヘリに乗って現場らしき所に向かうと対空砲の攻撃を受けて、撃墜され死体は見つからないので、「戦死」と本国に報告がされる。どの映画でも同じように制服を着た将校が、留守宅に報告に向かう。
▼余りにも早い急な知らせに妻は動転する。それよりも同じ敷地に住む老夫婦は、よりによって出来の良い長男が死亡したことに落胆する。そして軍の葬儀、「何があったら連絡をくれ、出来るだけのことはする」と上官は型どおりの挨拶をする。そして未完成だったキッチンを改装すべく、弟は友だちを連れてやってくる。元々妻と弟は反目しあっていたが、キッチンのリニューアルを手伝ったり、子どもと遊んでやったり、誕生パーティに自転車を贈ったりすることから、二人の距離は縮まっていく。
▼一方夫はかろうじて一人だけ助かり、タリバンとおぼしき人々に救われ、石牢に閉じこめられる。そこに行くと何と行方不明になっていた通信兵も閉じこめられていた。粗末な食事を与えられ、通信兵は消耗しており、出征する前に生まれた子どもに会いたいとくり返す。ある日牢から引き出され、対空ロケット砲の操作を教えろと、まず通信兵が脅される。彼はその操作を知らないので、少佐が買って出る。そして別の日、役に立たない通信兵を殺せと拳銃で脅される。タリバンに抵抗するが、銃の撃鉄が起こされるので、仕方なく太い鉄棒で撲殺することになる。
▼仲間を撲殺してことによって絶望的な悪夢が続く。と、ある日国連軍の急襲があってタリバンは殺害され、彼は救出される。病院で回復するといち早く母国の妻に連絡したいのだが、上官はあやふやに口をぬぐっている。そして重い口を開いて出てきた言葉は、「君は既に戦死したことになっているのだ」という。
▼帰国したが、家族とは何となくしっくりいかない。そして妻だけでなく子どもたちも、何やら怖がって前にように素直に近寄らない。少佐は「妻と弟が出来てしまった」のではないかと疑い始める。そしてきれいに整ったばかりのキッチンもメチャメチャに壊してしまう。そしてある日「お前と弟は出来ている」と、暴力を振るいはじめ怯えた妻は弟と警察を呼ぶ。警官の銃を奪って警察と対峙する少佐、弟の粘り強い説得でようやく銃をおろすのだが…。命令すれば人は言うことを聞くと言う世界から帰ってくると、会話が成り立たなくなる。そして何よりも味方を撲殺したというトラウマが、彼の精神を破壊してしまった。戦争は人の心を破壊してしまうというテーマに真正面から向き合う。2年前に作られたベルギー映画で、アメリカでリメイクされるというが、きっと「セービング・ジェシカ・リンチ」のような作品になってしまうのだろうという危惧がある。シネカノン2丁目で。100人足らずの劇場なので1時間前に行ったくらいでは、入る事ができない。
▼昨日は休日のためアクセス数は減って10万番は出ませんでした。本日は確実にでるでしょう。しかしわたしは日、月とパソコンの使えない所に行くので、それらのご報告はできません。あしからず。

