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December 31, 2008

年末のスーパーで想うこと

▼この時期年末のスーパーに行くと必ず思い出すことがある。それは初代の飼い猫大五郎のことだ。彼は取引先の事務所で飼っていた生後半年くらいの猫を貰ってきた。彼が特に好きな餌はカマボコである。その中でもなぜか安価な当時一個130円位の紅白の夕月カマボコを好んだった。しかし年末になると安価なそれはなくなり、高価なものしか置いてない。試したが高価なカマボコは一切口にしなかった。そのため年末が来る前に安価な夕月を探し求めて冷凍庫に保存して置くことにした。だがカマボコは猫の個体にしては塩分が高かったのだろう。後年じん臓を患って15歳くらいで他界した。彼はとても賢い猫で後から来た猫の面倒見がとても良かった。年末のスーパーのカマボコ売り場でいつも彼のことを想い出す。
▼1年間つたないブログにおつきあいいただき、本当にありがとうございました。

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December 30, 2008

あと2日忘年会もすべて終わる。

▼1週間前に某社トップからメールをいただき、全社の納会をするから参加して欲しい、という依頼があった。日曜日の夜がその日だった。わたしは映画を数多く見ているというだけで無名の存在。ただ失礼があってはいけないので緊張している。500mlの缶ビール1本半だけいただいて帰ってきた。金曜日と日曜日の忘年会で今年は終わりだ。年賀状のデザインは決まっていたが、赤インクが切れてしまった。昨日それも補充したので今日から印刷を始める。しかし詰め替えインクというのはうまくいかなくて、手だけ真っ赤になってしまった。結局純正のインクを買う羽目になった。

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December 29, 2008

◇「K20/怪人20面相・伝」を見る

▼先日デンゼル・ワシントンの「トレーニング・ディ」」という数年前に公開された映画がWOWOWで放映されたので、録画して見た。相棒は交通警官から志願してこの麻薬捜査部門に転勤になった、イーサン・ホークである。眠っている所に電話が掛かってきて、「下にいる」というのでオートマチックのグロックのマガジンをたたき込む。そして1発装弾して下に降りていく。そしてそこで見た先輩のデンゼルのやっている事と云えば情報提供者や麻薬の売人、そしてマフィアともグルになっている醜い姿だった。それどころか自分の立場を守るために同僚の警官を殺害することまでいとわない。
▼これは今年公開されたバットマンの「ダーク・ナイト」にも共通していることだが、悪を追っている者がそれを達成した瞬間、自分の行動がすべて「正義」に成り代わってしまう。いやそう判断しなければ自分の居場所がなくなってしまうことに気づく。という共通点を垣間見た。
◇「K20/怪人20面相・伝」舞台は戦前の日本である。ミニチュアとはいえ木造の街並みは実に良く再現されている。そしてそこには東京タワーらしい建築物ともう一つ巨大な高層ビルが一つ建っている。これこそ羽柴財閥が誇る建築物だ。幸い12月8日の第二次世界大戦は避けられたという設定で話は進んでいく。しかし現在の日本と同じく格差社会はますます進んで貧富の差は激しくなっている。浅草らしきところでテントを張ってサーカスをしている一座。その中でも一番人気なのは遠藤平吉(金城武)演じるナイフ投げから身を交わしてすり抜ける妙技である。労咳で悩んでいる座長を目の前に、不思議な男がやってきて、財閥の令嬢の結納式の写真を一枚撮ってきてくれれば、多額の謝礼をすると持ちかける。その高層ビルで行われた式でシャッターを押すと爆弾が破裂して、金城が「怪人20面相」として群警(憲兵隊と特高をプラスしたようなもの)に逮捕され拷問される。
▼依頼した男こそ20面相だった。ここで軍警御用達の明智探偵と小林少年の登場となる。金城はサーカス仲間(実は泥棒集団)の手引きによって刑務所に搬送される途中脱出する。そして一座の棟梁から「秘伝書」を渡される。それから怪盗となるための訓練は見事と言うしかない。ホントの20面相の狙っていたものは財閥の社長が開発した、電磁波発生装置の隠してある場所だった。令嬢も金城に助けられるうちに、カネの価値と生かし方に対する態度が変わってくる。そして孤児たちのために私財を投じて炊きだしまでするようになる。
▼謎解きをしていくとそのヒミツ装置が隠されているのは財閥の高層ビルということが分かってくる。そこで再び本物の20面相と金城の対決が始まる。つまり「ダークナイト」のバットマンになっていたのは20面相だった。権力と悪を倒すには絶対的な力をもつ武器が必要だと考えていた20面相に、金城はその過ちを正そうとするのだが、20面相は言うことを耳を貸そうとしない。今年見た日本のエンターテイメント映画としては、最高の出来だと思う。

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December 28, 2008

更新しなくてもカウンターは動く

▼昨日は普段の数よりも多いくらいカウンターが回った。何も書いていないのにも関わらすだ。普段は何をどう表現するか四苦八苦しているが、その割にはカウンターは回らない。これには少しガックリくる。昨日は「怪人20面相」を見た。そして今日はトルコが舞台になっている「そして私たちは愛にかえる」を見た。行く前に見るか、行ってから見るか?これで現在のトルコのことはかなり理解できた、つもりになった。

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December 27, 2008

ブログは1週間ほどお休みします。

▼事前にお知らせしましたように、12月27日から1月4日までブログは毎日更新をやめます。時々書きますので、あまり期待しないでアクセスしてみて下さい。09年度のスタートにご期待下さい。来年度、日曜日はお休みします。

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December 26, 2008

無年金だという友人の話

▼出掛けようとしたとき、電話がなって「宅配業者で荷物を持ってきました。どちらにいらっしゃいますか?」という。慌てて玄関をあけると業者はドアの前に立っていた。そう言えばここ数日ドアフォンが鳴らないことに気づいた。さっそく分解してみたが結線に問題はない。困ってその道のプロである親友A君に電話すると、夕方来てくれることになった。彼はわたしの家から4kmくらい離れた所に住んでいるが、夜自転車で来てくれた。テスターであれこれ調べて見たが、結線には問題なく、接点復活剤を吹き付けて「こんど故障したら買い替えた方が良い」という結論を下した。それが終わって友人達の健康問題や年金の話になった。A君は今年60歳になったはずだ。それで現在は自営業として家電の修理などをしている。
▼若い頃は某大手音響機器メーカーに勤務していて、とても良い腕を持っていた。それで社会保険事務所に行って自分の年金を調べて貰ったら45ヶ月しか納めていないと言われた。それは変だと昔の勤務先に証明してもらったら、正しい155ヶ月勤務していることが分かった。しかしその書類をもって社会保険事務所に行ったが、中々書類を書き換えてくれない。その書き換えに半年くらいかかったという。しかも300ヶ月の積み立てがなければ年金は一切支給されないという風に法律が変えられてしまった。あれこれ社会保険労務士の無料相談などに行ったが、救済されるには70歳まで別途積み立てなければ無年金のまま終わってしまう。あまりにも悔しいので保険事務所の前で灯油でもかぶってライターを持って「何とかしろ」と叫ぼうかと思っていると言っていた。しかも企業年金も法律が変わってしまい。年間6万円支給のはずが5万円に減額されてしまったという。
▼昨日の読売1面トップの記事に「なぜ使い捨てられるのか」…バッグ一つで寮追われ
大揺れ雇用とうものがあった。これは埼玉県にある日産ディーゼル工業上尾工場の派遣社員だった佐藤猛さん(仮名)が、1週間前に雇い止めになったという話だった。そして寮の玄関ドアのカードキーを派遣会社の男性社員に、無言でカードキーを手渡すと、その社員の、営業スマイルが待っていた。「お疲れさま!」と。
▼この記事を読んでキャノンのCMを思い浮かべた。定年を迎えた初老のサラリーマンが、コピー機の前で時間をかけてコピーを取っている。すると若い社員がしばらく待っていたあとで、下の階にコピーを取りに行くからゆっくりやってくれと言ったあと、上の記事と同じ「長い間お疲れさまでした!」というセリフを言うのだ。キャノンは大分工場の雇い止めが大きな社会問題になっているが、「お疲れ様」の一頃で寮を追い出され、仕事を失った人は明日からどうやって生きていけばよいのだろう。
▼同じようなテーマが朝日の25日夕刊に出ていた。千葉で失職した男性が、地元ではどこにも相談するところがなく、東尋坊で自殺しようと考えて各駅停車の電車にのっていく。最後は電車に乗るお金もなくなって断崖までとぼととぼ歩く。そのとき見た朝焼けの美しい光景に息を呑んで自殺を躊躇する。そして地元の人に「何か助けることができますよ」と声を掛けられて、自殺を思いとどまる。千葉で仕事をしている人が、なぜ福井県東尋坊まで死に場所を求めて行かなければならないのか。地元千葉に相談に乗って貰える人や団体が彼の目につかなかったことがとても情けないと思った。

