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December 13, 2007

◇「サラエボの花」を見る

Myoukougo(妙高号、直江津駅で)
▼ある温泉をネットで予約した。24時間以内に返事がなかったらサーバーのトラブルかも知れないから電話をくれと書いてある。予想通り返事がなかったので電話すると、「メールをチェックしていなかった」という正直は返事が返ってきた。Webも充実はしているのだが、旅館組合が主導してやったのだろう。メールを一日一回チェックするなどの指導はしていなかったに違いない。わたしがホテルや旅館を選ぶ選択肢は、LANが使えるかどうかだ。そこは無線LANだと書いてあったので、電話で再確認した。
▼地元のJ民党の広報誌を駅で配っていた。すると地元出身のMみどり代議士がK通省副大臣になったという。2面を見るとA篠宮とちゃっかり一緒に写っている写真を利用している。こういうの皇室の政治利用だと思うけど、どこかからクレームがつかないか。彼女の経歴はT大を出てA新聞記者から国会議員に転身しているのだが、最高学府を出た人も知的水準もこの程度なのかと呆れる。
▼ついでに大嘘つきのM添大臣のこと。彼は過去に自分の母親の介護を「母に襁褓(むつき)を当てるとき」という本にして出版した。それが某政党機関紙の1面に大々的に紹介された事があった。M添をこういう人だと知っていたのだろうか?また当時は学者だったらから大目にみたのだろうか?それとも国会議員になるとは思ってもいなかったというのが正直なところなのかも知れない。
▼◇「サラエボの花」ボスニア・ヘルツェゴビナの民族浄化を扱った映画はたくさん見ているので、もう見たくはないというのが正直な気持ちだった。しかし新聞で依頼されている映画紹介は今週締め切りで今年の執筆分は終わりなので、「カルラのリスト」をセットで紹介することにして見に行った。サラエボは新しいビルの建設も進んでいるが、民間住宅には弾痕が残っている。そんな一軒の家に12歳になる愛娘のサラと一緒に住んでいるエスマ(推定40歳くらい)の親子がいる。エスマは毎日履き物工場に通い、裁縫の腕を生かして友人のドレスを縫ってあげて糊口を凌いでいる。いまの問題は娘の修学旅行に行くお金がないことだ。費用は200ユーロだが、友人に頼んでも断られる。そこで夜のナイトクラブでアルバイトをする。
▼そこでは男女のじゃれ合う姿、胸毛のギラギラした男達の姿で思わず嫌悪感で吐き気を催してしまう。サラは先生からお父さんがシャヒード(殉教者)ならば遠足のお金は全額免除されると聞かされてホッとする。サラは父親がいないことで友だちから喧嘩を売られるが、「わたしのお父さんはシャヒードなのよ」と胸を張っている。しかし「殉教者証明書を出して」というが、母は言を左右にしていつまでたっても出してくれない。(以下通院のため中断、薬を一月分もらいにいくのだが、雨天はクリニックが空いている。やはり30分ですべて終わった)サラはある日喧嘩相手のボーイフレンドに92年の砲撃で廃墟となったビルに連れていってもらう。彼はそこで缶にしまってあった一丁のトカレフ拳銃を撃たせてくれる。ユマはそれを貸してくれと家に持ち帰る。
▼娘の修学旅行資金が得られずに落胆していると、縫製工場の仲間達がカンパで資金を集めてくれる。それを学校に納付にいくが納まらないのはサラだ。父のシャヒードだった証明を見せろと拳銃を突きつける。エスマは意を決して強姦されたときの様子を告白する。そして妊娠して出産間近になっても犯され続けたという。そして出産しても、子どもの顔も見ないと誓った。産声を聞いたら看護師さんが赤ちゃんを連れてきたので、おっぱいを一口だけ含ませて里子に出そうと思った。しかし母乳を一口吸われると愛おしくなってどんな苦労をしてもこの子を育てようと決心したという。サラは母の告白にこことを打たれ、今までの母に辛く当たって来た自分を恥じる。そして心を入れ替えるように丸刈りにして、修学旅行のバスに乗り込む。いつまでも後部座席に座るサラに手を振り続けるエスマ。そしてサラも涙を流しながら窓ガラスに手の平を押しつける。女性監督らしく極力暴力描写は避けなおかつ、重い十字架を背負って、逞しく生きて行かざるを得ないボスニアの女たちを描く。岩波ホールで。

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