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March 28, 2008

◇「パレスチナ1948・NAKBA(ナクバ)」を見る

▼学校の新学期に向けての教職員会議があった。会議が終わって持参した弁当を食べていると何人かが弁当を覗き込んで、「愛妻弁当ですか?彩りがいいですね」とか話しかける。学校職員のMさんは「若かった頃、夫が一度だけ弁当を作ってくれて、卵焼きがとてもきれいに出来ていた。職場に持っていって食べていたら、みんなに『どうやって作るの?作り方を教えて?』」と言われたがグッと詰まってしまい、それきりになってしまったという話をしてくれた。先日の卒業式の写真を撮ってCDに焼いて送ったのだが、「どうしても開かない」と言われて冷や汗をかいた。自宅に持ち帰って調べたが何も問題なく開くことができた。実は焼いた後はHDDからデータを消去してしまっていたのだ。おそらく読みとる側のCDドライブとの相性だろう。帰る途中秋葉原で途中下車をしてCD(DVD)プレイヤーを探した。いつもの店で1980円という中古で保証書がついている物件が見つかったので、さっそく買い求めてきた。クラシックのCD1枚相当の値段である。さっそく接続してグレン・グールドの「ゴールドベルク協奏曲」を再生してみた。誰も部屋にいなかったし、スピーカーだけは良いモノを買っているので、聴くと限りなく実際の音に近く聞こえてきた。
▼たわいのない話を2つ。先日夜遅くケーブルTVで「西部警察」の古いのをやっていた。登場する主人公はジョー(御木裕)で病原菌を背負って抗体の注射をしなければ生き延びられない。そこに東京都の下町にある浄水場に汚染菌を撒くと脅す犯人。ジュラルミンケース1個に入ったドル札を用意させる。ドル札が警察に持ち込まれた時、裕次郎扮す売る課長が「都知事の許可がでた」というセリフがある。現実との公私混同の新銀行対応時期と絶妙のタイミングに驚いた。
▼そして昨晩テレビを見ていたら「シカト」という言葉を卓球の福原愛ちゃんの口から出てきた。わたしは知らない言葉だったのですぐ辞書を引いた。すると「(花札の紅葉の札の鹿がうしろを向き知らん顔しているように見えることからという) 相手を無視すること。「―する」とあった。これで今晩は一つ利口になった。
▼◇「パレスチナ1948・NAKBA(ナクバ)」1943年生まれの写真家の広河隆一氏は67年にパレスチナに渡って、キブツダリア(社会主義共同体食堂のような所)でアルバイトをしていた。そのときなぜパレスチナの人がイスラエルに追われてこのような生活をしなければならないか、という事に疑問をもってカメラを持つようになったらしい。その近くにあったナクバでは土地を追われる事に抗議した一般の男女が多数殺害された。調べて行くとそこでは280名の人々が何の理由もなく、後ろ手に縛られたまま銃で撃たれている。広河氏の原点はこの「疑問」を持ったことと、食堂で働いていて出逢った人々を追跡することから始まる。
▼一方ではホロコーストを経験したことを世界中にアピールしているユダヤ人の人々。取材していくなかである一人の老人は「ホロコーストとは結局ユダヤ人の自分たちさえよければ良いという利己主義なんだよ」という言葉は的確にその実体を述べている。広河はキブツダリアで出会った一人の6歳くらいの少女の事を覚えていた。彼女には確か姉さんがいたはずである。尋ねると「パレスチナゲリラに入って戦っている」とAK47を持って仲間と映っている一枚の写真を見せられる。広河は必死に消息を確かめるとシリアだったかどこかの収容所に入れられ拷問を受けていることが分かる。そして広河は弁護士を通じて彼女との接触をもち、ようやく釈放させることができる。その後は彼女の成長と看護師になって、最後は結婚して子育てするところまで映像で追っていく。
▼イスラエルの人々はこの土地は南アフリカの富豪から買ったというが、入植地には立派な家が建てられたり、280人が殺害され埋められた場所は今海水浴客の駐車場に変わっている。理不尽な土地収奪は何によって起こったか、そして土地を追われた人々はなぜ抵抗せざるを得ないか、広河の冷静なレンズは告発する。渋谷ユーロスペースで。

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