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December 25, 2008

「汽車しゅっぽ」の元歌は「兵隊さんの汽車」だった

▼毎年24日頃になると部屋流す音楽はバッハの「クリスマス・オラトリオ」(CD3枚組)とヘンデルの「メサイア」(CD2枚組)を選ぶ。別にドイツ語は数個の単語しか分からないが、それでもそれらしい雰囲気に包まれる。本当はジングルベルとかそういう曲の方が気分は盛り上がるのだが、あいにくそれらの曲は持っていない。むかしレコード盤しかなかった頃、こういう長い曲を聴くのは至難の業だった。アルヒーフの「マタイ受難曲」なんてレコード5枚組だった。それも録音がオートチェンジャー用に作られているからそれを聞くために、専用のレコードプレイヤーをわざわざ買った。
▼分かりやすく言うとレコード5枚組があったとすると、1枚目のA面が終わると2枚目のA面という順番でレコードがターンテーブルに落ちていく。それが5枚目まで終わると、プレイヤーを一度止めて、5枚のレコード盤を全部一気に裏返す。そして1枚目のB面、2枚目のB面という具合に演奏するのだ。CDになってからその苦労も軽減されたが、それでも入れ替えが必要だ。やがてメモリーオーディオが登場してから、音楽をCDから取り込んでしまえば何時間でも聞きっぱなしにする事ができるようになった。
▼パソコンの不調などがあって前振りが長くなってしまった。火曜日の祭日に午前10時から2時間NHKラジオ「アキラさんの音楽ドレミ塾」を聞いていたら、公開放送をしていて宮川彬良が童謡と唱歌の実例で解説をしていた。その話を聞いていると鉄道唱歌など新橋から神戸まで、土地土地の名物や産業などを紹介しながら鉄道の大切さを国民に知らせようという、当時のトップの考えが如実に反映されていると思った。
▼わたしが旅行中のブログなどで時々紹介している歌に♪「スピードスピード窓の外、畑も飛ぶ飛ぶ、家も飛ぶ」という唱歌がある。この正式名称は「汽車しゅっぽ」というらしい。しかも最初はこの歌は出征兵士を送る歌という曲だった。それが戦後歌詞を書き換えられたのだということを知ってひじょうに驚いた。正式名称は「兵隊さんの汽車」というので歌詞を対比してお読み頂きたい。
▼出征兵士がどんなものだったか?例えば何度かご紹介している若尾文子と田村高宏の「清作の妻」を見ても分かるが村の代表として大々的に最寄りの駅まで村人総出で兵士を元気づけるために送り出す。この場合出征兵士には片道切符であることを要求される。つまりお国のために立派に死んでこい、というのだ。映画の場合何度も死ねなかったので苦悩し、妻は夫を盲目にしてしまえば兵士として戦争に兵士として取られないだろうとハサミで夫の目を傷つける。だから育ての親である両親や妻、恋人にあって「出征」は楽しかろう筈はない。ある評論家が「わたしは貝になりたい」の最新作の「出征シーン」を見て何か楽しそうに作ってあって、監督は勘違いしているのではないか、といっているがわたしもそう思う。この映画を見ないでベタ褒めしている人がいるが、1958年のフランキー堺の作品を想像していくと飛んでもないことになる。ウィキペディアでも「わたしは貝になりたい」の「歴史認識」の表現方法を巡って論議がされているが、一読されることをお勧めする。

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December 24, 2008

イヴだからと言って酒を飲んでいる場合か

▼クリスチャンではないので、イヴと言っても特別な特別なことをしない。今読んでいる佐藤優の「私のマルクス」という本がある。その最初の方に彼が作った自分のルールというのがある。第一は「自宅で酒を飲まない。モスクワ滞在時代接待のために自宅に酒を置いたが、晩酌は一切しなかった。日本に帰国してからは、自宅に酒を一切おかないようにした。何があっても酒に逃げることができないような環境を整えたのである」とある。この部分はお酒の好きな方は見習ってほしい。わたしの場合1年のうち、7月と8月を除いた10ヶ月だけは見習うことができる。
▼今朝の「共同通信ニュース」によれば「大手製造業16社で、利益から配当金などを引いた2008年9月末の内部留保合計額が、景気回復前の02年3月期末から倍増し空前の約33兆6000億円に達した」と報じられている。雇い止めという非正規雇用者に対して実質的な「首切りを」をしている一方でこの有り様である。先々週朝日ニュースター」「愛川欣也のパックイン・ジャーナル」で朝日のシニアライターである山田厚史がいみじくもこう言っていた。「今は契約解除などと人聞きの良い言葉で言っているが、昔で言えば首切りだ。首切りとは人に対する死刑宣告と同じで、言う側にもそれなりの覚悟と苦悩があった。ところが今は親会社が派遣会社に、『来週から契約解除ね』という。派遣会社は『解除分かりました』と契約社員に『こういう事情で来週から来なくていい』というだけで、痛みを伴わない。ここが一番問題なのだ」と。こういうシステムを作ったのは小泉純一郎と竹中平蔵なのだが、お分かりいただけるだろうか?
▼佐藤優は彼の書いた本を読むたびに、この人はロシアのエージェントではないかと思うほど怪しい人物である。だが一面ではとても面白いことも言っている。先週発売になった「週刊金曜日」は「佐藤優のマルクスと語る」という佐藤とマルクスの架空対談であった。その特集で4つ面白い部分があった。
1)資本主義社会で行われている効率化(合理化)は、労働者が黙っていると、必ず人員削減や労働強化のたまに使われます。
2)要は労働力が商品化されることによって、資本主義が成り立っているという基本をおさえていただければよいのです。
3)ある人が別の人を搾取するような資本主義社会はよい社会ではないと私は(マルクス)は考えています。
4)ソ連は、共産主義への前段階にあたり社会主義国家ではありませんでした。、レーニンは私の思想を正しく継承したとは言えません。レーニンやスターリンはむしろ、ロシアの陰謀思想の系譜に位置する革命家です。
▼さてみなさんはどうお考えになりますか?昨日でリニューアルが終わってガックリきました。ついでに大掃除も済んでしまいました。12月27日から1月4日までのブログは不定期更新になります。つまりお休みの日もあり、更新時間は昼頃になる場合もあります。

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December 23, 2008

あなたはアメリカに入国できるか?

▼パソコンで一番頻繁に使うエディターの調子がわるくなったので、一度削除して入れ替えた。これでフリーズすることがなければ良いのだが。どうもあのウイルス対策ソフトを入れ替えたらトラブル続きで、初期画面が固まってしまったり不具合が多い。これでダメならばウィンドウズを入れ替えるかと思っている。しかしそのための1時間が、暮れのうちは気ぜわしくて取れない。
▼昨日てんぐささんとメールでお話ししたのだが、「正月映画は見たい作品がない」という話になった。日本映画は当然「お正月公開」ということで作るのだろうけれど、外国映画はそんなことを意識して作られていない。配給会社が現地で作品を見て、「これは正月向けに良い」ということで買い付けるのだろう。ハリウッド系で「見たい」作品は一本もない。ただわたしの場合自分が面白いと思っただけでなく。あまねく一般の映画館で公開されている作品を探さなければならない。あまりマニアックな作品ばかり書いていると、クレームが来てしまう可能性もあるので、ある程度妥協して書かなければならないのが辛いところだ。ついでに109000番はてんぐささんがゲットされたと申告があった。HPは1千番ごと、ブログはほぼ1週間で1千番を越すので、こちらは1万番ごとになります。
▼来年からアメリカに旅行するとき、アメリカ大使館のHPにあらかじめアクセスして、自分が入国できるかどうかチェックして行かねばならない。先週金曜日のTBSラジオで、コメンテーターがそんなことを言っていたので、アクセスしてみた。まず自分のパスポートを用意してから、アメリカ大使館のHPでその項目がトップページにある。そこから日本語のページ入る。個人情報の利用されることに同意してから項目は「申請」でレ点、あるいは名前はパスポートと同じ表記で名前をローマ字で入れていく。都市は適当に「newyork」などと入れる。宿泊場所は省略してもよい。航空機はお好みで「jal」などと入れる。5分くらいで終わるので、試して見ると面白い。わたしは「テロリスト」と認定されて拒否されるかと思ったが、「承認番号」が付与された。

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December 22, 2008

◇「アラトリステ」を見る

▼先週から家のリニューアルをしているので、落ち着かない。日曜日は工事を一次中断したので心身ともやや落ち着いてきた。その代わり今年はもう大掃除はしなくても済む。
◇「アラトリステ」原作は1600年代のスペインが舞台でアルトゥーロ・ペレス=レベルテというジャーナリストが書いた全6巻の小説がもとになっている。だから映画はこれで終わりかと思うと、それでは終わらず、3回くらい期待はずれの気分にさせられる。つまり脚本家は原作にかなり忠実であろうとして、盛りだくさんな内容にしてしまった。
▼主人公のアラトリステは傭兵としてある奇襲作戦に参加する。その途中で親友イニゴが敵の手にかかって戦士してしまう。彼は虫の息で「息子バルボアのことは頼んだぞ」と言う。もちろんアラトリステは「分かった」と言って彼を抱きしめる。本国に帰国したアラトリステは親友の言葉に従って、息子バルボアを我が子のように育てる。しかしバルボアを剣客にだけはしたくなかったのだが、アラトリステと同じ剣の道を歩こうとする。そして彼にはなつかない。映画はどちらかというと遺児とアラトリステの関係を重視して描いているので、ダイナミックではない。
▼さてあるとき刺客として腕のたつアラトリステは、二人の男の暗殺を依頼される。しかし殺そうと思った瞬間、何か虫の知らせがあって殺害をためらう。その二人はお忍びでマドリードを訪問したイングランド皇太子チャールズとバッキンガム侯爵だった。時を同じくしてアラトリステのもとをアンダルシアからの旅人が訪れ、修道院を襲撃して、そこから修道女を一人連れ出すように依頼される。そんな無謀なことをして、捕まれば死罪は間違いないのだが、義理が絡んでいて断れない。襲撃はしたものの、待ち伏せにあって失敗してしまう。
▼そうしている間にバルボアは宮廷の使用人としてつかえるようになる。そこで知り合った王妃の侍女アンヘリカと知り合いになる。侍女はある時バルボアに「近衛兵に一人空きがある。わたしが推薦すればあなたは数年後には大尉になれる」と甘い誘いをする。しかしバルボアは二人でイタリアに逃げようと誘う。侍女は夜待ち合わせ場所に行こうとするが、王女の「ここにいれば貴族になれる。子どもも、またその子ども…」という言葉が頭を駆け巡る。結局裏切って待ち合わせ場所には行かず、バルボアは捕まりガレー船の漕ぎ手にされてしまう。
▼一方アラトリステは夫のいる舞台女優マリアに恋をしてしまう。あるとき公爵から狩猟をしている時に鹿の命を救ったとして、豪華な男性用ネックレスを褒美に貰う。彼はマリアに求婚すべくネックレスを宝石商の所に持ちこみ、女性用のネックレスに交換してもらう。それを持ってマリアの元に向かうが、マリアは裏切り玉の輿に乗りアラトリステは、瀕死の重傷を負わされてしまう。だから恋は盲目というではないか。恋は正常な判断を奪ってしまうから、映画の中の女を簡単に信じてはならないのだ。ここでアラトリステは死んでしまったかと思ったが不死身に生き返る。そしてオランダとの闘いに参加する。この騎兵との闘いはすさまじいの一言で、これだけでも一本の映画になるくらいだが、話の流れとしては散漫になってしまった。
▼帰国して梅毒患者を診ている修道院を訪ねる。そこには梅毒で痛々しい姿をしていたマリアが収容されている。そして「俺はお前と結婚すべきだった」といって高いネックレスをマリアにかけてやる。マリアの目からは後悔の念で大粒の涙がこぼれ落ちる。オランダとの闘いでアラトリステは死んでしまったかと思ったが、最後はバルボアをかばい、重傷を負いながら帰国して刺客を商売にして生きる。女にだまされ、自暴自棄になるかと思った二人だったが、苦難を持ちこたえ自分の信念を貫いた男の話になっていた。日比谷シャンテで。
▼昨日『鍵盤乱麻』HPは109000番になりましたが、お申し出はありませんでしたので、次回の11万番に廻します。

