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March 19, 2008

戦前の「空白の地図」再来か

Sidhimosk(シディ・サハブ・モスク)
▼仕事はおかげさまで先が見えてきた。実は日曜日も仕事をしており、明日の春分の日も仕事をすれば、金曜日の午前中くらいに納品ができそうである。いやわたしは様々な仕事をしているので、一つに集中するにはリズムを掴むまでが大変なのだ。その波に乗ってしまえば大丈夫、きょうも右半身に3枚の湿布薬を貼って取り組んでいる。昨晩チュニジア旅行でご一緒した東北地方の方がメールを下さった。「きょうの目が素晴らしかったので、お友達にもその存在を教えて下さった」との事で、そう言って下さるととても嬉しい。連載は終わったが時々思い出したらご紹介しようと思う。それで昨日も「きょうの目」が検索用語のトップに来た理由が分かった。
▼さっそくそう言えば昨晩7時45分のNHKハイビジョン「世界遺産」を見ていたらチュニジアのケロアンが出てきたので、その絶妙なタイミングに驚いた。6日目の朝にシデイ・サハブ・モスクに立ち寄った。そして屋上から貯水池を見たがそれら全部が出てきた。わたしはその入り口に珍しい旧式の大砲があったから撮影したが、TVでもそれは映っていた。
▼昨日仕事が一段落したので、銀座にあるNサービスセンターにレンズを引き取りに行ってきた。今の仕事は机にしがみついているばかりでは能率が上がらないし、かなり消耗するので気分転換をしないともたない。見積もりは10080円で、予算以内で納まっていた。これは昨年4月上旬に購入したものだが、1年間日本国内は青森から九州まで持って歩いたし、チュニジアにも同行したのでもう充分元は取れている。これで後2年くらいは現役で使えると思う。
Taiho(モスクの入り口にあった大砲)
▼わたしは40近いブログをニュースリーダーを使って読んでいる。それでチュニジアに旅行していた8日間で未読が何と600件くらいになってしまった。留守中「朝日」も捨てないでと家族に頼んで出かけたが、もうこうなると情報洪水で読む気力が失せる。ある「護憲派」リングも面白いが玉石混交であるし、帰国後も仕事に取り組んでいたら、見る時間がないと次々増えてしまい。タイトルさえ見るのもおぼつかない。この際思い切って、登録数を減らすことにした。その結果どうやら一日20通くらいまで減らすことができた。今回の海外旅行で日本という国は、どうでも良い政府の情報コントロール下にあるという思いを強くした。この機会にどうでも良い情報は斬り捨てよう、と思って実践を始めた。
▼昨日の日本経済新聞の社会面トップに驚くべき記事が掲載されていた。「電子地図規制検討へ/テロ警戒で政府/治安施設表示配慮を/カーナビなど影響も」という記事である。テロリストが、地図を頼りに攻撃するなどあり得ない。今もし攻撃するとしたらサーバーなど施設であろう。JRのコンピューターセンターだってどこにあるか我々は知らない。都心などではビルに表示のない不思議な建物はゴロゴロしているのだから、建物に名前を書かなければ済むことだ。もしこれが実施されれば「戦前の空白の地図」状態の再現である。タバコの自販機のTASPO認証カードと言い、わたしは吸わないから良いけど、どこまで国民の管理は進んでしまうのだろうか?

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