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August 15, 2008

「普通の人」が積極関与者になるとき

▼オリンピックの野球は午後11時まで見ていたが、差が開かないので寝てしまった。
▼昨日の新聞を見ていたら、「イラク・アフガンからの米軍退役軍人にアルコール依存症が多い」という記事が出ていた。調査は48,400人の軍人を対象に調査したという。帰国後に男性で一日5杯以上、女性で4杯以上飲酒する暴飲者になる(この程度の飲酒する人は身の回りに大勢いる)割合はた、戦闘経験をもつ軍人の方が、そうでない退役軍人と比べ、31%も高いけっかになった。さらに回数が一週間に男性15杯以上、女性で8杯以上となる多量飲酒者となった割合は6%だという。戦闘経験がなくても、日本国内で同様の多量飲酒者となっている人は、どうぞお気をつけ頂きたい。
▼帰省しているときの13日、終戦直前の8月13日長野空襲があって米軍によって49人の死亡者が出たという祈念の行事が報道されていた。被害にあった人はとてもお気の毒だと思う。それは原爆体験も同じである。しかしこの8月15日の終戦記念日とは、天皇が連合国の大してポツダム宣言を受け入れるという「ホールドアップ」宣言をしただけの日なのだ。正しくはミズリー号上で調印をした9月2日になる。だからそれまで多少の戦闘は起きても、それはある意味仕方ないことだ。
▼8月15日の「終戦記念日」にあえて書きたいのは、単に被害者意識を高揚させることで、再び戦争が起きなくすることができるかという事だ。つまり初めに日本のアジア各国に対する侵略戦争から出発した。朝鮮のニュースフィルムを見ていると、広島・長崎に原爆投下された放送を聞いて朝鮮人たちは、みんな万歳をしている。これは当然のことであろう。侵略という歴史が先ずあり、それに対して有効な抵抗運動一つ組織できなかったのだ。「戦争と新聞」を通読して見て感じる事だが、日露戦争といのは外国からカネを借りてようやく停戦交渉まで持ち込んだのだが、日本国内では「領土を寄こさないのは弱腰」として日比谷交番の焼き討ち事件なども発生する。その裏には新聞が正しい報道をしなかったために、実質的に世論誘導をしていった側面がある。
▼それが満州事変などになると、軍部と新聞社の持ちつ持たれつの関係へと発展していく。軍部は在郷軍人会などを使って「不買運動」などをしながら、軍部に協力的な記事を書くように圧力をかける。これは明治初期には参謀本部は「萬朝報(よろずちょうほう)」などが軍部の思い通りの報道をしないので、徹底して弾圧を行った。その経験から報道機関は懐柔した方が有利であるという方針に変わっていく。
▼それは日比谷交番焼き討ち事件に端を発しているのだが、参謀本部の行動を追認するような世論作りが新聞社を中心にリードされていくことになる。だからゴールドハーゲンの「普通のドイツ人とホロコースト」(ミネルバ書房)のように普通のドイツ人が「同意」、から「積極的関与」に傾斜してく。ある警察大隊の例では、外からの強制を伴わなくても「普通のドイツ人」は積極的に虐殺行為を展開したとする研究が出されている。ゴールドハーゲンの説には反論する人もいるのだが、日本でもこの時期、普通の人が諸手を挙げて戦争協力していった実態を真剣に解明しない。「反米」と「被害者面」だけを強調していると、ふたたび戦前と同じ間違いを犯すことになる。いやもう手遅れかも知れないけど…。わたしは毒のある言葉をストレートに書く。しかし作家の井上ひさしが「週刊ポスト」8月15日号で、最新刊の「ボローニャ紀行」を紹介するなかでこう言っている。「使い古された平和よりも、目の前の日常を守ろうというほうが人の心に届くのだ」と。

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