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December 21, 2008

メルマガの送信が終わってひと息。

▼メルマガの投稿をしていただけるかと思って送信時間を30分待ったが、結局の待っていたかいはなかった。
▼忘年会のおり、まだ50代前半だと思われるM氏が、両眼が白内障という診断を受けて落ち込んでいるということが話題になった。わたしの義兄は先日両眼の白内障の手術を終わったばかりだ。聞くところによれば1週間くらいの入院で、退院してからあまりモノが見えるので驚いているという。その話をM氏にメールで送ったら、「安心しました」という返事が返ってきた。
▼昨日近くの回向院という寺から「墓地の勧誘」電話があった。もしこれが両国の回向院ならば、江戸時代の振り袖火事で亡くなった、近くに住んでいた身寄りのない遊女たちが、手厚く葬られているという話を聞いた。墓にはこだわらないし、連れ合いは遺骨は川に流してくれと言っているので、「もう墓はあります」と返事して電話を切った。
▼年末の医者はいつ行くかというのは悩む。薬は火曜日の朝の分まである。それで一か八かで土曜の朝8時にいつものクリニックへ行った。血液の脂質代謝の検査をするので空腹でいかなければならない。診察が始まるのは午前9時だが、少しでも早く並べば早く済むというのは誰しも考えることだ。しかし順番が来たのは午前10時10分ころだった。その間ずっと空腹に耐え、薬局にいってから持参してパンに食らいついた。このクリニックは決して大きくないが、CTだけでなくMRI、鼻から内視鏡などの一流の検査器具が揃っているので患者が多い。
▼今朝は朝イチで日比谷シャンテの「アラトリステ」を見てきた。数日後感想を書く予定だ。

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December 20, 2008

最初の忘年会があった夜

▼本日メルマガ〆切り日です。かなり年末の原稿執筆をお願いしたつもりですが、いつもと違うメンバーは現時点でお一人だけです。
▼昨日忘年会は乾杯だけで帰ってくると宣言しました。しかし着席する場所が悪かったのか、周りは人生の諸先輩ぱかりです。この場所においてはわたしは「若手」に分類されます。隣に座ったのが、お酒を勧めるのがとても上手な方で、結局最後までおつきあいすることになりました。なぜかMaさんはふくれっ面で一言も発せず、お酒も4日間一滴も飲んでいないとご機嫌斜めでした。聞くと歯を抜いてまだ縫ったばかりで抜糸していないというのです。大体この日はMaさんの執筆100号を記念する日だったのです。普段の不摂生のツケが来たとしか思えませんでした。
▼それで「きょうは4日も酒を飲んでいない」と自慢していました。わたしはこの日2週間ぶりにビールを飲み干しました。検査の前に「昨晩はお酒を飲みました」と申告するつもりです。さてこれから空腹状態でクリニックにいって採血です。

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December 19, 2008

これがブッシュの靴投げゲーム

▼きょうは今年最初の忘年会がある。明日は別のクリニックで血液検査があるので、乾杯だけしたら帰ってこよう。
▼先日WOWOWで放映された2000年の映画「ハンニバル」を録画して見ていた。当然公開当時も見ているが、再度見ると別の面白い発見がある。面白かったのはイタリアの刑事がFBIの非公開ファイルにアクセスする場面だ。すると重要指名手配人の顔写真入りリストが出てくる。一番上の欄の右から3番目くらいに明らかに、オサマ・ビン・ラディンの顔と経歴が出てくる。その2列ほど下のレクターが並んでいる。911事件は2001年だから、映画はその重要指名手配人を承知した上で映画を作っていたということになる。
▼東金の幼児殺傷事件で容疑者の権利を守るために奮闘している一人の弁護士がいる。最初は国選弁護人か当直弁護士かと思っていた。しかし名前からして地元千葉県弁護士会に所属している人でないことは分かっていた。ネットでその弁護士の名前副島洋明(そえじま・ひろあき)の経歴を調べて見た。次から次へと殺人事件が起きるから、東金事件報道は色あせてしまった感じがする。いつもこういう報道でわたしが感じるのは、警察官や刑事は「公務員の守秘義務」というのがある筈である。しかしそれを守ることなく、マスメディア(正しくは記者クラブに所属している記者)に対して、取り調べ情況を逐一垂れ流しにして、世論誘導を謀っていることだ。かつて通信社の記者にその疑問をぶつけて見たが、「その程度は許されると思う」という驚くべき答が返ってきた。
▼記者の役目といのは警察の記者発表(いわばリーク)をそのまま書くことがその役目ではないと思う。いまだに可視性のない取調室で、弁護士もつけられずに「自白」を強要されているであろう容疑者は、極めて不利な立場に置かれている。そして一旦「クロ」の烙印をマスメディアに押されたら、親の所まで押しかけて「こんな子どもに育てて謝れ」の大合唱。再起不能である。それに関連して昨日俳優だった加勢大周の麻薬を常用していたことについて判決がでた。それで笑ってしまうのは裁判官が、「社会的な制裁を受けているし、今後は親元でまっとうな暮らしをするといっている」という判決文だ。いったい加勢は何歳だ?新聞を見たら38歳と書いてあって唖然としてしまった。
▼これがイギリスで作られたブッシュの靴投げゲーム」(英文)とても楽しい。これにつづく日本人記者は出て来ないのか。

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December 18, 2008

鼠先輩の恋と東京タワー、「エグザイル/絆」続き

Tower2(狸穴から見た東京タワー)
▼アクセスログを見たら深夜から今朝までのアクセス数はいつもより増えていて、毎日の数の3分の1くらい行っていた。
▼昨日朝日夕刊に演歌歌手の「鼠先輩」が「東京タワーに乾杯①」という企画のトップバッターに登場していた。短い文章だが今の連れ合いとの出会いの記事は思わずホロッと来てしまう。購読者していない方はどこかで借りて読んでいただきたい。どうしても読みたいという方には記事をデータベースに入れたのでお読みいただきたい。何度も書いているがわたしが中学の修学旅行に来たとき、「東京タワー」は下の展望台くらいまで完成していた。田舎にはそんな高層建築などないから、ただ驚いてはとバスの窓から見上げるだけだった。その後10回くらいは東京タワーに登っているが、未だに上の展望台まで登ったことはない。ついでに浦安ディズニーランドにも一度も行っていない。先日タワーの電飾が点灯するまで下に30分ほどたたずんでいたが、点灯した灯りのなかに完成してからの「50」という数字がくっきり見えたとき、あぁあれは50年前のことだったのかと感慨深く思い出した。
▼久しぶりに総武線始発から終点までの各駅停車全線横断の旅をした。午前は千葉で午後は三鷹で仕事だった。しかし持参していた本を午前で読み終わってしまった。活字中毒患者のわたしは、読んでいる帚木蓬生の「聖灰の暗号」というミステリーの下巻を読むべく、昼に自宅に立ち寄って続きを読み出し。午後11時過ぎに前日から読み始めて24時間で上下巻を読み終えた。
▼自宅のパソコンは手足のように軽快に動かなければならない。わたしの場合キーボードは軽いものの取り替えてあるのであたかもペンを使うように、キーを打つという意識なしに使うことができる。しかし昨日のトラブルはどうしたことか、思考が乱れてしまった文章が文章でなくなってしまった。年末に来てパソコンを買い替えなければならないのか?たしかに数日前にウィルス対策ソフトの09年度版への無償バージョンアップというのをやってから旧に動きが悪くなってしまった。ネットの画面が切り替わる時間がもの凄くかかる。アウトルックが開くのに時間がかかる等々。こういうのは大きなストレスになる。
▼それで「エグザイル/絆」の続きである。エグザイルといっても今日本で大ブレークしている歌手集団とはまったく関係ない。登場するウー夫妻と殺し屋4人の合計6人は幼なじみなのである。しかし運命はいつまでも「心を許しあえる幼なじみ」であることを許してくれなかった。妻は夫が彼らに殺されそうになったとき、自分が産んだ幼子に銃口を突きつける。「夫を殺すのを止めないとわたしは子どもを殺す」といっている風に見えた。殺し屋4人は一瞬その気迫に躊躇して銃口を下ろす。そしていきなり食材を揃えて料理を始める。そして全員満足げにその中華料理を食べ終わると、記念写真を撮ろうということになり、卒業した当時と同じポーズでパチリと一枚とる。まるで小田急の箱根か東武鉄道の日光東照宮に行ったCM見たいだ。
▼4人はウーを何とか逃がしてやろうと相談がまとまる。しかしそれは自分たちのボスの命令に背くことになり、逆に親分直轄の手下から追われる身となる。ウーは途中で死亡し、4人は彼の妻に今後喰っていくだけのカネを用意しなければと考える。そして厦門返還に伴う金塊輸送車を襲ってそれを妻に渡そうとする。その金塊の一部妻にわたし、残りを持ってボスのもとにこの金塊でカンベンしてくれと許しを請いに行く、4人のうち3人は「無罪放免」になるがリーダーだけは「お前は残れ」と殺害をほのめかされる。3人は出口に向かうが、ボス隙を狙って反撃に転じる。もうチキチキバンバンの世界である。つまり幼なじみのお前を一人にはしない。死ぬときは一緒だという話しなのだ。男心に男が惚れてという世界。朝日の映画紹介によれば「女が夢見る男の心意気」がタイトルになっている。昨日のブログとこれを併せて読んでいただければ理解していただけると思う。
▼子どもの足首の鈴の使い方は「夕日のガンマン」のオルゴールの使い方に似ていた。