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December 01, 2007

日本に戦車はいらない放水車で充分

▼某研究者がHPの更新を手伝って欲しいという要望があって、昨日午前中はそれに対応した。見ると2年前から止まったままだ。最初は身内に手伝ってもらったらしいが、そういう「甘え」が入ると長続きしない。IDとパスワードをもらったのがひと月前でそれだけではアクセスできる筈がない。昨日は大学のサーバーへのアクセス方法というのをPDFで送ってもらってどうやらアクセスに成功した。ついでに実験として『鍵盤乱麻』のHPをリンクに貼って、その証明をした。「デザイン変更も」というお話しも出てきたが、ちょっと予算的に無理なのでそちらはやらないことにした。
▼第二の目玉はDVDドライブの装換で、バルクを買うために秋葉原のSマップに出かける。あと1年後にはパソコンを入れ替えるので、欲しい方に予約してくださればタダであげる。ただし、わたしの自宅まで引き取りにいらっしゃることが条件である。2年使っているからDVDドライブだけ新品は買う必要はない。それで売り場に行くと中古でも1万円近くするものしかない。大体4、5千円だと思って探すとLG社のものが見つかって買って帰宅する。しかし、しかしである装換作業をしようとしたらシリアルATAではないか。店員さんはケースから出したが後ろは確認させてくれなかった。バルクは普通交換してくれないが、事情を電話で話すと今より高い金額のものを買ってくれれば良いという。再びSマップに出かける。電車に乗れば10分余で秋葉原に到着できるのは地の利である。
▼今度は日本のB社の新品にした。しかしポイントを利用したので、現金の支払いはないので、目出度し、メデタシである。作業は開腹から縫合まで10分足らずである。色々おまけのソフトがたくさんついているが、面倒なのでそれらのインストールは止めた。2度往復して道草も喰ってしまったので仕事が渋滞してしまい、数独クイズの作成やら、見積もり、採点などの作業を続行する。
▼大体道草というのは本屋さんに立ち寄って雑誌を読むことである。わたしは一人では絶対喫茶店などには入らない。自宅で麦茶とコーヒーを飲む事ができればよい。本屋さんの立ち読みは「軍事研究・12月特集号戦車」である。こんど防衛省では新型戦車の開発を考えているというものだ。大体日本の90式は精密機械の様で実用的ではない。戦車は安価で大量生産できなければならない、というのがスターリングラードの戦いで、ナチスのタイガーが非力だった事で分かっているはずだ。ヒトラーの命令でナチスは強大なタイガー戦車を開発した。しかし巨砲で巨大だったため、貨車で移動させるときキャタピラーを一々外して乗せなければならなかった。当然燃料は喰う、ロシアで雪解けのぬかるみには引き込まれる、で苦戦を強いられた。ところがソ連はトラクター技術の応用で大量生産できる戦車を作ることに切り替える。
▼日本の90式は図体はでかく、精密機械を搭載している。さらにコストは一両9億と世界一高価である。欧米の戦車の設計思想というのは、旧来のものに爆発反応装甲(ERA)(T72の写真参照)などを取り付けてできるだけ長く使う。ところが日本の戦車はオタクの技術者が寄ってたかって、これでもかこれでもかと余分な装備を取り付け段々重く、高価になってしまう。先の雑誌の図解によると、某国が戦車を日本に上陸させた場合の迎撃作戦に適した今の90式より軽い戦車を作るという。しかーし、陸続きの国境がない日本にあって、揚陸艦などを使って戦車を上陸させても意味はない。大体食料自給率が30%を切っている国から何を奪おうというのか?資源の殆どは輸入に頼っているではないか。
▼雑誌の解説図によると、そういう上陸作戦を水際で食い止めるのが、新しい戦車の役割ということになっている。そもそもこの出発点が間違っているのだ。日本人を困らせるには石油と輸入食料をストップすればよい。3ヵ月も止めれば、米作農家以外は餓死する。グルメだ三つ星レストランなんてノーテンキな事は言っていられない。個人的な好みから言うと74式戦車が一番好きである。日本の戦車は何に使うのか想像してみた。「暴徒」鎮圧?うーむ日本の暴徒は銃などを持っていないから戦車は必要ない。銃を持っている民間人と言えばご存知マル暴の人たちだ。彼らの主たる装備は拳銃である。一部にマシンガンや小銃などももっているらしいが、重機関銃などはないから装甲車で充分である。しかもマル暴の人たちが国家権力に集団で楯突くはずもない。民間人「暴徒」が相手なら戦車などはいらない、機動隊の放水車で充分である、というのがわたしの結論である。
▼今日こそ10万番が出るか!Sマップに行ったら、D300の新製品が発売になったので旧D200がワンサと売りに出ていた。本体のみの価格だが定価の半額の10万円だった。D200の中古は今が買い時かも。

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