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July 14, 2008

激動中国最終回と「いまここにある風景」

▼◇「いまここにある風景」カナダのフォトグラファー、エドワード・バーティンスキーの写真集を元に中国の人間によって破壊された自然をムービーとスチルカメラで告発した映画である。これは非中国人の目から見た中国の実体だ。しかし13日夜9時からNHKで放映された「激流中国最終回、環境汚染摘発隊」と基本的に同じ視点にたっている。先に昨晩のTVの概要だが、広州のある町で亜鉛メッキの排水(シアン化合物)が未処理のまま、排水に流されている。住民は市の環境部に何度も告発しているが、企業と通じているため一向に改善されない。住民から直接電話をもらった州の環境部は手入れの前に排水を採取して企業に乗り込む。
▼社長を問い詰めると、「市から払い下げて貰ったが、排水を除去するカネはない」というので会社は閉鎖になってしまう。州の環境部が摘発して閉鎖させた企業は、14社だ。しかし広州にそういう会社は40万もあるから、焼け石に水だ。それに経済活動と環境を守るというバランスが国も環境部にも分からない。それを摘発しようとするNPOの王さんというジャーナリストはダム建設によって居住地や土地を奪われた農民を追い続けているが、常に公安の監視を受け取材を妨害されている。これがTVの内容で、ダムの部分が映画と同じだ。
◇「いまここにある風景」フォトグラファーのエドワード・バーティンスキーは人間は自然の一部なのだから、自然と調和して生きなければ、いずれしっぺ返しを受ける、という考えの持ち主である。世界各地の人為的な自然破壊の現実を告発した写真集を作っている。そのうちに中国のダム建設がいかに自然破壊をしているか、という事に気づく。それと同時に農地をダマされて追いやられた農民たちが何をしているかに関心を持つ。TVの農民たちは土地を奪われる代わりに、新しい住宅を提供されていた。しかし農地はないので、産業廃棄物を拾ってルンペンのような生活をしている。映画の方の少数民族は土地を取り上げられ住む家すらない。この根本には胡錦涛率いる中国共産党が、工業を発展させるエネルギー源として水力発電所を重視している事があろう。しかし見ていると毛沢東時代、鉄の増産と言って、農村にまで炭焼き小屋に毛の生えたような「製鉄所・溶鉱炉」を作らせた風景にダブって見える。
▼それは貿易の中心だと言って造船所では、安全性をあまり考えない(ように見える)船の建設が行われ、石炭増産だと言っては採炭夫の健康や安全を考えない採炭が行われ、山が地肌をむき出しにしている。大きな工場では煤煙をはき続けているが、環境対策はどうなっているか明らかにされていない。最初に登場する大工場では大勢の労働者が、単純作業に黙々と携わっている。広大な工場は先が霞んで見えないほど大きい。昼休みか休憩時間に責任者が、部下を集めてハッパをかける。「どうしてみんな不良品と良品を分けないのだ。分けるシールもどうしてもっていないのだ。だから完成してごちゃ混ぜになってしまい。検品係からクレームが来ているではないか」。上司のそんな言葉も右の耳から左の耳から抜けていくようだ。おそらく仕事がなくなった農村から連れて来られた青年たちなのだろう。毛沢東時代は農村人口が9割だったが、あと10年もすると3対7で逆転するだろうと言う。経済目標達成だけが優先する政策のもと、果たして見捨てられた農民たちに希望や未来はやって来るのだろうか?

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