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December 17, 2008

◇「エグザイル/絆」を見る

▼申しこんでおいた区の特定検診に行く。いつも行っているクリニックなら都合が良いのだが、行政区が違うので30分ほど歩いて出掛ける。問診票を見て医師が言う。「脳幹出血だったんですか?}。「2年半前にそこのERに24時間入っていました」、「普通死ぬか良くても半身不随というケースが多いのですよ。23区ならこのERが一番酔いでしょうね」、「通常24時間ですがベッドのあきがなくて48時間入れられていました」というような話をした。医師によればあのERはTVなどで色々言われているが、緊急のベッドが中々空かないと次の患者を受け入れられない。だからわれわれ民間病院が手分けしてベッドをあけて患者を受け入れる。空いたところにERの緊急患者を受け入れているのだ実態である、という話しをしていた。
▼検診自体はかなり簡単で、Xレイ撮影、採血、心電図、尿採取と体重、身長くらいだ。これで本当に大丈夫かな?と思う。
◇「エグザイル/絆」今朝はパソコンの調子がかなり悪い。途中までエディターで書いたら動かなくなってしまって、ブログに直接書き始めた。1999年12月末おポルトガルから返還2日前の澳門が舞台だ。そこの一匹オオカミの殺し屋ウーを訪ねて4人の男が訪ねてくる。「ウー」はいるか?とドアをノックするが妻は「知らない」とシラを切り通す。仕事が終わったウーが帰宅して部屋に入ると男達はボスの命令で部屋に突入する。しかし拳銃を構えた静寂の中から聞こえてくるのは赤ん坊の泣き声だけだった。二人はウーを守るためにもう2人はウーを殺すためにやってきた殺し屋だ。彼らボスの命令はさておいて、子どもを何とかしなければと思い直す。
▼そこへ通りかかる澳門警察の刑事は殺し屋に凄まれると、「定年まであと2日だから何とか穏便に済ませたい」とパトカーをUターンさせて帰ってしまう。ウーは帰ってきた一瞬自分の腕に着けていた鈴を赤ん坊の足首に着けて逃げる。それは幸せを願う父親の切実な願いが込められていた。
▼次の一手を考える時彼らのリーダーはコインを部下に出させそれを空中に放って、イエスかノーかを決めていく。(本日はパソコンの具合が悪いのでこれまで)

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December 16, 2008

「トルコふしぎ動物紀行」を見る

Shudou(手動シュレッダー)
▼昨晩もう寝ようかと思っている時間に残業を終えた家族が帰宅した。何でも会社で残業が一番多くてタクシーもかなり使う。しかもチケットなどなく、すべて自費なところが悲しい。ゴミの袋を見て「これは個人情報だからシュレッダーにかけてから処分すべきだ」と主張する。眠い目をこすって電動式シュレッダーを作動させたら、先に寝ていた家族から「静かにしてくれ」というクレームが付いた。しかたなく手動式シュレッダーを30分ほど回していたら右手首がかなり痛くなってしまう。
▼手首の痛み対策には「温灸」を2発使った。この手動式シュレッダーを見ていると、昔実家で使っていた蕎麦打ち機を思い出す。それまでま麺棒で伸ばした蕎麦を包丁で細く切ったものだった。ところが画期的な蕎麦切り機械とは、丸めて棒状にした蕎麦をローラーに掛けるのだ。するとローラーとローラーの間で切れた蕎麦が細くなって出てくるという仕掛けだった。しかし当時はフッ素コーティングなどの方法はなかったので、蕎麦は歯車とローラーの間で絡まってしまい、ちゃんとした蕎麦になったことは、極たまにしかなかった。この手動式シュレッダーは一度に2枚以上は切れない。その上メッシュでは切れないので、しつこい人が切った蕎麦状態の紙を貼り合わせれば、もとに戻すことはかなり簡単だと思う。つまり情報保護という役目を果たさない。
▼昨晩地デジBSiで午後10時から2時間「トルコふしぎ動物紀行」という番組を放映していたのでつい見てしまった。案内するのは市立船橋高校出身で東京農工大学農学部蚕糸生物学科を卒業し、現在自然環境研究センターの研究主幹千石正一氏だ。彼はかつて「エリマキトカゲブーム」を作った人でもあり、専門分野は爬虫類で自然のなかに棲息する動物は人間が飼うべきでないという持論を持っている。最初に行ったのは摂氏30度の温泉で、人間の皮膚を食べる鯉の一種の魚が泳ぐ温泉兼プールだった。ウクライナから皮膚病の治療に来ている人がいた。1回三週間3回くると大体の皮膚病は魚たちが食べて治癒する。またイスタンブールでは猫が町中に溢れている。そして人なつっこい。聞くとイスラムのコーランは動物を大事にせよ、と教えているので猫を大切にするのだという。今度行くときにはキャット・フードをポケットに入れて写真を沢山撮ってこよう。
▼一番驚いたのはカッパドキアの鳩の巣だ。岩をくりぬいたかなり高い位置に鳩の巣は鷹などの天敵が来ないように工夫されて人間が作っている。千石がその高い巣に登って分かったことは現地の人たちは鳩の巣を作って大切にする事で、鶏糞ならぬ鳩糞を年に一度集めて野菜を作っている。砂漠のようなカッパドキアは通常野菜などは育たないが、住民は古代から鳩を大切にして共存することで、不毛の地で人間も生計を維持してきた。千石はその鳩糞で育てたトマトをひと囓りするが、「うーん美味い、昔のトマトの味がする」と絶賛していた。先日の朝日を読んでいたら、トルコはEUに入っていないで、独自の経済圏を持っている。そしてラクダのレスリングをする人たちや、鳩の集団を育てる競技を毎日夕方になると夢中でしている人たちの暮らしを見て、これこそ貨幣経済に巻き込まれない、最も人間らしい生活ではないかと感じた。

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December 15, 2008

夢見が悪るかった原因は…

Gyoen1(新宿御苑で)
▼眠る前には精神状態を安静にしておかなければならない。とくにわたしの場合は。というのは昨晩は狙撃兵に追い回される夢を見ていて疲れてしまった。なぜこうなったのか今朝反省してみた。そうして分かった事は眠る前にNHK教育テレビで午後9時からの「ETV特集加藤周一1968年を語る」を見たからだ。チャンネルを合わせた瞬間が、いわゆるプラハの春の場面でソ連軍を中心とするワルシャワ条約軍のT54戦車が、市民を蹂躙する場面だった。加藤はこのことで「今世紀の近い時期に社会主義が実現する可能性はなくなった」と語る。とするといま地球上に存在する「社会主義国」とはあくまでも自称であって、マルクスの目指したそれとは乖離して社会主義のかけらもないという事になると思う。
▼本の他に色々な雑誌やTVを見ているのでどこの引用か分からなくなってしまう。たしか土曜日朝日ニュースターで放映された「愛川欽也のパックイン・ジャーナル」だったと思う。その中で世論調査は正確なのかというのが、一瞬話題になった。そこで誰かコメンテーターの一人が、「例えば美人コンテストがあった場合、純粋に一位を選べ」という場合には正しい結果がでる可能性がある。しかし1位を選んだら選者に豪華記念品や豪華な旅行券のプレゼントが当たる、という場合には違ってくる。どうしたら審査員好みの美女を選んだら記念品が当たるかという、思惑が入ってくるから正しい結果が出ない、というのだ。わたしは権威主義者や教条主義者ではないので、「○○さんに評価された」、「○○がこういった」というのは大嫌いだ。自分が正しいと思ったら、先達や偉人の言葉を偉そうに引用する事なのない。
▼まぁこれなど懸賞論文や海外、写真や美術展などすべてに通じる事である。だからわたしは「○○○賞受賞」などと言われた論文や作品は大した事は何もないと思っている。本論から離れてしまったが、今地球上に存在する自称社会主義国というのも、結局の所指導部の思惑で動く国を作る。そして下部組織は上部の顔色を窺って行動するのである。だからマルクスの目指した「冨の公平な分配」とか「必要に応じて働き、必要な収入を得る」など夢のまた夢であろう。
▼加藤はプラハの春で「戦車と言論」という論文を書いている。確かにソ連軍のT54戦車は市民の行動をくぎ付けにして、ひととき戦車がチェコを制圧したかに見えた。しかし市民たちは戦車に乗っているソ連兵と会話をして、その占領の過ちを説得している。さらに放送局に勤務していた人たちは放送機材を持ち出し、アンテナを立ててウィーン向けに「弾圧下の生活」を密かに放送する。場所はソ連軍に察知され封鎖されてしまう。放送関係者はソ連の指示する原稿を読んだり、放送する仕事に携わるのを拒否して、今までとはまったく異なる肉体労働などをして糊口をしのぐのだ。加藤はソ連スターリン型の武器で言論を制圧することはできない。つまり自由を欲する人びとの口に戸を立てることはできなかったという事を言う。言論の自由を保障することが、民主主義の基本であると言いたかったのだ。そのうち再放送があると思うので見逃した方はぜひご覧頂きたい。

