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March 15, 2008

北アフリカ戦線の話をちょっと

Shepika(シェピカ)
▼昨日の検索用語のトップは「きょうの目」だった。旅行の参加されたみなさんにもアドレスをお教えしたので、きっとご覧になってくださったのだと思う。しかしメールのご質問やご意見などはゼロなので、ご愛読いただいた、このチュニジアの旅もあと2回で終わる。「チュニジアの旅8」
▼ここで第二次大戦中のアフリカについて若干触れる。当時イタリアのファシストムッソリーニは止せばいいので、自分をシーザーの再来とか言ってアルジェリアを占領する。ところが13万人以上のイタリア兵が連合軍の捕虜になってしまう。こまったムッソリーニはヒトラーに助けを求めると、ヒトラーはドイツで最も若く元帥になったロンメルをアルジェリアに派遣する。ドイツは日本同様、資源のまったくない国だったので、ロシアの資源を求めて東部戦線を作った。しかし思惑は外れて膠着状態になってしまう。
▼ロンメルは補給もなく、当時最新鋭の48口径砲を搭載した4号D、G型戦車で闘う事になる。しかしそんな中でも敵である米英を欺き、数々の戦果を上げたので砂漠のキツネロンメルと呼ばれるようになる。しかし42年11月アメリカ軍のパットン将軍ははモロッコとアルジェリアから北アフリカに上陸する。そしてイギリスのモントゴメリー将軍はエジプトから上陸する。考えて見るとその後のイスラエルの作られ方はこの時すでに考えられていたのだろう。その結果ロンメルは300両くらいの4号戦車で闘わざるを得なくなる。アメリカの新型戦車は1100両で約その3倍はあった。兵力で枢機軍は98万人、連合国は1万強でその差は歴然としていたが、最新兵器を使った機動戦には独、伊軍は勝てかなった。
▼しかしチュニジアにいたロンメルは43年1月ヒトラーに「精神状態」を疑われ(陰謀だと思うが…)呼び戻され母国ドイツに戻る。北アフリカ戦線はロンメルが去って5月にチュニジアで枢機国軍は連合国の挟み撃ちにあって殲滅されてしまう。もしショット・エル・ジェリド塩湖の米英による道路建設があったとするならば、その時期に違いない。連合軍はその後チュニジアから43年7月にシチリアに上陸し、イタリア本土へと上陸する。これは「イングリット・ペイシェント」の最初の部分が、グルカ兵と恋におちいるイギリスの従軍看護婦ハンナ(ジュリエット・ビノシュ)フィレンツェ手前で、彼女の同僚が乗ったトラックが追い抜いた瞬間地雷に接触して爆破されるという設定になっている。
▼ロンメルはその後ヒトラー暗殺に加わっていたとして、毒をあおって死ぬことになる。ロンメルは最後までナチス党に入らず軍人として、捕虜の扱いなどフェアに扱ったとして評価されている。しかしあまりにも若く元帥になったので他の軍人からやっかまれていたことも事実である。彼がアフリカ戦線にあって愛する妻に書いた手紙は「史上最大の作戦」コーネリア・ライアン著(ハヤカワ文庫)にいくつか出ている。
Rancle(ランクルの窓から)
▼このことをおさえていただいたうえで、今日の話になる。翌朝ホテルの前には、「デザート・エキスプローラー」と英文で書いてあるトヨタのランクルが6台並んだ。そしてマッチョなリーダーはターバンとベストを着けている。そして地平線が見える道路を一気にアルジェリア国境にあるシェピカのオアシスへと向かう。サングラスをかけたドライバーにcan you speak english」と訪ねると「no a little」と右手の親指と人差し指の間隔を1cmくらいに空ける。そこでわたしは「先ほどの歩哨所は何の為にあったか」と聞いてみた。すると「アルジェリアを越境する人物を警戒している」と解説があった。
▼シェピカは上記「イングリッシュ・ペイシェント」ロケで使われている。歩き始める前にガイドがこの山の貴石について例によって英語で説明があった。紀元前に闘いがあったがそのときこの山にあるマイカが含まれている石を鏡のようにつかった連絡をしたという。ガイドは言葉に詰まったのでわたしが「signal?」と助け船をだすと「oh that's right」と指をさして学校の教室のようになった。マイカとは日本語で「雲母」という。この小さな山にもどこからか掘り出した貴石を「ワン・ディナール」と言って声をかける少年達がたくさんいた。おそらく卸屋さんのような人物がいて、少年達はそこから卸して貰って小遣いでも稼いでいるのだろう。
Fox(動物園にいたアフリカキツネの一種、オジロスナギツネ)
▼近くの休憩所に行くとカタカナで書いた「ミントティ」という案内板が出ていたが「書き方を間違えて「ミソトティ」となっていたのは大笑いだった。客を乗せたランクルは不整地をわざと走って見せて「探検」らしき事をしてみせるが、お尻が痛くなる。そしてまっすぐな道をコンボイを組んで走っていると、おそらくイラクでも、こんな風に走って目的地に向かっているのだろうなと思った。

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