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December 14, 2008

六本木ミッドタウンの夕暮れを撮影する

Tower(東京タワーの真下から、クリック)
▼前日東京の夜景を撮ると宣告していてので、それを楽しみに待っていて下さった方からメールをいただいた。だから土曜日はどうしても行かねばならなかった。午前11時半から新宿歌舞伎町にあるシネマスクエアとうきゅう。で「エグザイル/絆(中国語の原題は「放逐」だった)」を見るために出掛けた。5日朝日の夕刊で絶賛されていた。いや予告を見た時に行こうとは思っていた。明日か明後日にその感想を書こうと思う。
▼上映が終わったのは午後2時近かったが、2回目を見る人たちの行列が出来ていた。やはり面白い映画を見るのには初回に限る。新宿駅近くで遅い昼食を食べて、新宿御苑に行こうと考えた。だから当然朝からカメラは持って来ている。千駄ヶ谷から歩いてすぐの所にあるが、紅葉はもう一週間早ければ良かった。しかしアマチュアカメラマンの多さには辟易とする。それにカメラは一流品だが、使い方まではメーカーが教えてくれないので、何ともったいない、という場面があちこちに散見される。この時期に来たのは3,4年前になるだろうか。そこで1時間ほど、地下鉄新宿御苑から東京タワーに向かうには、日比谷線で霞ヶ関で乗り換えて神谷町に出る。東京タワーの真下に来たが、まだ照明が点灯していないので30分ばかり読書をしながら待つ。10枚ほど取ってから狸穴経由で六本木まで歩くことにする。ロシア大使館前には機動隊の警備バスが数台停まっている。バスの中で待機している隊員たちは、やはり退屈だと見え、みんな携帯を操っている。デモでもなければロシア大使館あたりはかなりヒマなのだろう。
Midtown(ミッドタウン、クリックすると拡大します)
▼六本木まで速歩で20分くらい。ミッドタウンに着くと結構人出はあった。しかし昨年はクリスマスに近かったので、地下鉄駅前から動かなかった。しかしまだ本番前なので空いている。イルミネーションの展示は昨年とほとんど替わらない。ブルーの海の部分では、10分に一度か20分に一度、空から流れ星が降って来て、湖の真ん中に落ちると、波紋が起きるという工夫がしてあった。こうして一枚の写真をお届けするにも、1日がかりの苦労がある訳なのです。

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December 13, 2008

評論家は年間250本の試写を見るという

Taimeido(青森市の鯛焼き屋さん鯛めぇどー)
▼NHKラジオを聞いていたら、ある女性映画評論家が電話で出演していた。曰く今年の正月映画で面白い作品は何もないという。強いていうなら「アラトリステ」というスペイン映画だという。主演のヴィゴ・モーテンセンは今年のわたしの一押し作品「イースタン・プロミス」の主演をした俳優である。今朝も初日一番で行こうと思ったが、疲れてしまって、出遅れた。そういう間にも真面目な読者からは、ちゃんと今年を締めくくる投稿メールが届いた。もし投稿されない場合は1月送信予定の2号分は送信を中止させていただくので、ご承知いただきたい。
▼それで映画だが、今は年間800本の映画が作られたり、輸入されている。くだんの映画評論家は年間250本はご覧になっているという。仕事とはいえ大変エネルギーを必要とするだろう。わたしが映画を1年間で一番多く見た時は190本だった。しかも当時は年間400本くらい作られていただけだ。年間約200本を仕事をしながら見るには、金曜仕事が終わって1本、土曜日3本、日曜日2本見るつもりでいないと、見ることは出来ない。
▼昨日は午後から外回りの仕事だった。ところが午後2時頃から仕事の調整をする迫られる1本のメールが入った。それからは出先でその対応とメールや電話に追われた。その対応が終わったのは午後6時になってしまった。本当は夕方も暖かかったので都内のクリスマス・イルミネーションを撮影しようと思っていたが、疲れてしまってそれで終わった。

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December 12, 2008

特別給付金は選管の扱い?

Simokita(野辺地駅で大湊線快速「しもきた」号)
▼「ニュースにだまされるな」の続きをさらに見た。番組は2時間の番組だが、1時間過ぎた所で日本の税制などの話になった。このテーマは青木宗明神奈川大学教授が解説をした。青木氏はフランスの租税に関しても詳しい方である。最初に政府の言っている1万2千円の下賜金は、所得制限や扱う部署も含めて全部地方自治体に丸投げされた。ではそれをどの部署で扱うか問題になっているという。生活援助金ならば福祉関係部署、消費を振興させるならば生活関連部署が該当する。しかし急浮上している案として総選挙が引き延ばされているので、選挙管理委員会がいまヒマの筈で最も適しているのではないかというのがあるという。そして投票実績をチェックしながらお金を渡せば、今後の投票率を上げる効果もある、という冗談から話は始まってとても面白かった。
▼昨日の朝日37面「もっと知りたい」にはご親切に「タナカのエアソフトガン」がなぜ危険かという特集が組まれていた。曰く「警視庁の鑑定では、適合するように改造した金属弾と薬莢を入れれば、銃本体に一切の改造をせずに連続発射が可能な事が判明した」とある。しかし薬莢を新しく作る技術は普通の人にはない。これには少なくともグラインダーなどの工作機械が必要になる。連続発射というが、銃身は2ミリ程度アルミか銅でできて、外側はプラスチックで覆ってあるので実際には柔らかく、何発も発射できない。朝日の「図」にはこのプラスチックの事が何も描かれていない。何度も言うが警察が、工作機械を使えば何でも真性銃に改造することは可能なのだ。だから水道鉛管などに、警察が作った薬莢を入れ、金槌などのハンマー叩けば弾丸は発射する。大体銃身にライフルを刻んでいない筒で丸い弾丸を発射しても3m飛ぶかどうか?
▼こういう事案を拡大解釈していくと、鉄板を加工して「刃」を焼き入れすれば「刃物」を持っていることになる。この記事の末尾にも「密造薬莢で発射可能」という理屈では、すべての玩具銃が違法になる恐れがある」と危惧しているがまさにその通りなのだ。
▼諸般の事情で自宅台所を改装します。今まで使っていたナショナルの浄水器PJ-A58を欲しい方に差し上げます。新品ではありませんが、フィルター(7000円くらい)は夏に取り替えたばかりです。条件は『鍵盤乱麻』メルマガ読者で直近2ヶ月以内に投稿した事がある方か、メールを下さった方で、編集長宅まで取りに来ることが出来る方(もしくは送料受取人払いで送ります)。差し上げられるのは17日以降、取り置き期間は20日までです。

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December 11, 2008

契約解除とは企業による実質的な殺人ではないか

Kawabeeki(奥羽線、川辺駅で)
▼6日の夜に放映された「ニュースにだまされるな」を録画セットしていかなかったので、昨晩の再放送でようやく見ることができた。今回もアメリカ経済破綻の原因とその対策、などを中心に語り合っていた。今回は後半に「日本経済再生のための提言とは?」というテーマだった。しかしわたしは睡魔の襲われて前半だけで見るのを止めてしまった。今回面白かったのは小森陽一東大教授が出席していたことだ。彼は文系の学者なので、破綻させた原因、そしてアメリカ国民の税金を使って三大自動車メーカーを使うのは倫理的におかしいでしょう。そんなの許されないでしょう、と金子など他経済学者に食い下がっていたことだ。
▼「経済犯罪ではないか?」という小森に対して、野下保利国士舘大学教授は「日本の経済犯罪と違って帳簿を操作していたわけではないから、犯罪とは云えない。しかしデリバティブ等の債権を売買できる仕組みを作って、それに付加価値をつけて自分たちだけ儲けようしたのは倫理的な責任はある。しかしその面だけを追求しても、現在の問題は解決できない。新しいブレトンウッズ体制もできるまでには時間がかかる。G20にしてもまったく拘束力はなくて、自分の国だけ良ければという範疇をでない。とにかく今まではIMFというアメリカのドルを中心に回っていた世界がくるってしまった。だからG20がアメリカに対する規制をどうやってうまく作っていくかが、今後の課題であろうという話しになった。本日も午後2時から「朝日ニュースレター」で放映されるので、興味のある方はご覧いただきたい。
▼NHK夜9時のニュースを見ていたら、かなりまともなテーマを扱っていた。大分のキャノンの工場だったと思うが、派遣の労働者が契約解除となってすぐ寮を出て行けと宣告された。それはお金もでなければ住むところもないという、まさにプレカリアートの最終段階に来てしまっている。お金も出さない寮もすぐ出ていけでは、もう死と直結だ。当該の労働者はマイクの前で絶句して涙がこぼれそうになり、カメラはスタジオに反転するが男性アナウンサーさえも涙ぐんでいた。さらにソニーのスペイン工場では派遣の労働者が「契約はあと2年残っているのに、どう責任をとってくれるのか、という。そして当地の労幹部は「正式な通告は受けていないからコメントできない」と語っていた。それが日本のソニーの労働者を通用門で話を聞くと、まだ我が身の事と考えていない、「新しい分野を開拓して頑張ればなんとか切り開ける」というのは女性労働者の意見だ。他の男性労働者は「まだ正式に聞いていないので何も云えないが驚きの一言」というのがほとんどだった。あと福祉作業所の収入が激減しているという話しには胸が痛んだ。作業所の収入は1ヶ月1万円だったのが、先月末から9千円になった。収入は障害者年金などとあわせて10万円で、グループホームの支出が8万1千円。彼のコンビニで買った食事はお握り2個とジュースで525円だった。これで昼食と夕食だというのだ。
▼個人が他の人間を殺せば「殺人罪」となる。しかし考えて見れば企業がいきなり労働者の糧秣と住居を断つというのも、同じ殺人と同様の犯罪ではないか、とふと思った。ビッグ3もソニーの経営者も、自社の株の配当を安定的に確保して、自分たち経営者が株主か追放されないたまめ、逃げ道を作っているのではないだろうか。

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December 10, 2008

「容疑者段階」の実名報道は許されるのか?

Taiyonohana(能代の菊芋焼酎「大陽の花」
▼またまたニコンの新しい一眼デジカメが発売になるという案内が届いた。ニコンのD3Xという機種だ。1年前にD3が出て、24・5メガピクセルで、このクラスでは最高機種になる。しかし値段も89万8千円と目玉が出るほど高い。わたしが今使っているD2Xを3年前に買ったとき、本体価格が48万円だったが、まだ元は取れていない。大体秋頃から景気の先行き不安で10万円以上の一眼デジカメが売れなくなっているというのに何を考えているのだろう。カメラメーカーなど一番高い機種を「旗艦」(フラッグ・シップ)という。これは日清戦争の頃までは無線が発達していなかった。だから戦艦や艦隊は戦闘に立つ「旗艦」の旗印を見てどういう隊列を組んで戦闘に臨むか、指揮をしたのが出発であるという。だから今の時期「旗艦」というのは大いに時代遅れの発想であることは間違いない。
▼今回の旅行のもう一つの目的は「ストーブ列車」に乗ることだった。ストーブ列車というのは五所川原から出ている津軽鉄道であることが、現地に行ってから分かった。ちょっと調査不足であった。五能線から乗り換えた時に駅でアナウンスをしていたので気がついた。スルメや餅を持ちこんで行かなければと思っていたが、それは果たせなかった。いずれ数年後に再度竜飛とストーブに挑戦することにしよう。3日目は大湊まで行った。とにかく時間の許す限り乗り潰そうと思ったからだ。野辺地から快速で50分ほどで目的地に着く。しかし次の上り列車を調べると2時間後である。もう八戸からの新幹線の切符は買ってあるので、ここで2時間だらだらしていると、これに乗れなくなってしまう。駅員さんに聞くと、「今来た列車で戻るしかない」という。わたしが事前に調べたのは夏のダイヤが載っている時刻表だった。これが失敗の原因だったのだろう。
▼大湊の駅には役場の車で送って来てもらっている人がいた。その人は5、6人いたダークスーツの見送りの人に深々と頭を下げていた。どういう関係の人たちだろうとクビをひねった。この路線もいつか恐山を訪ねる目的で来てみたいと思った。沿線の住居や建物を見ていると、かなり白神山地方面の寒村と違ってかなり作りが立派である。ホタテの養殖かそれともリンゴの生産で潤っているのかどうかは分からない。
▼東金の幼児殺害事件で容疑者が逮捕されてから、TVや新聞の格好の3面記事の材料となっている。彼はこの時点ではあくまでも容疑者である。ところがマスメディア、とくにTVは近所の人びとを取材して、容疑者が「不審な人物」であるという「裏付け」を懸命にしてあるいている。異常者=精神障害者=犯罪を起こすという図式を視聴者の頭に植え込む。かつて「疑惑の銃弾」で三浦和義氏が、週刊文春によって「容疑者扱い」をされたのはご存知の通りだ。それを週刊誌やTVで見ていた人びとは「三浦=クロ=容疑者=実行犯」であると脳裏に焼き付けられた。実際には三浦氏はそれを覆して時間はかかったが容疑は晴れた。
▼まして今回の事件は法律に詳しくない男性で、中学生時代の文集まで引っ張りだされ、犯罪が起きることを「妄想」を拡大させている。マスメディアが一斉に「これはクロ」と言ったときこそ一番危ない。ビニール袋の指紋や監視カメラの画像で写っていたと、いかにも「科学的」を装っているときこそ、地道に別の可能性を地道に調べて歩く記者はいないのかと思う。わたしはTVに容疑者の報道が流れるたびにいらついて、すぐチャンネルを切り替える。

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December 09, 2008

青森駅前の居酒屋にて

Izakaya(青森駅銀座の居酒屋にて)
▼昨日はハードが仕事を抱えていた。その他に電話とメールがそれぞれ10本くらいあったので、もう頭がくらくらする。
▼二泊三日の旅行で2箇所の居酒屋に入ったが、なぜか値段がほぼ同じことに気づいた。つまり旅行客に対するサービス価格というものがあるのではないかと思った。1日目の能代の場合ホテルで教えて貰った居酒屋で、店もそれなりの格調があって、サービスも妥当だと思われた。この店で一人生ビール1杯、焼酎のロック2杯、生酒1本、お燗1本、料理はしょっつる鍋、ノドグロの焼き魚などを食べた。そして一人の代金が5250円。2日目の夜はどこにしようかと目星をつけておいた。そして見つけたのはホテルから徒歩5分も掛からない場所にあった青森駅銀座というガード下のような雰囲気の店だ。おそらく終戦後の闇市からずっとつづいている店だと思われる作りだ。歩き始めると数人の客引きがいて、どちらにするか迷ったが、最初に声を掛けてくれた50代後半の女性が「この並びはどこに入っても料金は同じです」というのでそこにした。しかし入ったら80歳くらいのやり手婆さんいて、NHKで放映していたフィギアスケートの再放送を見て選手の論評を始める。そして50年配の使用人に、口うるさくあれこれ指図をする。
▼先ず生ビールを注文したら泡だらけになるので、それをスプーンで掬い出す妙技を見せてくれたので驚く。突き出しはなまことホタテを醤油で煮たものだ。1時間近くしたら看板娘という、はきはきとした40代半ばの女性が来て、接待というかカウンターで話し相手になってくれた。昨晩の反省に基づき飲み物は他にお湯割りを2杯飲んだ。あとはっきり行ってろくな物はない。陸奥湾産のマグロ3切れが出てきたが、老婆曰く「大間も陸奥湾も網で仕切ってあるわけではないので、味は同じ筈だ」という。まぁ理屈はそうだが、たった3切れだ。二人いるのだから4切れにした方が親切というものだ。カウンターに立った女性とはかなり話が弾んだ。彼女は「ヒミツのケンミンショー」を見ていて、「長野県の人は生のイカを食べないって本当ですか?」と言う。それは2週間前に放映されたもので確かその通りだ。わたしの実家の村には店がない。隣の村はずれには鮮魚を扱っているがイカは冷凍以外ない。そして隣町のジャスコにも生イカは置いてないのだ。
▼さらにイカ料理一品を注文して、2時間弱でお一人様5500円だった。わたしが行っていた東京駅八重洲の居酒屋チェーンは5時間飲み食いしてもこのくらいの値段だ。さらに有楽町ガード下の居酒屋も3000円くらいだから、この青森駅銀座の店はバ○高い。旅行客が地元の経済発展を願い会話を楽しんだと思えば、それも仕方ないのかと思った。

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December 08, 2008

全国紙のトップ記事と英字新聞のトップ記事

Tairyou(能代で飲んだ焼酎「大漁」)
▼八戸から新幹線に乗ってしばらく走ると足下でもの凄い石が破裂するような音がして床になにかぶつかる。飛行機だったら「事故発生か?」と思わせるような衝撃音である。客が浮き足立ったざわめいたとき、車掌のアナウンスがあって、「新幹線の台車に凍って張り付いていた氷が解けて落下して車輪にぶつかった音だという。その後数回この激しい衝撃音を聞くことになる。しかし仙台に近づくに従って周りの山々から雪化粧もなくなっていく。
▼電車の中の会話。右後ろにエルメスのブランドバックを数個持った、熟年女性が乗って隣の席の人とかなり大きな声で話していた。ご本人は太宰治のファンであって、その足跡を辿って旅したということだった。そして雪の竜飛岬に行った。竜飛へは津軽鉄道で津軽中里まで行き、そこから小泊まで行きさらにバスで行くと良いらしい。もう一つは津軽線で三厨から行く方法だ。昨晩の居酒屋の老婆は。竜飛まで行くための具体的な方法までは教えてくれなかった。その熟年夫人の話はかなり大声なので聞くとなく、耳に入ってくる。それによれば行きは良かったが帰りは吹雪でバスが動かなくて、タクシーに相乗りして方法の体で帰ってきたという。もうあんな怖い所へは二度と行きたくないという話だった。
▼もう一人左手前方の一つ前に座っている青年は、日本人に見えるがなぜか「ジャパンタイムス」を手にしている。しかし3時間あまりじっと観察していたが、1面と2面の見出を見ているだけで熟読している様子はない。その彼の持っている「ジャパンタイムス」のトップ記事は「ホンダがF1に参加するのを止めた」という見出だった。ところが別の人が読んでいる日本の新聞はいずれも、「東金の幼児殺害事件の容疑者が逮捕された」という物である。どっちもどっちだが、日本のそれはかなり変だ。今この時期東金が全国紙のトップが妥当なのかどうか考えて見る必要がある。旅の話は明日以降に続く。

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December 07, 2008

青森駅は吹雪で、女子学生は「寒い」と叫ぶ

Towadamaru(雪の中の青函連絡線十和田丸)
▼目覚めると能代の町は霰混じりの天気だった。傘を差さないと濡れてしまうほどだった。この銚子では秋田も青森も雪がないのかと前日まで危惧していたが、そんな心配はなくなりそうだった。列車に乗り込むとまもなく車掌さんが「深浦と鰺ヶ沢の間はバスに振り替え輸送しています」と案内するアナウンスが流れた車社内を巡回してきた車掌さんにお聞きすると、「波が荒くて6メートルもあって線路に被るので走れない」という。雪かと思ったら日本海の荒波である。途中から気分が悪くなってきた。途中秋田県内の路線を走っているとき、一人の老人が乗り込んで来て話しかけて歓待してくれるが、一言「ハタハタ」という単語だけは分かったが、後の言葉全部意味不明だった。あとで青森県内で露店で老婆に話しかけられたが、同様だった。そして列車からバスで揺られているうちに嘔吐しそうになる。隣に座っているMINさんに、万が一の場合の備えてビニール袋を用意して貰った。昨夜の酒の飲み過ぎだろうか?そうだ、朝食は洋食を選んだがそのとき半熟の卵が2個も付いてきた。わたしが食べても良い分量は1週間に1個くらいだし、生とか半熟を食べるととたんに吐き気を催す事を思いだした。さすがに2個のうち一個はMINさんに回したが、彼も3個も食べることは出来ないというので残した。
▼青森駅に着くと雪はさらに激しくなってきた。町のなかには地元の女子高生が「寒い、寒い」を連発しながら、それでも太ももをあらわにして、原宿であるくような格好をしていた。こういうのは絶対身体に悪いと思うが、」見ている方も寒くてかなわない。荷物をホテルに預けてから、昼飯を食べる場所を探した。身体を温めたかったのでどんぶり物の見せに入って、煮込みうどんを食べた。わたしのそれには豚肉が一切れ入っていた。次にMINさんが靴が傷んだので取り替えたいというので、あちこち歩いて好みの靴を探す。途中「鯛焼き屋」さんがあった、チョコ、クリーム味などがあったが、王道の粒あん入りを100円で買った。市場もあったので行ってみたが、かなり寂れていて客もあまり入っていなかった。生鮮品が得意の市場の一角には「古着」も並べてあって市場の将来が見えてきた。次はどうしても青函連絡船の「十和田丸」を保存してある場所に行きたかった。雪が積もっていたので歩きにくかったが、青森駅からそれほど遠くない場所にそれは係留されていた。もう動かないが通路から船に渡る橋があって、これを渡るときに20数年前に最後の青函連絡船を乗りに来た場面を思い出して懐かしかった。
▼それにこの8月NHKで歌謡曲の特番があったとき、石川さゆりが持ち歌の「津軽海峡冬景色」をこの場所で唄ったのが印象に残っている。ストーブ列車は場所を勘違いし乗ることは出来なかった。夜飲み屋さんに行ったら80歳くらいの大女将が「竜飛岬に行くんだったら、夏じゃなくて絶対この雪の時期だ」というのも納得できた。

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December 06, 2008

能代の夜は更けていく

Noshirost雪が降り出した能代駅の朝
▼今年の「大人の旅」は五能線に乗る計画を立てた。東京駅を午前8時56分に出て、秋田で乗り換える。とりあえず電車は東能代までだ。しかし五能線の始発駅である、東能代はネットで探しても駅前にホテルや旅館は見あたらない。それで一駅前進しての能代まで来た。途中雪は殆ど見あたらず、気温も厚着をしてきたが、暖かかった。電車の中の風景は東京とあまり変わらない。前の前に座っていた女子高生らしき二人は、お互いに会話をすることなく、ニンテンドーDSに夢中だった。一人はピンク、もう一人は黒いDSを操っている。向かって黒を使っている女性はイアフォンを使ってゲーム機を楽しんでいる。ときどき携帯メールがかかってくると、返事をして再びゲームに戻る。下車する2時間ほど二人は別れる挨拶をするまで、一切会話がなかった。これで自宅につくと二人はメールの会話をすることになるのだろうjか?
▼能代に着いて町を歩くこと5分少々、ビジネスホテルに辿り着く。町の通りには人気が少なく、シャッターの閉まっている店が多かった。部屋でパソコンをつないで昨日終わる予定だった仕事の連絡などをする。30分で大体終わった。夜の居酒屋をフロントで紹介して貰う。地図とともに紹介されたのは「べらぼう」という居酒屋さんだった。歩いて5分ほどだったが、のれんをくぐると人なつっこい親父さんが元気よく挨拶で出迎えてくれた。女将さんに店の名前の由来を聞くと、「べら」は女性、「ぼう」は男性のそれという陰陽を表す言葉なのだという。知らなかったな。店では当然「しょっつる鍋」や「のどぐろ」を焼いた物をいただいた。ビールの他、地酒と地焼酎を食べ、5000円だった。ホテルに着くといつの間にか眠ってしまった。

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December 05, 2008

飲酒よりも読書の方が絶対に楽しい

Ichou1(4日の東大本郷構内)
▼1年前に買い替えたパソコンがすごく発熱する。冬になれば下がるかと思ったら変わらないので、相変わらず扇風機を回し続けている。数日まえふと「通風口」かなと思って、普段見える位置にない筐体を引っ張り出して、「口」を見ると綿埃が詰まっていた。ああこれが原因だったのか。さっそく綿埃を取り除き、掃除機で吸い取り、さらに通風口で張ってあった網を洗剤で洗った。うーんこれで今までの静音パソコンに戻った。下手をするとパソコンの半導体がメトルダウンするところだった。それに年末の急な出費もしなくて済んだ。しかし色々やっていると「電源不足」という表示が出るので、年内に何とかしなければならないかも知れない。
▼メルマガの感想はまだどなたからも送られて来ないが、読んで下さっているだろうか?なぜ本を沢山読むかというという事を先日MINさんと話した。それは〆切りがあるからだ、という結論になった。昔作家の松本清張が「どうしてあんなに沢山書くことができるのですか?」と聞かれ、やはり「〆切りがあるからだ」と答えたという逸話が残っている。わたしも『鍵盤乱麻』メルマガの〆切りがなければ、それほど沢山読もうという気持ちにはならない。それに秋から冬にかけてはお酒は飲みたくなくなる。現時点で2週間一滴も飲んでいない。飲んでしまうと眠くなって家事である食事の後片付けや、米を研いで明日の準備をするのがかなり苦痛になる。その分片付けが終わるとかなり本が読める。飲酒よりも本を読んでいた方が、わたしの場合楽しい。だから大体毎晩500ページくらいは読むことができる。

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December 04, 2008

睦沢町郷土資料館の「波の伊八展示」を見学する

 日光東照宮の「眠り猫」の彫刻を知らない人はまずいないだろう。そして葛飾北斎の「富岳三十六景」の一つ「神奈川おき、なみうら」もあまりにも有名である。これは昨年5月に作品が収められているという飯縄寺を取材した。しかしそのとき飯縄寺のJRのツアーとタイアップした、一般公開はすでに終わっていた。ここで見学できたのは初代伊八作による本堂の外部の山門の鷹と龍の彫刻とだったが、屋外のため色鮮やかという訳にはいかなかった。
 12月21日まで睦沢町の歴史民族資料館で、伊八の特別展示が行われているという。実物を目にすることができる希な機会なので、MINさんに同行をお願いして取材にむかった。なぜ伊八の彫刻を目にすることができるか、というと町内にある成就院の本堂が改築されるのだ。その期間寺との信頼関係を築いている資料館が、貴重な彫刻をお預かりし、目の高さで展示することが出来たのだ。町役場で場所を確認して、そこから車で10分ほどの資料館の責任者である文化係係長の久野一郎氏を訪ねた。
 成就院の本堂から外された伊八の彫刻は、2階の展示室の薄明かりの中に展示されていた。展示する位置を決めることから、照明まで久野係長自らが工夫されたのだという。伊八の事はJRのツアー以来関東一円でも知られるようになったという。それでこの睦沢村までわざわざ足を運ぶ方も多いらしい。
 ちょっと意地悪な質問だが、「伊八の行元寺にある作品が、北斎に影響を与えたという事は証明できるのですか?」とお聞きした。久野さんは「いや科学的に証明となると難しいが、現実の北斎はこの地にその頃やってきていますし、版画と絵はうり二つで、今風に言えばパクリ以外の何物でもありません」ときっぱりと断言する。行元寺の伊八と北斎の版画はこのサイトで比較できるのでご覧頂きたい。 成就院の彫刻は龍とその両脇に展示されている2点の波である。一般の見学客はカメラを使って撮影することは出来ないが、取材なので特別の許可をいただいて撮影したのがその写真の数々である。この彫刻は二代目武志伊八信常作の欄間彫刻「波に龍図」である。もちろん龍とは架空の動物であるが、その力強さには圧倒される。普段は欄間の高い位置に掲示されているので、この目線より低い位置から見ると様々な発見がある。爪の鋭さ、今にも食いつきそうな口、そして尾の太さである。この力強さは他の彫刻家の龍には見られない。
 見学に訪れた人も、龍の前の椅子に座ったままじっと見とれているという迫力だ。その一般見学客に、久野さんが教わったということが一つある。それは龍の目の位置である。眉の下に見える左目の位置と左右対称ではないという事だ。おそらく下から見上げる信徒などに両目が見えるようにと配慮して作られたのではないかという。
 そして両脇にある波はまるで腕か爪が空から降って来て海水を掴むような勢いがある。学芸員でもある久野さんはさかんに「いいでしょう。ねぇいいでしょ」と解説に力が入ってくる。この力強さは日光の東照宮では味わえないのです、とも言う。
 初代伊八は武志伊八郎信由(本名は武石伊八)と言われて1751(宝暦元)年に房州長狭郡打墨村(現在の鴨川市打墨)に生まれて1824年(文政7)年に没した。その間に南房総を中心に、神社や寺院の欄間などの彫刻ですぐれた作品を残している。伊八は息子の2代目から女婿など明治維新頃まで5代にわたって彫刻を続けていた。
 成就寺にある作品を彫った信常(本名武石万右衛門)は、1786(天明六)年生まれ、父信由のもとで修行し、初代亡き後38歳で武志伊八郎を継ぎ、藻原寺や清澄寺などに作品を残している。久野さんの推測によれば、かなり早くから父の仕事を手伝っていた。しかし自分の銘を父の生きていた時は刻むことができなかった。だから初代の作品と呼ばれるかなり多くの彫刻が信常の作である可能性が高いという事だった。
 なぜ伊八が凄いか?久野さんは言う。力強さと発想の豊かさで、西洋人にはこういう豊で奇想天外な彫刻の説明はできない。それは龍の両脇にある「波に宝珠二個図」と「波に宝珠3個図」でも分かるが空から波が降ってくるような構図である。そして波のまにまには宝珠が浮かんでいる。この生き物のような波が伊八の大きな特徴で、外房の荒海を現すかかのような、「波」の浮き彫りが独得の作風とされ、「波の伊八」の名を欲しいままにした。21日までの展示をぜひご覧頂きたい。交通の便はJR外房線上総一ノ宮から小湊バスで睦沢公民館下車徒歩5分、しかし交通の連絡が悪いので車で行った方が便利だ。電話0475-44-0290 無料
▼本日メルマガ〆切り日です。お忘れなく。

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December 03, 2008

TW社長の逮捕

▼毎度の事になるが昨晩のNHKニュースでもソフトエアガンメーカーであるTWの社長が逮捕されている場面だった。このソフトエアガンはカシオペア・モデルと呼ばれるものだ。その発射方式はリボルバーでカートリッジ一発ごとにガスを注入し、プラスチックの弾丸を発射する。実はこの方式は警察に手入れをされるのでは、と危惧していたがその通りになってしまった。科捜研のやった実験はまずカートリッジを改造する。そこに火薬を詰める。そしてプラスチックの銃身では弾丸は発射出来ないので、何か鉛管のよう銃身を作る。発射する撃鉄ももっと細い雷管を叩きやすいものに取り替えた筈だ。ここまでやると警察による改造である。大体ソフトエアガンで死亡したり殺害された人間はまだ一人もいない。
▼暴力団員だって改造拳銃を持っていると「ビンボウだ」とバ○にされるという。なぜソフトエアガンメーカーの取締を夢中になってやるか?それは実績を作るためだ。危険の防止を真剣に考えるならば、刃物それも包丁を使った殺人事件が一番多い。しかし警察は何も手を打とうとしない。一番合理的な方法は新規に発売される包丁に各県ごとにシリアルナンバーを刻む。そして買いに来た人には番号を控えて住民票で確認して売る。すでに出回っているものに対しては刃を研ぎに来たときに番号を入れる。猶予期間は10年としてその期間を過ぎた刃物は全部不法所持として、刀狩り同様に国に召し上げる。
▼こんな刃物取締を警察は真剣にやる筈はない。それが証拠に6月1日から道交法の改正があって、歩道での自転車を走らせる事、子どもを乗せた2人3人乗りは禁止になった。しかし取締にあった例を聞いた事がない。相も変わらず携帯を見ながら、音楽を聴いて、リンリンとベルを鳴らして猛スピードで歩行者をそこのけとばかり排除して走り回っている。法律は作ったが、一般市民の反発が多いので取り締まれない。とくに主婦の抵抗には警察も太刀打ちできないのだ。ソフトエアガンは生活上必須の物ではないし、マニアは少数派なのでどちらかと言うと弱い立場にあるので、銃=オモチャ=怖い=取締やすい。という図式がなりたつ。そしていかにも「警察は良い仕事してるなー」と思わせるのだ。
▼明日12月4日はメルマガの締め切り日です。すでにお二人から原稿を頂いています。

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December 02, 2008

◇「バンズ・ラビリンス」をWOWOWで見る

◇「バンズ・ラビリンス」27日WOWOWで放映。1944年のスペイン。内戦が行われていて主人公の少女オフェリアは身重の母と一緒に結婚することになった義父の元へ車を走らせている。途中母は悪阻で具合が悪くなって、車を止めてもらう。するとオフェリアは足下に転がっていた石を一つひろって近くに建てられている石像の右目に当てはめるとぴったり合うではないか。その瞬間トンボかバッタのような昆虫が飛び出してオフェリアの車の後を追いかける。
▼到着したのは父が反乱軍を鎮圧するために派遣されている駐屯地である。司令官をしている大尉の義父はなんとしても自分の近くで母の出産を見守りたかったので、無理矢理呼び寄せたのだ。駐屯地では反乱軍が襲ってくるので、鎮圧しようとしている。ゲリラの元にはアイゼンハワーがノルマンディに上陸したというニュースが届き、勢いづく。駐屯地の厨房で働く女は実はゲリラに弟がいて、食料庫から密かに食料を盗んで渡している。また駐屯地にやってくる医師もゲリラと通じており、医薬品をまわしている。あるときゲリラの遺留品の食料や注射の抗生物質のアンプルがあることで大尉は、誰かゲリラに通じているものがいると気づく。
▼オフェリアが現地に到着した夜、例の昆虫がやってきて、砂時計の砂がなくなる前に戻ることという条件付きで誘うので、その後をついていくと地下室にある巨大な洞窟へと呼び寄せられる。そこには妖精が住んでいて、チョークを渡されて「今度からこれでドアを作ってそこから抜け出せば良い」と教えられる。そしてされに「お母さんが無事出産できるように」というまじないを教わってくる。
▼政府軍とゲリラの闘いは熾烈を極め、ある時ゲリラの兵士が捕まって大尉の命令で残酷な拷問をされる。休憩時に例の医師が巡回検診にやってくる。捕まって苦痛にあえぐゲリラは医師にそっと「殺してくれ」と呟くので、密かに心停止の注射をする。大尉はそのあいだに応酬したアンプルと、医師のもっているアンプルが同じ物であることに確信を持つ。そして医師をも射殺してしまう。さらに厨房の女性にも疑いをもち、拷問にかけようとした瞬間、ゲリラの決起が始まる。しかし妖精の教えて母親に元気な子どもを産んでもらおうと祈っていた少女もまた義父によって射殺される。その瞬間仕立屋だったが死んでしまった本当の父親。そして子どもを産んで死亡した母とオフェリアは3人一緒の場所でくらすことが出来たのだ。かなり気味の悪い場面が多いので気の弱い人は見ない方がよい。07年のアカデミー撮影賞などを受賞した作品だ。

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December 01, 2008

◇「未来を写した子どもたち」を見る

▼仕事に関する急ぎの連絡はメールで、相手が忙しく緊急性のないものはハガキで連絡するように心がけている。メールの場合送ったその日のうちに連絡がくればベストである。ハガキは往復で1週間以内に連絡がくればベストだと考える。しかし最近身の回りに起きていることと言えば、ふたつの手段がいずれも音信不通となっている。わたしの仕事関係のメールは大体2、3時間で返事が来るケースが多い。連絡が来ないということは、わたしが敬遠されているのだと考えている。来なくてもこちらは一つも困らないので、放っておくしかない。
◇「未来を写した子どもたち」インドの売春窟に住む子どもたちはかなり大勢いる。写真家のザナ・ブリスキはインドに通っているうちにここに住む少年達と仲良くなる。そして写真を通じて社会に関心を持ってもらうことはできないかと考えるようになる。自分は何も資格もない写真家だから、写真を通じて少年・少女に関わろうとする。そしてキャノンの自動フィルムカメラを彼らに買い与える。それがネットで調べるとザナはお金がないのでクレジット・カードでそれらを買って映画作りを始めるのだ。普通の映画ではエンディング・ロールでスペシャル・サンクスというクレジットで協力企業の名前が出てくるが、同社は出てこない。さすが契約社員のバッサバッサとクビを切るキャノンだけのことはある。ザナは10人ほどの子どもにカメラとフィリムを渡して写真を撮ってくるように話す。もちろん始める前にはフレーミングの基礎技術などを教える。
▼写真というのはいくらプロカメラマンでも出来ない事がある。それは組織や集団の内部にいる人たちの「目」にはかなわないということだ。売春窟だから外部の目には警戒する。その点そこで生まれ育った子どもたちは警戒されない。そしてカメラは少女たちの目と同じ視線で内部の生活を切り取っていく。そしてある時ザナはバスに乗せて海に少女たちを連れて行く。始めて見る海は新鮮だ。波と戯れる子どもたちは心から開放されている。というのは10歳くらいの少女は「いつから客を取るのか」と常に聞かれている。そして母親が何をしているか知っている。妹や弟が生まれて母が老いたら自分が稼がなければならないという事を痛いほど知っている。だから海に来たことはそれを一瞬でも忘れる事ができるひとときなのだ。
▼そしてザナはこの売春窟にいては彼らに未来を与える教育の機会を奪う事になると思うようになる。そして相棒のロス・カウフマンと写真のさらなる勉強とさせる。さらにカトリックの寄宿舎に入れて勉強させる事を考える。最初に書いた「自分は教師の資格もカウンセラーの資格も持っていないが、貢献できることは何か」と考えた末の行動だ。それにはHIVの検査をして陰性でなければならない。これは全員がパスする。次は一人ひとり親を子どもを寄宿舎に入れる事を納得させなければならない。されに無限と思われる入所に必要な書類の山との格闘。苦労して寄宿舎に入ったものの、親の意思、子ども自らの選択で10年の寄宿舎生活での勉強に残ったのはkochiと呼ばれる女の子ただ一人だった。しかし少女たちの自立を促すためのザナの精力的資金集めの姿には頭が下がる思いだ。NYでの写真展、ユニセフのカレンダーに子どもたちの写真を使ってもらうetc,etcなど。いつかこの純真な子どもたちの目で見た世界が、現実のものとなる日が来ると良いのだが。銀座シネスイッチで。

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